Act.41 死闘
みんな懸命に歩いて距離を稼いで、野宿。
営巣地に近くて火を使えない。
クレアが作ってくれたボアのローストひと塊を切り分けて食べた。
使ってるいろんなスパイスも、それぞれ効果があるんだって。
どんどん体力つけなくちゃ。
決戦に向かう前に食べなさいって、クレアが言ったサンドイッチ。
夜明け前にみんなで食べた。
量は少なめ。
これから命がけで戦うのに、お腹いっぱいってわけにはいかないから。
「何だこれは。とびきり美味い」
「こんな美味いもん食ったら死んでも文句言わねえわ」
「防御力上昇の魔法がかかってるので、少しは楽になります」
「お前の母ちゃんそんなことできるのかよっ!」
「ときどきだけど、一時的にステータスが上がる料理を作るんだ」
「ああ……そういやロランのお母さんは凄腕の戦闘魔術師だ……」
「この強さだと3時間は維持できると思います」
「3時間!? サンドイッチで? 怖っ!」
「ここから根城まで30分……2時間半ちょうどだね」
クレア、アシスト完璧。
そして、決戦だ。
根城に近づいて、ロランは魔法結界を張った。
邪魔ものの気配を察して、ティアマトが頭をもたげた。
直接見たティアマト、本当に大きい。
ゆっくり宙に浮かんで、とぐろを巻いて、僕らを威嚇してる。
真っ黒な巨岩。
外形はほぼ依頼書通り。
今回はロランを守れる手段がない。重力魔法で手が離せない。
だからティアマトからなるべく離れて結界を維持する。
もし万一の時はお願い、ケイ。
「作戦開始だ!」
この大きいのを地面に押さえつける、
重力をかけたら、さっそく雷が飛んで来た。
でも僕には何のダメージもない。
さらに押し込んだ。
ティアマトは逃げようとして、とぐろを解いて長くなった。
これを待ってた!
一気にプレッシャーをかけて、全身を地面に固定した。
頭はもちろん、しっぽの先さえ動かせない。
また雷だ。連続で出てくる。
でもみんな結界があるから、怯まずにティアマトの首に駆け寄った。
「さっさと片づけて祝杯を挙げるぞ!」
「ロランはホットミルクな!」
みんな順番に絶え間なく1か所に剣を振り下ろし、槍で突いてティアマトに攻撃する。
ティアマトも雷で攻撃したいだろうけど、自分の首に敵がいるから雷を落とせない。
「ケイ」
『おう』
ケイの補助魔法。物理攻撃上昇。
ティアマトは苦しそうだけど、僕の重力からは逃げられない。
逃がさないよ。僕はみんなを守る。
僕の前では誰も死なせない。
やっぱりうろこが硬くて、みんな苦闘してる。
補助魔法が十分効かない感じになってきた。
体力と攻撃力の低下が予想以上だ。
その時、いきなりだった。
ものすごい衝撃がティアマトから周りに広がった。
みんな弾き飛ばされて、ロランも後ろに倒れかけた。
ギリギリでケイがシールドを張ってくれた。
転んでたら結界が解けて全滅だったかも。
でもシールドごと1メートル以上押し込まれてしまった。
こいつ、衝撃波を持ってる。物理特殊スキルだ。
データになかった。衝撃魔法を持ってた。
そしてそこそこの知能がある。
魔法が効かないとわかって、スキルを使った。
魔法結界じゃ防げない、物理反射か物理結界でないと!
ケイのシールドだって多用できない。
「逃げて! 僕が押さえつけてる間にみんな早く逃げて!」
でもロランは逃げないし、他のみんなも持ち場に駆け戻って首に刃を振るう。
「ロラン! 僕の——」
「誰も逃げない……お父様がおっしゃったんだろう?」
「…………」
「逃げられない敵とは戦えって」
「確かにそうだけど」
「——僕らは、最初から逃げられないのは承知なんだ」
誰も逃げない。
そうだった、マリス。危ない時ほど戦わなきゃ。
逃げたら勝機はないけど、戦えば勝機があるんだ。
たとえ捨て石だって、勝機はある。
絶対に逃がさない、ティアマト!
『そろそろ行くぜ。みんな体力も落ちてきてんだな……』
前足で2度足下を掻いた。ケイの癖。
『みんなズタボロだ。回復も使うっきゃねえぞ』
「回復使わないと危ないってケイが言ってる」
「うん……仕方ない。回復も頼むよ」
さっきの衝撃波でロランは作戦のポジションから押されてしまった。
そのせいでケイは魔法の有効範囲外に出てしまった。
結界を出て補助魔法と回復魔法を使いに行った。
「頼んだよケイ、本当に危ないから気をつ——」
直後……衝撃波が来た。
ケイは直撃で飛ばされて、すごい勢いで骨の上を転がった。
『ケイ! シールド!』
言い終わる前に雷が落ちた。
威力はずいぶん落ちたけど、魔獣なんてかすっただけで死んでしまう。
でもケイは生きてて、立ち上がった。
——左の後ろ足、足首を傷めてる……さっき転がった時打ったんだ。
なのに、シールドを張って全速力で有効範囲まで行く。
みんなに回復と補助の魔法をかけた。
そして、左脚を少し引きずりながら結界に戻った。
「君は自分の足を先に治して。無理しちゃダメだよ」
そんなこと言う君だって、ずいぶん疲れてるのに。
何かの拍子に、刹那、結界が揺らぐ。
すぐ立て直すけど、いつまで続くかわからない。
ステータスには精神力の表示がないから。
僕には君がどれくらい消耗してるか、わからない……。
『そんな余裕ねえよ旦那。ヒールと補助療法使ってんだ、魔力が足りなくなったらゲームオーバーだぞ。みんな……疲れてんだ。魔法で底上げしねえとすぐに戦えなくなる』
ケイが治す素振りを見せないから、ロランが言った。
「ケガした足で走って何往復もするなんて、僕は契約者として認めない」
『あーあーあーきこえねー』
「君は結界から出なくちゃ魔法を使えなくなった。前線へのフォローは終わりだ」
カードが一枚減った……ううん、事実上ゼロだ。
僕ならケガも魔力もすぐに治せる、でも重力魔法を解いたら、みんなが殺されてしまう。
僕は何もできない……仲間がケガをして魔力も減ってるのに、こんな場面で使えないなら、神聖魔法なんてあっても意味ない……悔しい。
ロランの精神消耗も魔法じゃ治せない。
みんな、いつ衝撃波がくるかわからないのに、必死でティアマトの首を斬ろうとしてる。
そして、ケイはダメだ、止めてもダメなんだ。
全力でポイントまで走って、みんなに魔法をかける。
けど、結界に戻る足取りが徐々に遅くなる。
行くたびにシールドを使うから、魔力も体力も減っていく。
「ケイ、もういい、いいんだ!」
『やなこった……俺は死ぬなら名を残すんだ、子ども作れなかったからよ』
『生きて帰って作りなよ! 可愛いシェッティの女の子と!』
『俺が降りたら全滅だ! ——上等さ、現場で死ねるたぁ……戦闘魔獣の本懐だぜ』
その時、全身がゾクゾクした。もっとすごく毛が逆立った。
嫌だ。
ロランも、ケイも、みんなも、誰ひとり死んでほしくない。
やらなきゃ——。
「このまま押さえてるから、みんなを少しだけ休ませようよ」
「戦闘中だよ」
「完全に膠着してるんだから、5分くらいいいじゃない。その間に作戦会議」
「——何か企んでいるね、君」
ああもう、勘がいいなあ君は。
「僕以外みんな、いろいろ限界が来てる。君もね」
君は答えないけど。
「このままだと、じわじわ死んでいくよ。ひとりずつ」
やっぱり何も言わない。
「僕はマリスと戦って、パーティが半分以上死んじゃった討伐なんて何度も見た」
何度も見た、人も魔獣も殺されてくところを。
一瞬で焼かれたり、頭を潰されたり、いろんな死を。
「僕はみんなが死ぬなんて嫌だ。みんな大好きだから」
ロランはしばらく黙って、それからみんなを呼び集めた。
「想像以上にうろこが硬くて手こずってる」
「いっそ目から潰さねえ?」
「激痛だぜ? ルイの重力魔法で抑えきれる確証があればな」
「くそ、目から刺せりゃ槍伝わせて雷魔法くれてやれるんだが」
「真正面に立ったらやられるぞ、奴の舌は長い」
みんながティアマトから離れて、ロランのところに行った。
合流を確認して、重力をティアマトの首に集中的にかけた。
ただ押さえつけてるより、魔力を使うけど。
線状に絞り込んだプレッシャーを首に垂直に。
首を鋭利な重力で押さえつけられてティアマトの体が暴れ出した。
かまわない、どうせ逃がさないし、暴れてくれた方が都合がいい。
みんな、距離を取って身を守ってよ。
ティアマトの体が暴れてのたうって、すごい砂煙だ。
——砕けた人骨の粉……もう誰も殺させない!
バキ、バキ、って、硬いうろこが割れていく感触がわかる。
少しずつ、少しずつ……集約した重力の刃がティアマトの首にめり込んでいく。
さらに力をかけた。
必ず斬る、お前の首!!
絶対みんなを守る。
もっと、もっと、もっと圧をかけるんだ!
そして、重力の刃がドスンと地面に刺さった。
骨粉が舞う中、のたうってたティアマトの体が少しずつ動かなくなって、止まった。
しばらく経って粉が落ち着いた。みんなはただ呆然と、首を切り落とされたティアマトを見てる。
そして僕にはもうひとつ、大事な仕事があるんだ。
すごく疲れてるけど、大事な仕事。
フラフラになってケイのところに行って、傷めてるところに前足を置いた。
すぐ治った。よかった、神聖魔法持ってて。
『おま……何やらかしてんだよ……』
『ケガの手当だよ』
『じゃなくて! ティアマト斬首したのかよ!!』
『みんなが危なかったから』
『危なかったからってやれたら俺でもやれるわ! 論点そこじゃねえよ!』
ケイと話してたら、みんながちょっと立ち直ってきたみたい。
「……おい、ロラン」
「……はい」
「お前のバディ、ちょっといろいろおかしいんじゃないか?」
「あ……えっと……」
「そもそも魔力5000超えの魔獣なんか見たことねえが」
「そう、ですかね」
「あれでAランクは間違いだ」
「そ、そうですか……?」
「SSに昇格させるべきだろ。ギルドに直訴しろ」
「それはさすがに……」
「ルイだけいれば済んだじゃん。俺らいらんだろ」
「いえ、それは……みなさんが必死で首を落とそうとしていて、だけどとても危険な状態になってしまったから、それでルイも……」
「土壇場のバカ力ってだけで片付くなら、世界の問題は半分片付く」
ロラン、しどろもどろ。
「でも、みなさん全員で力を合わせて戦ったんですから、これは全員の戦果で……」
「あほか。あの美しすぎる断面を俺らのなまくらソードで作れると?」
「……無理がある、かな……」
ああ、これでまた、グリズリーの時みたいに外に出られなくなるんだ……。
思わずやっちゃったけど、子猫がやったにしては、あまりに大物すぎる。
伝説の魔物、一刀両断にしてしまった。
とりあえず帰ろうって話になって、ところでティアマトをどうするかって話に。
「資料が少ない魔物だったから、何をもって証明すればいいのか、ギルドでも紛糾してたんだよな?」
「ええ。でも頭ということで決着しました」
「そりゃよかっ……頭?」
「いくつかの資料を比べたところ、角が全部同じで特徴的なので」
「角だけじゃダメなん?」
「頭、なんです」
「頭かー。このデカいのをかー。想定より二回りはデカいぞ」
「改めて見ると、すごいですよね」
「台車を頼んで運ぶか……」
「馬が動けなくなるって。荷馬車借りた方がいいぞ」
「ちょい待ち、本体の素材はどうするん?」
「あ」
「あ。うろこや皮、捨てていくのかよ? 貴重品じゃん」
「……ねえな、それは」
「マジ伝説の貴重素材だよな」
「だがどうやって運ぶ? 馬車には乗れねえぞ、あの図体」
「これからブツ切りにする体力ねえ……」
「……ロランのマジックバッグに入れる」
「だな」
「一択」
「賛成」
「なら頭も」
「ついでに」
「いいよな」
「異議なし」
「ネロさんもバッグお持ちじゃないですか」
「バッグに魔物だけは入れるなって親父の遺言でな」
「……絶対嘘ですよね、それ」
「じゃ親父に訊いてくるか?」
「お断りします」
ロランはものすごく抵抗したけど、他に方法がないので、みんなで力を合わせてロランのバッグに入れた。
「よーし、町で祝杯挙げようぜ!」
「僕が持ちますので、みなさんいくらでもどうぞ……」
「ゴチになりゃっす!!」
「となりゃ、開いてる店探さねえと。今日の酒は最高だぞ!」
自分のマジックバッグに化け物入れちゃって、ちょっと凹んでるロラン。
祝杯を挙げてゆっくり休んで——っていうわけにはいかなかった。
ティアマト討伐を目撃してた人たちの話が高速で広がってた。
残留してた市民さんたちが総出でお祭り騒ぎ。
ロランが支払うまでもなく、飲食無料。
みんな疲れとお酒でフラフラになって熟睡。
翌日の昼、みんな無事で帰路に。
よかった、誰も欠けずにみんなで帰れる。
1週間かけてヴァルターシティに帰投。
門をくぐったら、うん、想定内。
市民がこぞって集まって大歓声。
ナリマンさんたち、ちょっと腰が落ち着かない。
まっすぐギルドに行って、いったん入り口の横にティアマトを置いた。
大物過ぎてこのまま解体部屋に入れられない。
小分けにしなくちゃ。解体職人さんの出番だ。
落ち着いて見ると、うろこが綺麗。ぼんやり半透明の黒で、虹みたいにキラキラ光る。
ギルドの前に集まった人たちがみんなすごく興奮してる。
伝説の魔物を見に来たんだ。
誰も触らないようにギルドの見張りつき。
ギルドは大変、やっぱり依頼主はまだ予算を組めなくて、討伐報酬を立て替えなきゃならないのに、追い打ちで値段がつけられない素材が。
伝説の魔物の素材、さすがに無視はできない。
綺麗だし超レアな素材、欲しいなら早い者勝ちだね、これは。
そうしたらギルドも少し助かるから。
でも素材や肉は討伐者に優先権があるから。
「ところでみなさん、うろこと皮の大半はギルドの買取として、肉はどうします?」
あの名台詞が聞けそう。
「うろこを剥がしたところしか包丁が入らなくて解体が大変で」
硬いよねー、あいつのうろこ。
「今の時点では少ししかお渡しできないんですが」
バトルチーム、本気で引いた。
「食わねえだろ、こんな化け蛇の肉とか!」
「僕はいただいて帰ります」
「食うのかよお前! マジ悪食だなっ」
「好き嫌いせずに食べるよう、学校の教授から言われてるから」
いや、教授もティアマトまでは想定してなかった、きっと。




