楠家
「ただいまぁ」
あやめが家についたのはもう日が沈みあたりは電灯がちらつく頃だった。
玄関には明かりがついていて、あやめを迎えているようだった。
待ち構えていたのは明かりだけではなく…。
「あやめ!こんな時間までどこ行ってたの!…って、なにその格好!?」
玄関に立っていた紫色の腰まで伸びるツインテールの少女はあやめの服を見るなりぎょっとした。
「え~と、川で遊んでて、それで…」
いたずらっぽく、気まずそうにあやめが話す。
「もう…春休みだからってはしゃぎすぎじゃない?」
もう一度あやめを一瞥した少女の名は、楠すみれ、あやめの姉だ。
楠家の長女であり、現在、高校1年生…の春休みだ。
楠家は3人の姉妹がおり、長女のすみれ、次女のあやめ、そして三女の…
「あっお姉ちゃん帰ってきてたんだ。」
玄関の扉から顔を出したロングヘアーの少女こそ、楠ゆず、三女である。
あやめより茶色がかった髪の色にカチューシャをしており、来年小学5年生になる。
「そのバケツなに?」
ゆずがあやめの持っているバケツを指差して聞く。
あやめはバケツを中身が見える高さまで持ち上げ言った。
「めだか、川でつかまえたの」
ゆずとすみれがバケツを覗き込んだ先には、一匹の小さなめだかがいた。
底の方には小魚が数匹と砂利がある。
「ね、このめだかうちで飼ってもいい?」
あやめは不安げにすみれに聞くが、もう片方の手に握られている買い物袋には既にめだかのエサが入っている。
つまり、飼う気まんまんだ。
「うーん、まあせっかくだし飼ってもいいんじゃない?」
すみれは多少渋る雰囲気を出したものの目はめだかを見つけたときからずっと輝いていた。
ゆずはというと、しゃがんでバケツを覗き込み、じっとめだかを観察していた。
ふいに、ゆずが人差し指を水面に沈める。
すると、めだかは最初びっくりしてバケツの底の方へ逃げていった。
やがて、ゆずの指をエサだと思ったのか口をパクパクさせ指をちょんとつついた。
「この子、メスだ」
「え?尾びれが丸いのがオスじゃないの?」
拍子抜けにあやめが尋ねる。
「ううん。逆だよ。ギザギザしてるのがオス」
指に吸い付くめだかの体を興味深く見ながらゆずが訂正した。
「ゆず、詳しいんだね」
2人のやりとりを聞いていたすみれが声を掛ける。
あやめのスカートから水滴が滴り、地面に落ちる。
同時に、あやめはぶるっと震えた。
「もう…早く着替えて、風呂入りなよ」
「うん、そうする…」
タオルを取りに戻ったすみれを見送りながら答えた。
次に、バケツに屈んでめだかと遊んでいるゆずを見かねたあやめはゆずに対してこう言った。
「ゆず、このめだか水槽に入れてきてくれる?」
ゆずは一言「うん」とだけ呟き、いつになく嬉しそうにバケツを受け取った。
玄関の扉を戻っていくゆずの後ろ姿を見てあやめはいいことをしたとひとり誇らしくなった。
「うぅ、寒い」
あやめは手渡されたタオルで濡れた体をだいたい拭くと、靴を脱ぎ家の中へ入った。
廊下を裸足でぺたぺた歩いていると、においか音で感じ取ったのかはわからないが2種類の鳴き声がした。
同時に、爪が床を蹴る音も鳴り響く。
それはものすごいスピードであやめに向かって近づいた。
「あっちょっボン!」
次の瞬間、あやめは2匹の犬に飛びつかれ、しりもちをついた。
「もうー、ボンちゃん、バロンちゃん」
あやめが2匹を引き剥がして交互に撫でる。
ボンちゃん、と呼ばれた犬は、短い毛に全身クリーム色をしている。
ボンはあやめに撫でられると、それに応えるかのようにあやめの足を舐め始めた。
バロンちゃん、は白と黒の模様で、鼻の周りから首まで部分的に白い毛が覆っている。
バロンは口から出した荒い息をあやめの手に掛けた。
2匹とも耳が立っており、目がくりっとした可愛らしい容姿。
だが共に中型犬で飛びつかれたたらどしっと来るほどだ。
あやめはボンより一回り体が小さいバロンを持ち上げ、顔の高さに持ち上げる。
「バロンちゃん、ただいま~」
あやめはバロンに顔を近づけると、バロンにその大きな舌で顔を舐められる。
「ん~、バロンちゃんくすぐったい」
じゃれるバロンとあやめをボンはじっと見つめる。
「おーい、早く風呂に入って欲しいんだけどー」
横から声がしてあやめが振り返ると、呆れ顔のすみれと、そのそばにゆずが立っていた。
「ごめんごめん」
あやめはバロンを下ろし、ボンをひと撫でして立ち上がると、風呂場へ歩いて行った。
「まったくあやめは。ねぇ、ボンちゃん、バロンちゃん」
飛び上がるバロンの横でボンは耳を振った。




