第六話
空はすっかり闇に覆われ、気温もだいぶ過ごしやすくなってきた。
後ろの荷台のナナは疲れたのか静かに眠っている。あと一時間もすればオルーノに到着するだろう。
ゆっくりと進む馬車が月明かりに照らされた草原を進む姿はきっと画になっている。
隣にはレリルが座っている。
眠ればいいのに律儀に横にいる当たり、実に真面目な天使といった感じだ。
暗闇の中でも、レリルの美しさはやはり輝いて見える。ずっとこうして彼女の横顔を見ていたい気分だ。
「レリルは、どうしてこっちに派遣されたんだ?」
少し沈黙が気まずくなり、気になっていた事を聞いてみた。
「…え?」
レリルが顔をしかめてこちらを見る。……聞いてはいけないことだったか?
「聞かない方が良かったか?」
「い、いえ……えっと、その、、、」
何だか歯切れが悪いな。
「話すのは天界から禁止されてる、とかか?」
「いえ、別にそんなことは無いんですけどね……」
レリルは恥ずかしそうに顔を背けると、小さな声で話し始めた。
「……私が、落としてしまったんです」
「落としたって、鍵を?」
「……はい」
うつむいた彼女の顔が月明かり程度の明るさでも見えるほどに紅潮していく。恥ずかしそうで、悲しそうなその姿がたまらなく愛しく見える。
「まあ、その、なんだ……。誰でも失敗はあるだろ。俺の師匠がよく言ってたよ、『いちいち失敗を悔やんでるような人間は大物にはなれねえ、嫌なことがあったら飯食って酒飲んでセックスして寝ちまえば良いんだよ、どうせ世の中悪いことだらけなんだから』って」
俺の大好きな師匠の言葉を借りてみる。
「後ろ向きなのか前向きなのかよくわからない言葉ですね、それ」
そう言いながらレリルは顔を上げてこちらを見てくる。その顔はさっきの暗い表情ではなく、かすかに微笑んでいた。
「ていうか、セックスって……セクハラですよ?」
確かに、女性に話す無いようでは無かったかも知れないな、少し反省する。
「すまん、確かにそうだな」
素直に謝ると、レリルが若干目を丸くする。元々大きな目なのに更に大きくなるんだな、天使ってすげえ……。
「まあ、いいですけど。今回は許します。次セクハラしたら……」
「……したら?」
レリルが焦らすように言葉を溜める。そして満面の笑みで、
「支部長に報告しますね!」
恐ろしいことを言ってくる、
なんだこいつ、もしかして悪魔か?髪も黒いし、俺達は騙されているんじゃないか?
余りにも恐ろしいことを言うので若干彼女に対する不信感が高まる。
「わかった!もうセクハラはしない、誓おう」
「ふふ、約束ですよ?」
可愛い、結婚したい。やっぱ天使だわこの子。天界なら重婚OKだったりしないかな?しねえよなぁ……。
「わかった、約束だ」
顔をにやつかせない事に全力を尽くしながらそう言うと、レリルはまんぞくげに頷いた。
「ところで……」
俺はふと、もう一つ気になっている事を聞いてみた。
「なんですか?」
「レリルは、羽は生えているのか?」
そう、羽である。天使と言えば金髪だとか碧眼だとか美しいとか優しいとか、色々なイメージはあるがやはり一番の天使の天使たる所以と言えば羽であろう。
羽がない天使など、牙の無い狼、金のない商人、文才の無い小説家。つまりは肝心の物が無いがっかりな代物である。
いくらこれだけ美しかろうとも羽がなければやはりちと天使としては物足りない……。
彼女を見るに残念ながら羽は見当たらないのだが、どうなっているのであろうか。 レリルは顎に手をあてている。……やはり、無いのか……?
「まあ、あなたなら言っても良いか。」
そう言うといきなり上着を脱ぎ始め、肌着だけになった……。
「お、おい!いきなり何を……」
まさか、さらに脱ぐのか!?師匠との旅で女性の裸には慣れている方ではあるが、こんな綺麗な女性の肌をいきなり見ると正気を保つ自信が無いぞ……?
落ち着け、落ち着くんだ……。月明かりに照らされた彼女の肌は、絹のように美しく、肌着の下からチラリと見える乳房は手でもむのにちょうど良い形をしている……って!俺は何をしている!!
「その、あんまりじろじろ見ないで下さい。恥ずかしいので……」
あ、駄目だ……。既に股間の相棒は臨戦態勢に突入している。この、本気を出せば 亜人種の腕ほどになるポテンシャルを秘めているかも知れないと自分の中でもっぱらの噂になりつつある相棒が俺に語りかけてくる。
『相棒、やっちまおうぜ!ここで行かなきゃ男じゃねえ!!』
だまれ煩悩!!俺は自分の一切の精神を全て支部長の顔を思い出す事に費やした。
『てめえ、やりやがったな!』
相棒の怒りの声と引き替えに、徐々に落ち着いてきた……。
「あの、どうしました?」
「い、いや何でも無い!それより、なんでいきなり脱いだんだ?」
やっと落ち着いた俺はそう訪ねる。
「あ、えっとその、普段は不可視の魔法で羽を見えなくしているので……それを解こうと思いまして」
あ、あーそういうことね。よかった~相棒の言うとおりにしなくて……。
「じゃあ、解きますね」
そう言うとレリルは小さく呪文を詠唱する。
美しい、感動でため息が出るような、そんな光景であった。
白く大きな羽は、ちょうど両手を広げたくらいの大きさだ。
その羽根一本一本が高級な織物のようである。
雪のように白く、そして触ればすぐにでもなくなってしまうような儚げな様子に、言葉を発する事すら出来ない。
「ど、どうですか?」
レリルが体をもじもじさせながら聞いてくる。心なしか顔が又紅潮している。
「すごく綺麗だよ。天使って、やっぱりすごいな」
俺が素直な感想を述べると、魔法で羽を隠してしまった。
「もう終わりです!」
そう言うと、そっぽを向いて座ってしまった。
怒らせたか?とも思ったらどうやら違うようだ。
何故かって?横顔からでもにやにやしてるのがわかるからさ。
「さ、さて、そろそろつきますし私はナナさんを起こしてきますね」
「わかった。けどその前に」
そそくさと荷台に入ろうとするレリルを引き留める。
「なんですか?」
「服、着ていってくれ」
そう言って服を渡すと、顔を見せないようにして俺の手からすぐに服を奪いとった。
「ありがとう、ございます。色々と……」
「どういたしまして」
この馬車の移動で、ほんの少しだけ彼女の事がわかった気がした。




