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第十七話 みんなで晩ごはん! 上

 縁側沿いに有る畳敷きのお茶の間の中央には、長方形の大きなちゃぶ台が有って、いわゆる『お誕生日席』には御珠(みたま)様が座っていた。


「お手伝いご苦労であったぞ、景」

「疲れました……」


 蓬さんに背負われてきた俺は、率直に答えた。空腹も、体力も限界に近づいている。


「………」 


 御珠様からみて左斜め前に腰を下ろしている人に、俺はちらっと意識を向ける。

 いつもの笠と軽い鎧を脱いでいたから、一瞬分からなかった。

 ……十徹さんだ。

 長い前髪の間から覗くきりりとした目つきに、先の尖った二本の立派な黒い角。今まで笠の影で隠れていた十徹さんは、真っ黒で長めの髪の、涼しげな顔立ちをした、かなりの美形だった。

 凛々しくてかっこいい。素直に思う。

 いつも笠を被っているのが勿体ない位に……。


「景の席はここなのです!」


 どこに座ればいいのやらと迷っていると、白狐の灯詠(ひよみ)が十徹さんの隣の座布団をぽんぽんと叩く。


「おお、ありがとな」

「ありがたく思うのです!」


 えっへん、とふんぞり返る灯詠。非常に生き生きとしている。

 言われた通りに腰を下ろすと、右隣に座っている十徹さんが、


「……お疲れ様」


 と、こっちを見て、低い声でぽつりと呟いた。


「あ、ありがとうございます」


 十徹さん、見た目は少し怖いけれど、決して悪い人では無さそうだ。


「今日のご飯は何でしょうか?」

「楽しみ」


 俺の左隣には灯詠が、灯詠の正面には都季(とき)がそれぞれ座る。


「お待たせ~」

「お待たせしました」


 そして、蓬さんが再び茶の間に戻ってきた。その手に持ったお盆には、沢山のお皿が乗っていた。その後ろには、同じく料理を両手に持ったちよさんがいた。


「今日は御馳走だよ!」


 二人がちゃぶ台の上に、大皿に盛られたおかずを並べていく。里芋の煮物に、色々な天ぷらに、ほうれん草の煮びたしに……どれも湯気が立っていて、とってもおいしそうだ。

 一人一人の前にはそれぞれ、炊き込みご飯と、お刺身と、ハマグリのお吸いものが置かれる。

 いくらと鮭の入った炊き込みご飯の綺麗な色が、更に食欲をそそる。

 空腹が、我慢できなくなりそうだ……!


「ふう」


 エプロンを外した蓬さんが十徹さんの向かいに座り、ちよさんが蓬さんの右隣に座る。

 つまり、俺の正面の席にちよさんは座った。……少しだけ、緊張してしまう。


「それでは、ご飯にしようかの」


 御珠様が声を掛ける。御珠様、十徹さん、蓬さん、ちよさん、都季、灯詠、そして俺。どうやらこの七人が、今この屋敷にいる全員らしい。


「――と、その前に」


 不意に御珠様が言葉を切って、俺の方を向いた。


「景、改めて自己紹介をよろしく」


 自己紹介。その単語を聞いて、一気に鼓動が加速する。今まであまり得意じゃなかったからこそ、余計に……。


「は、はい」


 周りに聞こえるんじゃないか、と心配になるぐらいの心臓の音を感じながら、立ち上がる。

 周囲の目線が集まっていて、緊張のあまり、視界がぼやけてしまう。

 落ち着いて、落ち着いて。


「こ、今度からこのお屋敷で働くことになりました、人間の浅野景、と申します」


 大丈夫、噛んだりとかして無いはずだ。このままのペースでいこう。


「年は17才で、趣味は……読書です」


 読書と言っても、本当は漫画とかばっかりだったんだけど……まあ良いか。それにこの世界に漫画が存在するかも、まだ分からないし。

 さてと、他に、自己紹介の鉄板と言えば、頭の中に浮かぶ、ある項目。

 いやでも、これは絶対に避けといた方が良いな……なんて考えていた矢先、突如投げかけられる子狐達からの質問。


「どうしてこっちの世界に来たのです?」

「気になる」


 それは、今まさに俺が回避しようとしていた類の物だった。途端に思考がショートする。

 思い返してみれば御珠様は、どうして俺がこの世界に来たのかを、他の人たちに伝えていなかった。

 いや、来たというか、御珠様に連れて来られたんだけど、その理由はちょっと、いや、かなり他の人には言えない類の物というか……。


「こらこら、景君を困らせないの」


 だけど、たしなめる蓬さん自身も、爛々と目を輝かせてしっぽを振っている。よく見ればちよさんも、興味津々といった様子で、じいっとこっちを見つめていて。

 御珠様が代わりに説明してくれたりとかは? 咄嗟に目線を送って助けを求めるけれど、御珠様はお誕生日席で死角なのを良いいことに、ただにやにやしているだけで。

 これは、何とか上手くぼかして、誤魔化すしかないみたいだ……。


「えっと、元々は人間の世界の、日本という国に有る、東京という場所に住んでいたんですけど……」


 あんまり悩んでいても不審なので、とにかく話し始めることにする。


「日本、か。きっと、遠い所なんだろうね」


 頷いていてくれている蓬さんの様子から察する。やっぱり、ここは日本に似ているけれど、本当に違う場所らしい。


「昨日の学校の帰り道に、街を歩いている途中で」 


 いやいやいや、マズいって。これじゃあ事実そのまんまじゃないか。このまま進めていくと、御珠様が俺を連れてきた理由を上手くぼかすことが出来なくなってしまう。

 軌道修正、どうにか軌道修正をしなければ。


「道端に生えていた大きな木の根元に、ぽっかりと穴が開いているのを見つけまして」


 木の根元に穴って、どう考えても不思議の国のアリスだ。我ながら酷い嘘だけれど、もう引き返すわけにはいかない。


「試しに覗きこんでいたら、バランスを崩して穴の中に落っこちてしまって……」

「あはは! 間抜けなのです!」

「不注意」


 灯詠がお腹を抱えて、俺を指さして笑う。都季も口元を抑えて噴き出している。

 まあ良い。どうせ嘘なんだから……。


「それでその穴は、こっちの世界に繋がっていたらしく……、偶然にも、この街に辿り着いたというわけです」

「そんな不思議な穴があるなんて……。それで?」


 納得してくれた様に相槌を打ってくれる蓬さんに罪悪感を感じながら、話を続ける。


「それで、街中で人に囲まれて困っていたところを、ちよさんが助けてくれたんです」


 ここだけは嘘を吐くつもりはない。ちよさんは俺の命の恩人なのだから。

 おお、と皆が感心したようにちよさんを見る。


「ちよ、偉いのです!」

「凄く立派」


灯詠と都季が偉そうな態度で褒め、


「中々できることじゃないよ」


よくやった! と蓬さんも感心した様子でちよさんの頭を撫でていた。

 十徹さんも目を閉じて頷いている。


「い、いえ、わたしはそんな……!」


 ちよさんは手を振って慌てている。しっぽもゆらゆらと所在なさげに揺れていて。


「本当に、ありがとうございます」


 もう一回言うと、いよいよもってちよさんはもじもじとして、俯いてしまう。どうやら、照れてしまったみたいだ。


「あ、浅野さん、続きをお願いします……!」


 小さな声でちよさんに続きを促される。


「は、はい。それでちよさんにこの屋敷に連れてきて貰いまして、それで」


 申し訳なくなり、再び話し始めるけれど、その先が思い浮かばない。どうしても御珠様と二人きりになった後のやりとりが頭から離れなくなってしまう。

 早く、何か言わなきゃいけないのに……!


「調べてみたところ、景がこっちにやって来た理由には、わらわ達が何か関わっているらしいということが分かってのう。詳しい原因はまだ不明だが」


 戸惑う俺に、助け舟を出してくれたのは御珠様だった。それまでは、非常に楽しそうに成り行きを見守っていただけなのに……。


「とにかく行く場所がないならここで働くが良いと、わらわが提案したのだよ」

「そう、その通りです」


 だけど、有り難いことには変わりはないので、すぐさま俺もその話に乗っかる。

 『詳しい原因はまだ不明』かなりの嘘をついた後でも、全くその気配を感じさせず、平然とした態度を貫く御珠様。事情を何も知らない人だと、普通に騙されてしまうだろう。

 改めて、恐ろしい人だ……。


「そういう訳でこれからここでお世話になる事になりました。来たばかりで、至らない事も多いと思いますが」


 とにかく、ピンチを逃れられたことだけは確かだ。後の言葉はつっかえることなくすらすらと出てくる。


「どうかよろしくお願いします」


 礼をすると、パチパチパチ、と勢いよく拍手が浴びせられる。


「よろしく!」「せいぜい頑張るのです!」「馬車馬の如く」「期待しておるぞ」「……よろしく」「よ、よろしくお願いします」


 あれ、何だか、胸が、一杯になってくる……? 

 こういうのを今まであんまり、経験したことがないからか? 

 とにかく、決して悪くはない、不思議な気分だった。

 再び俺は座布団の上に座り、ようやく肩の荷が下りた思いがする。


「うむ。いい自己紹介だったな。それでは改めて」


 御珠様がこほんと咳ばらいをして、両手を合わせた。それに倣って、皆一斉に手を合わせる。

 ようやく、待ちに待った、ご飯の時間だ!


「いただきます」

「「「いただきます」」」


 元気な挨拶がお茶の間に響き渡った。

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