Act.28 きっとまた会えますように
それからずいぶん経った。
練習は毎日続くけど、結界は張れない。
その日はロランが校門から出てくるなり、僕を抱き締めた。
「ルイ、やっとしっぽを捕まえたぞ、結界の!」
思わず話しそうになったけど、呑み込んだ。
「君のおかげだ。今日はおやつをたくさんご馳走するよ!」
家に駆けて帰って、ロランと僕はおやつ。
「授業中にいろいろ考えてたんだ。それで試したら、5秒までなら白くなれた」
「5秒もあるの!?」
「まあ……まだ問題は山積なんだけど」
「すごいよ、進歩だよ、5秒も無でいられるなんて」
おやつを舐めるのも忘れてしまう。
「その5秒の間に結界を張ればいいんだね」
「……そうはいかない。どうすればいいかがわからないから」
「うーん……」
「5秒単独では無になれるけど、結界のやり方を探ろうとすると無じゃなくなる」
「でもすごいよ! 5秒も無になれたんだから」
「心を穏やかにして、目を閉じて集中するんだ」
「——まさか、それを授業中にやってたの?」
「うん、ついうっかり。よけいな宿題が増えちゃった」
ああ……こういうところがあるんだよね、ロラン。
集中しすぎる。
祝福かもなんて言わなくてよかった。
そんなこと言ったら夜も寝ないで勉強しちゃうよ。
その後もロランは手探りで断崖を登り続けた。
ほんの少しずつ。進んでるのかどうかもわからないほど。
でも着実に。
校門の前までロランを送って、訓練所で動いて、学校に迎えに行って……夏は学校の人や学生が水をくれたり、日傘を差しかけてくれた。
冬は足下に板を置いてくれたり、手作りの暖かいコートを着けてくれたり。
板も暖かい。魔法がかかってる。
猫は寒いのが苦手だから、本当にありがたいな。
必ずおやつをくれる人もいて。
季節が流れて、ロランは飛び級なく、15才で卒業かなって話になった。
魔法結界に打ち込みすぎて、飛び級できるほどの成績が取れない。
それでも普通は18才で卒業なんだから、すごすぎる。
これはもう訓練じゃなくて研究だって、みんなが言ってる。
手がかりがないんだもん、自分で全部調べて考えて試すしかない。
『魔術大学に行けそうだな』
呆れた口調で、だらけて伏せたララが言った。
『上の学校があるの?』
『あるけど、学者になったって無駄じゃん』
『そう?』
『博士号なんか持ってても、それで魔物が降参するわけじゃねえ』
『確かに』
何か、ロランって学者っぽいところ、あるから。
クレアに似たのかな、ちょっと線が細い。
でもたぶん現場に出るよね。
頭の中に魔術学者っていう選択肢があるようにはみえない。
『ララの方はどうなの、バディ。ランク上がった?』
『親父に首根っこつかまれて、やっと魔物殴りに行ったよ、めっちゃレベル低い奴』
『戦果出た?!』
『2匹殴ったが、想定外の小妖精に遭遇して全速力で逃げてきたってよ』
『あー……討伐証明……』
『それ以前に数足りねえ。3匹獲らなきゃならなかったんだ』
ララ、しおれてる。
『大丈夫、やってるうちに慣れるから』
『もう討伐なんて嫌だって半泣きだぜ。父ちゃん激おこ』
戦闘に向かない人が戦闘に出たら死んじゃうな……。
どうして卒業できたんだろう、戦闘科。
よほどの努力家だったんだろうね。もったいない。
その資質を活かしてあげればいいのに。
『めっちゃくちゃいい奴だったから契約したが……人格と能力は別なんだろうな』
『…………』
『あ、悪り。旦那は両方持ってた』
『そんなにいい人なら、必ず誰かのために強くなるよ』
『そうあっていただきたいね』
そんな話をしてたら。ひどくしおれたカッカが近づいて来た。
『なんだおい、朝から死にそうじゃねえか』
『イーヴル・アイ……』
『あの一つ目玉の魔物? どうしたの?』
真夜中、草むらの上に浮いて虫や小動物を食べるやつ。
『キャリーさんが……昨夜……』
その先は必要なかった。
『バ、バディはキャリーさんが勝手に……勝手についてきて、魔物に突っ込んだと言っているんです』
え–……そんなことする子じゃないよ。
『僕はウソだと思うんですっ!』
『——お前の主張はそれとして、キャリーが死んだ、今はそれだけが事実さ』
朝からみんな、ひどく沈み込んでしまった。
イーヴル・アイ。
夜行性だから夜目が利く同じ夜行性の魔獣を連れていきたい。
相性がいいのはキースみたいな夜行性猛禽。
確かにキャリーは夜目が利くけど、相性は?
彼女にはレザークローがあったから、相手が浮いてても攻撃できたかも。
でもレベルは大丈夫だったのかな?
僕がレッドバックに行った時は、特殊な条件があったから許可が出たけど。
どのみち事実は明らかになるけど……。
僕だってキャリーが勝手なことしたなんて絶対思わない。
彼女はちゃんとした魔獣だったんだ。
理由はレベルが合わなかった、相性が悪かった、どちらかだ。
もうすぐ訓練課程が終わるところだったのに。
レザークロー、強くなってきてたのに……!
校門の脇でロランを待ってた。
そしたらいつも通るおじさんが前にしゃがんで、頭をなでてくれた。
「なんだ坊主、元気がねえな。ハム食うか? ハム」
食べやすくちぎったハムが小皿に載って出てきたから、頑張って食べた。
優しい気持ちは大事にしなくちゃ。
「なんだいルイ、おやつをもらっていたのかい?」
ロラン、学校終わり。
そして、おじさんにご挨拶。
「ありがとうございます、いつも当家の魔獣を気にかけてくださって」
「ルイは可愛いからね、面倒みたくなるでしょ」
「本当にありがとうございます。この子を褒めていただいて嬉しいです」
そう言うと、ロランはおじさんにお辞儀して、僕を抱き上げた。
そして頬ずりするように顔を近くに寄せて、友達たちから離れて歩き出した。
そしてとても小さな声で言った。
「何かあったでしょ、気配が重い」
「……訓練所の友達が死んだんだ……イーヴル・アイを討伐に行って」
「訓練所通いでイーヴル・アイ?」
「うん……とってもステキなアビシニアン」
「訓練課程は終わってる子?」
「ううん……もうすぐ修了だったけど」
「修了前? ダメだよそれは」
「ダメなの?」
僕は訓練受ける前にデビューしちゃってたから、細かいルールがわからない。
「魔獣を討伐に出す時は必ずブリーダーギルドとショップ組合に申請が必要」
そういえばマリスがいつも申請に行ってた。
いろいろ書いてある紙にサインしてた。
私とお前の名前を書くんだって。
「訓練中でイーヴル・アイなんて当然却下される」
却下?
「訓練課程が終わってない子は、同行申請を出しても通らないことが多い。修了すればGランクになるけど、修了前ならランク外。万一連れて行けてもFランクまで。イーヴルアイはEランクだ」
バディがルールを破ってた……?
「無申請で連れて行ったなら組合は強制退会、保護法違反で警察沙汰」
「じゃあ、彼女のバディは違反だってわかってて連れて行ったの?」
「討伐がうまくいけばばれないって思ったのかもね」
「そんなの、無責任だよ……」
「修了間近だって甘えもあったのかな。ちょっと現場を経験させようとか」
もうすぐだったんだから、あと少し待ってくれたらよかったのに。
「これでまたショップの購入審査が厳しくなるかもね」
「キャリーが可哀想だよ……バディなのに、どうして……」
「キャリーっていうんだね。ベッドに入る前に一緒に祈りを捧げよう」
可哀想だ、あんなに綺麗でしなやかな猫だったのに。
夜目が利くからってだけで、資格がなかったのに。
レザークローがまだ弱かったのかな。
僕がもっとちゃんと教えてあげればよかったのかな。
ロランがベッドでうずくまる僕の頭をなでた。
「いろいろ思うだろうけど、世の中にはどうしようもないことがあるよ」
「……うん」
「僕らにできるのは、彼女の魂がフレイヤ様の御許に届くよう祈ることだけ」
ロランが言った通りだから、僕は懸命に祈った。
キャリーの魂が生まれ変わってこの世界に戻って来ますように。
そしてきっとまた会えますように。




