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Act.33 蒼い馬


 僕がクレアだったらたまらないよね。

 ギルドに登録してきます、って出かけた15才の息子がいきなり初陣に行ったって伝言が来て、しかもアイスリザードの群れが相手なんて……泣くよね普通。

「お母様、もう泣かないでください。この通り無事ですから」

「マリスが死んで、バレルが囚われて、あなたまでいなくなったら、私……」

「大丈夫です、心配しないで」

 なんて言っても、心配だよね。

「え……そうだ、ルイが僕を助けてくれたんですよ」

 ロラン、ものすごく焦ってる。

「バトルが終わったと思ったら生き残りの魔物が近づいて来て、ルイが倒してくれたんです。それはもう、一瞬で……」

「そ、そうだよ、クレア。僕も頑張ってるから大丈夫!」

「15才でそんな危ないことをするなんて……」

 あなたもやってたでしょ、15才で。

 ちょっと前のクレアだったら、褒めてなでてくれたんだけど……。

 バレルが売られるって決まったのがショックなんだね。

 あんなおかしい子でも、自分が産んだ子どもなんだから。

 すっかり弱ってしまったクレア。

 微笑みのクレアの面影なんてどこにもない。

 ロランはしばらく依頼を受けないことにした。

 んだけど——そんなのはギルドマスターのご指名が許さない。

 クレアについていてあげたいんだ。

 でも現在進行形で困ってたり、危険なことになってたりする依頼者がいる。

 板挟みになってしまった。

「結界なんてない方がよかった……」

 ロランまで後ろ向きなことを言いだした。

 でもそこはロラン、一晩で立ち直る。

 マリスの討伐記録を読んだって。やる気がすごい。

「お母様のことは本当に心配だけど、今、命を落としそうな人もいるかもしれない」

 困ってる人は確かにいるんだ。

 依頼の数だけ……その何倍、何十倍、何百倍の人が。

「だからここはキーパーさんたちにお願いして、僕らは行かないと」

 15才、なんだよね、君。

 一般の15才は普通学校に通ってて、まだ子ども扱いされてるよ。

 なのに君は強い魔物と戦いに行く。死ぬかもしれないのに。

 ステラとクレアの伴侶、二代続けて戦死してしまった。

 君が三代目にならない保証なんて——ううん、僕が絶対に守る。

 必ず無事で帰って来ますから、ってクレアに約束して行く。

 だから絶対に無事で帰す。

 それを何度も重ねていって、やっとクレアが元気になってきた。

 実はクレアが落ち込んでた時、ロランはひとつの問題を抱えてた。

 それは〝ご飯もおやつも美味しくない〟問題。

 ハウスキーパーさんたちはクレアが仕切っていた台所のことがまったくわからなくて、手を出していいのかもわからなくて。

 一応キッチンには入っていいってことになったけど……料理の質があまりにも違う。

 ロランだけじゃない、僕にとっても大問題だった。

 中でも最大の問題は〝クレア以外おやつを作れる人がいない〟という悲劇。

 ロランのおやつもお店で買ってきたものばかり。

 クレアが欠けたらキーパーさんふたり分の戦力が削がれた。

 だから、おやつまで手が回らなくて。

 回ったとしても、たぶんロランの口に合わない。

 しみじみと「僕はなんて恵まれた環境にいたんだろう……」って、15才の言葉じゃないからね、それ。

 でもクレアが元気になってきたからもう大丈夫!

 ご飯美味しい! おやつ美味しい!

 お茶が美味しくなってロランはすごく喜んでる。

「ほんと、クレアが元気になってきてよかったね」

「うん、一時はもうヴァルターシュタイン家は終わりかと思った」

「そこまで大問題?」

「君はあのおやつがなくなったままだったら平気かい?」

「つ、辛い……」

「僕だって同じだ、あのシナモンアップルパイがなくなったら……」

 ローストやシチューとかじゃないあたりが、ちょっとだけ子ども。

 部屋で読書をしていたら、ドアをノックしてクレアが来た。

「忙しい?」

「いいえ、ちょうど読み終わったところです」

 読みかけだけど。

「お茶にしましょう。今日はスイートポテトを敷いたシナモンアップルパイよ」

 ロランがものすごく嬉しそう。本当に嬉しそう。

 食べたことないけど、きっと美味しいんだろうな、クレアのパイ。

「ルイもおやつにしましょうね」

 踊り出しそう。

 みんなでリビングでゆっくり。

 ロランはお茶とパイを味わって。

 僕はさっさとおやつを舐めてしまって、クレアの膝の上。

 いつも、ちゃんと味わいたいって思うんだけど、鼻先に出てくるとダメ。

 舐め始めたらやめられない止まらない。

 クレアは僕をなでながら、ちょっと顔を伏せてる。

「明日から10日ほど家を空けます。前後数日で戻ります」

 ロランが言うと、クレアは小さくうなずく。

「あなたにはいつも大変な依頼ばかり来るから心配……」

 クレアももとは戦闘魔術師。ロランの仕事内容はわかる。

 ロランがどんな大物に立ち向かうのかはわかってる。

 普通は避けて通る魔物だって。

 でも行かなくちゃ。

 だって名前と歴史を背負った当主だもん。

「でも大丈夫よ、気にしないで行ってらっしゃい」

「僕の人生設計では、もう少しゆとりのあるスケジュールで、ゆとりがある規模のクエストをして暮らすはずだったんですが」

「簡単に解決できない問題だから、あなたのところへ来るのよ」

「はい」

「あなたはヴァルターシュタイン家の当主です。少しでも人々の役に立たなくては」

「はい、心構えは常にあります」

「あなたが出かける時、左腕にガードを着けながらこちらに来るでしょう?」

「? はい……」

「……マリスにそっくりなのよ、あの仕草が」

「そ、そう、ですか?」

「そうよ、本当にそっくりなの。笑ってしまうわ」

 小さく笑って、呟いた。

「……ずっと、笑っていたい」

「大丈夫ですよ、必ず無事に戻ります。僕とルイを信じてください」

「僕たちを信じて、クレア。ロランは僕が守るから」

「そうね、あなたたちは約束を破らないもの」

「それにお母様には重大なクエストがありますよ」

 クレアはちょっと考えて、ものすごく久しぶりに笑顔でいっぱいになった。

「そうだわ、私のクエスト! 難しいから少し待っていてね」

「いえ、急がなくていいです。僕はまだ15なので」

「ダメよ、ステキなお嬢さんほど早く縁談が決まってしまうんですから」

 よかった、お嫁さん探しクエストでクレアが元気になった。

 でもロラン、今君が使った切り札、必ずはね返ってくるよ。

 魔法反射みたいに。

 次の日、行ってきますってクレアに言って、僕たちは待ち合わせのギルドに。

「ナイトメアって知ってる?」

「うーん……ちょっと知らない」

「真っ青でとても綺麗な馬みたいな魔物なんだ」

「何匹いるの?」

「今回は3頭。確定情報だよ」

「普通の物理攻撃や魔法じゃだめなの?」

「厄介なやつなんだよ。幻覚魔法を使う」

「幻覚って、実際と違うのが見えたりするやつ?」

「そう。そして動けなくなった人間を食べるんだ」

「危なくて誰も近づけないよ」

「それに体高が2メートルくらいあって、かなり強いからどうしても途中で回復が必要」

「うわあ、厄介!」

「だから魔法結界と回復魔法がないと討伐できない」

「そんな怖い魔物がいるんだ」

「途中で結界が解けたら、その瞬間にパーティは全滅だ」

 これはクレアに言えないやつだ。

「何人でやるの?」

「普段はフリーの人たちが3人、僕に声をかけてくれた。4人でパーティ」

「人数が少ないから連携には問題なさそうだね」

「彼らはバディを連れて行かない、幻覚は魔獣にもかかってしまうし」

「怖くて連れて行けないね」

「僕が同時に扱える結界は5球が限界、みんなのバディにまで手が回らない」

 どうしてそんな危ない仕事するの——って、ロランだもんね。

 ひるまない。

 ナイトメアは馬車で4日くらい行った保養地に出る。

 外からお客さんを呼んで生計を立ててる地域。

 お客さんが来なくなってしまって、次々にお店が潰れていってるらしい。

 保養地なんて行く人はお金持ちだ。

 豊かな村だったんだろうに、空気が重くて半分廃れてしまったよう。

 お客さんは全然いなくて、僕たちはたぶん一番高い宿に通された。

 猫が見てもわかる。豪華だって。

「ご主人、奴らはどのあたりを根城にしているんだ?」

「北のはずれの林を抜けると平原がありまして、そこに棲み着いています」

「はずれか。どのあたりまで被害が出てるの?」

「人がいるところまでは来ないんですが、ここは客商売です」

 おじさんは、うつむいて小さな声で言った。

「噂が流れたらお客様などいらっしゃいません……」

「そりゃ客も恐れて寄りつくまい。人的被害は?」

「名物の高級キノコを売って少しでも糊口をしのぎたいんですが……」

「名物か。高く売れるなら——」

「キノコが採れるあたりまでが奴らの行動範囲でして……林のはずれに」

 パーティの人は気まずくなって黙っちゃった。

「採りに行った者たちが、ひとりも戻って来ません。たぶん……」

「こりゃあもうグタグタ言ってる場合じゃない。早朝行くか」

「夜ナイトメアに会いたいバカなんかいねえよ」

 それもそうだって笑ってる。

「よし、お前も明日は頼むぞ、黒猫ちゃん」

 パーティの人に頭をなでられて、ロランと一緒に寝た。

 次の日の朝、ナイトメアの根城に向かった。

 みんなで注意して、林の中を進みながら戦術。

「ロランは結界に専念、ルイが守ってくれる」

 うん、僕は大丈夫。

「俺たちはひとり一頭、戦闘中は絶対に相手から離れるな。絶対だ」

 リーダーの人は2回、絶対って言った。

「ロランが襲われたら全滅だ」

 パーティがいつも本気でロランを守ることを考えるから、まるでお姫様みたいだ。

 林を出る手前でロランは結界を作った。

 同時に複数の結界を張れるのはロランの他に5人しかいなくて、常に人手不足。

 5個は2番目に多い。一番多い人は7個。

 すごいよね。

「敵と接触したら、ルイはみんなに補助魔法を続けて2回かけるんだよ?」

 並んで歩いてる僕にロランが言った。

「補助魔法持ってるってさ」

「まあ、グリズリー倒す猫だからな……」

「俺たちいなくてもよくねえ?」

「バカ野郎、猫にやらせて報酬だけせしめるとか、人道外れてるぞ」

「文字通り〝畜生にも劣る〟だぜ」

 草原から林を伺った。

 ……いる。

 僕が上半身を低くして毛を逆立てたから、ロランはすぐに気づいた。

「近くにいます」

 すぐに補助魔法をかけた。

「来た!」

 10メートルくらい離れた林から2匹、一直線に走ってきて、剣士ふたりと戦いになった。

 体大きいし、前足を上げたり後ろ足を上げて蹴ろうとしたり、手強い。

 近くにもう1匹いないかって探しに行こうとしてる人。

「あまり離れすぎないでください、シンさん。危険ですから」

 ロランがいつも最初に説明することなんだけど、いざとなると忘れちゃうのかな。

 その直後、林の中から1匹飛び出して来て、驚いた剣士が転んで地面に倒れてしまった。

 思わず体が動いて、いなないた馬の首をレザークローで掻き切った。

 誰も死なせたくない。

 マリスと一緒に討伐に行って、戦死した人や魔獣を何度も見てきた。

 それだけでも悲しいのに、マリスも死んでしまった。

 もう誰にも死んでほしくないんだ。

 血が飛び散って、剣士さんは血まみれだ。

 なんだか本当に僕がやった方が早いんじゃないかな……。

 でも余計な手出しをしたら、ロランが気まずくならないかな。

 考えた結果、見守ることにした。僕はロランを守らなくちゃいけないし。

 いよいよ危ないってなったら助けに行く。

 でも1匹倒して3対2になったから、楽になったみたいだ。

 平原は視界バッチリ、魔法結界に問題なし。

 途中に回復や補助を挟んで、30分くらいでバトルが終わって、みんなひと段落。

 やっと結界を解除したロランはフラフラになってる。

 4人分の結界を30分維持するなんて、本当にすごいこと。

 ロランのところに行こうとして、何か嫌な感じがした。

 背後に殺気!

 飛び退いたら、さっき助けた剣士さんが僕に斬りかかってた。

 他のふたりはもう斬り合いを始めてる。

 僕が飛び退いたから剣士さんはロランに向かって行った。

 ロランも迎え撃とうとしてる。

 大変だ! みんな幻覚魔法にかかってる!

 どうして? 3匹全部倒したのに。

 情報が間違ってた? 確定だって言ってたのに?

 ロランの仕草が、マリスの魔法発動動作に重なって見えた——。

 火魔法! そんなの使っちゃダメだよ!

 君の一番強い攻撃魔法、人間なんて黒焦げになっちゃう!

 思わずふたりの間に反重力場を作って弾き飛ばした。

 飛ばされて頭を打って気を失ったみたいだ。ごめんね!

 あとふたりも引き離して、周りの様子を窺った。

 林の際に子馬がいた。

 きっとまだ産まれて数か月。

 でもごめんね、君は大きくなったら人間を食べてしまうから。

 爪で、喉をザックリ斬った。なるべく苦しまないように。


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