78章 計算違い
「……これは驚いたな、まさかこのような事態になるとは」
竹里は面を下げたまま、ゲームマスターである御人が発するであろう、次の司令を待ち続けた。
あってはならないことが、起きている。
管理者の独断による高レベルのクリーチャー配備はともかくとして、今回起きたことは明らかに運営が把握できていない不祥事だ。
ほぼ全ての第三試合が決着を迎える中で、竹里の元に飛び込んできたのは目を疑う光景だった。
早期の新システム導入が功を為したのか、はたまた凶と成ったのか、対戦面でほぼ全てのチームに死亡者、あるいは負傷者が出ている。
第二回戦までのデータを見れば、負傷者は三桁に及ばない程度、死亡者はわずかに14と全体から見れば微々たるものだったにも関わらず、第三回戦でのデータでは既に57人もの死亡通告が発生していた。
これは、乱入システムという予想外の敵を増やしたことによる弊害ではなく、原因は別の箇所にあった。
「我々が予測していた以上に、事態は深刻なものになりつつあるようだ。おそらく、これはその余波といったところだろう」
「理解しています。全てはこのときのためにしてきたことですから。……ですが」
「あぁ、竹里君。君のいいたいことは分かっているよ。こちらとしても、想定外の事態だ。無視することはできない」
「では、いかがなさるおつもりでしょうか」
沈黙が流れる。デッド・オア・ディアーにおいて、長年付き添ってきた竹里でも、このような事態は初のことだ。ゲームマスターの指示を仰ぐのは当然として、管理者たちの動向も注視しなくてはならない。
わずかな間の後に、ゲームマスターは口を開いた。
「今までの流れでは、第一のステージである対抗戦は六回の予定だったが……変更する。次の四回戦後、残ったチーム全てを第二ステージへ移行させるんだ」
「なっ……!」
竹里は驚愕した。予想では、サイドウェポンやクリーチャーの設定を一時撤回するか、はたまた管理者の誰かを不測に備えて派遣するかと思っていただけに、ゲーム自体のプログラムを繰り上げするとは想像の遥か上をいっている。
これまでゲームの進行が早まった、あるいは延長したことは一度たりとてなかった。これは明らかに今までに作ってきたペースを乱す要因となる。下手をすれば運営側にボロを出しかねない。
「よろしいのですか……!?プレイヤー達は、未だ八割以上が残存しているというのに、これでは……」
「……致し方あるまいよ。それに、これは私だけの問題ではない。君たち黒服を含めた裏方にも動いてもらう」
ゲームマスターは振り払うように手を振り、椅子に深く腰をかけ直した。ぼんやりと映る彼の影は、なぜだがとても虚げに見えた。まるで、空に想いを馳せるかのように。
それを見た竹里は、決意が揺るがぬであろうことに大きくため息をついた。一度決めてしまえば考えを変えることをしないが、彼のよく知るGMの姿だ。
諦めて、椅子の前に膝をつくと、竹里はゲームマスターの背中越しに問いかけた。
「管理者一同には、私から声をかけさせていただきます。ですが、その前に……」
「なにか?」
「ひとつ、お願いがございます」
梶樹が再び目を開いた先に広がっていたのは、あの温泉つきの旅館じみた部屋の景色だった。先の闘いでは空間の間取りが変わっていたが、今回は部屋が変わるようなことはないらしい。
ふと視線を隣へやると、力なくその場に座り込んだ魅緒の姿があった。その顔からは先程の明るさは消え失せ、完全に青ざめた暗い表情をしている。
「魅緒……さん」
呼びかけに気づいた魅緒の瞳が、梶樹の姿を捉える。しかしその目には力がない。生き生きとした魅緒の覇気がどこかへいってしまっている。無機質な人形のようにかくついた動きで、魅緒はひきつった笑みを浮かべた。
「ねぇ……カゲっち……。どうして、かな…………そりゃあ、こういうことしてるんだから、ああなるのは仕方ないことなんだろうけどさ……」
「……っ」
梶樹にはかける言葉が見つからなかった。
カマキリと蜂に警戒を割いていたとはいえ、第三の可能性が頭から抜け落ちてしまった。最初からこのゲームは、常識の向こう側の世界だと強く刻みつけられたはずなのに、だ。
それに、カメレオンらしきものに海老蔵が捕食されたとき、いや、こうしている今もそうなのだが、いの一番に出てきた感情は、死亡したのが魅緒ではなく海老蔵だったことへの不可思議な安堵だった。
元々敵同士、当然といえば当然なことだが、魅緒にあれだけ共闘を薦めた手前でのこの安心は、側から見てもあまりに身勝手すぎる。そんな人間が、魅緒を慰める言葉を口にするに値するのだろうか?
(俺も、考えを……いや、前提を変えなきゃいけないな)
どうも文字通り、ゲーム感覚に慣れてしまったらしい。なまじ"能力"というスーパーパワーが使えるぶん、現実に対する意識が薄くなっているようだ。
実際、今回も巨大カマキリに襲われるまではリアルなゲーム感覚としか思っていなかった気がする。命がかかっていることを直視して、はじめて心が現実に順応している。
そんな自分の、どうしようもなく合理的主義で、我儘なところに、申し訳なさが湧き上がる。
「魅緒さん、俺……」
座り込む魅緒に手を伸ばそうとした瞬間、奥のほうから少女の声が流れた。梶樹が最も聞きたかった、彼女の声だ。
「おにぃ、無事だったんだね……!」




