第四十八話 初めての雨 下
「「せーのっ!」」
真夜中のお屋敷の縁側で。突然降り始めた雨を防ぐために、灰白猫の女の子、ちよさんと俺は、敷居に引っ掛かって外れてしまった雨戸に手を掛けた。
そして一斉に力を込めると、俺達の身長よりも大きな雨戸が少しだけ浮き上がる。
しかし、これは……思っていたよりも、ずっしりと重い……! 長年雨を吸収してきたからか……?!
「……敷居に乗せますね……!」
ちよさんの声がする。一生懸命雨戸を支えていることが表情から伝わってくる。そうだ、俺が弱音をはいている暇なんて無い。
「はい……!」
そのままちよさんとタイミングを合わせて、持ち上げた雨戸を敷居に設置されたレールにはめ込もうとする。
「くっ……」
結構、しぶといな……! 中々思う様に、雨戸ははまってくれなくて。
どうやら雨戸の下側と、敷居のレールとの隙間が、かなり狭く設計されているらしい。
元々敷居から外れにくくなっているからこそ、何かの拍子に一旦外れると戻しにくくなってしまっているのか……。
「……それなら……」
仕方ないので作戦変更。今度は雨戸を持ち上げながら、ちよさんと一緒に、力を込めてその敷居とのわずかな隙間に押し付けることにした。かなり強引だけど、きっとこうでもしないと駄目だ。
「……!」
ちよさんもきゅっと口を結んで、踏ん張っている。それを見て、頑張らなきゃと、更に俺も力が入る。
そのまま二人で雨戸を持ち上げながら、敷居に押し続けていると……。
ガタンッ!!
と、一際大きな音が鳴り響いて、途端に手の平が軽くなった。
「あっ……」
見れば、頑固だった雨戸が、元通りに敷居のレールにしっかりとはまっている。
良かった。と肩の力が抜けて、一瞬緩んでいると……。
「ほ……他の雨戸を閉めるのも、お願いできますか……?」
ちよさんが心配そうに外をちらっと見て、こっちを向く。
「はい、勿論です」
「ありがとうございます。こっちです……!」
返事を聞くとちよさんは、縁側を凄まじい速さで駆けていく。
そうだ、雨はまだ続いている。このまま放置していたら、縁側がすぐに水浸しになってしまうだろう。
急いで俺も、その後を付いていくのだった。
◆ ◆ ◆
お屋敷の庭に面する長い縁側の端っこには、雨戸が完全に収まるほどの大きさの箱が、壁からぽこんと出っ張って設置されていた。ちよさんの話によるとそれは、雨戸を収納する「戸袋」という名前の物らしい。
そして、ちよさんと俺は急いで雨戸を閉めていく。
「これを、お願いします……!」
ちよさんは戸袋から出した雨戸を縁側の途中まで押す。
「分かりました!」
俺は途中で受け取って、縁側の先、最後まで進んできっちりと閉める。押してきた雨戸と、一つ前に閉めた雨戸がぴったりとくっつくまでだ。
その間にちよさんはまた新しい雨戸を戸袋から出して、という風に分担していくと、思っていた以上に作業は早く進んで、次々と縁側に雨戸が並んでいって――。
「これで最後……!」
俺は戸袋に一番近い位置に有る、最後の雨戸を思い切り引いた。
ぴしゃり。と、隣の雨戸に当たる音。
――。そして、外からの音が急に静かになって、庭は完全に見えなくなって。
途端に全身から、ふっと力が抜けた。
「……」
長い縁側の端から端までずらりと並ぶ雨戸は、壮観だった。ざっと見ただけでも、三十枚以上は有るんじゃないか? とても戸袋に入り切る枚数とは思えないけど……多分、何か仕掛けをしているんだろう。それとも、これも御珠様の術なのかもな……。
「本当に、ありがとうございます」
ちよさんが頭を下げて、お礼を言う。
「い、いえ。どういたしまして。ちゃんと、役に立てていたかどうか……」
慌てて俺もお辞儀をした。何だかこそばゆくて、返事もついしどろもどろになってしまう……。
お互いに、恥ずかしそうに目を逸らしていて。
だけど。まだ、緊張はしているけれど……今日は不思議なことに、あまり、気まずくない、気がする。
幽かな雨の音が優しく包んでくれている様な時間だった。
「あ、二人とも――」
と、そこで縁側の先から声がして。見れば、狸の蓬さんが、何着か着物を抱えて遠くに立っていた。多分、洗濯物を取り込んだ後だろう。
「縁側を拭きますね」
ちよさんが水浸しになった縁側を見て、蓬さんに言い掛けたけれど。
それよりも早く、蓬さんは慌てた様子でこっちに来て……。
「風邪を引いちゃうから、すぐに着替えないと……!」
心配そうに、俺達に声を掛けたのだった。
「「えっ……」」
改めて見てみると確かに、ちよさんの着物も俺の着物もかなり雨に濡れてしまっていて……。大きなしみがあちこちにできて、普段よりも重くなっていた。
雨戸を閉めるのに夢中で全然気付けなかったけれど……縁側だけじゃなく俺達も、しっかりと雨の打撃を喰らっていたらしい。
「大変だったんだね……ありがとう、ちよちゃん、景君」
そして蓬さんは俺達の頭をそっと撫でる。その手の平はとても暖かった。
ちよさんも嬉しそうに目を細めて、しっぽをゆらりと揺らしている。
「すぐに、代えの着物を用意するからね」
そして蓬さんはそう言うと再び、長い縁側を歩き出す。きっと、お屋敷の皆の服が沢山収納されている部屋に向かうんだろう。
「はい」
すぐに俺も蓬さんの後に付いていく。一旦意識すると不思議なもので、じめっと濡れた着物が貼りつく様な、微妙な感覚が襲ってきた。……うん、確かに、早く着替えたいかも……。
俺の後ろでは、ちよさんが歩いている。ちよさんの足音は雨音に溶け込むほど静かだった。
「「……」」
廊下の角を曲がった時に、ちよさんとぱちっと目が合う。
すると一瞬、ちよさんが、ほころんでくれて……。
じめっとした着物なんて忘れてしまう様な、ふわっとして優しい気持ちに包まれる。




