77章 二度あることは三度
「気持ちを……届ける……」
なんだか小学生の学級目標みたいだなと思った。実際、本当に気持ちを……心を通じ合わせることはどんなに難解なパズルも越える複雑さがある。大きな目標に向かって一丸となるのは以外と志向が合えば容易いことなのに、最初から最後まで真に心が通いあうなんてことは例えフィクションの世界でも片手で数える程度だろう。
サイコガンがこの能力にあてはまるというのなら、いったいどのようにしてあのような超火力を生み出したのか。
「魅緒さん。かなり近いもの、感じませんか」
梶樹が尋ねる。
確かに本質を考えれば、魅緒の能力と海老蔵の能力のタイプは同系統といえるかもしれない。《以心伝心》が他人と繋がることのできる能力だとして、《見えない手紙》が気持ちを届ける能力とするなら、その相違点は動いている感情の波だろう。
だが、仮に感情を現実にする力だとすると、それは理論では説明できないところにある。手から炎を出すのが当たり前の世界だということを認めてしまうことになる。
(あ……でも、指鳴らして火出せるヤツにはもう合ってるんだったっけ)
前試合を振り返ると、以外にそこまで非現実ではないようにも考えられた。逆説的には一応のアリなのかもしれない。
梶樹が引き受けた理由も気になることなので、ここは話を聞いてみることにした。
そこから十数分、海老蔵による講義が始まった。
「サイコガンなんてのはあちしの誇張よ。クチでいうと難しくなっちゃうけれど……う〜ん、そうね。この世でいっちばん嫌いってモノにあたったってカンジかしら?」
「嫌いなモノにあたるって……それ、どういうこと?別にカマキリ関係なくない?」
「細かいことは抜きで、要するに拒絶ってことよ、いい?拒絶。突き放すこと」
手のひらをぐんと前に突き出す仕草を見せる。
「なんだかよくわかんないけど……それって、アンタの能力なわけじゃん?それだけ聞いててもアタシができるようにはならないと思うけど……」
もとの力が違うのだから、当然といえば当然なのだが。そんなおずおずとした態度の魅緒に梶樹はふっと笑みを浮かべる。
「魅緒さんが嘆く必要はない、って言いたかったんですよ。もしかしたら、使い方によっては弱小脱出もあり得るかと思うし。なにより……弱気なところを見てると、こっちが滅入ってしまうから」
照れ臭そうに頬をかく梶樹に、魅緒は心から湧き立つような熱いものを感じた。鼓動がテンポを早め、目尻にじんと潤いが昇ってくる。
「こんなどーしようもないお姉さんのためになんて……。うぅ、申し訳ない……」
自分でどうしようもないことだけに、悔しさもひと塩だ。戦闘面で役立たずな魅緒を見捨てないでくれる梶樹の優しさが、辛かった。
「アタシ、頑張る。弱音吐いてちゃ、年下に響いちゃうことだしね!」
はにかんだ笑顔。まだどこかぎこちなさはのこっているけれど、それは初めて顔を合わせたときの、あの表情だった。
「魅緒さん……」
詰めた息をつく梶樹は、心からこれでよかったと思うことができた。まだまだ続くだろうこのゲームで、一番の元気があるはずの魅緒が、こぼれる愚痴とは裏腹に沈んだ表情になっていくのを見過ごせなかったからだった。
目は口ほどにものをいう、とはよくいうが、魅緒に関しては特にそれが謙虚に現れた。今ではすっかり頭から抜け落ちてはいるが、繭愛でも出会ってから阿吽の呼吸が成立するまでにかなりの時間を費やしたものだ。
長く付き合ったわけでもないが、梶樹は他人のちょっとした変化にはかなり自信がある。それが活きた形になってくれた。
「うん、うん。イイわね、こういうの。なんだか妬いちゃうわぁ」
しきりに首を縦に振る海老蔵に、流石に付き合いきれないと割り切ったのか、二人は少し引き気味だった。
ーーしかし、和やかな時間は、ここまでだった。
「!?」
「えっ……!?」
突如として、海老蔵の巨体が宙を舞う。見えない壁に苛まれているかのように、空中に浮いて見える。
「な、何!?なにかに持ち上げられてる!?」
「海老蔵さん!どうなってーー」
ーー次の瞬間。
ブシュウッ!ジュバァ!
海老蔵の、腰から上が、何かに千切られたように消えた。
吹き荒ぶ鮮血。それを浴びて、浮かび上がる、てらてらとした皮膚の輪郭。見えないものが次第に明確な形をもって、目の前に姿を現すーー。
見た目ごつごつの緑黄色の皮膚。ぎょろりとした真反対を見つめる大きな目玉。普通ならあるはずのない、舌に並んだ鋭利な牙。
「カ、カメレオン……!?」
呆気に取られた梶樹と魅緒を嘲笑うかのように、試合終了時に鳴るブザーが、スマホから大音量でバイブレーションの悲鳴をあげた。




