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魔女戦線  作者: 結城紅
序章 日常の崩落
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1-8.日常の崩落

風を切って魔女が嗤う。望遠する視界に、薄っすらと彼女の笑みが刻まれたのが見て取れた。

彼女の視界は、既に僕の姿を捉えているのだろう。


「もっとスピードを出せないか?」


「も、もう無理です! これ以上は転倒する恐れがあります!」


車が横転してしまっては意味がない。しかし、このままではいずれ魔女に追いつかれてしまう。先方の息切れに期待したいものだが……。


「どうやら期待できそうにないな」


余裕の表情だ。寧ろ、彼女の移動速度は増している。発破をかけるように、地面を削り硝煙を上げ彼女は疾駆していた。

僕は、何度目かの発砲を試みる。

虚空を凪ぐ発砲音。弾けるマズルフラッシュ。予測された弾道をなぞるように、空を駆ける弾丸。狙い違わず、魔女の額に触れる、その直前。


——爆ぜる。


同時に、視界が煙る。放った弾丸は散弾。故に、一度何かに衝突すれば無数の破片が標的を射抜く。その速度は人知を超えており、回避は不可能。

だが、人知を超えているのは向こうも同様だ。

視界に、再び魔女が現れる。

硝煙と爆風を背後に置き去り、何事もなかったかのように魔女は追ってくる。


「やはり、か」


手持ちの弾薬全てを試してみたが、効果は全くない。

口許が引き攣る。


「化け物が……!」


脳裏に母の姿が浮かぶ。病床に臥せる母を置いて死ぬことはできない。何より—あいつを野放しにしたまま死ねない。未だに母を縛り付けるあの男を。

—史上最悪の男、本條聖夜を殺さずして死ぬことはできない。

思わず舌打ちする。あんな外道が父であることを片時たりとも思い出したくなかった。


「僕は、あいつとは違う……!」


決して母を裏切るような真似はしない。

その証左のためにも、僕は死ねない。死ねないんだ。


「循環します!」


運転手がハンドルを右に切る。タイヤが公道に轍を刻みながら右折した。車内が強烈な重力に晒される。

魔女は一瞬驚いたものの、速度を落とすことなく追尾してきた。

僕は一連の装備の片付けに入る。

再度装備の点検をすると、装甲車の扉を開けた。瞬間、強い逆風に前身が煽られる。まさに後ろ髪ひかれた状態で、上半身を地面に近付ける。

バックミラーで僕の様相を確認したのだろう。ドライバーが悲鳴を上げる。


「な、何を!?」


「速度は落とさなくていい」


先の交戦で幾つか分かったことがある。

魔女の防御結界は、彼女を中心とした球状であること。破片などの二次被害にも対応すること。不可視ではあるが、常時展開されていること。

そして、遠距離攻撃できないこと。

移動が脚によるものであることから、肉体強化の魔法を行使していることが窺える。そうでないと、脚の筋繊維が千切れている筈だ。このことから、この魔女は近接戦闘を専門としていることが推測できる。

何より、遠距離攻撃ができればとうの昔にやっているだろう。

故に、今は攻撃が来ない。


「予想は的中したな」


攻撃が来る気配はない。

装甲車が唸りを上げながら、栗栖さんの自宅に接近していく。

視界の先に、地面に俯す茶髪の少女が見えた。

ビルの屋上から視認したときと変わらず、公道の脇に落ちている。

装甲車が彼女の横を通過する。その寸前に、腕を伸ばした。揺れる視界の中、掬うようにして拾い上げた。車速も相俟って、全身に途轍もない負荷が掛かる。

栗栖さんを後部座席に寝かせると、即座に扉を閉めた。


「彼女は……?」


ドライバーが小首を傾げる。


「民間人だ。そんな人間を道連れにしたら、死後の通りも悪くなる」


「死後……?」


「F14へ向かって。そこで僕を降ろした後は、この子を病院へ。その後は好きにして良い」


運転手の額に冷や汗が滲んだ。ミラー越しに視線が交わる。


「心配しなくていい。僕に死ぬ気はない」


このままだと、ただジリ貧なだけだ。

ならば、少しでも敵を倒せる可能性に賭ける。


「直線に入ったら速度を限界まで上げてくれ」


数瞬の間を置いて、返答がきた。僕は了承の意を聞き取ると、シートに寝ている栗栖さんに向き直る。

つい、先程のことを思い出す。


「……ツいてないな」


彼女があの現場にいたことを誰が予想できただろうか。

仕方のなかったこととは言え、歯痒い。


「…………」


撃てなかったのは、僕なのだ。


「もうそろそろです」


運転手が口早に告げた。気が利いている。分かった、とだけ返答をよこした。

さて、栗栖さんを回収した目的を果たさなくては。

僕は躊躇うことなく、彼女の懐に手を突っ込んだ。

彼女の上着、パンツを弄り、携帯を取り出す。ロックが掛かっていたが、無理矢理に外す。民間のプライバシーなど、国家からすればあってないようなものだ。

履歴を確認すると、予想していた通り僕の番号から着信が入っていた。……致し方ない。

僕は彼女の携帯をへし折った。


彼女が生き延びれば、遺品の回収と同時に証拠品として携帯が警察に参照される恐れがある。そのときに、履歴から僕の着信を確認されたら、真っ先に僕に疑いが掛かるだろう。そうでなくとも、携帯が参照品として扱われた時点で、携帯会社に連絡が入るのは確実だ。そうなれば、ここら一帯の基地局の履歴が洗い出され、栗栖さんがいつ何処で何処にいる誰と通話したのか筒抜けになってしまう。

僕の足跡は徹底的に消さなければならない。

この中に彼女の大切なデータが入っているかもしれないが、命があるだけマシだと思ってもらうしかない。


「すまない」


携帯の処分は終わった。

あとは—。


「着きます!」


装甲車の扉を開けた。

痛烈な風が全身を打ち付ける。追い討ちのように、エンジンが強く唸った。加速する。

視界が次々と塗り変わっていく。テレビのチャンネルを切り替えるように、風景がすり替わっていき……。


「幸運を祈る!」


—飛び降りた。


勢いを殺さぬよう、前転して衝撃を逃しながら立ち上がった。そのまま砂利を蹴り、目標の建物の中に転がり込む。

亀裂の入ったコンクリートが目に入る。

剥き出しの鉄筋、今にも崩れ落ちそうな天井、脆弱そうな支柱。

僕が選んだ場所は、廃墟だった。


「もう、逃げられない」


生き残るためにも、戦うしかない。

決戦の火蓋が、切って落とされた。

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