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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
10/52

学園祭~前編~

「はぁ…」



エルサイド国立魔法学園、1年Sクラスの教室。


そこでため息をつく一人のフツメンが机に突っ伏していた。




「どうしたの拓也?ため息なんてついて、幸せが逃げちゃうぞ!」



ホームルーム中というのにかまわず喋りかけてくるジェシカ。担任がテリーだから特に何も言われないけど……



「…俺は今不幸のどん底だよ…何が悲しくて学園祭なんか……」



そう、今、現在進行形で学園祭のクラスの出し物と魔闘大会のチーム決めを行っている。


ちなみに魔闘大会とは1・2・3年のSクラスの選抜5名が出場する実戦戦闘の事だ。総当り戦になっており、毎回学園祭の目玉企画になっているようだ。ちなみに優勝商品も出る。


なぜSクラスだけかというと、戦闘能力が必然的に高いから面白い戦いになるだろう。という教師陣のむちゃくちゃな考えのせいである。


あと全てのクラスでやると非常に時間がかかるだからだそうだ。



というかこれ1年生ってかませじゃね?上級生と戦わさせるんでしょ?



まぁいいや…関係ないし……



「なんで~?楽しいじゃん!学園祭」



拓也から放たれる暗いオーラにも構わずガンガン話しかけてくる辺りジェシカらしい


比較的美少女の部類に入るお前にはわからんだろうな…




「あのなぁ、学園祭ってのはどこもかしこもリア充だらけなんだぞ?そこらじゅうでカップル共がチュッチュしてるクソみてぇなイベントだぞ?そんなリア充の祭典に俺が馴染めるとでも?」



「無理だね!」



慰めるという選択肢は無かったのか、バッサリと切り捨てるジェシカ。


それに大して嫌な顔もせずにまたため息をつく拓也。



「でしょ~」



もうね、わかってるよ?モテないことなんて知ってる。


ただ…胸のここんとことが痛いんだ…





後は放っておいてもクラスのリア充組みが勝手にやっといてくれるだろう。俺にできるのは…



精々リア充たちに迷惑を掛けないことだけ…さ……



突っ伏したまま目を瞑り感傷に浸る。




「え~寝るの~?つ~ま~ん~な~い~!」



別に寝ようとはしてないのだが…もういい、こうなったら不貞寝だ。



めっちゃ体を揺らされるが、俺は集中すればどんな状況でも寝られるのだ。


よってその程度の攻撃は……




そうして拓也は深い眠りに落ちていった…。




「拓也、」



聞き覚えのある声で目を覚ます、そこはまるで天界のような場所だった。



「…なんだセラフィム」



そんな奇妙ともとれる場所で一人佇むセラフィム



「俺、実はゲイなんだ…」



「ファッ!!?」



「だからさぁ…」



服を脱ぎ捨てながら近づいてくる元同士、その表情にかつての面影はない。



や、やめ……




「止めろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ…ォ………オォ?」



全力の咆哮。しかし最後には疑問系に変わる。



なぜなら天界のような場所に居たはずなのに今見えている風景は教室内。


クラスの人間全員が俺を見ている。そこで俺は悟った。




夢か…死ぬほど恥ずかしい…



うわーなんかザワザワしてるよーやだー逃げ出したい。



「ごめんね拓也君!みんなそうして欲しいんだ!頼めるかな!?」



両手を合わせて方目を瞑り、ごめんね!と訴えかけてくるテリー




「あ、はい…全然まったく大丈夫です」



寝ぼけた頭でとりあえず話を合わせる。頭を掻きながら席に座り、頭を整理しようとするが…



「おぉ~がんばれよ!」



「がんばって~」



クラスメイトの拍手と歓声によって邪魔される。



一体何事だ…



あたりを見回す。そして見つけてしまった。拍手と歓声の理由を。




それは黒板。



きっとリア充組みが頑張ってくれたのだろう。何度も文字を消した跡が残っている。


あぁ、今年は俺達のクラスは模擬店をやるのか…


へぇ~制服まで作るのか、凝ってるなぁ。



しかし問題はそこではない。



問題は黒板の左半分にデカデカと書かれている部分。



魔闘大会のメンバー!




先鋒:アシュバル=ライアロック



次鋒:ハイメルシューラルム=エム=エルサイド



中堅:アルス=クランバニア



副将:ミシェル=ヴァロア



これならアルスとミシェルで完封できるだろ、多分。前の二人も選ばれるということは相当強いはずだし。



うん、すげー納得だ。というかミシェルが副将?一体大将ってどんな奴だ…よ




大将:鬼灯拓也




「え?………え?」



ポカーンとした表情で黒板を眺めた後、テリーに、俺?というジェスチャーとする。



テリーはそんな俺に対し、腕を組み、二カッと笑って大きく頷いた。




「すみません、やっぱり降ります」



「おいなんだよッ!やっちゃえよ~」



「それでも男かッ!!」




雨のように俺に降り注ぐ非難の声。お前らがやりたくないだけだろうがッ!!この手の競技は見てるほうが面白いんだよ!!



その時、テリーは閃いた。



「君達!これを今すぐに職員室に提出してきてくれ!そうすれば……」



「テリーまで俺の敵かよッ!!」



そうこうしている内に、書類を受け取った男子生徒は廊下へ飛び出した。


止めないとッ!



「くっそ!させるかッ!!」



後を追うように廊下へ飛び出す…が、



「おら!まてやッ!」


「逃がさんぞ!!」


「俺達の幸せの礎となれ!!」



複数の男子生徒に取り押さえられる。



おい最後の奴!お前だけなんかおかしいぞ!!




「やめろォォォ!待てッ!待てええええええええええええええッ!!」




・・・・・



「残念でしたね」



「まぁがんばって~」




ミシェルとジェシカに励まされながら靴箱へ向かう。



結局、男子共を引き剥がすこともできず、書類は受理されてしまったのだ。




「おい貴様!」


突然後ろから声を掛けられる。振り向くと、そこには入学の時のアンチ平民の白髪貴族君が立っていた。


眉間にはしわが寄っているところを見ると、機嫌はよくは無いようだ。



「おや、君はいつぞやのアンチ平民君ではないかね。何か用かな?」



拓也なりの礼儀を払ったつもりなのだが、その態度は白髪の機嫌を悪くさせただけだった。



「何か用?ではない!何故貴この僕が先鋒で貴様が大将なんだ!」



「知らんがな…」



すっげーどうでもいいことだった。



「はぁ~…別に俺は大将をやりたいわけじゃない、お前も見ただろ?半ば無理やりだ。それにもう決まったことだ。今からメンバー変更は無理らしいぞ。

それに先鋒を馬鹿にしちゃいけないなぁ…先鋒ってのはチームを勢いに乗せるために強い奴を置くポジションでもあるんだぜ?」



まぁ小手調べのかませポジションでもあるんですけどね…


だがそんなことは言わない。


なぜなら煽りすぎるとなんかやらかしそうなんだよなこいつ魔法ブッパとかしそう。


というかこの感じ…なんか……気のせいだよな…




それから俺だって大将なんてやりたくない…そのための手を尽くしたさ…


職員室行ってメンバー変更希望してみたけどつまみ出されたんだよ……。



そのことを伝えると、白髪…アシュバルはギリリ!と歯を食いしばる。



「僕は君の事を認めてはいない!国王推薦だからといって調子に乗るなよ!?平民風情がッ!」



捨て台詞を吐くと、外へ出て行ってしまった。


流石の言い草に頭に来たのか、他人に対しては基本的に温厚なミシェルまでもが眉を顰めている。


でもまぁミシェルは得体の知れない人物には非常にドライ&敵意むき出しになるけどね、

主に初対面の時の俺とかセラフィムとかに。



ジェシカなんて…



「なにアイツ!?えっらそうに!!あんたなんてボッコボコに負ければいいのよ!バーカバーカッ!!」



本人に聞こえてるんじゃないかという程の大声でそう叫んでいる。


べー!っと舌を出してるジェシカには特に触れずに靴箱をあけ、靴を取り出す。





靴を取り出すと同時に足元に落ちる紙。



「?なんだこれ…」



その紙の正体はすぐに分かった。


綺麗な封筒にハートマークのシール。俺の思考が普通なら間違いないこれは……これは…




「うっそ!?ラブレター!!?」



「ちょッ!声でかい!!」




俺が不自然に硬直していることに気づいたのか、後ろから覗き込むジェシカ。俺が手にしているものを確認したあと、口元を押さえながらそう叫んだ。



「…………え?」



続いて横から覗き込むミシェル。その顔は驚愕で固まっている。



遂に……遂に俺にも春が来た…神様…ありがとう!恋愛の神がいるなら禿げろなんて言ってごめんなさい!



「早く!早く開けてみてよ!!」



「待て、急かすな…俺は今猛烈に感動している…」



両の目から滝のように涙を流しながら天を仰ぐ拓也。


それをみて子供のようにはしゃぐジェシカ。


そして状況を飲み込めずにただ呆然としているミシェル。



傍から見たら中々にカオスな光景だろう。



「え?拓也さんに彼女?ありえません……」



フリーズから戻ったミシェル落ち着きのない態度でそう言う。


泣き止んだ拓也は、歓喜のあまり震えながら笑っていた。



「クックック…さぁて、中を拝見するとしよう!」



ハートのシールを剥がし、中に入っている紙を取り出そうと手を伸ばす。



「はふぅ…」



差出人のものと思われる香水の匂いが紙に染み付いている。


その匂いを嗅いだ拓也は膝が折れそうになるが何とかこらえる。



魅惑の匂いに操られるように、中の紙を取り出す。紙は少し厚めの材質で綺麗な三つ折にいる。


紙を開き、勝者の笑みを浮かべる拓也。


差出人の名は書かれていない


ただ一言、そこには非常に大きな字で



『放課後、屋上にて待つ』




と、それだけ、…それだけ書かれていた。



うん、中々に達筆だな~。きっと差出人の女の子は清楚な子なんだろうな~


恥ずかしがって名前を書かないところも非常に可愛らしい!うん、高得点!!





「……………………………」




無言で紙を握りつぶし、放り投げ、風の魔法で粉々にする。




「んなわけあるかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアくぁwせdrftgyふじこlp」




「アッハッハッハッハッカハッハへッ!!」



あまりに可笑しかったのか、過呼吸になるほど笑い転げるジェシカ。


今回ばかりはその異常な笑いも納得できる


なぜなら普段人の失敗を見てもそれを笑うことは少ないミシェルさえも、拓也から顔を逸らし、必死に笑いを堪えているからだ。



そんな笑いを巻き起こした張本人の拓也。


その表情は世界の終焉を見たかのような絶望に満ち溢れていた。しかしそれも束の間、


次の瞬間には激しい憤怒の表情に変わっていた。もうなんか覚醒しそうだ。



「……よろしい、……ならば戦争だ…」



歯を砕けんばかりに噛み締め、屋上へと続く階段へと歩み始める。


もう誰にも彼を止められない。差出人の冥福を祈ろう。



「ストップです。もう帰りましょう」



さながら阿修羅と化した拓也の肩に置かれる手。


だがそんなことで彼は止まらない。



「止めるなミシェル、俺はこの世界の理を破壊する」



なんかヤバイ方向へぶっ飛んでる気がするが、ミシェルは全く動じない。なぜなら彼を簡単に鎮める方法があるからだ。



やれやれ、といった表情でため息をつくミシェル。


たった一言言うだけ。


それだけで次の瞬間、拓也は大人しくなっていた。



「そんなに晩御飯に土を食べたいんですか?」



「何をしているんだね諸君、早く帰るよ」



さっきまでの怒りはどこへやら…普段の拓也に戻っていた。



「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」



笑いつかれたのか、ピクリとも動かないジェシカ。


これで彼女の腹筋は8つに割れることだろう。




・・・・・





靴箱を開き、靴を取り出す。



それと同時に足元に落ちる封筒。



シンプルな封筒にハートマークのシール。差出人ものと思われる香水の匂い。


誰がどう見てもそれはラブレターだった…例外は3人ほどいるが……、



「そろそろ俺キレてもいいよね?いいよね?」



「またあったんですか…」



あれから一週間。学園祭まで後一週間。いつもと変わったところは、学園祭の準備で帰りが遅くなってることぐらいだろうか。


そして最初のあの日から、毎日必ずこのクソラブレターもどきが入っている。拓也の精神は着実に磨り減っていた。


違いといえば、日を重ねるにつれて便箋に水滴が落ちて乾いた後があることくらいだ。



「新手のいじめか?まったく…悪趣味な……」



握りつぶした手紙の処理をどうするか考えながら、歩き出す。


…が、何者かに肩をつかまれた。


日々続く嫌がらせ…普通の人ならイラつくだろう。それは拓也も例外ではない。



「俺は今虫の居所が悪い、非常に悪い。あーこれ多分膵臓辺りに入っちゃってるわー」



そんな怒っているのかふざけているのか分からないことを言いながら振り返る。


拓也は、野郎だったら無視して帰る。と決めた…が



そこに立っていたのは金髪ポニテの美少女だった。


何故か目には涙が溜まっている。




「ん!」



「え?ちょっとッ!悪い、先帰ってて」



腕を掴まれ、半ば引きづられるように連行されていく。



「ん~りょうか~い!」



ジェシカにそういい残し、拓也は階段のほうへ消えていった。



・・・・・



「…えっと~、今までの手紙の主はまさか…」



引きずられながら屋上までつれて来られた拓也、謎の金髪美少女と向かい合うようにして立っている。



何も喋る気配が無く、無言の空間に堪えられなくなった拓也がそう切り出す。



「そうですわ!なんで呼び出しに応じなかったのですか?答えなさい!」



まるで威圧するように叫ぶ金髪ちゃんだが、涙目なので威力半減…むしろ眼福である。






「ちょっと勘違いがあってな、悪い謝罪するー」



「謝っているようには見えないのですが!?」




大きな欠伸をしながら謝る拓也、その姿からは誠意が全くと言っていいほど感じられない。



そんな拓也の態度に驚く金髪ちゃん。無理もないだろう。



「それで?わざわざ屋上まで連れて来て何の用だい?もしかして愛の告白だったり?」



「違いますわッ!」



うっざい笑みを作りそう言う拓也、


全否定されているが全く気にしない。それがメタルハート拓也さん。




「冗談はここまでだ。んで?何の用かな?」



弄るのは専門外なのでそう切り出し、返答を待つ。



俺の話を聞く態度を示すと、表情が変わる。まるで俺をおちょくっているかのような…興奮してきた。



「私はハイメルシューラルム=エム=エルサイドこの国の王女ですわ!」



「ふーん、その王女様が一学生の俺になんか用?」



頭を掻きながら適当に返す。王女に対してこの態度ってはたして大丈夫なのだろうか?



「一学生?ふん!笑わせないでくれるかしら?貴方が『剣帝』だということは知っています!」



ピクリと少し反応する拓也。


俺の帝としての顔を知っている?あぁ、そっか…


こいつ王族だからか。



「それで?俺の正体を知っている王女様が何の用?」



「そ、それは……」



急にどもる王女、何か言いにくいことなのか?


そんな時だった、












拓也の脳内に警告音が鳴り響く



「ッ!」



拓也の雰囲気が一気に変わる。殺気は出ていないが、さっきまでぽけーッとしていた顔つきが真剣なものになっているのだ。



王女もその変化に気がついた。



「悪い、また今度だ。気をつけて帰れよ」



バッグの中からローブを取り出し、身に纏う。



まさに人が変わった。そう思った王女は、引き止めることはできなかった。



拓也は屋上の上で最も高いアンテナのようなものの上に飛び乗る。




大体…あの辺りか…



「あ、あの!」



勇気を振り絞っての呼びかけ。


その呼びかけに首だけを向ける。


フードを被っているせいで表情はよく分からない。




「また今度!ちゃんと!」




それだけで伝わったのか、フードから僅かに覗く口元。その端が少し上がったように見えた。




「あぁ、また今度、だ。メル」




「?メルってなんですの?…ってもう居ない…」



疑問符を浮かべるハイメルシューラルム。


その問いかけに答えずに拓也はいつの間にか消えていた。


お得意の空間魔法でも使ったのだろう、父親である国王から剣帝のことは聞いている。




それにしても…



「あんな無礼な奴がこの国の最高戦力だなんて…」



この国はもう駄目かもしれない…そんなことを考え、頭が痛くなるハイメルシューラルムだった。



・・・・・


~sideミシェル~



拓也が異常を察知する10分程前、


拓也が拉致られたため、久しぶりにジェシカと二人きりになったミシェル。




「どうする~ミシェルちゃ~ん?」



「何のことですか?」



何故かニヤけているジェシカ。その顔は拓也のよく知っている人で遊ぶ時の顔だ。



「んも~とぼけちゃって!あのまま拓也を盗られちゃっていいの!?」



「何でそうなるんですかッ!!」



案の定ミシェルで遊ぶつもりだったようだ。



顔が赤くなりながらも必死に反発するミシェルだが、その姿を見るために弄られているということは、当のミシェルは気づいていない。




「いや、でもさ~。かなり可愛かったよね~あの子」



「確かに…それにしてもどこかで見たことがあるんですよね…」



う~ん、と考え込む、…が中々思い出せない。



結構重要な人物だったはずなんですけど……思い出せません……



自分の記憶の中を漁るが、一致する人物が出てこない。ついには考えることを放棄した。



「あ、学校に忘れ物した…」



ちょうどそんなタイミングでポツリ、とこぼすジェシカ。


ジェシカらしいといえばそうだが、こういうことが結構頻繁にあるので本人には気をつけてもらいたい。



「先帰ってて~!」



「いいですよ、ここで待ってます」



「ほんと?ごめん!すぐ取って来る!」




ジェシカは手を合わせ、そう言い残すと、来た道をダッシュで駆けていってしまった。



「最初から忘れなければ走ることも無いんですけどね…」



本人には聞こえていないだろうが、とりあえず言いたいことを言ってみる。


当然返事は返ってこない。



「はぁ~…」



不意に空を見上げる。日は落ち、辺りは薄暗くなっている。


完全に夜とまではいかないが、その一歩手前って所だ。



「あの拓也さんを引っ張ってた子…何で思い出せないんだろう……」



ミシェルは考えていたのは、今夜の晩御飯に何を作ろうか?や文化祭はどのように回ろうか?などではなく、あの金髪の女の子のことだった。



思い出せそうで思い出せない…なんか歯がゆいですね……



そんな時だった。



「あの…ミシェル=ヴァロアさんですね?」



突然通行人に喋りかけられる。どこにでも居るような格好をした男性。


とっさのことで頭の整理が追いつかないミシェル。だが真っ先に考えたことは、



「何で私の名前を?」



咄嗟に練り上げられる魔力。


敵意むき出しで非常に警戒しているミシェル。その姿は、最初に拓也に会った時のそれとそっくりだ。



「よかったぁ…人違いだったらどうしようかと思いました……」



ニタァと、拓也とはまた違う意味で気持ちの悪い笑みを浮かべる通行人。


もぞもぞと懐から鋭利な刃物を取り出し、その切っ先をミシェルへ向けた。



コイツは自分に敵意があると判断したミシェル。


手のひらを男へ向け、魔方陣を展開する攻撃の準備は万端。



その時、ミシェルの意識は完全に意識はその男へと向けられる











「ッ!!?」



故にそれがあだとなった。



目の前の敵に意識を集中しすぎたために、背後からの仲間の接近に気づけなかったのだ。



後ろから掴みかかられ、なにやら怪しい布を口元に押し付けられる。


途端に揺らぐ視界……



「(しまっ……た……………)」



数秒後にミシェルの意識はブラックアウトした。




・・・・・


~side拓也~



「これは……」



地面に小さく光る物を見つけ、それを拾い上げる。



俺がミシェルにあげた指輪だな…


神たちに遭遇した時用の”最終手段”が発動した形跡が無いところを見るとミシェルを襲った奴らは神や天使じゃないってことか…



「まぁ人間に攫われたって考えるのが妥当だな…」



なんでよりによって俺が居ない時に…と続け頭をフードの上からガシガシと掻く。



いや、俺が居ない時を狙ったのか…ハァ……情けないな、俺は。



直ぐに向かって助けることができなかった自分に腹が立つ…が、そんなことをしても不毛なことを分かっているので思考は止めない。



というかミシェルと一緒にいたはずのジェシカもいないってことは、一緒に攫われたか?


ともかく残留魔力を調べるか…




集中して空気中に放出された魔力が無いか調べる。




少量だがあるっちゃあるな…、光属性の魔力で最下級も発動できない量。



魔法陣か………、それに光って事は多分ミシェル、んで魔法陣をわざわざ組んだって事は脅し……



だが拓也は知っている。ミシェルは危険と判断したなら絶対に攻撃するはずだ。



それが発動まで至ってないということは…



「不意打ち…か。


敵は複数。まず誰かが注意を引き、隠れていた仲間が隙を見せた時にミシェルを無力化。ってとこだろうな…んで残留魔力がミシェルのものと推測するならば……」



辺りを見回してある手がかりを探す。それが見つけられれば……



「……え?」



振り向くと、探していた手がかりではなく赤髪の少女が目に入った。


ジェシカだ…



ジェシカも何かを探すようにキョロキョロしている。そして俺の手元を指差し、ワナワナと震えだした。



「そ、それって…ミシェルがいつも着けてる指輪ッ!」



ギロリ…と睨まれ、あからさまに向けられる敵意……





コイツなんか勘違いしてないか?





「ミシェルをどこへやったッ!?」



「えー…」




問答無用で飛び掛ってくるジェシカ。


いつもなら構ってやるのだが今は時間が無い。顔に向かってくる右腕を掴み、止める。




「やめろ、そんなことをしている時間は無い」



ジェシカの無事が確認できたし、…後はミシェルだけだな


だが問題はコイツ。攻撃を止める気配が無い…



そんなことしてる場合じゃないってのに…



「俺は『剣帝』今俺もソイツを探している。事態は一刻を争う、やめてくれ」



「剣帝!?なんでそんな大物がこんなところに!?」



はぁ、やっとやめてくれたよ…




さて、あるかな?




「いいから邪魔をするな」



「は、はい」




辺りをキョロキョロしながらそういう拓也。まだ例の手がかりを探しているのだろうか。



「うん、無いな…ということは……やっぱり薬か…」



拓也が探していたものは、そう、『血痕』



人間を気絶させられる威力でぶん殴れば絶対に血が出る筈なのだ。


それが無いということは、残る手段はかなり限られ、その中でも有力なのが薬。というわけだ。



そうと決まればとっとと探知するか…。というか最初からこうすればよかったんじゃね?


最近つかってなかったから存在を忘れてた…



目を閉じ、一人…極限まで集中していく。



鳥の鳴き声、風で葉が揺れる音。


それすらも遮断し、心を落ち着かせ、たどり着く悟りの境地。



そして…



「…見つけた」



目を開き、ジェシカへ向き直る。




「俺はもう行く、気をつけて帰れよ」




返事も聞かずに瞬間移動を発動させ、掴んだ場所へ飛ぶ。



取り残されたジェシカは目の前で起こった一瞬の出来事を理解できず、しばらくの間、ただ立ち尽くしていたが、直ぐに走り出した。





・・・・・

~sideミシェル~



ガタンッという衝撃でハッと目が覚める。



「ッうぐ……」



立ち上がろうと足に命令を送るが体が痺れ、思うように動かせない。


力を振り絞り、何とか立ち上がれたが、すぐに床にへたり込んでしまった。


ボーっとする頭で何とか考える。




薬か…魔力は……駄目ですね…使えないようです…


おまけに目隠しに手枷、布まで噛まされている。


随分と人攫いに慣れているようですね…


それに…この音…馬車の中?何とかここから抜け出さないと…




自分の置かれている状況を把握し、冷静になってきたミシェル、やはり伊達にSSランクではない。



「よぉ、やっと起きたか嬢ちゃん。おっと、抵抗なんて考えるなよ?おっさんも手荒なことはしたくねぇからな」



あの男とは違う声、やはり敵は複数だったか…と歯をかみ締める。


と同時に打開策を考える。




まずコイツを倒して次に馬車の御者…最低でもこの二人を相手にしないといけない訳ですか……




ミシェルはSSランクで異名持ちの実力者


故に悟ってしまった




魔力が使えず、目見えず、手も塞がっており、体は満足に動かせない自分が、男二人を倒すことは絶対に不可能だということを。




はぁ…最悪ですね…




不思議と涙は出ない。全て諦め、体を床へ投げ出す。


脱力感と共に目を閉じ、今までの人生を振り返る。




ジェシカやおばさんにはとてもお世話になりましたね…感謝しても仕切れないくらいです……





ロイドさんやリリーさん…、確かとても小さい時からギルドで面倒を見ていただきました…


ロイドさんには戦い方についても教えてもらいましたね…

リリーさんにはよく遊んでもらいましたっけ……




そして拓也さん……


私の中のよく分からない感情が心残りではありますけど…


この世界を…どうかよろしくお願いします…



ふふ、咄嗟に思い出す人たちがこれだけですか…私はあまり人と接してこなかったみたいですね




自嘲気味に内心微笑む。




そして決心した。



こいつ等の好きにされるくらいなら…いっそ舌を噛み切って死のう。



布を噛まされてはいるが、舌を噛み切るくらいできるだろう。そう判断したのだ。



さっきからミシェルが静かなのに調子に乗ったか、一緒に馬車に乗っている男がおどけるように口を開いた。



「おいおい、やけに大人しいな。まぁ懸命な判dッ………」




一体どうしたのか、何故話している途中で黙ったのか?


考えようにも視界を奪われているので何も分からない。



その時だった、




自分の背中と膝裏に回される手。咄嗟に身を捩るがビクともせず何者かに抱き上げられる形になってしまう。



次にミシェルを襲ったのは風圧。


心地の良いとは言えない強風が、体全体に当たる。


その風で、自分の視界を奪っていた目隠しが吹き飛び、遮られていた視界が復活する。



まず目に飛び込んできたのは、自分を抱えている人物。


黒いフードつきのローブを着ていて、顔は鼻筋と口元と輪郭しか分からない。


知らない人が見れば彼は怪しい部類に入るのだろうが、ミシェルはこの人物をよく知っている




そしてミシェルは心から安心していた。


もう大丈夫だ、と。





「ッ!?はふやはん!?」



布を噛まされている事を忘れたのか、もごもごさせながら叫べていないミシェル。

何を言っているのか分からない。



傍から見たら黒ローブが誘拐しているように見えてしまうのがなんとも可哀想である。



上昇が止まり、重力にしたがって落下が始まる。


手が使えないという恐怖から目を瞑るミシェルだが、黒ローブの人物は軽やかに付近で最も高い木の頂上へ降り立った。





満月をバックに、しゃがむような格好で木の上に留まる黒ローブ。








~side拓也~



「こ、この子を僕専用のど、ど、奴隷にするんだな!」



たった今助けた少女に最高に気持ち悪い一言を言う黒ローブ…『剣帝』拓也。


ついでに噛まされている布を取り、手枷も外して下へ投げ捨てる




このあたりでいつもなら華麗に魔法が飛んでくるはずなのだが、それが来ないためにあれ?という表情をする拓也。



そして今日は魔法の変わりに…



「ちょ、ちょ、ちょっとまって!泣かないで!俺が悪者みたいだから!」




ちょっと目がうるっとしているなんて考えていると、ポロポロと泣き始めたミシェル。


大泣きとまでは行かないが、手を目に当て、スンスン鼻を啜りながら泣いている。



こんなミシェルを見たことが無いためあたふたとする拓也。何故バランスを崩さないのかが不思議である。



どうしゅればいいんだッ!?泣いてる女の子を慰めるなんてイケメンスキル俺は持ち合わせて無いッ!!



なんかもうこっちのほうがパニック状態だ。



更に追い討ちをかける用に、ミシェルが背に手を回し抱きついてくる。


胸の辺りが湿ってきているということは結構泣いているんだろう。



「…ありがとうございます……本当に……」



「……あぁ、遅くなってごめんな」



自分の胸の中の、小刻みに震えるミシェルを抱き返し、頭を撫でながら謝る。




「さて、帰るぞ」




木から飛び降り、地面に着地する。


木に囲まれた道を歩き出す。が、ここで問題が発生した。



「あの、ミシェル…そろそろホールドを解除してもらっても?」



何故かミシェルが抱きつくのを止めないのだ。


うん、歩きづらいのよ…



「……恥ずかしくて顔を見せられません…」



そう、抱きついたはいいのだが、恥ずかしくなってきたのだ。


しょうがないよね!花も恥らう乙女だものね!



だが、そうはいってもずっとこのままなのはもっと恥ずかしい。




「顔見ないでくださいよ?」



恥ずかしさを堪え、素早く拓也から離れる。



あぁ…名残惜しい………。



二、三歩進んで背を向けて立つ。…が、




「あっ……」



ふらつき、仰向けに倒れそうになるミシェル


どうやら薬の効果はまだ切れていないようだ。



「ちょッ!!」



すかさず、瞬時に詰め寄りもう一度抱きかかえる拓也。




必然的にミシェルの顔を覗き込む形になってしまう。



「ぁ……ぁ…」



既に真っ赤だった顔は、今にも煙を噴出しそうだ。


目は泳いでおり、俺とあわせようとはしてくれない。




「なんでッ!?」



倒れかけたところを助けたのに、何故か俺の顎を捉えるミシェルのパンチ。


脳が揺れこっちが倒れそうになるが、堪える。




というかなんでミシェルはこの状況でも的確なパンチを撃ってくるのだろう…

この世界のやつらってボクシングの基礎は標準装備なの?



「あ、……ごめんなさい」



そしてそれが咄嗟に出ているのだからなお恐ろしい。



というよりミシェルが動けないなら俺が運ぶしか無いんだが……魔法使えば早いけど残留魔力が残るのも嫌だしなぁ……



「じゃあ…」




俺の思考を遮るようにミシェルが声をかける。



ん?と返し返答を待つが、なんか恥ずかしそうだ。


やがて、決心したのか、俺と目を合わせる



「…おんぶ……駄目ですか?」



「うっわ~すっごいデジャブ!」



満面の笑みでおちょくるような態度の拓也。これはウザイ。



「ッな!おんぶのほうが顔が見えなくていいんですッ!!」



ミシェルが右手を引いたので、またアッパーが来ると思い、身構えるが、勢いなく手は俺の顎にぽてっと触れただけだった。



もしかして結構衰弱してる?…ふざけてる場合じゃなかったな




「ミシェル、体はどんな状態?」



「…思うように動きません…それと魔力が練れないんです」



拓也の真剣な声色におされ、攻撃を止め真剣に答える。



う~ん、少し唸ると、何かを閃いたのか表情がパッとする。




「ちょっと失礼する」



右手を離し、左手だけでミシェルを支えながら、開いた右手の親指を立て、

ミシェルの唇の付近を拭き取るように拭う。



「ッ!///いきなりなんです…って何してるんですか

!?」



「え?匂いを嗅いでるんだけど?」



そしてその親指の匂いを嗅いだ。


おまわりさんこいつです。




だが拓也の個人的な趣味というわけではない。



しばらく首を捻りながら何度も匂いを嗅ぎ続ける。


一定感覚でミシェルのいい肘が鳩尾に入りながらも嗅ぐのを止めない。




というか大丈夫そうだと思うのは俺だけ?








それにしても……案の定これだったか…


もってきといてよかった。



「ってさっきから痛いんだよ!やめろ!」



暴れるミシェルを必死に制止しながらローブの中の腰のポーチに手をつっこむ。


ガサガサと漁り、目的のものを見つけ引っ張り出す。



拓也が取り出したのは二つの薬と思われる錠剤と水筒。それをミシェルの前へ差し出す。




「さぁ選べ」



「薬をですかッ!?」



「いいから」



「じゃ、じゃあこっちで…」




急かされるまま、一つの錠剤を拓也の手のひらから取り、口に含む。


続いて差し出された水筒の中の水で薬を流し込む。



「あ~それハズレ」



「……え?」



ニヤニヤしながらそういう拓也に恐怖するミシェル。


聞きたくは無いが、恐る恐る口を開く。




「……ハズレって…何を飲ませたんですか?」



「ん?媚薬」



「ッな!///」




メッシャァァァという豪快な音と共に、ミシェルの肘が鳩尾に深く食い込み、膝を折る拓也。


立て続けに襲われていた拓也の筋肉の鎧も遂に限界を迎えたようだ。ダメージがもろに入ってしまう。



「じょ、冗談だって…両方とも解毒薬……」



右手で腹を押さえながらそう説明する。



「紛らわしいことしないでくださいッ!!」



「因みにこれが助けるのが遅れた要因その1だ!」



ドヤ顔で説明するが、何もカッコ良く無いことに早く気づいて欲しい。



薬を飲ませたはいいが回復までに時間はかかる…まだ歩けはしないはずだし…



「さぁ、要望はおんぶだったな。しょうがない…今日だけだからね!」



ミシェルの右腕を背中に回して背中に背負う。



しょうがない、と言ってはいるがただのご褒美である。



そしてどうしても背中に柔らかいものが当たってしまうがこの場合は不可抗力だろう。


きっと神様も許してくれる!




「拓也しゃんの背中あったか~い……」



ボソボソと独り言のように呟く拓也、だがミシェルには聞こえていたようで…



「ッ!!」



「なにをするッ!!?」



腰にめり込む膝。痛みに悶絶する拓也だがミシェルを落とすわけにもいかないので何もできない。



「もう忘れてくださいッ!!」



背中のミシェルはきっと顔が真っ赤になっていることだろう。



そんなことを考えながら、市街地へ向かい歩き始めた。






・・・・・



場所は変わり、市街地に位置するギルド『漆黒の終焉』。


拓也は最初に見た時、ギルマスは絶対中二。と思ったほどに痛い名前のギルドだ。


だが、予想に反してギルドマスターは超常識人なのが驚きである。



そのギルドに駆け込む一人の少女。



「ハァ…ハァ……、すみませんッ!!」



「ちょ、ちょっと、どうしたの?」



両手を膝に置き、肩で息をしながら受付のリリーのところへ歩み寄る


あまりの剣幕にうろたえるリリーだが、ちゃんと応対する。



「ここってミシェルの所属してるギルドですよねッ!?」



「そうだけど、…ちょっと落ち着いて」



そう叫ぶように言うジェシカの顔には汗が滲んでる。


移転魔法はまだ習得していないのだ。

この魔法は中々に難易度が高く、本来学園で習うのだ。


既に習得しているミシェルがおかしいだけで、ジェシカが本来の一年生のあるべき姿なのである。




そんなジェシカの姿からただ事ではないと判断したのか、リリーは落ち着きを取り戻す。



「待ってて、ギルドマスターを呼んでくるから」



そう残すと、水を一杯ジェシカの前に置き飲むように促した後、裏に下がっていった。



しばらくした後、ギルドマスターであるスーツ姿の紳士と共にリリーが戻ってくる。



「どうも、ギルドマスターのロイドです。どうかしましたか?」



にこやかなスーツ姿の紳士、ロイドが口を開く。



「ミシェルが…ミシェルが攫われましたッ!!」



飲んだくれ連中のせいでギルド内がうるさいのには変わりないが、リリーはそれを聞き、驚愕していた。



だがリリーと違いロイドは落ち着いていた。



「まず君の名前を教えてくれるかな?あと知ってることも全部」



流石はギルドマスターで帝候補にもなる人間。


こんなところで焦ってもどうしようもないことをちゃんと分かっているのだろう、それよりも事態の把握を優先している。





「ミシェルの友達のジェシカですッ!今日二人で一緒に帰ってたんですけど私が忘れ物しちゃって待っててもらってたんです!


それで戻ったらもういなくって………」



早口で捲くし立てるように喋るジェシカの話を、にこやかな表情ではなく真剣な表情で聞くロイド。


早口すぎるのと焦っているのか、話がまとまっていない。



「なるほど…つまり君が目を離している隙に攫われた、と」



これだけの情報でそこまで状況を把握できてしまうロイド、流石だ。



「そ、そういうことですッ!」



現場を見てきた自分より見ていないロイドのほうが説明が上手なのに少し取り乱しながらも、意味が伝わったことに安堵する。



「それはちょっとまずいね…SSランクのミシェル君が攫われたとなると……並みの者では無理だろう…リリー君、王城へ連絡を」



「分かりました」



深刻な表情で顎に手を当て、リリーに指示を出すロイド。


指示通りに連絡用の水晶へ向かうリリーだが、ここでジェシカがもう一つの情報を思い出した。



「あ、そうだ!ミシェルを待たせてた場所に戻った時に『剣帝』って人に会ったんですけど、その人もミシェルを探してる感じでした」



剣帝。その言葉を聞いて動きが止まるロイドとリリー。



「……それは本当かな?」



「は、はい。『俺もソイツを探している』って言ってました!」



ジェシカがそう言い切ると、二人は顔を見合わせ、深刻な表情は途端に微笑みに変わる。



リリーは近くの椅子を引き、ドカッと深く腰掛ける。


二人の気の抜けように戸惑いを隠せないジェシカ。そんな彼女の心情を読み取ったのか、ロイドが口を開いた。




「彼が探しているならもう大丈夫だよ、じきに見つかる」



「はぁ~、アイツが向かったならもう大丈夫でしょ。むしろ攫った奴らのほうが心配だわ」



優しく説明するロイド


リリーに至っては隣で紅茶を淹れ始めている



「…え?………え?」



うん、混乱するのも無理は無い。自分達のギルド員が攫われたのにこんなにも落ち着いているのだから



だが、その光景はどこか焦っていた自分も安心させられる。



そして理解した。剣帝という人物は余程信頼されているのだろう、と



「おっと…噂をすれば、だね」



ドアのほうを見ながら微笑むロイド


ジェシカが振り向くと同時にギルドのドアが開いた。





・・・・・



「だからジョーク!アメリカンジョークッ!」



「うっさいです!!ただのセクハラじゃないですか!!」



ドアを開けて入ってきたのは黒ローブとミシェル。ミシェルはまだおぶられており、二人ともロイドの陰にちょうど死角になっておりジェシカが居る事に気づいていないからか、完全にいつもの調子である。


そして黒ローブの正体は拓也なのだが、ジェシカはまだそのことを知らない。


ここまで至る道中になにがあったか知らないが、なにやら言い争いをしている。



「早かったね剣帝、それにミシェル君も無事そうで何よりだ」



「?状況は既に把握済みって感じですか…まぁ俺が颯爽と助け出しましたしね!」



ロイドが事情を把握していることに疑問符を浮かべる拓也だが、まぁ言ってていてくれたほうが話が早いので無視して話を進めようとするが、そうは行かなかった。


なぜなら…



「ミシェルッ!」


「は?」



背中のミシェルを俺を巻き込むようにして抱き締めるジェシカ。



ちょっとまて、俺は気をつけて帰れって言ったのに何でコイツここにいるんだよ!



「ジェシカッ!?どうしてここに!?」



「最初は町のなが…探してッ、たんだけど…エグ…どうしようもなくって……ウッグ」



「そうですか…ありがとうございますね……」



涙声で懸命にそう説明するジェシカ。遂には泣き出し、ミシェルに抱き着く、ミシェルは優しい表情でそんなジェシカの頭を優しく撫でた。



感動の再開の中で悪いんですが、俺にも抱きつくのはやめていただきたいです。はい


なぜなら



「うっわ…鼻の下伸びてるわよ、気持ちわる……」



おっと~、俺の代弁をしてくれるとは流石お姉さん系幼女。このゴミを見るような目が堪りませんな!



「…ッせーな幼女め……」



小声でボソボソと悪態をつくが、流石地獄耳。


アッツアツの紅茶の葉を顔に投げられましたわ。








いい加減離してもらいたいのだが、離してくれる気配は無い。


仕方なく抱きつかれたままズルズルとカウンターまで二人を連れて行く。


そこでミシェルを椅子に座らせる



「俺は王城へ報告に行きます。毒の解毒薬は飲ませましたがまだ完全には抜けてないでしょう。しばらくミシェルをお願いできますか?」



ロイドさんに向け口調を変え無駄に気取った声でお願いをする拓也。



なぜわざわざ口調を変えるかって?いつものテンションで喋ってたらなんかうっかり口滑らせちゃいそうなんだもの!



「あぁ、任せておいてくれ」



快く承諾してくれたロイドさんに会釈して、踵を返し歩き始める、が次の瞬間踏み出した足は硬直することになる。



「え?ミシェルって剣帝と知り合いなの?」



小首を傾げ、特に誰に聞いているわけでもなくなんとなく言い放つジェシカ。



しまった、迂闊だった…まさか俺がこんなミスをするなんて…



ゆっくり振り返ると、全員もれなく俺を見ている。


やめろ、そんなに俺を見るな!


そんなに見つめてもこの状況をうまくやり過ごすことなんてできない…




…………………………………………そうだ、



……………………やり過ごせないなら…………



「フフッ…」



刹那、拓也が消えた。



「あ、逃げた」



飲んだくれ連中がうるさく騒ぐ中、リリーが紅茶を飲む手を止めそう呟く。




…そう、逃げればいいんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!



瞬間移動。誰も追えるものはいない。






・・・・・



「…と言うわけで今すぐに闇帝に伝えてくれ」



「畏まりました、国王陛下」



玉座に座りながら大臣の内の一人に指示を出す国王。


隣では黒ローブの男、剣帝が突っ立っている。



あの後、瞬間移動でいきなり国王の私室まで飛んだ拓也。


いくら帝でも普通なら厳重な処罰が下るはず。だが、この国王は全然気にせずに、一人で指していたチェスの相手を頼んできたほどだ。


なんとも適当である。



「別に俺が行ってもよかったんですけどね」



大臣達が去ったのを確認し、隣にいる国王に笑いかける。



「確かに君が失敗するとは思わないさ。でも攫われかけた子を助けて敵の本拠地を見つけ出した、十分すぎる働きだ。これ以上働かせるほど鬼じゃないよ。


今回重要なのは攫われたと思われるギルド員たちの保護と、敵組織のリーダーと幹部数人の身柄の拘束。『闇帝』は特に隠密が得意だからね、一人で十分さ。



それに今は学園祭前だろう?そっちを精一杯楽しんでくれ。


…今回はサプライズも用意しているんだ!」



「今聞いちゃいましたけどね」



最初に仕事について喋っていた時とはまるで別人…というか子供のように目を輝かせる。そんな無邪気な子供のような国王だが、頭の上が寂しいのがちょっと笑いを誘ってくる。



「な、内容はまだ言ってないだろう…」



困ったようにどもってしまう。




おっさんのこんな姿を見ても何も面白くないな……




「そうですね、じゃあ俺は帰ります。明日も青春しないとですから」



そのまま、謁見の間の大扉のほうへ国王に背を向け歩き始め、振り返らずにヒラヒラと手を振る。


挨拶代わりだ。



「そうだよ!やっぱり…行っちゃった…………」




しょぼん…とする国王だが、拓也はそんなことは全く気にしないだろう。








王城からギルドの前まで飛んだ拓也。



逃げるようにギルドを出てから結構時間が経ってるし、もうジェシカはいないだろ。


うぇ~それにしてももう夜中だぞ…俺ってば仕事しすぎ。



ドアノブを握り、捻ってドアを開け、ギルドの中へ入る。


相変わらず室内はうるさいがどこか安心する独特の雰囲気がある。



「おや、お帰りのようだね」



「…遅くなりました」



いち早く俺に気づくロイドさん、この人は多分俺がギルドの近くに来た時点で気づいていたんだろう。


流石だな……



そんなことより……



「お、おかえりなさい……」



「あ、おかえり~!」



なぜまだジェシカが居るんだ…



申し訳無さそうな顔でミシェルが目配せしてくる。


まぁ大体理由は分かるが…まさかマジで俺が戻るまで居るとはな…その執念を勉強に使えと言いたい。



だがこの姿ではそんなことは言えないのでまたの機会にしよう。




「あ、あぁ…ただいま?」



というかリリーの奴はどこだ…



……そうかアイツ生活サイクルまんま幼女だがらもう寝たのか、納得。



自問自答してその結論にたどり着き、カウンター席に腰掛ける。



「ファッ!?」



が、勢い良く後ろに転ぶ。


仰向けのまま上を見上げると、そこには…



「あらごめんなさい、手が滑ったわ」



「いや、お前俺の座ってた椅子蹴り飛ばしただけだろ」



滑ったのは手じゃなくて足だろうが、


とかそんなことじゃなくてもし今の反動でジェシカに俺のフツメンフェイスを晒してしまったら…とてもめんどくさいということを理解して欲しい



…視界の端でジェシカが腹押さえてるけど気にしない…気にしたら負け…。



「それで君は何故まだここに居るんだい?」



「やだ~、この真夜中に女の子一人で帰すつもり~?」



あれ?紳士的な態度とったのに対応がいつもの俺に対するそれじゃない?


ミシェルに視線を送ると首を振られる。



なるほど、正体はばれてないか……勘のいい奴は苦手だな…。





「…わかった、よければ家まで送ろうか?」



そう言いながら体に着いた埃を軽く払い、倒れた椅子を起こす。


そんな普段とは全く違い、無駄に紳士的な態度の拓也を見てリリーがため息。呆れたような表情で拓也に話しかけた。



「もう諦めたら?」



そう一言、



恐らく俺の正体を隠すことを諦めろといっているんだろう。


そう俺に言ったリリーは紅茶を飲み干し、ギルドの裏へ消えていった。



あ、流石に眠いか。幼女だもんな、仕方ない。



…俺がこんなこと考えたからだよな……この額に刺さった万年筆も仕方ない


こいつは暇つぶしにでもダーツでもやると良いと思う。




刺さった万年筆を抜き、ロイドさんに手渡す。不思議と傷口から血は出ていない。




「じゃあお願いしまーす!」



元気に手を上げるジェシカだが、今が夜だということを少しは考えてもらいたい。


まぁ飲んだくれが居るから変わりないか…




「わかった、ミシェルも歩けるか?」



「は、はい。おかげでだいぶ楽になりました」



微笑むミシェルを見て頷き、ロイドさんに一礼する。



「じゃあ行こうか…」



と言って振り向くが、既に二人はそこに居なかった。


疑問符を浮かべると同時にドアが開く音。どうやら先に行ったようだ。



まったく…じっとしていない奴だな…まぁ俺も人の事言えませんがね!!


なんかじっとしてるのって無理だよね?分かる人いるかな…



外に出ると案の定二人は結構先へ進んでいる。


早歩きで追いつき、一歩下がった位置を維持する。何故かって?話しかけられないようにするためさ!



「ねぇねぇ!剣帝様って何歳なの?」



ジェシカの前ではそんなことは関係なかったようだ…


しかもいつの間にか隣にいるだと!?




「そうだな、……10~30の間」



「え~!16歳くらいですか!?」



いつものように笑うジェシカ。



やっぱりコイツ俺だってわかってるんじゃないの!?





「クックック、無駄な詮索はよくないぞ少女よ」



ケタケタと不気味に笑いながら少女二人の背後をついて回る黒ローブは最早不審者と思われても仕方が無いだろう。



そして口調がだんだんいつも通りになりつつあることには本人も気づいていない。



「ミシェル~拓也君って今どうしてるの~?ミシェルが居なくなって必死に探してるんじゃない?」



拓也の苦手な笑みを浮かべながらミシェルにそう尋ねるジェシカ。


えぇ、必死に探して見つけましたよ。もうコイツは絶対感づいてしまったな…まいったなぁ…



目を逸らして無視しようと頑張るミシェルだが、不運なことに相手はジェシカ。


そんなことでは逃げ切れない。



仕舞いには目を泳がせながら



「さ、さぁ……どこかで山登りでもしてるんじゃないですか?」



なにそれひどい。


俺が登るのはお○ぱいという名の双丘岳だっての…はいキモイッすねさーせん。



でも山登りは無いと思うんだ…せめてショッピングとかに………



「へ~山登りねぇ……似合わない!」



コイツも俺がつっこめないからといって好き放題言いやがって…今度机と椅子の足をロープで結んどいてやろう。



仕返しがなんともしょぼい。それが拓也だ。



「それにしても今日は星が綺麗だ…」



俺を馬鹿にする流れを断ち切るべく、妙に気取って空を見上げそんなことを言い始める拓也。


二人とも完全に聞いてない…悲しい…



このまま男泣きしてやろうかと思っていた矢先だった。



「おわッ!!?」



途端に地面に顔面からダイブしてしまう。



うわ、超痛い…鼻とかメッチャ擦りむいたわ……




原因は石畳の段差に気づけず、躓いただけ。


無駄に気取ってキザな台詞をはいた矢先にこれかよ恥ずかしくて死にそう……



「大丈夫ですか!?」



「あ、うん。大丈夫」



こんなに無様な転び方しても真っ先に気遣ってくれるミシェルってやっぱり天使ですわ…




ゆっくりと立ち上がり、砂を払い落とす。


顔を撫でるように吹き抜ける風が心地よい。



ん?待てよ…なんで風が……



「ッ!!」



前方にいるミシェルが、何かを伝えようとしているのか、俺の顔を必死に指差している。



なにをしているんだ?薬にそんな副作用は無いぞ……



なんとなく頭に手をやり、髪をガシガシと掻く。



ん?何で髪が………




拓也はそこで全てを悟った。



あ、これフード取れてますわ…と。




ヤバイ…幸いなことにジェシカは俺の背後にいる、故に顔は見られてないが…後姿は確実に見られた……



とりあえずフードを被りなおす。


そしてゆっくりと振り向き、ジェシカに無機質な声で喋りかけた。



「見た?」



「見た!」



おいこの野郎。そこは嘘でも見てないといえよ!!



「まぁ後ろからしか見えなかったけどねぇ…」



ジェシカにしては珍しく、元気が無くちょっと落ち込み気味だ。



コイツは絶対あれだ。探究心強いタイプだ。駆逐系男子だ。男じゃないけど。



「それならいい…」



そう言い、再び足を進める。やがてジェシカの家の前に着いた。




「それじゃあ私はここまで!ありがとーね~!!」



手を高々と上げ、勢い良く振り回すジェシカ。



その見送りをいつものように背中に受けながら、帰路へつく。



「…はぁ、疲れた……」



「…ふふ、お疲れ様でした」



気だるげな声をあげた後、フードを脱ぐ。


なんだかんだで非常に性能が高いこのローブ。全裸にこれ一枚でも春夏秋冬オールシーズンいける。


こうして性犯罪は増えていくのだ。いや嘘だけどね?





「それと………危ないところを本当にありがとうございました」



隣に居たミシェルが急に止まり、振り返ると深々と頭を下げていた。



「私のせいで沢山の人に迷惑をかけてしまって……」



「それは違うな」



言い切る直前に拓也が口を開く。


腕を組み、いつものような表情でミシェルの近くへ歩み寄る。



「迷惑をかけたのは奴らだ、元々奴らが人攫いなんてしなければこんなことにはならなかっんだ。違うか?」



「……………そうですけど……」



イケメンではないが、拓也のこの笑顔はどこか安心する。



そう思ったミシェル。だが自分の思考が話とずれている事に気づき、困ったように俯き、そう返す。



そんなミシェルを見て微笑んでいた拓也だが、少し表情を真剣なものに戻した。



「そんなことよりだ、…ミシェル、お前途中で一度諦めただろう。もう助からないって」



「……そうですね、確かに一度死のうと思いました」




何故拓也がそのことについて知っているのか?今は詮索しても無駄だろうと考えたミシェルは大人しく話を進めることにした。



少し悲しそうな顔をする拓也は、何かを言おうと口を開いては結局声にならずに、空気だけが排出される。


そんなことを何回か繰り返した後にようやく喋りだす



「死ぬなんて悲しいこと言わないでくれ…」



見たことも無いような拓也の表情に、思わず黙ってしまうミシェル。


何か言わなくては…そう頭で分かっていても、言葉が全く浮ばない。


遂には無言でアタフタとし始める始末。



「え?ちょ、大丈夫?」



拓也まで心配し始める。


なんか立場が逆転したような気がするが、最早気にする者はここにはいない。



とりあえずミシェルを落ち着かせた拓也は軽く鼻で笑うと、いつものようなにやけているのかただ単に笑顔なのか分からないような顔をした



「おいおい、この俺が付いてるんだぜ?たとえ世界の果てに居ても探し出してカッコ良く救い出してやるさ!」



この状況でなぜそんなことを言ったのかは謎だが、まぁいつも通りと言えばいつも通り。


そんな拓也に安心したのか



「…カッコ良くは余計ですね」



ミシェルもいつも通りに戻っていた。




「クックック…これは手厳しい……」



怪しく笑う拓也。涙を流しているのはこの際無視してしまおう。



「それと話しておきたいことがあるんですけど…いいですか?」



歩みは止めずに拓也に訊ねるミシェル。何か重要な話をし始めそうな雰囲気を察した拓也は涙を手で拭う。



「シリアスなのはNGで」



「…じゃあ止めときます」



キリッとそう言い放つと、ミシェルはフイッとそっぽを向いてしまった


ちょっとしたジョークを真に受けられた拓也は焦りながら顔を合わせようとするがことごとく回避される。



「…う、嘘です!聞かせてください!」



沈黙に耐え切れなくなったのか、震える声でそう言う拓也。



もうね、なんかね、こんな扱いにも慣れてきたよ…



それから何度か謝罪した後、ようやくミシェルが喋り始めた。



「前に、私の両親は私が小さい時に死んだって言いましたよね?」



「あ、うん」



何の話しかと思ったら、いつかジェシカママが言いかけたアノ話だった。


その時、拓也はミシェルが話してくれるまで待つ。と言ったが、まさかこんなに早くその機会が来るとは……


フラグって怖いね!



そんなことを考える拓也だった。



「実は……私、自分の両親のことについて何も知らないんです」



無言の拓也、ミシェルは続ける。



「それどころか自分がどこから来たのかすら分からないんです。私の中の一番古い記憶が、暗い街中に立っているところをジェシカとおばさんに見つけられるんです。


それでそのまま同居させてもらうことになって……」



ポツリポツリと独り言のように語るミシェルの表情はいつものそれと変わらない。


まるでただの記録を読み上げているかのように淡々と語る。



だが次の瞬間、その表情は怯えているようとも恐怖しているともとれるものに変わった。



「たまに…考えるんです。私は本当に人間なのかな?って」





ここまで黙って聞いていた拓也は、特に驚くことも無く静かにしていた。珍しく…本当に珍しく。


そしてそれを破るようにクック…と気味悪く笑う。



「ミシェル、お前の目に俺はどう映る?一体俺が何者なのか分かるか?」



早歩きで先に行き、ミシェルの行く手を阻むように両手を軽く広げそう訊ねる。



「え?…別に人間で男性で……拓也って言う名前で……」



頭の上に疑問符を浮かべるミシェルは小首を傾げそう答える。


拓也の表情は人をおちょくる時のようなもののため、如何せん腹が立つのは仕方が無い。



「そう、俺は鬼灯拓也。それ以上でもそれ以下でもない!」



最高のキメ顔でそう言う拓也だが、ミシェルは、は?といった表情をする。



ヤバイ、一度は言ってみたかった台詞だけどリアルにやるとここまで恥ずかしいとは……



当の本人も羞恥で悶えそうになっているのだから馬鹿としか言いようが無い。



その感情を紛らわす為に、頬を人差し指で掻きながら苦笑いをし、後付の説明をする。



「まぁ俺も昔は同じ様なことで悩んだよ!ただその内どうでもよくなってくるから大丈夫!」



「は、はぁ……拓也さんはなんでどうでもよくなったんですか?」



何故どうでもよくなったのか。その部分を掘り下げて喋って欲しいとお願いしてくるミシェルだが、拓也は苦笑いのまま固まった。それはもう見事に固まった。



やめてくれよ…その話題から離れようぜミシェルちゃん……。もう拓也さん顔面から溶岩出そうなんですけど……



しかしミシェルは引かないだろう。しょうがない、人生の先輩として役に立つかっこいい名言でも残しておきますかね!




「まず人間の定義ってなんだろうな~って思ってしばらく悩んだ挙句まぁいっかと開き直りました」



最早名言の『め』の字もなく、一分後には忘れられてしまいそうな程インパクトも無い。


皆さん、これが拓也クオリティです。



恥ずかしくなってきたので羽織っていたローブを脱ぎ、手で持てるサイズに畳む。



「…それだけですか?」



拓也に期待していたからだろうか、無機質な声でそういうミシェルの目には光が無い。



そんなジト目で見られると辛かったり気持ちよかったりするからやめていただきたい。


断じて興奮とかはしてない。断じて。




「さっきも言ったが俺は俺だ。種族とかはどうでもいい」



俺は別にケモナーというわけではない。まぁ結構イけるが専攻はしていない。片手間でやってるだけであり……


なに言ってんだ俺……



あやふやな答えに不服そうなミシェル。



そんな姿を見て、なにを思ったのかローブを地面に置き、自分の左腕を右の手でガシッと掴んだ拓也。


そして次の瞬間、



「ッセイヤアアアアアア!!」




ボギッ!という鈍い音と共に、拓也の左腕の本来曲がってはいけない部分がくの字に折れ曲がる。



あまりに意味不明な行動に唖然とするミシェルだが、すぐに状況を把握することになる。



「…ヌヲオオオオオオオ超痛ってええええええぇぇぇぇぇッ!!!!」



左腕を押さえ、地面をのた打ち回りながらの大絶叫。



そう、この男。


自分の左腕をへし折ったのだ。



「…ちょ、ちょ、ッ!!ちょっとなにしてるんですッ!?」



「ウヲオオオオオオオオッッ腕を折ったんですッ!!」



「見れば分かりますッッ!!」



「じゃあ聞くなし…」



異常なテンションでスピーディーに繰り広げられる会話は最早芸術の域に達していた。




「とにかく病院へッ!!………………へ?」



拓也の右側に回りこみ、肩に手を掛けようとしたときだった。


腕を自ら折ったアホゥは何事も無かったのようにすっくと立ち上がる。



それだけじゃない。



「…治ってる………」




拉げていた腕が元通りになっている……




左手をプラプラさせた後、右手で触り感覚を確かめる。



「ミシェル、お前の目に俺はどう映った?」



先程と同じ質問を投げかける。


違う点といえば、過去形になったくらいだ。



「……ただの頭がおかしい人ですね」



「酷すぎ泣いた」



もうなんなのこの仕打ち!?腕一本へし折ってやったのに!!少しは俺の労を労ってくれてもいいんじゃないですか!?



まぁ拓也が取った行動は確かにキチガイ染みてるからそう言われるのは仕方が無いのだろう。


だがら地面にへたり込んで泣くのはやめよう。ただのキチガイになってしまうぞ。



「冗談です、まぁ別にさっきと変わりませんよ。人間で男性でってだけですね。



というか早く起き上がってください」



そう催促され起き上がった拓也の表情はどこか嬉しげだ。非常に気持ち悪い。



「まぁミシェルが人間かそうじゃないかにこだわりたいなら言っておくが、今の俺が人間だと思えたのならお前は間違いなく人間だぜ。


お前にこんな超高速治癒なんて出来んだろう!」



誇らしげに左腕を天へ突き上げる拓也。


最後の一言が余計だが、言っていることはあながち間違っていないと思ったミシェル。


自分より明らかに人間じゃなさそうなのが目の前にいるのだ。それは何か妙に信憑性のある言葉だった。




余談だが、今は魔力を使ったけど普段の状態でも骨折なら数十分で治るんだぜ?というかその前に体の耐久度高すぎて滅多に怪我とかしないけど…あとその日の体調にも左右される


まぁ体の構造的には人間なんだろうけど…というか元々男子高校生だったし。それに特に異質な部分も無いし……



もうなんかメンドクサイから『拓也』って種族でいいかな?




「相変わらずめちゃくちゃですね、今更ですが…」



額に手を置いて呆れたような目をするミシェル。



だってそんな事言われても俺ってそういう奴だし…この能力も努力の賜物ですしおすし……



「だから人間がどうのこうの言われるのは苦手なんだよ…そんなといい始めたら間違いなく俺が一番人外扱いされるし…いや別に気にしてないけどね」



地面に置いていたローブを拾い上げ、肩から掻ける。


そのまま家に向かって再び歩き始めた。



「…でもなんだか拓也さんを見てたら、…私の悩みなんてバカらしくなってきちゃいました」



「悩むのは何も悪くないが、悩み続けて自分の成長が止まっちゃうのはよろしくないからな。


俺でよければ相談にのるぜ?」



二カッと珍しくテリーのような裏が含まれていない笑顔を向ける拓也


何の意図があってそんなことをしているのかは本人のみぞ知るところだ。



「あ、結構です」



「……」



だがミシェルはキッパリと断る。もちろん冗談のつもりで言っただけなのだが…


拓也は完全に拒否され精神ダメージが甚大。数回、両手足を解すように関節を回した後、空を見上げ、突然しゃがむ



「On your marks」



そのまま両手の指数本と方膝を地面につき、その体勢で留まる。



いきなりの拓也の奇行に疑問符を浮かべたミシェルだったが、まぁいつもの事か…と放置し、再び歩き始めた。



5メートルほど先を行くミシェル



「set」



叫んでいるわけではないが、耳を抜けるような機械的な音。


ミシェルは気になるが振り向こうとはしなかった。何故か振り向いたら負けだと思ったからである。



そして次の瞬間、『パーン』という乾いた炸裂音がミシェルの鼓膜を揺らした。



それとほぼ同時に何かが自分の隣を通り過ぎ、少し遅れて旋風が巻き起こる。



「ッ!」



目を凝らし、自分を抜き去った人物を確認すれば、やはり拓也だ。



何故クラウチングスタートをしたのか、あの炸裂音は一体どうやって出したのか、謎は尽きない。



拓也はミシェルから10メートルほど離れた所で一度止まり、こちらへ振り向く。



「水色、ご馳走様でした」



「なッ!///」



敬礼をする拓也は、すぐさま踵を返し猛ダッシュ。



この後捕まるまで終わらないエンドレス鬼ごっこが始まったのは言うまでもないだろう




・・・・・



ミシェルに捕まり、気の済むまで顔を叩かれた日から三日ほど過ぎた。


学園祭まであと4日



そして今俺はまたもやピンチを迎えている。



「なんで……なんで来なかったんですの!?」



俺の胸倉を両手で掴み、激しく揺らしているこの人物。


金髪ロングで少し釣り目気味の美少女。エルサイド王国王女。


名前を…



「え、えっと…ハメハメハさんでしたっけ?」



「ハイメルシューラルムですわッ!!」



物凄い剣幕で泣き怒る王女


拓也を前後に揺らす動きが更に激しくなる。首がガックンガックンしているが、拓也は至福に満ち溢れた表情をしていた


だがそろそろ酔いそうになってきたので止める事にしよう



「はいはいメルちゃんね、というかこの前はポニテじゃなかった?イメチェン?」



「ッとにかく来なさい!」



このまま教室で騒ぐのは良くないと思ったのか、拓也のネクタイを掴んで引っ張り、教室を出た



そのまま階段を上り、…そして案の定この場所へ出た


そう、屋上。



屋上といえばボッチが食事を取る場所として有名である


屋上と並び、人気があるのが個室トイレ。だが数に限りのある個室を占領するのはよくない。だから真のボッチは誰にも迷惑のかからない屋上を選ぶ




「屋上ですか…なんなの?ボッチなの?」



「ッ!?………」



拓也のその言葉を聞き終えると同時。驚愕に目を見開き、気まずそうに目を逸らした


冗談のつもりでおちょっくっただけなのだが、この反応



え?………………え?…まじかよ…



「い、一応聞いておくが昼ごはんはどこで?」



「……屋上ですわ…」



「だ、誰と?」



「……」



「…」



やばい…これは踏んではいけない地雷を踏んだ気がする…


この子ただの高飛車泣き虫寂しがり屋だと思ってたけどまさかボッチ属性まで持っているとは…



次の瞬間、偉大で伝説的な拓也の脳はある一つの答えを導き出した


ニヤリ…そう擬音が付きそうな程不気味に口角をあげる



「なるほど…友達できなさ過ぎて、王家と直接繋がりがある俺に近づいた、的な?」



キッと睨まれるが、涙目のせいで迫力が全く無い。というか寧ろ可愛い



っと、駄目だ。俺はMだろ?俺に女の子をいじめる趣味は無い!



Mだと断言するのもどうかと思うが、まぁ拓也だから仕方ないのだろう




・・・・・



その頃、教室ではミシェルとジェシカが拓也が戻ってくるのを待っていた。


ミシェルは何故か心ここにあらずといった感じである。


そんなミシェルの雰囲気に気づいたのか、ジェシカがミシェルの頬を突いた。



「どうしたの~?そんな顔して!らしくないぞ!」



いつものような笑顔だが、その顔にはどこか隙を見つけて人をおちょくろうといった魂胆が見え隠れしている。なんて奴だ!



「…いえ、なんでもないです」



明らかにいつもとは違う冷たい対応。


そんなミシェルから何かを感じ取ったジェシカは、椅子を引きどっしりと座る。


ミシェルにも座るように促し、座ったことを確認するとジェシカから切り出した。



「なにがあったの?」



普段なら嬉々として喋りかけるはずなのに、珍しく声のトーンを落とし、真剣な表情である。


長い付き合いからなのか、僅か一言で相手の異変に気づける辺りやっぱりこの二人は仲が良いのだろう。



「いや…別になんでも……………………わかりましたよ…」



はぐらかそうとしたミシェルだったが、ジェシカがこうなると一歩も譲らないことを知っている。


最終的にはミシェルが押し負けて話すことになってしまった。




「なんて言えばいいんですかね…なんと言うか……」



なにから話そうか…的なことを考えているのだろうか、しばらくの間もごもごしながらの沈黙が続く。


そしてようやく口を開いた。




「なんだか拓也さんを見てるとドキドキするんです……それに目が合ったりすると恥ずかしくなったり…」



口を開きぽかーんとしたジェシカは、次第に机に突っ伏すように前のめりに倒れていき、やがて小刻みに震え始めた。



「…ひょ、ひょれってックク……いつかッら、フ、フッフ」



やっとこさ口を開いたはいいが、所々言葉になっていない。


そんな滅茶苦茶な言葉でもちゃんと理解したのか、ミシェルは律儀に答える。



「分かりません…気がついたら、としか言えません……」



「ゴホッ!ゴホッ!!フーッフー…」



何の恥ずかしげもなく真剣な面持ちでそう話すミシェルのせいでジェシカの腹筋は既に限界突破している…


明日は筋肉痛に悩まされることになるだろう。





「人が真剣に話してるのになにを笑ってるんですか!?」



ジェシカの態度の変わりように慌てふためくミシェル。そしてその態度のより、更に加速するジェシカの腹筋へのダメージ。


そろそろ限界突破しそうだ。




「あんたねぇ…クック……ふぅ…」



どうやら駄目だったようだ。ジェシカは笑いすぎた為に遂に人間の壁を越えたようだ。


荒ぶる腹筋を自分の意思で完璧に抑制し、いつも通りに戻った。



「なんでそうなるか聞きたい!?聞きたいよね!!」



「え、えぇまぁ…」



目を爛々と輝かせ、ビシッとミシェルを指差し、騒がしい周りには聞こえない程度の声量で言い放つ。




「それはねぇ……



ミシェルが拓也…いや、ここは敬意を込めてたっくんと呼ぼう!


そう!ズバリミシェルがたっくんに恋してるってことだよ!!」





先程のジェシカのように、今度はミシェルがぽかーんとする。


だがそれも束の間、みるみる内にその顔は赤くなっていき、仕舞いには耳の先まで赤くなっていた。


拓也がこの場にいたら『ハイハイ、眼福眼福』的なことを言って脳内フォルダにこの場面を保存するのだろうが、生憎今は屋上、それも王女にて絶賛説教中である。


非常についてない男だ。



「…………私が拓也さんに?…」



「うん、そうとしか考えられないよね!というか自分の中の恋心も分からないとか!もう!」



満面の笑みで赤面して俯くミシェルの背中をバシッと叩いた後、自分の両頬に手を当てくねくねと気持ち悪く動くジェシカからは普段の拓也のようなものを感じるのは気のせいではないはず。



「…………………そうかも…しれません…」



「あ、否定はしないんだ」



全否定してくると思っていたジェシカはあっさりと認めたミシェルに素直に驚いてた。



「そういえばミシェルって今まで恋したことはあるっけ?」



「………」



「だよねぇ~」



そう、ミシェルは男性に惚れた事が無いのだ。幼馴染…というよりほぼ家族同然のジェシカがそのことについては良く知っている。





「まぁあんなにカッコ良く助けられたらそりゃ惚れるなって言う方が難しいわよね~!」



「…な、なんのことですか?」



さらっと拓也の正体を言っているかのようなことを仄めかすが、ミシェルは少し詰まりながらも、しらばっくれた。


だがジェシカは剣帝の正体についてほぼ確信していた。



「だってさ~、あのタイミングで既に現場にいたしね~。それに仲良さそうだったし!」



「そ、それは……」



いよいよ言い訳が無くなってきたその時、教室の後ろのドアが開いた。



そこから入ってきたのは何故かニヤケ顔の拓也と、涙目の金髪美少女のハイメルシューラルムだった。


その二人を見てなにを思ったのか、ジェシカが怪しく笑い、ミシェルの耳元で囁く。



「もしかしたら二人はもう恋人同士だったりして~」



一瞬不安そうな表情をしたミシェルだったが、悟られないうちに元に戻し、ジェシカを強引に椅子に戻した。



・・・・・



「やあやあ!どこへ行ってたのさ!」



切り出したのはジェシカ。二人にではなく、拓也に話しかけている感じである。


ミシェルとしては拓也の後ろに居る金髪の女の子のほうが気になるのだが、すぐに聞ける雰囲気ではなかった。



十五分ほど正座させられて足が痺れていた拓也は椅子を一つ引き、ドカッと腰を下ろした。



「ちょっくら屋上までな!」



何故マフィアのボスのような座り方をして、でかい態度をとるのかは分からないが、何か意図があっての事だろう。そう思う王女だが、別にそんなことは全くない。


その点、ミシェルとジェシカは理解している辺り流石だ。



「それで、そちらは?」



いつまでたっても説明しようとしない拓也に痺れを切らしたのか、それともいつまでも放置される少女が可哀想だったのかそう切り出したミシェル。



「そうそう、危うく存在を忘れるところだったぜ…恐ろしい……名前は……ハ…ハメハメハさんです…」



「ハイメルシューラルムですわッ!いい加減覚えなさいッ!!」





叫ぶように言い放ったハイメルシューラルム。


その名前を聞いたミシェルは何か思い出したのか、あっと声をあげ、口を両手で覆う仕草をする。



「まぁハイメルシューラルムって長くて呼びにくいから俺が最高にイカしたニックネームをつけてやったぜ!これからは『メル』と呼んでやってくれ」



「よろしくねメルちゃん!」



「ずいぶんと順応が早いですわね!」



早速立ち上がって歩み寄り、メルの手を両手で握り、上下に振り回した。



恐らくメルの為だろう。その後、ジェシカは近くの椅子を適当に引き、座るように促した。



「へ~拓也君とは恋仲的な!?」



「違います、…知り合いってところですわ」



「いや、お前……ともだぢだっでいっだじゃんがよお゛ぉぉぉぉぉ!」



戸惑いながらも応じるメル。この二人は何とか大丈夫そうだ。ワザとらしい号泣を見せてくれた拓也はいつものように華麗にスルーされる。




いやはや、ジェシカがいてくれてよかったぜ…こういうときにコイツの無駄に元気&フレンドリーな性格が役に立つ。



そんなことを思い、安堵する拓也。そっと胸を撫で下ろす。



「なんだか面白いことになっているね」



そこへ学園で俺の唯一の男友達がやってきた。



ちょっと思ったんだが、俺って友達少なくね?……


……いや!別に友達とか数人いればいーし!悲しくなんてないし!!全然!いやほんとだから!




「あ、アルスじゃん!この子メルちゃんだって~!」



そこでやっとミシェルが復活した。



「ハイメルシューラルムさんって……王女…ですよね?」



「え、えぇ…そうですわ」



「へ~」



深刻な表情のミシェル。


いきなりいろんな事を聞かれて戸惑いながらも丁寧に対応するメル。


王族相手にも全然態度を変えるつもりはない、といった顔のジェシカ



こいつはこの国じゃなかったら侮辱罪とか色々まずいと思うのは俺だけじゃないはず…



「で、でも普通に接して欲しいですわ!」



「うん、そのつもりだけど」



懇願するメルに対し、なにを言ってんだ?という感じでそう返したジェシカ。


メルもいつか気がつくことになるだろう。コイツはそういう奴だということに。



「じゃあ友達が増えた記念に帰りにどっか寄っていこうよ!」



「ジェシカが遊びに行きたいだけでしょう」



「あ、やっぱりバレた?さっすがミシェルちゃん!」



「はぁ…まぁ私はいいですよ」




王女を前にしても全く態度が変わらないジェシカに頭を抱えながらも、それがジェシカのいい所だとミシェルは思っていた。



「僕も大丈夫だよ」



ミシェルに続き、アルスも放課後寄り道をする事に賛成する。



「メルちゃんは?行くよね!?というか主役が行かなくてどうするのさ!」



「も、もちろん行きますわ!」



これで残りは拓也だけ。全員の視線が拓也に注がれる。



「行きまぁす!」




クックック…この空気の中断れるわけ………







そうしてハイテンションのジェシカ率いる一行は街へ繰り出した。



向かった先はお洒落な喫茶店。ジェシカ曰く焼き菓子がおいしいのだそうだ。




「ごゆっくりどうぞ~」



お決まりの定型文と共に、品物を運んできたウェイトレスさんが下がる。


それぞれの前には各自が頼んだ品が置かれ、ジェシカが食べ始めたと同時にそれぞれが手を付け始めた。



そして俺の目の前にはマドレーヌとホットコーヒー。



なぜ飲めもしないのにコーヒーを頼んだのかって?



そんなのちょっと大人ぶりたいからに決まってるでしょうが!!



「ん~!おいしい!ここのパウンドケーキは当たりだね!」



幸せそうな表情でパウンドケーキをかじるジェシカ。


文面的には非常に可愛らしくて良いのだが……



「ミシェルさん…何故彼女は一本をそのまま食べているのでしょうか?」



「…ジェシカは甘いものが好きですからね…一緒に居ると頻繁に見れる光景ですよ。まぁ慣れてください…としか」



本来なら切って食べるものなのだが、ジェシカの手に掛かればそんな手間は必要ない。


スイーツを前にした彼女はまるで某吸引力の変わらない掃○機の如く目の前のありとあらゆるスイーツを食べ尽くすのだ。





そのやり取りを見ながら、何も入れてないコーヒーを一口。



「…」



やっぱり駄目だ。苦すぎるんだ!泥水かよ!!



無言で砂糖とミルクを大量投入する。コーヒーはすぐに飽和状態となり、溶けずに残った砂糖がジャリジャリとカップの底で音をたてた。



「なんで飲めないのに頼んだい?」



そんな俺の奇行に気がついたのか、隣に座っていたアルスが苦笑いしている。


その手には俺と同じカップ。アルスもホットコーヒーを頼んだのだろう。



…うわ……普通にブラックのまま飲んでやがる……



「だってカッコいいじゃん?」



そうキメ顔で言った後、激甘なカフェオレと化した液体を一気に呷る。



「まったく本当におもしろいね」



「やめろよ、褒めても何もでないぞ?


あ、サインならやらんでもない」



「う~ん、要らないかな」



「そりゃ残念」



コップを置き、マドレーヌを頬張って一息ついた。



「そういえば私以外全員魔闘大会のメンバーじゃん!」



なにコイツ!もう食べ終わってるじゃん!!


そんな馬鹿な…俺がコーヒー飲んでマドレーヌ一つ食べる間にパウンドケーキ一本食べきったのかよ!



「そういえばそうですね。何か作戦でも練っておきますか?」



ミシェルよ、お前は見慣れてるかもしれんが俺は見慣れてないのだよ…落ち着く時間が欲しいもんだぜ…



「いいですわね!そういうの好きですわ!」



「そうだ!ついでにお互いの得意分野を把握しておこう!」



何故かめっちゃ乗り気なメルとアルス。



あぁ…やはりこの世界には戦いが大好きなバーサーカーしかいないようです。


「それじゃあ私がまとめるね!」



一人だけ蚊帳の外が嫌だったのだろう。ジェシカが自ら役を引き受けた。


皆異論は無いのか、ジェシカが切り出すのを待っている。



「じゃあまずはミシェルから!得意な…戦闘距離?う~ん……戦闘スタイルをお願い!」



全然まとめられてないじゃないか……


まぁその程度のこと気にしませんがね!言いたいことはわかってるし



「私は中遠距離の魔法の打ち合いが得意ですね。魔武器も魔法の威力と発動速度の上昇ですから。


でも逆に近距離での戦闘は苦手です」



やはりミシェルは魔法発射型の戦闘スタイルのようだ。


このタイプの相手の場合、近づけば勝ちじゃん!と思うかもしれないが、その考えは甘い。


なぜなら近づくまでが非常に困難だからだ。



というか自分の弱点が近距離って分かってるのに近づかせるわけないよねっていう。




「はい次!アルス!」



「そうだね、僕は中近距離が得意だね。魔武器が槍だから近距離の戦闘を続けるのは難しそうだ……」



戦うところは見たことが無いがかなり強いと定評のあるアルス。ちょこっとだけ楽しみだったりもする。



「はい次!メルちゃん!」



「私の魔武器はサイズですわ。ですからアルスさんと同じくらいの距離が一番戦いやすいですわね」



サイズって死神が持ってるような大鎌のことでいいのかな?


まぁ当日になれば分かるか……



「じゃあ最後はたっくん!」



「ちょっとまて、たっくんて何だおい」



「え?あだ名」



いつの間についたんだよ……



「まぁいいや…得意な戦闘スタイル……」



このまま言っててもきっとジェシカは折れてくれないだろう…


妥協って大切だよね!


というか得意な戦闘スタイルって言われてもなぁ…


ここはふざけて乗り切ろう!



「近づいて金的。以上だ」



「ぶッ!」



「ちょっとアルスなにやってんの!」



俺の発言がツボに入ってしまったのか、コーヒーを吹き出しそうになるアルス。


何とか堪えたものの、顎を伝う黒い液体。


そこへジェシカが大爆笑しながらナプキンを差し出す。



なにこの罪悪感…アルスごめんね……



「ふぅ…ありがとう」



まだ完全に笑いは収まっていないのか、普段からは想像もできない笑みを浮かべているアルス。


それを見て更に笑うジェシカ。


もうやだ………



「そろそろ出ましょう。このままジェシカを放置してるといずれ店に迷惑をかけると思います」



注文したアイスティーを飲み干し、帰り支度を始めるミシェル。


この中でジェシカのことを一番知っているのはミシェルだろうから従っておいた方がよさそうだ。



「ミシェルがそう言うなら間違いないだろう。よし帰ろうか」



「え~!もう帰るの~!?もっと話したい!!」



「話なら歩きながらでもできるでしょう」



その後も文句を垂れるジェシカを半ば引っ張るようにして、お会計を済ませ店を出た。



人通りの少なくなってきた道を歩く5人。


引きずるようにつれて来られたジェシカはミシェルにしか聞こえないように呟いた



「ハァ……早く家に帰ってイチャイチャしたいからって……」



「なッ!///ッ…そ、そういえば拓也さんの得意な戦闘スタイル聞いてませんでしたね。本当はどんな戦い方が得意なんですか?」



一瞬羞恥に染まりかけた頬だが、何とか自制して話題を自ら作ったミシェル。


そして先程の笑いのツボからまだ抜け出せてないのか、アルスが口角を吊り上げて俯いた。



「ん~…強いて言えば近接だな、……俺の射程に入った奴から順に挽肉にしてやるぜーヒャッハー!!」



ちょっとふざけただけなのだが、その台詞を聞いた途端にメルの顔色が一気に悪くなる。


まさに顔面蒼白と言うやつだ。



「どうした?食べすぎか?」



俺今日胃腸薬持ってたっけか?いつもなら確か内ポケットに……



そんなことを思い出し、上着の中のポケットを漁る


何故そんなものを常備しているのか謎だ



そうしているうちに、メルが小刻みに震え始める。これは急いだほうが良さそうだ…


そう思ってい、鞄の中を探そうと鞄を開けたときだった。




「ば、馬鹿は止しなさい!帝であるあなたが国立学園の生徒を殺害なんtムグッ!ン~ッ!!」



咄嗟にメルの口を塞ぐ



そしてゆっくり…ゆっくりジェシカたちの方へ振り返った



「ふ~ん、やっぱり…ねぇ」



そこにはいつぞやの最高潮の笑みのジェシカ




ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!




「あ………」



しまった。といった表情で更に顔が青白くなるメル。



「あ…じゃねーよ!なに国家機密を簡単にバラしてんだおい!?」



何とかバレないようにこれまで頑張ってきたのに……


それも全て水の泡…フフッ…メルめ…



自分が今まで頑張ってきたことを糸も簡単にぶち壊された拓也は、メルの寝室に壊れかけのファー○ー人形を大量に置いておくことを決意した。



「それにしてもやっぱりねぇ…あの事件からなんかおかしいとは思ってたのよ!」



あの事件とはミシェル誘拐事件のことだろう。


確かに思い返せば、おかしいことは結構あった。


一つは何故あんなにも迅速に帝が犯行現場に居たのか?偶然近くを通りかかったとは言いにくい。



「知られてしまったことは仕方ありません。もういいんじゃないですか?ジェシカは感づいてたみたいですし」



他人事のように簡単にそういうミシェル。だが今更誤魔化すなんて確かに不可能だ。


記憶を消す方法は無くもないがそこまでする必要も無いだろう。



拓也は、諦めたように大きくため息をついてから話し始めた。



「……ハァ~、もういいや。…そこの駄王女が言った通り俺は帝の一人、『剣帝』だ。できればこのことは内密に頼む」



駄王女という言葉に反応したメルだが、俺の正体をうっかり言ってしまったことに負い目を感じているのか、何も言ってこなかった。



「へぇ~拓也が”あの”『剣帝』とはね…これは驚きだ」



「”あの”ってなに!?」



何故かあのを強調したアルス。すかさずジェシカが食いつく



「剣帝が就任するお祝いのパーティーで剣帝と光帝が決闘したんだ」



「それでそれで!?」



目を爛々と輝かせる彼女は無邪気な子供そのものに見える。



というかあの場所にアルスも居たんだ…やはり貴族だから参加していたのだろうな、



「命乞いする光帝を一方的に虐め地中へ埋めた上に髪まで燃やし尽くしたんだ。鬼畜だよね」



「うっわー最低!」



「ちょっと待てアルスなに脚色してんだよ!確かに結果的に地面に埋まって髪はパンチパーマになったけど先に仕掛けてきたのはアイツだ!俺は悪くない!」



そうだよ!元はといえばいきなり決闘申し込んできたあいつが悪いんだ!それに便乗して無理やりやらせた周りのあいつらも悪いんだよ!!




「あれは本当に凄惨極まるただの暴力でしたね…」



「ミシェルまで!?」



アルスだけではなく、遂にはミシェルまで便乗し始める。



…あぁ…この場所に私の味方は居ないのですね…悲しいことです……


メルに目で助けを求めるも、彼女はわざとらしく目を逸らした。



お前は…俺の見方をするべきだと思うんだ……大体お前のせいでこの状況なのだから……



「まぁいいや!というかたっくんが魔闘大会で本気出したらやばくない?…もしかしたら本当に死人がでるかも…」



一通り笑ったジェシカが話題を変えてくれた。なんということでしょう!


このチャンスを逃す手は無い!早速乗っかるとしよう!




「クックック…脳ある鷹は爪を隠す…つまり魔闘大会如きで全力を出すなんて事はしない…っさ!」



「なんで僕を指差したのかな……」



ビシッとアルスを指差し、キメ顔の拓也。


その意図は、少しでも話題を逸らすことにある。




「そして知るがいい!己がいかに無力で小さき存在であるかを…な





ごめん、そのゴミを見る目止めて!俺が悪かったから!自分でやってて気持ち悪いとは思ってたけどそんな目で見ないで!!」



「自覚はあったんですね、意外です」



「…気持ち悪いですわね」




ミシェルってちょいS気味だからこういう発言って本当にゾクゾクしますわ~


というかメル…俺自分で気持ち悪いってのは認めたよね!?なんで二回言ったの!?大事なことなのでってか?


やかましいわ!!




その後散々言われ、嗚咽をもらしながら号泣する拓也は無視され今日のところはとりあえず解散となった。




・・・・・



いよいよ学園祭前日。



いつもの授業は全て無くなり、今日一日は完全に学園祭の準備に使うことが許されている。舞台演劇などをする者達にとっては、終調整の日でもある。


いたるところで楽しそうな声が響き渡っている。王ではないが、これがまさに青春というやつなのだろう。




「それでー?ミシェルは誰と回るの?」



一年Sクラス。模擬店の飾り付けをする手は止めずにミシェルにそう訊ねるジェシカ。


こういったことは得意なのか非常に手際がよい。



「誰とって…皆と」



何をいきなり…といった顔をするミシェル。


その答えを聞いたジェシカは作業の手を止め頭を抱えた。



「あんたねぇ…」



「え、……なんですか?」



何故ジェシカがそんな反応するのかがミシェルにはわからなかった。


しばらく考えてみたが答えは出ない。


痺れを切らしたジェシカは周りに人があまり居ないことを確認すると、コソッとミシェルに耳打ちをした。




「たっくんのこと好きなんでしょ?ならこういう時にアピールしないと」



途端に真っ赤に染まる顔。


煙は出てはいないが、いつ出てもおかしくないほど…それほど真っ赤だった。



「そ、そ、そ……それは……好き…ですけど…」



周りの作業の音に掻き消されそうになるほど小さく、呟くようにそう言ったミシェル。



「好きだけど?続きは?」



ニヤケ顔のジェシカはホレホレ~とミシェルの頬を突き、早く言うように促す。


しばらくは俯いていたミシェルだったが、ジェシカにしか聞こえない声量でポツリと洩らした。



「は、恥ずかしいんです…」



「はい?本人の前ではあんなにいつも通りなのに?」



「だって!目の前でだらし無い姿なんて見せられないじゃないですか!」



思わず開いた口が塞がらないジェシカ。



自分の本音を見せずにどうするのだ……。



そう思うが、同時にミシェルらしいな…そうも思うのだった。




「それとたっくんのことさん付けで呼んでるけどそれも良くないね~、呼び捨てでいいんじゃない?」



「そ、それは…まだちょっと」




ごもっともなジェシカの意見を渋るミシェル。


そんなミシェルの態度を見てまた頭を抱えるジェシカ。いつもと立場が逆転しているのがなんともいえなく面白い。




「ハァ~……とりあえずたっくん探して誘ってきな!グズグズしてると誰かにとられちゃうかもよ~」



いつまでももごもごしているミシェルの背を押し、廊下へと押し出す。


「ちょ、ちょっとッ!」



「はい行ってらっしゃい!」



ガシャン!とドアを閉められ、廊下へ出されてしまったミシェル。


教室内へ戻ろうとするが、ドアが開かない。



「ジェシカ…ご丁寧に鍵までかけてる……」



内側から鍵を掛けられ、退路が無くなってしまった。


悩んだ挙句、結局拓也を探すことにしたのか、長い廊下を歩き始めた。





探し始めてから10分


いたるところを歩き回るが、目的の人物は見つからない。



「それにしても一体どこにいるんでしょうか……」



無駄に広いこの学園。


いつもは時々新しい発見があり中々に面白いと思えるのだが、今回はその広さが仇となったようだ。



そんな時だった。



「ほら!急ぐよ!時間が無いんだ!!」



聞き覚えのある声が隣を通り過ぎる。金色の短髪に2メートル異常の巨体。筋肉質で、清潔感あふれる白いシャツにネクタイ。


Sクラスの担任。テリーだ。


何故か両手に大量の麻袋を持っている。




「ま、まって…置いて行かないで!」



その後ろから続く一人の生徒。



黒髪黒目の青年。これといった特徴は無く良くも悪くも平凡と言う感じだ。


この青年も両手に麻袋を持っている。



そしてこの青年こそがミシェルの探していた人物であった。




「あ、ミシェルじゃん!なにしてんの?」



彼もこちらに気がついたのか、微笑みかけて歩み寄ってきた。



「え、えっと……」



どもるミシェル。


顔には出ていないが、自分から拓也を誘うことに内心かなり恥ずかしがっていた。


そんなミシェルの態度を見た拓也はいつものように軽い冗談を飛ばす。



「あぁ、これ運びたかったのね、はいどうぞ」



そう言って両手に抱えていた袋のうち、片方を差し出した。


彼もめんどくさかったのだろう。有無を言わせず受け取らされてしまった。



「なにしてるの!早く早く!」



前方で駆け足をしながら叫ぶテリー。その後を追うようにして軽く走る。



毎度の事だが何故テリーはあんなにも元気なのだろうか?あれは絶対原子力空母的な何かだぜ…



「そしてミシェルや、私に何か御用かね?」



「…いえ、これといった用事は無いんですけれど………」



思わず嘘を言ってしまう。


本当は言いたい事があるのに、それが言えない。それはやはり恥じらいから来ているのだろう。



そして咄嗟に嘘を言ってしまった自分に苛立ちを覚えながらも、表情に出さないように努めた。



「それにしても学園祭か~……魔闘大会までどこで時間潰そうかな



唐突だがここで、学園祭についての説明をさせていただこう。


この学園の学園祭は3日間にかけて行われる。


1日目はそれぞれのクラスで決めた模擬店やら演劇やらを行い、午後から魔闘大会の第一回戦、一年S対二年S


2日目と3日目も午前中の予定は変わらない。ただ午後の魔闘大会の組み合わせが変わるだけだ。


今回の魔闘大会は3チームの総当り戦になっている。


勝利したチームに勝ち点3が与えられ、もっとも点数の多いチームが優勝となる。


まぁ早い話2勝すればいいのだ。



「何も予定立ててないんですか?」



「う~ん…まぁ適当にぶらつくかね、アルス辺りを道連れにして」



「そう…ですか」



残念そうに顔を下げるミシェル。


だがそれも一瞬の内、拓也に気づかれる前に戻す。




「ミシェルはどうすんの?ボッチ?」



「拓也さんと一緒にしないでください」



「うぅ……」



相変わらず腹が立つ嘘泣きだ。


そんなことを思ったミシェルは、目的地である教室へ入る。


そして適当な場所に持っていた麻袋を置き一息ついた。



「というか最近セラフィムの奴が来てないな…ミシェル何か知らないか?」



いや、仕事に専念してくれてるのなら別にいいのだが、あいつの性格上それは無い。断言できる。



「さぁ……私も何も知りません」



まぁ多分だが、今までサボった分の仕事をやらされてるんだろうな


大方椅子に縛り上げられて利き手だけフリー、そして24時間体勢の監視が付けられているはずだ。


キレたラファエルなら本当にそこまでやるからな……まぁ全てはパンツを盗んだあいつが悪いんですけどね。


かくいう俺も昔、奴の共犯者として一緒に処刑されたのは今となってはいい思い出だ…




「まぁいいや、それより明日は頼むぜ」



「何をですか?」



首を傾げるミシェルにニヤリと笑いかけて近くの椅子に腰掛けた拓也。



「ミシェルが勝ち続ければ俺出る必要無いじゃん?つまりは…」



「楽をさせろ…と?」



「察しがいいじゃないか、その通りだ」



案の定、口から出たのは最低な言葉だった。


初対面の人なら嫌な顔をするだろうが、相手はミシェル。拓也の扱いは心得ている。



「絶対嫌ですね、速攻で負けてあげますよ」



「クックック……そんなことしたら貴様の部屋を異空間へつないでやる」



「そんなことしたら晩御飯を腐葉土にします」



なにそれひどい…でも前の土よりはランクアップしたね!だって腐葉土だぜ?栄養満点だぜ?これで俺も動物から植物にランクアップってか?



やかましいわッ!





・・・・・



「それで誘えなかったと?」



「…………はい」



コソコソと話す二人。


あれから丸一日経ち、既に2年Sとの試合前だ。


各自準備をしている中、何故ジェシカがここに居るのだろうか…


答えは簡単。マネージャーとして付いて来たのだ。


そして我らが大将拓也君は……



「うっわなに!野球のベンチもこんな感じなのか!?興奮してきたぜ!!」



何故か選手控えのベンチに興奮していた。



この学園の闘技場は円形で、控え用のベンチも壁をくりぬくような形で作られている。


簡単に言うと、拓也も言ったように野球のベンチっぽいやつだ。



というかさっきからあの二人がコソコソ喋ってる内容が気になるな……まぁ盗み聞きはよくないよな、うん。



「ちょっとは落ち着いたらどうだ?見ていて滑稽だぞ」



「うっすさーせん、こういう性分なもんで!」



「ッチ…」



不機嫌そうにそう言ったアシュバルにニヤケながら適当に返す拓也。


すると更に機嫌が悪くなったのか、舌打ちをしてそっぽを向いた。



というかこいつなんで俺のことこんな嫌ってんの?そんなに平民が嫌いか!?


……それ以前に俺フツメンでしたわ…この中で超浮いてるわやっべ………ちょっとキモイ発言とか自重しよ……



軽く死にたくなるほどのショックを受けていると、ミシェルが拓也の腰を指差す。



「拓也さん…それ、使うつもりですか」



「ん?あぁ、なんか昨日学園長がわざわざ俺のとこまで来てさ~。んで武器とかは事前審査通して、特殊能力とか無ければ使えるよーって言われて半ば強引に……ね」



「は、はぁ………」



まぁ普通に特殊能力付きなのだが、やはり調べても分からなかったようだな…やはり神の贈り物なだけあるっすわ…


といっても使うつもりは無いけど……



『そ、そんな!』



「ッ!」



突然、頭の中に直接語りかけられてるような感覚。


一瞬驚くが、拓也はこの声の正体を既に知っている。故に本当に驚いたのはそこではなかった。



『なんだ、ジョニーかよ…ってしばらく喋りかけてこなかったがなんかだいぶ流暢に喋るようになってんのな……』



『俺だって成長するさ!だって俺だもの!』





いや、理由になってないけどね



『まぁ気にすんなや』



あぁそういえばコイツ俺の心読み取るとかできるんだったな。忘れてたわ…


一々返してたら切りないし無視でいいや。



『おい!』



その後も何かを喋りかけて来たジョニーだったが、悉く無視されることで遂には黙り込んでしまうのだった。



「ってもう始まる寸前じゃないの…」



どうやらジョニーと無駄に長い時間絡んでいたらしく、既にフィールドには我らがアンチ平民、アシュバル君と二年生の先鋒が互いに向かい合っている




『さぁ!でわ、試合開始だあああああああああああああああああああああああああああ』



うっわ実況テンション高…



試合開始の合図と共に、熱狂する観客席。


やはり学園祭の目玉と言うだけのことはあるようだ。




その中で向かい合う二人は武器を呼び出し、互いに睨み合いが続く。



アシュバルの武器はガントレットのようだ。対する相手は……鞭かな?


なんかトゲとか付いてて痛そうだな…



先に飛び出したのはアシュバル。


身体強化を施し、相手に向かって一直線に跳ぶ。


常人なら避けられない速度で接近するアシュバル。だがやはり相手もSクラス、横に回避し、鞭の持ち手を延髄目掛け振り下ろす…


がその攻撃は辛うじて防がれた。




………ってどうでもいい事なんだが観客がうるさすぎて二人の会話が全然聞こえないわ~



その後、鞭を腕に巻きつけられたアシュバル君。成す術も無くなり攻撃を暗い続けた後、敗北したのだった…



勝者、2年S先鋒。



『見事な鞭捌きでいとも簡単に1年Sの先鋒を破ったアアアアアアアアアアアアッ!!まるで自分の腕のように扱っていたあの鞭、解説のテリー先生、どう思います!?』



『うん!見たところあれは多分魔武器の能力か何かだね!でもそれを除いてもあの動き!相当頑張ってきたんだろうね!』




「え…テリーなにしてんの…?」




なんか実況席のほうに巨漢が居ると思ったらテリーかよ!!



「知らなかったんですか?魔闘大会のメンバー決めの時に言ってたじゃないですか」



「あぁ、寝てた」



そう言えば眠りに落ちる前の耳がそんなことを捉えていたような居ないような……





無残にも敗北したアシュバル君がこちらへ戻ってくる。


体には無数の傷が付けられており、一方的な戦いであったことが伺える。


そんな彼を労うのが普通なのだろうが、如何せんそんなことはできなかった。



「…クスクス……思いっきり負けてんじゃん……」



声を押し殺しながらジェシカが笑いながらそう言う。



確かに無様な負け方したけどそれは酷いぜジェシカ……大口叩いてこんなやられかたしたこいつも悪いけどさ


まぁ相性も悪かったし仕方ないか



「……貴様何を笑っている」



「あ、はいさーせん」



駄目だ…思いっきり笑ってしまっていたようだ…しょうがない、だって確かに無様だったんだもの



『はーい!1年生の次鋒お願いしまーす!』



「…でわ行って来ますわ」



「はいはい、そんなに緊張すんな、リラックスリラックス~」



「…わかってますわ」




いやわかってないだろ!と突っ込んでやりたいのだが、空気がそれを許してはくれなかった。



さて、そして試合結果…



「申し訳ありません……」



「うっわ負けてやんの~!」



やはり相性の問題もあるのか、成す術も無く次縫もやられてしまった。


相手の鞭使いがおにゃのこだったら俺が率先して出て行くんだけどさ……悲しきかな奴は野郎だ…


といかこいつ俺にげんこつかます余力があるなら一矢報いて来いよ!なに?そんなに俺が嫌いか!?



「じゃあ次はアルスだな、頑張ってー」



「物凄くどうでも良さそうな態度だね」



ベンチに深く腰掛けながらヒラヒラと手を振る拓也に苦笑いアルス。


拓也もニヤリと笑い返す。



「だってこっちにはミシェルが居るもーん。大体ミシェルに任せておけば問題ないでしょ!」



「なるほどね、それは実に頼もしいね」



そう残すと踵を返しフィールドへと向かっていった。



『デワアアアアアアアアアア!?始めッ!!』



合図と同時に魔武器を呼び出したアルス。


相手の鞭使いは受身なのか、自分から向かっては来ないようだ。



しばらく睨み合いが続く。



そして先に動いたのはアルス、限界まで魔力で身体強化。


警戒する相手だが、次にアルスがとった行動は全く予測のできないものだった。



鋭く空気を切る音、咄嗟に身をよじった鞭使い。



『おっとォォォォ!?どういうことだ!?アルス選手、自分の魔武器を相手に投げてしまったアアアアアア!!』



そう、投擲。


限界まで強化した肉体から放たれた槍は、まさに兵器そのもの。



『これは少し掠ってしまっているのか!?わき腹を押さえている!!』



実況の言ったとおり、わき腹を押さえている相手選手。そこには少しだけ赤いしみが出来上がっていた。


だが怪我をしたのにもかかわらず、笑っている鞭使い。


それもそうだろう。自分の対峙している相手がどんな形にせよ武器を放棄してくれたのだから。


こんなにありがたいことは無いだろう。



言うなればその笑みは勝利を確信した笑みだった。



だが……



「ッふ…フフフフ………」



武器を投げ捨てたことにより圧倒的不利な状況になったのにも関わらずに、アルスも何故か笑っていた。



「…何がおかしい?」



顔をしかめた鞭使い、そんな姿を見て更に笑うアルス。中々に奇妙な光景である。


不敵に笑い続けるアルスに苛立ちを覚えたのか、鞭使いが叫ぶ。



「何がそんなにおかしい!?負けると分かって気でも狂ったかッ!?」




そんな鞭使いを哀れむような目で見つめた後、アルスは自分のわき腹を指差して見せた。



そのジェスチャーを見てなんとなく視線を自分のわき腹に落とした鞭使いは一気に顔が青くなった。




出血が止まっていない…いや、寧ろ酷くなっているのだ。



「…は?」



思わず素っ頓狂な声が出た鞭使い。



「(一体何をされたのだ?毒の類か?)」



そして彼はその傷口の謎を考え続けた。故に忘れてしまっていた。




「ッガッアァ!!!」



「忘れていないかい?今が試合中だってことをさ」



勢い良くぶっ飛び闘技場の壁に叩きつけられた鞭使いは、力なく地面にへたり込んだ。



「うっひょーさっすがアルス~」



しかしすぐに立ち上がり、武器をしっかりと握り締める。




「まだまだ…始まったばかりだ!」



「そう?じゃあとっとと掛かって来なよ?なに膝に手を付いて休んでるんだい?」



……アルスってこんなキャラだったっけ………


アルスの爽やかスマイルも今日だけはおぞましいナニカに見えてしまうぜ…






「言われなくてもッ!【エクスプロージョン】!!」



拓也が以前使ったものより小さなものだが、この魔法を詠唱破棄で発動できるところは流石Sクラスか…



その火の玉を投げるようにアルスへと投げ、自分は横へ見えないように走り始めた。



「【アクアウォール】」



地面を左から右へと指差しながらスッと動かし、上に突き上げるモーションをしたアルスの目の前に水の壁が成形される。


その壁はやがて相手が放ったエクスプロージョンと衝突し、物凄い量の水蒸気を辺りに撒き散らした後二つとも消滅した。



「(もらった!)」



事前にアルスの属性を調べて有ったのだろう。


相手の鞭使いはアルスがこの防護策をとるだろうと考えた結果、火属性の魔法をぶつけ、視界を悪化させた後に仕留めるつもりなのだろう。


その証拠に鞭使いはアルスから見て左方向5メートルほどの所に居た。



その表情は勝利を確信した笑みに変わっている。


だが、その顔も次の瞬間には驚愕に変わることだろう。



「ッ!なんっだ!?」



思い切り地面とキスをした鞭使い。何故転んだのかも分からないうちに、鞭を握っていた右の手を蹴り上げられる。



「チェックメイト、だね」



視界が晴れる。放物線を描きながら飛ぶ鞭、にこやかに勝利宣言をしたアルス。


ようやく状況を理解し始めた鞭使い。




「なんだこれは……クソッ!外れない!!」



黒い鎖のようなものが足に絡みついている。


身体強化をして足を動かしているのだが、ビクともしないのだ。



「【バインドチェーン】、闇魔法の拘束具だよ、もう君に勝ち目は無い。見た感じ僕より魔力量も少ないし、何より前の二人との戦いでだいぶ消耗している。じゃあ僕は投げた槍を取ってくるから戻ってくるまでに敗北宣言でもしておいてね」




何とかこの拘束を解こうともがく鞭使いだが、アルスはそんなこと意に介さず自分の魔武器のほうへ歩いて行ってしまった。




「………アルスさん超怖えぇ……」



「正直あそこまで強いとは…驚きました……」



「流石アルスだね~!やっぱり超強いじゃん!!」



ガクガク震えている拓也。


興味深そうな顔をしているミシェル。


相変わらずハイテンションのジェシカ。




中々に学園祭を楽しんでいるようだ。




「あれ、なんだい?まだ降参してなかったの」



自分の魔武器である槍を手に鞭使いのところへ戻ってきたアルス。


未だにもがき続ける彼を嘲笑うように見つめた後、近くにどっしりと座り込んだ。



「誰がッ!諦めるか!!」



自分の腹の傷口からあふれ出て形成された、血の海でそうのたまう鞭使い。



「う~ん、困ったなぁ…君を拘束してるその魔法。結構魔力消費するんだよね」



「ッは、ならこのまま限界までお前の魔力を………」



言い終わる前に足に鋭い痛みが走る。



「だからちょっと早めに倒れてもらうよ」



ニッコリと笑うアルスの手に握られて居るのは槍。恐らく自分の足を切り裂いたのもこの武器だろう。


そう思考するまでに対して時間は要らなかった。



しかしただ一つ分からない事があった。

何故か先程よりも出血が酷くなっている腹の傷。そろそろ血が止まり始めてもいい頃のはずだ。



「ッいッッ!!」



また一撃、今度は二の腕に刃が通る。


これでこの槍に付けられた傷は三箇所。どれも傷の深度に似合わない出血の仕方だ。


一体何をされているのだ?



「ゥグッ!……」



そんな疑問を必死に解こうとする鞭使いの腹部を思い切り蹴り上げるアルス。


一頻り遊び終えたのか、ひとりでに喋り始めた。



「冥土の土産に教えてあげるよ、僕の魔武器の能力は傷口を濡らし続ける能力。使える相手は限られるけど中々いい能力だと僕は思ってる」



ちょっとまて、冥土の土産ってコイツ殺すつもりじゃねぇだろうな……まぁアルスは常識人だし大丈夫だろう……多分




「そ、それって……」




「あぁそうさ、最初の一撃が入った時点であとは君が倒れるまで逃げと防御に徹すればいいだけだったのさ、君が出血多量で倒れるまで……ね」



笑顔でそういうアルスだが、やっていることは恐ろしい。その証拠にベンチで拓也が真っ青になっている。



「そん…なぁ………」



血を失いすぎ、顔が青くなった鞭使いはそう残し、力なく自らの血の海へ、ベチャッと倒れこんだ。



『勝者ッ!!1年S中堅ッ!!!やられた仲間の敵討ちと言わんばかりに完膚なきまで叩きのめしたァァァァァァ!!!!』





物凄い声援が響き渡る中、一度こちらへ戻ってきたアルス。



「お、おつかれさーっす!」



「あ、ありがとう……」




びくびく震えながら水を差し出す拓也に困惑しながらもコップを受け取るアルス。


一口水を飲み、コップをテーブルに置く。



「いや~凄かったね!!この後もこその調子で頼むよ~アルス!!」



「ここまで強かったんですね、知りませんでした」



「いや、ミシェルさんほどじゃないよ」



ジェシカから激励の言葉を貰い嬉しそうな顔だ。



医務室にいるアシュバルとメルにアルスの活躍が見せてあげられないのが残念である。



「どうだアルス、次も勝てそうか?」



「……ちょっと厳しいね、【バインドチェーン】で結構魔力消費しちゃったし次の相手は接近戦が得意なようだから……

でも削れるだけ削ってくるよ」



やはり結構消耗してるか…でもあの魔法は上級なうえに継続型の魔法…まぁしょうがないよな。




『それでは!両者フィールドへお願いします!!』



闘技場の外にも響き渡るアナウンスに従い、もう一度フィールドに向かうアルスの背中を押すように声で後押しするベンチ組み。



できるところまでは戦って欲しいが、怪我だけはしないで欲しい。明後日もあるのだから。




『では……始めッ!!』



合図と同時に無数の水球を相手に放ちながら後退するアルス。一度距離をとってから体勢を立て直したいのだろう。



しかし相手も流石だな。近距離戦が得意と言うのは本当なんだろう。俺が今まで見た中でミシェルと帝たちを除いて一番精度の高い身体強化をしてる。

きっと魔力コントロールの修行頑張ったんだろうな………。昔を思い出す………そして貧乳のクール系女の子!これはポイント高いよ



高速移動と、魔武器なのだろう…トンファーを巧みに使い、水球を巧みにかわしたり打ち落としたりしながらジリジリとアルスに近づき始めている。




「【ウォータスピア】」




手をかざしそう唱えれば、一直線に相手に向かう水の槍。


だがやはりと言うかなんというか、案の定軽やかに回避された。



しかもその隙を付かれ接近を許してしまう。




「ッグ……【アクアウォール】ッ!」



苦し紛れのような防御。それはただの水の壁…しかも先程の鞭使いの時に使ったものよりもだいぶ小さい。



進む勢いを殺さずに、そのまま水の壁に突っ込んでくる二年次縫。材質が水のため簡単に突破を許してしまった。



「…終わりよ!」



勝利を確信したのか、しっかりと敵であるアルスを見据え、トンファーを振り上げ……振り下ろす。




「っな!!?」




しかしその一撃は空を切る。



目の前にはアルスのしてやったりといった顔。



攻撃が当たらなかった事に疑問と驚愕を抱きながら、突然動かなくなった自分の脚を見下ろした。




「…ッチ……」



自分の脚が動かなくなった理由……それは先程の鞭使いに使ったのと同じ魔法。【バインドチェーン】


それが自分の太ももまで絡みついているのだ。



思い切り舌打ちを漏らした二年次縫は風の魔力を急いで手のひらへ集め始めた。




「【ウィンドカッター】ッ!!」



手の平から放たれた無数の風の刃がアルスの服と肌を切り裂いていく。


それと同時に観客席から黄色い歓声が上がった。


体をよじりながら致命傷だけは回避し、槍で反撃に転じる。



「ッ!!…厄介だ…ッね!!」



腹部を狙った一撃も右のトンファーで防御され、左で足首を殴打される。


バランスを崩し、ふらついたところへまたウィンドカッター。必死に回避に徹するが、左二の腕をザックリと切り裂かれた。



「っう゛………」



かなり深くまで斬れたのか、あまりの痛みでアルスの動きが一瞬止まった。


すかさず追い討ちする二年次縫。手の平には火属性の赤い魔法陣。しかも良く見ればあの魔法陣はエクスプロージョン。



もう一つの属性は火だったのか…そんな呑気なことを考えるアルス。



魔法陣を見て発動魔法を知る、そんなことができるのは英才教育を受けてきたアルスならではなのだろう。




自分でも自嘲気味に笑い、対抗策を考える。



だが、発動までの時間は限られている。故にこんなことしか思いつかなかった。



「【エクスプロージョン】ッ!ッなにッ!?」



魔法陣が激しく発光し始める。アルスはあるタイミングを見計らって飛び出した。



死力を尽くし、限界まで身体強化したボロボロの体で二年次縫に掴みかかる。


そのまま魔法陣を展開している手を掴み、自分の腹に押し当てた。



「さぁ、共倒れといこうじゃないか」



ニッコリと悪い笑みを浮かべながらガッチリと二年次縫を押さえる。



「し、しまッ………」



言い切る前に轟音と熱風が辺り一帯。闘技場の外にまで響き渡った。




静まり返る観客席。だがそれも視界が腫れるまでしか続かない。



『おぉっと!?両者とも地面に倒れている!!この場合は……ちょっと待ってください!二年生の次縫が立ち上がりました!!』



ボロボロだが、膝に手を置き何とか立ち上がる二年。




アルスの捨て身むなしく…勝者二年次縫



「すまない…僕ではだめだったようだ、後は頼むよ…」


担架に乗せられてベンチまで戻ってきたアルス。力なく笑いそう言ったきり動かなくなった。



「死ぬなッ!死ぬなアルスッ!!お前が居なくなったら遺された家族はどうなるんだッ!?」



「まだ父さんが生きてるから特に心配はいらないかな」



「…………そこはちょっとでもいいからふざけようぜ……」



「ご、ごめん…気が付かなかったよ…」



相変わらずのマジレスっぷり。恐れ入るぜ……ちょっとふざけた結果がこれだよ…………



「アルスさんが気にする必要はありませんよ、こんな状況でふざけている方が悪いんですから」



バッサリと本人の目の前で言い切ったミシェル。追い打ちをかけるようにジト目で見つめるが、それに気が付いた拓也はサッと顔を逸らす



「アルスお疲れ!後はミシェルに任せておきな!大丈夫、ミシェルすっごく強いから!!」



「ジェ、ジェシカ!やめてください、恥ずかしいです!それに拓也さんの方が……」



話の内容が自分を褒められているようなものになりかけ、慌てて話題を拓也の方にすり替えるミシェル。


一斉に拓也に向く3つの視線。


それらを浴びた拓也はどこからともなくほうれん草を取り出すと……




「大丈夫…あたし今日はこれしか使わないから……」



頬に手を当て体をくねらせながらキモく…そして何より意味の分からない発言をする拓也。


ジェシカ一人だけが笑う中、アルスとミシェルは各自動き始めた。


アルスは恐らく医務室へ、ミシェルはフィールドへと向かっていった。



「…………あげるわ」



「要らない!!」



2人に華麗なスルーを決められ、グロッキーな拓也。ジェシカにほうれん草を渡そうとするが、要らないと一蹴りされ仕方なくまたどこかへとしまい込んだ。





ったく……こいつらほうれん草ナメすぎだろ…ほうれん草食べるだけでパワーアップできちゃう水兵さんだっているんだぞ!!




『これは厳しい状況ですね!まだ次鋒までしか二年Sに対し、既に副将まで引きずり出された一年S!一年Sの担任としてどう思われますかテリー先生!!』



『うんそうだね!うちのクラスはこれからだよ!まだ頼りになる生徒が2人も残ってるからね!』



実況席しているようだで楽しそうに談笑するテリーと女生徒。おいテリーそこ代われ




『おっと、そんなことをしているうちに両者準備が整ったようです!では早速参りましょう……では…始めッ!!』



開始の合図と同時に高速でミシェルへと突っ込む二年次鋒。


対するミシェルはというと…



『どうした!?一年副将アクションを起こさないぞ!?』



動かない。実況席からは確認できないが目をつぶって何やらかなり集中しているように見える。


ブツブツと口元が動いているところを見て何かを詠唱しているのだろうか?


そうしている間にも物凄い勢いで迫ってくる二年次鋒。


体感時間にして数秒。ついにはミシェルに5メートルほどにまで近づいた時。

変化は起こった。



「ッ!?」



地面が突然隆起して、ミシェルを取り囲むようにして土とも岩とも言えるようなドームが出来上がる。


そんな突然のことだったが、咄嗟にその障害物を壊さんと思い切りトンファーを振り下ろした二年次鋒。



グニャリ。この擬音が一番正しいだろう。


そんな音と共に障害物に腕の一部がめり込んだ。



「ッ行ける!!…ッフ!!」



おかしい…この魔法に柔らかい部分なんてなかったはず………




そう考えた拓也。以前にもミシェルがこの魔法を使うのを見たことがあるのを思い出した。


そしてもう一つ………この魔法を”どうやって”使っていたのかも思い出してしまったのだった……




「……超逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



拓也がそう叫ぶとほぼ同時に、ミシェルを囲むドームとそれを攻撃していた二年次鋒がさらに大きなドームに覆われた。




………ダメだ…きっとあの時のハーピーのように挽肉にされるんだ……………


多分だが…ドームの表面が柔らかかったのは、万が一戦法に気づかれたときにでも固めて動きを封じるつもりだったんだろう…


なんて恐ろしい奴だ……



『おっとなんだこれは!!岩のドームが2人をすっぽりと覆ってしまったァァァァッ!!』



『うん!流石だね!!スピードで劣る土属性の魔法をあそこまで

早く発動するとはね!!』



どうでもいいことだけどこいつらさっきからテンション高いな、実況の女生徒なんてマイク掴んで片足は机の上だし。


………というかドームが収縮を始めないな…どうしたんだ…



そんなことを考える続けること約一分。



パラ…パラパラ………ガラガラガラ!…音を立てながら崩壊するドーム。


中から出てきたのはミシェルが引きこもっているであろう二回りほど小さいドームと、動かなくなった二年次鋒。





…そして大量の水。




結論。水責めをしていたようです。



『そこまでエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!一年副将の勝利だあァァァァァァァァァァ!!』



………………うん、最も苦しいと言われている(拓也調べ)窒息を武器として使うなんて流石ミシェルさんですわ……正直言ってその発想はなかった。




担架で運び出されていく貧乳トンファーさんに両手を合わせておく。とりあえず医務室直行は免れないだろう。




「流石ミシェルね!やっぱり強い!!」



「…そうだな、改めて恐ろしいと思ったよ……………ちょっと自重しよ…」



「なにを?」



「…………色々」




その色々という言葉には様々な意味が含まれているのだが、純粋なジェシカ(大嘘)にはあまりよくわからなかったのか、首をかしげていた。



相手の次鋒が運び出され、中堅が出てくるまでこちらへ戻ってこなかったミシェル。


一度休憩にベンチに戻ってもいいはずなのだが、ミシェルは戻ってこない。


つまりは全然消耗していないということで間違いないだろう。



そして次の試合が始まる。



「【ライトニングスピア】」



まず仕掛けたのはミシェル。お得意の光魔法で相手を軽く牽制。


…と思っていたのだが、直撃。遥か後方の闘技場の壁に叩きつけられた。




……まぁ相手がミシェルだし仕方ないよね…




ここで一つ魔法についてのお話をしよう。


魔法の中で最速を誇る光。だがその属性で使う魔法すべてが光速というわけではない。

むしろその方が少ないといえるだろう。


例えばレーザー。レーザー系の魔法。これは光そのものを収束させ放つものだ。つまり光の性質を忠実に再現しているということになる。


よってレーザー系の魔法は光速ということが言えるだろう。



だがミシェルが今使った魔法【ライトニングスピア】このタイプの魔法は利便性や殺傷力を上げるため、意図的に形状を変化させる。いわば光の塊を成形し自らの力で打ち出す。そういうタイプの魔法だ。よって速度は自分が打ち出した速度に依存する。【ライトニングボール】などもそのタイプの魔法と言える。



つまり何が言いたいかというと………





ミシェルやっぱ超強い…そういうことだ。



「…グァッ!…………ハァ…ハァ……あ、【アクアウェーブ】ッ!!」



すぐさま立ち上がり、魔法を唱える。拓也はここまで詠唱をしている人間が一人もいないことに気が付き、単純に驚いていた。



相手の中堅の足元から、水が湧き出る。その水は一瞬でうねり、小規模な津波と化しミシェルへと襲い掛かる。



いつ取り出したのか、ミシェルは魔武器である杖を呼び出していた。



「【アクアウェーブ】」



枝で地面を軽く叩き、魔方陣を形成。同じ魔法を発動させる。


その規模は二年の放ったそれよりも遥かに大きい。


優に小さな波を飲み込むと、その水さえ自らの魔法に取り込んだかのようにさらに巨大化し、壁際の二年を飲み込んだ。



まだ水が完全に引かないうちに風属性の魔法を発動し、空中へ行くミシェル。


そこでさらに杖をふるう。



「【ライトニングシャワー】」



バスケットボールほどの大きさの光の球体を生み出し、それを空中に浮遊させる。



するとそこからライトニングボールより小さい光の玉が大量に降り注ぎ始めた。


攻撃範囲はフィールド全域。逃げ場はない。



「ぐッ…『我に従い隆起し、我が身を守る岩の盾となれ』ッ!!」



魔闘大会始まって初めての詠唱。この詠唱は【ロックドーム】のものだろう。そしてこの魔法の難易度は中級。


恐らく土属性がそこまで得意ではないのだろうか、それとも強度を増すためなのだろうか、詠唱をした二年。



だがミシェルはそんな隙を見逃すほど甘くはない。


次の瞬間、二年中堅は天から降り注いだ一筋の光にのみこまれた。

周囲の砂と土を大きく巻き上げ、視界が一気に悪くなる。



『光魔法のオンパレードだアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!この学園でも数えるほどしかいない光属性持ちの一年副将!やはり強い!上級生でも歯が立たないィィィィィィ!!!』




オンパレードって言ってもまだ3種類しか使ってないんですがね!!


というかテンション振り切ってやがるなこの実況者……




『光魔法の【ホーリーレーザー】!上級魔法を無詠唱なんて流石だね!先生鼻が高いよ!』



実況席の2人がはしゃいでいる間に、ようやく視界が回復する…というのもミシェルが風を吹かせたからなのだが……あの二人は気が付いていないようだ。




『やはり倒れてしまったァァァァァァ!!勝者!!一年副将ォォォォォォォ!!!!いとも簡単に2人抜きィィ!!これは期待できそうだァァァァァァァァァァ』




勝者一年副将、ミシェル。




『ウオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!!!!』



ミシェルの圧倒的な強さに観客席が沸く。


歓声を浴びている本人はそれを背に、一度こちらへと戻ってきた。



「どうした?疲れたのか?」



手早く水やらタオルやらを用意し始める拓也。




…っておい、マネージャーとしてついて来たくせにジェシカのやつはいったいどこ行きやがったんだ!?なんで選手の俺がこんなことしてるんだよ!!



まぁ別にいいけどさ…



差し出された水を受け取り、ベンチに軽く腰掛けたミシェル。なぜか顔が少し赤い。



「…大丈夫か?具合が悪いなら今からでも俺が出るぞ」



珍しく真剣な声色で交代を申し出る拓也に、ミシェルはいつもとは違うぎこちない笑顔を拓也に向けながら予想外なことを口にした。



「………いえ…こんなに大勢の人に注目されるのに慣れていないだけです…」



「俺の心配を返せ」



なんだよ!割と本気で心配したのに……そりゃねぇぜミシェルたん……。


それに人に注目されるのが恥ずかしいとかよく考えれば俺もだ…やばい緊張してきた………




「まぁなんともないならよかったよ、この調子で俺の分まで頑張ってくれ」



「…………そんなに出たくないんですか……」



呆れた…と言わんばかりのジト目が胸に突き刺さる。



「だってしょうがないじゃん!?」



「何がですか?」



うっ…言い返す言い訳が思いつかねぇぜ!



「ほら!次始まるぞ!行った行った!!」



逃げ?ッハ!何とでも言え!最後に立っていた者こそが勝者なんだよ!!



「さっきの試合で水浸しになったフィールドを直してるのでまだ始まらないようですよ」



そう言って拓也の背後を指差したミシェル。慌てて振り向くとミシェルの言葉通り、数人の教員たちがフィールドを直している最中だった。



「はい、一々戦うのがめんどくさいです」



「…やっぱりそうですか」




ミシェルの目を見て真剣な顔でそう告白した拓也、やはり…そう頭を抱えるミシェル。


ここに大笑いするジェシカが加われば完全体となるのだ!



「まぁまぁ、そう言わずに……あ、しばらく始まらないんだったら…これ、レモンの蜂蜜漬け作ってきたけど食べる?疲労回復にいいぞ」



おもむろにタッパーを取り出し、ふたを開ける。


中には綺麗にスライスされたレモンが整列していた。



「…いつの間に作ってたんですか?」



「昨夜だ」



何故かドヤ顔の拓也。ミシェルは、いつそんなものを作っていたのだ…と不思議に思っていたが、案の定の答えが返ってくる。



「い、いただきます………………!おいしいですね!」



「だろ?」



あまりのおいしさに思わず声が大きくなるミシェル。


拓也はフツメンだが、家事全般はそつなくこなす。

料理、洗濯、掃除、裁縫。果ては庭の手入れまで、すべてにおいて一般家庭の主婦達のレベルを超えている。


女子力高いなぁ……そんなことを思うミシェルだった。



「やべぇ……俺って女子力高くね?」



「自分で言ってたら世話がないですね。まぁ…おいしいですけど……」



「そりゃぁよかった」



こんな人に女子力で負けている……その現実がミシェルの胸を苦しめる。



「はぁ…女子力が高いせいでモテないんだろうなぁ……マジで辛いわ…かと言って男にモテてもなぁ…そっちの気は無いし」



「そんなことないですよ」



「え?どういうこと?」



「え…あ、えっと!」




思わず口が滑り、そんなことを言ってしまうミシェル。


少々動揺してはいるが、ジェシカとの時のように際だって赤くなったり照れたりはしていない。


ミシェルが言うところの『だらしないところは見せられない』という彼女の中のプライドが感情を押さえつけているのだろう。




「……その…拓也さんのことを好きになってくれる人も多分……その辺に居るんじゃないですか?」



「うっわすっごい適当!?……でも…まぁ、そうだと嬉しいな」



若干赤く染まった頬。ミシェルはそれを悟られないように顔を背け、レモンをもう一切れ頬張る。


口の中を駆け抜ける爽やかな果実の風味と、蜂蜜の甘さを楽しみながら、ゆっくりと過ぎて行く二人きりの時間を楽しんでいた。






『こういう時にアピールしないと!』……不意にジェシカが言ったことが頭をよぎる。


チラと隣を見ればいつものように呑気な顔をした拓也。


……ジェシカの言った通り自分には積極性がないと思っているミシェル。

まぁその通りなのだが………


そこでミシェルはかなり勇気を振り絞って拓也に話しかけた。



「あ、あの!」



「ん、なに?…あぁわかった。蜂蜜少なすぎじゃね?的なことだろう。うん、言われると思ったよ。だって家にある分確認してなかったんだもの………まぁ砂糖で代用しましたけどね!」



今は心底どうでもいい情報をペラペラとのたまう拓也。


折角勇気を出して話しかけたのに出鼻をを挫かれ、少々イラッとしたミシェルは更に声量を上げた。



「最後まで聞いてくださいッ!あの…だから明日の午後私tッ!『はーーーいお待たせいたしましたッ!!!フィールドの準備が整いましたので選手の方はフィールドへおねがいしま~す!!!』」



あぁ、神が本当に居るならなんと無慈悲なのか…


うん、まぁ居るんですけど当の本人は現在午後のティータイムを楽しんでいるところだった。


なんとも可哀想な濡れ衣であろうか……




「……ハァ…もういいです」



「…え?ちょっとまってなんでそんなに不機嫌になるの!?」



拓也の呼びかけにも答えず無言で立ち上がりフィールドへ向かうミシェル。


仕方がない。久々に勇気を出した結果がこれだよ……



珍しくミシェルがイライラしている光景にビクビクする拓也。こちらも仕方がない。本気で怒った彼女の粛清など食らいたくもないからだ。



『では始めェェェェェェェェッ!!!!』



「【アースクエイク】【ライトニングボール】」


先手を打ったのはまたもやミシェル。


土属性の魔法で地面を大きく揺らす、地震さながらの揺れに思わずバランスを崩した二年副将に、間隙開けず光の玉が襲い掛かった。




「甘いわね、【ロックウォール】」



そう唱えると地面が隆起し、二年副将の目の前に大きな岩の壁が出来上がった。


この魔法はロックドームとは違い、前方しかガードすることはできないが、方向を一方向に絞ることによって消費魔力を削減することができる。


前方からしか攻撃が来ないこの状況下で使うのは得策だろう。


ただしロックドームに比べて大きな欠点がある。


全方位を守れない…それもそうだが…



「【エア・ボム】」



「しまったッ」



咄嗟に宙に跳び退く二年副将…だが遅い。吹き荒れる風に思い切り吹き飛ばされ、地上20メートルほどまで打ちあがった。



自らの前方への視界を塞いでしまうのに、背後、左右、頭上。


この3つの場所から攻撃を食らう可能性があるのだ。




魔法の性質をしっかり理解していたミシェルの方が一枚上手か、それ以上だろうな。


それにしても【ライトニングボール】の魔方陣を固定、持続発動させながら回り込んで違う魔法を詠唱破棄…大方相手はまだ魔法が続いてるから油断したんだろう。


…………こりゃあ本当に俺の出番ないかもわからんね。





魔方陣は設置することができるのは皆さんも知っているだろう。


これに魔力を供給することで魔法を発動するわけだが、基本、術者が近くで直接魔力を供給しなくてはならない。


だが魔力コントロールが上手い者なら魔方陣を設置し、魔力を電池のようにためておき、その魔力が切れるまで魔法が発動し続ける。こんなこともできるのだ。



…………ッハ!!……つまり【バインドチェーン】をそう使えば一人拘○プレイも可能なんじゃないか!?イヤッハァァァ!!俺ってば天才!!今日も冴えてるゥゥゥ!!




こんな使い方すらできるのだからやはり魔法とは偉大である。



拓也がベンチで一人盛り上がっている時、試合は大きく動く。



吹き飛ばされた二年副将は空中で綺麗な放物線を描きながら、着地。


両手には光属性の魔方陣が展開されている。



「『神聖なる光はあらゆる全ての障害を焼き払い、我が進む聖道を切り開かん』【ホーリーレーザー】」



空から地に向かい一筋の光が落ちる。ミシェルはあの時地面にいた。


つまりこの魔法を発動したのは二年副将…



「光属性持ちだったか………」



流石に光速の一撃はミシェルでも避けきれんだろう…さて、いったいどうしたんだ?



「な、そんな馬鹿な!?」



「甘いですね」



珍しく戦いを楽しんでいるかのような表情。同じ光属性使いと手合せできてうれしいのだろう。


前に掲げた杖の真下の地面には光属性の魔方陣。




……無詠唱で【ホーリーレーザー】発動してるし……しかも相手は詠唱してたのに無詠唱でも威力同じとか…



ミシェル………恐ろしい子ッ!!




どうやら対するミシェルも同じ魔法を打ち返すことによって相殺しているようだ。


そのまま足元の魔方陣に触れると、空へ飛びあがる。


先ほどの【ライトニングボール】のように魔力を溜めておいたのだろう。【ホーリーレーザー】はまだ継続している。




「ッく……ッ~!!」



相殺させていた自分の【ホーリーレーザー】を自ら切るが早いか、右へ飛び退く。


しかしこの魔法は速い。とにかく速い。故に完全な回避はできず、眩い光に左半身がのみこまれた。



背に腹は代えられない。あのまま魔方陣の魔力が切れるまでやっていても、その隙をミシェルは見逃してくれなかっただろう。恐らく十八番の光魔法でやられていた。


それなら誰だって一か八か回避してみる方を選ぶだろう。



「【アクアスピア】【アクアボール】【ライトニングボール】【セイントニードル】【ウィンドカッター】」



「ッ!?【ロックウォール】ッ!!」



ありとあらゆるミシェルの魔法が次々襲う。しかも同時発動しているもんだからあまりの手数に、岩の壁がガリガリと削れて言っている。


これは崩壊するのも時間の問題だ。




水の槍、水の玉、光の玉、光のg針、風の刃。それぞれが岩の壁に襲い掛かる。


そんな猛攻の前では、いくら防御に特化させた魔法でも数秒程しかもたなかった。



ガラガラガラッ!という崩壊音と共に、岩の壁のど真ん中に大きな風穴があく。



「ッ!!厳しいわね!!」



「逃がしません!【エア・ボム】」



瞬時に詰め寄ったミシェルにより、再び空中へと吹き飛ばされる二年副将。


さっきは運よく地面に下りられたが、風属性を持っていない彼女は空中での姿勢制御ができない。


故に待つしかなかった。



「『神聖なる光はあらゆる全ての障害を焼き払い…』」



目を閉じ集中するミシェル。この詠唱は【ホーリーレーザー】。恐らくこれで決めるつもりだろう。


彼女の中の魔力が高まり、それに呼応するように目の前の魔方陣が眩しく光り輝く。




「し、しまったッ!!しッ『神聖なる光はあらゆる』」



慌てて同じ魔法の詠唱を始める二年副将。だが、練度の違いからか、詠唱もミシェルの方が速い。それにミシェルの方が先に詠唱を始めている。



「『我が進む聖道を切り開かん【ホーリーレーザー】!」



目をカッと開き、魔法を発動させるその刹那、一瞬目を開けられないほどの光が闘技場全体をを包み込み、一筋の光が天へと伸びた。




これがミシェルの全力の魔法……無詠唱でも二年副将の使う詠唱した【ホーリーレーザー】と互角の威力。

そんなミシェルが詠唱を完璧に済まし、魔武器の杖のブースト付きの魔法………


おっかねぇ………


って二年副将は………まぁ耐えられるわけないよな………




『鮮やかにK.O!!怒涛の3人抜きィィィィ!!!強い!強すぎるゥッ!!誰も彼女を止められない!遂に逆転して相手の大将まで引きずり出したアアアアアァァァァァァァァッ!!!』



プシュー、と擬音が出そうなほどいい色に焦げ付いた二年副将。そのまま担架に乗せられ闘技場から消えていった。


…さようなら、君のことは忘れないよ………




というか実況のK.O!でストリー○ファイターを思い出したのは俺だけじゃないはず。


だって言い方が似てるんだもの。






しかもミシェルの奴…あれだけ魔法乱射したのに大した疲れも見せてないし……



『やっぱり強いな、こりゃあ俺の出番もなしかぁ~………つまらん!』



てめぇの都合なんて知るかよ!というか出番あってもお前の能力なんて使わねぇから!!



『ッチ……サービス悪いな』



ハァ……また今度クエストで使ってやるから機嫌直せよ……




『絶対だぞ!?絶対だかんな!!』



はいはい。とりあえず黙れ、次が始まるみたいだ。




拓也が視線を向けた先にはミシェルに向かい、背を曲げた黒髪の青年、前髪で顔が隠れておりイケメンかどうかはわからないが多分イケメンだろう。


マジ理不尽……一人嘆く拓也だった。



…そんなことよりあれが大将?素朴な疑問に首を傾げた拓也。


それくらい相手からは強者の風格が全くと言っていいほどなかった。



「どうもおかしい………『解析』」



呼び出した魔武器の方眼鏡を装着し、黒髪の二年大将を”視る”




………標準体型……より少し痩せ形だな…。魔力量は100万。平均的だ…。近接格闘が得意そうな身体つきでもないし……いったい何者だ?



「まぁ俺の思い過ごしかな、うん、そうだそうだ、考えすぎ。」



自嘲気味に笑い、深く座り直し、足を組む。



だが拓也のその余裕は再び崩される。


試合開始の合図はまだなってないのに歩み始めミシェルの前まで歩み寄った二年大将。


そこで怪しく微笑むと自分の右の手を差し出した。



『おぉっと!?ここで握手を申し出る二年生Sクラス大将!これは大将らしく正々堂々と戦うことを誓う意思表明でしょうかァァ!?』



『うん!とてもいい心がけだね!』



「よろしく、正々堂々お互い頑張ろう」



背筋は曲がったままだが、優しげな声で握手を促す。



「……よろしくお願いします」



一瞬戸惑ったミシェルだったが、その性格上、折角の申し出を断ることもできずに結局右手を差し出した。


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「や~、ただいま!どう?ミシェル勝ってる!?」



背後からいきなり声がかかる。振り向けばやはりそこにはジェシカが居た。


「うん、もう3人抜きしてるよ。後は大将だけだ。…そんなことよりどこいってたんだよ」



「医務室いってました!」



「…やっぱりねぇ」



そこで会話を終わらせ、試合の方へ眼を向ける。


ちょうどミシェルとの握手が終わり、大将が自分の立ち位置に戻るところだった。



『さぁでは行ってみましょう!!…始めェェェッ!!!』



そして拓也は見逃してはいなかった。




二年大将が”何か”を口に含んだのを。


だが他のものは気が付いていない。闘技場の中のあまりの盛り上がりのせいもあるのだろう。




開始の合図とともに飛び交う魔法。その中には闇魔法も混ざっていた。どうやら相手は闇属性持ちのようである。



とにかく今すぐには何もできない。


なぜなら二年大将がナニカをしたという確証が得られていないからだ。




……まぁとりあえず様子見だな。




そんなことを考えていた矢先だった。



「【ホーリーレーザー】」



ミシェルの十八番の魔法。敵に向かい一直線に放たれた一撃。



「っと…危ない」



が、惜しくも回避される。



『ウオオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!』



派手な技に闘技場は沸き、声で大気が揺れる。そんな錯覚さえしてしまいそうなほど盛り上がっている。


拓也の隣のジェシカもキャーキャー言っているが拓也だけは異変に気づいていた。



「おかしい……」



ポツリとそうこぼした拓也を不思議そうな目で見つめるジェシカ。


首を傾げて尋ねる。




「何が?何がおかしいの?」



尋ねられた拓也は試合中の2人からは目を離さず、神妙な面持ちでまたポツリ



「……おかしい」



顎に手を当てじっくりと2人の動きを観察している拓也。



だがそれも少しの間。ジェシカに向かい声を荒げた。



「今すぐ試合を中断させろ!」






「え?どういう……」



普段とのどこか抜けた感じとは違い、真剣な表情で声を荒げる拓也を見て、ジェシカはいつもの調子では居られなかった。


フィールドのミシェルに叫ぶ拓也だが、その声は届いてはいなかい。



「いいからッ!とりあえず医務室行ってベッドと塩水!塩水はミシェルに飲ませておいてくれッ!!」



「ちょっとどこ行く……ってもう行っちゃったし」



ヤバいぞ…たかが学園のイベント如きでこんな事態になるとは……




拓也は理由もなく走り出したわけではない。ミシェルに声が届かない。つまりミシェルが自分の判断で降参しない限り試合を中断することはできない。


ならば今すぐ試合を中断できるだけの権限を持った人物を探し、そいつに止めてもらうしかない。


そう判断した末のことだった。





・・・・・



「クックック…【シャドウブロー】」



地面をうねるようにして這いながら接近した影。


ミシェルまであと少しというところまで近づくと、影から真っ黒な柱のような物がミシェル目がけて飛び出した。




「ッゥグ……ッカハッ!!」



巧みにそれをかわして行く。しかし背後から飛び出した一本が直撃。



敵選手の方へ吹き飛ばされた。




「ッくらえ!」



ミシェル目がけて振りぬかれる拳。咄嗟に杖を地面に突き刺し、自らの体の軌道を変える。



「…【エア・ボム】!」



そのまますれ違いざまに魔法を発動したミシェル。二年大将はミシェルとは逆の壁際へと吹き飛んだ。


しかしミシェル自身も魔法の衝撃で更に加速して壁へと飛ばされる。



「はぁ…ッぐ【エアクッション】ッ!」



流石はSSランカーだと言えるだろう。すかさず自らの背後に空気の層を作り出し、衝撃吸収として利用した。



だが完全には威力を殺せず、中々のスピードのまま壁へと突っ込んだ。



「ックク……やっぱり強いね!ハッハッハッハ!!そう、そうだよ……そうじゃないと面白くないよ!!


もっと僕を楽しませてよ!!」




「………かなりまずいですね……」




ゆっくりと立ち上がり、服についた土などを軽く払いながら、狂ったよう笑い、そう挑発をする二年大将。



対するミシェルはまだ立ち上がれない。


なぜなら蓄積したダメージのほかに、深刻な問題を抱えていたからだ。



「魔力が思うように使えない……こんなこともあるんですね………」



そう、魔力が使えなくなりつつあるのだ。



最初は問題なく使えていたのに、時間を追うごとに次第に練れなくなってきている。


それはつまり身体強化すらも使えなくなり始めているのだ。

このまま戦いが長引けば恐らく完全に使えなくなる。

それが意味すること。……



防御力が限りなく0に近い状態。そんな状態で魔法なんて直撃すれば命に関わる問題になる。



「こんなこともあるんですね……な~んて……



こんなことありえない」



気が付いていた。自分が魔力を使えなくなりつつある理由を。恐らく毒の類だろう。そこまで予測できていた。


それでも彼女が戦いをやめない理由。



「こんなやつを……許すわけには…いかないッ!!」




純粋な正義感と怒りだった。




・・・・・



「それは本当か!?」



「詳しくは後です、今はとにかく急いで下さい!!」



走る足は止めずに学園長に返す拓也。



拓也の読み通り学園長室で書類と格闘していた学園長を半ば強引に引きづりだし、現在廊下を疾走中。



「他の生徒たちには事の重大さを悟られないように今は適当に隠蔽してください、俺はとりあえず大将として出場します」



「あぁ頼んだ。…だがくれぐれもやり過ぎないように頼むぞ」



「わかってます、では」

 


実況室へ向かう道の分岐点で立ち止まり、そうやり取りを終わらせると、学園長は実況席の方へ走り去っていった。



この学園長相当頭キレるし後は任せて大丈夫だろう。俺は……




「急ごう…」



そう一言呟くと、闘技場、一年Sベンチへと駆けていった。




「ジェシカッ!!ミシェルは!?」



「た、たっくん!!」



ベンチへの扉を乱暴に開け、すぐにそこにいたジェシカへと声をかける。


両手を胸に当て、青い顔をしているジェシカは口をパクパクさせてかなり取り乱している。



「ッ!?クソッ!」



ジェシカの返答より先に、目が状況を把握する。



気持ち悪い薄ら笑いを浮かべ、ミシェルの前に立っている黒髪、二年大将。


そのすぐ前で両ひざを地面に付き、へたり込むように座っているミシェル。


よく見れば至るところを怪我している。




「……許さねぇ…………」



「たっくん落ち着いて!」



今にもこの場所から飛び出して、奴に飛び掛からんばかりの雰囲気の拓也を必死に制止するジェシカ。



そこでちょうど闘技場全体にアナウンスが響き渡る。



『えーっと……一年生副将ミシェルさんの残りの魔力量が身体に危険なレベルまで達しているとのことですので、ここで試合は強制的に終了です!




勝者!二年大将!!』



学園長がうまくやってくれたようだ。これならだれも疑うことはないだろう。


それにしてもぎりぎりのタイミングだ。



観客席からはミシェルの健闘を称える声が聞こえる。しかし当の本人は苦い顔をしていた。




そりゃそうだよな…悔しいよな……



「…すみ…ません……勝てませんでした…」



担架に乗せられこちらへ戻ってきたミシェルへと駆け寄り、状態を確認する。



体の至るところを擦りむき、青くなった腕。恐らく折れている。腹部には血が滲んでおり、出血によってか

顔が青い。




アイツは全て分かっていたはずだ。身体強化を使えない状態で攻撃なんて受ければこうなることくらい……


……また俺が気が付くのが遅かったせいだ…。不甲斐ない自分に腹が立つぜ、まったく……



「…ごめん……」



「フフ……なんで…拓也さんが謝るんですか?」



「いや……、とにかく医務室で休んでいてくれ。それと塩があるからジェシカ、塩水を作ってミシェルに飲ましておいてやってくれ。頼む」



こんな時でも微笑みを絶やさないミシェル。


だがその笑顔の裏の怒りが隠れきっていない。



表情が笑顔から真剣な顔つきに変わる。



「…拓也さん…気を付けてください」



「あぁ…わかってる」




目を閉じ、腕を組んでいる拓也。


しっかりと自分を落ち着かせていないとやっていられなかった。


自分の中で沸き起こり、暴れる激憤を抑えながら、ゆっくりと目を開く。




「…行ってくる」



その瞳の色は明らかにいつもの穏やかで呑気な拓也のそれではなかった。


鋭く光る瞳は既に”敵”である二年大将を見据えている。



「ッ拓也さん!!」



いつもと明らかに違う拓也。そんな彼を見ていて居ても立ってもいられなくなったミシェルは声を荒げる。


ゆっくりと振り返った拓也の顔に怒りは表れていないものの、見たこともない冷たい顔。


何を言ったらいいのかが分からない。だが、このまま彼を送り出すわけにはいかない。


そんな彼女の口から出たのは、まったく意味の分からない頓珍漢なことだった。が



「今日の夕飯はハンバーグですよ」



ミシェル自身もなぜ自分がこんなに訳のわからないことを発したのかまったくもって分からなかった


さっきまでの冷たい顔は何処へやら……まさに目が点になるとはこういうことだろう。



「ハハッ…楽しみにしとくよ」



そう残すと、フィールドへ足を踏み入れた。




『さあッ!!お待たせいたしましたァァァ!!いよいよ大将同士の対決!!二年Sと一年S!勝つのはどっちだァァァァ!!



……おーっと!?ここでまた握手を求める二年大将!一年大将はこれに応えるのかァァ!?』



それに快く応じる拓也。


ニヤリと笑みを零した二年大将。勝ちを確信したんだろう。


だがそんな小細工は拓也には無意味。



さて…どうやって絶望の淵へ叩き落としてやろうか……



当の本人はそんな恐ろしいことを考えていた。


ミシェルが大丈夫そうだと知って落ち着きは取り戻していたが、彼女が理不尽に痛めつけられたことに対しての怒りは収まってはいなかった。




『ではいきましょう!!……始めッ!!』



試合開始の合図。しかし両者動かない。


拓也と二年大将の距離は約50メートル。その開始位置から二年大将が不気味な笑みを拓也に向けた。



「そんなに怖い顔しないでよ。君たちの副将を僕が倒したことに腹を立ててるのかい?だってしょうがないじゃないか、これが実力の差なんだからさ」



拓也には聞こえているが、周りの観客には騒がしすぎるのと、距離が遠いことで聞こえていない。



「………実力差…ねぇ……」



そう言い、嘲笑する拓也。そんな態度に機嫌を悪くしたのか、少し眉を顰める二年大将。



「そうじゃないか、弱かったから負けたんだよ、君たちの副将は」



両手を広げ、まるで演説をするかのようにそう言った二年大将。


その演説を俯きながら聞いていた拓也の方が次第に震え始める。


怒りによるものか?…そう思考した二年大将だったが…



「ックックック…クッ……ッハッハッハッハッハ!!」




あまりに滑稽。それ故に笑いが止まらなかった。



「な、何がおかしいッ!?」



「ックック……ふぅ…仮面が剥がれかけてるぜ?せんぱ~い」



腹を抱えての大爆笑。そんな拓也を噛みつくように喚いた二年大将はそう指摘されるとハッとした表情で急に押し黙った。



盛大に爆笑していた拓也だが、そんな態度もその時限り。


次の瞬間、その表情は真剣なものに変わっていた。



「確かにお前のやったことは殺し合いなら別に何の問題もない。むしろ常套手段だ。


だが今回、これには二つ問題がある」



指をピンと二本立て、顔の前に突き出した。



「まず一つ目、今日は学園祭での試合。なにも相手を殺すことが目的じゃない」



「……」



黙り込み、喋ろうとしない二年大将を無視……ニヤリと不気味な笑みを浮かべると、止めの巨大な爆弾を投下した。



「そしてふた~つ。禁止薬物を自らに投与。しかも他人にも使用する。明らかな違法行為。



さぁて、豚箱に行ってもらおうかね」



「な、な、何故ッ!?何故そのことをッ!!?」




「あっさり認めたな、



まぁそういうことだから精々後悔でもしてるんだな」



拓也はそう言うと突き出していた右手を開く。



「貴様ッ!!殺すッ!!!」



怒声を上げた二年大将は胸元から黒い錠剤の入った小瓶を取り出すと、こそこそ俺にしか見えないよう、手のひらに2錠取り出すと、口の中へと放り込んだ。



途端に二年大将の体の中の魔力が膨れ上がる。



「ックックック…ここでお前を殺せば証言はできない…



…だいたい5倍ってところか…


というか俺以外にも相当な実力者が居るこの学園で気が付かれづに反則なんてできると思ってるのかね…


それにあれだけ魔力量を無理やり引き上げれば身体にも相当な負担がかかるはずだ……


そのことをあいつは知っているのか?……まぁそんなことは関係ないか。


俺は俺のやるべきことをするだけだ。



「じゃあそろそろ始めようか、俺たちがいつまでっても始めないから観客席からブーイングが来てるぜ?」



確かに耳を観客の方へ向ければ、数々の非難の声が聞こえてくる。



拓也は突き出していた右手を何度か開閉し、首を傾げる。


二年大将はそんな様子を見て、おちょくるように声を立てて笑い始めた



「ハハッ!どうした!?魔力が使えないか!?あぁ!可哀想に!!


【ダークネススピア】ッ!!」



唸りながら速度を上げ、拓也へと迫る闇属性の槍。


勝利を確信した二年大将は、握り拳を作り、空を仰いでいた。




だが次の瞬間、青い空を映していた瞳は一面真っ白に染まる。


続いて、耳を劈く爆音と衝撃波。



その爆音によって甚大なダメージを受けた鼓膜が次に拾った音は、自らが倒したと思っていた本人の声だった。




「悪いな、俺は少々イレギュラーな存在なんだ」



巻き上がった砂と眩んだ目のせいでよく見えないが、シルエットを見るだけで、無傷だということがすぐに分かる。



両手を軽く広げ、周囲には6つの浮遊する黄色い雷の魔方陣。




そこで二年大将は悟ってしまった。



自分の目の前の”モノ”には、自分の持ち得る全てを持ってしても抗うことは絶対に不可能。



「さて、次は俺のターンかな」



口角が不気味なほど吊り上がり、不気味に笑う拓也。



二年大将を恐怖が支配した。




「俺はこう見えても今かなりブチギレてるんだよ、お前がやったことは人の命に関わることだ。そこんとこ分かってる?」



突然静かに語りかける拓也。浮遊させていた魔方陣に特に意味がなかったことなんて言えない。



「…ッハ!それがなんだというんだ!僕には関係ない!」



冷や汗を流しながらも、拓也を鼻で笑いまだ悪態をつく二年大将。


そんな態度に拓也はため息を一つ付くと、鋭く睨み付けた。



「そうか……『じゃあ今から俺がお前を殺しても文句はないな?』」



かなり加減した殺気を言葉に乗せ、ピンポイントで二年大将にぶつける。



「ッヒィ!!」



流れる汗の量が増える。


顎からポタポタと滴り落ちる汗が、地面へ染み込み、染み込み……それが繰り返される。


おまけに膝も笑い、立っているのもやっとのようだ。




「さぁ…終わらせようか」



「…や、止めッ!!」



腰を低く落とし、敵を見据える拓也。


たじろぎ、後退しようとする二年大将だが、もう遅い。



「あ゛あ゛ぁッ!!」




次の瞬間、視界が黒に染まり、顔が物凄い力で締め上げられる。


何をされたかなんてわからない。だが、視界から少し光がのぞく場所がある。



「痛いか?」



「ッぐぅあ゛はなぜえええぇ!!」



拓也がやったことは簡単。近づいて顔面を鷲掴みにしただけ。ただそれだけだ。



しかし50メートルも離れていた相手に接近され、全く気が付けなかった。


その事実が、二年大将に、拓也との実力差を実感させる。




「や゛め゛ろ゛おおぉぉぉぉぉぉッ!!」



「おっと…」



フリーになっていた二年大将の右手に闇の魔方陣が展開される。


それを拓也に向ける……



が、腕を掴まれ…………



「ッン!?ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」



ボギィィッ!!



まるで小枝でもへし折るかの如く、いとも簡単に二年大将の腕をへし折った。



今、二年大将の腕は、肘と手首の真ん中辺りが曲がってはいけない方向へ曲がっている。


骨は完全に砕け、折れた部分より先の腕をつないでいるのは皮膚。


そこを切断してしまえば、たちまち腕は地面へと落ちるだろう。






あまりの痛みに悶え、苦しむ二年大将。


拓也は、顔を掴んでいる腕に更に力を込める。そしてゆっくりと上へ持ち上げた。


次第に二年大将の箸足は地面から離れ、やがて完全に宙に浮いた。



「安心しろ、そろそろ終わらせてやる。まぁ精々死ぬなよ」



「だ、だのむ゛ッ!!やめ゛……」



二年大将が命乞いを始めたその刹那



一瞬にして二人の姿がぶれるように消える。二人が立っていた場所には、地面を抉り取ったかのような足跡だけが残されていた。




『ドゴオオオオォォォォォォンッ!!』



次の瞬間、轟音が闘技場全体に響き渡り、観客席にまで何かの破片が飛び散った。



『なんだ!?なんだ今のはァァァァァ!?一瞬にして姿を消したかと思えば、次の瞬間には闘技場の壁が吹き飛んだァァァ!!!』



『うん…僕も良く見えなかったけど………


多分顔を掴んだまま壁に相手ごと突っ込んだんだよ、うん…流石だね!!』




そう、テリーの言っている通り、拓也は二年大将の顔を掴んだまま、壁に突っ込んだだけだ。


ただそれだけ。



「ふぅ…まぁこんなもんかな」



『勝者、一年生S大将!。


よってこの試合は一年生Sの勝利です!!皆さん、彼らの戦いに盛大な拍手をお願いします!!』



だが、やはり物理攻撃とは強い。



闘技場の壁は粉砕し、収まらなかった勢いで地面にまで穴を開けている。


そんな見事なリフォーム……もとい破壊してくれた二年大将の頭は何故だかスプラッタなことにはなっていない。




魔法の力とは偉大である。



白目を剥いて、ピクリとも動かない二年大将。


だが安心して欲しい、死んではいない。




「……お前はまだ若い、だからやり直せる。


自由の身になったら、今度は過ちなんて犯すんじゃねーぞ」



そんな言葉を掛ける拓也だが、気を失っている二年大将には聞こえているはずも無い。



学園長の手配で外には衛兵が待機しているだろう。


そして恐らくこの学生は独房行き……



願わくば、しっかり更正してちゃんとした道を歩んで欲しいものだ。




・・・・・




「っう…痛ってぇ……」



「コラッ!じっとしてないと手当てできないでしょ!!」



医務室にはいつぞやの…というか先程の鞭使いの姿。


体に付けられた傷を消毒してもらっているようだ。



他にも、貧乳トンファーや二年中堅。光属性持ちの二年副将。


アシュバル、メル、アルス、ミシェル。



1日目の魔闘大会のメンバーがほぼ揃っていた。


各自、医師の手当てを受けている。




魔闘大会…それは当然激しい激戦が予想されていたため、このように事前に医師たちをそろえているのだ。


しかも王国内でも一流の医師たちばかり。かなりお金が掛かっているのだろう。流石国立なだけはある。



傷などを縫合した上から、光属性の魔力を当てる。それにより光属性の魔力を使用しない場合に比べ、異常に早い回復速度を実現しているのだ。



だがここで一つの問題が発生する。



「先生……もう…限界です……」



あまりに重症患者が多すぎたため、光属性持ちの看護師や医師の魔力が枯渇しかけているのだ。



「う~む、仕方が無い。君たちは少し休憩してきてくれたまえ」



白髭を蓄えた丸メガネの班長的な人物が、渋々といった表情で看護師の女性にそう指示を出す。



「…申し訳ありません……」



恐らく光属性持ちであろう数人が、廊下へと続くドアへと手を掛けようとした時、ドアが向こうから開いた。




入ってきたのは、金の刺繍が入った黒ローブの青年風の人物。


その姿に覚えがあったのか、丸眼鏡のおじいさんが眼鏡の下で目をまん丸に見開いた。



「…ッ!!?あなたはッ!!」



声を荒げたせいで、全員の視線がこちらへ向く。そして明らかに部屋全体がざわつき始めた。



イヤァァァァァそんなにこっちばっかり見ないデェェェェェェ///!!!


……なんて言える空気じゃないな、うん。やめとこう。



「剣帝様!?なんでこんなところに!?」



「いえ、たまたま近くを通りかかったもので寄り道でもしようかと……」



あくまで紳士的に、そして常識人を装う剣帝…こと拓也。


ちなみに剣帝の格好をしているのには、ちゃんとした理由がある。



「そうしたら治療のほうに人手が足りていないと小耳に挟みまして、こうして赴いたしだいです。


よろしければお手伝いさせて下さい」



まぁ、多分足りてないだろうな…って思ったから来てみたら案の定って感じだっただけなんだが、今はそんなこと言わなくてもいいだろう。



「ぜ、是非!こちらこそお願いいたします!!」



「…そんなに畏まらないでもいいですよ、普通にしててください」



勢い良く頭を下げた丸眼鏡おじいさん。畏まられるとかえってやりづらいので、普通にしてもらうように頼む。



「は、はい…。申し遅れました、私は『キース・ブランドン』と申します。


以後お見知りおきを」



「えぇ、よろしくお願いします。あぁ、それと渡したいものがあるのでちょっと待っててください…」



そう言うと、近くにあった手頃な紙を一枚拝借する。そこにペンを走らせること約一分。


完成した紙をキースへ手渡した。



「はい、どうぞ」



「なんですか?………ッ!!」



またもや驚愕により見開かれるキースの目。




…キースさんそんなに何回も見開いてたらドライアイになるぜ…




「これはッ!?こんな凄い物を頂いてもいいんですかッ!!?」



「…え、えぇ。別に構いません」



キースのあまりの勢いに押され、たじろく拓也。



「何を頂いたんですか?」



それまで比較的静かだった、光属性持ち医師&看護師たちがキースさんの周りに群がった。


興奮から覚め、今度は顔に汗を浮べ、椅子に座るキース。


「…聞いて驚くなよ?お前達…なんと治癒専用の魔法の発動方法を頂いた」





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