貝殻拾い
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9/19、世田谷文学館で朗読イベントに参加します。
今回は、こんな未来がきたらいいなーというお話。
季節外れのヴィーガで、マウナカイアにある灯台が破損したという、知らせを受け取ったのは秋の終わりだった。
マウナカイアになる海洋生物研究所で、所長のポーリンはうれしそうにわたしたちを出迎えた。
「やぁやぁ、ネリス師団長!灯台の計器が壊れると、錬金術師団に助けを求められるのはありがたいねぇ。こないだのヴィーガは大暴れしたから助かるよ」
彼女の背後にある石壁には、でっかい穴が開いていた。
「壁……穴開いてますね」
「そう!おかげで空がよく見えるんだけどね!」
ポーリンが豪快に笑うと、カイが皮肉っぽく肩をすくめる。
「まぁ、ネリアが泡の宮殿に開けた穴に比べれば、たいしたことねぇよ」
おおお、いつものカイだ。初対面のときってそんな感じでそっけなかったもん。ビーチにいる彼よりよっぽど彼らしい。
「ええと……宮殿の補修は進んでる?」
小さな声でたずねれば、カイは首に手をあてて頭をひねった。
「まぁな。泡でくるんで応急処置して、あと三年ってとこかな」
「そんなに⁉」
「人魚はのんびりしてるからなぁ。腹減ったら仕事になんねぇし」
そっか……お腹減ったら、やめちゃうんだ。
「じゃあ、ウブルグの指示で王都から部品も持ってきたし、作業はカーター副団長とユーリにお願いするよ」
部品を運ぶふたりを見て、カイは首をかしげた。
「メガネはどうしたんだ?」
「ええとオドゥは……」
今はいない。なんて説明しようか考えていたら、カイがとんでもないことを言った。
「まぁ、あいつはカサゴエビの一家に狙われてるからな。このへんはウロつかないほうがいいだろう」
「カサゴエビ?」
頭の中で甲殻類を思い浮かべていると、人魚の王子様はわたしにもわかりやすいよう説明してくれる。
「カナイニラウでも由緒ある名家だ。そこの六人姉妹がな、全員オドゥを婿にほしいと言いだして……」
「オドゥ、なにしたの⁉」
「なにもしてねぇけど、カナイニラウじゃよくあるんだ。全員が作ったごちそうを並べて、男に選ばせる。ネリアは食い逃げだけど、オドゥは食う前にさっさと逃げ出したぜ」
「なんか……眼鏡を外したオドゥって、すごくモテるらしいし。それでかなぁ」
「あいつとはまだ飲み足りねぇから、今度来いって言っとけよ。んで……」
カイはわたしの背後に立つ長身の人物に目をやった。
「すげぇな、その髪。海水に浸けてもギンイワシみたいに輝きそうだ」
「……イワシ呼ばわりするな」
さっきから仏頂面で立っているレオポルドが、眉間にグッとシワを寄せて彼をにらみつける。あああ、せっかく最近は笑顔を見せるようになったのに!
「レオポルドは長距離転移魔法陣のメンテナンスに来てくれたの!もうっ、ふたりとも仲良くしてよね!」
「こいつとか?」
「俺は大歓迎だぜ」
魔術師団長は不満そうだけれど、相手は海の王子様なのだ。ともかく仕事をしなくっちゃ。わたしは転移陣の術式がよく見える位置に移動して床にしゃがむ。
「ヴィーガで海水が入りこんだんだって。浄化の魔法は使ったそうだけど……」
「ここまで転移できたのだから、術式は破損していないようだが、塩分の影響があるかもしれない。それと……水槽に設置してある魔法陣も見せてもらいたい」
レオポルドの言葉に、カイは意外そうな顔をした。
「俺が設置したやつか?」
「ロビンス教諭から報告は受けている。水槽はいわば箱庭のようなものだ。広域魔法陣で大規模魔術を行う際に、応用できないだろうか」
「なんかよくわかんねぇけど、見たいんなら見せてやるよ」
設置したばかりの転移陣に破損がないか心配だったけれど、そっちは問題がないようでホッとする。
カイの案内で水槽を見学するレオポルドはガチモードで、ときどき質問しながら記録石に魔法陣を記録していく。
やがてウブルグと一緒に、ユーリとカーター副団長が戻ってきた。
「ネリア、こっちの作業はあらかた終わりました。あとは夜になったら、魔導灯の光り具合を調べます」
「ユーリもカーター副団長もお疲れ様!」
「灯台の壁はどうするのですかな?」
「それは私がやる。ここにはなぜ、修復の魔法陣が設置されていないのだ」
レオポルドは髪をくくると、灯台の石壁に向かって修復の魔法陣を構築しはじめた。
「建てて五十年だから、ちょうど効果が切れたらしくて。灯台の管理だけで魔力も不足してたし、いやぁ、ホント助かったよ」
ポーリンも研究者気質だから、灯台の管理自体はわりと適当らしい。外洋を航行する魔導船に、深刻な事故が起こらなくてよかった。
「毎年……は無理だが、定期的に魔術師を派遣しよう。この環境なら、ウブルグのように『常駐したい』と言いだす者もいるかもしれない」
「ありがとう、レオポルド!」
手は足りないところはあるけれど、計器類は大切に使っているようだ。ウブルグのためにも、研究所は守っていきたい。
そのうち波乗りする魔術師だっているかもね!
「ひと仕事終わったんなら、ビーチでも行こうぜ」
カイの誘いは魅力的だけど、もうビーチはシーズンオフのはずだ。
「えっ、でもヴィーガが来たあとだし、もう泳げないんじゃ?」
「嵐のあとは浜でいろんなものが拾えるんだ。髪飾りに使う貝殻も集められる」
「髪飾り……」
レオポルドがぽそりとつぶやく。人魚のドレスに合わせてカイが作った、貝殻と珊瑚を使った髪飾り。そういえば、大事にとってあるのを見つけて、こないだ眺めていたっけ。
カイはなんだか偉そうに、レオポルドに言った。
「午前中はつき合ってやったんだから、午後は俺につき合えよ。レオは初心者だから、ブレスレットから作ろうぜ」
「なぜ私が……」
レオポルドは迷惑そうに眉をひそめる。エクグラシアが誇る魔術師団長に、海の王子様がブレスレット作りを教える。うん、ほほえましいけど……なんで?
「だっておまえ、口説き方ヘタクソだし。俺のとっときの古代文様教えてやる」
「…………」
「あの、レオポルド。別にカイにつき合う必要は……」
「簡単だぜ。きれいな貝殻を拾う。穴を開けたら糸でつなげてブレスレットにする。それをネリアの手首にかける。記念になるだろ」
「いいねぇ。灯台修理記念ブレスレット!」
そんなブレスレット、わざわざ作らなくても。けれどポーリンが楽しそうに言えば、レオポルドも静かにうなずいた。
「……わかった」
なんでそこ、うなずいちゃうの⁉
「魔術師団長が貝殻拾い……」
カーター副団長が渋い声でうなると、ユーリも不思議そうに首をかしげる。
「カイって……もしかして、レオポルドの面倒を見ているつもりなのかな?」
「灯台の明かりを確かめるなら、夕方に戻ってくればいいだろ。行こうぜ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なかば強引に連れだされて、カイとわたしたちはマウナカイアビーチにやってきた。
今回はリゾート気分じゃないから、サンダルも履いていない。砂地にショートブーツがめりこむのを気にしながら歩く。
「わ、ひと気もないし、風も強いね。波も高いし……ビーチのお店はまだやってるの?」
「観光客もいないから店は閉めてる。けど髪飾り作ったり、やることはそれなりにあるぜ。道具を持っていこう」
強い風にレオポルドの髪があおられ、乱れるのを手で押さえて彼は顔をしかめた。
「なにもこんなときに来る必要は……」
「だーいじょうぶだって。ほら、ヘアバンド貸してやるから髪押さえろ」
小さくため息をついただけで、彼はおとなしくカイの指示に従った。
レイクラがやっていた〝カナイニラウ〟から、小さな入れ物を持ちだして、まずはビーチで貝殻拾いだ。
「よおく探せよ。色や模様がきれいなヤツを選ぶんだ」
「…………」
「こんだけ広いビーチで貝殻なんて、あっという間に波にさらわれるか、砂に埋もれちまう。出会える確率はホントに低いんだ。おっ、これなんかどうだ」
カイはキラキラと光る貝殻を見つけてかざす。
「出会える確率、か……」
「ありふれたもんと思うか、世界にひとつしかないと思うか、価値は見つけたヤツが決めるんだ。貝をつなぐやり方もいろいろあるし、けっこう奥が深いんだぜ」
カイはよくしゃべり、ウキウキと本当に楽しそうだ。ついてきたものの、わたしはすることがなくて、ショートブーツを脱いで素足を海に浸す。
「ひゃっ、つめたっ!」
足元から砂が流れて波に運ばれていく。レオポルドも何か見つけると、拾い上げてサッと浄化の魔法をかけていた。
「こういうのは笑顔を見るために作るからさ、贈る相手がいるほうが身が入る。そう考えたら、いくらだって工夫できるだろ」
カイはレオポルドを振り返って言った。
「石に凝った魔法陣を刻んだピアスも貴重だろうが、なにげなく贈る物や言葉にだって愛情はこめられる。波のようにくり返し、伝えるんだ」
「それが人魚のやり方か」
「まぁな。愛情ってのは惜しみなく注ぐもんなんだよ。それに拾った貝なら細工はいらねぇ。自然の形そのままが美しいからよ」
白い貝にピンクの貝、模様のきれいな巻貝に、虹色の光沢がある貝……レオポルドがじっくり選んでいるから、手伝うつもりでわたしも貝を見つけては彼に渡す。
「きみはコレが好きなのか?」
「えと、かわいいし……作ってるとこも見たいから」
急かしているわけじゃないんだけど!
大の男がふたりでビーチをさまよっているのも、なんか見ていて変なんだもの!
そこそこ数が集まってから、レイクラの店に移動した。ここでも手持ち無沙汰なわたしは、お茶を淹れて飲みながら、ふたりがブレスレットを作るのを待つ。
「バランスを考えてつなげろよ」
「力を入れると壊れる貝もあるのだな」
拾ってきた貝に穴を開けつつ、魔術師団長と海の王子様が黙々とブレスレットを作っている。これも国際親善なのかなぁ。
「最後に留め具をつければ完成だ。つけてやれよ」
彼が黄昏色の瞳をわたしに向けた。
「腕を……」
「あ、はい」
カイに見守られながら、ブレスレットをつけてもらうのは、ちょっと気恥ずかしい。けれどレオポルドがなんとなく誇らしげにしているから、わたしは手首にはまったブレスレットを彼に見せてお礼を言った。
「ありがとう、レオポルド」
「きみの手首は本当に細いな」
ため息混じりの視線がわたしの手首に注がれて……って、気になるとこそこ⁉
見守っていたカイがこらえきれないようすで、肩を震わせて笑いだした。
「ネリアもさぁ、大げさなぐらい喜んで抱きついてやればいいのに。今回は不発だったみてぇだけど、珊瑚や真珠がほしければ潜りかたも今度教えてやる」
「頼む」
え?え?えぇっ?
喜んでるよ。うれしいよ。ホントだよ。
けれどそれから……毎年とはいわないものの、彼がマウナカイアに行く用事があるたび、わたしのブレスレットはひとつずつ増えることになった。
たぶん波のように、くり返し伝えられているのだと思う。










