Act.31 今ここに縁を結びて生涯共にあらん
目が覚めたら、知らないところにいた。
起き上がって周りを見た。
わからない道具がいっぱいある。
あれ、ハーネスがついてる。鎖のハーネス。
こんなの着けられたことない……それに、ものすごく嫌な気を感じる。
何だろう、ものすごく不快。
こんなところにいないで、僕は家に帰らなきゃ。
ロランが心配だよ、大丈夫だったかな?
司祭様が助けてくださったもの、大丈夫だよね?
すごく心配だ、早く帰らなくちゃ。
そうだ、サーグたちは大丈夫だったかな、すごく心配。
転移魔法でハーネスを外——飛べない……。
レザークローも使えない。重力魔法もダメだ。
どうなってるの? どうして魔法使えないの?
うろたえてたら知らない声がした。
「魔法は使えないよ、子猫ちゃん。それは魔法を打ち消す特殊な鉱石から作られた金属でできているんだ。魔獣を扱う者しか持てない魔道具だよ」
ふうん……。普通は猫にそんな長ったらしい説明しないよね。
変な人。
白衣羽織ってるけど汚くてヨレヨレだし。
髪は爆発したみたい、身だしなみができない人なんだな。
まあ特殊なのはわかったよ。
つまり魔法を封じるんだね。
仕事によっては魔法を無力化しないと危ないこともあると思うけど。
でもどうして僕がこんなことされなくちゃいけないのさ?
ロランが心配なんだ、家に帰してよ。
「お前は魔獣の分際で万能結界を持っているらしい」
何か問題があるの?
「これは魔獣生態学が専門の私としては、精査しなければならない案件だ」
せいさって何?
「以前から調査したくてたまらなかったのだが、機会がなかった」
調査って何するの?
「目が覚めたから、さっそく実験をしよう」
と言って、僕は鎖で吊されて水槽に放り込まれて、分厚いふたをされた。
「大丈夫だ、溺れそうになったら助けるからね」
僕の結界は魔法じゃないから、魔法が使えなくても問題ないんだよね。
フレイヤ様のご加護は本当にありがたいなあ。
それよりお腹が減ったよ、何か頂戴。
金魚のエサ以外。
1日でお兄さんの方が調査を諦めた。
次は氷漬け。
氷なんてこの世界では高級品なのに、すごいなあ。
これも1日でお兄さんが挫けた。財政的事情。
次は大きな水槽にたくさん詰めた土に埋められた。
僕を無理やりくくりつけて、大きな金槌で殴った。
ひどいことするよね、僕は見かけ子猫なのに。
結界に弾き飛ばされたお兄さんが、金槌に頭をぶつけて1回で挫けた。
「これも危険だが……やらなくてはならない」
と言って、温まったオーブンに放り込まれた。
うーん……。
この世界では黒猫は虐められないって聞いたけど、虐められてますよ、フレイヤ様。
普通は猫をオーブンに入れたりしないよね。
水も氷も土もないと思うし。金槌で殴らないと思うし。
お腹減った。動けなくて退屈。オーブン狭い。
時間長いなー、また1日とか焼かれるのかな。
フレイヤ様、助けてくださらないな。結界で問題ないからかな。
のぞき窓? がちょっと開いて、お兄さんがのぞき込んできた。
「何ということだ、信じられん! さらに実——」
来客を報せるチャイムが鳴ったみたいだ。
鉄板の下で薪が燃えてるから、小さい音は拾いにくい。
「ああもうまったく! 誰だいったい、私は実験で忙しいんだ!」
のぞき窓、閉じられちゃった。
それから何秒かしたら、お兄さんが悲鳴をあげて駆け戻ってきた。
「動かないでください、家宅捜索を始めます」
「宣誓式事件の時、あなたが他人の契約魔獣を連れていくのを見たという証言が複数ありましてね。魔獣保護法違反容疑で捜索令状が出ています。ご確認を」
男の人の声、ふたり。
でももっと大勢いるみたい。
保護法違反って言った。
警察の人?
そして、
「当家の魔獣が先日来行方不明で、不躾ながら確認にまいりました。お話を聞かせていただきたいのですが」
ロランだ……ロランの声だ!
「しっ、知らんよ私は、猫のことなんか!」
「猫だとは言っていません」
一生懸命鳴いた。
ロラン、ロラン、元気になったんだ!
僕はここだよ、早く見つけて、僕はこの扉開けられないんだ。
「ルイ、この部屋にいますね……気配でわかります」
わかってくれてるんだ、僕がここにいること!
「今のうちに返してください。時間が経つごとにあなたの罪は重くなります」
ああもう、魔法が使えればすぐにロランのところに行けるのに!
「あの子がひとりで家を空けるなんて、ありえないんです」
魔獣なんとかの人、何も言わない。
「魔獣研究者ならお持ちですよね、マジックキャンセリングチェーン」
ロランの声が少し硬くなった。
「それに——ルイは研究材料として興味深い……ですよね?」
それからすぐ、魔獣なんとか学の人がものすごい声で叫んだ。
「やめろっ! 私の資料に触るな!! それは実験の経過——」
直後、警察の人が叫んだ。
「くたばれこのクソ野郎! オーブンだ、オーブンを開けろ! 猫は中だ!!」
すぐに扉が開いて、外から手が入ってきた。
ダメだよ、熱いよ!
僕は平気だけど鎖は焼けてるんだから!
その少し小さな左手は僕を外に掻き出した。
「見つけた——!!」
ロラン……本当に生きてた、ロランだ!
あふれるほど血が出てたのに、本当に助かったんだ……!
魔術師の服を着て、左の肩から手首までバックスキンのガードをつけて。
マリスが使ってたアームガードと同じだ。
僕が飛びつきやすいようにって作ってくれたガード。
ああ、でも手のひらが焼けてる、ひどい火傷だ。
焼けた鎖をつかんだから。
お願い、誰かこの鎖を外して、ロランの火傷を治さなきゃ!
警察の人がロランの手に布を当てたけど、早く治さないと指を動かせなくなるよ!
警察の人の膝を一生懸命前足で叩いた。
不思議そうに僕を見たけど、すぐに気がついてくれた。
「そうか、祝福の猫だったな。今、鍵を探してやるからな」
少し待ってたら鍵を探してきてくれて、やっとハーネスが外れて。
僕はすぐにロランの手のひらに前足を置いた。
かなり深い火傷だったけど、僕にとってはひっかき傷だ。
あの呪われた傷に比べたら、今の僕には全部軽傷に見える。
たぶん、神聖魔法のレベルが上がったんだろうね……。
「現行犯逮捕だ、博士。罪状は魔獣保護法違反。研究に関するものはすべて押収する。……大変なことになるぞ、生きた魔獣をオーブンに入れたなんて前代未聞の大事件だ」
警察の人が魔獣なんとかを縛ろうとしたら、立ち上がったロランが魔獣なんとかに近づいた。
無表情で右手を握って構えて、黙ったまま魔獣なんとかを殴った。
小柄なのにすごい威力で、魔獣なんとかを縛ろうとしてた警察の人もよろけた。
「ヴァルターシュタインさん、お気持ちはわかりますが」
「あとの処罰は司法にお任せします」
そして振り向いて、左手を僕に差し伸べた。
「治してくれてありがとう。ほら、全然痛くないよ」
うん、よかった……すぐに治せてよかった。
「さあ、帰ろう、ルイ。お母様が心配してる」
僕はアームガードに飛びついて、ロランの胸に。
ものすごく長く離れてた気がするよ、いつも一緒だったから。
すぐ家に帰りたかったけど、僕たちも一応警察に行くことになって。
再会してから警察に向かう馬車の中でも、僕はずっとロランの腕に包まれてた。
夢じゃないよね? 本当に助かったんだよね?
「たびたびご面倒をおかけして申し訳ありません」
向かいに座ってた警察の人にロランが頭を下げた。
警察の人は目を伏せて帽子のつばを下げた。
「いえ……お気の毒です、ヴァルターシュタインさん」
……何かあったのかな?
「いいえ、当然のことですから」
何があったの?
取調室でちょっとだけふたりきりになった。
「僕がいない間に何があったの?」
「無資格魔術師3人とバレルが逮捕された。呪いを使って殺人をしようとした罪だ」
よかった、ちゃんと捕まったんだ。
逃げたらまた襲ってくる、バレルは。
「呪術は魔術師の禁忌、準備だけで死刑になる重罪なんだ」
「きんき?」
「決してやってはいけないこと。絶対に犯してはいけない罪だよ」
準備だけで死刑……ものすごい重罪。
「その上に殺人未遂……酌量の余地がない」
「バレルは魔術が使えないよ?」
「凶器を作ったのは無資格魔術師。でも呪いの魔道具と知っていて使えば同罪だ」
うん……自分で呪いをかけたのと同じだ。
「……救いだったのは、彼に攻撃の技術がなかったこと」
訓練受けてない素人だもんね。
「眉間か心臓に当たっていたら即死だった。斬るんじゃなく刺すべきだった。せっかくの草刈り鎌の長所を活かせなかった」
即死——マリスみたいに……。
「バレルは犯罪者が住み着いてる地区に行って、呪いをかけてくれる魔術師を探したんだ。3人はすぐに共犯になって、バレルを匿ってた」
「無資格魔術師って、宣誓式してない人たち?」
「昔は持ってた。3人とも違法行為をお父様に告発されて、資格を剥奪されたんだ。ヴァルターシュタイン家に恨みがあった」
そういうの逆恨みっていうんだ。
自分たちが悪かったくせに呪うなんて、死刑でいいよもう。
「僕が死ねば家は絶えるから、ずいぶん頑張って呪ってくれたみたいだ。さほど強い魔力がなくても3人分ならけっこうな威力になる」
あの、いろいろ奪われていく闇の感覚を思い出してゾッとした。
「強い呪いには時間がかかるから、ずっと凶器に怨念を込め続けていたんだと思う」
恐ろしいよ……なんて恐ろしいことなんだろう。
そんなに時間と魔力を注いで他人を呪うなんて。
「4人分の怨念、司祭様と君がいなかったらすぐに死んだだろうな」
「どうしてそんな……」
「それほど僕が憎かったんだ」
そんな理由、僕にはわからない。悪いのはバレルじゃないか!
「僕に先を越されて、受験もできなくて、魔獣も懐かなくて、無期停学になって……」
全部自分のせいじゃないか!
「弟——と彼は言い張ってるけど、僕にすべて奪われたと話してるって」
「彼は最初から何も持ってなかった……それどころかマイナスだったのに」
小さく息をついて、ロランは目を伏せた。
「僕は彼の体たらくを見ていられなくて、必死で普通学校を飛び級した」
うん……君は本当に頑張ってた。
「主席も譲らなかった……家名が地に落ちてしまう前にと焦ってた……」
君は誇り高い次期当主だったから。
「でも結局は子どもの浅知恵だった」
え……どうしてそんなふうに言うの?
君は家のみんなのために頑張ったのに。
「僕が走りすぎて、弟を追い詰めて重犯罪者にしてしまった」
君は自分が殺されそうだったのに、自分のせいだって言うの?
「君のせいじゃないよ、選んだのはバレルなんだ、本人の責任だよ!」
「ルイ……」
「憎んだって何ひとついいことなんか起きないのに、2度も君を殺そうとした!」
「お母様は仕方がないと仰ったけど……同じ日に生まれた兄弟だから、僕は……」
そこで警察の人が来て、話は中断した。
警察での話はすぐ済んで、馬車を呼んでもらって僕たちは家に帰った。
「ルイ……! 無事で本当によかった、どれだけ心配したことか」
出迎えてくれたクレアは泣きそうな笑顔。
僕に魔力を全部くれたからかな、普段より疲れてる感じだけど。
「心配かけてごめんね、魔力は戻ってきた? 全部持っていってごめん」
ちゃんと話したのは初めて。でもクレアは驚かなかった。
「帰って来てくれただけで、こんなに嬉しい……大事な家族ですもの」
「どうやら食事をもらえていなかったようなんです。胃に負担にならないよう、とりあえずおやつをあげてください」
「ご飯をあげない? 最低だわ、魔獣に触れる資格もない」
「ところが、犯人は魔獣生態学のモリー博士で」
「え?」
「キャンセリングチェーンで魔法を封じて、結界の耐久性を調べるとかでオーブンに放り込んでいました」
「……えっ?」
「一回だけ殴ってしまいました……。すみません、感情的になってしまって」
「足りないわね。今から丸焼きにしてくるわ。うちの子をローストにするなんて許せない」
「ダメですよお母様。警察署をオーブンにしては」
「心の中でだけ、ね」
それよりも、と言って、クレアは僕を持ち上げてソファに座って、膝に乗せた。
頭も背中も優しくなでてくれる。
とっても気持ちがいい。クレアの膝大好き。
「ルイ、あなたのおかげでロランは助かったのよ」
「みんながバレルを止めてくれて、司祭様が手伝ってくださったんだ」
「そうね、神聖魔法でなければ呪いの傷は止められないから」
「それにクレアが僕に全部魔力をくれたからだよ」
「ごめんなさい、私、取り乱してしまって、気づくのが遅くて」
「合わせて8000以上あったのに使い切っちゃった……Sランクの魔物より強かったよ」
「頑張ったわね、呪いなんて辛かったでしょうに」
クレアは優しく微笑んで僕をなでてる。
「私、あなたと仮契約していて、本当によかった」
クレアの声が泣きそうになった。
泣かないでクレア。優しく笑っていて。
「あなたに魔力を渡せて本当によかった」
僕の鼻先に雫がひとつ落ちた。
「ありがとう……うちに来てくれてありがとう……」
そして気を取り直したように、普通の声にちょっと近づいた。
「さあ、仮契約を解きましょう」
……とっても神聖な儀式が始まる。
「あなたをロランのバディに迎えられるなんて、私は心から誇りに思うわ」
そう言ってクレアは仮契約を解いた。
「さあ、早く契約していらっしゃい。そしてお祝いをしましょう」
仮契約を解かれた僕は、ロランが向かう先についていった。
ロランの部屋。いつもはない小さくて高いテーブルがあって、そこに乗せられた。
椅子に座ったロランとは、あんまり上を見なくても目が合う。
「本当に僕でいいのかな、ルイ?」
「僕は君がいいんだ。必ず守るよ」
お互いの血をちょっぴり舐める儀式をした。
そしてロランは僕の前足を両手でそっと握った。
「ルイとロラン、我ら今ここに縁を結びて、生涯共にあらん」
バディの契約は、生涯って言葉が入るんだね。
ふわっと温かくなる感じ。大切な人と繋がった縁のぬくもり。
「これで正式なバディだ。これからよろしく」
ロランはそう言って笑顔になった。
助かってよかった。契約できてよかった。
僕らはずっとバディだ。ずっと。
でもね、でも……。
「ロラン、昔ステラが言ってたんだ、前だけを見なさいって」
「おばあ様が?」
「だから僕は前だけ見るんだ」
過去を振り返っても、何も変えられないってよくわかってる。
どんなに後悔してもマリスは帰って来なかった。
「君も前を向いてよ……そしてたくさんの人の役に立とうよ。君ならできるよ」
僕からロランにあげられる、精一杯の言葉だよ。
「——うん、未来を大事にしよう、おばあ様のご意志に従おう……僕らならできる」
クレアに挨拶をしにリビングに戻った。
彼女はロランと僕にお祝いを言ってくれて。
そして首輪をくれた。
深いブルーグレーの皮、キラキラ光る宝石がついてた。
「お祝いにこれをあげるわ」
魔石だ。
天然石と、技術魔術師さんが魔力を込めてる人工石がある。
万一魔力を使い切ってもフォローしてくれる。
石の強さにもよるけど、500以上魔力を蓄えてる石もある。
天然石は使っても自然回復するけど、人工石は補充しないと。
これは何だか気配が強そう。
「私が嫁いで来る時に祖母からもらった魔石なの」
「そんな大切なものをもらってしまっていいの?」
「私が持っていてもただのお守り。あなたが持てば本当のお守りになるわ」
「とても似合うよ、ルイ」
ロランがそう言ってなでてくれたから、受け取ってもいいみたい。
「ありがとうクレア。この石を割らないように僕はもっと強くなるよ」
そしてお祝いの晩餐が始まったんだけど。
……あ、大事なことを忘れてたよ!
「サーグは?! マーキュリーたちは?! 無事だった? ケガとかしなかった?」
「大丈夫。みんなブリーダーギルドから勇敢魔獣章をもらったんだ」
無事だった……よかった。
勲章もらったんだ。よかった、勇気を認めてもらえて。
「これはすごい栄誉なんだよ。みんな初陣にも出てないのに、ブリーダーたちから繁殖依頼が殺到してるらしい」
人気が出るって、そういうことだよね。
「デビュー前なのに、もう子どもの話なんだ」
「人間ってそんなものだよ。現金なんだ」
「でも本当にみんな勇敢だったよ」
サーグが教えてくれなかったら、僕はすぐに気づけなかった。
マーキュリーたちが手伝ってくれなかったら、バレルはまだ暴れたはず。
「みんなでバレルを止めてくれて……みんなのおかげなんだ」
「お母様と一緒にお礼に行ったけど、どんなに感謝しても足りない。もどかしいね」
「いつか一緒に仕事して、この恩を返そうよ」
「そうだね、みんな優秀だから必ず機会があるよ」
僕らのやりとりをクレアは嬉しそうに見てる。
もうあなたの悲鳴を2度聞いた。3度目は絶対にないから。




