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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
26/52

限界解除

大好きな人を護る為……彼は全力を尽くす。



爛々と輝き、白い光の筋を宙に残して閃く、拓也の瞳。



見たことも無い。聞いたことも無い人間のそんな状態に、オーディンは剣を中段に構え、恐怖した。


ナニカ…ナニカが自分から切り込むことを躊躇させている。それが何なのか分からない。今までに味わったことのない感覚。



「なんなんだ………その眼は」



だから迂闊に距離を詰めず、そう口を開いた。


眼前で構える拓也。次の瞬間、彼はオーディンの視界から消える。



「ッなんだと!?」



今までの彼の速度は、速いながらも目では追えていたはずなのに…今回は何も見えなかったのだ。



刹那、背後から聞こえる悲鳴、絶叫。



慌てて振り向けば、そこは既に血の海と化していた。



バラバラに切り離された手足、胴体…首。それを行った張本人は、ちょうど最後の一体の、剣を突き立て止めを刺している。


そして背後のオーディンの方へゆっくり振り向くと、ボロボロになった白い上着を破り捨て、眼力で射殺すように彼を睨み付け…



「…人間の底力、見せてやるよ」



血で化粧をした顔を無表情にしたまま、そう呟いた。




・・・・・



「た、拓也さんどうしちゃったんですか!?」



一方王の私室。そこでは、豹変した拓也の姿と無感情な声を聞き、ミシェルが慌ててラファエルに詰め寄ってそう尋ねる。


するとラファエルは深刻そうにスクリーンの方を見つめ、視線をミシェルへは移さず、今の拓也についての説明を始めた。




「人間の筋力には制限が掛けられています。そのため人間は普段、本来筋肉が出せる力の2割程度しか出せていないのです」



「ど、どうして制限なんてあるの?」



不思議そうにそう尋ねたジェシカ。



「100%の力を使えば、自分の肉体を傷つけてしまうからです」



簡潔にそう説明したラファエル。しかしジェシカはまだ首を傾げている。


するとラファエルはそれに気が付いたのか、ようやく視線をスクリーンから視線を外し、彼女たちの方へ向けた。



「じゃあ体が壊れるほど力が何故制限を付けてまで存在しているのか…って顔をしていますね。簡単です。


これはある意味保険なのでしょう。ここままでは死んでしまう。脳がそう判断した時、体の一部を損傷しても生命の危機を脱するためにその力が存在するのです」



落ち着いてそう語るラファエルだが、いつもの様な穏やかな表情はまるでない。


本人は意識して笑顔を作ろうとしているのだろうが、努力も虚しく、表情には深刻さと焦燥感が漏れ出してしまっていた。



「それは拓也さんも人間である以上例外ではありません。修行によって出せる力の限界も上がっていますが、同時に、比例して筋力の上限も上がっています。


リミッターの解除は、一瞬でも筋肉や筋を痛めたりします。拓也さんは持ち前の修復力で回復しながら戦うでしょうが、あの状態で動き続ければ……」



スクリーンへ視線を移すラファエル。一同もそれにつられるようにそこへ視線を移す。


そこに映るのはオーディンと睨み合う拓也。



「いずれ…骨は砕け、筋は引き千切れ、筋肉は断裂するでしょう」



するとそこへ、すっかりいつもの状態に戻ったセラフィムが口をはさむ。



「それだけじゃない。アイツは全リミッター解除と言っていた。それなら魔力の方のリミッターも解除している。


筋力と同じように魔力にもリミッターが掛かっていてな…まぁ水を器に自動で注いでくれる装置を想像してくれ。

普段はちょろちょろ水が出て、一定量になると自動でそれが止まるような仕組みになっている。


それがリミッターを解除すると、いきなり滝のように水が吹き出して、一定量というモノを感知しなくなる。


アイツの目から漏れ出している糸みたいな光は、アイツですら魔力を上手くコントロールできていないという証拠。眼や髪というのは元々魔力の影響を受けやすい。


そして止めどなく大量生産される魔力を使用せず、自分の限界容量を超えれば…死ぬ」



普段のふざけた面影など一切ない。そんな真面目な様子で彼はそう言った。下手をすれば死ぬと。



そんな諸刃の剣ともいえる切り札を使ってまで………気が付けばミシェルは静かに涙を零していた。


ポタ…ポタ…と絨毯に染みを作る大粒の涙。それに気が付いたセラフィムは、彼女に歩み寄ってハンカチを手渡す。



「ミシェルちゃん、君も以前見ているはずだぜ。拓也が俺たちの前で脚が攣ったと倒れたことあったよな?」



「…」



ミシェルはハンカチを握りしめ、その質問にコクリと首を縦に振る。





「なら知っているだろ?あの強さを。今も見てただろ?一瞬であれだけの天使を片付けるあの強さを。


なら信じて待っていてやりな。それに戦いが早く終わればアイツの体への負担も少ない。



大丈夫。単純計算でも、アイツはいつもの5倍強いから」



グッドサインを向けるセラフィム。ミシェルは目を見開いて驚いたような表情を見せると、少しだけ微笑んだ。


そしてハンカチで涙を抑えるようにして拭き取り、スクリーンの方へ視線を向けて、涙目ながらも笑顔で呟く。



「はい、今は待ちます。…そして…終わったら……すぐに治療に駆けつけましょう」



「あぁ、そうだな。それが今俺たちにできる最善だ」



・・・・・



プレート越しでも余裕で通る衝撃は、彼に大きなダメージを与える。


風を切る音がする。そこでようやくオーディンは自分が腹部を攻撃され、ぶっ飛ばされたのだと理解する。



「が…あぁ!?」



腹部のプレートは粉々に砕け、下に着こんだ防具も砕け、地肌が見えていた。


奴は何処だ。素早く辺りを見回したオーディン。そして補足する。



「ひぃッ!や、止めてくれ!!」



そう情けなく命乞いをする男の低級神の心臓辺りに容赦なく突きを放って、尚且つ頭を掴み、握力のみで真っ赤な花を咲かせている拓也の姿を。


その隙を見つけたオーディンはすかさず魔力を練り上げて、様々な魔法を展開し、それと同時に背に背負う槍も、拓也を仕留めんと思い切り投擲した。



「…小難しいことはもう止める」



すると拓也は迫ってくる魔法を眺めそんなことを呟くと、左手に剣を持ち替え右手で魔武器の片眼鏡を外し、ゆらりと、体を魔法の方へ向ける。



そして…



「アアアアアァァァァッ!!!」



左手での剣撃だけで、寸分違わず自分の命を刈り取ろうと迫る魔法を撃ち落とし始めた。


一つ一つが超威力。しかしジョニーはビクともしない。



ー…流石だぜ相棒ッ!!…-



『俺のことは気にすんな!どんどんやっちまえッ!!』



心の中だけでそう会話をしている内に、魔法は全て撃ち落した。


しかしそれはまるでフェイクだったと言わんばかりに、その後ろからグングニルが飛来する。



が…



「甘…いッ!!」



拓也は先ほどまで両手ですら受け止めきることすら難しかったその槍を右手で軽々と受け止め…容赦なく、思い切り投げ返した。




風を切り、音を斬るその槍はオーディンの鎧の装甲を軽々と貫通する。


痛みに顔を歪めるオーディン。しかし拓也の猛攻は終わらない。



間隙開けず、次に飛来したのは…



「剣!?」



拓也の剣だった。



慌ててそれを弾くオーディン。今度は間に合った。そう安堵する彼だが…甘い。



「ッバカな!!何故お前がそこに居る!!」



自分の頭上でクルクル回転していた剣の動きがいきなり止まり、自分の視界が若干暗くなる。


慌てて上へ視線を向ければ、そこには今自分が弾いたはずの剣を握っている拓也の姿があった。



空間移動。オーディンもその考えが頭の端に浮かぶ。恐らく剣に空間移動の術式を書き込んだのだろう。


そしてそれは尋常ではない速度で振り下ろされる。


しかしオーディンは、考えるよりも先に剣でそれを防いだ…が



「重いッ!!」



先程までとは比べ物にならないほどの怪力に、押し負けて地面に叩きつけられる結果となった。


まるで隕石が落ちたかのような衝撃に、地面は堪らず大きなクレーターを作る。


だがそこで呑気に寝転がっている場合ではないことを分かっているオーディンはすぐさま飛び退いて体勢を立て直す。


すると次の瞬間、クレーターの中で大爆発が起きた。発生した爆風は辺りの土を根こそぎひっくり返し、灼熱の炎は付近の土を融解しドロドロとした赤い溶岩に変化させる。


先程までとは桁違いのその威力。もしあそこに自分が思うと…背筋が凍った。



「化け物め…」



その溶岩の中からゆっくりと歩み出てくる拓也を見ながら、一言。


獲物を仕留める眼。依然としてユラユラと閃くその白い光。



「失礼な、俺は人間だ」



そう反論し、駆け出す拓也。やっと目が慣れてきたオーディンだったが、彼の動体視力を持ってしても、拓也の姿は黒い影程度にしか見えない。


振り下ろされる一撃。それを魔剣グラムを水平にし、剣の腹に片方の手を添えて全力で力を込めて防いた。


地面は彼を中心にヒビ割れ、砕ける。


この状態の自分の速度について来たこと。そしてこの剣を受け止めたことに感心したような表情を見せた拓也。



「化け物はどっちだよ」



鬱陶しそうにそう呟き、ジョニーに指示を出す。


すると柄から光る液体が落ち、拓也の左手の中で短めの剣に変形した。



そして始まる剣のやり取り。しかし先程までとは一切違う。



「ぬぅ!!」



力、速さ、技量。全てにおいて拓也が勝っている。


鎧はまるで紙のように切り裂かれ、その下の体にもどんどん傷が増えていった。


だが拓也はその圧倒っぷりとは裏腹に、少し焦ったように内心で呟く。



ー……ダメだ…コイツしぶとい上に致命傷は避けてやがる…これじゃあキリがねぇ…ー



流石は高位の神といったところだろう。無意識のうちに致命傷を回避する動きをしていて、狙おうにも狙えない。



すると、βエンドルフィンを分泌しているはずなのに、突然体に痛みが走った。



「ッ!」



一瞬に鈍る動き。オーディンはそれを見逃さず剣を振るう。


それでも拓也は、理矢理体に言うことを聞かせ、彼に蹴りを放って遥か後方へ弾き飛ばす。


同時に体の中で、骨が逝く音がした。



ー…足根骨、中足骨、足基骨が折れたか…脛骨と腓骨にはヒビ…膝の関節も痛めてる……ー



軋む骨、悲鳴を上げる筋肉。



「……大丈夫、まだ持つ」



嘘だ。鎮痛作用を持つホルモンを出しているのにもかかわらず、体は痛みとしてアラートを出しているのだ。大丈夫なはずがない。しかし拓也はそれでもなお自分を誤魔化すようにそう言うと、更に多量のβエンドルフィンを分泌し、そのアラートを捻じ伏せた。



でも恐らくもう長くは戦えない。だから覚悟を決める。



ー…もう…アレしかないな……ー



蹴り飛ばしたオーディンはあれだけ打ち込まれながらもまだ立ち上がっている。


これ以上出し惜しみして居てもヤツは倒せない。拓也はそう判断したのだ。


少しの間目を瞑り、体にできた傷を修復する。すると自然に瞼の裏に映し出されるこの世界での思い出。



ー…ハハ、ダメだ。走馬灯が見えてきやがった…ー



出会った人々、殺した敵、何事も無い日常。



100兆年という長い期間を経験した拓也。しかし、この世界に来てからの時間は、その時間と比べ程にならないほど濃密で、楽しかった。




『たっくん見て見て!カマキリ捕まえた!』



いつもバカ騒ぎしていた少女、ジェシカ。



ー…確かメルが大騒ぎしてたっけ…キモチワルイって…ー



『ん?なんだいこれ…『賢者への道』?あぁ、これ僕も好きだよ」



官能小説のタイトルを読み上げ、突如そんなことを暴露したアルス。



ー…マイナーなシリーズだからよかったものを…というかかなり最近の出来事だよな…ー



『あなたですわねッ!!私の鞄の中にこんな物を入れたのはッ!!』



手にゴム製ゴキブリのおもちゃを山盛りに積んで拓也にブチギレたメル。



ー…あぁ…あの時は確か本物も数匹混ぜてたって冗談言ったら本気でぶん殴られたっけ…ー



『鬼灯君鬼灯君!見てこれ!お姉ちゃんがくれたの!』



そうはしゃいで飛び跳ねながらお守りを見せてくれたセリ―。



ー…セリーはホントリリーのこと好きだよなぁ…姉と違って俺に優しいし…ー




『拓也君、ここ分からないんだけど教えてくれないかい?』




テスト前の勉強会。教科書を持ってきてそんなことを尋ねてきたビリー。



ー…あの時は、俺の超理論で説明したな…終始意味不明って顔してたけど……ー



駆け巡る友人たちとの思い出。ギルドマスターのロイドに、ロリ受付嬢リリー。その他にも同僚の帝達。国王、王妃、ジェシカのお母さん。


ミーリタリア王国のエリミリア、国王、騎士団長ケルビム。



そして何より…この中の誰より…




『……大人しくその下着を離してください』



危うく腕の骨を折られそうになった思い出。



『あ、いいですよ。私がやりますから休んでいてください』



欠伸をしながら服のしわを伸ばしていた時の思い出。



『あまりふざけたことを言っていると怒りますよ?』



軽く言葉によるセクハラをしたときの思い出。



『晩御飯何にします?』



一緒に晩御飯を作った思い出。



止めどなく溢れる自分の大切な存在との思い出。


今自分がこうして、ボロボロになった体を…全身に走る激痛を捻じ伏せてまで、この場に立つ理由。



それは……最近気づかされたごく簡単なことだった。



そしてゆっくり目を開き、眼前に迫るオーディンの剣を素手で止めて、瞳から一際強い光をほとばしらせながら叫んだ。




「俺は…友人を………そして何より…大好きな……大好きなミシェルのために戦うッ!!」



ギリギリと力を込めるオーディン。流石の拓也も手から血を流した。


しかし剣は固く動かない。



「ッグ……惚れた女の為だと!?そのためには死をも恐れないというのか!!」



なんとかして剣を動かそうと奮闘するオーディンだが、無駄な足掻き。


断固とした決意を持ってこの場に立っている拓也を簡単になんとかするなどできないだろう。


自分では理解できないそんな理由に、思わず彼が恐ろしくなるオーディン。


次の瞬間、彼の腹部に強烈な衝撃が走った。



「あぁ、恐れない。というかもう約束しちゃったし…『死んでも護る』って

それにミシェルになら…命を掛けるのも惜しくないからな」



折角修復した鎧はまた粉々に砕け大穴が開き、それでもなお留まるところを知らないその拳は、オーディンの鳩尾に深くめり込む。


しかしそれは諸刃の剣。拳の皮は破け血が滲み、腕の骨が折れて皮膚を突き破り飛びだす。

だがβエンドルフィンの多量分泌で最早痛みは感じない。



それにそんな重傷を負ってもすぐさま傷は修復し始めていた。その異様とも言える再生力に、苦しいながらも目を見張るオーディン。



「…があぁ………分から…ない……」



「………………そうか、可哀想な奴だな」




拓也はそれだけ呟き、同情するような眼差しを向けると、剣の刃を握る左手に力を籠め彼を地面に叩きつけてバックステップを踏んだ。


この状態になって初めて拓也自ら距離を取ったことに驚愕するオーディン。何が来るのかと警戒し、ダメージを回復しながら立ち上がる。



ー…おいおいマジかよ……しばらく立ち上がれないようなダメージ入れたはずだぞっ!!?


これは…真剣にこれで決めないとマズいな…ー



内心で彼のタフさに舌打ちをし、そう決意をもう一度固め…魔力を練り上げる。



「……フー」



大きく息を吐き、肺の中の空気を空にして、もう一度大きく吸う。


そして逃げ出す間もないほどに素早く、オーディンを中心に薄い空色でドーム状の結界を張った。




捕まった。そう理解したオーディンは憎らしそうに口を開く。



「我を逃がさんように結界か、考えたな。だが…我は逃げんぞッ!!さぁかかってこい鬼灯拓也ッ!」



剣を構え、そう叫ぶ。鎧は既に修復しており、戦闘準備は万端のようだ。


一方拓也は、ジョニーを双剣に変形させ、直立のまま両手を大きく横へ開いていた。


右手で順手持ちの長剣の切先を天へ向け、左手の逆手持ちの短剣の切先は地へ向ける。



今から何が起こるのか。何が来てもいいように身構えるオーディン。



すると突然、拓也の双剣が発光し、ポタリ…ポタリ…と光る滴を落とし始めた。


今までに何度もそれを見てきたオーディンは、彼が武器を増やしているのだとすぐに分かる。



ポタリ…ポタリ…と落ちた滴は、地面に触れると、刀、剣、短剣、大剣、鉈、刺剣、曲剣…果ては槍、斧槍、大鎌まで、様々な武器に変形しながらランダムに散らばって、四方八方へ飛んでいった。



どうやらまだ攻撃段階ではなく準備段階のようだ。オーディンの隣の地面にも剣が突き刺さるが、それは彼を狙ったものではない。


彼は思わずその光景…その武器たちに見惚れていた。



「別にこの結界は敵を逃がさないようにするだけじゃない」



唐突にそう呟く拓也。武器の製造は既に停止している。


思わず慌てて辺りを見回すオーディン。彼を中心に張られた、直径500mは有ろうかという巨大なドーム状の結界。


ランダムに散らばって行った武器たちは、地面に突き刺さるモノや、結界の端へ移動しふよふよとしているモノがある。


それはまるでオーディンを取り囲み、逃がさないように全方位から刃を向けているにも感じた。



「張った結界は俺の足場でもある。…ちなみにドーム状に見えるが、この結界は球体で地中にも張ってある。逃げ場はないぞ」



「何度も言わすな…我は逃げない」



「あっそ………」



そう会話を交わし、魔力をさらに高める二人。


お互いに身体強化を強力に掛け直し、獲物を狙う鋭い眼光をぶつけ合う。


僅かな間、生まれた沈黙。これですべてが決まる。お互いがそう悟り、意識を極限まで集中させ、一切の雑念を消し去る。



そして遂に、幕が切って落とされた。



「『鬼神の剣』…《最終奥義【天地無双】》」



次の瞬間、目の前の拓也の姿が一瞬ブレたかと思うと、いつの間にかオーディンは回転しながら宙を舞っていた。


何が起こったのか分からないが、自分がダメージを受けたことだけは分かる。その証拠に体には凄まじい衝撃がダメージとして蓄積される。



「ッんガァッ!?」



そして続けざまに左太ももに走る鋭い痛み。視線をそこへ向けると、そこには鎧を貫通し、刺剣が痛々しく突き刺さっていた。



次は鎧の背を肩甲骨から横腹に掛けて切り裂く斬撃。浅く入ったのが幸いして地肌は斬られていない。


…が、そう安堵していると…



「ッ!?」



いきなり鋭い痛みが鎧の切り口に沿って走り、開いた隙間から鮮血が噴き出した。



「(バカなッ!鎧しか斬られていないはずだぞッ!!)」



心の中で理不尽な出来事にそう叫ぶ。が、彼は分かっていた。



一撃目は痛みがなかった。ということは自分がホっとしている間に、同じ場所に二撃目を叩きこまれたのだ…と。



しかしその間はほんの一瞬。



そうこう考えている間に、鋭い槍が左脇腹を貫通した。



そこでようやくオーディンは、拓也が言っていたことを思い出す。



『結界は俺の足場でもある』



「(つまり…鬼灯拓也はこの結界の中を跳び回って攻撃をしてきている)」



冷静に分析を開始し、次の動きを予測する。



自分が次に攻撃を仕掛けるならどこからするだろうか。…するとそれは案外簡単に予測できた。



「次の攻撃は……後ろッ!!」



そして背後へ剣を振るう。刹那、金属同士がぶつかり合う音が結界の中に響いた。


遅れて視線をそちらへ向ける。しかしそこには剣が弾かれ地面へ落ちていくというなんとも残念な光景。


オーディンは思い切り舌打ちをして次の攻撃に備える。果たして今のは投擲だったのか、それとも直接攻撃だったのか。それすら分からない。



「どこだッ!鬼灯拓也ァッ!!」



「左だよ」



突如として自分の左側から聞こえたその無感情な声。


思わずそちらへ首を向けたオーディン。しかしその宣言とは裏腹に、次に切り裂かれたのは右太腿だった。



「ッ!!」



油断していた所に受けた攻撃。痛みに顔を歪めた彼は、焦って引っかかった自分に苛立ち、その自分への怒りに歯を強く噛みしめた。




血眼になって辺りを見回し、太腿に刺さった刺剣を引き抜き投げ捨てる。…そしてようやく見つけた。


その速さのせいで依然姿はブレて見えるが、いる場所は把握するオーディン。


彼は次に刀を手に、結界を足場として踏み切り、オ―ディンへ一直線へ跳んできた。



「見えたッ!!」



兜の下で嬉々とした笑みを浮かべ、武器を構えた彼は、拓也を迎え撃つべく剣を振りかぶった。



…のだが。



「ッ消えた!?」



拓也は場所を把握されたことに気が付くと、刀をオーディンに向かって投げつけ姿を消した。



すると今度は彼の後頭部に、今までと違って鈍い衝撃が脳を襲う。



グラリと揺れる視界。目の前がが若干暗くなったように錯覚……



「ッ!!」



いや、錯覚ではない。オーディンの眼前には、先程投げたはずの刀を上段に構える拓也の姿。


防御は…間に合わない。



「アアアァァッ!!」



肩口から斜めに抜ける斬撃は、オーディンの体の前面にバッサリと深い傷を刻んだ。


すると攻撃を加えた拓也は返り血を浴びる前に、オーディンの見ている前でまた姿を消す。


これだけの傷。その中には命に届くモノが幾つもあるのにもかかわらず、オーディンはまだ倒れない。


そしてここまで気てようやくこの技の仕組みをほぼ理解した。



「まさかッ!!これだけの武器一つ一つに空間移動の術式をッ!!?」



そう、拓也はこの結界の中を縦横無尽に駆け回って攻撃しているだけではない。


武器一つ一つに『瞬間移動』の術式を組み込み、線の運動だけではなく点の運動もしているのだ。



先程刀を投げた時、拓也は違う武器の所まで”飛び”、背後から攻撃し、体勢が崩れ、攻撃を受けた後ろへ注意が行ったところで、あらかじめ投げて接近させておいた刀に”飛び”オーディンを斬ったのだ。



そして彼は自分が最初に打ち上げられた理由も悟る。



武器で囲われたこの結界の中心部へ移動させておくことで、全方面からの攻撃を可能にしたのだろう。



となれば自分がこのままここに停滞しているのは危険。



すぐさまそう判断すると、風の魔法を発動させ、地面に降り立とうとする…しかし拓也がそれを見逃してくれるわけがない。



「逃がさねぇよ」



白い眼光で宙に筋を描きながらすさまじい勢いで脇を抜ける黒髪の青年。



ギラギラとした輝きを放つ瞳から感じる強い精神力。効率を重視し鍛え抜かれた肉体。


そして静かに見えるが、その裏で激しく燃やしている闘争心。



圧倒的な力を持ってして敵を捻じ伏せるその姿は…まさに『鬼神』


しかし何故かその姿からは美しさすら感じる。



「…鬼神の剣……クックック…なるほど、鬼の神とはよく言ったものだ……」




最早賛美するようにそう小さく零したオーディンは、防ぐ間も無くもう一度中心部へ蹴り上げられた。



「トップギアで行くぞオオォォッ!!!」



蹴り飛ばした反対の武器まで飛び、自らを鼓舞するようにそう高らかに叫んだ拓也。


スラリと銀の輝きを放つ刀の柄を掴み、全力で結界を蹴る。





そこからはもう一方的な戦いであった。



直線的に跳び、線上のオーディンを斬撃、打撃、刺突。


様々な武器を持ち替えながらありとあらゆる角度から攻撃を加える。一瞬の間隙す開けないその攻撃は、最早全方向から同時に、何度も何度も攻撃されているとすら錯覚する。



最初は抵抗していたオーディンだが、空間移動を駆使して襲ってくる攻撃は、拓也の元々の速さも相まって防ぐことは不可能。



そして拓也の”トップギア”の攻撃が始まって3分後、オーディンは力なく地面へ向かって落下していった。



・・・・・



「み、見てくださいッ!!!オーディンが地に落ちましたッ!!!!」



ラファエルがそう叫ぶ。


すると王の私室に居る者たちは、次々に歓喜の声を張り上げた。



ミシェルは何も言わずその場にへたり込む。



「か、勝ったんだ!たっくん勝ったんだよッ!!!」



「やっぱりすごいよ拓也は!!」



「ふん、剣帝のことだ。はなから心配なんてしていなかったさ」



「またまたー、そんなこと言っちゃって~。光帝めちゃくちゃ心配してたくせに~」



「なんだとッ!?そんなことはない!!冗談はやめろ地帝ッ!!」



しかし歓喜に沸くその室内でセラフィムだけがまだまじまじとスクリーンを見つめる。


そして静かに…だが皆に聞こえるように口を開いた。



「いや…まだだ」



その言葉に皆が首を傾げる。何を言っているのだという表情を皆が浮かべる。



…が、次の瞬間、彼のその言葉の意味を、この場に居る全員が理解した。




『が…ぁ………』



スクリーンから聞こえる低い呻き声。



まさかと思いそちらへ視線を集める一同。彼らの目に映ったのは、地面にうつ伏せに倒れ、指先を動かしそう悶えるオーディンの姿だった。


ボロボロになった鎧はもはや防具としての機能は果たしていない。彼の体には無数の斬り傷、痣。痛々しく突き刺さる数本の剣。それでもなお彼は生きていた。


しかし最早虫の息。



「た、拓也さん!早く止めをッ!!」



こちらからの音声は送れないのも忘れ、ラファエルが叫ぶ。


すると拓也はオーディンの傍らに降り立った。



…が、彼は中々剣を振るわない。



一同はその光景を息を呑んで見守る。


拓也はオーディンのすぐそばまで歩くと、彼を奇跡的に草原に残った大岩の方まで彼を蹴り飛ばした。


ゆったりと放物線を描きながら岩に叩きつけられた彼は、苦しそうに声を上げり。



そして次の拓也の発言は、一同を驚愕させた。




『おい、そこに隠れてる低級神。運が良かったな、見逃してやるからソイツを連れてとっとと天界へ帰れ』



突然見逃すと言いだしたのだ。



室内が動揺の声で騒がしくなる。その中でまず一番最初にラファエルが口を開いた。



「み、見逃すって…何を考えているんですか拓也さん!!!」



しかしこちらの声は向こうへ届かない。



『な、何故だ……我は負けた…殺せ』



『ッハ…強いて言えば同情ってやつ?なんだか戦うしか能が無いお前を見てたら可哀想になってきてな。


見逃してやるから次やるまでにテメェのショボイ歴史を省みとけ』



『なっ……これ以上生き恥を晒すつもりはないッ!!!殺せッ!!』



『だから…戦うだけだったお前は、最初から生きてすらいねぇよ』



まだリミッターは解除しているのか、目からは光が溢れている。


そして一際その眼光を強めると、背後から顔を出した足にやけどを負った女神を睨み付けた。



『おい、今ここで殺されたくなかったらこのバーサーカーを連れて帰れって言ってんの。聞こえない?』



「あのバカは…何を考えているの……」



心底慌てたようにガブリエルがそう呟く。


無理もない。ここまで苦戦した相手を見逃そうと言っているのだから。


他の四大天使も皆同じことを考え、顔を顰めている。


人間たちも属性神も同様に、拓也のその言動に、皆首を傾げていた。




だが、セラフィムだけが彼のその行動の意味に気が付いていた。



「違う。止めを刺さないんじゃない。刺せないんだ」



そう発言するセラフィムに、一同の視線が一気に集まった。


彼は皆が説明を待っていることを察し、言われる前に先に口を開く。



「あれだけ体に負担を掛けるリミッター解除を10分以上続けてんだぞ、本来なら立っているのだってやっとなはずだ。


それにあいつは優しい男だが、甘い男じゃない。



だから…あれは恐らくハッタリだ。自分がもう動けないことを隠すために、天界へ帰そうとしている」



何故そんなことが分かるのか。しかし今はそんなことはどうでもいい。


ラファエルはすぐさま作戦を立て、それを慌てて立案する。



「それなら今すぐ私たちが行ってオーディンを殺しましょう!!」



「いやダメだ」



だがセラフィムは彼女のその作戦をすぐさま否定した。



「相手は低級神といっても神は神だ。それに俺の炎で足を少し焼いた程度の軽症。それに俺もほぼ力は使い切ったから、もう殆ど戦えない。


今俺たちが行ってオーディンを殺せたとしても、その後あの神を殺せるか?


その間に拓也が倒れ、戦えないことが分かれば、まだあの亀裂が開いている以上援軍を呼ばれる可能性がある。そうなれば本格的に俺たちに勝ち目は無くなる」



拓也を最も知る彼だからこそ気が付けたこと。


それを考慮した冷静な分析。



そして彼は新たな作戦を立てる。



「今からラファエルを残して大天使3人と属性神。俺で拓也の下へ向かう。だが手は出すな。こちらの戦力を見せるだけでいい。


ラファエルは敵が撤退して亀裂が閉まったのを確認したら結界を解除。それから来てくれ……一緒に行きたい人は連れていってもいいから」



最後の一言は、涙目で見つめてくるミシェルに負けた結果なのだろう。



「じゃあ頼んだ」



そして彼はそう一言残し、ラファエルを除く大天使と属性神たちと共に拓也の下へ空間移動で飛んでいった。



・・・・・



漏れ出す濃密な殺気。おまけにまだ高まり続ける拓也の魔力は体表からも陽炎のように現れる。



「さぁ、どうする?選べよ、ここで死ぬか、ソイツを連れて帰って生き長らえるか。


それでもお前がどうしても俺と戦いたいって言うのなら………相手になるぜ」



彼女はまさに蛇に睨まれた蛙の状態。


セラフィムの予想通り最早立っているのもやっとな拓也は、それを悟られぬよう全力で威嚇しながら彼女に選択肢を与える。



しかし彼女はビクビクと震え、怯えたまま岩の裏から出てこようとはしなかった。



ー…クソ……マズい………もう…リミッター解除の状態を維持できない……早くしねぇと……ー



天使は既に殲滅した。残っている中で戦えるのはもうこの女神だけ。



しかし、早くしなければと慌てるせいで演技に力が入り過ぎ、彼女が完全に怯えきってしまっている。



「おー、拓也。なんならソイツ俺に殺らせてくんない?俺が相手してたのに、1匹だけしか殺せなかったのはなんかしゃくだしさ」



「敵は何処ですかな?」



「…助太刀」



「私も手伝いましょうか」



そこへ現れた熾天使メタトロン。レーヴァテインを肩に担ぎ、燃え盛る。続くのは大天使ミカエル、大天使ウリエル、大天使ガブリエル。その背後には属性神たち。


しかも全員が完全武装。



慌てて振り返る拓也。しかしセラフィムの目を見て、今の自分の状態を彼が把握し、且つ自分と同じことを考えているとすぐさま悟る。



…だが、わざわざ彼らが来るまでもなかったようだ。



「や、止めろ!!我は…我は…ッ!!!」



「お、覚えていなさいッ!!」



拓也が後ろを振り返り、隙を見せたその瞬間の出来事だった。どうやらただただ拓也が怖かったようである。



彼女はオーディンを背負い、地を蹴って遥か上空に空いた亀裂へ向かって飛び去って行った。



なんだか肩透かしを食らったような気分の彼らは、その上空の亀裂を眺め、何を言うでもなく立ち尽くす。



するとオーディンたちが完全に亀裂の中に入ると、まるで時が戻って行くかのように亀裂の端がくっつき始め、次第に裂けた空は元の青空に戻るのだった。





「…終わったな」



「…あぁ」



天を仰ぎながらセラフィムの言葉に相槌を打つ拓也


空はいつも通り。しかし戦場となった王都前の草原は、至る所に巨大なクレーターが形成され、それが無いところでも土が大きく削られている。


やっちまったなぁ…と考えていると、王都と王城に張った結界が解除された。



「拓也さん!!」



それと同時に聞こえる彼が一番聞きたかった声が鼓膜を揺らす。


拓也はその声を聞き、安心した様に一息吐くと、今まで瞳に宿していた光を消した。リミッターを元通りに掛けたのだろう



「たっくん!大丈夫!?」



「拓也!すごいよ!」



「やったよ鬼灯君!」



「拓也君はやっぱりすごいや!」



ミシェルたちの声がした方へ視線を向けながら、ジョニーを鞘に戻し、そこから指輪に変形させる


皆がこちらへ駆けてきている。ジェシカ、アルス、セリー、ビリー。…そしてミシェル。



ー…よかった…全員無事だった…か…ー



内心でそんな安堵し、目を閉じる



そして…



「おい拓也ッ!」



「!拓也さん!大丈夫ですか!!?」




ドサッ…という音と共に、地面へ前のめりに倒れ込んだ。心配そうに彼の周りを取り囲むミシェルたち


最早いつものように脳をコントロールして鎮痛ホルモンを分泌することすらかなわない


βエンドルフィンの分泌が停止し、全身を襲う激痛



それも地面に転がることで、少しはマシになった。



「ラファエル!急いで拓也の容態を確認しろッ!!」



「は、はい!!」



セラフィムの指示に従い、拓也を囲む人を掻き分け前へ出たラファエルは、拓也の体を反転させ仰向して手を翳して光魔法を展開する。


触れられただけでも走る激痛。しかしそれを訴える力すら残っておらず、彼にできたのは精々眉を顰めるくらいだった。



「…ひどい…全身の筋肉は良くて肉離れ…でも殆どの場所が断裂しています。全身の筋もかなり損傷、靭帯は殆どの場所が伸び、切れている所もあります…骨は…足と腕は殆どどこも複雑骨折、粉砕骨折してる場所もあり。肋骨は15本折れてます。一度ばっさりやられた傷も塞ぎきっていません!それに血も足りてない……」



瞬時に拓也の体の状態を調べ上げるラファエル。


彼のその損傷具合は、聞いている内に医学に詳しくないものでも、思わず顔を真っ青にするようなモノだった。




目を瞑り、息も絶え絶えの拓也。無理もない。



限界を超えて、10分以上も人智を超越した動きを続けていたのだから。


破り捨てた上着の下のインナーには、喰らった斬撃の跡がしっかりと残り、そこから滲み出す血は、黒い生地を更にドス黒い色に変色させた。



「拓也さんッ!しっかりしてください!!意識はありますかッ!?」



必死に呼びかけるラファエル。しかし、拓也は返事をせず、短く浅い呼吸を繰り返すだけ。


かなりマズい状態だ。



この場に居るのは、国民への指示の為に残った国王、王妃、帝達以外の王の部屋に居た全員。


その全ての人達が、そんな状態の拓也を心配そうに見つめ、彼の無事を心から祈る…が、その願いとは裏腹に、拓也は虫の息。


するとその人の群れの中から、一人の少女が前へ出た。



そして拓也の左側で跪く。伸ばした手は今にも彼に触れようとするが、それは寸でのところで止まった。それはきっと彼が全身に大怪我を負っていると知っているからだろう。


その彼女は、彼を覗き込むように前かがみなる。ゆらりと銀髪が揺れ彼女の表情を隠す。


そして次の瞬間、銀色の髪の隙間から、透明で大粒の滴が零れ落ちた。




「…た、拓也さん………死んじゃ…ダメです……」



地面に僅かに残った草をぎゅっと握りしめるミシェル。


その表情は不安と悲しみに歪み、宝石のように美しい蒼の瞳から、次々にガラス玉のような涙を零す。


彼女が彼に抱く想い。それはこの場に居る殆どの人が知っている。故に今の彼女の気持ちは、彼らの心にも痛いほどに伝わった。



すると…



「ッ!!」



ミシェルのその声は拓也に届いたのか…今まで死んだように動かなかった拓也の手が、震えながらゆっくりと持ちあがる。


その光景を信じられないとった表情で見つめるミシェル。



拓也のその左手はゆっくり…ゆっくりと彼女へ向かって伸びる。そして遂に彼女の右の頬に彼の手の平が触れた。



「………か……って…に………こ…殺………すな……」



彼が喋った。いや、それだけではない。拓也は片方の瞼を開き、口角を少し上げて微笑みを作っている。ミシェルは思わず目を見開いた。


ただそれが嬉しくて嬉しくて、気が付くと先程よりも大粒の涙が溢れ出す。







拓也は微笑みながら、その涙を彼女の右頬に添えた左手の親指で軽く拭う。



「ほ…ら、……泣く………な…………綺麗…な……顔が……台無し…だ…ぞ」



「拓也…さん…死なないで…」



だがやはり彼はまだ満身創痍なのだろう。フッと左手から力が抜け、彼女の頬から滑り落ちる。


ミシェルは、滑り落ちたその手の掌にちょこんと手を添えるように置くと、もう片方の手で涙を拭いながら懇願するように震える声でそう言った。


その願いに、拓也は彼女の手を…今自分が出せる限りの力で握り返す。それはまるで赤子が親の指を握るようなモノだったが、ミシェルにとって、最早そんなことはどうでもいい。



「あぁ……約束…だ……俺は………死なな…い」



そう口にし、微笑む拓也。



彼は約束を必ず守る。それを知って居るミシェルは、安心したわけではないのだが、何故か自然に笑みが零れた。自分がそうしなくてはいけないような気がして。



すると拓也は眼球だけを動かし、セラフィムの方へ視線を送る。



「悪……い……しば…らく……頼む」



「あぁ、任せとけ。その代わり…ちゃんと帰って来いよ」



拓也が短くそうやり取りを交わした…その時。


少し離れた場所の岩場から、2枚1対の翼を持つ天使が雄たけびを上げながら飛びだした。



「あぁクソがッ!!!テメェらのせいで帰れなくなっちまったじゃねぇかッ!!!


…鬼灯拓也、せめて弱っているお前だけでも…ッ!!」



敵は去ったと完全に油断していた大天使たち…熾天使ですら、その認知に一瞬遅れる。


しかし……天使でもなければ、属性神でもない…ある一人の人間だけが、その天使を射殺さんばかりの眼光で睨み付けていた。



「ッ!!」



不意に目が合ってしまった。その何とも言えない威圧感に、天使はまるで全身を氷水に突っ込まれたような錯覚を覚える。


そして…美しい銀髪を揺らし、サファイアのように蒼い瞳を持ったその美少女は、天使を鋭く睨み付けたまま、静かに呟いた。



「これ以上拓也さんを傷つけることは………『許さない』」




その刹那、銀髪の美少女…ミシェルの背後から、十数本の光の矢が射出され、天使の額、喉、心臓、両肩、股関節、両膝…と、天使の急所を確実に捉え、深々と突き刺さった。



それは一瞬の出来事。天使は断末魔をあげることすらなく地に沈み、光の粒子となって天へと上っていった。


全員が驚愕の目でミシェルを見つめるが、ミシェルもまたその目を驚愕に見開いている。



「・・・・・・・・・・・・わ、私・・・今何を・・・・・・」



「い、今はそんなことはどうでもいい!とりあえずすぐに拓也を運ぶぞッ!!」



魔法でもなかったその攻撃。ミシェルがそれを放ったということは紛れもない事実。


セラフィムはそれによって起こるであろう混乱を避けるためにそう叫び、場をまとめてそう指示を出す。



「・・・」


不意に拓也と目が合うセラフィム。彼の目もまた驚愕に見開かれていたが、どうやらもう目を開けている力すらないようだ。


拓也はミシェルに手の温もりを感じると、目をゆっくりと閉じ、その意識を深い闇の中へと落としていった。


まるで微かな灯火が消えるように・・・自分の手を握っていた弱々しい感触すら消える。それを感じ取ったミシェルは慌てて我に帰ると視線を拓也に向け、必死に声を張る。



「た、拓也さん!?しっかりしてください!!い・・・イヤ・・・・・・死なないで・・・」



「大丈夫だミシェルちゃん、意識がなくなっただけだ」



「た、助かりますよね!!?」



「・・・・・・あぁ、大丈夫だ。さぁ、運ぼう」



確証は得られない。だからセラフィムはどう言おうか迷ったが、彼女の心配と悲しみの宿った瞳を見ていると、そうとしか言えなかった。



かくして・・・今回の神の襲撃は、ようやく幕を閉じたのだった。


死闘の末、彼は勝ち取った。

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