67章 投石
一方で、覚羅と繭愛は蜂の行方を追っていた。
レーダー頼りに進んではいたものの、花壇の踏破に予想外に手間取っていたのもあって未だ園芸場を抜けられずにいる。広さだけでいえば何処かの音楽会場にもできるほどの規模があった。
「おにぃ……」
さっきから嫌な予感がしている。霧で覆われた朝方のような先の見えない不安が、繭愛を掴んでは離さない。
巨大スズメバチが通り過ぎた跡は目に見えて謙虚で、風圧によって健気に咲いていた花々の数々が散ってしまい、周囲には色とりどりの花弁が散乱している酷い有様だった。
「ひとつ、いいか」
ようやく花壇の端まで来たとき、隣を行く覚羅が短く問いかけた。走りっぱなしなはずなのだがその体力には息切れどころかまだまだ余裕がありそうだ。《武闘王》の身体能力向上効果もあるかもしれない。
繭愛は無言で頷き、歩みを進める。開始からすでに一時間以上で梶樹とも魅緒とも遭遇していない。脱落通知は一斉送信されるようになっているからリタイアしているということはないはずだが前回と異なり相手は人間だけではないのだ。
「俺は敵とありゃあ容赦しねぇ。今が殺し合いのリングの上だってんなら尚更だ。生憎と命取ろうとしてくる奴に、情けかける聖人じゃねぇんでな」
「うん……」
「お前はどうなんだ。悪いとは思うが……天聖がそうしたいっていうんなら、俺は賛同できねぇぞ」
「…………」
覚羅の考えは、サバンナの弱肉強食世界に似ている。自然界には敵だから殺してもいいという法律などない。だが、生きるためにライオンはシマウマを狩り、ヌーはその角で反抗する。
生きるために抗うというのは、命あるものとして至極真っ当な理論だ。デスゲーム最中となっているこの状況でも同じことがいえるかもしれない。
けれど、殺そうとして襲ってくる相手に躊躇せず殺れるかといわれれば……。
「……わたし、は……」
繭愛が言葉を詰まらせながらも、答えようとする。なんだかもやもやしてはっきりとはしないけれど、きちんと返事しなければいけないと思った。
しかし、その言葉が届くことはなかった。
「ーーっ!やべぇ、伏せろ!」
「わ……!?」
覚羅に抑えつけられ、繭愛はその場に倒れこんだ。それまで晴れ晴れとした天気だったのが急に暗くなり、地鳴りのような乾いた音がわずかに響く。
覚羅の足から、腿から、腹から、肩から、腕から、筋肉の束が盛り上がり、飛来してきたそれを受け止める。
黒く、大きな、純粋な質量が押しかかった。
「ぐっ……!」
トラックが激突したような衝撃が覚羅の身体に鈍く響いた。実際、それほど重量がある。覚羅が止めたのは、小学校の運動母で見る大玉転がしに使うような、巨大な岩だった。
《武闘王》の恩恵かそこまでの衝撃は感じない。だがこんなものが生身に当たったらと考えると、笑う気は起きなかった。
覚羅は岩を横っ側へと投げ捨てると、飛んできた方向を見据えて声を張り上げた。
「おいゴルァ!そこにいるだろ、出てこい!」
きっと刺すような視線の先には、特に不自然な箇所は見当たらない。
「お兄さん、今のって……」
「待て、動くんじゃねぇぞ」
困惑する繭愛を手で制し、覚羅は慎重に進んでいく。見えない何かを探るためとはいえ、爆弾を解体するかのような緊張感が流れる。
(今のが水影みてぇな移動じゃなく、投げたんなら……)
いるはずだ。近くにいる。それは確信だった。自分たちに岩を放った者がいるはずだと。
だが、出てこいと叫んで出てくる悪役などいるわけがない。日曜朝のテレビ番組でも隠れている敵はあぶり出すのがお約束だ。
ーー炙り出す、か。
覚羅はふとして振り返り、繭愛に聞こえるような声音で尋ねた。
「天聖、電気能力だったよな。今使えるか?」
「ん……たぶん、大丈夫」
「よし、ならここら一帯に俺ら以外電気が回ってないか見てほしい」
能力によって人体のつくりがまるきり変わっていないのだとすれば、身体を動かすのは筋肉と脳からの指令。つまり電気信号だ。思うままに動く動物の運動には断続してやりとりされる高速の脳指令が関係している。
もちろん、コンセントに刺して得られるような電力ではなくほんのわずかに流れる静電気のようなものだが、相手が異形のバケモノでなく人間である以上は必ず生体電気が発生しているはずだ。
「わからないけど……やってみる」
繭愛は膝を曲げ、立ち上がってから一息深呼吸を挟んだ。するとたちまち青白い燐光が銀色の髪をライトアップし始める。繭愛の吐息に合わせて鼓動するようにうねる電流の蛇は、徐々にその数を増やしのたうち回る。
イメージは、水。雨あがりの濡れた葉からこぼれ落ちた透明な粒の一滴が、水たまりに波紋を描くような情景を思い浮かべた。ちょうどひと昔前に流行った牛乳の王冠ミルキークラウンが近いだろうか。
……できるか?
梶樹が側にいない若干の不安で能力が扱えるか怪しいところはあったが、繭愛がひとりで力を使えなくてはこれから先が困る。なにより接近しての殴り合いをモットーとする覚羅にとって厄介なのが近づくことが難しい相手。通常は手を伸ばして届く範囲が"間合い"という。これを延長するため、そして攻撃力や殺傷力を高めるために生まれたのが刀剣類なのだ。
蛟龍のような規格外は置いておくとしても、対抗手段が限られてくるのは事実。それを突破するためには、手持ちの戦力のなかでは繭愛の能力で対抗する以外にない。これはある意味でこれからのゲームに挑戦するためのテストでもあった。
こつ、こつ。繭愛の靴底が地面を蹴る軽やかな音。それと同時に、そこを中心として環状の波が起こった。繭愛を中心として引いては押し寄せる、青白い電気の波。それが花壇の端から大地を喰らうように広がっていく。




