37章 拳圧
豚男の姿が完全に消えた、そのとき。
「あ、アンタたちどうしてそんな笑えるわけ!?そりゃ悪い女に捕まるほうが悪いとは思うけどさ……一応は仲間なわけでしょ」
それまで口を閉ざしていた魅緒が、冷ややかな笑いを続ける優男と武者面に奮起した。すると、男たちはそれが意外だったようで、嘲るような口調でこういった。
「仲間っていっても、わいらは運営から決められただけの間柄やけ。別に今生の親友っちゅーわけでもないしな」
「ねぇちゃんらはどうか知らんが、俺っちは深く関わらねぇほうが得だと思ってるわけさ。あんまり情がつくと厄介なことになっちまう」
「……じゃあ、てめぇらが姫って奴のいうこと聞いてるのはなんなんだ」
覚羅が口を挟んだ。それはそう、関わりたくないのなら命令じみたことを聞く必要などさらさらないはずだ。それでもここにいるということは、弱みでも握られているのか。
しかし、その答えはそれよりもシンプルなものだった。
「いったろ、ウチの姫さんは怖いんや。下手に機嫌損ねるとわいらが殺られちまう。命はいっこやからな……生きるためには必要ってことや」
優男の目には、はっきりと見て取れる怯えの色があった。他のチームメンバー全てを精神的に屈服させるほどの"能力"。いったい、姫というのはどれだけの力を持っているというのだろうか。
「……長話が過ぎたな、そろそろまぁ捕まってくれや。俺っちたちも鬼じゃねぇし、命とろうってわけじゃねぇからよ」
武者面が指パッチンをして火を起こした。蝋燭の炎ほどの小さな種火だが、石油に引火する分には充分だろう。炎の壁を背にして魅緒に近づいていく。
「……そうかよ。だったら、こっちもそれなりに手心加えねぇとな」
ドン!
覚羅はもう一度地面を跳躍ーー、炎を壁を飛び越えた。一瞬で地上から脱し、武者面男に肉薄する。
「その手は知ってるでぇ!」
優男が手にした石……ゲル状の石油を空に向かってバラ撒いた。黒い、どろどろとした液体が瞬時に浮遊する。
「向かってきたら容赦できんぞ、にぃちゃん!」
武者面男は散布された石油に向かって指パッチンを連打していく。ボン、ボン、と次々に石油に引火してあっという間に巨大な対空火器が完成した。
覚羅を阻む、火のカーテン。幕状に貼られた熱の防御は、空中で動けない覚羅を焼き尽くすーー!……かと思われた。
「そいつはこっちの台詞だな。……だらぁ!」
炎の膜に向かって、拳を突き出す覚羅。先程見せた光景と同じく、突き出された拳から一直線に爆風が発生する。《武闘王》で強化された覚羅の拳から放たれる渾身の拳打。全身の捻りから生み出された螺旋の回転は、炎の膜を突き抜けて吹き飛ばした。
「「なっ……!?」」
覚羅は優男を振り払うと、そのまま空中から蹴りをかまし、武者面男を地へ倒す。右腕を全身で締め上げ、ロックを成立させた。
「ぐあああー!」
苦悶の声を上げる武者面男。強烈な力で締められた覚羅のロックは、外そうとすればするほどに深く刻まれていく。
「た、頼む、悪かった!外してくれ!折れちまうよー!」
悲鳴をあげる武者面男。その通り、骨も筋肉も悲鳴をあげている。ぴしぴしと聞こえる嫌な音……。
軋む腕が解放されたときには、もうすでに武者面男の心は折れていた。
「はぁっ……はあっ……、い、いてて……」
「今度はこっちがいう番だ。大人しく捕まってろ、さもなきゃ今度は全身をぶち折る。これが、俺の手心だ」
武者面男と優男は、全身から震えあがった。
「いやーすごかったね、アッキー!火をパンチで消しちゃうなんてさー、やっぱ只者じゃない?的な?」
「うるっせえ。てめえは何もしなかっただろが」
「あーひどい!アタシの能力じゃ殴りあいには勝てっこないって分かってるくせにー!」
「文句いうなら早く水影と繋がってくれ。あいつらどこにいるのか分からねぇしな」
炎の檻から解放された魅緒は、《以心伝心》を使ってなんとか梶樹と連絡をとれないかと四苦八苦していた。武者面男と優男は早々にリタイアを選択してこのステージから退場となったが、まだゲーム自体が終わったわけではない。
(姫って野郎は相当な能力持ち。まともにぶつかったら、下手するとこっちがやられちまうかもな……)
人を恐怖で縛るのは尋常な事ではない。それ相応の力が必要だ。力で屈服させる不良世界で頭を張っていた覚羅には分かる。
「でもなんだかんだいってもアッキー優しいよね、その気になれば骨折るくらいわけなかったのに逃しちゃって。まぁアタシはそれで助かったんだけどさ」
「だからうるっさいっていってんだろが!うだうだいってるとてめぇの骨も折ってやるからな!」
ひー、とわざとらしい悲鳴をあげる魅緒を制した覚羅は、焼けた森に目を移した。ほとんどが炭になってしまった森の中には、逃げ遅れた兎や野鳥の死骸が転がっていた。まだ熱がこもる火災現場には黒々とした焼け跡だけが、火の恐ろしさを物語っている。
もともと縁もゆかりもない土地だが、この惨状を見ると何も感じずにはいられなかった。
「水影……天聖、気をつけろよ」
覚羅は開けた空を見上げながら、どこにいるともしれない梶樹と繭愛に警告を呟いた。




