76章 見えない手紙
「は、はぁ……?」
あまりにも予想の範疇を超えた意見に、魅緒は素っ頓狂にうめいた。勝利を目的としたゲームで"勝ち"を目指さないということは、そもそもの意義に関わってくる。
その考えは、それまでとは考えられないものだった。
「ちょっ、カゲっち、どうしちゃったの……?確かに割とおかしいことに巻き込まれてるけどさ、まさかそっちのヒトに煽らちゃったんじゃないよね?」
「そうじゃないです。ただ……」
「あちしが頼んだのよぉ」
魅緒の問いかけを遮ったのは、きっかけをつくった当人であろう海老蔵だった。本来なら既にバチバチの戦闘展開になっていたはずの場面を変えたのは他でもなくこの男だ。
「頼んだって……こっちが降参するように脅したわけ!?」
「ちーがーうーわーよ。ほら、あなたも知ってるでしょ?最低一回は勝たないと運営サマから処刑されちゃうのは」
「知ってるけど……」
「あちしの仲間はここまでの二回は負け越しなの。チカラの使い方に慣れてないのもあるけど……試合数がいくつあるのかも分からない中でこれ以上は負けられないのよん」
ゲーム開始から告げられたシステム、一度も勝てなかった場合は即処刑。初戦、二戦目と勝ち続けたのもあってか、そのルールを梶樹たちは失念していたフシがある。
自分たちには関係ないこと、どこか対岸の火事のように考えていたことだ。しかし、それは裏を返せば敗北したチームはそのぶんだけ死が近づいていると捉えることもできる。
試合数の全貌が発表されていない中で負け数を増やし続けるのは、相当の恐怖に違いない。
「ま、待ってよ!そんなの、そっちの勝手な都合じゃん!アタシたちにはそんな"頼み"聞いてあげる筋なんてないし。ていうか、アンタなにが慣れてないなの?あんなに強い能力持ってるのにさーー」
「そう、そこなんだよ。魅音さん」
その言葉を待ってました、といわんばかりに梶樹がパチン、と指を鳴らした。さっきまでのクールさはどこへいったのか、子供のようにきらきらした眼をしている。
「ど、どしたの?」
「確かに、俺も最初は断った。いくらなんでも聖人ってわけじゃないし、なによりメリットがなにもないと思ったから」
一息挟んで、梶樹は続ける。心なしか話すテンポが速くなった気がした。
「でも海老蔵さんの能力の話を聞いて考えが変わった。これなら、この先のゲームでかなりの有利が取れると思ったんだ」
「え……能力って……サイコガンってやつでしょ?あのカマキリに撃ってたの」
「ーー違うわよ」
低く、厳粛な空気を纏う中で、それは繰り返された。
「あちしの"能力"はあんなのじゃないわよ。あくまでアレは反則みたいなモノ……まぁ、全部を否定するわけではないかしら」
指を顎に当てて難しい顔をする海老蔵。ただでさえ梶樹の発言で理解の処理が追いついていないのに、今度はさらに衝撃な情報が入ってきた。
ーーあれが、本来の能力じゃない?
なにをいっているのか、さっぱりだ。まずだいいち、与えられる能力はひとりひとつまでと決まっている。その大前提を崩さないようにするならば、能力の範囲外のことは基本的に不可能ということになる。
例えば、魅緒の《以心伝心》の場合、自分を中継基地のようにしてテレパシーじみたことができる……といった具合だ。これは、もともとの「相手と繋がることができる」という条件の下で発揮される事象となっている。
梶樹の瞬間移動や覚羅の超パワーもそれに該当する。要は決められている範疇でしか能力の行使は及ばないということで、人間以上のチカラをふたつ以上持つのは明らかにこれに矛盾が生じている。
(ホントは別の能力ってこと……?でもそれだと、あの爆発の理由がわからなくない……?それか、アレはあらかじめ何かしら仕掛けてあったとか?)
悶々とする魅緒を見かねたのか、梶樹が助け船を出してくれた。
「魅緒さん、多分この話は魅緒さんが一番恩恵あると思うんで先に答え合わせしちゃいますが……朝も、攻撃力ないって嘆いてたじゃないですか?」
「え?う、うん。アタシの力は全然弱いって……っていうか別にカゲっちはもう知ってるでしょ」
「もちろん。でも、それは海老蔵さんも同類なんで」
巨人族みたいなゴツい男に、にんまりとした笑みが浮かぶ。こうしてみてみるとかなり不気味ではあった。なにしろ筋肉もりもりのオッさんがものすごくにこやかに微笑んでいるのだから。
「あちしの能力は《見てない手紙》。"相手に自分の気持ちを届ける能力"なのよ」




