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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
9/52

夏季長期休暇

季節は過ぎて……銀色の太陽が燦々と輝き、大地は凄まじい熱気に包まれる季節……そう、夏。



拓也たちの通う学園では、いよいよ明日から夏休みに入るところだ。


しかしその前には恒例のイベントがあるわけで…




「ミシェルウウウウウウウウウ!!」



銀髪の美少女、ミシェルに飛びつく赤髪のこれまた美少女。


夏だというのにこの元気はどこから来るのだろうか?


コイツのエネルギー源は太陽光なのでは?と思う今日この頃である。




「なんですかいきなり」



「勉強教えてええええええ」



「暑苦しいのでとりあえず離れてください!!」




そう、この季節のビッグイベントといえばこれ、中間テストである。



恐らく相当点数が悪かったのだろう。


ミシェルに縋りながら泣きじゃくるジェシカ。


ミシェルはそれを鬱陶しそうにし、離そうともがく。が、それは先程に増して気だるさを加速させている。




「ええですな~ええですな~。百合の花とは非常に美しいですな~」



それをかぶりつくように見ている拓也。彼の脳内フォルダは色々な意味でやばいことになっていることを彼以外は知ることも無いだろう。



夏になり、制服も変わったことで男女共に露出が増えた。


そう、この学園は楽園と化したのである。



だがその台詞を理解できずに首を傾げた隣のイケメン



「何を言っているんだい?この教室には百合なんて飾ってないよ?」



「君にはまだ早い。段階を踏んでここまで来なさい」



鼻で笑い、アルスの肩に手を置きそう言う。



というか俺の領域に踏み込んだらアルスのキャラが完全に崩壊するからこいつにはあまり刺激的なことはしないようにしよう…。





「まぁいいや、それで拓也はどうだったのさ、試験の結果は」



よく分からなかったため、話題を変えるアルス。



「ふ…まだ見てないのさ!」



妙に気取った顔でそう言った拓也。現実逃避も程ほどにして欲しい。



「見なかったところで結果は変わらないよ?」



「中々いい所突いてくるじゃないの…」



的確な指摘に言葉が詰まる。



そんなこと言われ無くても分かってんだよ!!



「はぁ…よし、覚悟はできた。いくぜ!」



配布されてから中身を見ずに半折りにしていた紙を広げる。


閉じていた目を開け、結果を見るとそこには予想外な記入がされていた。



「学年…………4位だと?…………………」



「凄いじゃないか拓也」



バカな…これは夢か?この俺が学年4位?ありえない…でもこれは事実なんだよな…



「まぁ俺にかかればこの程度よ」



さっきまでの心境は何処へ?と聞きたくなるようなことを言っている拓也だが、それも無理ないだろう。


だって学年4位だぜ?350人近くいる1年の中で5本指に入ってるんだぜ?



「アルスよ、俺は貴様を超えた!」



「え?僕は2位だけど」



「ダウト!」



「いや本当だって」



そう言い、目の前に突きつけられた紙には確かに学年2位と書かれていた。



今更だけどコイツってやっぱり優秀なのね。なおさら変態にするわけには行かなくなった。


アルスにいらんこと吹き込みなんかしてばれたらクランバニア家に消されかねんからな……




「拓也さん、テストの結果はどうでした?」



「…何それ新しいファッション?」



こちらに歩きながら声を掛けてきたミシェルだったが、腰にはなにやら赤髪のコアラのようなものを巻きつけている。


このクソ熱いのによくやるぜ…



まぁお洒落は我慢といいますしね!!




「拓也もどうせ私と似たようなもんでしょぉぉぉ!?一緒に勉強教えてもらおうよぉぉぉぉ!!」



突然喋りだすコアラのようなもの。



「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」



大げさにその場から飛びのくと隣のアルスにしがみつく。


ホモとかではない。断じて。



「それはそうと拓也さんのテストの結果はどうだったんですか?」



「聞いて驚け、なんと学年4位だ」



それを聞き、ジェシカが急に膝を折る。


あまりの落ち込みように声すら掛けたくない程だ。


握り締めた拳を地面に叩きつけては震わせを繰り返している。



「なに…なんなの?なんで私の周りって勉強できる奴しか居ないの?…………あれか?神か?神の仕業か?」




駄目だこいつ…なんかブツブツ言ってる…



騒がしい周囲の人間にはまったく聞こえていないだろうという声量でなにやら呪文のようなよくわからないことを言っているジェシカ。


その表情は、さながら呪詛を行う人間に近しいものを感じる



「……………私は…」



手を地面に叩きつける動きを止め、架空を睨みながら歯をギリッと食いしばり、ゆらりと立ち上がる。



「私は神を殺すッ!」



うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!??


じーさん超逃げてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!



「はぁ…分かりましたよ。勉強を教えれば良いんですね?」



「待ってました!」



「まったく、もう…」




あまりに酷い有様にいたたまれなくなったのか、大天使ミシェルが救いの手を差し伸べる。


やったねミシェル!闇堕ちしかけた人間を一人救ったよ!








「じゃあ今から私の家ね!」



「はぁ~…」



はしゃぐジェシカを尻目に、頭を抱えるミシェル。


さっきの言動から察するに、どうやら今回に限ったことではなく毎度のことのようだ。…心中お察しします。



「そうだ!アルスも一緒にどう?」



俺と一緒に完全に蚊帳の外だったアルスに声が掛かる。


五分咲きの笑顔から七分咲きの笑顔へ表情を変えると、



「折角だけど、僕は今日家のほうで用事があるんだ。だから今日は行けない、誘ってくれてありがとう」



そう完璧な断り方をしたアルスには既に学生の風貌は無く、ただの紳士に成り果てていた。


英才教育って時に恐ろしいよね…



さてと…ジェシカの事だ、アルスに声を掛けたって事は次の標的は恐らく…



「………ぐへぇッ!!」



次の標的になることを察した為、無言で立ち去ろうと鞄を持ち踵を返し歩き始めたと同時に、襟首が何者かによって引っ張られる。否、その人物は明白だ。



「どこいくの?もちろん来るよね?」



「…もちろんさぁ!」



NOと言える勇気は大切だよ!!



「よし!じゃあ早速行くよ!」



「待ってください。一度家に帰ってから準備して出直します。それでも十分時間はあるでしょう?」



そういうミシェルは正しい。なぜなら教師陣の『教科書類が机、またはロッカーに入れたままの場合全て廃棄します』という脅しにより教材はほとんど家に置いてある状態だ。


もちろんジェシカの家にもあると思うが、こいつがノートなんて真面目に取っているわけがないだろう。

それを考え、ミシェルは一度家に帰ると言っているんだろうな。



「う~む…分かった、そうしよう!じゃあまた後でね!」


そう言い残すと、鞄を抱え足早に走り去っていってしまう。


馬鹿はフットワークが軽いのは世界を超えても共通なのだな…。



「じゃあなアルスよ!」



「あぁ、またね」



絶えず笑顔の青年を送り出し、ミシェルへ向きなおす



「さて、俺達も帰るか」



「早く帰りましょう。汗を掻いたのでシャワーを浴びたいです」



「なるほど、ご一緒しても?」



「私が良いと言うと思ってるのなら腕のいい医者を紹介しますよ?頭の」




「これは手厳しい…」



「当たり前じゃないですか、さぁ帰りますよ」



うん、最近ミシェルのつっこみのレベルが上がってきたのは気のせいではなかったようだ。


あまりに露骨な下ネタだとガン無視されるがそれはそれでまた……



「あぁ、置いていかないで~」



ミシェルに置いて行かれそうになったので慌てて後を追う。


その姿はまるで飼い主の後を追う飼い犬だ。……あながち間違ってないし悪くないな……。



・・・・・



「それでここはこうなる訳です。分かりましたか?」



「なるほど、じゃあここは…………」



下校から数時間後、ジェシカの家にて勉強会。もとい、ジェシカの勉強を見る会。


つれて来られたはいいが、ミシェルが勉強を見ているので特にすることも無い私は、初めての女の子の部屋という環境に興奮しながらボーっとしている。


あぁ、ほのかに甘い香りがする…私は今までこのためだけに生きてきたんだな……



「ほぅ、ここでこの駄目隊長が降伏してこの一帯が制圧されたと…」



「そうです、ちなみに……………」



駄目だ、俺完全にやること無いわ。そもそも俺が来た意味ってなんだろう…。



………なるほど、分かったぜじーさん。俺にパンツを盗めということだな!


そうと決まれば、えっとタンスタンスっと…




「あ、拓也さん。変なことしたら晩御飯抜きですから」



「なに?ミシェルって読心術でも使えるの?というか別にパンツなんて取ろうとしてないんだからね!」



「それで制圧されたその場所を取り戻すためにこの国が大部隊送り込むんです」



「だけど立地条件で勝った敵国に返り討ちに合うんだよね?」



「ちゃんと分かってきてるじゃないですか!そうです、それが……………」




はい、これがミシェルのガン無視スキル。どうです?ちょっと気持ち良いでしょ?


これが大体毎日体験できる俺は勝ち組ですね!!




さて、することも無いし………



相変わらず出る幕も無さそうだし…お昼寝タイムといきましょうかね。



その考えに行き着いたので、壁にもたれ掛かり腕を組み、俯く。


徐々に薄れていく意識の中、延々と聞こえる二人の声で、その勉強風景を思い浮かべながら意識を手放した。






・・・・・



覚醒し始める意識、明るくなっていく視界。


目が覚めたのだと自覚し、大きく伸びをする。



「っあ~~、よく寝たぜ」



「あ~!やっと起きた~!一体家に何しにきたのよ!」



「すまんな、入り込む隙間も無くて寝てた」



ミシェルが勉強道具を片付けているところを見ると、どうやらこれでお開きのようだ。


大きく欠伸をしながら立ち上がり、もう一度伸びをする。



「さて、そろそろ帰るか?」



「何言ってるの?今日は家で晩御飯食べてってもらうに決まってんじゃない!」



「いつ決まったんですか…」



「今!」



頭を押さえるミシェル。流石に俺も頭が痛くなってきた…


ジェシカには天真爛漫という言葉が本当に似合うな。


むしろコイツの為に存在している言葉なのではないかと思うくらいだぜ…



「拓也さん、諦めましょう。こういう人ですから…」



「あ、あぁ……」



諦めたようにそういうミシェルの表情は一見めんどくさそうに見えるが、どこか嬉しそうで楽しそうでもあった。


なんだかんだでジェシカとは仲がいいんだな、一緒に居て楽しそうだし。



「さぁ行くよ~!」



ミシェルの腕を引っ張り、部屋の外に出るジェシカ。


後を追うようにして付いて行く。



階段を降り、ダイニングに出ると、ジェシカと同じ色の赤髪を後ろで束ねた小綺麗なおばさんが台所に向かっていた。


足音に気づいたのか、振り向く。


顔に浮んだ笑顔は太陽のようだ。



「あら、いらっしゃい!ミシェルちゃんと…彼氏?」



「違います!拓也さんとはお友達です!」





若干頬を染めながら叫ぶようにそう言うミシェル。


その様子を見てニヤリと笑う赤髪のおばさん。



「あれ~?別にミシェルちゃんの彼氏とは言ってないんだけどな~??」



その時、俺の中の疑問は確信へと変わった。


このおばさん絶対ジェシカの母親だわ…


この髪色、笑い方、そして何よりミシェルのいじり方…何から何までそっくりだ…


遺伝とは恐ろしい。



「あぅ…そ、そんなつもりじゃ!……………」



プシューと効果音が出そうな勢いで赤面するミシェル。


眼福眼福っと



「お邪魔してます。私は鬼灯拓也、ジェシカさんとミシェルのクラスメイトです」



このまま続けてもらってもいいのだが、そろそろ空気扱いも嫌になってきたので、一歩前に出て手短に自己紹介をする。



「あらあら、そんなに畏まる必要は無いわよ?ジェシカのお友達だそうだし、何よりミシェルちゃんと一緒に住んでる人だそうだしね!」



「な、何でそのことを!?」



「おばちゃんに知らないことはないのだ!」



「お母さん、流石に無理があるよ…」



きゃぴきゃぴした動きでポーズを決めてくれたおばさんだが、ジェシカにつっこまれる。



「もういいです、どうせいつかは知られてたと思いますし…それにおばさんですしね」



なるほど、この人も信用して良い人なのか。



「でもジェシカ、これ以上広げたら……分かってますね?」



「りょ、了解であります!」



ミシェルから溢れ出す覇気に気圧され、綺麗な敬礼を決めるジェシカ。

まるでいつもの自分を見ているようだ。



その空間も、手を叩く音と共に終わりを告げる。



「さぁ、冷めちゃう前に食べるわよ!男の子が居るって聞いて一杯作ったんだから!」



案内されるままに、席に着く。



俺の隣にはミシェルが、向かいにはおばさんとジェシカが居るという状態だ。



そして目の前に置かれた沢山のおいしそうな料理。正直食べきれるかどうか不安になってきた…



「それじゃあ、いただきます!」



「いただきま~す!」


「「いただきます」」



おばさんの挨拶にそれぞれが続き、食事が始まった。






適当におかずを頬張る。



うむ、うまいな…流石は一家の台所を仕切っているだけあるぜ……



「どう?お口に合うかしら?」



おばさんにそう聞かれる。



「おいしいです」



「そう、よかった!」



月並みなことしかいえないが、他に返しようが無いよね。


本人も喜んでることですしまぁ良いでしょう。



「それで~?なんで二人は一緒に住んでるの~?」



「あ!それ私も聞きたい!」



何事も無く食事が進むと思っていたのだが、この発言によりそんな淡い希望は無残にも砕け散った。


隣を向くと、ミシェルも苦い顔をしている。


多分なんとかこの状況を回避しようと案を出そうとしているのだろう。



どうしようかな…もう言い逃れる必要があるのかも分からん。別に知られたところでいいんじゃないかな?……


でも俺がよくても、ジェシカやおばさんが、この世界に神に狙われてる人間が居るって知ったらどう思うか……


当然いい気はしないよな…、よし、まだ隠しておこう。




「俺はミシェルに偶然拾われただけです。帰る場所が無くて居候してます」



「へ~、そうなの……なんか暗い話になっちゃったわね!」



「それもおばさんの一言で台無しになりましたけどね」



「ジェ~シ~カ~!ミシェルちゃんがいじめる~!」



ミシェルの的確なつっこみで傷ついたおばさんは隣のジェシカに抱きつく。


それにしてもこんなに楽しそうなミシェルは久しぶりに見る。

二人っきりのときはそんな顔しないのに!!もう、ぷんぷん!


はい、キモイですねさーせん。


そして私としては話を逸らすことができたので満足です。



でも、まぁいつか話そうかな……。ミシェルがこんなに気を許す相手だし。



そんなことを考えながら、コップを手に取り、中身の飲み物を一口。



その時、拓也は戦慄した。



「ぶどう酒だと…?」




「あれ?お酒は苦手?」



説明しよう!なんとこの国ではお酒は何歳から~とかが一切無いのである!


つまり子供でもお酒が買えるし、飲めてしまうのだ!


なんと恐ろしい、この国はいづれアルコール中毒者で蔓延するのではないかと心配になってくる。



ちなみにこの知識は炎帝に散々飲まされた後に調べて知った



「いや…苦手じゃないんですけど…」



数ヶ月前のパーティーでの出来事がフラッシュバックする。


普通の人間なら余裕で死ぬレベルで炎帝に飲まされて以来、酒は一切口に入れていない。


ので、俺が酒をどのくらい飲めるかなんて分からない。



「でも少しならいけるかな、うん」



片手に持ったコップを傾け、少量を恐る恐る口に含む。



その瞬間、口の中に広がる芳醇な香り、若干の渋みと酸味が後に来る甘みを引き立たせ………



「うまい………」



落ち着いて飲めばかなりおいしいな……


こんなにおいしい物だったとは知らんかった。




「…!本当においしいですね!」



「へぇ~、ミシェルがお酒飲むなんて珍しいね!」



「私だってたまには飲みますよ」



ジェシカに対し、そっぽを向いてそういうミシェル。



会話からしてミシェルは普段お酒は飲まないようだ。


そういえば家で飲んでるのも見たこと無いな。



「まだおかわりはあるからどんどんいっちゃって!」



笑顔でそういうおばさんの手にはぶどう酒の瓶が握られている。


案外こういう人が物凄い酒豪だったりするんだよな、案外。



というかぶどう酒って食事が進むな、食欲増進効果って本当にあるんだ。



出された食事を食べ続ける。最初は食べきれるか不安だったが、今なら全然いけると思えるのが不思議だ。


様々な雑談をしながら、遂に全ての料理を完食した。


酒も入ったことにより、ほろ酔い気味で良い気分である。



片肘を着いて俺達が食べる姿を楽しそうに見ていたおばさんは、かなりの量の酒を飲んだのにも関わらず、顔色に変化は無い。


やはり酒豪だったか…。この人なら炎帝と飲み比べできそうだ。



「ふふ、やっぱり若い男の子は食べっぷりが違うわね~。一杯作ってよかった!」



「ご馳走様です。料理上手ですね、全部おいしかったです」



グラスを揺らしながらニコニコしているおばさんにそう返し、笑みを作る。


あ~、おなか一杯。流石にもう入らないや。



「さぁ、デザートもあるわよ!」



「食べる食べる!」



嬉しそうに飛び上がるジェシカをよそに、俺は戦慄していた。

まだ食べるのか、と。


目を離した隙に、いつの間にか目の前にケーキが置かれている。


食後のデザートなのだろう。


でもまぁ、甘いものは別腹って言うし…何よりおいしそう……



「いただきます」



結局食べちゃうんですけどね!この時間のスイーツは気をつけたほうが良いよ!!



「ケーキにはブランデーが合うのよ!」



そう言うと、テーブルの下からぶどう酒とはまた違う瓶を取り出した。



そのテーブルの下は四次元ポケットなの?何でそんなにお酒が出てくるの?



そんな俺の疑問など無視して、グラスに注ぎ分け、飲むように促す。



特に断る理由も無いので一口、…



「うぉ、度数キツイですね…40%くらいですか?」



確かブランデーはりんごやさくらんぼで作るものもあるが、主にワインの蒸留酒だったはず。


そして蒸留酒なので必然的にアルコール度数は上がる。ぶどう酒…もといワインの度数は10%くらいだったはずだから…


先程のぶどう酒とは比べ物にならないほど刺激が強い…大量に飲むと喉が焼けそうだ。



「んふふ~、ご明察!多分そのくらいだと思うわよ!」



「うぇ~、舌がピリピリする~」



にこやかなおばさんの隣で舌を出し、手で仰いでいるジェシカ。


だが、ちびちび飲めば飲める。しかも結構おいしい。



そしておばさんの言ったとおり、ケーキに合う。









………駄目だ、俺将来駄目人間になるかも…







「ねぇ拓也!となりとなり!」



何故かニヤニヤしているジェシカが、俺の隣を指差しながらそういう。


何事かと思い、そちらへ向くと……



「寝ていらっしゃる……」



ミシェルが机に突っ伏しながら熟睡していた。


手にはブランデーが注がれたままのグラスが握られている。



「そういえばミシェルちゃんお酒弱かったわねぇ~」



娘と同じようにニヤニヤしながらそう言うおばさん。


同じ笑い方で並ばれると面白いからやめて欲しい。



だがそれも一瞬の間、おばさんの顔は昔を懐かしむような表情に変わり、ひとりでに語り始めた。



「拓也君…ミシェルちゃんね、実は捨て子なの…」



?結構前にミシェルからは小さい時に死んだって聞いたんだけどな…


まぁ隠したいことの一つや二つ誰にだってあるはずだよな………


…それなら俺がやることは決まっている。



「おばさん、俺を信用して話そうとしてくれるのは嬉しいですけど、その話はミシェルが俺のことを信頼して話してくれるまで俺は待ちます。ミシェルだって知られたくないことだってあるでしょうし」



俺の言葉に驚いた表情をしたおばさん。だがその表情もすぐににこやかな笑みに変わる。



「それもそうね、今言いかけたことは忘れちゃって!」



「そうしときます」



笑い返し、グラスに入ったブランデーを口に含む。



…まだ慣れんな、この味は…



「う~ん…」



と、その時ミシェルが目を覚ます。


まだ酒は抜けていないようだ、上気した顔からは、気だるそうな雰囲気が感じられ、いつものミシェルとはまた違い、なんというか…




興奮しちゃうのはしょうがないと思うんだ!!



「お子ちゃまには酒はまだ早かったようだな~」



ウザイ笑顔を作り、おちょくるようにミシェルにそう言う。



寝起きにこの表情でこんなことを言われたら普通に腹立つよね


俺だったらとりあえず上空3000mまで瞬間移動させると思う。

まぁセラフィムに限るけど…



いつものミシェルならここで素晴らしいスルーをしてくれるだろう。


だが、今は『いつもの』ミシェルではなかった。



「誰がお子ちゃまでしゅって?」



「「「……………え?」」」





あまりの出来事に、その場に居た俺を含む三人ともまったく同じ反応をしてしまう。



「拓也しゃんのほうがお子ちゃまだと思いましゅ!いつもパンチュばっかり探してるじゃないでしゅか!!」



なるほど、ミシェルは酔うとこうなるのか……かわいいなチクショウ!!



「いや…それは紳士の嗜みであってだな………というか二人ともそんな目で見るな!!たまにしかやってないから!!」



「たまにでも……ねぇ、ジェシカさん…」



「ねぇ……」



駄目だ、この二人どんどん口角が上がっていってる…俺達で遊ぶつもりだ…


ここはとっとと逃げるに越したことは無いぜ!



「すみません、もう遅いんでこれで失礼します。おいしい晩御飯をご馳走様でした」



「ほらほら~そんなこと言わずに~ねぇ…」



「ねぇ……」



あかん、このままじゃあかん!このままじゃ逃げられなくなる!!


だってもう二人が酒を更に用意し始めてるんだもん!!



こうなったら実力行使だ!



「ミシェル!立て!帰るぞ!!」



肩を両手で掴み、軽く揺らす。


その行動を満面のニヤケ顔で見つめる二人。



「きゃ~!拓也君ったらだ~い~た~ん~!」



「ぐッ……ミシェル…お願い……」



おばさんの煽りを歯を食いしばって耐え、ミシェルをゆすり続ける。



そしてようやくミシェルから反応があった。



「…じゃあ」


「じゃあ?」



少し俯き、消え入りそうな声でポツリと言葉を漏らすようにそう言ったミシェル。



そして何かを決心したかのように俺の目を見つめると、先程とは違い、叫ぶように次の言葉を発した。



「じゃあおんぶ!」



「なん…だと…?」



恐る恐る二人のほうを向くと、案の定最高ににやけている。


にやけすぎて口が三日月みたいになってやがる…何この空間…早く帰りたい…………。





「あらあらあらあら~!聞きました?ジェシカさん?」



「もちろんですとも!」



しょうがない、俺の交渉術を発揮する時が遂に来たようだな!!


天界でこんな事も修行しといてよかったぜ!ありがとよ!じっちゃん!!



「お姫様抱っこじゃ駄目?」



「だめ!」



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」



頭を抱え膝を折り天を仰ぐ。



どうする?どうする俺…ここでミシェルの要求を断ればこの二人に散々弄られるだろう。


それはだけは絶対に避けたい。


だとすると残された選択肢は一つ……



「ほら…乗るがいい」



「やった~♪」



やっぱり諦めって大切だと思うの…



勢いよく拓也の背中へ飛び移るミシェル。その姿に普段の面影はまったく無かった。



「ック…クフフッ!お母さんカメラ!」



「流石私の娘!考えることは同じのようね!」



そう言うおばさんの手には既にカメラが握られていた。



「おじゃましました!!」



フラッシュを背中に浴びながら、逃げるように玄関から外へ飛び出す。



家の中とは違い、夏であってもやはり夜は少し冷える。


だが、辱めを受けてかなり温まっていた拓也の体にはそのくらいが丁度よかった。


アルコールが入っているせいか、ミシェルの体も心なしか火照っているように感じる。




それにしても落ち着いてくると…


この背中にあたる柔らかな双丘は俺には刺激が強すぎる。それに女の子特有の甘い匂いがして……



クソ!静まれ我が愚息よ!!



「拓也しゃんの背中あったか~い」



ミシェルの抱きしめが強くなる。


あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛俺の理性があ゛あ゛!!




「3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679…」



極限状態に追い込まれた俺の脳は、円周率を自分で計算し始めるまでに覚醒し始めていた。


駄目だ、早く何とかしないと俺の脳がオーバーヒートしてしまう!



「それにいい匂~い………」



スンスンと背後で匂いをかぐ音が聞こえる。



拓也は息絶えた。





やたらと俺の後頭部辺りに頬ををスリスリしてくるミシェル。


甘くいい匂いに、呂律が回っていない喋り方。そしてこの普段とのギャップ。


もしこの状況に耐えられる奴がいるのなら間違いない。そいつはホモだ。




俺?耐えれるわけ無いだろうがッ!!


現在進行形で愚息がスカイツリーするのを押さえ込んだんだよ!


え?そんなにでかく無いだろ、って?


やかましいわ!!



「ん~…………………」



小さく呻くと、先程まで背中の上ではしゃいでいたのが嘘のように静かになり、全体重を俺に委ねるようにもたれ掛かっくる。


そしてしばらくすると、背中で規則正しい寝息が聞こえてきた。



「…寝たのか……」



まるで嵐のようだった…


ともかくこれでやっと落ち着ける…これ以上何かされてたら愚息が暴発するところだったぜ…危ねぇ…



そのまま落ち着いた足取りで、家へ向かう。


だが、まだ問題が無くなったわけではなかった。


全体重を背中に預けているため、当たっているモノの感触が更に………



あー、鼻の中から鉄の香りがする…



果たして拓也は無事に家までたどり着くことができるのだろうか?




一方、ミシェルと拓也を見送った後のミルシー家…



「お母さん、ミシェルって今までに酔ったことはあったけどあんな風になったことってあったっけ?」



「私の記憶が正しければ無かったはずだわ…」



そこで一旦会話が止まる、だがそれも一瞬、



「「これは…」」



流石親子というべきだろうか、同じタイミングで喋り始め、またもや同じタイミングで満面のニヤケ顔に変わる。



「「面白いことになりそうねぇ!」」



知らぬ間にミルシー親子のターゲットにされたことを、拓也とミシェルは知る由も無かった。




「ハァ…ハァ……、やっと着いた…」



別に興奮してハァハァ言ってるわけではない。まぁ興奮していないのかと聞かれればそれはNOだけどな。


とにかく今は精神をすり減らしてここまで来たことに対しての精神的疲労を感じているだけです。本当だよ?



靴を脱ぎ、階段を上り始める。


ミシェルを背負っているせいか、その足取りはいつもより重い。



二階に上がり、ある部屋の前で立ち止まる。



そう、ミシェルの部屋だ。



「…今回はしょうがないよな、ソファで寝かせるわけにもいかないし…うん」




一人でボソボソミシェルの部屋に入る口実を行っている拓也。


話を聞いている人間など周りには居ないのに一体誰に言い訳をしているのだろう。



ドアノブを捻り、一歩踏み出す。


まず、部屋の匂いが嗅覚を刺激する。女の子独特の甘い匂いというやつだ。


危うく元気になりそうな息子をなんとか押さえつけ、更に踏み出す。


魔力灯のスイッチを押し、部屋全体を明るくする。


ちなみに魔力灯とは向こうで言う蛍光灯のようなものだ。簡易な仕組みで大体どの家庭にも普及している。

エネルギー源は溜められた魔力。大体はその手の業者が2~3ヶ月に一回ほど交換しに来る。

何だかんだいって結構便利なものがあるよね。


光で満たされ、部屋全体がよく見える。


始めて入るミシェルの部屋は、整理整頓がきちんと行き届いており、まるで執務室のようだ。

それでいて、ふとした所にぬいぐるみなどが置いてあり、女の子らしさもある。



しばらく見渡した後、部屋の隅にあるベッドに向かい足を進める。


ベッドに掛けてある掛け布団を捲り、背中に背負っていたミシェルを、起こさないよう慎重にベッドへ寝かせる。



規則正しく寝息を立て、穏やかに眠っている。


整った顔立ち、長いまつげ、柔らかそうな頬、しっとり潤う唇…



「ゴクリ……」



思わず喉を鳴らしてしまった自分を見事なビンタで落ち着かせる。



いかんいかん、ここで手なんか出したら俺の信用問題に関わる。





自分の欲を抑制し、踵を返し歩き始める…が、



その足は前に進まなかった。


なぜなら…



「ん~………」



ミシェルが上着の裾をちょこんと摘んでいたからだ。


強行突破できないほどの強さではないが、背後からの抵抗を感じた拓也は一旦歩みを止め、振り返る。



どうやら起きてしまったようだ。寝たままだが、片方の手で俺の上着を、もう片方の手で眠たそうな目を擦っている。



「どうした?喉でも渇いたか?」



「………」



気を利かせた拓也が話しかけるが、返事は無い。


代わりに視線を送ってくるだけだ。



「?まぁゆっくり寝ろ、お休み」



ただ寝ぼけているのだろう。そう思った拓也は部屋の出口のほうへ向きなおし、再び歩き始める。



…が、またもやその足が前に出ることは無かった。



「え?……え?どうしたんだ?何か言ってくれないとわかんないぞ」



「………」



言わずもがなミシェルは視線を送ってくるだけで何も言おうとはしない。


もう何がしたいのかわっかんねぇや!



仕方が無いので一度ミシェルの傍に寄り、しゃがむ。



「どうした?何か欲しいものとかあるのか?」



ミシェルの目線に合わせてそう言った拓也の表情は、小さい子供をあやす人のそれに似ている。



「ん~」



そこまでしたのに目線をそらされる拓也、非常に可哀想だ。


だがそれも少しの間、次の言葉を発する時には拓也の目をしっかりと見据えていた。



「一緒に寝るの~!」



「…………………は?」



おぉ、なんということでしょう。


ミシェルの口から発せられた言葉は、瞬時に拓也の思考をショートさせる。


現在、拓也の頭の中はパニック状態だ。



「ちょ、ちょ、ちょっとそれは………」



「なんで~?」



ひたすらに動揺する拓也に対して、無邪気にそう聞き返すミシェル。


拓也にとって、いつもの調子が狂ってしまうほどに今のミシェルは異常だった。



「流石にそれはまずいかと…」



「拓也しゃんは私のこと嫌いでしゅか?」



「そ、そんなことは無い…けど…」




まずい…このまま断れないと非常にまずい……。


何とかして断らないと俺は今日眠れないだろう。それどころか明日朝起きたミシェルに殺されかねない。


何とか起死回生の一発は無いものだろうか…




何とか言い訳を考えようと必死に思考をめぐらせるが、


ミシェルのとろんとした視線によりうまく集中できない。


だって仕方ないよね!男の子だもん!



「ま、また今度ってことで…どう?」



見るからにムスッとするミシェル、その表情と赤く染まった頬は拓也の平常心を奪い去るには十分なものだった。



「もういいでしゅ!ば~か!」



まるで子供のような言動に、思わず笑いかける拓也だったが、そんなことをしてはまたミシェルの機嫌を悪くしかねないのでグッと堪える。


拗ねたように拓也に背を向け、毛布に包まるミシェル。


そしてあっという間にまた規則正しい寝息が聞こえてきた。



「起きたり寝たり忙しい奴だな…」



まぁなんとか最悪は回避できたし良しとするか…



安堵のため息をつき、部屋の入り口まで戻る。



「おやすみ」



そう言い残し、魔力灯を消しドアを閉める。


ドアの前で大きく伸びをし、気だるげに階段を降り、リビングのソファに深く腰掛けた。



あぁ疲れた……主に精神的に疲れた…。


息子が元気になりかけたのが何回かあったし危うく一緒に寝させられるところだった…


ミシェルがああなったのは間違いなく酒が入っているからだろう。そんなんで酒が抜けた翌朝隣に俺が寝てたら間違いなく殺されるわな…


考えただけでも恐ろしい…



そういえば今日から夏休み入るんだったな、


よし、とっととシャワー浴びて寝るかね…




そう考えた拓也は夏休みという休日を謳歌するための英気を養う為に、寝る準備に入るのであった。



・・・・・


翌朝、台所でせっせと働く一人の人影があった。


言わずもがな拓也君である。


最早拓也の仕事となっている朝食の準備の最中、本人も別にいやいややっている訳ではない、そこそこ楽しんでいるのだから苦痛ではないのだ。



「あぁ…和食が食べたい……」



卵を混ぜる手は止めずにポツリとそう洩らす。


拓也は向こうの世界で日本に住んでいた。そうなれば必然的に主食は米、


だがこちらの世界ではどうだろう。未だに米を見たことが無い。


…もしかしたらこの世界に米は存在していないのでは…?



「……そんなことは無いはずだ!」



そうだ、冷静に考えれば今焼いているパンの材料だって小麦だよな。


普段食べている肉も牛とか豚だし、


恐らく存在はしているが、この国ではあまりポピュラーなものではないから普段見かけないだけだろう。


……また今度調べとこ。




「さってと、ミシェル今日は遅いな…何時もならとっくに起きてきてるのに…」



多分昨日の酒のせいで眠気が残ってるんだろうな。


完成した料理を皿に盛り付けながらそう言った矢先、事件は起きた。




「うわあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」



「ッ!?」



ミシェルの叫び声!?何かあったかッ!?



家中にこだまするミシェルの叫び声に、ただ事ではないと感じた拓也は調理器具を放り出し、階段を駆け上がるとミシェルの部屋のドアをノックもせずに蹴り開ける。



「どうしたッ!?」



部屋に入ってまず確認できたのはミシェルが無事だということ、何事も無くてよかった…


だがすぐにいつものミシェルではないことに気づく。


ベッドの上で壁にもたれ掛かり、毛布をぎゅっと抱きしめている。


よく見ると耳は茹蛸のように真っ赤で、毛布に顔を埋めているせいで表情は分からない。



「た、た、た……………拓也さん………?」


ドアが荒く開く音に気がついたのか、毛布から目だけを出しこちらを見つめているミシェル。


毛布が少しずれたことで少し見えた顔色は、耳同様真っ赤だった。



この家に常時いるのは俺とミシェルだけなのに何故疑問符なのだろうか?


そしてここで俺は完全に察した。



「ミシェル………記憶に残るタイプか…」



「いやぁ…」



「ま、まぁ人間誰にだって過ちはあるさ!な?一緒にご飯でもtぶへ」



真っ赤になり俯きながらプルプルしているミシェルがいたたまれなくなった拓也が、近づき、手を伸ばす。


しかし予想に反して真っ暗になる視界。返って来たのは枕だった。


ミシェルが普段使っている枕、それが顔に直撃したのだ。


もちろん投げたのはミシェル。


一般人なら枕を顔にぶつけられたらイライラするはずなのだが、いかんせん拓也はその一般人に属してはいないようで……




「あぁ、いい匂いだ………」



気持ち悪い。もうほんとこの一言に尽きる。


心の中に留めておけば良いものを、わざわざ口に出す拓也。


そのせいでミシェルの顔は大丈夫か?と思うほどに真っ赤になり体の揺れが更に小刻みに、そして激しくなっていく。


この状況で悪いほうへ加速させてどうするんだ。



あ、いっけね…うっかり口にしちゃったんだぜ!



どうやら無意識のうちに口に出ていたようだ。変態もここまで拗らせるとめんどくさいものである。



「いやああああああああああ!!もう出ていってください!!」



「ちょッまて!それはまずいって!」



俺に手をかざすミシェル。その手から感じる風の魔力。術式は簡易なもので魔方陣は使わずにスピードを優先しているようだ。これ以上の魔法の構造はもう少し時間がないと…


ってそんなことしてる場合じゃないから!!このまま何もしなかったらいくら簡易な魔法でも家が飛びかねん!



魔法の発動を止めるのは!?駄目だ間に合わん、こうなったら少しでも家の魔力補強を…


瞬時に辺りに魔力を放出し、床、壁、天井を薄い魔力の膜でコーティングしていく。


その魔力操作の腕は既に人間のレベルを超越しているのだが、使う状況がなんともくだらないということには目を瞑っていただきたい





次の瞬間、体にかかる風圧。


全てに身を委ね、風に乗り飛ばされた拓也は、ミシェルの部屋の前まで飛ばされ、壁に頭を強打してやっとその動きが止まる。



打った頭を摩りながら視線を上げるが、既に部屋のドアは締め切られてしまっていた。



「ありゃりゃ、閉じこもっちゃった……」



まぁ呼び掛けても出てくるわけないし、…しばらくそっとしておいてやるのが得策だな…。



さて、飯食ってからは何をしようかな…




…………そういえば最近ギルドに顔出してないからちょっと行ってみるか、ともかく腹減ったし朝飯だな…




・・・・・



「というk…………」



言い切る前に拓也の顔を水が覆う。



この魔法は【ウォーターロック】、そしてこの魔法を使用した人物は…



……相変わらず良いキレだな、まったく…………


久々に来たらこの仕打ち…興奮しちゃうぜ!



「あらいらっしゃい、今日は何の用?」



受付に座っている茶髪の幼女。こんなんでも俺より年上なんだから驚きだ。



ちなみに、幼女、少女、ロリ、合法ロリ、まな板、無い乳etc…は禁句となっておりますので、発言する場合は自己責任でお願い致します。



「何か言わないと分からないじゃない」



いや、それは顔にあんたの魔法がかかってるから喋れないんですが…


いい加減解けや!この腐れ幼女め……



そんな失礼なことを思った瞬間、脳天に雷が直撃した。


痛い!何アイツ!?あいつもミシェルみたいに読心術でも使えんの!?


俺は……俺はそんな幼女大嫌いだ!



今度は、ただの水がお湯に変わる。



あぁ、何これ暖かい…ってちょっと熱くなりすぎじゃないか?


ちょっと!熱い!熱いって!!



暖かいな…とか思っていたのも一瞬。あっという間に釜茹で地獄の中のような温度に変わった…



ごめんなさいごめんなさい!私が悪かったです!もう幼女なんて言いません!!



心の中でひたすら謝り続ける、一体俺は誰に向かって謝っているのだろうか……いやまぁリリーになんだけどね…。



すると、顔に掛けられた魔法は無事解かれた。



「おう!サンキューな!幼女!」



再び拓也に掛けられる【ウォーターロック】


何故一度解いてもらえたのに、今度は自ら地雷を踏みにいくのか…謎だ。


しばらく同じようなやり取りを繰り返し、やっと無抵抗(瀕死)になった拓也。



言うなれば先程の一連の動作は二人にとって挨拶のようなものなのだ。そしてここからやっと言語を使った会話が始まる。



「まったく、久々に来てみればこれだよ…やれやれだぜ!」



全身びしょびしょに濡れてしまったので、服の端を掴み絞りながら話しかける。


対するリリーはカウンターに肘を着き、なんともやる気が無さそうだ。


当初の仕事への意欲はどこへ行ってしまったのか…



「それはこっちの台詞よ、大方仕事を貰いに来たんでしょ?ここに居られると目障りだからさっさと行って来てちょうだい」



「お前は何でそんなに毒を吐くかね…」



「こんなことあんただけにしか言わないしやらないわよ」



「ほぉ…それは俺がお前の中で特別な存在ということですね!」



「あながち間違ってないわね。確かにあんたは私の中で特別な存在よ、悪い意味で」



気持ちの悪い笑みを浮かべながら意地悪なことを言う拓也に対して、態度を変えずそう言い返すリリー


わざとらしく泣き崩れる拓也の頭に瓶をこれまたわざとらしく落とすリリー。



流石に瓶は痛いぜ……



「まぁ確かに仕事を貰いに来たんですけどね!ということで仕事をください!!」



「めんどくさいからボードに貼ってあるやつ持って来て~」



そういえば現在は10時くらいか…リリーは朝弱かったっけ、流石幼jっと、俺は同じミスは繰り返さないぜ!


後ろから凄い視線感じるけど!!あ、万年筆が後頭部に刺さった…



依頼書が貼り付けてあるボードに足を進めながら、万年筆を抜き、リリーへ投げ返す。



えっとどれどれ~面白そうなクエストは……………




じっくりとボードを見回す拓也。


そして見つけてしまった。とんでもない依頼書を……






クエスト名『近隣の林近くでの捜査』



詳細『近頃、王国近くの林付近でおかしな事件が多発している。被害者は例外なく男性で、発見されたときには肛門付近を酷く損傷しており、意識もあいまいなのだ。

また、被害者は皆、精神も酷く病んでおり精神科の医者も手を焼いている。

よって我々はその林付近にこの事件の犯人がいると見てほぼ間違いないと考えている。

これ以上被害を出さないためにも捜査をお願いしたい。

無理はしなくて良い、あくまで捜査ということを忘れないでくれ』



難易度Sランク




そしてこの情報と俺の中の記憶の一部が関係しているということに気づいた。



そう、それはこの世界に来たばかりの時……


たしか山賊から逃げている時だっけ…











『ちょっとそこのいい男、やらないか?』








「………間違いない、アイツだ………」



どこの世界にも現れると言われている伝説のいい男。


まさかとは思っていたが、本当に出てくるとは…


どうする俺、このクエストを受けるのか?


…俺だってできるだけ危険なことには首をつっこみたくない……


だからといってこんな危険人物を放置しておいていいのか?


駄目だよな…それにもうこのクエストが気になりすぎて目が離せない…




「フッ……」



自嘲気味に笑うと、ボードからその依頼書を引きちぎり、受付に座っているリリーに渡す。


懐から取り出したギルドカードを同時に手渡し、カウンターに座る。


ただ事ではない俺の雰囲気に気づいたのか、表情を曇らせるリリー


あぁ、いいんだ。これは俺に与えられた使命。絶対に俺が何とかしないといけないものなんだ…


だからそんな顔するなよ…



「これ、あんたのランクじゃ無理よ」



「えぇ…そっちかよ……」



そうでした、偽装カードのほうじゃ俺はAランクでしたね。


今から生死を分けるクエストへ向かう俺の意欲が音を立てて崩れ落ちた。







「じゃあこっちで頼む」



そう言って取り出したのは帝のギルドカード。


黒光りするこのカードはいつ見ても中二心が擽られるぜ…



「はいはい、ちょっと待っててね」



引き出しから判子を取り出すと、依頼書に押す。



「はい、登録完了。いってらっしゃい」



「………うぃっす」




感情のこもってない目で手を振られても反応に困るな…


そんなこと言っていてもしょうがないので、一応返事をしギルドを後にする。



「さて、捜査ってことだし気楽に行こうか…」



とりあえず林の手前まで飛ぶか…


次の瞬間には拓也の姿は既に林の前にあった。



いや~便利だね、空間魔法!


まぁデメリットは確かにあるけどね、



さぁ、仕事頑張るぜ!!



いざ林の中へ足を踏み入れる。


相変わらずこの場所は絶えず鳥の囀りが聞こえ、所々木漏れ日がさし非常に幻想的である。


というかこの場所はもう林じゃなくて森でいいと思うのは俺だけじゃないはずだ。絶対。


だってめっちゃ深いんだもの!奥に行き過ぎると迷いそうだし!




しばらく歩いていると、前から大きなリュックを背負った女性が向かってきた。


もしかしたら何か知っているかもしれない、




「すみません、この辺で不審な人物を見かけませんでした?」



「不振な人物?いえ、見てませんね。何か事件でもあったのですか?」



きょとんとした女性の顔はどこか少しやつれている。



「この林…?で最近男性ばかりが狙われる事件が起きているんです、何か心当たりはと思ったのですが…」



「え!?そんなことが起こってるんですか!大変!あの親切な人ももしかしたら危ないかも………」



「?…あの人とは?」



「……私、道に迷ってこの森で二日程彷徨ってたんです。そこでついさっきその親切な男性が街に出る道を教えてくれたんです」



どうしよう、変な胸騒ぎがする。



「そ、その男の外見的特長を教えてもらってもいいですか?」



「えぇ、顔は……けっこういい男って感じで…」



顎に指を当てて思い出しながら語る女性。



俺の中で作り上げた仮定が今の一言でかなり確信に近づく








そして次の一言でそれは確信に変わった。











「あ、確か青い作業服みたいのを着てました!」



「…」








いい男、青い作業服。恐らくつなぎのことだろう。



間違いない…遂に現れやがったな…



「ありがとうございます、では私はこれで失礼します」



会釈をして、林……もう森でいいや。森の中へ足を進める。



しばらく進むと、今まで入ったことも無い場所へ出た。


回りは草木に囲まれているが、そこだけは木は生えておらず、草も背の低いものばかりでちょっとした広場のようになっていた。



「こんな場所もあるんだな…やっぱり林なんてもんじゃないな、ここは……」



そんなことをブツブツ言いながらその広場のような場所に足を踏み入れようとしたときだった。


前方斜めの木の間から人が飛び出してきた。否、飛ばされてきたというべきか、


地面に打ち付けられながらも受身を取って綺麗に立ち上がる。


俺はその人物の姿を確認したと同時に、本能的に木陰に身を隠す。


そしてその人物を追うように出てきた熊…いや、あれは熊みたいだが魔獣…だな…。



?何か喋っているようだ、ちょっと耳を済ませてみよう……



「いいのか?ホイホイついてきて、俺は魔獣だってかまわないで食っちまう人間なんだぜ?」




この台詞…まさか………



額に嫌な汗を滲ませながら木陰からそーっとその人物の方を覗き、容姿を確認する。



顔は中々のいい男、かなり筋肉質で青いつなぎを肘まで捲っている………


間違いないな…



「ウゴアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




思わず耳を塞ぎたくなるような魔獣の咆哮。涎が飛び散る中で、青つなぎの人物は動じることなく、いい笑顔を作り腕を組む。



「嬉しいこと言ってくれるじゃないの、それじゃあとことん喜ばせてやるからな」



お前は魔獣と会話ができるのかと問いたい。


青つなぎはそう言い終わると同時に、姿が一瞬ぶれまるで瞬間移動したかのように魔獣の背後をとる。



目の前にいた獲物が突如姿を消したことに驚く魔獣。


そして次の瞬間気づくことになるだろう、自分が狙っていた獲物がどれだけ危険な奴だったか……



背後をとった青つなぎは魔獣の腰をガッチリと両の手で掴みホールドすると、腰を勢いよく突き上げた。



「ッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」




心なしか、アッーー!♂とも聞こえなくも無い悲鳴、腰が砕けた拓也。



もうやだ……帰りたい…………







ドサッ!と音を立てて前のめりに倒れる熊の魔獣。


そしてその魔獣が動くことは二度と無かった………。




なんだこれ…ヤバイ、足が言うこときかねぇぇぇ!!!


動け!動けッ!もう犯人の正体は分かった!十分すぎる戦果だろ!?というか一刻も早くこの場所から離脱したいッ!!



言うことを聞かない足を拳で叩くが、目の前で起こった惨劇のせいで完全に固まってしまっている。



必死に足を叩き続ける拓也、だが悪魔はそんなこと待っていてくれない。



「さっきから覗き見してるそこのいい男、やらないか?」



「ッ!!?」



左から聞こえる囁き、距離にして恐らくかなりの近距離。


声のした方を向くと、やはりそこには青つなぎの男…伝説のいい男が居た。



一体いつの間に近づかれたッ!?


魔獣と俺との距離は目測で50メートルはあった筈だ……なのにこいつはあの一瞬で俺に気づかれずにここまで近づいた。




結論:こいつヤバイ。





「う、うわぁぁぁぁッ!!」



左足を軸に回転し、体の捻りの力を加えた渾身の上段蹴りを奴の頭を目掛け放つ。



叫び声が随分と情けないのは目を瞑って欲しい。だってガチホモの前だぞ!?落ち着いてられっかッ!!



当然広場のほうへ銃弾のように飛ばされていくガチホモ。数回のバウンドの末に、地面を抉りながらようやく止まった。



「やったか!?」



無意識のうちにこぼれるその言葉、しかしそれは古来から……




「中々に熱い歓ゲイだな、ところでちょっと見てくれ、こいつをどう思う?」



「バカなッ!?なんでその程度の反応なんだよ!?」



ただ単に驚愕、中々のいい蹴りだったのにそんなピンピンしているとは…なんて奴だ……



「?いや、結構○ってるんだけどな」



「そっちじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」




もうやだ…コイツに俺の常識は通じないみたい……




こいつからは逃げられない、そう確信した拓也。



今の状況じゃ逃げられないならこいつから俺を追うだけの体力を奪えばいい。


とりあえず戦いながら逃げるタイミングを見るッ!!



「来ないなら俺からイクぜ」



イントネーションがおかしいッ!もうヤダ……



ゼロからの加速、地面を這うようにして近づいてくるガチホモを、逆手に持った剣を地面に突き刺すように振り下ろす。



……だが、



「ッ!?消えた!?」



空を切り、深々と地面に突き刺さる剣。


かわされた、そう認識するまでにそれほど時間は必要なかった。


なら次はどこに現れる?


さっきの戦闘パターンから考えて奴なら………。



そこまで考え、剣を指輪に戻してから全力で跳躍する。


上昇しながら体を捻り先程まで自分が居た場所を見ると、やはりそこにはガチホモが居た。


あのまま動かなかったら俺は……………考えるのはよそう…



ガチホモは俺が攻撃を回避したことに驚いているのか、空に居る俺を唖然と見ている。



というか俺の背後を一瞬で取るお前のほうが驚きだよチクショウ!



そして何故か追撃をしてこない。先程から俺を見上げているだけ。それならこちらから行かせてもらおう



「【バインドネット】」



発動するのは闇属性の魔法。相手を拘束するという魔法だ。


広範囲に広がり接近する魔法の網、ガチホモは避けきれずに網に捕らわれた。



「ぐぅ、離せ!掘らせろォォ!!」



直接的な発言に生理的危機を感じながらも、地面に降り立ち接近する。



俺が近づいても俺に危害がない辺り、奴の力では解けないようだ。


これで俺の逃げる時間は稼げるだろう。



だが用心するに越したことは無い。



「悪く思うな、俺はノンケなんだ【アイスロック】」



リリーが使うウォーターロックを氷で再現したオリジナル魔法。


足先から凍り始め、やがてその氷は全身に及んだ。



はい、ガチホモの氷彫刻いっちょ上がり!



…でもこれでもちょっと心配だな………



「もうちょっと補強するか…【アイスプリズン】」



凍ったガチホモを中心に、氷で作られた円形の牢獄が形成されていく。


最早芸術の域に達してるな……流石俺ッ!



「さて、仕事も終わったことだし帰るかね」




踵を返し、森の出口へ向け歩き始める。



今日の晩御飯どうしよう…ミシェルは出てきそうに無いし……



そんなことを考えていた時だった、


ピキッ…後ろからそんな音が聞こえる。


石像のように動かなくなった拓也。気のせいだと思い込み足を進める。



ピキッ……ピキキッ!



またもや聞こえる音、同じように固まる拓也。



嘘…だろ?……あれだけ補強したんだぞ?………



ビキッバリリッ!!



激しさを増す背後から聞こえる音、大方予想はついているのだが振り向きたくない…現実なんて見たくない………。


そんなこと言っても始まらない、恐る恐る振り向く。



バキッ!ガッシャーンッ!!



物凄い音と共に粉々に砕け散る氷の拘束具、鋭い破片が体に当たりちょっと痛い。


そして中から現れたのは…




「俺はノンケでもかまわないで食っちまう人間なんだぜ?」



「ニギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」




男性の同性愛者の比類なき頂点、お前がナンバーワンだ!



取り乱して叫びだす拓也、既に発狂寸前。無理も無いだろう、ヘタをすれば自分の貞操が危ういのだから。



「もう知るか!消し炭になっても文句言うなよッ!?来いッ!『トール』」



「来たぜ!」



「トール融合だ!」



「おうよ!」



一筋の稲妻が拓也の体を撃つ。


その刹那、目がエメラルドグリーンに変色したかと思うと、目を閉じていても眩しいほどの光と共に辺り一面に放電を始める。



やがて放電が収まると、そこには雷の属性神『トール』と融合した拓也の姿があった。



『いきなり完全体まで持ってこれるなんてすげーな!だいぶ慣れたようだぜ!』



「まぁな」



ぶっちゃけ融合までする必要は無いと思うが、少しでも隙を作りたくない。そう考えた拓也。


何故かって?



………少しでも隙なんて見せたら掘られるだろうが!!






沈み込むように体勢を低く落とす。



「へぇ、その姿でヤろうってことだな」



あえて質問には答えずに、脚に力を込めていく。


次第に、拓也の体が青白く発光し始め、辺りに放電を始めた。


拓也から伸びる電気の触手は、地面や木を無差別に削り取り、ちょっとした災害が起きているかのようだ。



「…避けろよ」



そう呟いた次の瞬間、拓也姿はそこには無く、同時に地面にクレーターが出来上がる。


ガチホモまで一直線に跳んだ拓也、その姿はまさに銃口から発射された弾丸のようだ。


ガチホモの懐に潜り込んだ拓也は、右の手を引き絞り腹に目掛け思い切り突き出す。




だが…



「ッ!?」



存在が消えたかのように姿を消した。




またか!?奴の身体能力で今の一撃かわせるわけが無い…


どういうことだ……



だが、



「ふんッ!」



トールと融合したことにより獲得した尻尾で後ろを薙ぎ払う。



「ッグ、ハァッ!……」



奴の移動する場所なんて手に取るように分かる!



尻尾にかかる重圧、恐らくまた背後に回られていたのだろう。


手を交差させ、致命傷は防いだガチホモだが、威力を殺しきれず後ろに五メートルほど後退する



二度も背後を取られるなんて不覚だな…


だがこれで一つはっきりした。




奴が俺の背後をとれるのは奴の能力じゃない。


恐らく…




「それがお前の魔武器の能力か……」




なんという能力だろう…


普通に使えばめちゃくちゃ強い能力なのにもったいない……


いやあいつにとっては有意義な使い方かもしれませんけどね?被害を被るこっちの身にもなって欲しいわ……



「へぇ、そこまで見抜くなんて中々やるじゃないの」



口の端から流れる血を手で拭いながらそう言うガチホモ。



というかまだピンピンしてやがるなコイツ……





「さて、俺はそろそろ帰りたいんだが」



もしかしたら見逃してくれるかもしれない。駄目元でそういう拓也にニヤリと笑いかけるガチホモ



「おいおい、久々に見つけたいい男を逃がすわけないじゃない。俺の名前は『アベラルク=アブ=ホワイティー』さぁそこのいい男、やらないか?」



「やらねぇよ!いい加減にしろ!もうぶっ飛ばしてでも帰らせてもらうッ!」



本来ならここで名乗っておくのが常識なのだろうが、拓也は名乗らない。


名前が割れてストーキングなんてされたらたまったもんじゃない。



そんなことより…………







どうやって逃げよう……………




拓也の防衛戦(意味深)は始まったばかりだ!





~sideミシェル~




一方ミシェルの家。その中のリビングで一人、クッションを抱きしめながら悶絶している人物が居た。




「あぁ………恥ずかしくてもう顔を合わせられません…」



ぽつり、自分以外誰も居ないのにボソボソと一人喋っているミシェル。


昨日の出来事で朝、だいぶ取り乱してしまい拓也がギルドへ行き現在に至るというわけだ。




「まさかお酒を飲んだからってあんな風になるなんて…不覚です……






……でも拓也さんの背中…大きくてガッチリしてて逞しかったなぁ……」




昨日の自分の行動を悔やんだ後に、ぽろっと出た言葉。


無意識のうちに出たものなのか、次の瞬間、顔が真っ赤に染まる。




「ッて何言ってるんですか私はッ!///」



恥ずかしさを紛らわすためなのか、クッションをソファーにパンパンと叩きつけている。





「はぁ…というか拓也さんはどこへ行ったんでしょうか………。もしかして私が出てって言っちゃったから…」




朝の自分の発言を思い出す。


『もう出ていってください!!』



あれのせいなのか?……だとしたらどうしよう…自分が取り乱したのがそもそもの原因なのに勝手に追い出しちゃうなんて……



「それもこの世界にとって重要な人…私にとっても大切な人……っと、友達ッ!」



収まりかけた顔がまた赤くなり、今度はクッションを叩く。




まぁ拓也はそんなことは全然関係なく暇だからギルドに行っただけなのだが、ミシェルはそんなこと知る由もなかった。




想像どんどん悪い方向へ進み、遂には…



「探さないと!」



急いで靴を履き、家から飛び出すミシェル。



目的は拓也を連れ戻すことなのだが、本人は別に家出をしたわけでもなく、ただ仕事をしに行っただけ。



果たしてミシェルは拓也を見つけることができるのだろうか?







~side拓也~




防衛戦開始からもう何時間が経っただろうか…、薄暗くなってきた森の中に睨み合う人影が二つ。



次の瞬間、目まぐるしく高速移動を始めたかと思うと、金属がぶつかる音や火花、あらゆる魔法が爆ぜる。


今までの戦いの傷跡であろう。辺り一帯には様々な大きさのクレーターが出来上がっていた。




「ハァ…ハァ……、クソッ!逃げられねぇッ!」




そのうちの一人、拓也は既に肩で息をしている。



目立ったが外傷はないが、考えても見て欲しい。



数時間、ガチホモにケツを狙われ続けるのだ。誰だって精神的に辛いだろう。




「……ッガッハァ……、いい加減諦めてケツをこっちに向けろよ。最高に気持ちよくしてやるぜ」




対するガチホモ、もといアベラルク。



拓也とは対照的に外傷が目立つが、その立ち姿には諦めが見られない。



時に変態力とは人知を超越するのだ。




「なぁアベ、俺もお前も体力がそろそろ限界だ。ここらで終わりにしないか?」



疲弊しきった拓也が片方の手を横へ開きそう語り掛ける。



「さっきも言ったろ、こんないい男を逃がすつもりはないぜ」



突然の拓也の発言に眉を顰めるアベ。



だが、拓也は変わらず交渉を続ける



「まぁ聞け、このままやってても時間の無駄だし何より俺達が無駄に疲れる。そこでだ。お互い交互に一発づつ相手を殴って先に倒れたほうの負けってことでどうだ?」



「……」



回答はない、


更に捲くし立てるように喋り続ける。



「お前が勝ったら掘るなり何なり好きにするがいい。その代わり俺が勝ったら帰らせてもらう。これでどうだ?」



唐突な提案。


腕を組みしばらくの間う~んと唸って考え込むアベ。


そして何かを決めたかのように一度頷くと、ビシッと拓也を指差しながらこう言った。



「いいじゃないの、絶対掘ってやるからな」



提案を受け入れたアベ。



「よし、交渉成立だな」



一瞬不敵な笑みを浮かべた拓也だったが、それもすぐに消し去るとアベの手の届く範囲に自ら歩みよる。



「じゃあまずはお前からやっていいぞ、提案したのは俺だからな」




「じゃあお構いなくイクゼ!…ッフン!!」



アベは華麗なフットワークで左右に揺れ始めたかと思うと、大きく右に沈み込み、体を戻す反動と共に、拳を拓也のあばら目掛け打ち込んだ。



「ッグ!!?ッ……カ、ハァッ!」



メッシャァァァァ!といういい音と共に、くの字に折れ曲がる拓也の体。



血反吐を吐き、膝が揺れ地面に伏せそうになる



…が、何とか踏みとどまった。




「へぇ、中々やるじゃねぇか。その拳なら世界狙えるんじゃねぇか?」



口の端の血を手の甲で拭う。




痛い!何アイツ!ただのホモじゃないぞ!!




その態度とは裏腹に、内心パニック状態の拓也。


まぁ普通のホモがあんなに綺麗なリバーブローを打ってくるとは思いもしないだろう。



流石伝説のいい男。




だが、何とか耐えることはできた。



「じゃあ次は俺だな」



「あぁ、イイぜ。来いよ」



アベは、ボロボロになっていた青つなぎの上半分を破り捨てると、大きく脚を開いて防御の体制をとる。



「ふんッ!!」



そう一声叫んだかと思うと、奴の体の中を巡る魔力が一気に濃く、そして膨大になった。


外見としては1.5倍ほどに筋肉が膨らんでいる。


ただでさえ元から筋肉量が多いこのガチホモなのに、更にバンプアップされると最早気持ち悪い。



あの筋肉の鎧を貫通させん為に、引き絞った拓也の右手にはこれまた濃い濃度の魔力が集まっていた。


その周りには青白い静電気のようなものが絶え間なく走っている。




「ドッセェェェェェェェェェェイッッ!!!」




全体重を乗せ、振りかぶる。



狙うは奴の鳩尾。一撃で決めるッ!



砲弾の如く放たれた右手は、やがて着弾。


周りの木々が紙のように吹き飛ぶほどの衝撃波が発生した。




クリーンヒット!やったね拓也君!ミッションコンプリートだよ!








…だが、現実とはそんなに甘くはなかった。




「中々いい責めじゃないの、今日だけは俺が受けに回ってやってもイイぜ」




アベ、健在。



最初の位置から全く動かず、拓也の一撃を受け止めたアベ。


拓也の表情はもう見なくても分かるだろう。アベはそう考えた。俯いた顔には恐らく驚愕が満ち溢れて………





「ック……ックハハハハッ!!」




が、拓也は笑っていた。



気が狂ったか?そう思ったアベ、だが違う。何かがおかしい。


そう、まるでその狂気染みた笑いはまさに勝利を確信したかのような……



とりあえず離れよう。純粋な恐怖により、後ろに飛びのくように脳へ命令する。



そこでようやくその笑いの意味に気がついた。



「ッ!!?なんだ…これッ!」






動かない、体が、全く……



アベの表情の変化に気づいた拓也は、声をあげて笑うのを止め、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。





「ようやく気づいたか?驚いたろう、なんせ今お前首から上以外、全く動かせないだろうからな!!」











「ッ一体ナニがドウなってやがるんだッ!!」



イントネーションがおかしいが、もう慣れてきた…


それに今テンションがMAXになっている拓也にとっては最早どうでもいいことだった。




「ックック…いいだろう、特別に教えてやる。人間はな、体を動かす時に脳からどのような形で組織に命令を送っているか分かるか?


って聞いても分かんないだろうな、…正解は電気を使っている。電気信号って奴だ。そして今俺は帯電した状態で攻撃し、お前に電気をぶち込んだ。


……後は分かるな?」




無言のまま、何とか動こうとするアベだが、自分の意思とは裏腹に、指先一本たりとも動かすことはできない。




「おいおい、大ヒントだったんだぜ?まぁいいや



今お前にやったのは所謂ジャミングってやつだ、いくらもがいてもしばらくは動けんだろうよ、お前が人間である限りな」





ビシッ!と指を指し、最高のキメ顔でそう言う拓也。











だがお忘れではないだろうか?自分から条件を提示しておき、それを快く呑んでくれた紳士に対し速攻で自分から約束を破り、挙句には身動きをとれなくなった紳士を全力で煽る。




まさにクソ野郎、ゴミムシ、人間の屑。とにかく最低な奴だ、ということを。




「…ッ卑怯だぞッ!男なら真っ向から掘りに来いッ!!」




「卑怯?違うな。まずこれは決闘なんかじゃない、ルール無用の命を掛けたガチバトルだ」




なんとなく正論なのが余計に腹が立つ。



余談だが、この場合の命とは拓也の貞操を意味することを知っておいていただきたい。




「真剣勝負で相手を信用したお前の負けだ、諦めッろ!!」




鋭い左がアベの肝臓を的確に捉え、体がその反動で少し浮き上がる。




「おッ前…!!」




このまま逃げるかと思いきや、まさかの攻撃。





「あぁ、それと俺は交互に一発づつ殴ってって言ったな。










当然だがあれも嘘だ。時間で解除してもお前追って来そうだし」





まさに外道。




「さて、男をいたぶる趣味なんて無いしさっさと終わらせますかね」



ニヤリ、と笑いながらアベの顔を鷲掴みにする。


所謂アイアンクローって奴だ。そのまま持ち上げようとする…が、アベのほうが身長が高いので上げられない……



いや、俺が小さいわけじゃないからね?俺だって175cmあるから、よって断じてチビでは無い。




「グッナイベイベー、できることなら二度と会いたくはないね」



バヂッ!拓也の手の中で電気が弾ける。



それに合わせビクンッと揺れたアベ、だがそれ以降動くことは無かった。



一応言っておくが死んではいない。



「よし…【テレポート】」




これで大丈夫だろう、前のドレインドラゴン討伐したあたりまで飛ばしたし流石に追っては来ないだろう。



フラグじゃないよ?




とにかくもうここに長居はしたくない、とっとと帰ろう。



瞬間移動を発動、ギルドの前までぶ飛ぶ。




ここで一つ解説だ!


拓也がよく使う空間魔法として挙げられるのは【ゲート】【瞬間移動】【テレポート】似たような魔法だが、ちゃんと違いがあるのだ!



まず【ゲート】これは異空間への門を開く魔法。まぁ四○元ポケット見たいな門だ。使い方としては持ちきれないものを入れておいたり、相手の魔法を呑んだり吐き出したり、と万能だ。ただ発動までに少し時間が掛かるのがネックだ。まぁ使用者が熟練者ならほぼ気にならない程度だが。



次に【瞬間移動】拓也自身が自分の任意の座標に飛ぶものだ。ちなみに拓也が触れており、さらに拓也自身が一緒に飛びたいと思えばその対象も一緒に飛ぶことができる。

似た魔法に移転があるが、発動時間の違いと、移転のように移動距離に応じた消費魔力の違いが一切ない。



最後に【テレポート】使い方は相手の魔法を指定した座標へ飛ばす。相手を指定した座標へ飛ばす。など、【瞬間移動】の第三者バージョンと考えてもらうと早いだろう。



ちなみにこの魔法、全てが拓也のオリジナル魔法である。


希少属性持ちが少ないからなのか、希少属性についての魔道書や魔法書が非常に少ないらしい。



というか俺も天界で見たきり見てない。





後は【ゲート】でも【テレポート】でも魔法は飛ばせるが、説明が非常にめんどくさいのでまたの機会ということにしておこう。




「おっと、このまま戻るのはマズイよな…お疲れ、トール。もう戻っていいぞ」



拓也から抜け出た一筋の稲妻が、形を作り、属性神であるトールに戻った。



「あいよ!お疲れさん!」



そう言うと、音も無くどこかへ消えて行ってしまった。



こいつ…、あんな恐ろしい場面を見てきたって言うのに全く動じてねぇ…流石属性神、修羅場なんて慣れっこってわけか。



なわけないよね、トールはアホだから会話の内容がわかんなかっただけだろ、うん絶対そうだわ。




足を進め、ギルドの中へと入る。


もう夜になったからか、テーブル席には酒を浴びるように……いや、こいつら普通に俺がギルド来た時からいたよな…


一体何時間飲んでれば気が済むんだよ…




「あら、随分遅かったわね……………道中何か問題でもあったの?」



「あぁ、だいぶ厄介なクエストだった……」




普段なら見せてくれない心配するような表情でそう訊ねるリリーに適当に返しながら、カウンターに置いてあった便箋にペンを走らせる。



受けてきたクエストの一部始終をさらさらと書き、リリーに手渡す。



「ほい、今回のクエストの報告書。これでクエスト完了ってことでいいよな」




「えぇ、大丈夫よ。それにしてもかなり時間がかかったわね…ものの一時間程度で帰ってくると思ってたのに」




「え?なに?心配しちゃってた感じですか?いや~ツンデレだnッゲホッゴホッゴホッ!!」



おい…喉にパンチは駄目だろ…殺意を感じるぜ、まったく…、



流れるような動作からのパンチ、もうコイツは拳法家にでもなったほうがいいと思う。




「あぁ、それとあんたが出発してからしばらくしてミシェルちゃんが尋ねてきたわよ。なんかあんたを探してたみたいだけど」



「え?なんて言ってた?」




カウンターから乗り出す拓也に、落ち着け、と綺麗なチョップをお見舞いするリリー。




「拓也さん来てないですか?って聞かれたからクエストに行った、まぁどうせすぐ帰ってくるでしょ~的なことを行ったんだけど予想は大外れね。」



「そうか…」




家に居てくれればいいんだが、もしかしたらまた探しに出てるかもしれないな……








深刻そうな表情で考え込む拓也。



対してリリーはなにやら先程からずっとニヤニヤしている。




「いや~それにしても驚いたわ…いや~まさかねぇ…」



開口一番、訳の分からないことを言い始めたリリー。


遂に頭でも狂ったか?と思った拓也だったが、コイツのキャラ的にそれはありえない。


表情で訴えかけるが、話し出す気配は無いので仕方なく口を開く。




「何のことを言ってるかさっぱりだぜ、初等部あたりから文法をやり直しておくんだな!」



普通に訪ねればいいものをなぜこんなにも煽るのか…



この後一方的な暴力が始まると予想した拓也は身構えるが……





あれ?何もしてこない…だと?




笑っている…なに?…気持ち悪い……



その笑いはジェシカやジェシカママのそれに似た、新しい遊びを見つけた時のような笑い。


過去のトラウマにより、背筋に冷たい汗が流れる。


ガチガチと鳴る奥歯を無理やり静かにさせ、何とか平常心を保ち続け

る拓也。




「い、いったい何のことだね?」



さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、そう言った拓也からは覇気が全くと言っていいほど感じられない。


生唾を飲み、リリーの口が開かれるのを、今か今かと待つその姿はまさに天敵を前にした被食者そのものだった。


そしてゆっくりと開かれる口。




「あんた達妙に仲がいいと思ってたけど…まさか同居してるとはねぇ~」



「…なん……だと?」




そこから紡ぎ出された言葉は拓也を驚愕させるには十分だった。



ニヤニヤ顔のリリーは更に続ける。




「可愛かったわよ~?私のせいで拓也さんが家出しちゃった~ってうっかり口を滑らせてるのよ!」



「なにそれ超見たかった」




あぁ、やっぱりそういう感じでバレたのか…


まぁ別に気にしませんけどね!


というか個人的にはその時のミシェルをめっちゃ見たかった。




「まぁ内密に頼むぜ、色々とめんどくさいから」



出口に向かって歩きながら、ヒラヒラと手を振る。



「はいはい、分かってるわよ。その代わり!なんかあったら恋愛マスターのお姉さんに相談しなさいよね?」



恐らく後ろでポーズでも決めているのだろう。テンションの高い声が聞こえてくる。








ユラリ、と振り返る拓也、表情はいつものような気持ちの悪い笑みに戻っていた。



「恋愛マスター?お姉さん?幼女がバカ言っちゃいけねぇなぁ…」



先程おちょくられた腹いせなのかは知らないが、これでもかというほどに煽る拓也。


最早言葉のトゲが隠れてない。


表現するならば、いつもの拓也の言葉が新鮮な胡瓜だとすると、今の言葉は、言うなれば、そう………ウニ。



物凄いトゲが鋭いウニを全力投球されたくらいの痛さ…




…なに言ってんだ俺…………。





「………あ゛?」



一間隔おいてこめかみに青筋を立てるリリー。


だがこんなところで止まる拓也ではない。


一旦始めたら最後までやり切る。それが拓也の信条だった。



「あ、でも一部の層にはモッテモテだよ!やったね!!」



グッと親指を立てる拓也。



バギッ!っと音を立てて握りつぶされる木製のカウンターの一部。



そこまで見て、拓也は脱兎の如く走り出した。



信条?ッハ!、そんな物犬にでも食わせておけ!



ギルドの外に飛び出し、ダッシュする。目指すは家。



次の瞬間、ッドオォン!という轟音と共に拓也の前方まで飛び散る木片。


恐らくドアだった物だろう。…ということは……




「ものっそい追ってきてるうううううううううううッ!!??!?」



振り向いたことを後悔した。



自分の10メートル後方には阿修羅が居たのだ。


手のひらに集中して練られた魔力は、Sクラスのモンスターでもワンパン余裕な程、くらえばひとたまりも無いだろう。


主に服が。


衛兵のお世話になるのだけは避けたい。



「というかドア壊してんじゃねーよ!ロイドさんに怒られるぞバーカバーkッ!?っぶねぇ!!」



某乳製品さんよろしく、顔目掛け投擲される直径30センチほどの石。


乳製品さんは非常にソフトなアンパンを投げるが、俺に投げられたのは石。あたればマイフツメンフェイスとさよならバイバイすることになるだろう。



つまりなにが言いたいかというと、幼女は怒らせるとヤバイということだ。



追いつかれないようにひた走る。



かなり全力で走っているのにぴったりと一定の距離を保ったまま追走してくるリリー。やはりコイツは只者じゃない。



走る、走る、走り続ける。


止まる事は許されない。止まったら最後、地獄を味わうことになるだろう。



だから気にしない。


さっきから背後からめっちゃ魔法が飛んできているけど気にしない。



槍、刺剣、尖った物全般が飛んでくるけど気にしない。



酔っ払ったおっさんが飛んで来るけど気にしない…



「っておっさんッ!?」



目を見開き叫ぶ拓也。


軌道的に回避するしかない。左にスライドしかわす。


が、しかしそれは大きなミスだった。



回避した先にもおっさんが飛んできているのだ。


おっさんが宙を舞うというあまりに異様な光景に立ち尽くす拓也。


そして…直撃、転倒。



歩み寄る悪魔。小さな容姿に似合わず、どこから取り出したかは知らないが、その手には釘のようなものを沢山打ち付けてある木の棒。


所謂釘バットが握られていた。



恐怖からなのか、諦めからなのか、ピクリとも動かない拓也。



「覚悟はできてるわね?」




返事はない、ただの屍のようだ。


否、屍とは少し違うかもしれない。




「お子ちゃまはお人形遊びでもしてるんだな」



小馬鹿にするような声色でそう言う。



声の主は拓也、相変わらず馬鹿である。そんなことを言ってはリリーの怒りを加速させるだけだ。


だがその声はリリーには届かない。



なぜなら…



「名づけて【身代わり】《スケープゴート》ってとこかな」



拓也”本人”はリリーから離れた民家の屋根の上に居るからだ。


じゃあリリーの話しかけている拓也は一体なんなのか?


答えは簡単、いつか光帝に使った、光魔法を利用した立体映像。


親しみを込めて名前を付けてみたがなんか中二くさいな……まぁいいや








っと、早く逃げないとばれそう。怒らせたリリーに不可能なことはあまりないからな……



「グッナイベイベー、さっさと帰って寝ろ!」



一人、悪態をつきながら瞬間移動を発動させる。




……なんか飛ぶ瞬間にこっち見てた気がするけど気のせいだよな?






いや、気配完全に消してたしそれはないだろ!ハハッ!



神経質になりすぎだ!よくないよくない!




自問自答をし、結局はありえないありえない!半ば強引にそんな結論に至った。



心配性だな、俺は。と自嘲気味に笑いながら家のドアに手を掛ける。




「エンッ!」




と同時に内側から勢いよく開かれるドア。


手を伸ばしていた拓也は突き指をした挙句、ドアに顔面を強打した。



何かがドアにぶつかったことに気づいた人物はドアから顔をヒョイっと覗かせた。



必然的に目が合う。




「拓也さんッ!?ごめんなさい大丈夫ですか!?」



使ってください、と差し出されたティッシュ。疑問符を浮かべながら受け取る。



なんでティッシュ?自家発電用?普通に考えて足りないだろJK



そんな思考を読み取ったのかは知らないが、ミシェルが鼻を指さす。



「鼻血出てますよ!」



「え?あっほんとだ…」



軽く鼻の下を拭くと、真っ赤な血が付着する。多分ドアでぶつけたせいだろう。


それよりつき指が地味に痛い…。



ちょっと荒っぽいが、受け取ったティッシュで鼻をかむ。数回繰り返し、血が出なくなったことを確認する。




「で?今からお出かけ?」




ティッシュを玄関のゴミ箱に向かって投げながらそう訊ねる。あ、外した。



ミシェルは何かを思い出したのか、ハッとした表情をする。




「拓也さんを探しに行こうと思ったんですよ!一体こんな時間までどこに行ってたんですか!?心配したんですよ!?」



ミシェルが怒るのも当然だろう。時刻は間もなく10時、前にも神と戦っていたときはこのくらいの時間になったことがあるからだ。


その時の酷く傷ついた拓也を見たミシェルなら当然心配にもなるだろう。




「え、なに?心配してくれてたの~?僕チンうれぴ~!」




そんなミシェルの気も知らずに踏みにじる辺りやはりコイツはクズなのだろう。





先程までの焦った表情が嘘のように、ジト目になるミシェル。


それを見ている拓也はニヤニヤしているのが非常に気持ち悪い。



「質問にだけ答えてください」



「ひゃ、ひゃい」



あまりに無機質な声にビクついて変な声が出てしまう。


そして速攻で正座に入る辺り流石だ。



「何をしてたんですか?」



「伝説のいい男と戦って辛くも勝利を収めた後、幼女バーサーカーと鬼ごっこしてました」



は?という顔をされるが仕方ないだろう。


だってありのままの事実なんだもの、これ以上説明のしようが無いっていう。




「まぁいいです。それで……その…………」



急にもじもじし始めるミシェル。ほんのり頬も赤い。



そして状況を掴めないまま疑問符を浮かべる拓也に、ガバッと頭を下げた。




「朝は酷いこと言っちゃってごめんなさい!…全部私が悪いのに…」



あぁ~そういうことね。



「気にすんな。俺も面白いものが見れて満足だから」



別に気にしてないっていうね。だってミシェルの意外な一面を見れたんだし。


俺はむしろミシェルが機嫌を直してくれるかが心配だったぜ…




ただ、拓也のその発言はマズかった…




「ッ!忘れてくださいッ!!」



半歩後ろに下がる拓也。


次の瞬間、拓也の頭があった場所を土の塊が通過した。




「やめろミシェルッ!死ぬ!」



拓也の制止の声も届かず、降り注ぐ土の弾丸。



お得意の光を使わずに土という質量を持つものをぶつける事で記憶を飛ばすことが目的か……



だが残念。俺の脳内構造はその程度で記憶をなくすほど脆くないぜ!というか死んでもあんな眼福な記憶は無くさない!!



てか早く止めないと庭が!



「分かった!誰にも言わないから!!」



大声で叫ぶ拓也、その言葉は何とかミシェルまで届いた。


止まる土の弾丸の雨。




「…ハァ…ハァ…、絶対ですよ?……」



ジト目で見つめられる。ハァッンアァ///ギモッチイイイイ!!!



はいキモイッすね、さーせん。




「言わないから…そんな目で見るなよ、俺がそんな人間に見えるのか!?」



「見えますね」



「oh……」



ここまでバッサリ来るとは…少年拓也君は心に大きなダメージを負った。





「まぁとにかく帰ってきてくれてよかったです。晩御飯できてますよ」



ふわり、と笑顔を作るミシェルの後に続き家に入る。




「ふむ、いただこう」




「パンのみm「ごめんなさい!ありがたくいただきますぅッ!!」…そうですか」




土下座だって…ほら……慣れればこんなに抵抗無くできるんだぜ?凄いだろ!



「はぁ…早く入ってください…」



頭を抱えるミシェル。




さて、夏休みはまだまだあるぜ!楽しまなくちゃ損だ!!



これは後で課題に苦労する人間の典型的なタイプだ。まぁ精々今は楽しんでいるといい。




余談だが、


この後家を探し出したリリーに再び追いかけられ、その末につかまり、夜が明けるまでサンドバッグにされたのはまた別のお話。

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