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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第二部
40/52

夏休み



7月某日……。



夏休みに突入した拓也たち。


いつものようにヴァロア家の庭で炎を撒き散らしながら飛び回るビリーに舌打ちした拓也は、彼をまるで鬱陶しい蚊のように地面へ叩き落とし……一言呟く。



「暑い……とろける………オイラとろけちまうよ………」



彼の眼前では、弟子がスプラッタなことになりかけているというのに、それが視界に入っておらず暑いとうだる拓也…まさに鬼畜である。


するとそんな彼に小走りで近づいて行く人物が一人。



白衣に身を包み、玄関から飛び出した彼女は……クリーム色の長い髪を揺らす。



「ほれ拓也よ!新しい猛毒を作ってみたぞ!飲んでみるのじゃ!!」



「お、サンキュー」



丸底フラスコの中でタプタプと妙にトロミのあるおどろおどろしい色をした液体。


拓也はそれを、麦茶でも受け取るかのごとく気安く受け取ると、喉の渇きを癒すべくフラスコの口を逆さまにして中の液体を一気に飲み干した。



「ん~スパイシー」



「スパイシーじゃすまんはずなんじゃが……これはまだ研究が必要じゃの……」



空になったフラスコを拓也の手の中から奪い、家へと戻っていくリディアの背を見送ると、拓也は地面にめり込んだ弟子の襟首を掴んで空中へ放り投げる。



「ッ!」



放物線を描きながら落下を開始するビリーは、地面に衝突する前になんとか意識を取り戻し、グローブに炎を灯して空中で姿勢を持ち直す。



「ハンバーーグッ!!」



「ぶふぅッ!!」




その刹那……一瞬にして接近していた拓也の右拳が、容赦なく顔面に突き刺さった。


ぐらつく視界。もうダメだ……その思考で頭の中が埋め尽くされると同時に、黒目が瞼の裏に隠れ、ビリーは白目を向きながら地面へ墜落して行く……。



すると……そんなタイミングで、家の掃き出し窓から銀髪の天使が顔を覗かせた。



「お昼ご飯できましたよ」



「ヤッホー!!今行くぜェェ!!


おーいビリー、なにヤ○チャしてんだ飯だ飯!」



某亀戦士のように地面に無様に倒れ込むビリー。



しかし……幾ら拓也が声を掛けても起きる気配は全くない。



まぁ顔面にモロに一撃をもらったのだから仕方ないといえば仕方ないのだろう。





動かないビリーは、様々な要因が折り重なり……汗まみれの泥だらけ。


そんな彼を視界に収めた拓也は…悪魔の如くニヤリと口角を吊り上げた。



「やれやれ…俺のせいとはいえドロドロだな………仕方ない」



そして魔力を練り上げ、指で空中にスッと手早く魔法陣を描く。


数は3つ。属性は水、風、火。



その内にまずは一つ。水属性の魔方陣が発動し……ビリーの体が、突如出現した水の球体の中に吸い込まれた。



「ッ!!?」



呼吸すら出来なくなり、流石に目を覚ますビリー。


慌てて口を両手で押さえた彼は、水球の中で目を見開いて、発動者と思わしき拓也に視線を向けて目で出してくれと訴える。


だか……彼の懇願と反し…………水の中が徐々に動き始める。



そして生まれた水流は見る見るうちに激流に変化し、中のビリーは洗濯物のように回転。


白目を剥いているが、拓也は気にせず回転数を上げて行った。



「フハハハハ!!回れ回れッ!!」




ケタケタを悪魔のような笑い声を上げながら楽しそうに弟子をいたぶる拓也を、ミシェルはこの暑い夏場には最高の冷たいジトッとした目で見つめる……が、拓也は気が付いていない。



「ッゲホッ!ゲホッ!!」



そしてそれからしばらく回転を続けた後……ビリーは弾き出されるようにして、ようやく水球の中から開放される。



しかし…地面に横たわる暇もなく、続けざまに風の魔方陣が発動。瞬時にして吹き荒れた旋風が彼の体を遥か上空へ巻き上げた。



またもや空中で回転を始めたビリー。彼が着た服からはどんどん水気が出て行く。


その様はさながら洗濯機の脱水。


あらかた彼の体から水分が抜けた頃には旋風は消え、ビリーは力なく地面へ向かって落下を開始。



「乾燥…乾燥……乾燥だァァ!!!」



落下する彼が向かう地面には………立ち上る炎。


その上には、まるでバーベキューのように網が設置されている。



遠巻きに見守るミシェルが…『それは乾燥じゃない』と思ったのは間違っていない…。



・・・・・



数分後……家中の窓を全開にし、風通しの非常に良いダイニングで食事を始めた一同。


ちなみに本日のメニューは、夏には最高の冷たい素麺。



しかし流石はミシェル。体力を消耗し続ける拓也とビリーのために、ちゃんとおかずも豊富に用意している。



すると、ビリーが食事の手は止めないまま、拓也に問い掛けた。



「そういえば拓也君、夏休みはどこか遊びに行かないの?」



「うむ、難しい質問だな」



「一体どこがどう難しいんですか……」



二年以上一緒にいるせいで、流れるようにツッコむことが最早延髄反射の域に達しているミシェル。


拓也は律儀に食事の手を止めると、胸の前に腕を組んで首を傾げてみせる。



「出かけるにしてもお前のトレーニングは疎かに出来ないからな……」



「(真面目に考えてたんですね……)」



いつものようにとりあえず頭ごなしに彼を否定するようにツッコんでしまったことにミシェルは心の中で少し反省すると同時に、ちゃんと弟子のことを考えている彼のしっかりした部分に、思わずクールな表情が綻んだ。



「例えば海に行くとすると……お前の四肢と首に錘を付けて沖に放ってくることになる……



うん、いいな、それ。よし、海に行こう」



しかし彼女のその綺麗な表情も……嬉々としてそんな提案をした彼を目撃し、瞬時に元通り以上の冷たい表情へと変わり果てるのだった。



「ということで明日は海な。空間魔法で貸し切り状態の所までひとっ飛び!


早速ジェシカたちも誘わないとな!」



「随分急ですね……」



「まぁ多分暇だろ。まぁ暇じゃなくても引きずり出して連れてくけど……魔法で身代わりなりなんなり作ればいいし」



チュルチュルと素麺を啜るリディアの隣で楽しそうにそう語る拓也。彼がこうしている様子から察するに、どうやら既に海へ行くことは決定のようである。


しかし……自分だけは水責めという拷問が待っていると知ってしまったビリーは、当然乗り気ではない。




「窒息なんてヤダよ…僕は絶対行きたくない……」



「安心しろ…………安心しろ!!」



「根拠のない励ましは逆に怖いよッ!!」




・・・・・


翌日……。



蒼い空……白い雲。


ギラギラと照りつける灼熱の太陽。



そして……目の前に果てしなく広がる広い海。



「うわぁぁぁぁ!!海だァァァァァァァァッ!!!」



「イヤアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」



奇声を上げながら海へ突っ込んで行く二人は…毎度お馴染み拓也とセラフィム。


砂浜を思い切り踏み切り、煙幕のように砂を巻き上げて上空へ飛び上がった二人は、キリモミ回転しながら沖の方へ飛び込んだ。



「相変わらず賑やかだねぇ~」



「あの馬鹿はまだ仕事が残ってるんですけどねぇ……」



黙々と日除けのパラソルを組み立てるミカエルとウリエルの隣で、黒髪と金髪のアホを眺めるガブリエルとラファエル。


拓也たちが空間移動で飛んだ先に、何故か既にいた彼ら大天使と熾天使。


一体この天使たちはどうやってその情報を手に入れたのか……それは神のみぞ知るところである。



「いやいや~!やっぱり暑い日は海だよねぇ!!」



沖の方で水面から飛び出したりする拓也たちをキラキラとした楽しそうな目で見つめるジェシカは、テンションが上がりまくったのか、そう叫びながら自分の服に手を掛け……アルスやビリーたち男性諸君の前だというのに、お構い無しに脱ぎ始めた。



「ちょ、ちょっとジェシカちゃん!?」



「な、何いきなり脱いでるんですの!!?」



「大丈夫!水着は着てきたから!!」



しかし……それによって肌が露出されることはなく、代わりに露になったのは黄色基調のタンキニ。


彼女にビキニを着る勇気などなかったのだ……どうか許してやって欲しい。



「アハハ、流石にちょっと焦ったよ」



「アルスのスケベ~!」



実はジェシカのこの一言は真理をついているのだが……それを知るのは、本人以外には拓也だけである。




「あちらに更衣室を用意しておきましたので、そちらで着替えてください」


ラファエルが指差す先には、立派な小屋のようなものが二つたっている。


恐らく男子用と女子用だろう。



……それにしても、短時間であそこまでの建物を建築してしまう辺り流石天使だ。



一同は、相変わらず規格外な拓也の知り合いに、思わず苦笑いを浮かべながらも、ありがたく利用させてもらうことにしたのだった。



すると……ここまで来てようやく、砂浜で城を作って遊び始めたガブリエルに尋ねる。



「それでガブリエル。どうしてあなたはスクール水着なんですか?」



「旧式……」



マジマジと見つめてポツリとその型を呟くウリエル。


ガブリエルはようやく突っ込んでくれたと言わんばかりに笑みを浮かべる。



「需要あるでしょ~?」



「あなたは真面目なのにそういうとこありますよね……」



結論として天使……というより、天界育ちにロクな奴はいないのだ。



現にウリエルはウェットスーツ。ミカエルはピッチピチのブーメランパンツを着用。



格好だけ見れば、天使で比較的まともなのは、普段から頻繁にこちらへ降りてきているセラフィムとラファエルだが……


この二人も色々とヤバイ人たちなので、彼らの仲間なのは最早確定だろう。



すると、ピッチピチのブーメランパンツを着用した艶やかな金髪ロンゲのイケメン…ミカエルが、黄緑に近いような色のショートボブを揺らすガブリエルの下に、ウリエルと共に歩み寄って、笑顔で片手を上げて口を開いた。



「ガブリエル。一緒に砂の城でも作ろう」



「いいよ~」



「姫○城……作る」



無言で砂に水を加えてこね始めるのは、白に近い金髪を短く整えた髪型のウリエル。


黙々と作業に没頭するその様は、職人のそれである。




「ミシェル遅いぞ~!」



そうこうしている内に、ミシェルたちが更衣を済まして砂浜に現れた。


ジェシカがブンブンと元気に手を振る先には、水着に身を包む少年少女たちの姿。



アルスとビリーは普通にサーフパンツ。



ミシェルは黒を基調にした白のフリルが可愛らしいビキニ。日焼け対策なのか、パーカーを1枚羽織っている。


セリーは黄緑が基調のビキニ。先程からビリーが目のやり場に困っているのには、恐らく彼女は気が付いていない。



そして……アルスの視線の先。



「うぅ……暑いですわぁ~…」



彼女のその一挙一動でタユンタユンと、意思を持っているかの如くビキニの中で跳ね回る脂肪の固まり……否、幾多の男たちの夢が詰まった二つの果実。


I……インモラル。不道徳的なまでに大きなソレを揺らし砂浜を闊歩するのは………エルサイド王国王女。メル。



「……」



持たざるもの……ジェシカが、チベットスナギツネのような乾き切った目で見つめる。


そして………普段見せている陽の表情とは真逆の負の表情を浮かべ、その視線を砂に落とした。



視界に入るのは……小さな砂の粒。まるでこの場においての自分のような存在。



彼女は自嘲気味な笑みを浮かべ、心底うんざりしたような声色で呟く。



「……これが………胸囲の格差社会……か…」



牛乳だって毎日飲んだ。マッサージだって毎日していた。



それなのに……圧倒的な才能(イデン)の前には、そんなものは無力だと……再認識させられる。



心の中に暗い感情が渦巻く。憎み…妬み…嫉み……。



数え切れないほどの負の感情が膨れ上がり、ジェシカの内側を黒く染め上げていく。


……それ即ち…………堕天。



彼女はこのままダークサイドに落ちてしまうのか……



すると、暗黒面に片足を浸からせた彼女の肩に……そっと小さな手が置かれた。



「大丈夫よ、ジェシカちゃん」



「……ガブリ……エル…………さん?」



ジェシカの視界に映るのは、楽しそうに砂の姫○城を作っていたはずのガブリエル。


……その顔にはふざけの一切混じってない真剣な表情が浮かぶ。



「貧乳が好きな男だっているんだから」




彼女もまた……持たざるモノであった。



おまけに身長も低く、いわば幼児のような体格をしていることを含めればジェシカよりも恵まれない存在。


そんな彼女からの言葉。



確かに……傷の舐め合いなのかも知れない。だが、少なくとも彼女たちはそんなことは一切思ってなどいなかった。



「大丈夫よ、需要あるって」



ニコリと可愛らしく微笑んで小首を傾げるガブリエル。


そんな彼女を見つめるジェシカ。気が付けば……涙が溢れて止まらなくなっていた。



何故……同じ痛みを知っている彼女が、ここまで気丈に振舞っていられるのだろうか?



何故……あれだけ豊満な物を揺らす彼女らを目の前にして、こんなにも穏やかでいられるのだろうか?



「……ッま、まさか…!」



「ふふふ…」



ジェシカは数分間の思考の末……その答えに辿りつく。



「持っていない自分を……認めること……?」



「えぇ、ないものねだりをしたところで意味なんて無いの」



諦め……ではない。



ガブリエルの中で確立されていたのは……貧乳である自分を肯定し、自分に出来るベストを尽くすという考え。


同じ運命を辿るジェシカも……彼女が生み出したその境地に達したのだ。



「そっか………そうだよね…」



自分の胸にそっと手を当て、穏やかに微笑む。


その表情に先程までの負の感情は一切混ざっておらず、いつも通りの陽の感情が浮かんでいた。



彼女はゆっくりを視線を上げ……目の前で微笑む自分より小さな少女の前に跪く。



そして敬意を込めて…彼女をこう呼ぶ。



「師匠と呼ばせてください」



「えぇ……道は長いでしょうけど、頑張りましょう」



新たな師弟が誕生した瞬間だった。




「えっと……ありました。


これ拓也さんに貰ったんですけど…メルさんとセリーさんも塗りますか?」



「いいんですの?」



「えぇ、構わないですよ」



謎の絆が生まれている傍ら…ミシェルがバッグからチューブを日焼け止めを取り出してメルとセリーにそう尋ねる。


メルに続いてセリーも頷き、ミシェルは彼女らをシートの上に仰向けに寝かせて、中のとろとろした白い液体を二人の背に垂らした。



「ひんやりしてるねぇ~」



「なんかこの日焼け止め…自分で調合したらしいです」



「日焼け止めなんて作ったことないですわ…」



チューブには鬼灯印の証…○の中に鬼の一文字。


相変わらずの何でも屋っぷりに驚嘆するメル……うつ伏せになった彼女の潰れた二つの果実は、横へ広がる。


相変わらず物凄い大きさだ……上から眺めるミシェルは心の中でそう呟くと、また彼女らの背に指を這わせて行く。



すると……触った場所が悪かったのか、それとも触り方が悪かったのか…セリーが小さく黄色い声を上げた。



「アハハ!くすぐったいよミシェルちゃん!」



「あ、すみません…慎重にやりますね」



セリーには見えていないというのに小さく頭を下げてそう謝罪したミシェルは、もう一度……今度はゆっくり日焼け止めを伸ばして行く。


背にミシェルの指の感触を感じる彼女は小刻みに震え、必死に笑いを

堪える……そして何とか吹き出さずに、背に日焼け止めを塗り終えた。



「二人とも先に行っていてもらっていいですよ、私もすぐに行きます」



一息吐きながらシートに腰を下ろしたミシェルは、チューブから白い液体を少量取り出して腕に塗り広げる。


女性陣にとってこの日差しは天敵。


美しい白い肌を維持し、シミやソバカスを防ぐには、紫外線対策は欠かせないのだ。


すると、一人で黙々と日焼け止めを塗るミシェルを見たセリーとメルが口を開く。



「今度は私たちがミシェルちゃんに塗ってあげるね!」



「…確かに背中に手は届きませんね……じゃあお願いします」



チューブを持つ手を伸ばし、塗ると申し出てくれたセリーに手渡そうとする…


が、しかし…彼女の手にソレが渡ることはなかった。


小さく溜息を吐くミシェル。


彼女の視線の先には…



「いや、ここは俺が塗ろう」



キリッとした表情の拓也がチューブを持って仁王立ちしていた。




「いいです、自分でやりますから」



「遠慮するな…さぁ」



案の定普通に断ってもやはり効果なし。


それどころか、浮かべていた真面目な表情は徐々に崩壊……数秒後、彼の顔にはいつも通りのニヤケ面に、下心という不快なものが混ざっていた。



ミシェルは大きく溜息を吐き、ジトッとした目で彼を見上げ……クールにはっきりと彼に言い放つ。



「へんなことされそうなのでイヤです」



「しないさ……うん、しない」



これほどまでに信用できない言葉ないだろう。



彼女がこれほどまでに彼を突き放す理由…。ソレは彼の普段の素行によるものが大きい。


時にマシュマロを揉みしだき……時に廊下に落ちていたパンツを頭にパイルダーオンしていたり……。


一緒に生活していたこの二年…そんな彼の蛮行の数々は、一々数えているとキリがない。



「セリーさんたちに塗ってもらうので必要ありません」



「そんなに……そんなに俺が信用できないのか!?ミシェル!!」



「はい」



一切の迷いのない即答。



彼女の辛辣な対応を受ける拓也は、手強いというようにギリリッと歯を食いしばり……黙り込んだ。



しかし…これは別に、彼女に日焼け止めを塗ることを諦めたわけではない。


むしろその逆。


どうすれば彼女が折れるのかを考えているのだ……。



「……」



ミシェルもその程度は重々承知。


そして彼女もまた、一体どうすれば彼が諦めるのかを考えていたのだった。



お互いが黙り込み、セリーとメルが見守る中…ひたすら沈黙が流れる。



「ほら……ミシェルの肌が心配でさ」



「だからセリーさんたちに塗ってもらうと言っているでしょう」



時折、そんなジャブを放つ拓也だったが……ことごとく叩き落とされる始末。


しかしミシェルもまた決定的な一打を思いつけず、状況は一向に動かない。



そんな時だった………。




「……ッ!!」



ゾワリ…背筋が凍り付き、全身の毛が逆立つような感覚が拓也の全身を襲った。


慌てて振り向く彼の視線の先には……




「あら…拓也さん。やっぱり今日もいいからd……いい筋にk………




そこはかとなくいい感じですね」



もう一人……変態がいた。


「ぐッ……ら、ラファエル……!!」



苦汁を舐めたような渋い表情を浮かべる拓也。


明らかに警戒心を高めた彼に一歩…また一歩と近づいてくるのは、4枚2対の白い翼を背に生やした、天界でも高位の存在……四大天使の一人。


形容するのが失礼な程に整った顔。艶やかな長い髪。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、完璧なプロポーション。


しかしそんな彼女だが……




「でも…黒く焼けたら……もっと綺麗に……美しく筋肉を見せられると思うんですぅ!!」



「ひぃッ…!!」



彼女が手にしている容器には……大きな文字で『SUN OIL』と書かれている。


どうやら彼女は……拓也の肌をこんがりと焼いて、いつもとは一味違うバージョンの拓也を生み出そうとしているようだ。



「ほら……怖くないですよ」



「怖えぇよ!!やめろ!もう少しでミシェルの背中をスリスリできるんだッ!!」



「え、えっと……」



「キモイですわ……」



「最低ですね……」



変なことを考えている拓也やセラフィムとは違い、まったく表情が崩れないラファエル。拓也は逆にソレが恐ろしいのか、一歩彼女から離れるように後ずさる。


植えつけられたトラウマは、そう簡単に消えるものではない。


それは……拓也でも例外では無いのだ…。



そしてあまりの恐怖に、自分からミシェルたち女性が後ずさった事にも彼は気がついていないのだろう。



「いえ、そのまま続けていただいて別に構いませんよ。


私は拓也さんにこのサンオイルを塗る。それだけです」



ー……アカン……案の定会話が成立しない……ー



キャッチボールではなく、これでは一方的に言葉を投げつけるドッジボール。


笑顔ではあるが……ラファエルの瞳の奥に、狂気が見え隠れしているのを感じ取った拓也は、また小さく呻きながら更に一歩後ずさる。



「大丈夫です。一緒に筋肉を堪能したりしませんから……




……………………多分」



「おい最後小声でなんつった」



こんな絶体絶命の状況でも咄嗟にツッコみを欠かさないのは、きっと彼の中のエンターテインメント精神がそうしろと叫んだからだろう。


容器を傾けて垂らした黄金色の粘性のある液体を片手に伸ばし……微笑むラファエル。


微笑みのはずなのに……その表情は、ミシェルたちにも僅かな恐怖を抱く。


そんなものを直接向けられている拓也は……きっと自分たちの比ではないほどの恐怖を抱いているに違いない…。


ミシェルはそっと心の中で彼に手を合わせるのだった。



そして次の瞬間……両者共に会話での解決は不可能と判断したのだろう。


ドンッ!という低い音と共に、二人の足場の砂が勢い良く巻き上がる。



「大人しく弄ばれてくださいィッ!!」



「お断りじゃあァァッ!!」



拓也が立っていた場所に、ボトッと小さく音を立てて落ちる日焼け止めのチューブ。


セリーはそれを拾ってくると、ミシェルに笑い掛ける。



「じゃあ塗るね!」



「お願いします」



「……水の上を走っていますわ…………」



今日も世界は平和である。



・・・・・



沖では最高位の天使がイルカの如く跳ね回り、そこそこ深い場所ではアルスが潜水中。


砂浜にはそれはそれは立派で精巧な姫○城が完成し、その傍らではミシェルやジェシカを始めとする学園の面々と天使たちが楽しげにビーチバレー中。



そして……姫○城の隣には、何故か十字架に貼り付けられた拓也。



おまけに体表がテカテカと光沢を持っており、気持ち悪さは普段のおよそ2.5倍。


しかし…表情は、全てを吸い尽くされた亡者のよう………



「……ラファエル………アンタも大概ね…」



「え~、なにがですか~?」



対して、ラファエルは拓也とは別のツヤツヤとした光沢を持った肌。



その顔には満面の笑みが浮かんでいる。




弱者は淘汰されて行く……それもまたこの世界の理なのである。






それから十数分後……流石にビーチバレーは飽きたのか、一同はコートを片付け始めていた。


支柱を抜き、ミカエルが持つ鞄の中に放り込む。


支柱の長さより明らかに小さいその鞄……物理法則無視してんじゃねーかというツッコみは止めて欲しい。



魔法というのは非常に便利なのだ。答えはそれだけで十分なのである。



そして全てを片付け終え、砂浜を元の状態に戻すと、ガブリエルがこの場の全員に向けて口を開いた。



「次何する~?」



しかし聞かれるとこれと言って思いつかないのか、全員が首を傾げて黙り込む。


するとそんな時……沖の方からなにやら音が聞こえてくる。しかもその音は徐々に大きくなっていった。



「あの馬鹿は……」



そちらへ視線をやってみれば……こちらへ向かって正体不明の何かが、海面を割り、凄まじい波を発生させている。


ラファエルを始めとする天使一同は、この砂浜を飲み込むような勢いの波を発生させているアホの正体に既に気が付いているのだろう。


ミシェルを始めとする人間でも、なんとなく察したように苦笑いを浮かべていた。



「…」



無言でその波の中心に手を翳すラファエル。


すると、空に広がる白い雲の向こう側が一瞬だけ雷のようにチカッと光る。


そして次の瞬間……照準を定めた光の柱が、白い雲を突き抜け…波を発生させているバカに照射された。



「ァ……ァァ……」



轟音に混ざって何か断末魔のようなものが聞こえるが、恐らく気のせいだ。


少なくとも砂浜の彼らはそう解釈し、誰も犠牲者の存在などは気に止めすらしていない……。



その後…一際強い波がザブッと砂浜へ乗り上げ………



羽根つきの金髪を同時に打ち上げる。白目を剥く彼は、きっとしばらく意識を取り戻すことはないだろう。


ラファエルは適当にそう考え、とりあえず彼の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばすのだった。





「んぁッ!!」



すると頭部へのその衝撃で意識を取り戻したのだろう…。


セラフィムはカッと目を見開きいて上体を起こすと、ギョロギョロとした目つきで辺りを見回し……一つ提案をする。



「砂城崩しなんてどうだ?」



「………まぁ…悪くはないですね」



「ちょうどそこにいい感じの砂城があるしね~」



「それじゃあ隣のアレを天守閣に突き刺そう。倒した人が負けだね」



最早人間扱いされていない拓也。彼女であるはずのミシェルすら底を否定せず、セラフィムの提案に頷いている辺り非常に可哀想である。



ミカエルはウリエルに素早く目配せをする。


すると一つ頷いたウリエルは……姫○城の隣の十字架を引き抜き、軽く飛び上がると……翼をはためかせて飛行し、天守閣のてっぺんに慎重に拓也付きの十字架を突き刺した。



それにしてもこの砂城……本物と比較して、恐らく3分の1程度の大きさ。一体どこから砂を持ってきたのか訪ねたくなりたくなる程巨大である。



「これだけ大きいし、魔法の使用も有りでいいよね~」



「そうですね、では魔法有りで行きましょう。


じゃあ順番はじゃんけんで……」



数回手が振られ……決まった順番。



トップバッターは………セリー。



流石は学園の女性たちで唯一拓也を人間扱いしてくれる優しい彼女。



拓也に対しての申し訳なさからか、生まれたての子鹿のように震えながら、よく考える。



どうすれば……どうすれば正解なのか。



「え、えっと………じゃあ…この石で…」



迷った末に選んだのは……魔法ではなく、足元に落ちていた人の顔よりも少し小さめの石。


そう……答えなど見つからなかった。



だが……魔法よりかは幾分かマシだと思ったのだろう。



魔力による身体強化を施し……両手で持ち上げ、右肩の上に構える。



「……」



狙うのは……拓也が刺さっている本丸の大天守ではなく、その隣の小天守。


ここを狙えば……直接的に拓也に被害はない。



セリーはゴクリと喉を鳴らし……助走を付け……目を瞑って腕を振り、石を発射。



「…ッえい!」



身体強化のおかげもあって、中々の勢いで射出された石は……



迷うことなく一直線に空気を切りながら突き進み……



拓也の頬に、吸い込まれるようにめり込んだ。





磔にされた彼は、石の衝突の衝撃に首をガクッと横へ持っていかれ…


そして…力なくうなだれた。



血色の良かった顔を徐々に白く……そしてそれを通り越し青く染色させて行くセリー。


小刻みで比較的緩やかだった体の震えは、携帯のマナーモードの如く振動数を増やす。



するとそんな彼女の両肩に……ポンと軽く手が置かれた。



振り向くと…視界に入るのは、満面の笑みのラファエルとガブリエル。



「ナイスピッチングです」



「クリーンヒットだったね~」



この人たちは…拓也が嬲られるのを楽しんでいる……。


ゾワッと背筋が冷たくなるのを感じたセリーは、城の方へ向き直り、天守閣の十字架に磔にされた彼に向かって声を張り上げる。



「ご、ごめんね鬼灯君!!わ、わ、私そんなつもりじゃ………」



「エッヘヘ~、次は私だねぇ~!」



セリーの謝罪の声を遮るようにして前に出たのは、ロリ大天使ガブリエル。


黄緑の髪を揺らす彼女の手には……小ぶりの石。



「狙いは……ここッ!!」



次の瞬間、メジャーリーガーも真っ青な投球フォームで手にしていた石を投擲した彼女。


放たれた一発の弾丸は、空気を切りながら突き進み……拓也の鼻を、横から抉るようにして通過した。



「あ~、ダメだぁ。大したダメージにはならなかったね」



違う。もう砂城崩しはそういう目的のゲームではない……。


この場において比較的正常な思考回路をしている者は脳内で一人ツッコミを入れたが……やはり口に出すことはできなかった。



というか大したダメージにはならなかったと言っているが、被弾した磔の彼は…まるで蛇口でも捻ったのかと思うほどに、鼻から赤黒い血を垂れ流している。


普通に命に届くダメージのはずなのだが……どうやら天使たちが知る拓也は、この程度はまだ大丈夫な範囲のようだ。










「えっと…次は僕かな」



高らかに笑いながら下がるガブリエルと入れ替わりで前へ出たのは、磔の男の弟子、ビリー。


自分の師匠が甚振られる様を後ろから眺めており、やはり複雑な心境なのだろうか?


その顔には困惑の表情が浮かぶ……が、ちゃっかり魔武器のグローブを装着している辺りやる気満々である。



「拓也君が巻き込まれないように……」



悠然と城の敷地内へ歩みを進めるビリー。


前の二人のように拓也に直接的な攻撃を加えると、後日の修行のメニューが悲惨なことにならないとは限らない。


その場合のことを考慮して……今回は彼を助けてあげようと考えた彼は、拓也が刺さる大天守とは関係のない小天守に右手の着弾地点を定めるように左手をかざす。



「ここでこの塔を完全に壊して……そうすれば、崩すところは結構危ない場所に限られてくる…ハハハ……よし………全力でぶっ壊すぞ!」



ここで大きく壊しておけば、他のメンバーは大天守に関連する場所しか壊せない。


そうなれば、参加者の人数の関係で自分が負ける確率はぐんと下がる。



ビリーは昔ならばそんな計算はしていないだろうなぁ…などと、拓也との修行で肉体面だけではなく、思考回路の部分まで変化してきていることが感慨深かったのか、小さく笑い声をこぼす。


そして目の前の破壊目標を見据え、一つ息を吐いてから右のグローブに炎を灯し


更に、慣れた手付きで橙色の炎を圧縮させ……彼が持つ最強の破壊力を秘めた一撃を完成させた。



「いくよ……『強打(スマッシュ)』!」



引き絞った右の腕を、突き出していた左腕と入れ替えるように突き出し、砂城の壁に着弾する



……その刹那。



「ッは!?」



視界を埋め尽くしていた砂が固められただけの壁が……何故かいきなり切り替わる。


驚愕から思わず素っ頓狂な声を漏らすビリー。そして次の瞬間……彼は戦慄する。



何故なら…………切り替わった視界の中心……自分の必殺の拳の着弾予想地点には……




拓也の顔面。



ゆっくりと…ゆっくりと……視界の動きがスローモーションに見える中…ビリーは目を見開き、目の前の光景を信じられずにいた。


嘘だ…嘘だ。何かの間違いだ。きっと夢を見ているに違いない。



自分へ降り注ぐ被害を未然に防ごうと放たれた拳は、あろうことか自ら災厄を引き起こしに向かっている。


誰もこんな状況など信じたくはないだろう。



しかし……悲しいことに全力で放ってしまった。



故に………もう止められない。



ビリーが内心で泣き崩れると同時に……砲弾の如き威力の込められた拳は、拓也の顔面に叩き込まれた。



『ドォォンッ!!』という爆音と爆風と、日差しなど比較対象にならないほどの熱。

着弾地点の大天守を中心に巻き起こる大爆発は、まさに低空に浮かぶもう一つの太陽。


すぐにセラフィムが結界でミシェルたちを覆ったため、人間と天使には被害ゼロ。


だが…流石に花火でも見るかのような眼差しでその大爆発を眺める天使共はとしか言いようがない。




そして爆発と巻き上がった粉塵が全てが落ち着き、視界が回復した彼らの目に映るのは……消し飛ばされた大天守の上部。


当然、十字架も、それに張り付けられていた拓也の姿もそこにもない。



しかし……城近くの若干盛り上がった砂から飛び出している二本の黒い人の足っぽいナニカを引っ張れば、『何度でも蘇るさ!』とでも叫びながら華麗に復活するだろう。




「ハハハ、どうやらビリー君の負けのようだね。」



この後……一体どうなるのだろう。



暗い表情をしながら戻ってくるビリーを眺めながら、ミカエルは楽しそうに声をあげて笑った。


拓也以外に空間魔法をあれだけ精密に扱えそうなのは……この天使たち5人しかいない。


ビリーは唇を噛んだが…もはや彼に、犯人を探し当てて責め立てる気力は残されていなかった。


そっと目尻に涙を浮かべて点を仰ぎ見…ただでは済まない……そんなことを考え、やるせない気持ちに襲われながら深く溜息を吐く。




「罰ゲームとかって………あるんですか?」



「もちろん!


ほら、後ろ」




ビリーの背後を指さすミカエル。


そこでは………ウリエルが………………砂にから生える二本の黒い足のような何かを両手でガッチリと掴かんでいた。



そしてそれを……大根を収穫するかのように一気に引き抜く。






ズズッという低い音と共に地中から飛び出したのは……


黒焦げになった拓也。



「………」



あぁ、なんてことをしてしまったんだ……。


内心でそんなことを呟き、明日からの修行を想像して顔に暗い表情を浮かる。


すると………視界の中心の黒焦げになった拓也が、一瞬ビクン!と蠢いた。


そのまま間隙開けずに目をカッと見開く。



「何度でも蘇るさ!!」



三日月のように細く不気味に口を開き口角を吊り上げ……カメレオンの如く二つの眼球をバラバラに動かす。


そして自分をこんな状態に追い込んだ茶髪の彼を捕捉し……吊り上がっていた口角を更に…こめかみ付近まで吊り上げて笑った。



その姿はさながら悪魔。



「…エヘ」



天使はこんな光景見慣れているのか大した反応はしていないが……普段の彼の奇行を知るミシェルを除く学園の面々には、恐怖以外の何物でもない。


ちなみにアルスは微笑んだままだが、彼はこの表情から変化することは滅多にないので特例である。



「罰ゲームは拓也君と5分遊ぶことだよ」



「無理だよッ!!



やばいってアレをちゃんと見てよ!完全に目がイっちゃってたじゃん!!遊ぶというより蹂躙されるだけだよッ!!」



「いい……ツッコミ……」



「別に嬉しくないよッ!!」



サムズアップして若干の笑みを浮かべるウリエル。


ビリーは彼にもツッコミを入れた…………そして気が付く。



あの黒こげの化け物を掴んでいた彼がこの場にいる……ということが、何を意味するのか。



恐る恐る首を横へ回し……先ほどウリエルがいた場所を視線を向けたビリーは………次の瞬間、全身の汗腺から嫌な汗が噴き出すのを明確に感じ取った。




「鶏肉が好きです」



頭部をこちらに向けて仰向けに倒れた黒い人型の化け物が……首だけを起こして先ほどと変わらない……というかより一層不気味な表情でこちらを眺めている。



「特に鶏胸肉が好きです」



そしてそれは……ゆっくりと腕と脚で体を持ち上げ、ブリッジの体勢へ移行すると………



「Let`s………筋肉ァァァァァ!!?!?!!!??」




「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?!?」




筋肉。その掛け声と共に、ビリーに向かって一直線に加速した。




・・・・・



「じゃあそろそろお昼にしましょう」



「さんせ~い!!」



「ビリー君大丈夫かな……」



「多分大丈夫ですよ、流石に拓也さんでも海において来たりしないでしょう」



逃走を図ったビリーだったが、セラフィムに足を掛けられ転倒し……彼は深海へ連れ去らてしまった。



化け物に海に引きずり込まれる、泣き叫ぶ彼を見送った一同。そろそろ昼も近いということで、昼食にするということで話がまとまる。


するとセラフィムは虚空に手を翳して空間魔法でゲートを開き、砂浜に引いたシートの上に様々な器具をぶちまけた。



「拓也から預かってるバーベキュー用具だ。さぁ……飯にしよう!!」



一体セラフィムと拓也がそんなやり取りをしていたのか……もしかしたらビリーを深海へ拉致するところまで彼の計算通りなのかもしれない……。


それぞれで分担し、器具を組み立て、炭を入れ、火を起こす。


時間にして数分。素晴らしいタイムだ。


すると……海の方から何かがこちらへ向かってきているのが視界に映る。




黒髪黒目……右の手には何やらゴロゴロとしたものが沢山入った目の細かい網。



左手には………



「び、ビリー君!?」



白目を剥いて意識とサヨナラバイバイしているビリー。


いつも通りのニヤケ面をその顔に浮かべる拓也は、左手に持っていたブツを適当にその辺りに投げ捨て、そして右手の網をセラフィムに投げ渡す。



「あさり、はまぐり、ホタテ、カキにアワビにサザエさん。


他にもより取り見取り……いいセンスだ」



「ッハ!おかげで他の海域まで行ってきちまったけどなッ!」



爆笑しながらお互いの肩を叩き合い、採ってきた貝の物色を開始する拓也とセラフィム。


おまけに今度は拓也がゲートを開く。



中からはもう一つ網がボトッと落ちる。その中身は、ピチピチと跳ねる生きの良い魚。


よく見ればイカなどもいる。



「しかも全部旬の季節の場所で採ってきたから絶対美味いぞ!!」



誇らしげに胸を張る拓也。



話から察するに、拓也は恐らく海中最速のバショウカジキも真っ青なスピードで海の中を縦横無尽に泳ぎ回って食材を探していたのだろう。


彼に付き合わされたビリーのこの惨状は……気絶だけと考えれば…まぁ軽傷だ。




拓也も加わったことで、仕込みなどの準備もすぐに終わり、熱々に熱された網の上に肉、野菜、魚介などの食材がばらまかれた。


跳ねた水分や油が赤くぼんやりと光る炭の上に落ち、ジュッと小気味の良い音を立てて、辺りにいい匂いを立ち込めさせる。




ビーチバレーをしたり、石打の刑をしたりされたりして、やはり彼らはお腹が空いていたのだろう。


鼻孔を擽る、食材が焼かれて行く香ばしい香りに皆がゴクリと喉を鳴らす。


そして数分後………



「そろそろ良さそうですね。いただきましょうか」



「わーい!いただきまーす!!」



ラファエルのその判断と、飛び跳ねたジェシカによって各自が食前の挨拶を済ませて食事を開始した。


二つ組み立てたコンロを天使と人間が入り混じって囲んでいるさまは、多分ここでしか見られない光景だろう。



「うわぁぁぁイカが反り返ってりゅぅぅ!!?」



「こっちはサザエさんがしゅごいぃぃ!!」



そしてこの異様な光景の中で主に調理を担当している二人が、この空間を更にカオスなものにしているが、流石に食事中ばかりは天誅は下らないようだ。


それにしても網の上に一切の無駄なスペースがない辺り……恐らくこの二人は調理のプロか何かなのだろう。



「ラファエルーお茶とって~」



「おいしいですわ……」



「ハハハ、ジェシカさん。そんなに急いで食べたらのどに詰まらせるよ」



「美味しいんだからしょうがないじゃん!あー、アルス全然食べてないじゃん!!もっと食べなくちゃ!!」



肉や野菜に加え、採れたての魚介類のおかげか相当の盛り上がりを見せるバーベキュー。


すると……セリーは投げ捨てられたビリーをぼーっと見ていたかと思うと、紙皿と割り箸を一セット新しく手に取って、そこにに熱々の食材を山盛りに盛り付ける。



そして小走りで彼の下に駆け寄ると、まだ意識が戻っていない彼の肩を遠慮気味小さく揺すった。



「……ぅ…………ッハ!?」



「うわぁ!」



小さく唸った後に目をカッと開き上体をガバっといきなり起こすビリー。


驚いたセリーは思わず反射的に仰け反ってしまったが、何とか体勢を立て直したおかげで、手にしていた皿の中身は辛うじて無事だった。





「わ、せ、セリーさん!?」



自分を現世へ呼び戻した存在に気が付いたビリー。


視界に入った彼女の顔をマジマジと見つめると、彼女はニコリと微笑み、手にした紙皿を彼に差し出した。



「おはよービリー君!お昼ご飯のバーベキューもう始まってるよ、はいこれ……少し持ってきたからよかったら食べて!」



「…少し…?………う、うん、ありがとう。もらうよ」



盛られた食材を目の当たりにして彼女の言葉との違う部分に疑問符を浮かべたビリーだったが、礼を述べて快く受け取った。



「いただきます」



箸を割って、とりあえず肉を口の中に運ぶ。


炭火焼独特の香ばしい香りと、肉のうま味が口の中に広がり、表情が自然に綻んだ。


セリーは彼のその横顔を嬉しそうな穏やかな表情で見守る。


隣で自分の顔を見つめてくるセリーが何も持っていないことに気が付いたビリーは、首をかしげながら彼女に尋ねてみた。



「セリーさんは食べないの?」



「……あ。じゃあ私も何かとってくるね。ついでに飲み物取ってくるけど何がいいかな?」



「あ、それなら僕も行くよ」



「いいのいいの!」



紙皿と箸を片手に持って立ち上がろうとしたビリーだったが、セリーにそう言われながら肩を抑えられる。


ビリーは彼女の顔を眺めながら、そんなに遠慮する仲でもないか…と考えて、笑いながら口を開いた。



「じゃあ……水でお願い」



「わかった~!」



元気よく掛けて行くセリーの後ろ姿は、ジェシカほどではないが元気っ娘気質があるだろう。


ビリーは、このメンバーの中では一番普通の女の子に近いのは彼女だろうと勝手に予想してまたひとりでに笑うのだった。



しばらくコンロの方でウロウロしていた彼女は、しばらくして片手に紙皿と箸。


そしてもう片方のてにビリーと自分の分のコップを二つ乗せ、その二つの不安定な液体の入った容器を見つめ…慎重にビリーの元まで戻ってきた。。






「はいお水」



「ありがとう」



受け取ったコップを早速傾けて水を流し込み、塩水を大量に飲んだせいでカラカラだった喉を潤す。


セリーはその様子を眺めて笑みを浮かべると、紙皿の中の肉を口に運んだ。



「ん~、美味しいね!」



可愛らしく唸りながらそう言うセリー。ビリーはそんな彼女の顔を余暇から眺めながら箸を進める。


拓也が傍にいないせいか……ビリーは、この半径数メートルの場所に非常に落ち着た印象を抱いていた。


コンロの方では天高く炎が上がっているが、心が穏やかになっているためそんなカオスな光景が視界に入っても、ビリー自身が自分でも驚くくらいに動揺していない。



不思議な感覚を感じていたビリーだったが、とりあえず皿の上の料理を口に放り込みながら空を仰ぎ見た。



すると……次の瞬間、腹部に触れる何者かの手の間隔。



一瞬ビクッと体を強張らせたビリーだったが、その手の感触が男のモノではなかったからか、彼の中のフェミニストな部分がその手を払い除けるのを許さなかった。



すぐに視線を落としたビリー。視界に映るのは、セリーが興味深そうな目で、自分の割れた腹筋を弄っているという光景。



「凄い……バッキバキだね」



「あ、あの……セリーさん?」



「あ……あ、ごめんねいきなり!!」



気が付いたように謝罪しながら手を放した彼女は、顔の前で手を合わせてもう一度謝罪する。


しかしまだ彼の腹に付いたカレールーのように綺麗に割れた腹筋の感覚が名残惜しいのか……そう謝罪しながらも、チラチラとビリーの腹部に視線を落とす彼女。



「え、えっと……別にいいよ。



な、なんだったらもうちょっと触っててもいいし……」



「え、いいの!?」



若干……若干だが、彼女のその目の輝き方が、ラファエルに似ているような気がしたのは多分気のせいではないだろう。


本人から許可をもらえたセリーはもう一度彼の腹部に手を伸ばし、カレールー一つ一つの膨らみ具合を確かめるように人差し指と親指で挟んでみたり、強度を確かめるように指先で軽く叩いてみたり……



「私が頑張って鍛えてもこうはならないんだろうなぁ」



「せ、セリーさんはそのままの方がいいと思うよ……」




「でも最近ちょっと太ってきちゃってさぁ……」



苦笑いをしながら自分のお腹を摩ってみせるセリーだったが、そのお腹は別に太って言えるほど脂肪が乗ってはいない。


むしろスマートなくらいだ。



「セリーさん別に太ってないと思うよ?」



ビリーはキョトンと首を傾げると、お世辞なしで素直に思ったことを口にした。


すると…セリーは嬉しそうに表情を輝かせて、砂浜に片手を付きながら少しだけ身を乗り出す。



「ほ、ほんと?」



「うん、全然太ってるようには見えないよ」



「…でも最近体重増えちゃったんだ……」



「拓也君もよく言ってるよ。体重じゃなくてスタイルが重要だって」



自分の腹部に視線を落としてお腹を摩るセリー。


ビリーはなんだか目のやり場に困り、適当な砂の上に視線を外す。



しかし男としての本能なのだろう……目に焼き付いた、彼女の水着姿が、脳裏に焼き付いて離れない。


柔らかそうな肌。ふくよかな胸。



見てはいけない……。頭でそう言い聞かせても、体は正直だ。


まるでブラックホールに吸い込まれているかのように眼球が彼女の方へ引き寄せられる。



「えへへ~…なんだか自信が出てきたよ!」



「そ、そう!よかった!」



ビリーに励まされたセリーは両腕で力こぶを作るようなポーズをとって笑みを浮かべるが……彼はそれどころではない。


去年も一昨年も目の前の彼女をはじめとする女性の水着姿は見ていた……が、意識の違いか…妙に興奮してしまうのだった。



「胸筋もすごい……触ってもいいかな?」



「う、うん!別に構わないよ!」



すると…セリーは手を付いたままさらに身を乗り出し、一度皿を置いて空いたその手で彼の胸に手を当てる。


四つん這いのようなその姿勢のせいで……強調される…………お○ぱい。



「ッ!!」



「わ~、すごい!」



楽しそうに胸襟を弄る彼女とは対照的に、目を限界まで見開いて何とも言えない表情を浮かべている。


彼の視線の先には……四つん這いになった影響で、普段よりも活発に動くセリーの……お○ぱい。



「(た、谷間が……!)」



どうか……どうか許してやってほしい。彼も男の子なのだ……。




内なる悪魔と格闘するビリー。


彼女は夢中になっているせいか、彼が自分の胸をガン見していることに気が付いていない。



ビリーは必死に平常心を保たせようとするが……それとは裏腹に上昇する血圧。



すると……そんな彼の背後に…更に彼を窮地に追い込んでやろうという魂胆が丸見えな表情の悪魔が立った。



「……」



「…あ、セラフィムさん」



無言でビリーを見下ろすセラフィムは、左の手の指で彼の肩を数回軽く叩いて狙い通り彼の視線を自分に向けさせた。



そしてセラフィムは彼に何も悟られないようにニコニコとした笑顔に表情を切り替えながらゆっくりとしゃがみ……背後に隠していたモノを彼と彼女に見えるように突き出す。



「アワビ……って貝でしたっけ?」



「あぁ……これは貝だ」



「………?」



なんとなく会話が噛み合っていないことに疑問符を浮かべるビリー。


セリーも彼のその行動の意図が掴めないのか、ビリーと同じように疑問符を浮かべ小首を傾げる。



「ック……フハハハハ!!!」



すると……彼は遂に笑いを我慢できなくなったのか、突然吹き出す。


なぜこんな盛大な笑い方をするのかは謎だが、ただ気持ち悪い。それだけ分かれば十分。



ビリーもセリーも、『何笑ってんだこいつ……』と言わんばかりの視線で腹を抱える彼を見守っている。


しばらくしてようやく彼が落ち着いてくる……そして彼はそのまま……らとんでもないことを口走ろうとした。



「アワビってめっちゃm」



放送コードにダイレクトに引っかかる禁忌。


それを一切の躊躇なく口にしようとした彼は大罪人。



しかしもう頭文字の子音は出てしまっている……もう彼を止められる者はいないのか……そう思われた……




次の瞬間。



「ッ!…………………」



放送倫理委員会の代わりに彼に鉄槌を下す者が……いた。



パタリ……と小さな音を立てて砂の上に沈む……セラフィム。



彼の背後には………



「目を離すとすぐこれですからねぇ……」



4枚2対の純白の翼を背に生やした金髪の美女。大天使ラファエル。



ビリーとセリーに視認すら許さず、両手で彼の顎と頭頂部辺りを掴んで一気に首を捻って超紳士の一人を無力化した彼女は、ふぅ…と一息吐いて立ち上がり、目の前に転がる汚物を軽く波打ち際まで蹴り飛ばした。




「……」



踵を返したラファエルはコンロの方へ向かって歩を進める。


すると……もう一人の超紳士が、こちらへ向かって歩いてくるのが視界に入る。


彼もビリーたちにちょっかいを掛けに行くつもりか…?一瞬そんな疑念が脳裏に過り、すれ違いざまにラリアットで意識を刈り取ってやろうかと考えたラファエルだったが……


彼の両手には……紙皿に盛られたたくさんの料理。


そして顔に浮かんでいるのは、屈託のない……子供のような笑顔。



「(まぁ…大丈夫でしょう)」



いつもなら疑わしきは罰する彼女だが……みんなで楽しみに来た海では流石にそんなことはできないのか……内心でそう呟くと、自分の隣を抜けていく拓也にはとりあえず何も手は出さずに通り過ぎた。



「よぉビリーにセリー、楽しんでるか?ほれ、追加持ってきたからドンドン食えよ」



「拓也君は食べないのかい?」



「皆がおいしそうに食べている光景だけでお腹いっぱいです……」



両手の皿を二人に手渡して自分の胸に手を当てて聖人のような事を宣う彼だが、


中身はただの変態&変態&キチガイである。



すると彼は、自分と入れ違うようにしてコンロの方へ戻っていったラファエルを、首を振ってチラと一瞥し、ある程度距離が開いていることを確認すると……



「ところで………」



純粋な子供のような表情を浮かべたまま、どこからともなく一つの買いを取り出し、それを二人に見えるように突き出した。



「この牡蠣……何かに似てないか?」



心底いたずらを楽しむ子供のように……満面の笑みでそう尋ねる拓也。だがやっていることは最低である。



若干天然の入っているセリーはともかく、どうやら男の子のビリーすらセラフィムのそれに続き彼が何を言いたいのか分かっていないのか、ただ首を傾げる。


すると拓也はもっと過激な表現をしても大丈夫だと謎の独自判断を下し、牡蠣の身に指を這わせながらビリーにそっと耳打ちする。



「ほぅら、このヌメリ具合……例えばmッ!!?」



……しかしその言葉を言い切る前に拓也の額に何者かの両手が回ったかと思うと……次の瞬間、その手は彼の頭部を後ろに引きながら、後頭部に鋭い膝蹴りを突き刺さした。




ゴッ!という鈍い音と共に拓也の頭部が軽くブレる。


驚愕するビリーとセリー。



しかしそんな彼らが息つく暇もなく、次の瞬間には拓也の首に素早くラファエルの細い腕が蛇のように巻き付く。



「ぅッ………ぐぅッ!!」



チョークスリーパー。この細い腕から一体どうやってだしているのだと尋ねたくなるほどに凄まじい力でギリギリと頸動脈が締め付けられ、脳への血流が渋滞。


苦悶の表情を浮かべて、巻き付くラファエルの腕をギブアップと言わんばかりに叩く拓也。


しかしラファエルは、込める力を一向に緩める気配はない。



それどころか徐々に加わる力は増強されて行き……首にメシメシと細い彼女の腕がめり込み始める。



「ぎ……ぶぅ…!!」



精一杯そう声に出し、技の停止を要求する拓也だが……一向に拘束は緩まない。


そしてとうとう彼の顔は白を通り越して青くなっていき……



「………」



脳への血流がストップした後十数秒……白目を剥いてその意識を闇へ落すのだった。



腕の中で抱く屋が動きを停止したことを確認したラファエルは、彼の頭部を片手で掴み立ち上がって、セラフィムを投げ捨てた辺りに雑に放り投げる。



「これで平和になりましたね」



まるで軽い作業でもこなしたかのように軽く手を叩き合わせて汚れを払い落す彼女の顔に浮かぶいつもと同じ微笑みに、ビリーとセリーが得も言われぬ恐怖を感じたのは、最早言うまでもないだろう。



砂浜でざわめく波は、動かなくなった彼の体を沖の方へ浚って行く……。


更によく目を凝らせば、既に沖の方にもう一体浮かんでいるのが視界に入った。



「鬼灯君とあの人……大丈夫かな……」



「大丈夫なんじゃないかな…いつもあんな感じだし…」



苦笑いを浮かべながらのビリーのその発言にセリーは驚いたような呆れたような微妙な表情を浮かべて海岸線にプカプカと浮かぶ二人を見つめる。



超紳士二人を排除したことによって……この海岸には、一時の平穏が訪れたのだった。




・・・・・



「なぁ拓也……どう思うよ?」



「ん、あぁ…」



十数分後……奇跡的に近くの島に漂流した拓也とセラフィム。


彼らをこのような状況に追い込んだラファエルたちのいる海岸が遠くに見えるこの離れ小島。


ようやく食事にありつくことのできた二人は体育座りをしながら右手に箸、左手に紙皿を持ち、向こう側のバーベキューコンロの上に繋げたゲートに手を突っ込みんで食材を取り、もぐもぐと咀嚼をしつつ向こう岸を眺めていた。


すると拓也よりも一足先に口の中のモノを飲み込んだセラフィムが、今しがた口にした質問の詳細を述べる。



「誰が一番良いお○ぱいだと思う?」



「愚問だな、俺はミシェルに一票。


まぁでもとりあえずガブリエルはないなぁ!」



「貧乳っていうか壁だもんな!」



「考えたら壁に二つのボタンが付いてるだけじゃね?」



「絶対ブラいらねぇ!」



アハハハハ~と非常に失礼な話題で爆笑しながら箸を持つ右手をゲートに突っ込む二人。


次の瞬間、引き出した右の手が粉砕骨折させられていたのは言うまでもない。


しかし……手をそんな悲惨な状態にされても顔色一つ変えず、且つ食材をちゃんと確保している辺りは流石である。



セラフィムは新たにゲートの向こうから取った肉を口の中に放り込み、目を凝らして向こう岸を凝視して拓也に尋ねる。



「じゃあラファエルはどう思う?」



刹那……瞬く間に飛来した光の針が、彼の顔面にむらなく突き刺さる。


まるでサボテンだ。



しかし相変わらず特にリアクションはせず、ただ箸を動かして食事を続ける彼。


おまけに先ほどボロボロにされたはずの右手がいつの間にか完治している。


異常な回復力だが……この場で超紳士の会合を行っているこの二人は向こう岸の彼らの中の誰よりも化け物なのでまぁ今更驚くことでもないだろう。


当然のように完治させている拓也はしばらく唸った後……



「ん~……○首黒そう」



真顔でセラフィムにそう返した。


彼もこれに深く頷き、顎に指を当てて何か考えるような仕草を見せる。



「今度見せてもらおうぜ」



「賛成」



発想が常軌を逸しているのは多分もういちいち気にしてはいけないのだろう。


ちなみに、彼らの腹には光り輝く太いナニカが深々と突き刺さっているが、多分これも気にしては負けなのだ。





セラフィムにしても拓也にしても、一発一発が致命傷。


しかし彼らは平然と食事を続ける……そう、貴族がパーティーと楽しむかのように。



「メルはデカいよな。○輪もデカそうだけど」



「大きけりゃいいってもんじゃないよな」



「あいつは何もわかってねぇ……乳は柔らかさと形なんだ」



「よし拓也……今度揉ましてもらおうぜ」



「賛成」



本人のいないところで侮辱が続くもしこの場にメルがいたのならば、魔武器の大鎌で二人の首は胴体から切り離されていたことだろう。



しかし当たり前だが人間の彼女にこの場の声は届いていない。


故に彼女本人からの反撃はなかったが……その代わりと言わんばかりに彼らの顔面に光弾が直撃した。



着弾した光弾は弾け『ドォォン!!』という凄まじい爆音と共に辺りに熱と爆風をまき散らす。



「セリーちゃんはどうだろうか?」



「うむ……俺の持つ資料によるとC。


キュートなお○ぱいってわけですな」



「キュートからセクシーにするにはどうすればいいと思う?」



「人妻になればいいんじゃね」



「拓也……さてはお前天才か」



「今頃かよ」



彼らはもう止まらない。次々と殺傷能力を持った攻撃が向こう岸から飛来してくるが……いくら直撃しようとも、彼らのダメージはゼロ。


しかし彼らが上陸している島がそろそろ持ちそうにない。



「ミシェルちゃんはどうなんだよ?」



「全知全能のお○ぱいを所有した女神。



だって絶対柔らかそうだぜ?たまにちょっとした動作で揉みたい…ちょっとした動作で揺れるとき吸いたい……揺れるときなんてもうね……もう……こう…………こうッ!!」



徐々に人間の言葉を失い始めている拓也であった。





その後、彼らのいる小島の上空に展開された二重の光の魔法陣が展開され、降り注いだサテライトレーザーに小島ごと吹き飛ばされたのは言うまでもないだろう。



・・・・・



昼食も終わり、いつかの日にミシェルにプレゼントされた銀の懐中時計を開き現在時刻を確認する拓也。


ぱたりと小気味の良い音を立てて蓋を閉じた銀時計……彼は顔を上げてその顔に笑顔を浮かべると、砂浜で適当に遊んでいる者どもに聞こえるように大きく声を張り上げた。



「現在時刻午後1時半。さぁ、ドッジボールをしよう!」



しかし……かなり大きい声で叫んだのにもかかわらず、セリーやビリーの二人以外は特に気にも留めずに各自の遊戯を続行。



「ドッジボールをしよう!!」



あきらめない拓也はもう一度叫ぶ。しかし結果は同じ。


右手に握られる黄色と青の鮮やかな色調のバレーボールがなんとなく悲しく見えてくる。



「ドッジボール……しよ?」



作戦を変え、今度は可愛らしくおねだりするようにそう言ってみた彼。


しかし今度は根本的に声量が足りなかったようで、その発言は砂浜で押し引きを繰り返している波の音に掻き消された。



「……」



表情は変わらず笑顔のまま、黄色と青の曲線が美しいバレーボールの縫い目に指を押し付けて馴染ませながらふと視線を横へ向ける。


映ったのは、憐れむような視線を向けてくるビリーの姿。



気が付いた時には……既に空高くにトスが上がっていた。



「……?」



突然こちらを向き、手にしていたボールを空高く放り投げた拓也の行動に疑問符を浮かべるビリー。


拓也は空中で前回転しながら放物線を描いて落下してくるボールに合わせ助走を取り両腕を後ろへ振りかぶって……完璧なタイミングで砂浜を蹴って飛び上がり……



「キェイッ!!」



「ッハ!?」



ジャンプと同時に振り上げた腕を鞭のようにしならせ……ビリー目掛けてボールを掌で打つ。


強力なドライブ回転の掛かったボールは……思わずそんな声を上げたビリーの足元の砂を掻き分け……深々とめり込んでいた。



やはりジャンプサーブは最強である。



「ノータッチエース」



渾身のドヤ顔でそう言ってくる拓也に、ビリーは何も返すことができず、ただ自分の足元に埋まった半球状に見えるボールを何とも言えない表情で見つめていた。






「さぁ…バレーっじゃなかった。ドッジボールをしようじゃないか!!」



ジャンプサーブを打ったせいで危うく競技名を間違えそうになった拓也だが、危ないところで間違いに気が付きそう修正し、ボールを高々と掲げる…。


が、やはり誰一人として彼の提案に乗ろうとする者はいない。



ギリリ…と歯ぎしりをして表情を歪める拓也。



「勝ったチームには豪華賞品をプレゼント!!


おまけに、勝利チームで一番最後まで残ってた人は、なんでも一つ願いを叶えてあげましょう!!」



若干深夜番組のセールスのようになっているが……彼は構わずに続ける。


すると……非常に冷たかった集団から、一人が立ち上がって彼の方に向かってくる。



やっと一人。目をキラキラと輝かせる拓也の視線の先には…銀色の髪を揺らすミシェルの姿。



「いや~、ミシェルが一番に参加してきてくれるなんて拓也さん感激!」



これは拓也にとっても意外だった。


普段、彼には非常に冷たい態度をとる彼女が、まさか一番最初にこうして名乗り出てくれようとは……。


嬉しさのあまり目尻に涙を浮かべながら両手を広げてハグを催促する……が、彼女は拓也のその行動を完全に無視し、短く言葉を紡ぐ。



「本当ですか?」



「本当?」



「だから……なんでも一つお願いを聞いてくれるっていうのは本当ですか?」



「当り前さ!拓也さんは自分が得をするためと他人を弄って遊ぶため以外に嘘は吐かないからね!!」



「クズですね………」



ジトっとした目を向けられる拓也だが最早そんなものは慣れっこ。


それどころか背筋にゾクゾクするものを感じている始末である。



身悶えする気持ち悪い物体を前に、ミシェルは視線を彼の目から外すと……絹糸のような綺麗な髪を弄りながら呟いた。



「そうですか……わかりました。私は参加します」



「流石ミシェル!話が分かるぅぅ!!


もしミシェルが勝ちチームで最後まで残ってたらこの両手で抱きしめてやるぜぇぇ!!」



大げさなジェスチャーで彼が両手を広げたころ……彼女は既に踵を返して集団の方へ戻って行っていた。


素晴らしい塩対応である。




・・・・・



「まずチーム拓也さん。


メンバーは完全無欠の俺。ミカエル、ラファエル、ミシェル、アルス。


次にチーム変態。


メンバーはセラフィム、ウリエル、ガブリエル、ゴミ弟子、セリー、ジェシカ


以上だ」



「ちょっと!ゴミ弟子ってなんだよ!!」



拓也が勝利チームに与えられる賞品を盛りに盛ったせいか、結局ドッジーボールには全員参加。


おまけに何故か天使全員、ストレッチをしたりして何故かやる気十分。


両チームが魔力で引かれた中心のライン越しにずらりと並び、開戦準備は完了した。



「なんで私の名前を上げていませんの!!?」



「あ、忘れてた。


お前は俺のチームな」



「忘れてた…!?あ、謝りなさ…」



「ルールは単純明快。ノーバウンドでボールを相手に当てて、それが地面に落ちればアウト。中央のラインから自分自身が出てプレーするのも反則でアウト。


それ以外なら何をしてもいい。



それと今回は外野が無しのスーパードッジ方式でやる。一回アウトになるともう戻れないから気をつけろよ。」



ぎゃんぎゃんと犬のように吠えて拓也に文句を言いまくるメルだが彼は彼女の発言を潰すようにルールの説明を始め、まったく相手にされなかった彼女は少ししょぼくれたように俯いて口を噤む。


片手でバレーボールを弄びながら粗方のルールを説明し終えた彼は、目の前のセラフィムとじゃんけん。その結果、最初のボール権は拓也さんチームとなった。



お互いが背を向けて、中央のラインから離れた自分のコートの中心部辺りへ向かう中…拓也はあっという表情を浮かべて、思い出したようにもう一つルールを付け足す。



「あ、それと気絶もアウトと見なすから」



ドッジボールで気絶とは一体どういうことなのか……人間の中で一般的な思考を持つ者たちはそう思うだろうが…


このメンツならば、ただの遊戯ですら本当に気絶ぐらいは容易に起こりうるのが現実なのである。



故に……この中ではまだ一般的な思考を持つ人間のビリー、セリー、メルは、彼のその言葉に戦慄し、震えあがった。



特に、普段の修行で拓也の恐ろしさを身をもって知っているビリーは、既に全身から冷たい汗が滲み出ている。




「んじゃ~ゲームスタート!!」



拓也のその掛け声と共に、お互いのチームにピリッとした緊張が走る。


いや……掛け声というより、ボールを持っているのが拓也だからといった方が正しいのだろうか……。


そして拓也がにやにやとした笑みを浮かべたまま……跳躍した。



「フィィィッヒィィィッ!!」



気持ちの悪い奇声を発しながらボールを持つ右の手を背後へ引き力を溜める彼の視線の先には……



「ッ!!」



ビリー。


第一の標的となった彼もそれに気が付き、腰を落として身構える。



「(捕れそうなら捕る!)」



内心で自分を鼓舞するようにそう叫ぶビリーは、ラインを挟んで向こう側のコートで跳躍している拓也を睨み付けるように見つめ、彼が放ってくる砲弾を見極める準備をしていたのだが……



「ひぃ…!」



すぐ隣でそう小さな悲鳴を上げたセリーをチラと一瞥してしまった。


しまった…。


そう思い視線を前方へ戻した時には……もう遅かった。



「ッ!」



ビリーの視界に映るのは…凄まじいジャイロ回転が掛かった砲弾が、自分の顔面に向けて直進してくる光景。


距離にしてあと2メートルも無い。



脱落を予感してスローに見えてくる視界の端には……勝利を確信した拓也のニヤケ面。


悔しい。しかし……避けられない。



体を動かうよりも先に、頭で理解してしまっていた。



「(当たったら……痛いだろうなぁ……)」



諦めから目を瞑り、来るであろう激痛に備えるビリー。


しかし……痛みが意識を刈り取っていく前に、彼の鼓膜をドフ…という鈍い音が揺らした。



「絶対ボールから目を離さないで!これはただの人間の遊びのドッジボールではないわ。恐らく……源流は天上の神々の遊び『怒血暴流(ドッジボール)』よ。


なにより……これだけの威力で投げても壊れないボールが証拠だわ……」



恐る恐る目を開いたビリーの目の前には……その小さな体で、あの砲弾を腹部に抱え込み捉えたガブリエルの姿が映った。



「怒血暴流。昔…とある神同士が喧嘩して、決闘の代わりに近くにあった球体のオリハルコンを投げ合ったのが起源だ」



天上の存在でありながら随分と人間味溢れる神様である。





「まぁ今では天界ではポピュラーな遊びになった。


しかしやはりオリハルコンみたいな超硬度物質を投げ合うのは危険すぎるということで、人間が使うような柔らかいボールを使うことになったんだが……


オリハルコンは絶対に壊れないという名残から、絶対に壊れないボールが使用されるようになったんだ。



まぁそれでも気絶したり記憶がぶっ飛んだりなんてのはザラにあるがな」



どうやら本当に天界という場所は基本、頭のおかしい奴しかいないようだ。


すると、拓也のボールを捕球したガブリエルがセラフィムにボールを投げ渡す。



「私は投げるの得意じゃないから…頼んだわ」



「あぁ任せろ。それに……そのダメージだ。しばらく休んでな」



「……そうさせてもらうわ」



そう言いながら後ろの方へ下がるガブリエルのスク水の腹部は、拓也の放ったジャイロ回転の摩擦で所々破れている。


あれ自分の顔面に直撃していたかと思うと……戦慄するビリーだった。



負傷した彼女からボールを受け取ったセラフィムは、右手でボールを鷲掴みしながら肩を回し、相手のコートの中をじろりと眺めて狙いを定め……ニヤリと口角を吊り上げた。



「まずは……お前だそこのイケメン君ッ!!」



「え?くっそ、狙いは俺か!!」



腕を鞭の如く撓らせ、滑らかな投球フォームから放たれた弾丸が向かうのは……今日も今日とてニッコリ張りぼてスマイル100%のアルス。



そして拓也が何やら宣っているが、誰もツッコミを入れない。


すると本人は『みんな競技に集中しているからだ』…的なことをボソボソと呟いて自分を納得させている。悲しい。



「!!」



仮にも熾天使が投げたボール。


アルスには…………捕ることはおろか、避けることすらできなかった。


彼のイケメンフェイスに深々とめり込んだボールは……数秒経ってからボスッと地面に落ち、それから一感覚開けてアルス自身も……。



「「あ、アルスゥゥゥゥ!!!」」



仰向けに倒れた。



拓也とジェシカの絶叫がハモる。


ジェシカは変態チームのコートから飛び出し、アルスを羽交い絞めにして、砂浜に二本の線を残しながら彼を戦いの火花が届かない安全圏へ運んで行った。




砂浜に落ちたボールを拾ったのは……ミシェル。



「行きます…ッ!!」



数歩の助走の後に彼女の腕から放たれるボール。


狙いは、向こうのチームで今のところ確実に当てられるであろうセリー。


もちろん彼女の筋力では拓也やセラフィムのような超速且つ超威力は出ないが、それでもこのメンツの中では先頭に秀でていない彼女をアウトにするには十分だと判断したのだろう。


しかし……



「させないよ!」



ビリーがセリーを庇うようにボールの軌道上に入った。


確かに彼なら捕球できるだろう。



だが……ミシェルにとってはその程度の動きは予想の範囲内。


予想通りと言わんばかりの少し楽しそうな表情を浮かべた彼女は、あらかじめ練ってあった魔力を使用し、風属性の魔法陣を出現させる。



「ッな!!」



ビリーの足元に。



鮮やかな緑色の魔法陣からは突風が吹く。しかしその刹那……拓也との修行の成果もあってか間一髪バックステップを踏むことで回避するビリー。



だが………ミシェルは彼のその行動を遠くから眺め、口角を吊り上げていた。


吹き荒れた突風によって上空へ跳ね上げられるボール。ミシェルの狙いは確かに障害物のビリーを強制的に退かすこと。


しかし、この攻撃をかわされた時のプラン2を用意していたのだ。



「まだですよ」



そう口にするミシェルは虚空に向けて指を動かす。



すると次の瞬間……上空に跳ね上がったボールの真横に風の魔法陣が現れる。


下向きに斜め四十五度で展開されたそれ。もしこの魔法陣から同じように突風が吹いたとすると……その直線上には………セリー。



彼女の魂胆にようやく気が付いたビリーだったが……時すでに遅し。



「しまッ……!!」



斜め上空の後方に跳躍しながら手を伸ばすが……ギリギリ届かない。


風に乗ってそこそこ勢いのついたボールに、セリーはあえなく被弾した。



「……当たっちゃった」



僅かな苦笑いをビリーに向け、彼女はコートを後にする。



残されたのは………人外of人外たちと、バカ弟子。それからついでにコートの隅で小動物よろしく震えている王女。



拓也は何が面白いのか邪悪な笑いをこぼす。



「クックック……これで加減はいらねぇ、存分に楽しもうじゃないか……闇のゲームを!!」



おかしい。起源は神々のはずなのに………。





「上等だ。天界から去って数年たったお前に……果たして勝ち目はあるかなッ!!?」



動いたのはセラフィム。拓也のその煽りに対抗するように大きく声を張り上げて駆け出し、ボールを拾って前方に軽くトス。


そしてボールの予測落下地点付近に左の足を思いきり踏み込み、腰の入ったミドルキックでボールを蹴り出した。



「次は……お前だぁぁッ!!」



無駄なく力の加えられた球体は、寸分の狂いもなく腕を組んで仁王立ちをするミカエルへ向かって突き進む。


しかしターゲットになった彼は仁王立ちのまま動かない。



ただただニッコリとした笑みを浮かべたまま…。



「……ッ!」



すると次の瞬間……一瞬だけその笑みが凶悪なものに変化したのをセラフィムは見逃さなかった。


刹那、ミカエルの正面に現れる異界への門。


セラフィムは慌てて砂を蹴りバックステップを踏んだ。


その次の瞬間、間隙開けずに今の今まで彼が立っていた位置に着弾して凄まじい量の砂を巻き上げる砲弾。



「相手のコートに自分が入らなければ何をしてもいい……やはり素晴らしいルールだな……」



楽しそうに浮かべた笑みに冷や汗を流すセラフィムは、前方のミカエルを眺めながらそんなことを呟き、クレーターの中心のボールに歩み寄る。



……が、セラフィムは思わず戦慄した。



「ノーバウンドでボールを相手に当て、それが地面に落ちればアウト。中央のラインから自分自身が出てプレーするのも反則でアウト。


ルールはこの二つ。あとは何をしてもいい」



目を見開く彼の視線の先には……魔武器の杖を取り出して、背後に無数の光と水の魔法陣を作り出しているミシェルの姿。


若干神々しくすら見える彼女の表情は何故か真剣そのもの。



「そして相手を気絶させてもアウトと認められる。



それなら………」



「え、ちょッ!」



一瞬眩しいほどに輝いた魔法陣が、セラフィムに向けて一斉に火を噴く。


レーザー、光弾、氷塊、氷槍etc……。



「こういうやり方もありですよね?」



セラフィムは切に思う。ミシェルはどうしてこんなに真剣なんだ……と。







巧みなステップで迫りくる攻撃の弾幕のスルリスルリとすり抜け、何とか活路を見出そうとするが……攻撃の密度が高すぎて迂闊にボールに近づけない。


それに……他にも近づけない理由はある。



「僕がッ!」



すると……グローブを両手に装着したビリーがセラフィムが動けないと見るや、自分がやらなくてはという意思に駆られたのかいきなり駆け出す。


幸いなことにセラフィムが横へ横へと回避していったおかげで、ボールの周辺には攻撃に手は届いていない。



あっという間にクレーター付近に近づいたビリーは、窪みの中に足を踏み入れ、その中心に転がるボールに手を伸ばす。


次の瞬間、セラフィムの怒声が響いた。



「ば、バカッ!!よせ!!迂闊に近づいたら……」



「…へ?」



刹那、ビリーの視界を埋め尽くすように浮かび上がる赤色……無数の火属性の魔法陣。


セラフィムがここに近づけなかったもう一つの理由。罠が貼ってある可能性が非常に高いから。



「【地雷(ランドマイン)】」



思わず素っ頓狂な声を漏らしたビリーだったが、とっさに手を前に突き出して炎を全力で噴射。


それと同時に一斉に炸裂し、砂を巻き上げながら爆風と熱をばらまく魔法陣。



「うわぁぁぁ!!!?」



「び、ビリィィィィィッ!!!」



伸びたの炎の触手に呑まれ……ビリーの姿は見えなくなってしまった。



その光景を眺めて楽しそうに笑うのは、拓也。



「ミシェルめ……所有属性以外の属性を使えるようにもなってたのか……恐ろしい子!」




この世界で指される所有属性とは、個人が持つ魔力の属性のこと。


魔力属性診断で水晶の中に魔力を流すと……属性が浮かび上がって判明する。


一般にその属性の魔法以外は扱えないと考えられているが、実はそれ違う。




実は水晶の中に浮かび上がる属性というのは、その個人が持つ無属性の魔力が、火、水、雷、風、土、光、闇、音、空間、破壊。この属性の内のどの属性に変質しやすいかというだけなのだ。


つまり水晶に浮かび上がったのは、プレーンの魔力を先天的にその属性の魔力に変質させやすいというだけで、訓練次第では、誰でもすべての属性の魔法を扱うことができるのである。


余談だが、拓也が全属性扱えるのもそういうことなのだ。





「ッくぅ…危なかった」



しかし流石は拓也の修行を受けているだけはある。


若干ダメージを受けている様子だったが、比較的軽傷のビリーが地面に降り立つ。


ミシェルは低く舌打ちをしながら鋭く相手のコートに残った人物を一瞥して行く。



すると彼女は……相手チームが誰もボールをもっていないことに気が付いた。


味方のチームも然り。



となると………どうやら先ほどから姿の見えない”彼”がボールを所持しているようである。



相手のチームの面々もそれを悟ってか……彼らの顔には明確な恐怖の色が浮かんでいた。



すると………昼間だというのにもかかわらず、一瞬だけ、はるか上空で何かがチカっと光り輝く。



「あれは………」



目を凝らすセラフィム。ウリエルも上空を見上げ………彼は珍しくその物調面を崩した。


セラフィムの顔にもじっとりとした嫌な汗が浮かぶ。



「まずいッ!狙いはガブリエルだ!!」



輝く空の一点を見つめていると、それは徐々に大きくなって行きその全容を露わにする。


恐らく音速はゆうに超えているであろうボールからは連続で円錐雲が発生し、空気との摩擦からだろうか………


炎を纏ったそれは最早隕石そのもの。



「クックック……あの流星は、かわしたところでお前らのコートは消滅する。


さぁ、どうするかね?」



いつの間にか地上に戻ってきている拓也が非常にムカつく表情で両手を広げながら煽るようにそう発言する。


何か煽り返してやりたいと思ったセラフィムだったが……今はそんなことをしている場合ではないと自分を律し、もう一度空を見上げた。



「ウリエル!上空に結界を張れッ!!あんなもん地面に落としたらここら一帯が吹き飛ぶぞ!!」



「わかって……いる!」



セラフィムのその指示に食い気味に返答し、空へ手を翳したウリエルは……ある異変に気が付く。



「魔法が……組み上げられない……?」



「おぉっと、そうはさせんぞ?」



おちょくるような声の発信源の左目に装着された銀の片眼鏡……


ウリエルは若干眉をひそめながら必死に思考を巡らせた。



魔法は使えない。故に結界は張れない。もしあれ着弾すれば……この一帯は消滅する。


拓也はこの自然豊かな場所を人質に取ったのだ。相変わらずクズである。




そうなると……彼にできる行動とは……………。



「きゃ!」



「お、おい…!何してんだウリエル!!?」



「これしか……ない!」



背後で岩にもたれ掛かってダメージを受けた体を休めていたガブリエルを抱えたウリエル。


一体何をするつもりか全く予想のできないセラフィムは、空を眺めながらいつもより少し強い口調でそう言った彼をの前に立ち塞がった。


僅かな間二人の間で鋭い眼光がぶつかる。


しかし時間を無駄にすることは、自分たちの命を縮めることになっているのはちゃんと理解しているのか、セラフィムがすぐに彼に尋ねる。



「何をするつもりだ?」



「ガブリエルを………アレにぶつけて…………勢いを殺す」



「ハァッ!!?」



目を見開いて、自分を小脇に抱えたウリエルを、何言ってんだこいつ!?というような表情で睨み付けるガブリエル。


無理もない。


この場で自分を人柱にする算段が始まっているのだから。



「この場で………今…一番戦力にならない………だから………………せめて……美しく……散ってもらう」



「なるほど、許可しよう」



「ハァッ!!?!?!!??」



そして算段はあっという間に整い、彼女の犠牲は決定してしまうのだった。


しかし人柱にされる方は堪ったものではない。


最悪な上司と同僚は、最高の作戦だと笑って肩を叩き合っている。なんということだ……。


なけなしの力を振り絞ってウリエルの手の中から逃れようともがくガブリエル。



「ふっざけんじゃないわよ!!なんで私が……!?



それに私はあの子助けてんのよ!!?」



「それとこれとは関係ないぜガブリエル。おとなしく殉職して来い」



「ってウリエルどこ触ってんのよ!!」



「お尻……」



「触んなぁぁ!!!」



軽くカオスである。





「よし、じゃあ早速発射してくれ」



「お尻……」



暴れるガブリエルの尻をサワサワと撫でながら残念そう表情のウリエル。


先ほどまでのあの流星を何とかしようという心は一体どこへ行ってしまったのだろうか……。



すると…何が面白いのか非常にいい笑顔を浮かべたセラフィムは、ぐっと親指を立ててグッドマークを立てながら諭すように口を開く。



「大丈夫、こんなロリっ子よりいい尻してる奴なんて五万といるだろ?


ラファエルとかさ。後で揉みに行こうぜ!」



「……あぁ………あぁ!行こう!」



これが……天使と拓也以外の面々が、彼の笑った顔を初めて見た瞬間である。



「じゃあとっととやろうぜ」



「了解」



「や、やめろぉぉぉぉ!!」



セラフィムに説得されたウリエルは、脇に抱えていた彼女の両足を両脇に挟み、グルグルと回転を始める。


俗にいうジャイアントスイングというヤツだろうか。



回転のスピードは徐々に増して行き、その内人間では遠心力諸々に耐えられないような速度に達する。


そして徐々に斜めに傾いたコマは……完璧なタイミングでガブリエルを切り離した。



「発射…」



「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!」



その身ごと一発の弾丸と化した彼女もまた…音速を超え、円錐雲と炎を放ちながら流星へと向かって行く。


二つの物体はその間に存在する距離をグングンと縮めていき、あっという間に衝突間際。



まるで必殺技同士がぶつかり合う時のような高揚感を地上の鬼畜野郎どもが感じている中………。



衝突した二つの物体を中心にして……晴天の大空に美しい花が咲くのだった。



「パンジーみたい…」



「アジサイだろ~」



「……お尻」



拓也、セラフィム、ウリエルは口々にそんなことを呟く。



彼らが口にしていることは可愛らしいが、遥か上空でですら巨大な爆発半径に見えるあれが地上で起こったことを考えると……震えが止まらないビリーだった。




ガブリエルが脱落し……この闇のゲームもよりヒートアップし始める。


並の人間では視認すらままならないであろう速度で飛び交うボールに、お互いの妨害工作……というかほぼ直接攻撃。


両チームとも徐々にだが疲れを見せ始めていた……



「おおおぉぉぉぉぉ!!!


これが超次元サッカーだァァッ!!!!」



「迎え撃つぜぇぇ!!!」



お互いのチームの筆頭を除いて。


超回転の遠心力を乗せた拓也のオーバーヘッドキックで弾け飛んだボールをセラフィムが拍手をするように両手で包み込み捕球。


後ろへ吹っ飛んだ彼。拓也はニヤリと笑みを浮かべる。



「へっへ…チャックメイtッ!!」



しかし……その次の瞬間、拓也の腹部に強い衝撃が走った。


慌ててその衝撃を引き起こした物体を地面に落ちる前に取り抑え、アウトにならずに済む拓也だったが……流石に今のは冷や汗が出る。



「油断はいけねぇなぁ拓也」



「うるせ~よ。つ~かお前と打ち合ってても埒が明かねぇ……ということで狙いはビリーだこの野郎!!」



「うわぁ!!?」



突如として体の向きをぐりゅんとキモイ動きで変化させ、驚いた表情のビリーへ向かって腕全体のしなりを利用した投球は、凄まじい横回転をしながら迫って来たが……流石にビリーもこの人外たちとのやり取りの中で、だいぶ戦い方を心得て来ていた。


左の掌に灯した炎勢いよく噴射し、右へ回避行動。



そう………無理に捕球する必要などないのだ。


しかし拓也はその程度予想通りと言わんばかりにニヤニヤと笑っている。



「ッはぁ!?」



刹那……そのまま直進していくと思われたボールは、ビリーを追跡するようにそのベクトルをいきなり90度変更した。



「いや~変化球って素晴らしいね」



多分世界中どこを探してもここまで変化する球を投げる奴なんていないだろう。



炎をいきなりふかし過ぎたからか……まだ姿勢が安定していない。


当たってしまう。脳内でそう結論が出るまでにそう時間は必要なかった。



しかしビリーはまだ諦めない。こんなくだらないゲームだが……何故か負けるのは嫌だった。


そして強く歯を食いしばり……ボールをしっかりと見据えて、右の手を背から左脇腹に回して……捕球に取り掛かる。



「っうッ!」



ドッ!という衝撃が掌を通り抜け、密着した脇腹に響く。


凄まじい回転は摩擦で掌を焼くが……ここまでしてもボールの勢いは殺せない。



「ッ!!」



すると左脇腹に接着させていた手が外れ……ボールを掴んだまま右の腕がボールの勢いに負け、右へピンと突っ張らせられるような体勢になってしまう。


最早今、こうしてボールを捕らえることに役立っているのは手首と指先の力だけ。


しかしそれも…この我慢比べに負ければたちまちボールは地面に落ちてしまうだろう。



すると……次の瞬間ビリーの脳裏に閃光が走った。




「ここを……こうしてッ!!」



このまま捕球できるかどうか怪しいのなら………いっそのことこのまま投げ返してやろう。


若干威力が落ちてきた様にも思える右手のボール。


ビリーはボールを捕まえる右手の手首を逆の方向へ返すと同時に、左腕を左方向へ伸ばし、前方に向けた掌から……先ほど回避した時よりも高い出力の炎を噴射した。



「あぁぁぁ!!」



右腕のボールの前進する力より大きな左掌の炎の推進力。


先ほどまでの力のぶつかり合いとは対照的に……ボールは彼の右掌にピッタリとくっ付いていた。


しかし放出している炎の出力のせいで、某体術忍者の禁術よろしくとんでもないスピードで胴体を軸にきりもみ回転するビリー。



すると今度は……右の掌に真紅の炎が灯った。




回転しながらニヤケる拓也に照準を定めるビリー。



「『強打(スマッシュ)』ッ!!!」



次の瞬間、炎を撒き散らしていた竜巻の中の彼の右掌が爆発し……回転と爆発の推進力を乗せた彼の究極の一撃が放たれた。


しかし……狙いが微妙に逸れ、その破壊力抜群の一撃が向かう先には………。



「ミシェル行ったぞ~」



杖を構えて涼しい表情をしているミシェル。




高速で接近するボールをじっと見つめたまま杖を二回振るミシェル。


すると次の瞬間……彼女の前面に水のバリアーが張られ、間隙開けずにその背後の地面が隆起し岩の障壁がそり立った。



0,数秒後……水の壁に突っ込んだボール。


熱を持ったその球体はジュッという音と共に水蒸気を巻き上げ……そして水の障壁を突っ切った。



続いて鈍い崩壊音と共にボールは岩の壁にへ侵入。



しかし……水の障壁で威力を殺されていたボールは…ミシェルに届くことはなかった。



「クックック……家のミシェルは最強だぜぇぇ!!」



声高らかにそう笑いながらミシェルの肩をパンパン叩く拓也。


鬱陶しそうに彼の手を払い除けたミシェルは今にも堕天しそうな表情になった拓也には目もくれず、岩の壁の魔法を解除してボールを拾う。


次の狙いは誰にするべきだろうか……彼女が慎重に思考を巡らす中……



「ククク………クハハハハハ!!!」



セラフィムは何故か笑っていた。


拓也と同じような日常の奇行の一種だろう。皆がそう思う中……彼をよく知る拓也とラファエル。そして真剣にこの闇のゲームに取り組むミシェルだけは異変に気が付く。



「まずい!奴の狙いは……!!」



ある結論に至り……慌てて振り向く拓也。


しかし既に遅かった。


拓也とラファエルとミシェルの視界に映ったのは………地面から這い出た拘束具の形をした闇に固定され、幸せそうな表情で力尽きているミカエルの姿。


恐らく……ミシェルの方に注意が向いていた短い間で意識が飛ぶほど責められたのだろう……。



「ドMには……耐えられなかったみたいですね……………」



「クソ……俺が目を離したばっかりに…………」



「でも見てください……幸せそうな顔をしてます」



「あぁ……」



天界育ちはやはり全員どこかぶっ飛んでいる。幸せそうな顔をして逝ったミカエルを前に語り合う拓也たちを、夏場には最高のジトーっと冷たい目で眺めるミシェルは。改めてそう認識するのだった。




そんな光景を向こう側のコートから眺め、爆笑するセラフィム。


すると彼はどこからともなく数冊の雑誌を取り出し、前に突き出しながら挑発するように口を開く。



「フハハハハ!!まだだ、まだ終わらんぞ!!


さて…ラファエル。これがなんだか……分かるかな?」



「ッ!!?」



その雑誌の全て……表紙で上裸のムキムキの男がポージングしているもの。


タイトルも『天界筋肉大全』『燃えよ脂肪!唸れ筋肉!』などとあからさまなものばかり。


拓也とミシェルは一瞬でそれがラファエルの私物だということを悟った。



「そう!これはこの前パンツ盗んだついでに拝借しておいたお前の命とも言えるモノだよなぁぁ!?


ったく………5重の金庫に魔法でのトラップまでついてたからもっと良いモノが入っていると思えば………」



若干本音が漏れているセラフィム。ラファエルはいつものように穏やかな表情をその顔から消し去り、ワナワナと震え始める。


というかナチュラルに盗みに入っているのに誰も彼を咎めようとしないのは一体なぜなのだろうか……。



それよりも………。



「お、おい…ラファエル。まさか………行く気じゃないよな?」



今は……自分の宝の下へ駆け出しそうなラファエルを止めることが先決。


拓也のその呼びかけにぴくっと反応を示した彼女は、ゆっくりと視線をセラフィムの手から外して拓也に向けた。



「……」



無言のラファエル。しかし彼女のその瞳には……表現のしようもない悲しみが浮かぶ。


ギリッと歯を食いしばる拓也。


このままでは彼女は向こうへ行ってしまうと……長年彼女の筋肉好きのせいで被害にあってきた彼には分っていた。



「分かった……」



負けたくない………。その思いだけが彼を突き動かす。


大きく手を広げた拓也は……目をギュッと瞑ったまま、全てを受け入れたかのような表情を浮かべた。



「俺の筋肉を……好きにすると良い」



それは苦肉の策だった。




自己犠牲にする最悪の手段。


それは……草食獣が肉食獣の前で無防備に立ち尽くすのと同義。冷たい汗を背筋に感じる拓也は、強がりなのか何なのかニヤリと口角を吊り上げて見せた。



すると、やはり彼からラファエルにそう提案したことが不満なのか……そんな光景を遠巻きに眺めるミシェルが少しムスッとした表情を浮かべる。可愛い。



「………」



「ぅ……」



じーっと拓也を体を舐め回すように視線を這わせるラファエル。


膠着状態が十数秒続いた後に……



「ば、バカな!!?」



ラファエルが、セラフィムの方へ向かって歩を進め出したことで状況は動き出した。



信じられないといった驚愕の表情を浮かべる拓也と、なんとなく安心したような顔をするミシェル。


拓也はラファエルを引き留めようとその手を伸ばしたが……



「ごめんなさい拓也さん…あれ、初回限定版なんです」



チラと後ろを振り返りながら、いい笑顔でそう零した彼女にその心を突き動かされ…その手は空を切った。



もし……初回限定の特典が付いてくるエロ本を買ったとしよう。


自分が大変な思いをしてまで手に入れた一般版と違うその内容や、勝ち取った特典を、理不尽な理由で奪われたとしたら……正気でいられるのだろうか………拓也は自嘲気味な笑みを浮かべると、やれやれと言うように腰に手を当てて彼女が中央のラインを割るのを見届ける。



「……否。耐えられるはずがない」



「…何言ってるんですか?」



「クック……気にするな」



ボールを持つミシェルが拓也にそれを差し出す。


パワー的に考えてもテクニック的に考えても、自分と彼とだったら彼が投げた方が確実。それを考慮してのことだった。



しかし……拓也はそれを受取ろうとはせず、代わりに前を見つめたままミシェルだけに聞こえるようにとある”作戦”を伝える。


簡潔に説明されたそれを理解したミシェルは一度だけ首を縦に振り、小さく息を吐いて呼吸を整えた。



「な~に!思いっきり行けよ!!」



そんな緊張した様子のミシェルを思ってか、彼女の背を平手で軽く数回叩く。


彼はきっとリラックスさせようとしてやったのだろうが………ミシェルは特にリアクションを起こさず無言のまま中央のラインの方へ歩いて行ってしまった。この暑さの中だというのに非常にクールである。



素晴らしいまでの塩対応をされた拓也だったが、なんだか涼しくなったと既に開き直っている。流石は天界で鋼のメンタルを鍛え上げた強い子だ。


そしてミシェルはただ拓也に言われた通りにボールを投げる。ターゲットは……ウリエル。


もちろん規格外とはいえミシェルは人間。この程度の投球では彼は簡単に捕球してしまうだろう。



その証拠にウリエルは迷うことなく回避という手段を捨て、捕球の体勢に入っていた。


いつもながらの仏頂面にも若干の油断の色が浮かんでいる。



「【影縛り】」



それが彼の敗因だった。


拓也のその発言と共に、ウリエルの足元に浮かび上がる闇の魔法陣。



そこから這いだした無数の闇の紐が……意思を持ったように蠢いて彼の足に蛇のように巻き付き、あっという間に彼の全身を縛り上げる。



「この魔法は闇属性の拘束魔法『バインドチェーン』の改良版。


しかしその性能は非常に凶悪。巻き付いた時点で対象の体勢のまま完全に固定してしまうのだ」



頼んでもいない解説を述べる拓也。何とか解こうともがくウリエルだったが……彼の言った通り指先の一本たりとも動かすことができない。


実力差も確かにあるだろうが……確かに強力な魔法である。



「残念………」



なすすべなくアウトになったウリエルは、大してそう思ってはいないだろうというケロッとした表情で安全圏へ。


これで残りは………




「2対2……拓也、もし俺が最後まで残ったら……ラファエルのパンツ1年分を用意してもらうぞ?」



「クックック……望むところだ。


じゃあ俺が最後まで残ったら、お前にミシェルのパンツを一年分用意してもらうことにしよう」



ラインを挟んで睨み合いながらそう口にする二人。


拓也の背後からと、安全圏から絶対零度の視線が向けられたが……変態を超越せし超紳士たちにはそんなものは通用しないのである。


むしろ体感温度が冷えてちょうど良いくらいだ。



「さっすがミシェル~ナイス投球だったぜ~」



「ナイスアシストです。できればセラフィムさんだけ片づけてとっとと退場してくれませんか?」



「またまた~ミシェルちゃんったら!」



さらっと吐かれた毒をさらりと飲み込んで受け入れ、投球を終えて後ろへ下がっていたミシェルの方へ踵を返して振り替える。


刹那……拓也の目が一瞬限界まで見開かれた。



「ッ!!」



それは……拓也だったから気が付けたのかもしれない。



僅かにだが不自然な挙動を見せた……ミシェルの水着。



拓也はその不自然な挙動の理由を一瞬で導き出し、それが示す危険度を理解する。


そして思考開始から0.1秒すら経過していないというのに、正確な判断を下した拓也は砂を思いきり踏み、彼女へ向かって加速した。



ー……クソ……俺のミスだった。ミシェルの水着の耐久性を考慮せずに……迂闊に外部からの衝撃を与えてしまった……-



歯を噛みしめながら自分が犯した失態を悔やむ拓也。しかし……彼女をいろんな意味で”守る”には……最早これしかない。


一瞬の判断の遅れは……彼女を社会的に殺すことになってしまう。



ー……自分が傷つくのがイヤだなんてワガママ言ってる場合じゃねぇ。


俺はミシェルの恋人として……守らなくちゃいけないんだ……ー



進んで自分が犠牲になりたいわけではない。それしか……守れない。



圧縮されたようにスローに感じる視界の中……拓也はもう一度砂を蹴って加速する。



ミシェルの動体視力でも彼が自分に向けて動き出したことにはまだ気が付けていない……光速の世界。



しかしやはり天使たちは彼が動き出したことに気が付いたのだろう。


そして彼の目的も…。



ガタっと立ち上がり、歓喜の表情を浮かべるラファエルとガブリエル。


男二人の大天使は相変わらずの仏頂面とニコやかスマイルだが……興味深そうな視線を拓也に送っている。



ー……なんだよお前ら…そんな目しやがって………ー



そんな中……拓也は両手を前に伸ばし、掌を網のように広げ………



「いざ……南無三ッ!!!」



広げたその両掌で………彼女の胸の柔らかな果実を……水着の上から包んだ。




いつか揉んだマシュマロを思い出す……布越しでもわかるそんな感覚に鼻の中は血の匂いで充満し、感じたことのない凄まじい興奮は脳の回線を焼き切らんばかりに刺激する。



「………え?」



そして……この0,1秒以内の光速の世界は拓也の目的の達成と共に終わりを告げた。


突如として眼前に姿を現した拓也の姿と、自分の胸に感じる感触。


素っ頓狂な声を上げて頭を垂れ、その感触の正体の元…自分の胸に視線を落としたミシェルは……自分の目を疑った。



「な………なぁ………………ッ!?」



しかし……彼女がこの段階で理解することは一つだけ。


彼に自分の胸を揉まれている。それだけ分かれば………十分だった。



「んごぁッ!!!!」



短い距離で加速しきる突き上げた右の拳は、自分の胸に触れる変態の顎を的確に捉える。


首がもげて吹っ飛んでいきそうなそうな衝撃。


脳もグワングワン揺れ、足がまるで自分のモノではないような感覚に襲われる中……拓也は立ち続け…彼女の胸に手を添え続ける。




「な、なッにゃにをッ…!!にゃにしてんでしゅかッ!!?///」



彼に触られたという羞恥心と周りの悪魔たちが送る視線。


ゆでだこのように真っ赤になった顔に浮かぶのは、怒りの表情というよりも、驚愕とパニック。


上手く回らない舌は、彼女の焦りを如実に表している。



「み、ミシェル!!待ッぶへ!!」



「は、離ッせぇぇ!!!!」



最初の一撃のような正確なパンチではなく、繰り出されるのは腕を振り回すようなめちゃくちゃなパンチと引っ掻き攻撃。


いつものクールで冷静で丁寧な口調も完全に崩れさり、大声で拓也を罵る彼女は、彼の頭をガッシリと掴んで引き離しにかかった。



「変態ッ!変質者ッ!色情狂ッ!!気持ち悪いッ!サイテーッ!!早ッく離せぇぇッ!!!」



爪が食い込み、拓也のこめかみから真っ赤な血が流れる。


しかし冷静さを失っているミシェルの目にはそんなものは映らない。


それどころか込められる力はどんどん強くなって行く……が。



拓也にも譲れないものはある。何故なら……彼は守るために戦うのだから……。



「ならん!ならんのだよッ!!」



その目はまだ死んでおらず……むしろ、意思を持った彼の瞳には煌々と光が宿っていた。



しかしそんな目をしていても、絵面がアレなため±ゼロである。




「離せぇぇぇぇ!!!」



「ぐッぅ……だ、ダメなんだ!!離すわけには……いかないんだァァ!!!」



自分の胸に触れ続ける腕を払おうと暴れるミシェル。断固とした意志でお○ぱいを水着越しに触り続ける拓也。



「み、ミシェル…!お、落ち着いてよく見…て…!!」



「ぶっ飛ばす!!」



しかし……彼をここまで血だらけにしておいてアレだが……彼女の極度の羞恥の感情で回らない頭でも、何かおかしいということにようやく気が付いた。



いつもの拓也ならば……悪ふざけでここまでしないということ。


もし悪ふざけだったとしても、ここまでしつこくはないということ。



そして……自分に何かちょっかいを掛けてくるときの彼は……こんな真剣な表情をしていないということ。



彼がここまでして自分のお○ぱいを触り続ける理由は何なのか………。



脳内でそう自分に問い掛けることで若干だが冷静さを取り戻した思考回路。



視線を少しだけ下げ、彼の手が伸びる自分の胸元に向けてみれば………その理由はあった。



彼女の猛攻が止み、俯いた拓也。顎からポタポタと血を滴らせながら彼は小さく彼女に呟いた。



「水着の紐とホックが……解けてるんだ……よ……」



しっかりと水着を着用していたなら見えるはずのない紐やらの部分が重力にされるがままにダランと垂れ下がる光景。



もし拓也が咄嗟に行動に出ていなければ……ミシェルは冷静になったことで若干引いていた顔の赤みをまた煙が出そうなほど真っ赤にぶり返し、極度の羞恥と…彼への申し訳なさから目尻にうっすらと涙を浮かべ……震える手で背のホックを止め直し………首の後ろの紐を結び直す。



「あ…あぁ……ご、ごめん………わ、私……///」



「何も言うなミシェル……元はと言えば…俺がお前の肩や背中を叩いたのが原因かもしれないんだから」



安全が確保され……拓也はそっとミシェルのお○ぱいから手を放す。


そして目の前で真っ赤になって小刻みに震えながら必死に謝罪してくるミシェルをそう慰め、髪をかき上げて空いたもう一方の手で頬を伝う血を拭いつつ虚空を見上げていた……




次の瞬間。



「ぐぼぉぉッ!!?」



彼の鳩尾に鋭く且つ重いつま先蹴りが炸裂した。



そんな必殺の一撃を放った張本人の心境としては『やっぱりお前のせいか』が妥当だろう。





「ま、待てミシェル!!俺はいろんな意味でお前を守ったんだぞ!!?」



「はい、どうもありがとうございました」



「なんでッ!!?」



礼を述べながらのシャイニングウィザード。一体誰が彼女にこんな技を教えたのか………顔面を襲う激痛を感じながらそんなことを考える拓也。


というか教えたのは彼自身である。



まさかここまで素晴らしい出来になっていようとは……師匠としては嬉しいが、いざ受ける側になってみると後悔しか残らない。


同時に様々な攻撃魔法も発動し始める。



「忘れるまで許しません。だから…早く………早く忘れてくださいッ///」



しかしまぁ……現在進行形で彼女が赤面して照れている様子を、暴力の嵐を浴びながらだが、こうして眺められているだけで……彼は十分だった。


プロボクサーも顔負けの腰の入った突きやムエタイ選手の様な肘と膝の強襲。確かにもうちょっと欲を言えば女の子らしい胸板をポカポカ叩く程度にして欲しいのだが……それは欲張りというものだろう。


人間、誰しも欠点の一つや二つはあるものなのだから。




そして忘れてはいけない……。



「隙だらけだぜぇぇ!!!」



今は……怒血暴流という闇のゲームの真っ最中。相手は待ってなどくれない。


すかさず振りかぶってボールを投げつけたセラフィム。



「ヒャヒャヒャヒャヒャ!!」



「あのクソ天使……」



その非常にムカつく笑みと笑い声に拓也は舌打ちしながら回避行動をとったのだが……拓也の記憶をデリートすることで頭が一杯だったミシェルは……



「おいミシェルッ!!」



「ッ!!」



ボールの視認が遅れた影響で判断も遅れ……回避できず直撃。


なすすべなくボールは地に落ち………彼女は脱落となってしまった。



「………」



一瞬呆けたような表情を浮かべたミシェル。しかしすぐのその表情は苦渋を舐めたような渋いモノに変わり、拓也にお○ぱいを触られたせいで真っ赤になっている顔色も相まって非常に形容しがたい顔をしている。



「ッ!」



「ひゃ、ひゃい!?」



彼女は悔しそうな顔で彼を睨むように見つめ……小さく呟いた。



「記憶を消すのは……後でやります」



「……」



彼への刑の執行はどうやら決定事項のようだ。



「これで2対1だぜ拓也君よぉ……」



「クック……」



挑発するセラフィム。拓也は特に意味はなかったがとりあえず笑っておく。


人間離れした身体能力と、圧倒的な魔力量、頭脳………平たく言えば人外な二名。


コートに取り残されたビリーは恐怖でゼンマイ人形のようにカタカタと震えていた。



そして……遂に壮絶な打ち合いが始まる。



「ッしゃおらぁぁ!!!」



まずはボールを持つ拓也。



前方に思い切りボールを投球……そして一歩踏み込み自身が超加速。


ボールの速度をゆうに超える彼は、ボールの隣を通過するのと同時に前方向への運動エネルギーを増幅させるために、ボレーシュートの要領でボールを蹴り飛ばす。



発射されたボールは、残った二人の内……セラフィムを仕留めんと空気を切り裂き甲高く鋭い音を立てる。



しかし……そこは流石天界最高位の天使…『熾天使メタトロン』。



「『ゲート』…からのぉ…ッ黄金の右ストレートォ!」



軽くステップを踏んで僅かに左へ回避した彼はボールが通過した後にすぐ空間魔法で異界への門を開き、ボールの進行方向をまったく真逆へ……即ち拓也の方へ向けた。


そして自分の右隣りをボールが通過する一瞬……瞬きすら許されないその僅かな時間に、ボールを右の拳で思い切り叩く。


一瞬キラッと閃光のようなモノがセラフィムの拳から炸裂し……ボールは超加速。



「ッだとぅ!?」



拓也の投擲+拓也の蹴り+セラフィムの黄金の右=マッハ50。



明らかにあんなもの当たったらただでは済まない。よくて瀕死。


下手をすれば三途の川を渡って向こう側に永住することになりかねない。



そう…並の人間ならね。



「衝撃を殺せばどうということはない」



驚いた表情ながらも、迷うことなく次の操作へ移る拓也。


腰を落とし…腕を前へ。その体勢はバレーボールのレシーブのそれ。



次の瞬間…ドォッ!という音と共に拓也の腕へめり込むボール。



ミシミシ…と軋む骨。流石はセラフィム。いい球を撃ってくる……内心で彼をそう称賛する拓也。


ニヤリと彼が口角を吊り上げる……それと同時にボールは彼のへ上へ打ち上がった。



重力の影響を全く受けていないかのように上昇するそれは、あっという間に見えなくなってしまう。



「貴様らに天災を見せてやる」



拓也は唐突にそう宣言した。





すると彼は次の瞬間空間移動を使用し、フィールドから消え去る。飛んだ先は恐らく遥か上空……もしくは宇宙空間。



「ビリー君、気をつけろよ。何をしてくるかわからない」



「分かってます……相手は拓也君だし……」



警戒するセラフィムとビリー。


すると…腰を落とし、いつでも捕球できる体勢を保ち上空を見上げる彼らの視界に、昼間だというのに無数にキラキラと輝く星のようなモノが映った。



それが……拓也の仕業だということを察するまでにそう時間はかからない。



「おいおい……マジかよ………隕石じゃねぇか……」



「いや~、近くに流星群があったから持ってきちゃった☆頑張ってね♪」



恐竜を滅ぼしたといわれるような大流星群……それが今、自分たちの身に降り注ごうとしている。


ビリーはもう自分が今何をやっているのかすらわからなくなってきていて。一体自分はなぜこんな闇のゲームに参加しているのか……。


すると彼のそんな心境を読み取ったのか……セラフィムが、彼の頬を軽く叩いた。



「諦めるのはまだ早い…俺に秘策がある。


だから……ちょっと力を貸してくれ。この作戦には君の存在が必要不可欠だ」



「でも……あれをどうやって止めれば……」



「その辺は俺に任せろ。



【海神の裁き(ジェッジメント オブ ポセイドン) 】」



セラフィムが発動したのは……オリジナルの魔法。



次の瞬間、コートの隣の海の沖……その海面に巨大な水の魔法陣が浮かび上がる。


すると……魔法陣が浮かび上がった場所の海水が大量に盛り上がり、推定100メートルはあろうかという規模の水の巨人を形成した。



「さあ!やっておしまいッ!!」



若干オネエ言葉になったセラフィム。しかし水の巨人はその指示に了解したというように、近くの海面に腕を突っ込む。


それだけでとんでもない規模の波が発生し、ビリーたちのいる砂浜を飲み込まんと押し寄せる……が……



それらの波は瞬く間に元の場所に吸い寄せられる……いや……



「これが海神の武器。……『三又槍(トライデント)』だ」



高々と掲げられた海神の右手の中に吸い込まれ……巨大でゴツイ三又槍を作り上げていた。







あまりに異様な光景に目を見張るビリー。


すると……海神はギリギリ…と上体と右腕を弓の弦のように背後へしならせる。


その光景はあまりに雄大で壮観。



「発射ぁァァ!!!」



そして掲げられた三又槍は、セラフィムのその掛け声と共に放たれる。


空気を切り裂きながら上昇するトライデントは、あっという間に見えなくなってしまう。


それから数秒後。



「あっ!」



「クックック……どうやら上手く行ったようだな」



空で輝く無数の点が幾らか消滅した。



歓喜の声を上げるビリー。セラフィムもとりあえずは笑みを浮かべる……が、流石は流星群というだけはある。


やはりあの一撃だけではすべてを消滅させることはできるわけがなく、空にはまだ大量の輝く点が浮かび上がっている。



「どうしたセラフィム!その程度か!?」



「なわけねぇだろ。



さあ海神よ!薙ぎ払うのだッ!!」



また海神に指示を飛ばすセラフィム。すると海神はやはり意思を持っているかのように動き始め


迫っている流星群の方を見上げ、口を大きく開く。



すると……その口の前方に、周りの海水が集められ始め、球体を形成し始めた。



そしてそれを一点に圧縮………僅か数メートルの球体が完成。



それを確認したセラフィムは余裕そうに腕を組みながら

流星群の方を指さして……叫ぶ。



「出力最大ッ!!放てぇぇぇぇ!!!!」



彼がそう叫んだ次の瞬間……海神が自身の口から水のブレスを吐く。


単体でも凄まじい威力を持つそれは、先ほど作った水の球体に直撃。



刹那………海神の体の数倍はあろうかという巨大な水の柱が天へ向けて放たれた。



「圧縮☆増幅☆大災害☆!!」



海神の一撃は……迫る流星群を一つ残らず消し飛ばす。


ボールは、勢いを殺したところで空間移動で確保。セラフィムは両手を広げて高らかに笑って拓也を煽る。



「フハハハハ!!圧倒的ではないか我が軍はッ!!!」



海神は役目を終えたことで水の中へ消えていく。拓也は渾身の一撃が止められたからか…僅かに表情を曇らせた。





「さて……ビリー君、さっきの作戦だが……耳を貸してくれ」



「は、はい…」



セラフィムが手をちょいちょいと曲げてビリーを呼び、彼の耳元で何かを囁く。


何やら作戦を伝えているようだが、拓也は余裕そうに腕を組んで仁王立ち、小馬鹿にするような態度で口を開いた。



「圧倒的な力の前に小細工など無力。絶望的なまでの実力差で捻じ伏せてくれるわ」



「え、マジで?じゃあラインぎりぎりまで来いよ」



「……え?」



セラフィムにそう切り返され、思わず素っ頓狂な声を上げて目を丸くする拓也。



「え、えっと……ちょっとそういうのは……」



自分でああ言っておきながら言葉をそう濁らせる。


セラフィムは彼のそんなところを見逃さず、間隙開けずにさらに彼に向かって語り掛ける。



「安心しろよ、投げるのは俺じゃなくて……お前の弟子だ。


小細工なんて無力なんだろ?じゃあ来いよ……男に二言はねぇよなぁ?」



「………」



やっすい煽り。しかし…今の拓也には効果覿面。


彼の師匠精神……弟子に屈するわけにはいかないというそんな気持ちが頭の中を覆い尽した。



「いいだろう。乗ってやるよ」



そして彼は歩を進め、中央のラインぎりぎりに腕を組んだまま仁王立ち。


セラフィムは計画通り…と言わんばかりにニヤリと口角を吊り上げ、ゲートを開いて中から黒光りする巨大な大きな筒とその周辺パーツを取り出し組み立て始めた。



「よっこらせ」



「ちょっと待てなんだそれ」



「大砲だけど?」



「投げるんじゃないのか」



「まぁ小さいことは気にするな」



投げると撃つではだいぶ違う気がするが……まぁ彼もそう言っている通り多分彼らの中では小さいことなんだろう。


一分と掛からず巨大な大砲を組み立てたセラフィム。



それを見た拓也はあるものを思い出す。それは彼が以前いた世界のとある国が、世界大戦に導入したロマン砲。



「80cm列○砲じゃねーかッ!!」



砲身長32.48m。砲口径80cm。射程距離は30~48km。そして1時間に3、4発しか発射できないという化け物兵器である。






しかしこれを使ってボールを発射するにしても、一つの問題が発生する。



「バレーボールは撃てないだろ、口径的に考えて」



そう。今使用しているバレーボールでは、筒の中を転がってしまう。


これほどまでにサイズ差があると、このバカデカい大砲の運用はできないのだ。



「その点は問題ない、榴弾に加工した。


中にボール入ってるしこれに当たって落としたらアウトな」



「マジかよ……まぁいいけどさ……」



背後からライフルの弾丸を巨大化させたようなこの大砲専用の榴弾を取り出しながらそう言うセラフィム。


まぁ断る理由もないので承諾した拓也は、装填されるその榴弾を確認して腰を落として手を広げて構えた。



というか……落としたら云々の前に、これは明らかに人間に向けて撃つ兵器ではない。


安全圏でその様子を眺めるラファエルは、余波などの被害を想定して一応自分たちの周りを結界で覆う。



「ビリー君~、準備はOK?」



「だ、大丈夫です!!」



後方に下がったビリーに呼びかけると、彼は大きな声で左とを振って準備完了だと示して見せた。


そして……彼の右の拳には、真紅の炎がこれまでに見たことのないような大きさで纏わりついている。


どうやらセラフィムが拓也と交渉し、大砲を組み立てている間にチャージしていたようだ。



「なるほど……『強打』の爆発の推進力を使ってアレを放つつもりか………面白い」



確かにセラフィムに乗せられたのには違いないのだが、既に順応してこの状況を楽しみ始めている拓也も拓也である。




ー……『強打』の拳に圧縮した炎を解放した爆発による推進力は凄まじい。それが筒を使うことによって方向が限定されれば尚更……。


つ~か元々は出力だけ上げてその炎を一点に圧縮させることで上昇した温度を利用して物質を融解させる技として教えようと思ったんだけど………一体どこで魔改造が施されたんだ……ー



しかし彼のこの技の完成の通告をしたのも自分。ぐっちゃぐちゃにへしゃげた自分の腕を見つめ、興味深いと思ったのも事実。


拓也は面白い成長を遂げて行く弟子のことを考えながら、ニヤニヤとした目笑みを浮かべて自分へ照準を合わせた大砲の先を見つめた。



「まぁ強いからいいんですけどね!」



セラフィムと軽く目配せをし合い一度頷くと……ビリーは砂を蹴って駆け出した。


日々の鍛錬のおかげもあって、砂地という力が逃げやすい場所であっても加速できる程の脚力。



「行くよ!拓也君ッ!!」



「え、来んなッ!!」



まったく乗ってきてくれない拓也。威勢よくそう叫んだ自分が若干恥ずかしくなると同時に、イラッとするビリーは思いきり踏み込み、弾丸のように跳躍する。


軽く放物線を描くように飛んだ彼の先には、大砲の筒の終わり。


ここに拳を叩き込み、その爆発を推進力として榴弾を発射して拓也を仕留める……。



ビリーは拳をもう一度しっかりと握り直し……砲口の前でニヤニヤと笑みを浮かべている拓也を見据え、動力源の拳を叩き付けた。



「『強打(スマッシュ)』ッ!!」



耳を劈くような轟音。


筒の中で炸裂した超威力の爆弾の推進力は、しっかりと榴弾に伝わっている。セラフィムがうまく魔法でコントロールしてくれたおかげでバックブラストもほとんどない。



ほとんどの威力を無駄にすることなく生まれた爆発的な推進力は、余すことなく伝わった。


ライフル構造の筒の中を回転しながら殺傷力を増した一発の榴弾は、凄まじい煙と爆音と共に筒の先端から発射される。



「この程度で俺を仕留める…?笑わせるなァァ!!!」



しかし……目で追うことすらままならず、直撃すれば木っ端微塵必至の一撃を、拓也は両手でしっかりと捕らえた。


右の掌で榴弾の上部を。左の掌で下部を抑え、若干上から打ち下ろすような軌道を描いて飛来したそれの軌道を受け止めやすいように水平に変更した後は……ひたすら全身に力を籠める。



「この程度…この程度ミシェルのお仕置きに比べればァァァァァ!!」



回転する榴弾は手の皮を滅茶苦茶に破き、腹部に当たる先端は徐々に拓也の筋肉の壁を貫き始める。


しっかりと地面に踏ん張らせた足。しかし榴弾の威力に押されて、砂浜に二本の線を残しながら徐々に後退し始めてしまっていた。



だが拓也は未だに不気味な笑みをその顔に張り付け……狂気染みた笑い声を砂浜に轟かせた。



「フゥィッヒィィィ!!ヘッチャラさぁぁぁぁぁぁッ!!!」



これより辛いミシェルのお仕置きとは………普段、一体彼はどんな目にあっているのだろうか……。


彼女の恋人だというのに……非常に不憫である。




拓也と榴弾の攻防が続くことおよそ十数秒。


回転を見ていると…心なしか、榴弾の威力が衰えてきたかのように思える。



「ッ!!」



信じられない。そんな表情を浮かべるビリー。


無理もない。自分の渾身の一撃を推進力に変換したというのに……彼はあんなにふざけた様子でそれを受け止めているのだから



「相変わらず化け物だな……」



セラフィムの表情にもビリーのそれに似た色が浮かぶ。


その表情から察するに、威力がどんどん殺されて行っていることは間違いないようだ。


しかし……ビリーは、セラフィムの表情の中の小さな異変に気が付いいてしまう……。



「なんで……笑って………」



クイッとわずかに吊り上がった口角。


まるで笑いを堪えるかのようなその様子……そして信じられないと驚愕が浮かんでいた表情は徐々に崩れ……目が爛々と輝き始める頃。



「ケケケ……」



彼は背後からある”モノ”を取り出し、天使にあるまじき不気味な笑みを浮かべて拓也を見据えていた。



「まったく……この程度か、拍子抜けだぜ我が弟子よ…」



セラフィムを注視しているうちに拓也は完全に榴弾を受け切り、左手に乗せた榴弾を眺めながらケタケタと笑い声を上げている。



「さて…ボール取り出してとっとと終わりにすっか……」



軽く左手の巨大な榴弾を宙へ放り投げ、右腕の手刀を高速で振り抜き、金属の塊を両断。


硬質なハズの金属も、彼の前では紙屑同然。


まるで豆腐に包丁を添わせたかのようにいとも簡単に切断された榴弾は、左右対称の二つの金属に分かれて砂浜に沈む。



「……ッ!?」



拓也は…ようやくここで何かがおかしいということに気が付く。



この榴弾の中にあるはずのものが……どこにも無い。





「しまッ!!」



だが……気が付いた時には既に遅すぎた。


右肩を何かが掠るような感触。拓也の視界に映るのは……コートの向こう側でムカつく笑みを浮かべるセラフィムの顔。


ビリーはただ驚愕の表情を浮かべているところから考えるに、どうやらこの作戦はセラフィムの独断で行われたもののようだ。



「チクショウがァァァァァッ!!!!」



延髄反射並みの反応速度で砂を蹴って飛び、僅かに自分を掠めたボールに手を伸ばす。


しかし……先ほども言ったように、彼の作戦の本質を見破るまでに……”時間が掛かりすぎた”。


いくら彼の化け物染みた反応速度でも……掠るだけに正確に調整され、直進する力をほとんど失っていないボールをノーバウンドで捉えることは……



「……俺たちの勝ちだな、拓也」



できなかった。


苦汁を舐めたように表情を歪める拓也は、敗北感から握った拳で砂を叩く。


そんなに熱くなるほどの競技だったのか……外野の面々はそんなことを考えながらその光景を見守っている。



「ビリー君もナイス!おかげでこいつに一泡吹かせられたぜ」



「は、はい……」



「さぁてと……じゃあラファエルのパンツを一年分集めて来てもらおうか。今すぐに」



ラファエル本人がいる前でのその宣言は、拓也にとっては最早死刑宣告。


普段ですらその至宝を盗み出すとなると、流石の拓也でも相当のリスクを背負うほどに危険。


具体的に言えば、凶悪な罠が仕掛けられているのだ。



しかし……今この場でセラフィムがその宣言をしたことによって、警備はより強固になり、何より本人が警備員として立ち塞がることになる。


筋肉フェチのラファエルと、パーフェクト細マッチョの拓也。



相性は最悪。



「チクショウ……ミシェルのパンツをデトックスウォーターにする前に終わるなんて…………イヤだ……イヤだ………」



降り注いだ氷槍で背中がヤマアラシのような状態になったのに平気な様子の拓也。純粋に凄いと思うビリーだった。





「あの…………」




「何はともあれ……俺たちの華麗な勝利だ、約束は守れよ」



「ぐぬぬ………」



あれだけ大掛かりな砲台をフェイクに使うという卑怯な手段をとっておいて一体何が華麗なのか……そう思った周りの面々だが、めんどくさそうなのであえてツッコまずに放置。


仁王立ちするイケメンと、地面に這いつくばって彼を睨みつけるフツメン。


これが顔面の格差社会……。



「ちょ、ちょっと………無視s」



「あぁ分かってるさッ!!ラファエルのパンツ1年分だろ!?楽勝楽勝!!!俺に掛かれば朝飯前だこの野郎ッ!!」



「それでこそ拓也だ。では楽しみに待ってるぜ」



踵を返して拓也の下から去ろうとするセラフィム。


しかし……その歩みもすぐに止まることになる。




『ドゴッ!』……砂の中に何かが撃ち込まれるような鈍い音が鼓膜を揺らし、その発生源が背後だと突き止めるが早いか…振り向くセラフィム。


彼の目に映ったのは……首から上を砂の中に埋め、パッとみキモイ植物と化した拓也と……長く艶やかな金髪をツインテールにした巨乳の美少女。



「これだけ呼び掛けても無視をするとはいい度胸ですわッ!!ぶっ飛ばしますッ!!!」



もうぶっ飛ばしてるんですがそれは……。いい具合に熱い砂の中に顔を突っ込んだままそんなことを呟く拓也。


予想外の展開だったが……事態は好転した。



ガバっと周りの砂を巻き込みながら頭を引っこ抜く拓也。その顔には悪魔の如き笑顔が浮かんでいる。



「クククク………俺のチームのメンバーが一人こうして残っている。



君たちは……僕を煽るために中央のラインを割っちゃいましたァァァ!!!


ンンン~~?これが何を意味するか分かるかにゃぁ~!?」



「な……なぁッ…………」



先ほど煽ってきた分の仕返しと言わんばかりに、ムカつく声色とジェスチャーを駆使してセラフィムを煽る拓也。


非常にムカつくが……セラフィムの表情には悔しいという色より……今の今まで彼女の存在に気が付いていなかったという驚きの色の方が色濃く浮かんでいた。



「バカな……」



「『不可視の王女(インビジブル プリンセス)』………奥の手は最後まで取っておくもんなのさ」




自分でも完全に彼女の存在を忘れていたくせに奥の手扱い……これには周りの面々も失笑である。


勝利が確定したからか……なんだか非常にぶん殴りたくなるような笑みを浮かべ、片手を額に当てながら天を仰ぐ拓也。


ゴミ虫のように地面を這いつくばっていた先ほどとはえらい違いだ。



「なんですかそのふざけた呼び方はッ!!」



「今回の勝利の栄誉はすべてお前のもんだ。輝かしいその活躍に『不可視の王女』の異名を授けよう」



「いりませんわッ!!」



「ッ!……ンフ…なかなか良いパンチだ……」



「うわぁ……」



勝ったことが嬉しいのか……それともラファエルの聖域に足を踏み込まなくなったことが嬉しいのか……いつもならば悶絶してもがき苦しむ鳩尾への彼女の一撃ですら今の彼にとっては大したダメージにはなっていない。


おまけに殴られているというのに気持ち悪い笑い声を上げたせいで、彼の気持ち悪い部分にはだいぶ耐性のついていたはずのメルも軽く身を抱きながら引いている。



それでも尚笑い続ける拓也は、ゴミを見るような目で自分を見るメルに両手を広げながら近づき……




「さぁ!最後の一人に残った君には私がなんでも一つ願いを叶えてあげるよ!


ほら!何でも好きなことを言ってみるんだ!!」



異様に発達した筋肉のせいでキモイ。もはや彼のたった一つの外見的取り柄すらも、ドン引きする彼女の目には欠点にしか映らない。


しかし彼女がそんなことを考えているということなど思ってもいない拓也は、勝利の喜びを分かち合おうと両手を広げてさらに彼女へ近づいた。



「さぁ!さぁお嬢さん!何でも言ってごらんなさい!!


乳輪を小さくする!乳首をピンク色にする!


なんでも一つ!あなたの願いが叶いますよ!!」



ブチ……という荒縄が千切れるような鈍い音が砂浜に響く。



一瞬明確な怒りの表情をその顔に浮かべたメルだったが、何故か次の瞬間にはその顔から激昂は感じられず、むしろそれとは真逆の……ニッコリとした笑みが浮かぶ。



「……じゃあ……スイカ割りをしましょう……」



その笑顔の裏に……憤怒と狂気が見え隠れしていることに、拓也はまだ気が付いていない。




・・・・・



「え~なになに?スイカ割りするの!?」



「はい、最後まで残ってたメルさんの要望です。思いっきり行ってくださいね」



ラファエルと楽しく会話しながら目隠しされるジェシカ。


どうやら彼女がスイカに木の棒を振り下ろすトップバッターのようだ。



「もっちろん!!一発で真っ二つにしちゃうからね!!


あ、でもそうなるとみんなの出番がないね!!」



「いいよいいよ~、私たちのことは気にしないで。


思いっきり逝かしちゃっていいからね~」



「逝かし…?……まぁいいや!!思いっきりね!了解しちゃったよ!!」



ニヤニヤと笑いながら目隠しをしたジェシカに木刀を手渡すガブリエル。


彼女の物言いに何か疑問を感じかけたジェシカだったが……結局深く考えるのがめんどくさくなったのか、手にした木刀を軽快に振り回しながら飛び跳ねる。



『スイカ割りをしましょう』



確かにそれだけなら可愛らしいかもしれない……しかしその後に続いた言葉は………全くの慈悲の感じられないもの……『エルサイドの鬼神』を震え上がらせる魔神の一言。



「(ウリエル、周りの土ちゃんと固めとけよ)」



「(御意)」



「んむぅぅぅ!!!?むぅぅぅぅぅッ!!!」




ブチギレのメルの口から放たれたのは……『ただし、あなたの頭部をスイカの代わりとして使用しますわ』。



周りに助けを求めるように必死に叫ぶ拓也。


しかし……音を遮断する魔法で彼の言葉は誰にも届かない。というかもし声が届いたとしても誰も助けてくれないだろう。


ビリーとセリーを除いた面々がニヤニヤしていたり、冷ややかな目を送る中着々と準備は進められ、ついにスイカが地面に固定された。



「さぁジェシカさん、もう宜しいですわ。それから今日用意したスイカは少々頑丈なようですので、魔力で身体強化した方が宜しいかと……」



「わかった~!!」



「ッ!?」



メルの怒りはどうやら臨界点を突破しているようである。




「前進です。あと5メートルと48センチですわ」



「スッゴイ細かいね!了解だよ!!」



怒れるメルの完璧な誘導。ジェシカは大まかだが彼女の言う通りに動き始める。


徐々に近づいてくる木刀を握るジェシカ。本来スイカ割りとは木の棒でやるものではなかったのか……しかし拓也にそんなことを考えている余裕は微塵もない。



「その状態から左へ45度回転してください。さらにそこから30センチ進んだところですわ」



「なんだかドキドキするねぇ~!!一発で割れたら気持ちいいな!!」



どうか割らないでくれ……涙を流しながら声を張り上げる拓也だったが、あいにく音魔法の妨害のせいで彼の声は誰にも届かない。



そして彼女は遂に………拓也の前の砂を踏みしめる。



「そこです。思いっきりやってくださいまし」



全く慈悲の感じられないメルの声色。


涙を流す拓也の視界には、満面の笑みで木刀を握りしめるジェシカの姿。


普段の彼ならば『絶景なり……』などと言ってふざけて見せるのだろうが、今から鈍器で撲殺されることが決定事項落として揺らがない中……最早そんな冗談を口にする気力など残っていなかった。



「見ててね!一発で終わらせてあげるから!!」



視界をふさがれるジェシカは…きっと心の底からスイカ割りを楽しもうとしているのだろう。


スイカを一発で割るという意味で使われた『一発で終わらせる』というその言葉は……最早本人の意図通りの意味は持たず、何故かせめてもの慈悲を感じさせる非常にバイオレンスなセリフとなってしまっていた。



「アハハ!いっくよ~!!」



その顔には屈託のない子供のような見ていて微笑ましくなる笑顔が浮かんでいるが、拓也からすれば悪戯に虫や爬虫類の命を奪う、純粋故に凶悪な子供のそれ。


彼女の口からこぼれる楽しげなトーンの声も、この絵面を傍から見ればただの断罪者のセリフ。



もうダメだ……彼が目を瞑って腹を括った……その次の瞬間。



「ジェシカ、待ってください」



今にも拓也の頭部に木刀を振り下ろそうとしていたジェシカに静止が入る。



「ん、どーしたのミシェル?」



刑の執行を静止したのは……彼の記憶を消そうとこの闇のスイカ割りに加担していたはずのミシェルだった。




まさか……彼女が助けてくれるのか…?


こんな嬉しいことはない……先ほどとは違う涙を流しながら嗚咽を漏らす拓也だったが……



「その木の棒、少しヒビがあって危ないのでこれを使ってください」



「ッ!!?」



そんな淡い幻想は一瞬で打ち砕かれることになった。



ジェシカの手の中から木刀を取り上げ……彼女が新たに手渡したのは……無数の鉄製の釘が打ち込まれた木製バット。


所謂釘バットというやつだ。



「ップ………」



「ミシェルちゃん……ナイス………」



悪魔たちはそんな光景を眺めて笑いを堪えている。無性に腹が立ったが、どうすればこの状況を逃れられるのか……それだけをひたすらに思考する拓也。



こんなもので殴られれば本当に頭の中身が出かねない。



「さぁジェシカ、どうぞ」



いつになく冷たい表情のミシェルがジェシカに再開の合図を下し、ア無邪気な笑顔を浮かべる彼女は……ルックス、破壊力共に最恐の鈍器を上段に振り上げた。



ー……だめだ……このままじゃ本当に………セリーッ!……ー



間近に迫った断罪。この中でも一番良心的で人間の心を持っているであろうセリーに視線で助けを求めた拓也だったが……彼女も…子の断罪者たちを止めるなどということなどしたくはないのだろう。


ふいっと目を逸らしたセリー。最早残された助かる唯一の手段も…断たれた。



「そぉ~れ!!」



ギリギリ…と歯を噛みながら、前方から聞こえたそんな声。視線を前へ戻した拓也。


視界に映ったのは……既に目の前まで迫った、金属の突起物が殺傷力を増した鈍器。



ー……あ、終わった……-



そんな思考が頭の中を埋め尽くすと同時に、彼の頭の中に”諦め”という文字が浮かび上がり……


グシャ…という水濡れのぞうきんを床に落としたような音が響いたその刹那……鈍器がめり込んだ頭頂部から、勢いよくトマトジュースが噴き出した。


まるで間欠泉のように勢いよく吹き出した真っ赤な液体は、意図せず断罪者となったジェシカの水着を赤く染め上げて行く。



「わ~本当に当たった!!それに何かすごい掛かってる!!」



「果汁ですよ。でもまだ完全に割れてないみたいなのでもっと叩いてください」



日頃はマイエンジェルと崇めている拓也でも、流石に今日ばかりはミシェルが悪魔にしか見えない。





『ドゴッ!』もう一度振り下ろされる釘バット。


まるで彼が感じている激痛が具現化したかのように頭部から血飛沫を上げる拓也。



拓也のライフは既に0。しかし恐ろしことに…もう一度…と、さらに追い打ちをかけようとするミシェルとメル。


拓也の泣き声が音魔法で掻き消される中、幾度となく振り下ろされる無慈悲な鉄槌。



そして彼が白目を剥いてきた頃だろうか……



「中々しぶといスイカですね、私も協力します」



「それではわたくしも協力致しますわ」



その顔から表情を消し去った二人が、既に虫の息の彼の間に歩み出た。


まるで……自分の手で終わらせてやらないと気が済まないとでもいうように……。



「私は左側を担当しますわ」



そう言いながら拓也の頭部の左に回り込むメル。彼女の手には……金属製のメイス。



「では私は右を担当します」



そう言い、彼の頭部の右側に回るミシェル。彼女の手には丸みを帯びた先端に大量の棘を生やしたモーニングスター。



彼女ら3人による総攻撃開始から約5分後……拓也は物言わぬ屍になり果てていたのは最早言うまでもないだろう。




ちなみにこの後普通のスイカ割りも行い、皆がよく熟れたスイカに舌鼓を打ったのはまた別のお話。


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