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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
25/52

天が裂ける



ミシェルが風邪をひいたあの日から約一ヶ月が経った2月末。


寒さも少し和らぎ、まだ少し残っている雪の下では新たな芽を窺うことが出来る。


いつも通り…皆が何の変哲もない日常を謳歌するが、なんとも勝手なことか。人間はその日常に退屈という感情を抱いているのだ。




「み、ミシェル…それって…」




そして場所はエルサイド国立学園。時刻は12時前後。


職員会議やらなんやらで午前授業となった今日。生徒は全員嬉々として帰路に着いていた。


ミシェル、ジェシカ、拓也もいつも通り仲良く靴箱で談笑している。


するとジェシカがいきなりミシェルの靴箱を指差し、ワナワナ震えながら、さも恐ろしいものを見たような声で呟く。


ミシェルはミシェルでそれを確認すると、なんとも言えない表情でそれを手に取った。



「……ラブレター…ですね」



「……そんな……私がずっと未然に阻止してたのに……」



「ジェシカ…お前一体何やってんだよ」



困ったように顔を顰めるミシェル。何故なら彼女はもう心に決めた人がいる。だが、見ずに捨てる訳にもいかないので、仕方なく真っ赤なハートのシールを丁寧に剥がし、中に入っている便箋を取り出した。



「え~なになに?『ずっと前からあなたの事ばかり』ムグ!?」



「ちょっと声が大きいですよジェシカ。それと音読しないでください」



音読しようとするジェシカの口を押え、片手で便箋を見えやすいようにぴんと伸ばす。


内容は、ありがちな普通のラブレター



「…ハァ」



ミシェルは小さくため息を吐いた。ぶっちゃけ彼女はそのルックス故、星の数ほど告白をされているのだ


そしてそのすべてをことごとく断り、誰とも交際してこなかった。理由は…ただなんとなく


しかし今の彼女には理由は、明確な理由がある


ミシェルは隣のその理由にふと視線を向けてみた



「…んー?どうかしたか?」



「…いえ、別に」



しかし瞳に映るのは、呑気な拓也の顔


ミシェルは静かに…そしてクールにそう返すと、便箋を折りたたんで封筒に丁寧に入れ直す


すると次の瞬間、拓也が突然目を見開き、思い出したように叫んだ。



「ッハ!この感じ!どっかのバカ駄王女のことを思いだすぞ!!」



「誰がバカ駄王女ですってッ!?」



そして拓也の後頭部にめり込んだ学校指定鞄。ちなみに教科書たっぷりである。




「ってェなこの野郎!!教科書の入った鞄は凶器なんだぞっ!!?」



頭を摩りながら背後にの人物に向かってそう叫んだ拓也。


彼を殴りつけた張本人。背後の人物…王女メルは、侮辱されたことに腹を立てて、尻餅をつく拓也に悠然と歩み寄る。



「…誰が…バカ駄王女ですって?」



「いやお前しかいねぇだろこのアホ」



次の瞬間彼の頬に鞄がめり込んだのは言うまでもない。


頬から煙を上げて倒れる拓也。その惨状がメルの攻撃の威力を物語っている。


そんな二人のヴァイオレンスなやり取りを眺めていたジェシカは面白そうに笑い、ミシェルも口元を押さえながら微笑んだ。


どうやらもう二人の間に蟠りという類のモノは無いようである。



「ハハハ、今日も元気にやってるね」



そこへやってきたのは、黒掛かった青髪のイケメン。アルス。


いつも通り過ぎて最早見慣れたその光景に張り付けたような笑みを見せると、物言わぬ屍と化した拓也を引っ張り起こした。



「俺はそこのお○ぱいのせいでたった今元気じゃなくなったんだが?」



無言で追加される蹴り。もう彼女も慣れたものだ。



「それでね~!お姉ちゃんがさ…」



「へぇ、そうなんだ…」



そこへタイミングよく現れたビリーとセリー。ビリーは掃除当番に当たっているのか、ゴミ袋を手にしている。


その隣を歩くセリーはどうやら姉の話をしているようだ。



拓也は、先日ギルドへ仕事に…もといリリーをおちょくりに行ったときのことを思いだし、背筋がゾクッと冷たくなるのを鮮明に感じる。



「あ、セリーにビリーじゃん!」



「…わぁ、皆揃ってるね」



「…………あの…彼はなんでボロ雑巾みたいになっているんだい?」



「……たっくんはちょっと…ね」



「人をボロ雑巾扱いとかひどくない!?」



「あぁ、ビリーさん。拓也さんは元からボロ雑巾みたいなものですから、それはきっと気のせいですよ」



「ミシェルッ!?何その唐突な暴言!!」



突如として毒を吐くミシェルに、拓也はショックを受け、驚いて彼女の方を振り向きながらそう叫んだ。




なんだかんだで全員が集合してしまった。


この広い学園でこんな偶然もあるものなのだと、各自が口々にそんなことを零して笑う。


するとミシェルは、一度靴を脱いで上履きに履き替えた。



「すみません。ちょっと用事があるので少し外しますね」



「はーい!行ってらっしゃい!」



ジェシカは簡単に見送ると、話を再開させる。


彼女がどこに向かったか分かっているからだろう。用事の内容を明かさなかったということはあまり知られたくないことだからだろうと推測しているジェシカと拓也は、軽く目配せし合ってそこの辺りは配慮しておこうと意思を疎通し合うのだった。



「そうだ!皆が揃ったことだし、何処かにお昼食べにでも行かない!?皆が良ければだけれど!」



そう話を逸らすのと同時に、自分の提案をしたジェシカ。これはどちらかというとミシェルの為というより、ただ自分が遊びに行きたいという方が強いのだろう。



「僕は大丈夫だよ。皆と一緒に居ると面白いことばかり起きるからね」



「わ、私も大丈夫だよ!鬼灯君はどうするの?」



「クックック…主役である我が行かなくでどうするのだね?」



「君はいつから主役になったんだい…」



どうやらみんなは結構乗り気のようだ。嬉しそうに笑顔を弾けさせたジェシカは、体操満足そうに大きく頷いて見せる。


その傍ら、拓也はこっそりとビリーをロープで縛った。



そして固く結び終えてからビリーはようやく自分が縛られていることに気が付いて、暴れはじめる。



「拓也君!?何のつもりだい!?」



「いや…だって皆行くみたいだし、フツメンが俺一人じゃ…不憫だと思わないか?…俺が」



ニッコリと悪い笑みを浮かべた拓也は、ビリーの肩にそっと手を置いてグッドサインを作りそう発言する。


どうやら的を一つから二つにすることで、自分への被害を減らすという算段のようだ。



「君のことなんて知ったことじゃないよ!!




…まぁ別に楽しそうだから行くけどさ」



「……ウォエエェェェェェッ!!?!ッ?!?ッ?!!




男のツンデレなんて気持ち悪いだけですからァァッ!!!!」




そしてこの対応。クズである。



・・・・・



「申し訳ありませんが、あなたとお付き合いすることは出来ません」



目の前に居るのは何度か見たことがあったかというほどの男子生徒。


そんな彼が必死になって手紙を書き、こうして想いを伝えてくれたが、ミシェルはキッパリとそう断った。



「ど、どうしてなんだい?…やっぱり君は鬼灯の奴と付き合っているの?」



しかし男子生徒は食い下がる。


今はっきりと断られたのにも関わらず彼女に理由を求め、拓也の名前を出してそう尋ねる。



確かにミシェルはだいたいいつも拓也と一緒に居る。しかし同居の事実はごく少数にしか教えていないため、彼がそう思うのも無理はないのだろう。



ミシェルは自分の想い人の名を出され、少しばかり動揺を見せた。


それをわずかだが確認した彼は、断られてなお諦めないのかまだ続ける。



「ぼ、僕は!少なくとも鬼灯より容姿は良いつもりだ!あとこう見えても貴族だから、君を生活面で困らせることはない!それに魔闘大会には出場しなかったけど、きっと僕は鬼灯より強いんだ!

…だから…将来的には結婚まで考えて…」



確かに目の前の男子生徒は拓也より容姿はいいかもしれない。そして貴族。まぁそこそこ好条件なのだろう。


しかしミシェルは彼のその発言に非常に腹が立った。自分の大好きな彼をバカにされた気がして。



「私は拓也さんと付き合っていません」



「そ、そうなの!?じゃあ」



「ですがあなたとお付き合いする気はありません」



だから彼女はもう一度彼の目を見つめてハッキリとそう言った。


宝石のように蒼く美しい瞳で男子生徒をしっかりと見つめた彼女。その表情はいつものようにクールだが、どこか怒りを感じさせる。



「私は容姿だけで人を見るつもりはありません。あなたの話しを聞いて、だいたいあなたの器は知れました。随分と小さい器ですね。


それにお金。確かに大切なモノかもしれませんが、私は慎ましく生きるつもりです。だから必要以上には要りません。それに貴族なんて地位で縛られたくもありません。


それときっとなんて言葉を使って自分を語らない方がいいですよ?憶測ばかりでモノを言う人は情けないです。


一応言っておきますけどあなたでは拓也さんには勝てませんよ?色々な意味で」



一言一言力強く、ミシェルはそう言い切った。




彼女のドSぶりにあてられ、男子生徒は口を開けたまま固まってしまった。


しかし次の瞬間何を思いついたのか、目を見開いてとんでもないことを口にする。



「そうか!じゃあ僕が鬼灯より強ければ付き合ってくれるんだね!?」



どこからその結論に至ったのか…。


溜息を吐きながら頭を抱えるミシェル。自分の言ったことが全然伝わっていない事に落胆すると同時に、彼の読解力もの無さも知るのだった。



「だからそういうことじゃないです…」



・・・・・



「…ミシェル…そちらは?」



「…拓也さんと決闘したいみたいなので連れてきました」



結局めんどくさくなって彼を拓也の前まで連れてきたミシェル。校舎裏という喧嘩スポットに連れて来られた拓也は、ミシェルの斜め後ろに居る人物に視線を向けてそう尋ねると、予想外な答えが返ってきた事に溜息を吐く。



「なんでまた…」



何故こんなことになってしまったのだ。やれやれと頭を掻く拓也。


そんな彼の背後の倉庫裏に隠れるジェシカをはじめとした一動。彼がミシェルに連れられて行ったのを面白いことが起こると予想したジェシカが皆を引っ張ってきた結果、まさかの展開である。



「…や、止めさせませんと!暴力沙汰は…」



「大丈夫だよメルさん。拓也はあれでも帝。力加減ぐらいするだろう」



「ぼ、僕、拓也君の戦う所見るの初めて!」



「私は魔闘大会で見たことあるよ!」



「盛り上がっている場合ではありませんわ!」



だがこちらはこちらで楽しそうだ。


するとミシェルの背後にいた男子生徒が、彼女の前に歩み出て拓也と対峙する。



「お前が鬼灯拓也か」



「人違いですー。じゃあ俺はこれで」



しかし拓也はまともに取り合う気はない様子で彼から背を向けて立ち去ろうと足を進めた。



「ミシェルさんは、俺がもし鬼灯に勝てれば俺と付き合ってくれると約束してくれた。逃げれば俺の不戦勝になるが…」



すると拓也はピクリと反応する。


そしてゆっくりとミシェルの方へ振り向く。



目に映ったのは、申し訳無さそうにしているが、何処か面白そうな彼女の表情。



ー…めんどくさくなって俺に押し付けやがったな…ー




拓也はめんどくさいことに巻き込まれたと溜息を吐きながら、仕方なく振り替えった。


倉庫裏でそのやり取りを眺めていたジェシカは楽しそうに口角を釣り上げる。



「見て見て!ミシェルをめぐって争いが勃発したよ!!」



「ジェシカさん。声が大きいよ、気づかれちゃう」



アルスにそう指摘され、ジェシカは自分の手で口を覆う。



拓也が相手をする意思を持ったことを悟った男子生徒は左の拳を前に突き出し、右手を少し引いて構えた。


ボクシングの基本姿勢のそれに似ているだろうか。



「こう見えても僕は武術家でね。今まで様々な武術をやってきているんだ」



「あ、そうなの」



しかし拓也。全く持って興味がない上にめんどくさそうである。


彼はこれといった構えはせずに棒立ち。



「武器は出さないのかい?」



「それじゃあフェアじゃないだろ」



「そうかい…じゃあ、行くよ!」



心底面倒だがちゃんと相手をする気はあるようだ。それを感じ取った男子生徒は、構えたまま拓也には突っ込んだ。



「ハァッ!」



間合いを詰めたかと思えば、すかさず突き出される右のストレート。



「甘い」



拓也は体を半身にし男子生徒の右腕の手首をそっと掴み、自分の手の平を彼のそれに当て、力を込める。


すると男子生徒は面白いように空中で一回転し、背中から地面に叩きつけられた。



「痛ってぇ…」



「ちょ、ちゃんと受け身とってよ…」



使用したのは小手返し。天界での修行時代にありとあらゆる武術で免許皆伝している拓也に勝てるわけがないのだ。


肺の中の空気を無理矢理排出させられるような感覚に襲われた男子生徒だが、この程度では諦め無いようで、膝に手を着きながら立ち上がる。



「ま、まだやれる!」



「なに?どうすれば勝ちなの?」



「どちらかが気を失うまでか負けを認めるまでだッ!!」



威勢良くそう叫びながら繰り出すパンチ。しかし全てが虚しく空を切る


拓也は、タイミングを見計らって彼の外側に入り身し肩甲骨のあたりの服を左手で掴む。


そのまま引っ張って自分と共に彼を半回転させると、鎖骨辺りに残った右手を差し込み、向かってきた力に逆らうようにその手を逆向きに押し込む。


すると彼はまた思いように宙を舞った。




そのまま倒れた彼の腕を取り、肩とひじの関節を固定する。


本来曲がってはいけない方向へ曲がろうとする関節が軋み、悲鳴を上げ、痛みとなって男子生徒を襲った。



「はい、これ以上動くと危ないから早く降参してね」



「まだだ!!」



しかし、彼はまだ諦めない。


激痛の走る自分の腕を気にせず、拓也を振り解こうと身を捩った。


このままでは折れる。そう判断した拓也は拘束を解き、バックステップを踏んで距離を取り、溜息をついて見せた。



「もういいや、ちょっと痛いけど我慢してね」



すると拓也はようやく構える。


左手を少し前に出し、右の手を引く。


後ろの足に重心を置いて、前の足は少しだけ爪先立ち。



「…なんだその構えは…」



「あぁ、知らないのね。まぁ教える気はないけど」



そう、この構えはムエタイの『タン・ガード・ムエイ』



どうやら投げはやめて本気で落としに行くようだ。



「まぁいいさッ!!」



始まるラッシュ。しかし拓也は交わすことはやめて、ガードで受ける。


ようやく自分の攻撃が当たり始めたことで男子生徒は更に攻撃の手を強めた。



「いけるッ!!」



そして大振りだが力を込めた一撃を拓也向けて放つ。


その刹那、拓也の口角が、不気味に吊り上がった。



「甘い」



一言そう零し、そのパンチを左手の平で受け流す。


その反動を僅かに利用し、自分の体をパンチの外側へ移動させ、そのまま一回転し…



「ソーク・クラブ」



後頭部に回転ひじ打ちを叩き込んだ。



「が…ぁあ?…………」



糸の切れた操り人形のように意識を失う男子生徒。


拓也は彼を地面に倒れ込む前に受け止めると、校舎の壁で周りから死角になっている場所に彼をそっと寝かせる。


そして自分のポケットの中から飴を数個取り出すと、彼の手にそれを握らせた。



「ファイトマネーだ。




はいミシェル。何か言い訳して見て」



「ごめんなさい…食い下がってきて面倒だったのでつい…」





安全圏に居たミシェルが歩み寄り、そう頭を下げた。


素直にそう謝る彼女を怒れるわけも無い拓也。やれやれといった素振りを見せながらゆったりと立ち上がる。



「というかそう言う約束はしない方がいいぞー、もし俺が負けたらどうするつもりだったんだ」



「大丈夫です。拓也さんじゃなかったらそんな約束はしませんし、第一に拓也さんが負けるわけありませんから」



「……そういう問題じゃないのー。



というかそこの野次馬諸君はいつになったら出てくるの?」



特に意識せずにそう言ったミシェル。彼女はニコニコしながらそう話す。


これも信頼関係の一つだろう。


拓也は視線を外すように後ろに向けて少し黙り込むと、隠れているジェシカたちに向けてそう声を張った。


するとゾロゾロと出てくる一同。



「あちゃー、バレてたみたいだねぇ」



「まぁ当たり前だね。拓也は帝だし」



「そ、それよりそちらの男子生徒は!?」



それぞれが面白い反応を見せてくれる。


メルは慌てて男子生徒に駆け寄ると、手首をとって脈を確認した。



「失敬だなッ!!」



「い、一応確認しただけですわッ!!」



存命かを確認したのだろう。拓也は自分の実力が疑われた事に声を上げる。



「鬼灯君すごいね!男の人が空中でグルグル回ってたよ!」



「クックック…もっと褒めて」



拓也の戦いを見て興奮状態のセリーは飛び跳ねながら拓也をそう讃頌した。


拓也はウザったい得意げな表情で、鼻を高くしてもっとと要求している。思わずイラッと来た一同だが、そこでアルスがとんでもないことを言いだした。



「拓也は褒めると失敗するタイプだからダメだよセリーさん。もっとこう…思いっきり罵倒しなくちゃ」



「アルス急に何言いだすの!?歪み過ぎだよ!!」



おもっわずそうツッコんだジェシカ。アルスの闇が垣間見えた瞬間である。


そんなやり取りに一同は笑い、時間は流れる。


すると、出来るだけ時間を無駄にしたくないのか、ジェシカが思い出したように口を開く。



「あっ!早くしないと遊ぶ時間が無くなっちゃう!皆早くお昼行こ!」



「なんですか…私は聞いていないんですが…」



「皆でご飯行くらしいよ。ミシェルも来るだろ?」



「…どうやらジェシカが急に言いだしたみたいですね、この感じだと」



「ハハ、ご明察」



・・・・・



「美味しかったねぇ!」



食事を終えた一動は街へ繰り出す。


現在時刻は1時30分頃。エルサイド通りは、今日もたくさんの人たちが入り乱れている。



「あ、花屋さんがあるよ!」



皆はジェシカに振り回されるようにして街を行く。


今度は花屋を見つけたのか、躊躇することなくそこへ飛び込んでいった。



「ハハハ、ジェシカさんは相変わらず元気だね」



「まぁ…あれが取り柄みたいなものですから…」



笑うアルスにミシェルがそう言う。


子どもの時からほとんど変わらないあの性格は、最早天性のものだ。



一同はジェシカの後を追う様に花屋に入店する。



「はーい、いらっしゃい!」



快く迎えてくれる花屋の店主のおばちゃん。


ジェシカは既に商品を物色している。


店自体はそこまで大きくないが、陳列の仕方が上手いのかそこそこ広く感じる。



「私、花は詳しくないですよ?」



「わ、私も」



「…私も詳しくないなぁ」



「大丈夫!私が教えてあげるよ!」



ミシェル。メル、セリーにジェシカは元気にそう言うと、彼女たちを店内へ引き込んだ。


お前は売り子かとツッコんでやりたい男子一同だが、女性陣がさっさと行ってしまったため、自分たちも後に続く。



「わぁ、いっぱいあるね。拓也君は花は詳しいの?」



「………まぁ…そこそこには」



彼の近くに居たビリーとアルスはその沈黙に首を傾げて見せる。


その沈黙の意味が分かるのは、ジェシカだけだろう。


するとそのジェシカが会計をしているのがアルスの目に留まった。



「早いね、何を買ったんだい?」



彼は背後から歩み寄り、ジェシカにそう尋ねた。



「あ、アルスじゃん!ちょうどよかった!はいこれあげる!」



彼女が差し出したのは、真っ赤に色づいた綺麗な花。


アルスはにこやかなままそれを受け取り、その匂いを嗅ぐ。



「これは…ポインセチア。花言葉は確か…」



「祝福だよ!」



「へぇ、本当に詳しいんだね」



「エヘへ~」



彼女が本当に花について詳しかったことに感心したようにアルスがそう驚きながら褒めた。


ジェシカはそれが嬉しいのか、アルスを見上げながら頭を掻く。





「あの、拓也さんって花詳しいですよね?」



「ん、なに?」



店の一角でしゃがみ込むミシェルは、隣の彼にそう尋ねた。


拓也は短くそう返す。



「前に拓也さんがくれた花ってどんな名前でしたっけ?


探しても見当たらないんですが…」



「そ、そりゃあアレは冬の季節の花じゃないからな」



「え…じゃあなんでこの前は……」



しまったという表情をする拓也。焦って自ら墓穴を掘ってしまったことを後悔するがもう遅い。


だから本当のことを話すことにした。



「この前はちょっとだけ遠出して買ってきたんだ。…暖かい所まで行って」



つまりそれは気候の違う場所まで行ってきたということ。


それがどれほど遠いか、ミシェルは分かっている。



「い、一体どこまで行ってきたんですか!?」



「まぁそんなことはどうでもいいだろ?それよりその花、リビングに飾るのに丁度良さそうじゃないか?」



適当に話を逸らそうとする拓也。当然ミシェルも彼がはぐらかそうとしているのには気が付くが、彼女にはどうしてもしたいことがあった。



「実はあの花、枯れちゃったんです。だから…買いたくて。せめて花の名前でも教えて貰えると嬉しいんですけど…」



少し悲しそうにそう言ったミシェル。まぁ季節の花ではない上に、花にも開花時期というモノがある。


つまり枯れるのは当然なのだ。


しかし、彼女のそんな切なそうな顔を見ていると、拓也はどうしてもこのまま黙りこくることは出来なかった。



「…ベゴニア…ブーゲンビリア…ペンステモン」



仕方ないのでそう呟くように言って、目の前の花を手に取って自分の感情を紛らわすように花瓶を弄る。


すると今の会話を聞いていたのか、女店主が後ろの棚からヒョイと顔を出した。



「あーごめんねお兄ちゃん。それは今シーズンじゃないんだわ」



「あ、いえ…別に僕が探しているわけではないんです。彼女が欲しかったみたいで」



店主はニコニコしながらミシェルへ視線を向ける。


目的の花が今は手に入らない事を知った彼女は少しだけしょんぼりしていた。


すると女店主は,拓也にとって致命の一撃である事を暴露した。



「その花の花言葉は確か…片思い、あなたしか見えない、あなたに見惚れています…アッハッハ!分かった!お嬢ちゃん告白だね!?」



ニコニコしている店主とは対照的に、拓也は限界まで目を見開き、汗をダラダラ流すというこの世のものとは思えない表情。


彼に貰った花の意味。ミシェルはそれを知り、珍しく頬に朱の色を宿した。


その花言葉。それは全て恋愛に関するもの。もしかしたら彼は意図してそれを渡したのかもしれない。



「(もしかして…拓也さんも……いえ、期待はしない方が……でも……)」



そんな淡い期待と嬉しさ、様々な感情が彼女を襲う。



「すみません。会計、よろしいですか?」



「ハイハーイ!今行きまーす!」



すると店主はアルスに呼ばれて、レジへ飛んで行ってしまった。


取り残された二人の間には、沈黙が生まれる。


しかしこれまたその二人は対照的で、ソワソワしてピンク色の空気を纏うミシェルの隣では、拓也が暗い紫色のどんよりとした空気を纏っている。



「はいジェシカさん、さっきのお返しだよ」



「わぁ!シネラリアだ!花言葉は…」



「いつも快活。だよ」



「アハハ~、アルスも詳しいねぇ!」



ちなみにシネラリアは『死ね』を連想させるので、お見舞いなどにはNGである。


そんな微笑ましいやり取りが交わさせる店の一角。2人はまだ何も発言せず沈黙の中でそれぞれが思考を巡らせていた。



「(た、拓也さん…もしかしたら………私のことが………す、好きなんじゃ///)」



ー…あの女店主…やりやがった……この状況…俺は一体どうすればいい…ー




お互いがそれぞれそんなことを考え、そして何も喋り出さずにに沈黙だけが続く。


二人と共がお互いの顔を見ることもできずに、ただじっと商品の方を見つめ、固まっている。



メルは、セリーとビリーで3人、楽しそうに花を物色し、何やら楽しそうだ。


しかし拓也はそれどころではない。時間が経てば経つほど選択肢は減ることは分かっているが、何も言えないのである。




だがいつまでもそんな沈黙を続けている訳には行かない。


そこでミシェルの方が勇気を出して、遂に彼の方へ振り向いた。しかし恥ずかしさから目は瞑ったまま口を開く。



「あ、あの!拓也さんはもしかして…花言葉の意味を……知って…」



そう隣に居るであろう彼に喋り掛けている最中、ミシェルは羞恥を堪えて少しづつ瞼を開いた。


そしてようやく彼を認識できる程度の大きさまで瞼を開いたとき…



「はい、ありがとね!」



「わーい。僕アロエ大好きー」



既に彼は隣にはおらず、会計をしていた。



温厚な彼女も流石にイラッとして、こめかみに青筋を浮かび上がらせる。

だがブチギレる訳にもいかないので、やるせない怒りと羞恥の感情は、溜息に乗せて忘れることにした。


しかし自分が勇気を出したのにも関わらず、それから逃げて、その傍らで何故か多肉植物を購入している彼に対する怒りは簡単に忘れられるわけがないのである。


とりあえずムシャクシャしながら近くにあった見覚えのある、小さなプランターに植えられた花を手に取ってレジへ持って行った。



「これください」



「ッ!!?」



「あいよ!ありがとう!」




代金を支払うついでに隣の拓也の足を思い切り踏みつけたミシェルは、合貨を数枚差し出してパンジーを購入。


小指を踏まれるという致命的な一撃を受けた拓也は涙目になって、堪らず店の外で悶え続けた。



外ではもう他の皆は買い物を終えているのか、一同揃って二人を待っている。


一同は、いきなり涙目で店から飛び出して来た彼を奇怪な目で眺めた。



「拓也…どうしたんだい?」



「あーこれ絶対小指とれた。アカン奴だこれはー。ねぇ、俺の足の小指とれてない?まだくっついてる?」



自分の足元を見るのが恐ろしいのか、拓也はアルスたちに向け、確認してくれと頼んだ。しかし靴の上からなのでそんなこと誰にも分からない。


するとそこへ買い物を終えたミシェルが店の中からスッと現れ、彼の足。それも今しがた彼女が思い切り踏みつけ、彼が小指がとれたと錯覚するほどのダメージを与えた方の足を、もう一度思い切り踏みつけた。



「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」



彼は大絶叫の後、力尽きた。





またジェシカを先頭に通りを行く一同。


ミシェルはいつもながらクールで表情の変化が乏しいが、イライラとしたオーラを纏っている。


それを察している拓也はガタガタ震えながら隣の彼女に喋り掛ける。



「み、ミシェル…怒ってる?」



「別に怒ってません」



話の途中で逃げ出したせいで彼女が怒っているのは明白。


しかしミシェルは本当のことは言わずに、拗ねたようにそう返した。


彼は彼女の機嫌を取り戻すべく、鞄から飴を取り出して渡してみる。


だが彼女は前を向き、歩いたままそれを思い切り無視した。



「ミ~シェル!な~に怒ってんのさ!」



そこへジェシカが先頭から駆けてきて、彼女の首に手を回してそうはしゃぐ。


ミシェルは少し狼狽えて彼女が倒れないように支える様に体のバランスを取る。



「…別に…怒ってませんよ」



「はい嘘!ミシェル嘘つくとき目を逸らすからね!!」



やはり長い間付き合っている彼女の目はごまかせないのだ。


ジェシカにとって、ミシェルの機嫌を把握するなど造作もないのである。



「次はどこに行くんだい?ジェシカさん」



「うーん、そうだねぇ…皆はどこ行きたい!?」



「あ、あの!私、本屋さんに行きたいですわ!気になる新作が出てまして」



「わ、私もそれ気になる!」



「僕も…ちょっと買いたい本があるから行きたいな」



次の目的地が決まった所でジェシカはまた先頭に戻る。


また拓也とミシェルの間には沈黙続く。



するとミシェルはおもむろに鞄を漁り、あるものを取り出してぶっきらぼうに隣の彼に突き付けた。



「あ、あの…ミシェル?」



「………あげます」



「これ…スノードロップ?」



「………なんだか綺麗だったので。スノードロップって名前なんですね」



拓也はそれを受け取りながら、まるでアンティークのランプのようにだらりとたれ下がる可愛らしい花弁を眺めて微笑んだ。


ミシェルは名前も知らずに購入したようで、拓也の言った花の名を復唱しながら数回頷く。



「…ありがとう。大切にするよ。




でもなんで鉢植え…」



「だ、だって店の人が、切花にするとすぐに枯れちゃうからって…」



拓也とミシェル。


二人が二人とも、スノードロップとパンジーの鉢植えを持って街を闊歩している。なんていう異様な光景であろうか。




「そんなことより今日の晩御飯はどうしますか?何か食べたい物ってありますか?」



「俺は何でもいいよ」



「ハハハ、二人は本当に仲が良いね。あぁ、ジェシカさん。あまり走り回ると危ないよ」



「はーい!」



「ビリー君っこの前のテストはどうだった?」



「げぇ…それは聞かないでよセリーさん」



何事も無い日常。平穏。


いつも通り…皆が何の変哲もない日常を謳歌するが、なんとも勝手なことか。人間はその日常に退屈という感情を抱いているのだ。







その日常が、いつ崩壊を迎えるのかなんて知らずに。





『ドォォォン!!!』



突然、恐ろしいほどに地面が揺れた。




「キャア!!何!?」



「地震か!!?危ないッ!!」



その揺れを地震かと錯覚した街の住人達は口々にそう叫び、慌て取り乱す。


「な、いきなり地震!?皆、隠れなきゃ危ないよッ!!」



この状況でもジェシカは皆を気遣い、第一にそう叫ぶ。



「だめだ。ここは大通りだからこの場に居た方が安全だ!周りに高い建物は無いからここに居れば大丈夫!



それより皆、姿勢を低くして!」



冷静なアルスは倒壊する建物に押しつぶされる危険が少ないと、この場でしゃがむように、叫び指示を飛ばした。



「随分急な地震ですわねッ!!」



「ほ、ホントだよ!この国は地震は少ないのにッ!!」



「お姉ちゃん大丈夫かな!?」



言われた通り指示に従ってその場に両手と両膝を着き、安定した姿勢を保つメル、ビリー、セリー。



「そうですね、アルスさんの言う通り今はこの場に居ましょう。揺れが収まったら被害の程度に応じて避難しましょう。それでいいですか?拓也さん」



アルス同様に冷静なミシェルは次の対応を考え、拓也に確認するため、隣に居た彼にそう声を張った。


しかし返事は帰ってこない。


こんな時にどうしたのだろうかと思いながら彼の方へ視線を向ける。


次の瞬間彼女の目に映ったのは、遥かな天空を見上げ、目を見開いたまま硬直している拓也だった。




「拓也…さん…?」



彼女も釣られるように彼の見ているモノへ、視線をスライドさせた。




それは遥か上空。雲よりも高い位置。




「空が…裂けている…?」



そこには、空に走った亀裂を無理やりこじ開けたかのような穴が、パックリと口を開いていた。




「な、なんだあれ!」



「空に穴が開いてるわ!!」



すると街の市民たちもそれに気が付きだしたのか口々にそう声を上げて、原因不明の揺れと、正体不明のその穴に、更にパニックを加速させた。



ジェシカたちもそれを目にし、今まで見たことの無いようなその超常現象染みたモノに驚愕し、口を開けたまま固まっている。


そこでようやく拓也が動いた。


大量の魔力を一気に練り上げ、両の手をバン!と思い切り打ちつけ指を絡ませ、叫ぶ。



「隔てッ!!【絶縁結界】ッ!!」



次の瞬間。分厚い何重もの空間魔法の結界が、その裂け目を包み込んだ。


周りはパニックで、すぐ傍に居たジェシカたち以外は拓也が魔法を使用したことなんて気が付かない。



すると空間ごと隔てる結界であれを覆ったおかげか、とりあえず地震の方は収まった。


拓也はすかさず黒ローブを羽織り、フードを目深に被って近くの民家の屋根の上に跳び移る。そして音魔法で拡声を行い、大騒ぎの市民たちにも聞こえるように思い切り叫んだ。



「皆、王城の方へ避難しろッ!!あの結界もじきに破れるッ!!なるべく急いで、助け合ってすぐに移動を開始するんだッ!!」



風に翻る黒ローブ。その姿を視認した市民たちは、感嘆の声を上げた。



「見ろ!剣帝様が来てくださったぞ!!」



「もう大丈夫だ!王国最強がここに居るぞ!!」



そんな呑気な市民達。拓也はそれどころではなかったが、今ここで怒鳴っても、市民たちの不安を煽るだけ。


だから…



「ハハッ!ちゃんと仕事はするから安心しろ!普段アンタたちの血税で飯食ってんだッ!!こんな時こそ俺たち帝の出番だからなッ!!


さぁ!早く行け!!後は俺たちに任せるんだッ!!!」



冗談めかしてそう叫び、グッドサインを作って口角を釣り上げて見せた。



「さぁアンタ!剣帝様がああ言っているんだからさっさと避難するよ!!」



「あ、あぁ!じゃあ頼みましたぜ剣帝様ッ!!」



市民たちはそんな冗談を言って余裕を見せているいる王国最強の姿に安心したのか、口々にそう応援の声を残して避難を開始する。



ー…さて……これは王都中に避難を呼びかけないとマズい…


これは間違いなく神の襲来だ…ー



軽く舌打ちをしながら辺りを見回す。


これだけ広い王都に避難を呼びかけて回っていては、結界が持つかは分からない。



「…あれは」



しかしその心配はいらなかった。



目を凝らして見回せば、王都のあちらこちらで跳び回っている色とりどりのローブたち。


どうやら、既に帝は動きだしていたようだ。



流石はエリート中のエリートたち。更に目を凝らせば市民たちが王城の方へ向かっているのも確認できる。



拓也は、考えることは同じか…と、この状況の中だが、ニヤリと笑みを浮かべた。


拓也はすぐに屋根から飛び降り、まだ避難を開始していない友人たちの下に降り立つ。

そしてすぐさま空間魔法を発動し、彼女らと共に王城へ飛んだ。



「お、おぉハイム!無事だったか!!」



「お父様!」



「た、拓也君!一体どういう状況何だい!?」



飛んだ先は王の執務室。一人で窓の外を眺めていた所に突然拓也たちが現れた事に大いに驚いた王だが、自分の娘が無事だということを知り、感嘆の声を漏らした。


愛娘を抱きしめた王は、そのまま拓也にそう尋ねる。



すると拓也は苦虫を噛み潰したように顔を歪めて口を開く。



「今は状況を説明している時間が惜しいです。単刀直入に聞きます。王城を避難所として開放してもらえますか?」



「あぁもちろんだとも!闘技場、庭、城内…でも入りきるかな?」



「とりあえず王都全体に結界を張ります。後は……国民の避難を待ってから二重目の結界の範囲は決めることにします」



どうやら拓也は王都全体の結界以外に、予備の結界を国民の周りに張るつもりのようだ。


王もその意図を理解し頷く。



拓也は指輪を一本の剣に戻し、腰に差した。



するとそれまで拓也と王の声しかしなかった室内に、新しい声が響く。



「…ごめん…なさい………私の……せいです」



声の正体はミシェル。一同の視線が彼女へ向いた。




事情を知る拓也とジェシカは辛そうに顔を歪める。


本当は慰めてあげたい彼だが、結界がいつ破られるか分からないため、時間は割けないのだ。



「私に……訳の分からない力が…あるせいで」



「み、ミシェル!別にミシェルのせいじゃないよ!!そんな力、欲しくて持ってるわけじゃないじゃん!!」



「…でも…そのせいで……結果的に多くの人の命を……危険にさらしています」



今にも泣きだしそうなミシェルは地面にへたり込み俯いて、頭を抱えながらそんなことを言う。


必死に説得するジェシカだが、効果は見られない。



「それはちがうよ、ミシェルさんとやら」



すると以外にも、突然王がミシェルにそう声を掛けた。


メルを離し、彼女の下へゆっくりと歩むと、肩に手を置いてニッコリと微笑んで続ける。



「話を聞いている限りではどうやら敵は君が狙いのようだね。そしてその原因は君にある」



流石は一刻を収める者。たったあれだけの会話の中からもう既にそれだけのことを読み取っていた。


ミシェルは揺るぎない事実を突きつけられ、歯を食いしばって拳を固く握りしめる。しかしそんなことをしたところで状況は一向に良くならない。



王は、そんな彼女の頭の上にポンと手を置いて、冗談でも言うように笑いながら口を開いた。



「ハッハッハ、だから何だというんだ!別に君が意図して招いた結果ではないのだろう?それなら気に病む必要はないさ!


何故ならば……愛する国民たちを守るのがこの僕『ローデウス=エム=エルサイド』国王の仕事でもあるのだからね!!」



まさにこれが王の器。背後の拓也はニヤリと笑う。



ー…流石は俺の住む国の王だ。王としてふさわしい器量してやがるぜ…ー



国の長である彼は、国民一人一人まで本当に大切にしているのだろう。


残念なほどに禿げてしまった頭。対照的に立派な髭。そして王としての威厳。それらが絶妙なバランスで入り混じり、ミシェルの涙は寸でのところで止まった。



「ありがとう……」



彼女はそう一言だけ言って、ゆっくりと立ち上がる。




「そうだよミシェルさん。別に君が悪いわけじゃないなら堂々としていればいいのさ」



「そ、そうですわ!ミシェルさんはいい人です!それは私達がよく分かっていますわ!!」



「そうだよ!ミシェルさんは悪い人じゃないよ!私は絶対そう思うもん!」



「ぼ、僕もそう思う!だって…快く僕と友達になってくれた人だし!」



彼女の背後の友人たちは、声をそろえてみな同じ趣旨のことを言う。


生来人付き合いというモノが得意ではなく、友達もそこまで多い方ではなかった彼女。しかしこうしてみればしみじみと思う。


数か少なくたって、とってもいい友達が出来たのだと。


思わず先程とは違う意味で泣きそうになるミシェルだが、なんとか滴は零さずに我慢することが出来た。



「ほら、皆ミシェルのことを理解してくれているよ?だから自分のせいだなんてもうやめて」



「………そうですね…ごめんなさい。もう大丈夫です」




ジェシカはいつもの溌剌とした笑顔を彼女に向ける。


その光景を王の背後から眺めていた拓也は、安心して胸を撫で下ろした。


すると刹那、王の私室の窓が、外からバン!と勢いよく開け放たれる。



「拓也ッ!!」



窓縁に足を置き、枠に手を掛けて姿を現してのは、6枚3対の真っ白な翼を背に生やす金髪のイケメン。


やはり来たかと笑みを浮かべた拓也は、早速彼…セラフィムに指示を飛ばした。



「来ると思ってたぜ。早速だが王都全体に結界を張ってくれ。その後、国民の避難の確認が取れてからその範囲に応じて二重目の結界。


敵の勢力がまだはっきりしない。だから魔力消費を抑えるために中から外の一方通行で構築しろ。


王よ、避難が完了した後は絶対に結界の外に出ないように指示をしておいてください」



「あぁ、承った」



指示を飛ばし、目を瞑った拓也。集中しているのだろう。いつもの様な呑気でふざけた雰囲気は一切ない。


するとセラフィムが彼に問いかけた。



「拓也、お前はどうするつもりだ」



拓也はその質問に、瞼をゆっくりと開きながら、真剣な声色で答える。



「決まっているだろう。迎え撃つ」








いつもは感じることのできないビリビリとした彼の雰囲気に、一同は息を呑む。



「王よ!住民の避難は大よそ完了しました!!」



その雰囲気によって生まれた沈黙を破るように、部屋のドアが勢いよく開かれた。


そう報告しながら入室したのは、色とりどりのローブの集団。


王国の最高戦力である『帝』たちである。


どうやら避難はだいたい完了したようだ。セラフィムが魔法の準備をし始める。



「待て。



来い…『イフリート』『クラーケン』『トール』『ジン』『ベヒモス』『ウィスパー』『シェイド』『イスラフェル』『ゼロ』『ミュル』」



「「「「「「「「「「お呼びでしょうか、我らがマスター」」」」」」」」」」



二重目の結界を張ろうとしたセラフィムを手で制し、呼び出した自分の属性神。


彼らは全員大量の魔力を送り込まれ全盛期の姿。そして送り込まれた魔力の量から只事ではないことを察知したのか、全員の目が真剣そのものである。



「今この国は襲撃を受けている。敵は神と天使」



属性神への指示の為に発されたその言葉。しかし神や天使などという頂上の存在が敵と明確に発言したことで、事情を知らない者たちは大いにたじろいた。



「国民たちの避難場所はここ王城。もしかしたらまだ逃げ遅れた人がいるかもしれない。各自散らばって逃げ遅れが居ないかを探してきてほしい。頼めるか?」



拓也のその言葉に、全員が首を縦に振る。



「よし、じゃあそれが終わり次第、王都を覆う結界の外へ来てくれ。交戦対象は天使のみ。危なくなったら無理をせずに逃げてくれ。それと神には一切手を出すな、命の危険がある。


一応聞いておくが、天使程度なら倒せるか?」



そう尋ねる拓也。すると属性神たちは、セラフィムと拓也以外がすくみ上るほどに不気味にニヤリと笑みを浮かべた。



「もちろんだ。消し炭にしてやるよ」



「じゃあアタシは窒息死かな」



「オレっちは感電させりゃ一撃だね」



「僕も…全然殺せるよ」



「文字通り土に還してやるわい」



「「お任せくださいマスター。肉片の一つすら消し去って見せます」」



「わ、私も音で精神コントロールして同士討ちさせるくらいなら…」



「空間弄れば真っ二つよー」



「破壊は……僕の十八番…」



どうやらやる気満々のようである。






「よし、それじゃあ行動を開始してくれ。今は敵の出現地点は結界で覆っているが恐らくじきに破られる。そしたらそこから天使と神が出てくるから、そうなったら天使だけを討て」



拓也の飛ばした指示に頷き、属性神たちは散開した。


その光景を今まで黙って見ていた帝の一人、光帝が、拓也に向けて口を開く。



「剣帝、貴様が状況をいちばん把握しているようだから尋ねるが、僕たちも彼らと同じ行動をすればいいのか?」



単純に効率を求め、普段の諍いは無視してそう尋ねた光帝。


他の帝も指示を待っている。



「いや、お前らもここに居てくれ」



しかし、返ってきたのは予想外すぎる言葉だった。



「お、おいどういうことだ剣帝!国の危機に指咥えてみてろってのか!?」



「おいおいおい…いくらお前が強いっつってもそりゃあねぇんじゃねぇか?」



疑問を抱きながらそう叫ぶ炎帝。少し機嫌を悪くして、表情を曇らせる雷帝。


だが拓也は別に彼らの実力を軽んじているわけではないのだ。むしろ彼は同僚である彼らの強さは重々承知している。



「ダメなんだ…。いくらお前らが強くても神や天使には勝てない」



「…どういうことだい?剣帝、説明してくれないと私達も納得できないよ」



「単純に強すぎるんだ。通常の天使ですら…お前ら帝全員で掛かっても恐らく勝てない」



突き付けられる事実。恐らく彼は嘘を言っていないとこの場に居る全員が悟った。


だが同時に彼らの中に疑問が浮かぶ。



「わ、私達全員で掛かっても倒せない相手なのに剣帝一人で戦えるわけないじゃん!!それにたくさん居るっぽいんでしょ!?無駄死にだよ!!」



地帝の言う通り、誰もがそう考えた。



「理由は後で話すが、俺は神と戦える。もちろん天使ともだ。だから頼む。今は俺を信じてここに居てくれ」



見たことも無いような真剣な眼。



まだ食い下がろうとする光帝。しかし水帝がそれを手で制すると、溜息を吐きながら口を開いた。



「わかったよ。アンタがそんなに切羽詰まってるところなんて見たこと無いからね…どうやらそれが最善らしい」



「すまない、助かる」



理解してくれた水帝。他の帝の顔を見回すと、皆も仕方ないか…という表情を浮かべている。


拓也は彼らに向かって、深々と頭を下げそう礼を言った。





ゆっくりと頭を上げて、今一度視界に収める。自分の護らなくてはいけないモノを。


国民、国王、帝の皆、ジェシカ、アルス、メル、ビリー、セリー。



そして……



「……ミシェル」



すると拓也はおもむろに剣を腰から外すと、自分の黒ローブを脱いだ。


一同は彼のその行動をまじまじと見つめる。



彼はローブを手にしたままゆっくりと、だがしっかりと、一直線に歩いて行く。


そしてその人の前まで来ると、バサリとローブをたなびかせ、羽織らせた。



「着てろ。これはお前を護ってくれる」



「…た、拓也さん?…これは優秀な防具ですから、拓也さんが着ていた方が…いいんじゃないですか?」



そう、ミシェルに。


いきなりの彼のその行動に、彼女は首を傾げてそう声を尋ねた。


しかし拓也はその問いに答えることなく、ブレザーのジャケットを脱ぎ捨て、ポツリと呟く。



「【クイックチェンジ】」



すると拓也の服が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間全く別の服装に変わっていた。



黒のカンフーパンツの脛部分を黒のレッグカバーで絞り、袖の無い白のカンフーシャツ。靴は、底にグリップのいい素材を使ったくるぶしの上まである丈夫なブーツ。


シャツの下には、首も覆うピチっとしたインナーを着込み、手首と肘の間には黒のアームカバー。



どうやらこの時の為に用意していたようだ。彼のことだから性能の面でもとんでもない物なのだろう。



見たことも無い魔法に一同は目を見開いて驚嘆する。


一体これが空間魔法だと何人が気が付いたのだろう。



「俺はこれで大丈夫だ」



そっと彼女にそう笑い掛け、もう一度剣を腰に差す。


次の瞬間、戦場を見据えるように振り向いた拓也は、窓付近まで移動し、そこから亀裂を睨み付けるように眺めた。



「よし…まだ壊されてはいないか……。じゃあセラフィム、後頼んだ」



「おぅ、任せとけ」



短くセラフィムとそうやり取りをすると、窓枠に足を掛け、力を込める。



「…」



が、彼は跳び出さなかった。



背後で心配そうに胸に手を当てながら、拓也の服の裾を親指と人差し指、中指の三本できゅっと弱々しく撮み、俯き加減の銀髪蒼眼の美少女がいたからである。



「………」



無言の彼女。伏せられた目には複雑な感情が入り混じる。


こんな時に何を言えばいいのか。生憎拓也はそんなこと分からない。




だから、自分の思ったを口にした。



「俺はこの一年近くミシェルと過ごしてさ…分かったことがある。


じーさんに渡されたこの剣とローブ。


その使い方がな」



そっと彼女の頭に右の手を置いて、ゆっくりと銀色の髪を撫でる。



驚いたように顔を上げるミシェルは、目を見開いた。その目には透明な涙がたくさん溜まっており、今すぐにでも零れてきそうだ。



拓也は穏やかな笑みを浮かべながら剣の柄に左の手をそっと添えて続ける。



「この剣、ジョニーは……降りかかるあらゆる脅威を斬り裂き」



そしてジョニーの柄から手を離し、彼女の肩に手を置き、言葉を紡いだ。



「このローブは…襲い掛かるあらゆる脅威から、俺の半身となって護る……



…俺の…大切な人を」




それが彼なりの使い方。



やっと見つけ出した答え。



穏やかに笑う拓也。ミシェルはその表情を見ているとなんだか心が落ち着くような気分に包まれた。


そして油断からか、目に溜めていた滴がポロリと零れる。




「おぉっと、危ない危ない」



だが拓也がすかさずハンカチで彼女の目元を軽く押さえた。



「ミシェルに泣き顔は似合わないぜ。いつもみたいにクールに俺を罵倒しててくれ」



こんな状況でそんな冗談を飛ばした拓也は、もう一度窓の縁に足を掛ける。



「たっくん!絶対ッ!!ぜぇぇぇったい勝つんだよッ!!!」



静かになった部屋の中。ジェシカが拓也に向けて、思い切りそう叫んだ。


呆気にとられる拓也。


すると他の面々も彼女に続く。



「そ、そうですわッ!拓也さん!死んだら絶対に許しませんからッ!!いいですわねッ!?」



「拓也ッ!君ならできる!僕は信じてるッ!!」



「鬼灯君!!死んだらダメだよ!お姉ちゃんも悲しむから!!」



「拓也君は絶対に勝てるよッ!だってあんなに強いんだからさッ!!」



そんな微笑ましいやり取り。王と帝の皆も笑顔を浮かべて彼にグッドサインを向けた。


それならば…そうミシェルは心を決めて、目元を手で拭うと、自分が作れる最高の笑顔を拓也に向け、彼の頬にそっと手を添えて言葉を紡いだ。



「行ってらっしゃい。ちゃんと帰ってきてくださいね」



それに対して拓也が言う言葉はもう決まっている。



「あぁ、行ってきます」



次の瞬間、拓也は窓の縁を踏み、結界を抜けて遥か上空へと向かって行った。


いよいよ戦闘に向かったのだ。より一層緊張感が増す。


そんな中、ジェシカとアルスが残念そうに口を開いた。



「たっくん行っちゃったね…もう見えない」



「そうだね……せめて見守るくらいのことはしてあげたいんだけどな」



そうは言っても仕方がないことだ。


なんせ今から始まるのは真剣勝負。見守れる場所なんかに居たら即死してしまう。


二人は仕方ないと諦めたように顔を見合わせた。



「え、なに…その程度簡単よ。…ほれ」



「うわ!すっごい!」



しかしセラフィムが軽く手を振るうと、空中に浮かび上がるスクリーン。


それに映し出されているのは紛れも無く今跳び出したばかりの拓也本人だった。


何かと便利な天使である。


彼のそんな計らいで、少しは明るくなった室内。だが、その一角では…




「(…どうか……死なないでください…)」



ミシェルは胸のあたりで手を合わせ、指を絡ませてそう祈る。




ともかく一同は、結界の中で彼の戦いを見守ることにしたのだった。



・・・・・



目の前にはパックリと大きな口を開ける亀裂。


穴の中は光で溢れている。恐らく天界とつながっているのだろうと考察した拓也は、このままこれを消し去れないかと頭を回転させた。



「ッ!!?」



しかし次の瞬間にその思考は強制的に中断させられる。


咄嗟に右の手を前に突き出し、閃光の如く飛来した物体を掴んだ。空間を隔てる結界も、小さに円状に貫かれ、そこからボロボロと崩壊を始めた。



「ッ槍!?」



飛来したのは槍。何かの木の材質の柄で、金属の穂先。よく見れば、穂先には何やら文字が彫ってある。


しっかりと掴んで動きを停止させたはずなのにその槍は、まだ何かによって力を受けているかのように、拓也を串刺しにしようと向かってきた。



片手では止められないと判断した拓也は左の手も使用し両手で思い切り掴む。


そして手の中で穂先の向きを変更して…



「喰らえッ!!」



跳んできた方向へ投げ返す。


空間を切り裂くように突き進む槍は、また光の中へ消えて行った。


大事をとって後ろへ飛び退いた拓也。



『うおおおおおおおおおおおおおぉぉッ!!!!』




次の瞬間、亀裂からとんでもない数の天使たちが飛びだした。


決壊したダムから水が吹き出すが如く溢れ出る天使たち。このまま侵入を許すわけにはいかない



拓也は瞬時に魔力を練り上げた



「【爆心地グラウンド・ゼロ】」



唱えた魔法は爆発系。一瞬にして巻き起こった衝撃波は、天使たちを一瞬にして消し去り、伸びる炎の魔の手は既に遠くまで行っていた天使たちも焼き尽くす。



すると何故が天使たちの出現が一時的に止まった。



「ハッハッハッハッハ。我の槍を止めるだけではなく投げ返すとは…聞いた通りの男だ。


久々に楽しめそうだぞ」



聞こえてきたのは、低く威圧的な男の声。



ー…コイツは…マズいかも…ー



徐々に露わになってくる姿。



濃密な殺意に、拓也の中の警鐘が全開でアラートを出す。



「お主、名はなんという」



ゲートから現れたのは、フルプレートの騎士のような姿の男の神。隙間の少ない兜のせいで、表情すらわからない。


背には先程投擲したであろう槍。腰には一本の剣。



彼は面白そうに腕を組みながら、拓也にそう尋ねた。


拓也は一切警戒を怠らずに、口を開く。



「人に名前を聞くときはまず自分から…だろ?」




ー…なんとか会話で気を逸らして不意打ちしたいが…ダメだ、全く隙が無い……ー



卑怯なんて言っている場合ではない。コイツは早く仕留めないとマズい。拓也の中の第六感がそう言っている。


しかし迂闊に攻め込めない。そんなことをすれば、下手をしたら一撃でやられる。



するとフルプレートの神は、盛大に笑いながら名乗った。



「ハッハッハッハ!これは失礼した。




我が名は『オーディン』。強者と戦えると聞きやってきた」




刹那、拓也は確信した。



コイツは自分より強い…と。





ー…オーディンだと!?何でそんな名のある神が…


マズいことになった……恐らく奴は俺より強い……どうする…ー



拓也の第六感は間違っていなかった。目の前に立つ敵は、今までに戦ったことも無いほどい強大で、自分は今からコイツと命のやり取りをしなくてはいけない。



「さぁ、お主はなんというのだ」



乾いてくる喉、手にはじっとりと手汗が滲む。



拓也はそんな状態ながら、目の前のオーディンに向けて口を開く。



「鬼灯拓也…それが俺の名前だ」



名乗った拓也。するとオーディンは腰に差した剣を抜き放ち、銀色に輝く切先を拓也に向けた。


一層緊張感が高まり、拓也もジョニーを剣に変形させ、いつでも抜刀できる姿勢を作る。



「ほぅ…では鬼灯拓也。お主の首はこの我がもらい受ける。



それでいいな?貴様ら」



「はい…そちらはあなたにお任せいたします」



拓也に対する楽しそうな声とは、一際冷たい声色に変えると背後の亀裂に向けて、オーディンはそう言った。


すると背後の亀裂の光の中から、4人の神たちであると思われる男女が現れる。彼らは拓也を睨み付けて敵意を剥き出しにした。




「では当初の手筈通り、私達は私達の目的へ動きます。そちらはお任せいたしました」



目的…奴らの目的はミシェルの殺害。


刹那、拓也から加減無しの本気の殺気が漏れ出した。



ー…鬼神の剣…《一ノ型・一式》…ー



「【抜刀一閃】ッ!!」



沈み込んだ姿勢。居合いの体勢から一歩で超加速。


狙いはミシェルを狙う神の一人。


光すら置き去りにする神速の一太刀は、叫ぶ間も与えずに一人の女神の首を飛ばした。



「なるほど、噂通り速いな」



今の一撃でオーディンを殺らなかった理由は簡単。彼ならば今の一撃を止めると予想したからである。だから拓也は少しでも戦力を削るために、あえて低級神の方を狙ったのだろう。


ー…予想通りコイツらは共同の目的で動いていない…オーディンは俺と戦いに来ているだけだ…ー



拓也は内心でそう推理して、後ろへ飛び退いた。




すると、また亀裂から天使たちが出現し始めた。


動こうにも3人の神に既に最警戒され、目の前にはオーディンもいる。迂闊には動けない。


恐らくオーディンを俺と戦わせて足止めし、彼らは、結界を破壊してミシェルを殺すつもりだろう。




ー…コイツら…別に仲間意識は無い…それならばどうにかして…ー



「なぁ、オーディン。俺と戦うのは、俺がこいつらを殲滅してからでも遅くはない。そう思わないか?」



「駄目だ。我は万全の状態のお主と戦いたい。それにここまで来るのには随分と時間がかかっているのだ。今更待てはないだろう?」



「……そうかい。俺はやっぱりバーサーカーは嫌いだな」



交渉失敗。オーディンの背後の神たちはニヤリといやらしく笑う。今殺害された神に対しての同情の一片も感じられないその表情を見る限り、どうやら本当に仲間意識は無いらしい。


拓也の脅威が自分たちに向かないことが分かると、遂に彼らは動き出す。



「ではここはお任せ致しました」



「させるかッ!」



拓也の両脇を抜けるように王都の方へ向かう低級神3人。


すかさず空気を蹴り追いかける拓也は、まず一人目に追いついて抜刀術を発動…しようとした時だった。



「どこへ行く鬼灯拓也。ヌシの相手は我だ」



咄嗟に自分の胴を護るように刀身を半分抜く。


すると突然、手が痺れるほどの衝撃が襲い、体ごと思い切り王都前の草原の方へぶっ飛ばされた。



「ッグッ!!?」



拓也は王都を覆う結界に体を打ち付けながら落下する。



ー…ハハ…セラフィムの奴、いい仕事しやがる…ー



これで防衛の面はしばらく大丈夫だろうと呑気なことを考え、拓也はミサイルの如く草原へ墜落した。



『ドォォォン!』という爆音と共に、草原には天まで上る土煙が巻き上がる。




「ハッハッハ!どうしたね?まさかこの程度という訳ではなかろう?」



ゆっくりと結界を滑るように降りてきたオーディンは、拓也の落下した方向を眺めながらそう笑った。


先程の衝撃の正体である剣は、抜き放たれ銀色の輝きを放つ。



「…【究極魔法・乱れ撃ち】」



その刹那、一瞬暴風が吹き荒れ土煙を吹き飛ばす。


声の主、魔法を唱えたのは拓也。服が少し汚れた程度で、そこまでのダメージは無いようだ。


彼の背後には色とりどりの魔法陣が幾重にも並び、重なる。その数…数千。




戦力核兵器並に恐ろしいモノを背後に構えた拓也。



そしてそれは鎖から解き放たれた獣のように唸りをあげて、一斉に発動し、オーディンを消滅させんと天災を巻き起こした。



爆音、爆風、とてつもない衝撃波。それらが辺りの天使たちを手当たり次第に吹き飛ばす。



「…面白いッ!!やはり来てよかった!!」



だが肝心のオーディンには残念ながら効果がなかった。


軽く舌打ちを零して、ジョニーを剣に戻し鞘から抜き放ち、向かってくるオーディンに振りかざした。



「俺はちっとも面白くねぇよ!!」



「感じないのかッ!?この高鳴りを!!」



兜で表情は見えないが、声色からして楽しんでいる。


拓也は数回の打ち合いの後、なんとか鍔迫り合い持ち込んで腹立たしそうにそう叫んだ。しかし彼は手を緩めてはくれない。ギリギリと言う音を立て剣が軋み、火花を散らしてより場を緊迫させるものにした。


だがしばらくすると拓也が力で押されはじめる。


じわじわと状態を逸らされ、このままでは叩き斬られてしまう。



ー…純粋な力ではオーディンが上…ならッ!…ー



現に今もじわじわと押されている。そこで拓也はジョニーに指示を出した。


次の瞬間、ジョニーの柄から、光ながら剣がもう一本出現する。



「知ったこっちゃ…ねぇッ!!」



「おぉっと!」



そして一瞬だけ右手だけで鍔迫り合いに耐えると、新しく形成された少し短い剣を左手にパシッと受け取って、それ持ってしてオーディンを斬りつけた。


しかし惜しくもオーディンはそれを回避する。



「ハハ!やってくれたな鬼灯拓也ッ!!」



楽しそうに大いに笑うオーディン。


彼がそんなことをしている間にも、拓也は沈み込んで地を蹴って加速。


眼前まで一瞬で接近を許したオーディンはその速さに少々驚愕しながらも、剣を彼を仕留めに肩口目がけて振るう。



「なッ!!?」



しかし彼の剣が捉えたのは…



「鬼神の剣、《三ノ型・一式》」



彼の速さによって生み出された残像だった。


そしてその声は背後から。彼は既にオーディンの背後をとっている。



「【剣影桜】ッ!!」



次の瞬間。剣撃の桜吹雪がオーディンを襲った。




「ハッアアァァァァァァァァッ!!」



不規則に襲ってくる殺意の乗った刃。しかしやはりこいつも化け物か…。全てとはいかなくとも、致命傷を避けるように剣で防いでいる。


剣と剣がぶつかり合い、激しく飛び散る火花。しかしそんなモノはお構いなしに拓也は雄たけびを上げながら打ち続けた。



打って打って打ちまくる。飛び交う無属性魔力の斬撃が、天使たちを巻き込んで細切れにしていった。だがやはりオーディンには効果は薄い。



「…っち」



拓也は鬱陶しそうに舌打ちをして、仕方なく魔法を打ち込みながらバックステップを踏んで距離をとって体勢を立て直した。


するとそこへ、王都の結界の中から飛びだしてくる影が見える。



「マスター!住民の避難完了しました!!これより天使の掃討に移ります!!」



そう叫んで天使に巨大なレーザーを放ったのは、光の属性神ウィスパー。


周りには他の属性神の姿も見える。



拓也は頼もしい増援に、思わず笑顔を見せた。



「あぁ頼んだ!危ないから絶対こっちには手を出すなよッ!?他の神にもだッ!!」



主からのその指示に全員が頷き、行動を開始する。


拓也はすぐに目の前の敵に視線を戻して構える。




「…やはり速さではヌシが上のようだな」



立ち上った土煙の中、斬り傷が付いた鎧姿のオーディンは拓也をそう讃頌した。


しかしそんな折角つけた傷も、徐々に修復が始まっている。どうやらあの鎧も特注のようだ。



「……決定打に欠けるな…」



流石は高位の神。素の実力も高いが、使っている武具も一級品。



舌打ちをした拓也は悔しそうにそう漏らしながら、剣を一本に戻した。



「では…次は我から行こうッ!!」


「ッ!?」



するとオーディンは突然、手にしている剣を、拓也に向けてぶん投げた。


武器を手放すというその行動。本来ならばありえない。それ故、その行動に拓也は驚愕し行動が一瞬遅れてしまう。



「ッと!!」



飛来した剣を弾く…しかし次の瞬間、拓也の上腕から鮮血が噴き出した。



「っぐぅ…」



武器を手放すという行動。それによって生まれた一瞬の隙。



それを狙って放たれた剣。しかし剣に注意が行くあまり、その後ろから続けて飛来していた槍に気が付けず反応が遅れ、結果として槍は拓也の左上腕を貫通したのだった。




「我が槍『グングニル』は必中の槍。そしてこうやって戻ってくるんだ」



そう言うオーディンの手の中には、今拓也の腕を貫通した槍、グングニルが握られていた。剣もいつの間にか戻っている。


神話にも出てくるこの神器。拓也は少し口角を吊り上げて面白そうに口を開く。



「…じゃあ…その剣は魔剣グラムか?」



「ほぉ、良く知っているな」



「神話ってのは結構好きでね…まぁ、まさかそれで殺されかけることになるとは思ってもみなかったけどな」



そんな会話をしている内に拓也に傷は完治していた。


その人間離れした治癒力に、オーディンは楽しそうに笑い声を漏らし、槍を背に背負い、剣を抜き放ち、拓也に向かって咆哮する。



「まだまだ楽しめそうだなァッ!!」




・・・・・



重い空気が立ち込める王の私室。


スクリーンに映る拓也の姿を一同が静かに見守っている中、突如として部屋の隅の空間が裂けた。



「状況は!?」



そこから飛び出してきたのは、4枚2対の翼の美女。大天使ラファエル。


唖然とする一同。目の前でありえないことが何度も起こり、彼らはもうなんだか疲れていた。


するとセラフィムが彼女に説明を始める。



「拓也がオーディンと交戦中。属性神たちは周りの天使を掃討。残った低級神たちは、今結界を破壊しようとしている。


それよりラファエル、お前だけか?」



「いえ、四大天使全員がそれぞれこちらへ向かっています!


…それでは…私はあの低級神たちの相手に向かいますね。他の大天使たちにも到着次第加勢するように伝えてください」



「いや、待て」




窓枠に手を掛けて、外へ飛びだしていこうとしたラファエルをセラフィムがそう言い止める。


どうやら彼には何か考えがあるようだ。



・・・・・



「この術式は…こうか?」



「いや…こうだろう」



中々解けない結界の術式。


セラフィムがどれだけ頑丈に結界を張ったかが伺える。



「な、なに!?結界が…今なら壊せるわよ!!」



それは突然のことだった。ほんの一瞬だけ、何故か結界の強度が落ちた。


しめたと言わんばかりに声を上げた女神は、隣の神たちにチャンスだとそう叫ぶ。





しかし二人の神は、それがどこかおかしいと直感的に感じ取った。


妙な寒気を感じる、独り言のように自分の考えを呟く。



「魔力切れ?…いや…まだ戦闘が始まってから30分も経っていない…それは考えにくいぞ」



「確かに…これを張っているのは少なくとも神に匹敵しうるもの。集中力が切れたとも考えにくい…」」



二人のその考えに女神は確かに…頷いて、また思考を巡らせる。





その時だった。



「「「ッ!!?」」」



低級神たちは何かを感じ取って、思い切り後ろへ飛び退いた。



次の瞬間彼らの居た場所を焼き尽くした業火。逃げた先でも熱波が彼らの肌を刺す。



「あー、惜しかったな~」



真っ赤な炎。その中からそんな声が聞こえた。


低級神たちは眉顰め、目を凝らす。



彼らが探す者は、その炎の中から現れた。



「き、貴様は!!熾天使ッ!!」



現れたのは天使の最高位に位置するセラフィム。


空気の上を一歩一歩踏みしめて、神たちの前に歩み出た彼は、真剣なまなざしで3人を睨み付けてから、溜息を吐いた。



「ハァ…大人しく死んでくれない?ハッキリ言ってテメェらの相手をすんのは骨が折れる」



「は……ハハ!貴様では無理だろう!!一対一でも良くて相打ちさッ!!私達を3人も相手にして貴様に勝ち目などあるまいッ!!」



「…確かにそうかもな。だが…」




すると次の瞬間、セラフィムは何を考えたのか、自分の横の空間を思い切り拳で叩いた。


その意味不明な行動に、唖然とする低級神たち。



「俺は…拓也の護ろうとするものを、一緒に護るつもりだ」



叩いた空間はコーティングが剥がれたようにポロポロと崩れ、そこは異空間に繋がった。


セラフィムは口角を釣り上げながらその中に手を突っ込み、あるものを引っ張り出し、それを中段に構えて目を瞑り、そっと呟く。



「使わせていただきます…」



「…なんだその貧相な枝は?」



「……ハハ!どうしたんだ!気でも触れたのか!?」



セラフィムが取り出したのは、剣ほどの長さの微妙に湾曲した一本の木の棒。


それをバカにするように低級神たちは腹を抱えて笑った。



そんな嘲笑を気にせず、セラフィムは深呼吸をして息を整え、薄く目を開く。


すると、小さな炎がその枝の周りをグルグルと細く伸びながら回転し始めた。


そんな少しの変化。だが、先程感じた寒気のようなモノが、低級神たちをまた襲う。



そしてセラフィムがカッと目を完全に開き斬ったその瞬間…



「ッ!!?なんだ!?」



貧相な木の枝から、真紅の炎がとんでもない出力で放たれた。



そればかりか、彼自身すら変化している。


金色だった髪は、赤に近い鮮やかなオレンジ色に変色し、熾天使の証である6枚3対の翼は、手にしている枝の炎と同じように燃え盛っている。


そして瞳の色は、血潮のように真っ赤。



昔拓也が話していたことを覚えているだろうか?


セラフィム…とは、熾天使のヘブライ語の複数読み。つまり階級名であって、彼の名ではないと。


そう…彼の神の名は…



「我が名は…熾天使『メタトロン』」



名乗ったセラフィム…いや、メタトロンは、燃え盛る枝を低級神たちに向けて、高らかに宣言した。



「今から貴様らを全員消し炭に変えてやるよ」



メタトロン。《炎の柱》という異名の通り、彼の属性は火。


するとそこでようやく彼の持つ木の棒の正体に気が付いたのか、女神が恐ろしい物を見たように叫ぶ。




「あ、あれ!神剣レーヴァテインッ!!?」



神剣レーヴァテイン。訳して読むと、『災いの枝』



災い…それは炎を意味している。つまりレーヴァテインの属性も…火。



「マズい離れろッ!!」



その危険性をようやく理解した低級神達はその場から散開する…が、最上位の天使と、神剣。それも同属性の相乗効果付きだ。



「うおおぉぉッ!!!!」



メタトロンが全力で振るったレーヴァテイン。


大爆発が起きたと錯覚するほどに勢いを増した炎は、蛇のように素早く…鋭く追って、一人の男の低級神の右腕を焼き切った。



「あああああああぁぁぁぁ!!?!?」



細胞が焼かれ死滅していく激痛。


大絶叫をする神に向かってメタトロンはとどめの一撃を上段から振り下ろそうとする…が、




「死ねぇ!!」



「ッグァ!!」



もう一人の男の低級神の膝蹴りが脇腹にめり込んだ。


しかしメタトロンはぶっ飛ばされながらもレーヴァテインを振るい、真紅の炎で壁を作って追撃を回避する。




・・・・・



「ほぉ…熾天使メタトロンか。アイツとやるのも楽しそうだな。


どうした鬼灯拓也、もうお終いか?」



剣撃で傷ついた鎧をまとったオーディンは、眼前に膝を着く拓也に向けてをそう言う。


オーディンが鎧なのに対し、どれだけ性能が良くても拓也は布装備。それに地肌が見えている所もある。


両者が外部から同じ衝撃を受けても、必然的にダメージ量は拓也の方が大きいのだ。



肩で息をしながら膝を着く拓也の体には、斬り傷擦り傷打撲による痣がクッキリと浮かんでいる。服も徐々にボロボロになっていってしまう。


しかし流石の治癒力。その傷や痣すら、見る見るうちに回復していっていた。



それを見たオーディンは、嬉しそうに剣の切先を拓也に向けて笑い声を上げる。



「やはりヌシは面白いぞ…さぁッ!行くぞ!!」



そしてまた始まる剣のやり取り。


常人では目で追うことすら不可能な速さの剣撃は、その余波で辺りの大地を抉り、岩を砕く。



隙を見て剣をもう一本の短い剣に分裂させ、双剣に変化させた拓也は、徐々にギアを上げて手数でオーディンを圧倒。


そして大きくなったモーションで振り下ろされた剣をすかさず右の長剣で弾いて、左の短剣を刺突に突き出した。



「ぬぅんッ!!」



だがやはりオーディンは化け物だ。フリーの左手でその刺突を掴んで止めた。


渾身の一撃が止められた拓也…しかし彼は笑って入る。


その笑みにゾッとするものをおぼえ、慌てて短剣を離してバックステップを踏む…が、



「遅いッ!!」



「ッガッハァっ!!?」



彼の運動のベクトルが後ろに向く前に、拓也の前蹴りが炸裂した。



まるで腹部で爆弾でも爆発したかと錯覚するほどの威力の蹴りに、流石のオーディンも兜の下で血反吐を吐く。


そのまま銃弾のように遥か後方へ弾き跳ぶオーディン。だが拓也の攻撃はまだ終わっていない。



「《二ノ型・二式》【崩剣】ッ!!」



銃弾さながらに飛んでいる中、オーディンの視界に映るのは、地面を駆けて追ってくる拓也。その得物は双剣から、彼の背丈ほどもある分厚い大剣に変わっていた。



そしてそう叫び、空高く跳び上がり、上段に大剣を構えて重力落下に任せて落下。


咄嗟に体を丸めて防御するオーディン。



次の瞬間、拓也の全体重の乗せられた一撃は、彼に向かって一切の慈悲なく振り下ろされた。




刹那、大地震が起きたのかと錯覚するほどの爆音と振動。


大地が割れ、天まで伸びた土煙。


崩剣。名の通り恐ろしい破壊力だ。



そんな技の直撃を喰らったオーディンは、土を掻き分けマントルまで落ちたところで感心したように呟く。



「速いだけだと思っていたが…高威力の技も持っているのか。



少し…体が痛むな…」



痛む全身に力を籠め、自分が作ったトンネルを地表向かって戻った。



そこでは既に拓也が魔法陣を多重展開して待ち構えていた。



「ッハッハッハ!中々やるではないかッ!!」



地面を這うように加速し、一瞬で拓也との間合いを詰め…彼の胴体を切り離さんが如く横一文字に振り抜かれる剣。


次の瞬間、拓也の体はなんの抵抗も無く真っ二つに叩き斬られた。



「ッな!!?」



あまり拍子抜けなその結末。



いや違う。オーディンはそんなことで声を上げて驚いたのではない。


何故なら…



「土人形!?ダミーかッ!!」



何故なら…切り裂いたときの感覚は、肉を断つではなかったのだ。


その証拠に目の前で色を失い、ボロボロと崩壊する偽物の拓也。




目を見開き驚愕するオーディン。



「ッグッハァッ!!?」



その刹那、彼の背中から鮮血が飛び散った。


更に背に蹴りが炸裂し、その衝撃で吹き飛ぶ体。始めてのここまでの深手に、オーディンは地面を勢いよく転がる。



岩に激突しようやく停止したオーディンは、兜の下から自分に攻撃した人物を見つけ、睨み付ける。



「《一ノ型・二式》【居合い】。目だけに頼って索敵なんてするからだ」



彼の背を斬った技の名前を呟いて、小バカにするような笑みを浮かべた拓也。


ー…ようやく決定打が入った……やはりあの鎧、斬り裂くには刀が有効か…ー



一人で今までの戦いを分析し、そう結論を出す。


そうこうしている内にもオーディンは岩にもたれ掛りながらも立ち上がって、まだまだ戦えるかというように中段に剣を構えた。



「鬼灯拓也。やはりヌシは強い。我の長い闘いの歴史の「中でも有数の強さだ」



「そうかい。別に俺は強さなんてどうでもいいんだよ。だからもうお前の勝ちでいいから見逃してくんない?」



「それは出来ない」



「…はぁ~。まぁそんなこと言ってみるだけ無駄か」




・・・・・



「…マズいですね」



静かな部屋の中、分割画面に映る拓也を見て、ラファエルがいきなりそんなことを呟いた。


異次元過ぎる戦いを見せつけられている一同はその彼女の言葉にポカーンとして訳が分かっていなさそうだったが、ミシェルだけが焦ったように口を開く。



「ど、どういうことですかラファエルさん!?」



「え…え?たっくん負けそうなの!?」



「…いえ、まだ何とも言えませんが…拓也さんが不利なのは間違いないでしょう」




普段の穏やかな表情ではなく、今の彼女の顔は真剣そのもの。


そんな表情でそう言われたミシェルたちは、とてつもなく心配になると同時に、それはどういうことかと首を傾げた。


するとそれを察してかラファエルが説明を始める。



「拓也さんの二ノ型は、大剣を使う威力重視の技…それを喰らっても大したダメージは無いようでした。決定打を入れるには、さっきみたいに鎧をなんとかする必要があります。


しかしあの鎧は非常に頑丈な上に、自動修復機能付き。


修復される前に鎧を切り刻んでしまえば、本体にダメージを入れられるでしょうが、彼がそんなに連続で攻撃を喰らうとは思えません。


いくら速さで抜きんでている拓也さんでも…確実に鎧を切り裂いていくのは至難の業でしょう」



ラファエルの冷静な分析。一同は彼が不利という事実を突きつけられ、息を呑み、それを見守る。


すると、モニターに映る彼に、動きがあった。




・・・・・



発光した剣は、シンプルな指輪に戻って拓也の指へ。


まるで武装を解除するようなその動きに、オーディンは不服そうに口を開く。



「どうした。何故武器を手放したのだ」



しかしその問いには答えずに、肺に空気を取り入れ、限界まで吐き…それを何度か繰り返し、集中力を高めている。


そして彼の中で今から行うことのイメージが整ったのか、鋭い眼光でオーディンを睨み付けた。



「武器とは…何も金属の塊のことだけを指す言葉じゃない」



「ふむ…何を言っているかは知らんが、ヌシが来ぬなら我から行くぞッ!!」



丸腰と見える拓也にも容赦なく地を蹴って間合いを詰め、命を刈り取らんと武器を振るう。


拓也はするりするりと縫うようにして躱し、何かを狙っているように小さく…そして鋭く瞳から光を漏らしていた。




「ハハッ!確かに!武器を捨てた分ッ!身のこなしが軽くなったようだなッ!!



だがッ!いくら躱せてもッ!生身での防御は出来んぞッ!!」



剣を振りながらそんなことを言うオーディン。拓也は何を答えることも無く、躱し続ける。


そしてとある一筋を彼が振るったとき、拓也の目に光が宿った。



「ぬぅッ!!」



拓也は左手で剣の腹を押して刺突の軌道をずらして同時に入り身。


いきなり懐に潜り込まれ驚いているオーディンの眼前で、両手を弓の弦のように後ろへ引き絞り…



「【鎧貫き】」



頑丈な腹部のプレートの上から両手で掌底を叩き込んだ。



「な…あぁッ!?(ば、バカな…なんだこの衝撃は!?)」




まるで内臓がシェイクされるような衝撃に、堪らず後退りしたオーディン。


この技は一体何なのだと考えようとするが、拓也これが効いていると分かるやいなや、さらに激しい体術の猛攻で彼を攻め立てた。



「武器、それは金属の塊のことだけを指す言葉じゃないッ!」



狼狽える彼に足払いを掛け、すかさず下に潜り込み先程の掌底を、空中の彼にまた一撃。


連続した内臓へのダメージに、オーディンは激しく血反吐を吐いた。


兜の内部に吐かれた血は、隙間を抜けて拓也の頬に零れる。



地面に倒れ込もうと膝を折った彼の顎を蹴り上げ、もう一度空中に上げてタイミングよくもう一度掌底。


銃弾のようにぶっ飛んだ彼は、近くの岩に大穴を開けて停止。それを背もたれにぐったり項垂れ、面白そうに口を開いた。



「クック…なるほど、武術家の拳も十分な武器ということか……」



目の前には両手を猫のようにして、重心を後ろに置く構えの拓也。



「一つ分かったことがある。


お前の鎧には、斬撃より打撃の方が効果があるということだ。というか逆になんで今まで気が付かなかったんだろうな」



「ハッハッハ…これは確かに恐ろしい武器だ……最早凶器だぞ…。


むむ、その構えは……ムエタイか」



「へぇ、知ってんの…かッ!」



座り込むオーディンの顔面向けて膝蹴りを放つが、彼はそこから飛び退いて躱して剣を構える。


しかし拓也は既に懐に入り込んでいた。


鋭い突きがもう一度彼の顔面目がけて飛来する。…が、そう簡単には当たってくれないようだ。



「ッ!!」



神速の域に達したその突きも、超反応で回避する。



だが拓也は最初からそれを狙っていたようだ。


ニヤリと口角を釣り上げて、オーディンの頭に両手を回してしっかりと掴むと…



「カウ・ロイッ!!」



ムエタイの膝蹴りを兜にめり込ませた。


するとまた隙間から零れる血。どうやら兜を陥没させた蹴りは中身まで到達したようである。



苦しそうに呻くオーディン。このレンジでは剣は振るえない。


そのため彼もまた拳を突きだした。



「ッハアッ!!」



するとまたもや拓也の口角が吊り上がる。



「甘いッ!」



その突きを片手で下段に弾き、その反動を利用して顎に一撃。


よろめいた隙にもう片方の手でオーディンの片手を掴み手首を捻って、体勢を崩させ、前かがみになった所で、後頭部に肘、顔面に膝を、オーディンの顔を挟むように打ち込む。



そして一本背負いで彼を地面に叩きつけ、すぐに腕の関節を固定した。そして身体強化をさらに強化し、全力で力を籠め…




「あッあぁァァァァァァッ!!」



骨を折り、関節を外した。鎧の腕部分はありえない方向へ曲がっている。


そして止めの一撃に、後頭部に片手で掌底を打ち込んだ。



・・・・・



「ハァ…ハァ…流石に疲れてきたな…」



燃え盛る天使メタトロン。


彼の眼前にまだ立っている神は二人。



一人は腹部と左腕に大きな火傷の痕。もう一人は比較的軽症。



彼らの傍らには、一人の男の低級神が、光の粒子になり天に昇って行っていた。


彼は腹部に大穴を開けて絶命している。


そこまでの重傷なのに、ほぼ出血が見られないところを見る限り、どうやら炎で内臓などの組織を焼かれ死んだのだろう。



「化け物…め…天使の分際で……」



「天使の分際?知ってるか?俺ことメタトロンは一応《神の代行者》ってカッコいい異名も持ってるんだぜッ!!」



レーヴァテインを振るい、地獄の業火のような出力の炎を巧みに操るメタトロンは、炎を纏った翼で勢い良く羽ばたき、一気に間合いを詰めた。


まるでロケットのような爆発的な加速を見切れず、重症の神の片腕が焼き落とされる。



「ああああああああぁぁぁぁッ!!」



「ッ死ねッ!!」



「ッグッハァッ!!」



しかしその隙を突かれ背後に思い打撃を喰らってしまった。


攻撃した女神は、燃え盛る翼に触れたせいで足を火傷するが、最早そんなことは気にしていられない。




叩きつけられた地面は、彼が放つ熱で融解した。


流石のメタトロンでも神を3人同時に相手をするのは至難なのだろう。見るからに消耗してきている。



「あと…少し…。




ハッアアアアアアアァァァァッ!!!」



だがここであきらめる訳には行かない。


彼は一際弱まっていた炎を、その雄叫びと共に、先程よりも大きく再燃させた。




・・・・・



「ッう…ぅ…」



左頬を直撃する裏拳。


掌底を打ち込むと同時に、肩の可動域を無視して放たれたその一撃は拓也の不意を突くのには十分だった。



しかし驚いている暇はない。そんな不意の一撃を受けて気がそちらへ逸れた拓也。その周りには大量の魔法陣。



慌てて空間移動を発動させ、その場から離脱する。



「…痛ってぇ…」



だがどうやら少しだけ反応が遅かったようだ。魔法に巻き込まれた右腕が焼け爛れ、おかしな方向へ曲がっていた。


そしてオーディンは、へし折ったはずの右腕をグルグルと回しながら立ち上がる。



「なるほど。驚いたぞ」



「ッぺ……そりゃこっちのセリフだ」




先程の裏拳のせいで口の中に溜まった血を掃き出し、拓也は恨めしそうにそう返す。



ー…アレは明らかに可動域外……ならやはり……ー



オーディンはあの時、肩の関節を外し、自分の腕を鞭のように使ったということ。

原理的には不可能ではないが、激痛を伴う上、一歩間違えれば大参事。



それを彼は一切の躊躇なく行ったという事に、拓也は冷たい汗が頬を伝うのを感じた。



拓也は今までの戦闘を冷静に分析し、ジョニーを剣に戻す。




ー…やはり超接近は危険だな……だが決定打が入らないのにどうするんだ………このまま持久戦で勝ちをもぎ取るか?…ー



バチバチとした緊張感の中、両者が地を蹴って激突。



激しい剣のやり取りの中、拓也は勝ちに向かうための一手を捻り出そうと思考を巡らせた。



ー…いや、それはマズいよな……俺もまだ体力は余裕があるが、奴の底もいまだ見えていない……持久戦に持ち込むのは危険……ー



しかし一向にいい案は浮かんでこない。


持久戦は賭けに近い。



それに防具の性能上、拓也はうっかり一撃でももらおうものならそれが致命傷となる。





「ッハ!セイッ!!」



すると考え事をしていたのが仇となってしまった。斜めに振り下ろした剣は、彼の硬い手甲に阻まれ、刺突が胸部へ放たれる。



「ッ!!」



間一髪それを回避したが、回避することを見越していたオーディンの膝蹴りは拓也の脇ばらにクリーンヒットした。


骨が軋む音を感じながら拓也は追撃を警戒して、地面を滑るように後方へ下がる。



と、それすらも読んでいたのか、オーディンは必中の槍グングニルを拓也目がけて全力で投擲した。



それと同時に自分も走り出す。



「ッあぁ!クッソ重いなチクショウがッ!!」



地面に両足を食い込ませ、剣を指輪にして両手で向かってきた槍を止める…が、まるでまだ何かによって力が加えられているかのように重いその槍は、拓也の筋肉に悲鳴を上げさせた。



ー…ッしまった後ろかッ!!…ー



そしてグングニルとは逆の方向から迫るオーディン。気が付いた拓也だが、今この槍を離せば確実に自分の胸に風穴が開くことになるだろう。



「これで終いだ鬼灯拓也ッ!!」



考えている間にもオーディンは剣を振りかぶり、そう叫ぶ。



その刹那、拓也の中の知識と経験が物凄い勢いで集結された。そして導き出された一つの答え。




「なんのッ!まだまだァァァァッ!!!」



両足に込める力を少し緩め、上半身を逸らすようにして槍を抱き受け入れる。


そして胸に抱えた槍を、ジャーマンスープレックスの要領で自分の背後の地面へ突き刺した。


次の瞬間、斜めに振り下ろされたオーディンの剣グラムは、拓也を仕留めるべくして放ったはずの槍に止められる結果となった。



「ッなんだと!?」



「この程度で一々死んでられねぇんだよッ!!」



すると拓也は突き刺したグングニルをポールのように扱い、両手で掴まって半回転しながら、鋭い蹴りを放つ。



「ヌンッ!!」



しかし惜しくもそれは躱され、代わりに彼の背に斬撃がお見舞いされた。



「ッカハ!!」



躱された時、咄嗟に身体強化と魔力障壁を作って置いたおかげで致命傷は免れた。しかし傷は浅くはない。



ー…ヤッベェ!!2センチぐらいか……痛ってぇ……ー



一瞬強く吹きだした鮮血が、オーディンの鎧に赤錆のようにべっとりと付着する。



瞬時に塞いだ傷口だが、一瞬吹き出した白い上着の背が赤く染まる。そして今の痛みは、拓也の中で瞬時に彼への警戒心に変わった。



ー…やはり強い……折角へし折った腕もすぐに治りやがるし……



まぁそれはお互い様か…ー



先程まで焼け爛れ、同じく折れていたはずの自分の腕を軽く摩りそんなことを考える。


もちろんとっくに完治している。



すると拓也はおもむろに魔武器の片眼鏡を取り出した。



「…出来るかなんて…分からねぇが………やるしかないよねぇ…」



溜息を吐けながらそれを装着すると、不気味な笑みをオーディンに向けた。


そして、大量の魔力を魔武器に送り込む。




「テメェのそのめんどくせぇ鎧…解除してやるよッ!!」



次の瞬間、拓也の脳内に大量の情報が一気に流れ込んだ。




・・・・・



依然静かな王の私室。


すると突然、その静寂を打ち破るように部屋のドアが開かれる。



「国王陛下、ロイド=ドラグーンです。陛下がお呼びとお聞きしたのですが…」



「…あぁ、ロイド君。それにリリーさんも一緒だね?」



入室したのはロイドと、その隣のリリー。


どうやら王がこっそりと呼んだようだ。他の一同は首を傾げている。



「あ、あのー…ここに行けって言われたんですけど…」



「お、お母さん!?」



「じぇ、ジェシカじゃない!あなたこんなところで何してるの!?」



続いて現れたのはジェシカの母。


母子は顔を見合わせてお互い声を上げて驚いた。



「あなた……どうしたの?そんなに暗い顔して」



さらに続けてミラーナが顔を出した。



何故急にこの人達を呼んだのか?皆がそんな疑問を抱く。



「やぁ、来てくれたね。今呼んだ君達は、皆拓也君と近しく親しい者たちだ」



そして王が静かな部屋の中で口を開く。


一同は黙ったまま彼の話に耳を傾けた。


すると彼は一度目を瞑り、深呼吸で自分を落ち着かせ、決心したように口を開く。



「もしかしたら拓也君が死ぬかもしれない」



静かな部屋の中、そんな重い言葉を放った。






冷たいそんな言葉。目を丸くする一同、するとメルが飛びだして、大好きであるはずの父親の胸倉を思い切り掴んだ。



「た、拓也さんが負けると言うんですの!?ありえませんッ!!」



「あくまで仮定の話だ。親しい人からすれば、いきなり戦死報告なんて納得できないだろう」



確かに王の言っていることは一理ある。


何も知らされず、後から死んだなどと知らされるのは、いきなり過ぎて辛いだろう。だから彼はきっとせめて、最期が来るのなら親しい人達にそれを見守ってもらっていようと考えたのだ。


すると今度は、部屋の隅の空間が裂ける。



「ら、ラファエルッ!!状況はどうなっているの!?」



「………………敵は……どこだ?」



「ふぅ…ここ結界の中に直接飛ぶのは結構疲れた…」



そこから現れたのは、少女のような姿をした天使。口数が少なく表情の変化も乏しい男の天使。そして長身のイケメン天使。


彼らの背には例外なく4枚2対の白い翼。つまり彼らは…



「ガブリエル!ウリエル!ミカエル!!やっと来たんですか!!」



「ハハ、ラファエル。君が結界を強力に張り過ぎるから潜り込むのが大変だったんだよ」



微笑みながらそんなことを言う大天使ミカエル。



「…………ラファエル………お前は先に…………飛ばしていただいたのか?」



「え、えぇ。我らの主に飛ばしていただきました」



「ラファエル!それより状況はどうなっているの!?」



途切れ途切れ喋るウリエル。ガブリエルが怒ったようにそう急かし、ラファエルは慌てて口を開いた。



「セラフィムさんが敵の低級神2体と交戦中。先程は3体だったのですが、1体は殺しました。


拓也さんの使い魔の属性神達は敵の天使と交戦中です。こちらはまだパラパラと敵が出現しているので終わりは見えていません。



そして拓也さんなんですが……」



そう言葉に詰まって、スクリーンの方へ視線を送るラファエル。


大天使たちは誘導されるようにそちらへ目をやって、思わず絶句した。



「…あ、あれは……オーディン!?」



「……奴は…強いぞ…」



「な、何故あんな高位の神が…」



「どうやらオーディンは強者を求めて、拓也さんと戦いに来たようです」




ラファエルは、その整った顔を歪めてそう説明する。



「拓也さんは先程から、培った知識と技術で着々とダメージを与えていますが……恐らく状況は、拓也さんの不利でしょう」



彼をよく知る者のその分析。


先程は威勢よくモノを言ったメルも、悔しさから歯を噛みしめる。



ジェシカは信じられないという表情で膝を折って頭を抱え、あの表情が変わらないことで有名なアルスでさえ、悔しそうに顔を歪めた。


セリーは姉であるリリーに縋り付き、ビリーは座り込む。



帝一同も目を伏せて、なにも口にしようとしない。



「拓也さんは……そう簡単に死んだりしません」



しかし、その中で唯一。ミシェルだけが力強くそう言った。


驚いたように彼女に視線を向ける一同。



彼女のその蒼い瞳には力強い光が宿る。



「私は……信じています。………だって…拓也さん、とっても強いんですから」



だがその光も一瞬だけしか持続はしなかった。その目は涙が浮かび、口元は震え、拳は強く握られる。


仕方ない。彼女がこの中で誰よりも彼を想い、そして心配しているのだから。


しかし、信じたい。死んで欲しくない。そんな願望ともいえる彼女の想いは、一同の暗い雰囲気を消し去った。



「そうよ、アレがそう簡単に死ぬわけがないわ」



軽く毒をはくように口を開いたのはリリー。自分に縋り付くセリーの頭を撫でながら、軽く笑みを浮かべてそう言った。


するとそれをきっかけに、まわりにも穏やかな空気が戻る。



「そうだね。拓也はしぶといから大丈夫だろう」



「そうだよそうだよ!たっくんはゴキブリ並にしぶといからね!!」



若干暴言のような気もするが、この際気にしてはいけないのだろう。



そんな光景を遠目から眺める大天使たちは、穏やかな笑みを浮かべて感傷に浸る。



「拓也さん。いい友達が出来たみたいですね」



「ちょっとラファエル。なぁに泣いてんの」



「……出来の悪い…息子を見守る………母の心境」



「ハハハ。それはいいですが、結界の手は緩めてはいけませんぞ」




こちらもこちらで結構呑気である。



・・・・・



魔武器を介して頭の中に流れ込む情報。そこから組み立てられる勝利への道筋。


先程から拓也は防戦一方。体にはどんどん傷が増えていく。だが、着々と準備を進めていた。



「ハッハッハッ!!どうしたのだ鬼灯拓也ッ!!何を企んでいるのかは知らんがこのままではジリ貧だぞッ!!」



拓也はオーディンのその言葉に何も返さず、魔武器に送る魔力の量をさらに増やす。


流れ込む情報量は増え、しかし同時に脳に負担がかかり激しい頭痛が拓也を襲った。


先程から鎧を破壊するためにこの作業を開始してからおよそ10分。



「ッ!!」



ー…もう少し、もう少しで解除式が完成する……ー



腹部を狙った突きを躱しきれず、左脇腹を大きく切り裂かれる。


痛みに顔を歪める拓也だが、それをすぐに押し殺すとまた作業に没頭し始めた。



あと少し、あと少し。そう自分に言い聞かせ、敵の攻撃を防ぎ、いなし、躱し続ける。



そしてその時は訪れた。



「出来たッ!!…ッグぁ!?」



がその達成感が隙を作り出してしまう。


歓喜する彼の胸のど真ん中に、魔剣グラムが深々と突き刺さった。それは拓也の体内を突き抜け、肩甲骨の間から切っ先が飛びだして輝く銀色が血の色を孕み、不気味に赤黒い光を放つ。



「流石のヌシも…これは効くだろう」



威圧するような声色でそう拓也に喋り掛けるオーディン。しかし次の瞬間彼は戦慄した。



「…つーかまぁえた」



まるで悪魔のように三日月形に裂ける口。溢れ出るヌルリとした殺気。


兜の隙間から見えるその黒い瞳を見て、オーディンは底の見えない深淵を見つめているような気分に陥り、思い切り後ろへ飛び退こうとするが…



「逃がさねぇよ…」



拓也が彼の右手を左手でガッシリと掴みそれを許さない。


そして拓也はゆっくりと彼の胸にのプレートに手を当てて、そっと呟いた。



「…解除」



刹那、粒子となって空気中に飛散した彼の鎧は、胸元にポッカリと大穴を開ける。しかしそんな苦労をして開けた穴も、まるで生き物のように蠢き、すぐに縮んで行く。


が、拓也はすかさず穴が塞ぎ切る前に、そこに手を突っ込んだ。



どんどん元通りになって行く鎧は、やがて拓也が腕を突っ込んでいる部分を除いて元通りになる。彼の手にも尋常ではない圧力がかかり、少しでも気を抜けば手首が千切れそうだ。



「【核爆発ニュークリアエクスプロージョン)】」



だが、そのまま魔法を発動する。使用したのは魔力のみではなく、科学の力も利用した、エクスプロージョンを優に超える超爆発。


それが彼の鎧の中で巻き起こった。とんでもない爆音が辺り一帯に響く。



「ヌヲヲアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!!!!??!?」



しかしそれすらも掻き消すオーディンの大絶叫。


逆に鎧が強固すぎるのが仇となった。その爆発でも、隙間から煙と炎と熱波が漏れるだけで、鎧その物の損傷は大して無い。



「どうだ、炎の味は。この魔法に利用しているのは核分裂ではなく核融合。臨界質量を持つウランやプルトニウムを使用する核分裂とは違い…核融合に原理的に制限は無いッ!!【核爆発】ッ!!」



再び巻き起こる大爆発。流石の鎧も数か所穴が開き、そこから煙や炎が勢いよく飛び出す。



「それに魔力での強化ッ!どうだ!想像を絶する痛みだろうッ!!【核爆発】ッ!!」



「アアアアアアアアアァァァァァッ!!!!」



三度目。流石にオーディンも耐えられず、突き刺さったままの剣に力を込めて彼から見て斜め左に振り下ろした。



「ッグッアアァァッ!!?」



傷口から吹き出す真っ赤な血液。心臓とは逆方向に抜けた斬撃だが、それは余裕の致命傷。


拓也は雄たけびを上げ、力を振り絞ってもう一度【核爆発】を使用して彼を、彼を蹴り飛ばし距離を取る。



「ハァ……ハァ……」



「ぐッ!………ぬう……」




お互い負った致命傷。拓也は血を流しながら仰向けに倒れ、オーディンも仰向けに倒れ、隙間という隙間から煙をユラユラと立ち上らせていた。



ー……ヤッベェ…傷、塞がねぇと……ー



拓也は自分にそう言い聞かせ、すぐさま傷の修復を開始した。


とりあえず動くにしても、修復してからでないと出血が酷そうなので、寝転がりながら傷を治して行く。幸いオーディンも立ち上がらない。





「ッ!?おい見てみろッ!奴が倒れている!!」



「ほ、ホントだ!今なら殺れるんじゃねぇのか!?」



「や、やっちまおうぜッ!!」



すると何を勘違いしたのか、倒れる拓也を発見した天使たちがそんなことを発案し、一部の天使の集団が気勢を上げながら拓也の方へ突っ込んできた。



ー……いや、動けるんだけどもね…ー



内心でそうツッコむ拓也。しかし動くのはやはり危なそうなので、魔法で片付けることにし、魔力を練り上げる。


だが、そんな必要はなかった。



「闇よ…【呑め】」



そんな声が聞こえたその刹那。拓也を仕留めようとしていた天使たちは真っ黒な闇に呑み込まれる。


そしてその闇が去った後には、何も…肉片一つすら残らなかった。



「申し訳ございませんマスター。お怪我は御座いませんか?」



「あ、うん。全然平気」



拓也の傍に降り立った黒の燕尾服のシェイドと白の燕尾服のウィスパー。


ウィスパーは拓也の傷に手を翳すと、光属性の回復魔法を展開し、拓也の治療を開始する。



周りを見渡せば、各属性神たちは着々と天使たちを殲滅していた。



爆発と発火を使いながら焼き尽くすイフリート。


水で囲って窒息させたりするクラーケン。


所構わず落雷を発生させて暴れ回るトール。


大地を操り叩き潰すベヒモス。


カマイタチを発生させ斬り刻むジン。


不快音を発生させいたぶるイスラフェル。


敵の座標を弄って自分の身代わりとして使ったり、空間を一部ズラして不可視の攻撃をするゼロ。


纏った破壊の魔力で、文字通り跡形も無く消し去るミュル。



拓也は自分の優秀な使い魔たちを見て、頼もしそうにニヤリと笑う。



「よし、もう大丈夫だウィスパー」



「…?…まだ完全に塞ぎきっていませんが……」



「いや、大丈夫だ」



一瞬首を傾げたウィスパーだったが、拓也が何か考えを持っていると悟り、回復を中断して手を離す。


すると拓也は大きく深呼吸をして、彼らに新たな指示を出した。



「セラフィムとお前たちを結界の中へ戻す。後は俺が一人でやる」



シェイドとウィスパーは思わず耳を疑った。



残っている天使の総数は三千超。低級神も一人は重傷とはいえ二人は残っている。


それなのに彼はいきなりそんな無謀とも言えることを言いだしたのだ。



「「…………………もうお決めになられたのですね」」



「あぁ…というかホントお前ら息ぴったりだよな。【絶縁結界】」



しかしウィスパーとシェイドはあえて反論することはしなかった。


何故ならそれは、自らの主を信頼していないということ。侮辱に当たる。

拓也に特に絶対の忠誠を誓っているこの二人は、そう考えて発言したのだろう。



拓也は仲は悪いくせに息がぴったりの二人のそんな様子を眺めて楽しそうに笑うと、天使たち低級神たち、そしてオーディンの周りに結界を張った。



「!?どうしたんだぜ!?」



「ん!?なんだなんだッ!?」



「あれ?アタシもしかして空間移動の能力とかついちゃった!?」



そして空間移動で属性神とセラフィムを自分の周囲に集める。驚いたようにトールを筆頭にして声を上げる属性神たち。


呑気なような彼らだが、かなり消耗してきている。拓也はそれを一瞬で見抜き、また自分の魔力を彼らに分け与え、口を開いた。



「作戦を変更する。セラフィム…いや、メタトロンって呼んだ方がいいの?」



「別に好きな方で呼べよ、それより作戦変更とはどういうことだ?」



「予想以上にオーディンが強い。だからお前らを今から結界の中に戻す」



「………どうしたの?マスター。強敵なら尚更戦力は減らせないと思うよ」



ジンが弱々しくそう発言する。彼の言うことは尤もだ。


普通に考えて敵が強いなら、今戦力を減らすのは愚かな選択だろう。



「……………拓也…お前………”アレ”をやるつもりか?」




しかし、その中でセラフィムだけがその言葉を理解した。


拓也はこの状況の中、いつものように呑気に笑いながら首を縦に振り、彼の質問が正解であることを肯定した。


アレとは何なのか。それをしらない属性神たちは皆、首を傾げている。



「お前ら、言う通りにするぞ。俺たちは結界の中へ引く」



セラフィムは寂しそうにそう呟いた。




「お、おいセラフィムどういうことだッ!!主を置いて逃げろってのか!?説明しろよッ!!」



「落ち着けイフリート。今、ここで争っても時間が無駄だ」



まるで拓也を捨て置くと言うような言い方に、イフリートが激昂し、ベヒモスが冷静にそれを嗜める。


すると拓也が口を開いた。



「イフリート。お前たちには新しく頼みたいことがあるんだ。聞いてくれるか?」



「「何なりとお申し付けくださいませ、マスター」」



「…具体的な内容はなんなの?早くしないと結界がマズいと思うけど…」



相変わらず息がぴったりの光闇コンビ。ゼロは、背後、結界の中で暴れているオーディンを親指で指差しながらそう指定する。



ー…うわぁ…もう復活してんのかよ…ー



呆れるほどしぶとい彼の生命力を遠目に眺め、拓也は苦笑いを浮かべた。



「もし俺が死ぬ…もしくはそれに準ずる状態に陥った時は………ミシェルを……俺の代わりにミシェルを護ってやって欲しい。



誓約者が死ねば契約は無くなり、使い魔は拘束されないのは分かっている。

だからこれは本当に俺の勝手なお願いだ……どうか……………どうか頼めないだろうか」



先程までの笑顔は消え、深刻な表情で頭を下げる。


主に頭を下げられた属性神たちは、何を思うのか。しばらくの間の名にも発さず沈黙を生み出す。



「ま、マスター!…い、今から言うことは大変失礼で、主に対して無礼だということは承知で申し上げます!」



するとイスラフェルが半ば叫ぶようにその沈黙を打ち破った。


他の属性神たち。セラフィムは彼女に視線を集め、耳を傾ける。



「マスター!あなたは普段、私たちの事を使い魔ではなく友人と呼び、友人として扱ってくれますッ!


暇な時があれば一緒にお茶をしたり、温泉というものに入れてもらったり、沢山の人と交流させてくださったり!


こんなことを言うのはおこがましいと分かっています………ですが…マスターさえよろしければ、私達は……鬼灯拓也さんの友人としてそのお願いを引き受けましょう!!」


彼女はそう言い切った。一年前は、他の属性神たちともコミュニケーションをとることすらままならなかった彼女…イスラフェルがである。




これには他の属性神たちは驚きを隠せない。


イフリートとトール、クラーケンに至っては口をポカーンと開けたままフリーズしている。



「クックックック………ハッハッハッハッハ!!イスラフェルぅ!

まさかお前がそこまで言う様になってたとはな!」



すると突如ゼロが大爆笑しながらそう言った。


これをかわぎりに、属性神たちは程度は違えども、全員が笑い始める。


戦場のど真ん中とは到底思えない光景に、セラフィムも思わずニヤリと口角を吊り上げた。



「分かったよ拓也ッ!任せときな!!」



「でもね拓也!そう簡単に死ぬんじゃないよ!?」



「アッハッハ!オレっちは拓也焼くアップルパイが好きだから死んでもらったら困るんだぜ!!」



「…分かった。任せて…拓也君」



「私は約束は必ず守るタイプだ。任せておけ、拓也君」



「「ミシェルさんは必ず私たちが守りましょう。任せておいてください拓也さん」」



「俺も同じく了解だぜー、任せときな~拓也」



「……了解した。鬼灯拓也、任せておけ」



全ての属性神が”友人”としてその拓也の頼みを承諾した。



ー…皆…初対面の時と変わったなぁ……昔は統率のとれてない烏合の衆みたいだったのに……ー



拓也はそんなことを思いだし、感傷に浸る。


そこへシェイドが一歩前へ出て、拓也の正面まで歩み寄った。



「約束はしました。…しかし我々は、友人としても使い魔としても、あなたの生還を心より祈ってます。


ご武運を」



彼の背後に控える属性神たちも皆考えていることは同じのようだ。


だから拓也はそれにグッドサインで返す。



「安心しろ!死んでも全員ぶっ殺してきてやるからッ!!」



「ちげぇだろ!だから死ぬなつってんの!!」



すかさず拓也の頭をどつくイフリート。属性神たちは、闘技場で召喚されたことの頃を思い出す。前にもこんなことがあったよなぁと。


そして、自分たちはとてもいい人に巡り合えたのだとどこか誇らしく思うのだった。


すると思い出したようにセラフィムが口を開く。



「というかどうすんのよ?結界。あれ空間切り離すヤツだし、それを二枚も潜ってくなんて、俺でも結構時間がかかるぞ」



「あぁ大丈夫。さっきオーディンの鎧の情報集めてる時ついでにやっといたから。俺が飛ばすからいいよ」



「ったく…抜け目ねぇな」



・・・・・



「っと…流石拓也だな、あの短時間の内に術式解読してるとは」



拓也の空間魔法で飛ばされたセラフィムと属性神たち。セラフィムは空間を割って、レーヴァテインを仕舞い、ゴキゴキとこった首を鳴らす。


飛ばされたのはエルサイド国王の私室。中々に広い部屋だがそろそろ人口密度がマズいことになってきているが、この際気にしてはいけない。


するとラファエルがいきなりセラフィムに向かって叫ぶように口を開いた。




「せ、セラフィムさんッ!拓也さんはまさか…」



「あぁ、やるみたいだな」



明らかに慌てている彼女に、セラフィムはあっけからんに軽く返す。


そんな彼の態度に、ラファエルは珍しく怒りを露わにして怒鳴るように声を張る。



「何をそんな簡単なことみたいに言っているんですかッ!?下手をすれば拓也さんは…」



しかし次第に声は小さくなり、終いには俯いたまま言葉を途切れさせた。


続きは聞かなくても容易に予想できる。一同は驚愕する。


自分の無力さに、がっくりと項垂れたラファエル。刹那、彼女は目を見張った。


視界に入ったのは、床に血がポタポタと落ちるほどに強く握りしめた拳を振るわせるセラフィム。




「……俺たちは見守るしかない。拓也が選んだ手段が最善だと信じてな」



・・・・・



バリン!結界が一つ破られる。


中から現れたのは、フルプレート姿で、背に槍。腰に剣を刺した戦士。



「ハハ、さっぱり全快してるみたいだな」



「…さっきのは中々痛かったぞ鬼灯拓也。しかし分からんな。何故あんな群れるしか能の無い低俗な者たちを護るためにそこまで必死になる?」



煽っているわけではない。軽蔑しているわけでもない。彼は純粋な疑問に首を傾げ、そう尋ねた。


拓也はそんな彼を憐れむように寂しい表情をその顔に浮かべ、同情するように口を開く。



「じゃあお前は何のために戦うんだ」



するとオーディンはそんな拓也の言葉を鼻で笑い、腕を組んで得意げに語った。



「ふむ…これといって理由はないが……まぁ、強いて言えば我が楽しむためだ」



「お前も俺のやってることなんて理解できないように、俺はお前のその理由を理解できない。


そんなもんさ。案外簡単なようで難しい」



すると拓也はジョニーを刀に変化させ、腰に差す。


オーディンは、拓也の『ミシェルを護る』という目的の、完全に対極にいるわけではないが、こうして邪魔をする以上…敵。


こうしている間にも結界に閉じ込められた低級神二人と天使大勢は、脱出を試み、様々なことを試している。



ー…あまり時間は無いか…ー



「スゥー……ハァー……」



大きく深呼吸をし、落ち着かない鼓動と呼吸を整える。


そして腰を落とし、鞘口辺りを右手で持ち、鍔に軽く親指を添える。左手は翳すように柄に接近させ、居合いの構えを作った。


そこまで準備し、拓也はもう一度深く深呼吸し脱力する。



それを何度か繰り返す内、心臓の音はまるで火に水を掛けたかのように落ち着き、呼吸は穏やかに規則正しく繰り返される。


明鏡止水…一切の邪心が無く、心を落ち着かせた状態。



すると拓也は、目を瞑り、居合いの構えのまま沈黙を切り裂く。



「じーさんがよく言ってたっけ…人間は努力次第でどこまでも強くなれるって。


だけど…もう一つ分かったぜ。



人間は…少なくとも俺は………自分以外の誰かの為に、さらに成長できるんだ」



そう言葉を紡ぎ、一瞬だけ顔をほころばせた。



そしてもう一度、表情を引き締め…




独り言のように…ポツリと呟く。



「全リミッター…解除」



…しかし特に何も起きない。拓也自身にも変わった所は無い。


えらく大きなアクションをして、いかにも何か面白いことをやりそうな雰囲気だったのに…と、少々期待外れだと溜息を吐いたオーディン。



「なんだ鬼灯拓也。何か面白いことをして…………なんだ…その瞳は」



彼が喋っている最中、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた拓也。


その異様ともいえる様子に、オーディンも驚き、兜の下で目を見開きながら言葉を途中で変更し、そう尋ねてしまう。



拓也はオーディンが硬直する中、結界の張られた王都を背後に静かに口を開く。



「これより先は…何人たりとも通さない」



オーディンが食い入るように見つめる拓也の瞳。



彼のその瞳の瞳孔からは、白い光が空中に筋を描きながら閃いていた。




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