第四十九話 お屋敷の七不思議
――サアアアアアアア……。
窓の外では雨が降り続いている。昨日の夜中に降り始めてから、一向に止む気配はない。
しかも思った通り、大雨と言うほど激しくないけれどずっと勢いを保ち続けているし……。
これは本当に、数日間は雨かもな。なんて思いながら廊下を箒で掃いていく。
『まさか、こんなに急とは……』
雨を予言した御珠様も、流石にこんなに早くから降り始めるとは思っていなかったみたいで。朝食の席で、不意を突かれた表情を浮かべていた。きっと天候のせいで、かねてからの予定が変わってしまったんだろう。ちょっと慌ただしそうにも見えたな……。
さっ、さっと箒で掃けば、廊下の隅からホコリが集まっていく。しゃがんで、ちり取りでそれを回収する。
……まあ、雨だろうと風だろうと、俺のすることには変わりは無い。いつも通り、お屋敷の掃除なのだから。変わったことと言えばせいぜい庭の掃除が出来なくなることと、ほこりがしけって飛びにくくなることぐらいだ。
「よしっ」
屋敷の北側に有る空き部屋を端から端まで掃き終わった俺は台所に行き、ちり取りに溜まったごみをゴミ箱に捨てる。それからまた、同じ部屋の前まで戻って考える。
さてと。次はどうしよう。大体今、朝ごはんが終わって、掃除を始めてから二時間ぐらいか?
そろそろ一旦切り上げても良いんだけど……。
俺は袂から、蓬さんから貰ったお屋敷の地図を取り出す。えーっと、まだ掃除していない部屋は?
このお屋敷は何十もの部屋が有る上に、廊下が迷路の様に入れ込んでいて非常に紛らわしい。
こうして地図を参照にしないと、未だに迷子になりそうになってしまうほどだ。
物置としか使ってない部屋も多いみたいだし、広すぎてかえって不便なことも絶対に有るとは思う。
……だけど。この広さが正直、男のロマンを刺激しているというのもまた事実。
こうやって複雑な地図を眺めているだけで、もしかしたらどこかに秘宝とかが隠されていたりして――という淡い期待を密かに抱いてしまうのだ。ちょっと子供っぽいけれど、思ってしまうものは仕方がない。
まあ、そんなサプライズが無くったって、ここまで広いお屋敷だと、歩いているだけでも冒険している気分になれる。どうせ掃除をするのなら、まだ中に入ったことのない部屋の方がやる気が出る。
とにかく、全ての部屋に一度入ってみるというのが、ここ数日の俺の密かな目標なのだ。
まあ、それにはいくつかの、絶対に入れそうにない部屋――例えば御珠様や蓬さんの部屋をクリアしなきゃいけないんだけど……。
「それじゃ――」
目星をつけたのは、今の廊下をまっすぐ進んで突き当りを右に曲がって、更にその突き当りを左に曲がった先の廊下だ。その廊下の左右にはそれぞれ、四つの小さめの部屋が有るらしい。
まだ行ったことのない地帯だった。
早速俺は箒と、雑巾の入ったバケツを持って歩き出す。日が当たらない場所に有る廊下でも、置かれている行燈が明るく照らしてくれているから、決して暗くはないし、閉塞感も無い。
でもまあ、初日はそれでも怖くてたまらなかったけれど……やっぱり慣れてきたのかな、このお屋敷の建物にも。ここでかくれんぼなんかをしたら、子供じゃなくても多分物凄く盛り上がるんだろうな。
なんて思いながら、二つ目の廊下を左に曲がると思った通り、両側にずらっと襖が現れる。
数えてみれば左側の襖は一、二、三――十六枚。右側の襖も一、二、三――十六枚だった。
きっと一部屋で襖が四枚使われているんだろう。俺は改めて地図を取り出して、確認する。
よし、ここで良いんだよな。
頷いて、早速手前の部屋から掃除を始めようとすると。
「……ん?」
どこか、心に引っ掛かる違和感。何か、おかしくないか?
俺はもう一度廊下の真ん中に立って、襖を数え始める。
まずは左側の襖から。
一、二、三――十五、十六。さっきと同じだ。
……そして、右側の襖。
一、二、三……十五、十六………………十七、十八……??
いや……まさか。さっき見た時よりも、二枚増えている?
いや、そんなはずは……。俺はもう一度、左側の襖を数えてみた。
……十六枚、確かに十六枚だ。そして右側の襖も同じ。一、二、三……十七、十八、枚……って……。
おかしい。やっぱり、十八枚有る様にしか見えない。さっきまでは、十六枚だったのに。
いやいやいやいや……って、すぐに否定することはもうできない。普通なら、勘違いで済ましていい類の話に違いないのに。
だって、襖が増えるなんて、そんなのまるで、学校の怪談、七不思議だ。
でも、よく考えたらこのお屋敷って、七不思議っぽい現象が結構起こっている様な……。
いきなり現れる狐火とか、奇妙な力を持つ井戸とか、決して片付かない御珠様の部屋とか、無限に雨戸が入る戸袋とか、入ってはいけない蓬さんの部屋とか。あっさりと七つにまで到達してしまいそうなぐらいには。
ぞわっと、背筋に悪寒が走り鳥肌が立つ。何だか、不気味に思えてきた。
ちらっと背後を見る。今日は、後ろから覗いてくる気配は感じない。だけど、それでも何となく後ろが気になってしまうぐらいには、怯えている。
それに今日は雨で空気も湿っているし、この辺りからは人気も感じられないし……。
……駄目だ、ついつい、嫌な方向に想像が働いてしまう。
やっぱり家は普通に七不思議なんて無く、間取り図通りに建ってくれていた方がよっぽど良い……。
「……」
正直、今すぐ速攻でこの場所から逃げ出したかった。
だけど、ここまで来て、増えた襖の謎を確認しないのは何となく後味が悪い。
……仕方ない。
俺は箒とバケツを手に持って意を決して、慎重に長い廊下に一歩踏み出す。
きっとそろそろ、蓬さんが台所で、昼ごはんの下準備をし始める時間だ。ぴったり十六枚だということを確認したらすぐに掃除は切り上げて、蓬さんを手伝おう。そうしよう。
一、二、三、四、五。あえて先は見ないで歩きながら、右側の襖を慎重に数えていく。
いつもよりも遥かにじっとりとした床。ひた、ひた……と、足音が響く。
六、七、八、九、十。ここまでは大丈夫だ。一旦立ち止まって、深呼吸。
「十一」
そして、再びゆっくりと歩き始めた。十一、十二、十三――。
十四。
十五。
そして。
「……十六」
十六枚。……で、良いんだよな?
襖の数をぴったり十六枚数えたところで、俺は廊下の曲がり角に辿り着いた。振り返ってもう一回数えてみても、間違いない。
襖の数は十六枚。
「なんだ……」
結局、ただの俺の勘違いだったってことか。気が動転していて、数すらも冷静に数えられない状態になっていたんだろうな……。
振り返りながら何とはなしに、バケツと箒を廊下に置いて、十六枚目の襖のそばの壁に寄りかかって息をついた。
――ぐらり。
「えっ……?!」
え、え?
自分を支えていた壁が、ぽっかりと無くなった感覚。全身のバランスが簡単に崩れて……え?
「う、うわああああっ!」
為すすべもなく後ろに倒れて、腰を打って転んでしまった。
「痛てて……」
思いっ切り打った……それに、こんな風に尻餅をつくのなんて久しぶりだな……。
い、いや、そんなことよりも。何が起こっているんだ?
さっきの廊下と比べると視界が暗くなっていて。顔を上げてみれば。
目の前には、大きな壁が立ちはだかっていた。
「これは……?」
指先が震えている。恐る恐るその壁に触れてみると、きいい……と音がして。
壁が向こう側に押される。と、いうよりも、わずかに回転した。
眩しさに目を細める。突如、先程の廊下の明かりがわずかに部屋に差し込んだからだ。
更に押すと壁は更に回転して、隔てられた向こう側の空間に取り残されたバケツと箒が見える。
これって……からくり屋敷に良く有る様な、廊下の壁に見せかけた回転扉か。
そして、この空間は、本物の隠し部屋。
やっぱり有ったのか……。でも、どうしてこんな場所に? 何の為に?
まずは部屋の全容を見ようと、回転扉に目を向けるのを止めて、振り返って……。
「――!」
一瞬で体が動かなくなる。
――隠し部屋は板張りで、広さは八畳ほど。そしてその奥で。
誰かが床にあぐらをかいて、ぎらりと目を輝かせてこっちを見据えている。全身が影に隠れて、その姿がはっきりと見えない。
そして、その手に握られているのは……刀……?
「あ、あ……!」
刀……! 声が出ない。腰が抜けて、ぺたんと座り込む。
マズい、逃げなきゃいけないのに、足が震えて力が、入らない……! ど、どうすれば良い? どう対処すれば、こんな時? 何も、思いつかない――。
「――景」
すると不意に俺の名前が呼ばれて。部屋の行燈が灯り、視界が明るくなる。
あの人は……。その姿を包んでいた影が消えて、緊張が少し解ける。
「十徹さん……?」
隠し部屋の奥、『木刀』を持って腰を下ろしていたのは、このお屋敷の護衛をしている、二十代中頃ぐらいの、とても大柄なカモシカの男性――十徹さんだった。




