十六話 瘴気の森
聖女なんかになりません 第十六話 瘴気の森
さて、どうしたものか…
このエブルイユ村の村長が言うには、森の中の泉に異変が起こっているということでした。
「異変?ですか?」
「はい、聖女様。」
「冒険者に調査は依頼しましたか?」
「はるかムーランからCクラスを招きまして、調査を行いました。」
そこへ、村長の娘がお茶をもって近づいてきました。
「どうぞ、粗茶でございますが、聖女さまのお口に合いますでしょうか…」
「あら、カモミールですの?いい香りですわ。」
あからさまにほっとした顔をして、娘は下がりました。
ティリスがお茶に口をつけると、村長は重い息を吐きました。
「どうにも、瘴気が重すぎて、冒険者も奥までは行けなかったようで、途中で引き返してきました。」
「まあ。」
「魔獣の力も強く、ほうほうのていで戻ってきました。」
「よほど強かったのでしょうか?」
村長はますます苦い表情になりました。
「そうですね、Bクラス冒険者が逃げ帰るほどですから。」
「で?あなた方は何をなさっていたのですか?」
「私ども?」
「村の方々は、冒険者にぶつけ回して、その間はなにをなさっていたのでしょう?」
聖女の言葉に、意外と言うタネを乗せて村長は返しました。
「それを調べるのが冒険者の仕事です。」
聖女は憮然とした表情で答えました。
「そうではありません、その泉の瘴気を呼んだものがなにか、協議をしたかです。」
「協議?」
「なにか、邪なモノを呼び寄せたか、魔道具を持ち込んだか。そのようなことは、村人でもわかるでしょう?」
「ははあ、村人が悪さをしたとお考えですか?」
村長は、疑い深く言い返しました。
「お話になりませんね、村人がすべきことをせず、冒険者ギルドに丸投げなど。教会もそれでは協力できないでしょう。」
「きょ、教会にまで見捨てられては!」
「あなたがたは、自分たち以外におんぶにだっこで、自分たちの安全を図るおつもりですか?」
「あなたは聖女なのでしょう?」
「さあ?ひとからそう言われますが、自分でそうなろうとしたわけではありません。」
「そんな…」
「聖女ってなんですか?」
「あなたがそんなことをおっしゃいますか?」
「だって、聖女の規定など曖昧なモノです。」
「…」
村長は黙りこみました。
「とりあえず、治癒魔法が上手で、そのぶん魔力がある程度です。」
村長は、酢を飲んだような表情になりました。
「聖女がいたからって、村のだれもが裕福になる訳ではありません。」
「それでは…」
「がんばって、子供たちにおなかいっぱい食べさせたいとか、努力する人を応援するのが聖女です。」
村長は、目を見張りました。
「出て行ってくれ…」
「はい。」
ティリスは、にっこりと笑いました。
そして、そそくさとイスを引き、村長の家を辞しました。
「奥方さま、よろしいのですか?」
アンヌマリーは、不安そうな顔をしてティリスを見ます。
アンヌマリーより一〇センチは低い顔を上げて、ティリスは微笑みました。
「自助努力を怠るような者は、どこに行っても幸せになれません。」
「それではこの森の泉は?」
「さあ?」
「さあって…」
「お屋形さまに言われていますよ、なんでもかんでもやるなって。」
「しかし…」
アンヌマリーは不安の影を宿して、虚空を見つめました。
「ねえちゃん、お方さまはちゃんと考えてるよ。」
ベンが、アンヌマリーの上着の裾を引っ張って言いました。
「そ、そうなのか?」
瘴気に覆われた泉をどうすべきか、村人の生活にどう影響しているのか?
ティリスは、村から少し離れて森を見つめました
聖女の目には、森の中心に巣くう瘴気が見えます。
常人には具体的には見えないのでしょうが、聖女には黒いビジョンが見えます。
「ん~、なんか居ますねえ。」
「お方さま、なにか見えるにゃ?」
ミケが耳をぴくぴくさせながら森を見ていました。
「ほら、森の上に黒い雲みたいなものが見えるわ。」
「うん、あそこにあるね。」
アンジェラは見えているようです。
「ベンは見えない?」
アンジェラが聞きますと、ベンは油汗を流していました。
「ベン?」
「うう…」
「あれに見覚えがあるの?」
ティリスが聞くと、ベンは頷きます。
「なんだかあれには嫌な思い出が…」
「そう、あなたの記憶を奪った何かがあるのね。」
「うう…」
ベンの犬耳がぴくぴく動きました。
ティリスは、その場で印を斬ります。
「聖」
しゃしゃしゃ
「淨」
しゃしゃしゃ
「行け。」
ぱぱぱっと光がほとばしり、暗雲に向かいました。
パーン
と、乾いた音がして、森の上の黒い雲は消失しましたが、やがてゆっくりと登り始める黒いもや。
「ふむ、やはりなにか悪質な魔道具があるようです。
「今のでわかるのですか?」
アンヌマリーが、がしゃりと革鎧の金具を鳴らします。
「来ますよ。」
ティリスの声に重なるように、森の一角から何匹かのハーピーが飛び立ちました。
「ハーピー。」
「モモや、アンジェラを頼みますよ。」
「わう!」
「にゃ!」
ミケが、短剣を抜きました。
アンヌマリーも、すらりと腰の剣を抜きました。
ぎゃあぎゃあと、耳障りな声をあげて迫るハーピーに、アンヌマリーは腰の引ける思いがしました。
「空を飛べるからって、有利とは限りませんよ。」
ティリスは、右手を上空に向けました。
「マジックアロー」
しゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!
かかかかかかかかか
空を飛ぶハーピーの眉間に、無数のマジックアローが吸い込まれ、同時に何匹も地面に叩きつけられました。
ぐしゃ!
「にゃ!」
ざく!
飛んできたハーピーの爪を避けつつ、その羽根を切り裂くミケ。
「おりゃ!」
ざん。
アンヌマリーは、真正面からハーピーの顔に切りつけました。
血を飛び散らせて絶命するハーピー。
「ちっ!早いな。」
「引きつけて切れば大丈夫ですよ。」
「はい!お方さま。」
ティリスは、不用意に火魔法を使うと、森が火事になってしまいそうなので、無属性のマジックアローを使っています。
その分、数を重ねないと、威力が出ません。
やがて、ハーピーはタネが尽きたようです。
「魔物たちの好むものが、あそこにはあるのですね。」
「しかし、お方さまの浄化でなんとかならないのでしょうか?」
「それは、近づいてみないことにはわかりません。」
「そうですか…」
アンヌマリーは、森を見つめました。
「なに、そう大したものでもありませんよ。魔物が強化されているようには見えません。」
「でも、村長は…」
「う~ん、Bクラス冒険者が逃げ戻るには、他の要素があるのかもしれませんね。」
「他の要素…」
「なんでもかんでも助けるなと言われていますが、見過ごすのも寝ざめが悪いですねえ。」
「そんな呑気な。」
「今度のことだって、ギルドの依頼領をケチっているだけでしょう?」
「そうなんでしょうか?」
「そうですよ、こんな弱いハーピー程度、Bクラス冒険者が討伐できないはずはありませんよ。」
「はあ…」
(お方さまはそう言うけれど、けっこうきついぞこいつら。)
アンヌマリーは、自分の主人がやけに規格外なんじゃないかと疑っているようです。
「さすがにこの前みたいな、災害級の魔物はどうかと思いますけど、通常レベルなら冒険者で十分。」
(グリフォンなんか、そうホイホイ出てこられてもこまりますよ。)
アンヌマリーは、毒づいた。 心の中で。
「見つけた!」
唐突にアンジェラが叫びました。
「見つけたのアンジェラ?」
「かあさま、あそこに黒い箱があるよ。」
「へえ、狙える?」
「ちょっと遠い…」
「そう、じゃあかあさまにちょうだい。」
そう言って、ティリスはアンジェラのおでこに自分のそれをくっつけました。
「あらまあまあ、小さい箱ねえ。」
「わかった?」
「わかったわ。」
そう言うと、ティリスは目の前で土魔法を練りました。
「これに、浄化魔法を付与して飛ばしましょう。」
「できるんですか?」
「お方さまは、浄化のエキスパートにゃ。」
「…」
ベンは、脂汗を流しながら、ランドランサーを見つめています。
測量ポールに羽根を生やしたようなかっこうのランサーは、風魔法で高空に舞い上がります。
一キロ二キロ…三キロ上がったところで、まっさかさまに降下します。
ぎゅいいいいいいいいんんんんん
きいいいいいいいいいいいいいいんんんんんん
どがしゃあああ!
ソニックブームを引いて、高空から落下してくるランサーに、森の周辺は一気にクレーター化しました。
「あたり~。」
アンジェラは、きゃっきゃと笑っています。
「箱、壊れた?」
「ん?かあさま、ヒビ入ったけど壊れてない。」
「あらまあ。」
ティリスの声に、アンジェラは目を細めました。
「黒い煙は止まってる。」
「あらそう、じゃあ良かったわね。」
すんと鼻から息を吐いて、ティリスは肩をすくめました。
「お方さま!」
アンヌマリーは、ティリスに目を向けました。
「あとは、エブルイユ村のみなさましだい。」
「お方さまぁ。」
アンヌマリーは情けなく眉をさげた。




