68章 電磁領域
波紋はみるみるうちにその範囲を広げていく。使われている電力は本当に微弱なようで、円のなかに入っている覚羅にも違和感は感じない。
見た目が派手なだけに高威力を持った破壊兵器にも見えるがやっていることはコウモリやカブトムシがやっているソナーと大して原理は変わらない。超音波でものを見る彼らの代用として電磁波で詳細を探っている。
繭愛が立っている場所から波が生まれているので、なんだか海の中心にいるような感覚だった。
色彩が消し飛び、真っ白な画用紙にクレヨンで色を塗りつけたように徐々に周囲の風景が明らかになっていく。目でものを見るのとはまた違う、摩訶不思議なセカイ。電磁の力で掌握した繭愛の世界だ。
《電磁領域》とでもいうべき波と音の世界。繭愛の能力がもたらすひとつの形である。
(なんだろう、これ……)
時間が止まっているかのような、ゆったりとした流れを感じる。動画の再生速度をスローにした感覚に近い、と思った。通常見えているものがひどく遅くなって元のものとは思えない。
事実、これは電子の流れによるものだ。
電子は基本、《粒子》か《波形》のどちらかの形を持っている。《粒子》が大気に散乱する酸素や二酸化炭素といった気体だとするならば、《波形》は心電図に見られる波状に幅がある。
繭愛が見えている景色は、粒子と波形を繰り返す電子の流れによって作り出された波長の世界だった。
そのなかで、幾重にも重なる蜘蛛の巣が異常を捉える。
(ここ……ここだけ、違う……?)
ネギが歯に挟まったような違和感。そこだけ、電子がはね返る当たりかたが違う。
位置にしてそれほど遠くない。いや、むしろ……
繭愛が形を把握しかけた、そのとき。それまで静寂を保っていた空気が震え、覚羅の背後にあった大岩がのっそりと動いた。
「……!お兄さん!」
繭愛が叫ぶ間もなく、覚羅は瞬時に岩に接近し拳を突き立てる。能力で基礎値が底上げされているとはいえ、覚羅はもともと踏歩に長けている。間合いを詰めるのはそう難しいことではない。
風を切り裂いて、覚羅の右ストレートが直撃ーー。
かと思われた。
「ストップ、ストップぅ〜。おいたはまだ早い早い」
「なっ……!?」
止められた。
ごつこつした表面に凹凸がある、一メートルはあろうかという大きな手のひらに。岩肌特有のざらざら食感が肌を刺激する不快感に舌打ちし、覚羅は掴まれた右手を縛る岩を踏み台に利用し蹴りあげた。
ほんのわずか、岩が後退して戒めが解かれる。そのまま数歩ぶん覚羅も下がって間合いをとる。
それはまさに、岩石の巨人とでもいうべきファンタジーに出てくる土人形のような風貌だった。
「あちしにワンパンしようだなーんて、なんてイキのイイ米ぼうやなのかしらーん?」
どこからか背筋が凍る台詞が流れてきた。なんだこれ、今までに感じたことのない嫌悪感がある。
ぼごっ、と土を払い落として巨人が立ち上がった。これまた大きい。背丈だけでも三メートルはある。外国人でもここまでの身長はないだろう。
「てめぇ……!舐めてんのか」
カンに触った覚羅が怒りまじりに声の主へ尋ねる。
「舐めてるとはオコトバね。あちしはいたってオオマジメなのよん」
「それをふざせてるってんだよ!」
覚羅の下半身に力が流れた。地面が陥没し、それとほぼ同時に岩石の巨人へ肉薄する。瞬発力をフル活用した覚羅のステップは、重い岩で覆われた巨人の腹に拳を届かせる。
鈍い音。腹に直撃した覚羅の拳打は巨人の体躯を捉え衝撃を与えた。何人もの不良を打ちのめし、溜まり場を幾度となく守ってきた拳。硬い岩にひびが入り、びきびきと破砕音が耳を刺す。
「《武闘王》ってのはダテじゃねぇんだ。最も、王になるつもりなんてちっともねぇがな」
人体能力強化系統に分類される《武闘王》は他の低レアリティ帯の同系統能力と比べて明らかに突出した上位互換のひとつで、強化倍率を自前で決定できるという自由がある。
自身の身体に影響が出ない限りは何倍にも能力を引き上げることができるスーパーマンとなれる反面、上限がないため無理をすれば自分で自分人体寿命を縮めかねない諸刃の剣でもなるのだが、覚羅は最初からデフォルトでは使っていなかった。
脚力の強化による超スピード、岩を素手で破壊するほどの耐久性、威力。これを生み出す秘訣は覚羅がつちかってきた戦闘スタイルにある。
「んんっ!いい!イイわ!なんの迷いもない情熱的で真っ直ぐなストレートパンチ!あちしのハートにキテるわぁ!」
「さっきからなんだ、気持ちわりぃな……」
「殴り合いならウェルカムウェルカム!あちしも負けないわよぉー!」
岩の拳が降りかかってきた。質量にして約ニトン。軽トラックとほぼ同等の重量を誇る岩石パンチが襲いかかってくる。殴り合いは上等といっておきつつ自分は武装して殴るのは全くフェアではないと思うのだが。
「お兄さん!」
繭愛が電気のサークルこと《電磁領域》を解除したらしく、青白くほとばしる火花を纏って駆けてくる。
それに気づいた覚羅は、慌てて声を張り上げた。
「来るな!」




