38章 拒絶
一方、場面は再び変わって梶樹たち。
少女ーー、咲に迫られた梶樹は、階段を登ってきた繭愛に問答されていた。
「おにぃ……その人、だれ?」
流れる静かな声。だが気のせいだろうか、いつも眠たげな繭愛の目はどこか普段と雰囲気が違う。
すると、今度は目の前の金の少女が梶樹に疑いの目を向けてきた。こちらはさらに謙虚で、明らかな欺心が感じとられる。
「兄様……こちらの方とはお知り合いなのですか?」
二人にじいっと見つめられ、迫られる梶樹。
(視線が……!視線が痛いっ……!)
女の子に迫られるのが嬉しくないとはいわないが、今の状況でいえば嬉しくない。何をしたというわけでもないのに突き詰められるのは怖すぎる。
「……とりあえず、自己紹介からはじめようか」
梶樹は諭すように、そう告げた。それから繭愛にこちらへ来るように手招きして、咲に向かいあった。
「咲、こっちは天聖繭愛。歳はお前よりひとつ下の十四、俺の妹みたいな関係だ」
「妹……?」
咲の眉間がぴくりと動いた。二人の顔を交互に見つめ、怪しいですといわんばかりに目を細める。
「繭、この子は皇咲。俺の昔の友達で、さっき会ったんだ。今いった通りひとつ上の十五歳だよ」
すると、繭愛はそれを聞いて安心しました、とばかりに胸を撫で下ろした。それからコバンザメのように梶樹に吸着する勢いで飛び込む。
「ま、繭……」
いきなり離れたからなのか、いつもよりスキンシップが激しい気がする。ゲームのルールとはいえ前準備なしに梶樹と離れたのは辛かったのだろう。
しかし、それがどうにも気に食わないのか、ぴったりとくっついてくる繭愛を撫でる梶樹の姿に不満を募らせたらしい咲が抗議の声をあげた。
「……兄様に妹がいるなど、聞いておりませんでしたが?」
「妹みたいなものだっていっただろ。一人っ子なのは相変わらずだよ」
よほど寂しかったのか、繭愛は一向に離れようとしない。仕方なしに背を猫撫でしてやると、くぅ、と嬉しそうな声をあげた。
「っ……!認めませんわ!兄様の妹は私のものです!それに貴女はいい加減離れなさい、兄様が困ってらっしゃるではありませんか!」
「……おにぃ、いや?」
くっと顔を上げる繭愛。まるで溶けてしまいそうな、紅い宝石のような瞳。じっと見つめられるだけで、吸い込まれていきそうになる。
けれど、梶樹にとっては見慣れたもので。いくらなんでもそるだけで落とされるほど女の子耐性がないわけではない。それに繭愛に関しては同居の間柄なのだ。こんな事象は日常的にありふれたものである。
「嫌じゃないよ。それより、繭は怒ってないのか?」
さっきまでかなり危うい空気が流れていたものだから、繭愛も自分が別の女子に迫られるのが嫌なのかとつい聞いてしまった。けれどもそれがさぞ不思議なことのように、繭愛は眉をひそめた。
「どうして?」
「いや、咲と話してたの怒ってないかなって」
「久しぶりに会ったんだし、わたしはいいと思うけど」
「それはそうだけど……ほんとに怒ってないのか?」
こくん、と頷く繭愛。それからぎゅっと抱きよせる手に力を加えて、
「おにぃは、わたしの側にいてくれるって……約束してくれたから」
ぽつりと呟いた。二人の約束。何があっても離れない。たったそれだけの約束なのに、妙な重みがあるのは……二人が受けた過酷な過去を癒そうとする歪な関係だからだろうか。
そんな二人が気に入らない、というふうに梶樹を繭愛から引き離す咲。間に割って入り、空いたその手をとって繭愛に宣告した。
「兄様は私に、お前は俺のものだと約束してくれました。貴女がおにぃと呼ぶこの殿方は私を先に選ばれたのです!私の兄様に馴れ馴れしく触れないでくださいますか?」
「おい、咲……いくらなんでもそんな言い方……」
「彼女との関係はあくまでも兄妹なのでしょう?でしたら兄様の隣は未だ空席。私が座っても問題はありません」
「だから兄妹みたいな関係っていっただろ、いったい何が不満なんだよ」
「彼女が必要以上に馴れ馴れしいので、距離を教えて差し上げたのです。人間関係というのは、きちんとした距離の探り合い。知らなければ、彼女のためになりませんよ?」
その言葉に、梶樹は核心を突かれた。繭愛のため。自分が離れないと約束したのはそのためだ。今の関係がそれに外れたものだとしたら……?
「おにぃを……返して」
空いたもう片方の腕に触れようとする繭愛。しかし、その手が梶樹に触れた瞬間、鋭い痛みが梶樹の身体を突き抜けた。
「……痛っ……!?」
その痛みに思わず身体をのけぞらせる梶樹。パチッ、という鋭い痛みは、ドアノブを触ったときに感じるあれと似ている。
ーー静電気。
本来はプラスとマイナスの関係で釣り合っている電気が摩擦等の外敵影響によってバランスを崩し、溜まった電気が流れる現象。繭愛の能力から考えれば珍しい現象ではないがーー。
「だ、大丈夫?おにぃ……」
心配そうに駆け寄る繭愛の前に、咲が立ちはだかった。勝ち誇った、勝者の顔。煌めく緑の双眼をもって繭愛を上から見下す。
「自分の能力もまともに使えないなんて……貴女に兄様の側にいる資格などありません。早々に去りなさい」
痛烈な、ひとこと。咲のその言葉は、繭愛の心に深く、深く刻まれる。
「咲っ……!お前どうしたんだよ、繭は何も……
「兄様、私は許せません。彼女は……繭愛さんは兄様との関係に甘えているのですよ?私が六年間真摯に想い続けた兄様との距離を……こんな、こんな方に……!」
「仕方ないだろ、会ってなかったんだから……それに、繭は俺にとってももう大事な家族なんだよ。血で繋がってない他人だからといっても、俺たちは兄妹で……」
「兄様の妹は私だけですわ!あんな泥棒猫に惑わされないでくださいまし!」
ヒステリックな叫び声をあげる咲に、繭愛の銀の髪からバチバチと青白い光が流れた。
「……勝手なこと、いわないで……!」
溢れる感情を抑えるようにぎゅっ、と腰あたりで拳を握った繭愛の周囲には白い糸が漂いはじめる。加速した粒子が帯びる電荷から生じる発光現象だった。
だが、咲は呆れたようなため息をつくと、梶樹に向かい直ってこう告げた。
「この際ですからはっきり申し上げます。兄様、繭愛さんとの関係を金輪際断ち切ってくださいませ」
「なっ……!?」
それは、梶樹にとっては最も辛く、きつい言葉だった。内蔵をえぐられるような喪失感が五臓六腑を駆け巡り、怒りよりも先に恐れが湧いてきた。
「な、なんでだよ……どうして、そこまで繭を……」
「決まっています。繭愛さんは兄様を不幸に落とす女だからですわ。悪い女を払いのけるのは"妹"たる私の使命ですので」
「ふ、こう……?」
咲の氷水のようなその一言に、繭愛の瞳から色が消え失せた。




