21章 一時
通知はアプリからだった。メッセージボックスのアイコンに赤いマークがついている。開いてみると、十中八九運営からだった。
チーム全員の集合が完了次第、心身をお休めください。ゲームは明日より開始致します。
「休めってこたぁ、寝ろってことだろ。布団なんかあんのか?」
「そこの戸開けると部屋あるよー。置いてあるんじゃない」
魅緒が言う通り、ちゃぶ台の奥の引き戸を開けると再び畳が敷かれた部屋と対面した。飾りっ気などまるで皆無だが、壁にかけられている虎と獅子が描かれた掛け軸だけが異彩を放っている。
「おっ、襖あるな。多分ここじゃないか?」
梶樹はさっそく上がり込むと、昔ながらの襖の取っ手に手をかけた。入っていたのは綺麗に畳まれた布団と枕が四セット。それに人数分の浴衣が脇に置いてあった。
「浴衣って……ここは旅館じゃないだろうに」
流石に呆れ顔の梶樹ではあるものの、普段着では寝づらいのは確かなのでありがたいとも思った。幸いとしてこの部屋と仕切りができるのもありがたい。
「繭と魅緒さんはこっちで、どうぞ」
二人分の浴衣を置いて出ていこうとする梶樹を、魅緒が止める。……すごい、にやけ顔だった。
「えー、いいじゃん。別にアタシは気にしないよぉ?それとも、あみゅたんに見られるの恥ずかしいのかなー?」
「いや、そういうことじゃなくて……っていうか、繭と俺はそういう関係じゃないですから」
「い、や……なの?おにぃ……」
心配そうな瞳を向ける繭愛。このままでは必殺の上目遣いが飛んできて撃沈しかねない。そんな窮地に助け船を運んでくれたのは、さっきから不服そうに頭をがしがし掻いていた覚羅だった。
「……はぁ……、さっさと寝るんだろ。俺らはそこの部屋使えりゃいいんだから出てくぞ」
そういって、多少強引ではあるが梶樹を引っ張って退出していった。
「……悪い、助かった」
「……だからな、いちいち礼いうなっつうの」
思った通り、覚羅はいいやつだった。人は見かけによらないとはよくいうものの、その実例を見せられた気がする。
部屋を分かたれた男二人は、ひとまずは着ていた衣服を畳んでおいてから浴衣を身に繕うことにした。置き場所に困ると思ったが、入り口あたりの棚にハンガーがいくつもあったのでそれを使うことにした。
「……水影、お前なかなかカラダ鍛えてるじゃねぇか。着痩せってやつか?」
帯を締め終えた覚羅が唐突に声をかけた。もともとバスケ部な梶樹にとっては体力トレーニングは日課みたいなもので、早朝の走り込みで近所の爺さんたちとも仲を深めていた。
「そっちこそ。俺なんかよりよっぽど洗練されてるよ。……やっぱそういうところにいたのか?」
「……まぁ、な。俺は不良共のアタマ張っててよ、単車で攻めてきた他校の連中締め上げるのが日課だった。まぁ大抵の野郎はウチに来たら逃げ帰ったもんだが」
「単車って……今でもそういうのあるのか。それなのになんでこんなところいるんだ?」
「ああ、校門前にデケェ男が居座っててよ。通り過ぎようとしたら喧嘩ふっかけてきやがったんでボコしたんだ。……あいつは強かったな。そのあと運営とかいう連中が出てきて、それで気づいたらこんなとこいたんだよ」
「大男……」
それは、やはりあのチュートリアルなのではなかろうか。だとしたらこの覚羅はそれをクリアしてここに来たことになる。クリーチャー系と戦わせられるのがチュートリアルなのだと思っていたが、それぞれ違うのだろうか。
「俺からも質問させろ。ーー能力って聞いたことあるか?」
その言葉に、梶樹の身体に衝撃が走った。
「知ってるのか!?」
「こっちの台詞盗んじゃねぇよ。で、どうなんだ。なんか知ってんのか?」
「いや、これからのゲームで重要になる要素ってくらいしか……実際、影も形もないわけだし」
「へぇ、そこんとこはお前も同じか。それじゃあ……ガラポン回したりしたか?Padのやつだ」
ガラポン。能力を決定するくじ引き。梶樹と繭愛が引いた、あの能力抽選なのかーー!?
「じゃあ、やっぱりチュートリアルをーー
続きを言おうとした梶樹を戸が開く音が遮った。繭愛と魅緒が勢いよく飛び出してくる。
「こっち準備できたよー、電気消しといてね」
ほくほく顔でハンガーに上着をかける魅緒とは対象的に、繭愛はひしっと梶樹にすがりついた。……なんだか涙目を浮かべているような気がする。
「おに、ぃ……わたし、あの人っ……怖いよ……」
一体全体着替えのわずかな間で何があったのか、火照った顔色の繭愛はぴったりくっついて離れようとしない。まるでクジラの身体に吸着するコバンザメだ。
ぎゅうううう。
着付けの途中だったのか、もともと緩かったのか、繭愛の浴衣を支える帯が今にもずり落ちそうになっている。直してやりたいところだが、この体勢だとどうやっても前に帯が回らなかった。
「水影、俺はもともと孤児院の出だから弟やら妹やらに疎いんだが……流石に、その……なんというか……」
「……いいたいことは分かるが、ここは目を瞑ってくれ」
覚羅から一歩引かれた視線を浴びせられた梶樹はなんとか繭愛の心を落ちつけることはできたものの、色々築き始めたものを失ったような気がした。
(魅緒さんがもうちょっと落ち着いた性格だったらなぁ……)
こうなることを見越してこの人選にしたのか、よくは分からない。それでもなんらかの意図を感じずにはいられない梶樹だった。
繭愛の着付けを直し終わった梶樹が次に悩まされたのは布団の位置、つまりはどこで寝るのかということである。男二人はちゃぶ台の部屋でいいというのだが、本当に何があったのか繭愛が魅緒をあまりに怖がるのでほとほと困ってしまった。
さんざん悩んだ結果、特に反対する意見もなかったため布団が置かれた部屋に全員で横になることになった。位置的に右左二人ずつという形にはなったが。
「寝れない……」
梶樹は暗い部屋の中で、瞼を閉じたままそんなことを呟く。眠気は充分すぎるほど充分で、疲れてもいる。明日のことを考えれば休める時間は休んだほうがいい。
……だが。
なぜだろうか、いつも寝ている部屋と布団でないせいなのかとても違和感がある。旅行先などで感じる違和感とは全く違って、こわごわする。
この環境がそうさせたのか、あるいは非現実的なものを見過ぎたせいで無意識下で困惑しているのか。それとも単に初対面の人間と寝屋を共にする不信感からか。
(どっちにしろ、俺達はこのゲームを攻略しないと帰れない)
謎のゲーム、DOD。デッド・オア・ディアー。未だに判明しない能力という恩恵、歯車の噛み合わないチーム、目的不明のゲームマスター。
考えれば考えるほどに謎はより大きく、濃くなってゆく。時間にして深夜過ぎ。まだ虚な気分が抜けないまま、一日が奥からやってくる睡魔と共に静かに幕を降ろした。




