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第15話 船

「……騒動?どういうことだ」

 ヴァルが問うと、トーレムは笑みを深めて得意げに続ける。

「手段は何だっていい。『海』のジャンク・ボムを『陸』のど真ん中で大量に炸裂させてやったっていいし、海水撒いてやってもいい。人が数人死んだっていいかもな。上手くやれば『陸』の機能の2つや3つ、ぶち壊せるかも……ま、手段は本当になんだっていいんだよ。どうでもいい。大切なのは『お前以外の誰かが大暴れする』ってことだ」

 大それた物騒な言葉を並べ立て、挙句それらを『どうでもいい』と言い、トーレムは声を潜め、しかし笑みは益々深め、囁くように、言った。

「何かが『陸』で大暴れしてたら、『陸』の注目はそっちにいくだろ。被害も出てたら尚更、そっちにいかなきゃいけない。お前に割くべき戦力は他の騒動に割かれている。お前は『空』へ悠々と旅立てる、ってわけだ。……どうだ?」




 第15話~船~




「どうだ、って……そりゃ、そうなったら都合がいいけど」

 トーレムの口から出てくる言葉は、ヴァルにとって突拍子もない言葉である。

『陸』で騒動を起こす。

 ヴァルが『空』へ行くためには最高の条件だが、ヴァルは当然、ただ頷く訳にはいかなかった。

「……死ぬ気じゃないよな?」

『海』の人間が『陸』へ行くこと自体が禁じられているというのに、騒動を起こすともなれば、当然、待っているのは死でしかない。

 だがトーレムはヴァルの不安を笑い飛ばすように言う。

「はっ、こちとら何所ぞの命知らずな『鯨』じゃねえんだ。舐めんな」

「アテがあるのか?」

「ま、お前が知らないツテがあんだよ、俺には」

 ヴァルは疑りと心配を抱きつつも、しかしトーレムはこれ以上語る気配も無い。トーレムは性格は軽いが、口は堅い。自らの生命線を易々と他人に渡す人間ではない。それが分かっているから、ヴァルはそれ以上の追及を諦めた。それにトーレムの『ツテ』など、ヴァルとしても、知らない方がいいのかもしれない。

 そうした逡巡の末、ヴァルは答えた。

「……分かった。頼む」

「取引成立、だな」

 ヴァルの返事にトーレムはニヤリ、と笑う。

「ま、結果は期待しといてくれて良いぜ。最高の舞台を用意してやるよ。大船に乗った気持ちで居ろよ、『鯨』」

「鯨が船に乗ったら、沈まないか、その船」

「ははっ、縁起でもねえな!」

 あくまでも軽く、明るく、トーレムは笑って肩を揺らした。

 つられるようにヴァルも苦笑いしつつ、目の前の男の様子を窺う。

「で、お代は?」

 ふと、気づいたようにトーレムは笑いを止め、わざとらしく肩を竦めた。

「おーおー、そういや、値段も聞かずに買い物するたァいい度胸してるよなあ。流石は『鯨』だ」

「俺に払えないもんじゃないんだろ、どうせ」

 トーレムはがめつい、利に煩い男ではあったが、理不尽な要求をしてくる訳ではなかった。尤も、理不尽な要求をしたところで回収できないから理にかなっていない、というのがその理由であるのだが。

 ヴァルはトーレムを信頼しきっている訳ではないが、トーレムのそういった信条についてはある程度以上に信用している。

「察しの良いこって。……ま、あんま深く考えるな。お前はとりたてて何か払う必要はねえよ」

 だからこそ、トーレムが発した言葉にヴァルは、理解が追いつかずにぽかん、としたのである。


「どういうことだ?頭でも打ったか?」

 ヴァルが半ば本気で心配すると、トーレムはその反応を予想していたように、大げさにため息を吐きつつ両手を広げて見せた。

「予想通りの反応をありがとうな。涙が出そうだぜ」

「で、一体どういう事だ?まさかお前が慈善事業って訳じゃないだろ?」

「当然」

 ヴァルの疑い混じりの視線に思う所があったのか、トーレムは少々明後日の方向を見て何か考え、それから言葉を発し始めた。

「……まあ、あれだ。要はお前の計画に乗っかろうってだけさ。こっちが騒ぎ起こそうが何だろうが、お前が『空』へ向かってそれが見つからない訳がねえ。なら『本命はそっち』だと思われるだろうが」

「二重の隠れ蓑、ってことか」

「そんなとこだな」

 それにしても、成功率はそう高くなさそうだが、と考え、ヴァルはそこで考えるのをやめた。これ以上を考えるのは、トーレムの『ツテ』に首を突っ込むことになる。あまり賢明ではないだろう。

「ま、精々稼がせてもらうぜ、『鯨』。とりあえず出発の日程が決まったら早めに教えてくれよ?」

 ぽん、と肩を叩かれ、ヴァルは頷く。

 どのみち、ヴァルは『空』へ行くだけなのだ。やるべきことは何ら変わらない。

 しかし、その思いをもう一度確認することはできた。


「ありがとうな、トーレム」

「あ?気にするなよ、こっちも稼がせてもらう予定だからな」

「いや、そうじゃなくて。そっちもだけどさ。なんか、すっきりした」

 ヴァルが気持ちそのままに笑うと、トーレムは訝し気な顔をする。

「おい、一体そりゃどういう意味だ」

「単に『空』へ行く意志がはっきりしたってだけだけどな」

 呆れたような、苦いような顔をするトーレムを置いて、ヴァルは外へ出た。

 見上げた空は遠く、青く、流れていく雲は速く。

 美しかった。




 ヴァルが出ていった部屋で、トーレムは力が抜けたように座り込む。ヴァルの、空のように明るく澄んだ笑みが妙に頭にこびりついていた。

「……もしかしたら俺も、『空』へ行ってみたかったのかもなァ」

 誰にともなく、強いて言うならば自分自身に対して、半ば無意識にそう呟き、トーレムははっとした。

 言葉を振り払うように頭を振り、己に言い聞かせる。

 俺が生きていく場所は『空』なんかじゃない、と。




 ヴァルが部屋に戻るとどこか焦げ臭いような、独特の臭いが部屋に立ち込めていた。

「ヒート・カッター、できたんだな」

 部屋の中で作業をしていた少女に声を掛けると、少女は振り向くこと無く頷いた。

 どうやら海の底で拾い集めたパーツは既に必要な工具へと姿を変えているらしい。

 ヒート・カッターがプラスチックや細い金属線を焼き切る度、細く薄く煙が登り、焦げ臭さを発する。

「手伝うよ」

 少女に歩み寄ると、少女は黙って机の上の部品を示した。

 どうやらヴァルが昨日組み立てたものと左右対称になるパーツらしい。これならヴァルにも組み立てられるだろう。

 ヴァルは少女に並んで作業を進め始めた。


 少女が加工したパーツは、廃プラスチックや金属片から生まれたとは思えない程に良くできていた。

 ヒート・カッター1本でこれほどまでの加工ができるのだというのならば、この少女の技術はやはり申し分なく高いのだろう。少女の知識を完全に理解する事など到底できないヴァルだったが、少女の技術の高さは嫌という程分かっている。『海』の中では特別メカニカの扱いに長けているヴァルですら、少女の横で作業をしていると自分のメカニカの扱いが下手なような気分になるのだった。

「完成、いつ頃になるかな」

 作業の合間、少女の邪魔にならないようにタイミングを見計らいながら、ヴァルは尋ねた。

 少女は視線をヴァルに向け、それから目を瞬かせた。

「トーレムと話をしてきた。俺達が『空』へ行くのに合わせて、『陸』で騒動を起こしてくれるってさ」

 首を傾げる少女に、ヴァルは数点、説明を補足した。

 要は、トーレムが言っていた内容をざっと掻い摘んで話しただけではあったが。

「……ってことで、決行日時は揃えないといけない」

 少女は目を瞬かせると、やがて納得したように頷いた。

『3日後には完成するだろう』

「そうか。……じゃあ、出発はその後、か」

 準備なども必要だろう、とヴァルは頭の中で計画を立てる。実弾銃も、煙幕弾も、前回用意したものはほぼ全て失われてしまった。また用意し直さなければならないことを考えると、少々気が重かったが、仕方ない。

『3日後すぐに出発する』

 だが少女はそうは考えていないらしかった。




「古代のメカニカが完成してすぐは無理だ。準備も必要だろ?実弾銃とか、手に入る場所があるんだ」

 ヴァルが説明するも、少女は首を傾げて、それから首を横に振る。

『必要無い』

 少女の言葉に、今度はヴァルが首を傾げる番だった。

「どこかでは戦闘になると思うけどな。何も、『空』でなくても、『陸』でだって……特に『陸』では。いくらトーレムが何かしたって、完全に俺達が隠れられるとは思えないし」

『必要無い』

 少女はそう、声を発し、それから首をやや傾げ、考えるように目を数度瞬かせ、そして、言った。

『『陸』へは行かない』


『海から直接『空』へ行けばいい。私にはそれができる』


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