83章 深夜駅
次の闘いが始まるのは、深夜。といっても、太陽が昇っているかさえわからない室内では特に何も変化は訪れなかった。
充分に身体を休め、英気を養った四人は、来るべき時に備えてそれぞれ前準備に入っていた。
「お兄さん、腕は大丈夫……?」
「まぁ、血は止まったな。そこまで深くはねぇし、なんとかなるだろ」
覚羅の怪我に責任を感じているのか、繭愛はどことなくばつが悪そうにしている。逆に捉えれば、それだけ心の壁が近づいたとプラスに考えるべきか。
「カゲっちぃ〜、それ結局持ってくの?」
相変わらず魅緒はしょんぼり気味。これはかなりの重症だ。完治は相当な時間を要するに違いない。ただ、かくいう梶樹もなにか使い道がある、という淡い期待の上で例のものを持っていこうとしているのだから大して変わりはないが。
「やっぱり、気になって。最悪捨ててくる意味合いでも悪くはないかと」
「50万のゴミなんて全然笑えない……」
頬をひくつかせる魅緒を一蹴し、梶樹はハードディスクと思わしきもの(黒い球体)を手にそのときを待つ。けれど、やはり大きさからして持ち歩きづらい。せめて片手で持てるのなら別なのだが。
「邪魔だろ、どう見ても。てめぇが決めることだが俺は反対するぜ」
ぶっちゃけていうと、その通り。もう正直諦めて置いていってしまおうかと思っている。けれど、その薄っぺらい期待を信じてみたいのもまた事実で。梶樹は複雑な心境ながら、自分が意外にロマンチストであることに気づいた。
(酔狂って、こういうことなんだろうな)
天才と変人は紙一重。薬と毒は表裏一体。しかし、今回に関してはどうやっても梶樹がおかしいのだ。変に期待する方が間違っているなんて、百も承知。そうやって何度裏切られてきたか知ったものじゃない。
だがそれでも、期待してしまうのだ。悔しいが、これが水影梶樹という人間なのだ。裏切られても、もう一度、もう一度と信じてしまう。良い意味でお人よし。悪い意味で馬鹿。
別に自分を犠牲にしてまで他人を助けたいなんてヒーローじみた思考回路は持ち合わせてはいないが、それでも助かる命は助けるべきだし、仕方ない部分もあるにはあると思う。だからこそ努力は惜しまない。届くところには、この手を伸ばしたいから……。
ヴォン!
「うお!?」
なにやらパソコンの電源を入れたような、低い起動音が鳴った。それと同時、それまでただの金属ボールだった球体が、突如としてふわりと浮かんだのだーー!
「う、浮いてる!?」
「どうなってんだ……?」
黒い球体は梶樹の周囲を回転しながら、円を描くように回り始める。よく見ると、黒一色の球体だったのが、赤白の某ゲームでよく見るような白い線、もといラインが入ったものに変化している。いや、というよりは中央が開いたような形だ。
ーーマスター、自動確認。コレヨリ、スキャンを開始シマスーー
球体は梶樹の頭上に留まると、ふたつがほぼ同時に、垂直にゆっくりと降下し始めた。青いブルーライトの光が、梶樹の身体を通過する。レントゲンかPCR画像を撮っているかのように隅々まで、頭の頂上から足のつま先までそれは続いた。
「し、喋った、よね?今の……!」
他にも言いたいことは山ほどあったが、その声は虚しく光によってかき消されてしまった。球体のスキャンが終わるとほぼ同時に、それまで刻まれていたカウントダウンがゼロを示したのだ。
ーー第四戦目が、とうとう火蓋を切って落とされた。
「……っ、くぅ……」
毎回この演出は仕様なのか知らないが、どうにもこうにもフラッシュが強すぎに感じる。おそらく瞬時に移動させる光景を見られたくないためなのだろが、いい迷惑だ。
そんなふうに辟易していると、梶樹はふと足元がせわしなく揺れていることに気づいた。がたごと、がたごと。一定のリズムを刻みながら、ときには立っていられなくなるほどの衝撃を感じた。
案の定、前につんのって転倒しそうになる。
「わ……!?」
咄嗟に体勢を直そうとして、何かにつかまらないかと手を伸ばした。すると、想像していたよりもずっと柔らかいものに、指先の感覚が支配された。
「ひゃう!?」
響くは高い声。それも、繭愛の声だった。
「繭!?そこにいるのか?」
流石に繭愛に申し訳ないなとは思いつつも、手先の感覚頼りに近づいてみた。強烈なフラッシュのあとでようやく目が慣れてきたようで、次第に視界のピントが合致する。
どうやら梶樹が触れたのは繭愛の脇腹だったようで、膝を突いた梶樹は、直立する繭愛の目線を見上げることになった。
「お、おにぃ……そこ、だめ……!弱いか、らぁ……」
「あ……ごめんな。倒れそうになって……」
不慮の事故とはいえ、相手が相手ならお縄モノだろう。さっさと手をどかしてちょうど側にあった手すりに指をかけ、体勢を戻す。
見ると、繭愛はまだ少し赤くなっている。そういえば昔から脇腹あたり弱かったっけ、と梶樹が脳内反省したところで、周りがかなり身近にあるものに変わっていることに気づいた。
「これは……電車?の中なのか?」
予想通りではあるが、それは間違いなく電車の車両の中の光景だった。ただし、この車両には梶樹と繭愛以外に人の姿は見受けられなかった。




