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決めるのはあなた方ではない  作者: 篠月珪霞


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番外:私のお嬢様

キアラは貧乏な男爵家の四女に生まれた。狭い領地で収入も乏しく、贅沢はできなかったけれど、家族仲がよく領民とも力を合わせて何とか生活していた。

転機が訪れたのは、キアラが9歳のとき。大規模な天災に見舞われたのだ。


国からの支援はあったが、何せ被害がキアラの領地だけではなかったので十分に行き渡ることはなかった。

キアラは家計の足しと食い扶持を減らすため、働くことを決意する。家族は止めたけれど、このままでは領民も共倒れとなってしまう。

そう言って説得し、始めは侍女見習いとして雇ってもらったのが、ブルーナ伯爵家だった。


5つ年下のお嬢様、カメリアとは年が近いからと、ゆくゆくは専属侍女になるべく教育を受けた。伯爵家ともなれば、侍女であろうとも所作やマナーは男爵家の比ではない。

だが、初めて見たカメリアの、茶色のふわふわの髪、大きな青い目でこちらを見上げてくる愛らしさに撃ち抜かれたキアラは、俄然やる気を出した。

絶対、お嬢様の侍女になる!と。かくして努力の甲斐もあって、専属侍女となったのである。


それから2年は平和だった。カメリアの可愛らしさに癒される、最高の職場だとそれまでの苦労などなかったかのように。住み込みになるので、高い給料もほぼ仕送りできるし、いうことはなかった。


悲劇は、カメリアが6歳になって、王命で出された婚約が決まってからだ。

顔合わせのとき、もちろんキアラも側に控えていた。

現れた男の子は、まあカメリアと比べるべくもないが、なかなか綺麗な顔立ちだなと思ったが。

第一声で、カメリアを貶める発言をし、二言目の侮辱で、前言撤回した。


何? うちのお嬢様のどこら辺を見て、ブスとか言ってんの?

目が腐ってんの? それとも頭? いや両方だよね。少なくとも、審美眼はないわ。顔と目と頭(の中)洗って出直してこい。


などという発言が侍女に許されるわけもなく。

気落ちしているカメリアを慰め、クソガキの発言を全否定し、心からの賛辞をこれでもかと並べたてたキアラである。










それからもクソガ…失礼。アルベールは変わらなかった。

会うたびに容姿を貶し、ヘアスタイルを馬鹿にし、アクセサリーをセンスがないと一端に評価し。

側で聞いていたキアラの方が怒りを抑えられなかったものだ。

カメリアは、いっそアルベールと顔を合わせるたびに、両親に婚約解消を訴えていた。

そして毎回却下されていた。


年嵩の侍女も、アルベールの気持ちも分からないでもないけど、だからといってあれはねえ…と訳知り顔で何やら言っていたが、カメリアがその度に傷つけられていることだけは確か。

彼にどんな事情があろうが、それで何の咎もないカメリアを傷つけていい理由にはならないと反論しても、誰も聞き入れてはくれなかった。



異変はすぐに表れた。

キアラが少し目を離した隙に、カメリアが果物の脇に置かれていた果物ナイフを手に取り、じっと見つめていた。かと思うとナイフの刃の方をすっと自分に向けていて。


「お嬢様…!!」


慌ててキアラが取り上げたのだが、カメリアは自分が何をしようとしたのか分かっていなかった。


「どうしたの、キアラ?」

「どうって…」


完全に無意識だったようだと気付いて、ぞっとした。

虚ろな何も映っていない目で、こちらを見るのが悲しくて、辛くて。ただ、傷ついているカメリアを抱き締めた。本当はこんな行為は許されないことは分かっていたのだけれど。


カメリアの苦しみを分かろうともしない、伯爵夫妻が憎くて仕方なかった。

それが、始まりに過ぎなかったので、尚更。


結局、婚約は解消にならず、10年も耐え続けて、壊れそうになるカメリアを顧みるものは誰もいなくて。

キアラは傍にいることしかできなかった。

他者に傷つけられ、家族に傷つけられ、ぼろぼろになっていくカメリアを見ることしかできなかったのが、歯がゆくて、何度も泣いた。


王命とは何なのだと。

人を踏み躙って、人を傷つけて、人を壊すことが、王命なのかと。


口に出していたら、反逆罪確定なことを、いつも思っていた。









結婚後は、カメリアとよく寝台で一緒に眠った。侍女の許される範疇を超えているのだけれど。


ここは自分の居場所じゃない。あの男と同じ家でなんか暮らしたくない。見るのも声を聞くのも、存在を感じるだけで苦痛。


そう言って、夜は襲われる不安で眠れないという、カメリアを拒否することなどできるわけもなかった。


ちなみに初夜、キアラは不寝番をしていた。

カメリアに宛がわれた部屋に鍵を掛け、内側でずっと。キアラの姿がないと心細いような顔をするので。


深夜にガチャガチャとノブを回す音がしていたが、当然無視した。ドアを叩く音? 何のことだか。





そうして何度も訪れる不審者を撃退し、無事に2年経った。白い結婚の成立。つまり、離婚申し立てが可能になったのである。

カメリアは離婚届をもって、走り出しそうな勢いでアルベールの部屋に突撃していった。あのような嬉しそうな顔は、本当に久しぶりに見た。


予想外の珍客がいたものの、サインをもらってきた!と子供の頃のような輝いた笑顔をカメリアが見せたときは、思わず号泣しそうになった。

よかった、本当によかったと。2人していつの間にか泣いていた。


アルベールとのその後のやり取りは、すべて弁護士を通し、決してカメリアは会わなかった。慰謝料は振込で。…それでいいのです。


そして、あらかじめ決めていた家に移り住み、家具やカーテンや食器や、といろいろ2人で決めるのも楽しかった。婚家? 趣味も好みも聞くことなく勝手に決められていたそうです。

慰謝料だけではいずれ生活できなくなるからと、カメリアも外に出て働くと言っていたが、刺繍の腕で十分稼げるからと説得した。こんな美しい人が外で働いてみろ。…治安のいい街でも油断はできないのだ。


とはいえ、キアラもカメリアにばかり負担を強いるつもりはなかったので、空いた時間に内職することになる。あまり離れたがらないカメリアの希望に沿う形でそうなった。

人間不信にしたのは、今までの周囲のせいである。取り敢えず、呪っておく。







呪いが効いたのかは判別つかないが、その後の伯爵家の話は噂になっていた。

王命で決められた結婚が結局上手くいかず、白い結婚で離婚したことに対し、王家から追及されたこと。

何故もっと早く関係を見直さなかったのか、上奏しなかったのか、とまあいろいろと。

王家から叱責され、他家からは距離を置かれた2家が、事業の提携を断られたとか、投資に失敗したとか。


離婚して1度だけ、ブルーナ伯爵夫妻がキアラたちの家に来たことがある。

幸い、カメリアが仕上がった作品の納品に行っていて不在だったが。私は、別件で出かけなければならなかったので、隣家の気のいい奥様に付き添いをお願いした。帰ってきたらいたのだ。

いやあ、私1人でよかったと言わざるを得ない。


何故離婚したんだとか、あんなにいい人をとか、カメリアのせいで王家に責められたとか、今から奴と再婚しろだとか。

聞くに堪えない戯言ばかり。

特に最後のは笑えない。


男のプライドだかなんだか知らないが、謝罪ひとつしなかった男と再婚?

また、カメリアに地獄を見させろと?


まあ謝罪したところで、カメリアの10年分の傷はなかったことにならないし、何の救いにもならないけれども。


あの男の謝罪など、単なる加害者の罪悪感を薄めるためだけの自己満足だ。価値などない。

笑顔で追い出した私は、いい仕事をした。ふー。


ブルーナ伯爵家の衰退も近いかもと思ったが、セダン伯爵家も、違う意味で噂になっていた。

カメリアへの仕打ちが結婚前から広まっていたので、後添いがいないと。そりゃいるわけないわよ。

一生独り身で過ごして、被害者を増やすなと言いたい。そのまま両伯爵家、いっそ爵位返上すればいい。

ざまぁと思った私は悪くない。










それから、平穏な日々が続いて、カメリアも笑顔が増えてきて私は嬉しい。


「ねえキアラ」

「何ですか?」


カメリアの声は柔らかく人を呼ぶ。こんな声で呼ばれたことのない、あの阿呆は可哀想…いや同情の余地は一片もないな。自業自得だもの。


「あのね、…その、ね?」


ああ、もじもじしてる姿もお可愛らしいと悶える私をよそに、意を決したかのようにカメリアは言う。


「もし、もしもね。キアラに、その、結婚したい人ができたら、言ってね? ほら、わたくし、お邪魔になってしまうし…」

「そんな人いません」


反射的に否定してしまった。ちょっと淋し気なカメリアを見たらつい。


「だから、もしもよ。絶対、そのときは遠慮しないで、言ってね?」

「そうですねえ…」


そんな予定は微塵もないが。カメリアがいるせいで婚期を逃していると思われているなら心外だ。

実家の方も安定してきたし、機会があればかな。


「カメリア様に、いい人が見つかったら考えます」

「まあキアラったら」


10年経って、やっと幸せそうに笑うカメリアを見て、キアラも幸せに思うのだった。
















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