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第17話 交錯

 翌日から、ヴァルと少女による海中作業が始まった。

 水の中での作業は、当然だが地上でのそれとは勝手が違う。

 パーツどころか、自分の体すら固定しておくのが難しい。フワフワとして頼りない水中の間隔はヴァルにとって慣れ親しんだものではあったが、その中で細かな作業をすることはまた別だ。

 しかしそれでもヴァルと少女は懸命に作業を続けた。

 古代のメカニカを地上に運んで作業することも考えたが、あまりにもリスクが大きい。未だ、『陸』の人間に狙われているであろうことを考えても、目立つ行動は控えたかった。

『そのパーツを先に固定』

 幸いであったのは、少女の声は海の中でも問題なく発声されるということだった。ヴァルが一方的に指示を聞くだけになってしまいはするが、この状況ではそれで十分だった。

 作業を続けるにつれヴァルは水中での作業になれ、次第に効率が上がっていく。

 加速度的に完成していく古代のメカニカを見て、ヴァルは胸の高鳴りを抑えきれなかった。




 日が傾く頃、ヴァルと少女は海から上がった。

 気にいっている小さな入り江から海を上がるのは、ヴァルの習いである。

 入り組んだ場所にあるため人も少ない入り江だったが、今日はそこに先客が居た。

「ミラ」

 死んだ生き物の骨が砕けた白砂の上に座り、ミラがそこに居た。




 第17話~交錯~




 ミラはヴァル達の姿に気づくと、小さく手を上げて応えた。

 疲れたような力のない動作に、ヴァルは改めてミラを見る。

「ちゃんと食ってるか?」

「え?」

「痩せたぞ、お前。あと、顔色悪い」

 ミラは何のことか分からない、というようにぽかん、としていたが、やがて、くすりと笑った。

「あは。ヴァルに心配されるなんて。私もヤキが回ったかしら」


 前回、別れた時とは一変して、ミラはいつものように……以前のように、明るい表情を見せていた。

「こっちは冗談で言ってるんじゃないからな」

 ミラの表情と反応に安堵しながらも、ヴァルはやはり、ミラの体調が心配だった。

 だがミラは手を振って、あくまでも明るく言う。

「大丈夫よ。ちょっと夜更かししすぎてるだけ」

「面白い本でも見つけたか?」

 ミラは『海』では珍しく、それなりに文字が読める。『陸』のゴミに混ざって流れてきた本を漁って読むのがミラの趣味である。

 ヴァルも何度か、見つけた本を届けたことがあり、また、本に夢中になって夜更かししすぎるミラをたしなめたことも何度かあった。

「ちょっとメカニカ、弄ってるのよ」

 だが、予想に反するミラの返答に、ヴァルは目を丸くした。


「メカニカ?お前が?」

 だが、そう口にしてすぐ、別におかしなことではない、と思い直す。

 ミラも手先は器用な方だ。ヴァルと過ごした時間が長かった分、メカニカの知識は他の『魚』よりも多い。ヴァルと比べれば確かにメカニカ技師としての腕前は劣るかもしれないが、ミラのメカニカ・フィンはミラ自身が作ったものである。『海』で生きていくたには十分過ぎる程の技術を持っていることは確かだ。

「そうよ。私が。今までずーっと、あなたにシータシアの話、聞かされてたんだもの。ええ、本当にずーっと!覚えちゃうくらいに、ね!だからパーツさえあれば、メカニカ弄るくらいできるわよ」

 ミラはそう言ってわざとらしくそっぽを向いてみせた。

『ずーっと』については、ヴァル自身、身に覚えがあった。シータシア作成段階では古代の本を読み解きながらの試行錯誤だった。壁にぶつかればミラに話し、成功してもミラに話していた覚えがある。勿論、ミラに限らず、親しい仲間は全員その対象だったのだが。

 どうやらミラは、ヴァルのその話からメカニカ作成のあれこれを覚えてしまったらしかった。

 ヴァルは申し訳ないやら、面白いやらで複雑な顔をしつつ神妙に頷くしかない。

「で、ヴァルはまた海に潜ってたの?」

「ああ」

 ミラは呆れたような顔をすると、それからふと、

「もしかして、シータシアのパーツ、探してたの?」

「いや。一旦海に散らばっちまったもの探すのなんて、何十時間、規定時間をオーバーすりゃいいか分からないし」

 シータシアに愛着はあったが、バラバラになって海に散らばってしまったそれを探す気にはなれなかった。

 シータシアはあくまでも『空』へ行くための手段だったのだ。古代のメカニカがある以上、シータシアにこだわる必要もない。

「じゃあシータシア、もう使わないんだ」

「ああ」

 ヴァルが頷くと、ミラは、ふうん、と相づちを打ちながら、一瞬だけ、どこか寂しそうな顔をした。

「……でも、また1から作るつもり、ってわけでもなさそうね」

 ミラは少女をチラ、と見てそう言った。ミラは昔から妙に感が鋭いところがあった。ヴァルは内心舌を巻く思いで、しかし表情には出さなかった。ミラもそれ以上、何か尋ねてくるわけでもなかったのでヴァルは安堵した。


 ふと、ミラが思い出したように言う。

「……あ、そうだ、ヴァル。じゃあシータシアのパーツ、私が見つけたら貰っちゃってもいい?」

「別に構わないさ。もう使えないと思うけど」

 どのみち、ヴァルがシータシアのパーツを探すことはないし、再び生きて『海』へ戻ってくる気もない。

 シータシアのパーツがミラに見つかって、ミラの生活の助けになるならば、それはヴァルにとって喜ばしいことだった。

「わあい、やった。ありがと、ヴァル!太っ腹!」

「だから精々、見つけてくれよ。シータシアのパーツ。海の底に沈んでるよりは、ミラが使ってくれたほうが嬉しい」

 ミラは素直に喜びの表情浮かべ、ヴァルに再び礼を言った。


「あ。じゃあ、太っ腹ついでに教えてよ。今、メカニカ弄っててちょっと分からないとこ、あって」

「お、何だ?」

 明るく笑みを浮かべたミラは砂浜に指先で図を描き始め、ヴァルはそれを覗き込む。

 そしてミラの疑問にヴァルが答えていく形で、小さな講義が行われた。

 質問の内容はヴァルにとって、そう難しいものではなかった。大抵のものはシータシア作成時に取得した知識で事足りた。そうでない部分も、ヴァルが持っている知識で代替できるものが多かった。

 ミラの質問に答えながら、ヴァルは昔を思い出した。

 昔、まだヴァルがようやく海に潜り始めた頃。メカニカ・フィンを組み立てるために、ミラとここでこうして2人、試行錯誤を繰り返した。

 遠い記憶に浸りながら、ヴァルは、今日ここでミラに会えたことを嬉しく思った。

 語り合うのも、思い出に浸るのも、きっと、これが最後になるだろうから。




 やがてヴァル達はミラと別れ、部屋へと戻ることにした。

 ミラはもうしばらく入江に居ることにしたらしい。ヴァルは入江を去る前、振り返った。

 白い砂の上に座るミラの後ろ姿が、海面に反射する陽光を受けて輝いていた。




 部屋に一度戻ったヴァルは、少女に念入りに帽子を被らせると、2人、バラック街へと向かった。

 夕闇に沈むバラック街はますます暗く、疲れか酒のせいか、はたまた規制されている薬物でも摂取しているのか、幽鬼めいてふらふらと歩く人々によって、不気味な様相ですらある。

 奇妙な笑い声を上げる集団を通り越し、絶望した表情で座り込む幼い子供には僅かながら金を握らせて、ヴァルは歩く。

 今回はトーレムの居所に見当がついていた。


 バラック街の中でもとりわけ暗い一角に、ヴァルは入っていく。

 さりげなく、しかし油断なく出入り口の前に立つガードマンに一礼して通り過ぎれば、ガードマンはちら、とヴァルを見て、特に何も言わずにヴァルの通行を許した。

 中に入れば、ヴァルの予想通り、トーレムがそこに居た。

「……されてんだ。『陸』にだって自由なんて……っと」

 トーレムは同じく部屋に居る数名と卓を囲んで会話していたが、ヴァルの姿を認めるや否や、会話を止めて立ち上がった。

「おーおー、『鯨』じゃねえか。どうした、こんなところまで。カノジョの自慢か?」

 いやに上機嫌なトーレムであったが、ヴァルはトーレムの背後、卓の上を見て納得した。

 どうやら『陸』で不正に入手したらしい酒の瓶がある。それのせいだろう。

「決行の日が決まった」

 酔っ払い相手に話すことに若干の不安を覚えないでもなかったが、相手は酩酊していたとしても、これまで『陸』と『海』を行き来していながら、未だに殺されていない男だ。信頼できる相手ではなかったとしても、信用はできる。

「お、もう決まったのか?早いな。助かるぜ。やっぱりこういうのは早い方が何かと都合がいいからな」

「ああ。明後日の夜明けに出る」

 だがヴァルがそう言うと、途端、トーレムは急に冷水を浴びせられたような顔をした。

「おい、おいおいおい!随分と急じゃねえか!もうちょっとこっちの事も考えろよ!」

「悪いな。でも早い方がいいってさっき言ってたろ」

「限度ってもんがあるだろうが!」

 怒鳴るだけ怒鳴り、完全に酔いが覚めてしまったらしいトーレムは、盛大にため息を吐いた。

「……だから、前回頼んだことだけど、無理にとは言わないよ。下りてくれてもかまわない」

 ヴァルがそう言うと、トーレムはやれやれ、というように両手を挙げた。

「冗談じゃねえ、やるぜ、俺は。儲け話1つ丸ごとフイにするわけにはいかねえっつうの」

「助かるよ。そう言うと思ってた」

「調子に乗るんじゃねえぞ、このやろー」

 ヴァルが笑えば、トーレムは苦り切った顔をした。その様子を見て、益々ヴァルは笑みを深める。

「……ところでそれ、ミラは知ってんのか」

「ミラ?いや、知らないと思う。別に何も言ってないからな」

 唐突な問いに正直に答えれば、トーレムは、そうかよ、とだけ言い、やや考える素振りを見せた。

「言わなくてもいいだろって思ったけど。やっぱり言っておいた方がいいか」

「いや……まあ、何も言わずに消えるのも1つのカッコの付け方だろ。違うか?」

 表情を切り替えたトーレムは、おどけるようにそう言うと、声を潜めて本題に切り込んだ。

「で、ルートの事なんだが。どこを通っていくつもりだ?」




 ヴァルは内心、身構える。

 古代のメカニカを使って、『海』から直接『空』へ飛ぶ、なんて、トーレムが想定しているわけがない。もしかしたら、この世に今生きている誰もが想像できないかもしれないのだ。

 ……だからこそ、ヴァルは予定しているルートを言うべきか、迷った。

「下水処理施設の方はもうありゃダメだ、警戒が厳しくなっちまってる。ダストシュートの方も駄目だな。そっちは俺達が使う。お前に巻き込まれるわけにはいかないんでな。で、どうする?」

 探るようなトーレムの視線は、既に何かに感づいているようでもあった。

「ああ、そのことなんだけどな。心配はいらない。もう見つけてある」

 慎重にヴァルが答えると、トーレムは眉を上げて口笛を吹く。

「へえ。大したもんだ」

 そしてトーレムは声を潜め、ヴァルだけに聞こえるように、言う。

「それ、聞いといていいか。作戦上、お前が通るルートと騒ぎ起こす場所が被る訳にはいかないんでね」


『言わなくていい』

 少女の声が、トーレムの言葉に被さるようにヴァルの脳裏に響いた。

 咄嗟に少女を見ると、少女もまたターコイズブルーの瞳をヴァルに向けていた。

『言わなくていい』

 少女の声は、変わらずに同じ台詞を形作る。

 ヴァルはその声に従うことにした。

「あー……悪いけど、言えない」

 当然、トーレムはヴァルの言葉に気色ばんだ。

「……おい、そいつはどういうことだ?」

 裏切るつもりか、と、言外に圧を感じさせながら、トーレムが凄む。

「心配はしなくていい。トーレムたちのルートとも、決行場所とも、そうそう被らないから」

 ヴァルは至って平静な表情を保ちながら、当たり障りの無い事を言う。

 ……そして、ふと、思いついた。

「な」

 ヴァルは、少女を見て、同意を求めた。

 少女は表情1つ変えずに、ヴァルの同意に、こくり、と頷いた。

「……成程な、そのお嬢ちゃんのコネ、ってとこか」

 そして、トーレムはそう、自らの内に結論付けたのだった。


「そのお嬢ちゃん、『陸』のだって言ってたな」

「ああ」

 確かにヴァルは、少女についてトーレムにそう説明した。それを覚えていたからこそ、今回の嘘とも言えないような嘘の吐き方を思いついて決行したのだ。

「ま、訳アリだっつうのは分かってるし、藪蛇は御免だ、これ以上聞く気はねえけどよ」

 トーレムは適当に少女について結論付けたらしく、肩を竦めてそれ以上の追及を避けた。

「ま、それならそれでいいぜ。俺達の取り分は『陸』のゲートから離れた位置、ってとこだな」

 ゲートは、『海』と『陸』を繋ぐ正規の道それぞれに存在している。

『海』の者が『陸』へ入る事を防ぎ、『陸』の物が『海』へ不正に運び出されることを防ぐ。そのためのゲートだ。当然、トーレムもヴァルも、通れるわけがない。

 だが、『陸』の人間だという少女なら、『海』のヴァルを連れてもゲートを通れる、とトーレムは理解したのだろう。

「まあそんなところで頼むよ」

「おーおー、任せとけ」

 幾分投げやりに言って、トーレムは卓の上から酒の瓶を取った。

「お前も飲むか?」

「いや、俺はいいや。明日もやることがある」

「残念。つれないねえ」

 そう言う割にはさして残念そうでもなく、トーレムは酒瓶の中身を自ら煽った。

「……ま、精々頑張ってくれや、『鯨』よぉ」

「言われなくても」

 再び酩酊の縁に身を投じ始めたトーレムに半ば呆れつつ、ヴァル達はその場を後にした。




 ミラは夕日が水平線の彼方へと沈みきるまで、入り江に居た。

 陽光の残滓の一片すら消え、辺りを夕闇の帳が覆い、やがて空に星が輝くようになる頃、ミラはようやく立ち上がり、自らの住まいへと足を進める。

 辿り着いたミラの住居で、ミラは寝室へと入る。

 そして寝室の床板をやや乱暴に剥がすと、その先に身を投じた。

 床下の隠し部屋で、ミラは工具を手に取った。

 そこにあったのは、破壊される以前と同等の姿をしたシータシアであった。


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