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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
14/52

覚悟




「起きなさいッ!何をこんなところで寝ているのですッ!?」



「……ったく…、なんだよ人が気持ちよく寝ている所に…」



「今日は帝の定例会がいつもより早く開かれる事は知っているのでしょう!?早く向かいなさいッ!!」




ギャンギャンうるさく、拓也に叫ぶ金髪…今日はサイドテールのエルサイド国王女。


ハイメルシューラルム=エム=エルサイド、通称メル。



場所は屋上。


気持ちよく寝袋に入り、熟睡していた拓也をサッカーボールキックで叩き起こし、今に至るという訳だ。



「お~い、パンツ見えてんぞ~王女ならもうちょっとそういうとこ気を遣えよなァッ!!……鳩尾に爪先蹴りはダメだろ……」



「いい加減にしなさいッ!!貴方は帝としての自覚はあるのですか!?」



拓也の帝としての責任を怒りながら問い詰めるメルだが、その怒りは単純にパンツを見られたというところからきているのは、誰から見ても分かることだった。



「はいはい…しょうがねぇなぁ~」



めんどくさそうにむくりと起き上がる拓也。


ようやく行く気になった拓也に胸を撫で下ろすメルは屋上の扉に手をかけた。



「ちゃんと行くのですよ、私はこれで失礼します」



「あぁちゃんと行くさ、それとこの歳になって白いクマさんのパンツは止めた方がいいと思うぞ」



後ろから聞こえる高笑い。


メルは赤面しながらこめかみに青筋を立て後ろの男を断罪すべく振り向く…が…



「あぁぁぁぁ!!もうッ!!」



拓也は既にそこに居ない。お得意の空間魔法で逃げ果せたのだ。


地団太を踏むメルは、今度会ったときにはそのムカつく顔に一撃を決めることを決意し、教室の方へ戻るのだった。




・・・・・



ーさってさて、ミシェルは今日ジェシカの家に行くって言ってたし……

ていうか俺生きて帰れるかな……前の一件で光帝相当ブチギレてるだろうしなぁ…まぁお詫びの菓子折りも用意してきたし大丈夫だろ。ー




ちなみにそのお詫びの菓子折り……中身は大量のシュークリームである。




王城の会議室の前に瞬間移動で飛んだ拓也。


黒ローブを羽織り、フードを被っていつもの定例会が行われる円卓の会議室の扉を静かに開く。


帝とは以外に真面目な連中だ。集合時間5分前というのにもかかわらず揃っている。




一人を除いては……



まぁこれから何が起こるか簡単に予測出来た拓也は、自分の顔の左側にゲートを開いた。


次の瞬間、隣から柔らかいものがつぶれる音が聞こえ、一息置いて低い舌打ちが聞こえてきた。



「やぁ光帝。君にその技はまだ早いぞ」



「貴様……二度ならず三度までも僕にこんなことをするとは」



「いや、今の三度目は自分で自分にぶつけてんじゃん」




フードの上からでもわかるくらいニヤけている拓也に、歯ぎしりをしながら今にも飛び掛からん勢いで詰め寄る光帝。



「まぁまぁ、二人ともその辺にしときなよ」



苦笑いの王が仲裁に入り、しぶしぶ光帝は引く。



拓也は気にせず椅子に座り、くつろぎ始めた。



そこで地帝がいつものように甘いものを頬張りながら拓也へと喋り開ける。



「というかもう剣帝の正体皆知ってるんだしフード取っちゃえば?」



「俺は公私混同しないタイプなんで~」



そう言う拓也だが…



ーコイツらもどうせイケメン美女揃いだろ…そんな中でフツメンなんて晒せるかよ……ー



フツメンには何とも生きづらい世界である。



そうこうしている内に光帝も席に付く。



「それじゃあ始めようか、水帝、君から報告を頼む」



…そしていつものように帝の定例会は始まった。




・・・・・




「ミシェルちゃん来るって聞いてたから晩御飯多めに作っちゃった~!」



「そうだよ食べてきなよ~!」



「…でも、帰って拓也さんの晩御飯の準備もしないと……」



場所は変わり、ジェシカの部屋。


帰ろうとするミシェルだが、部屋の唯一の入り口をふさがれ、どうしようもない状況に陥っていた。



「まるで新婚夫婦だねぇ~!」



「だねぇ~!」



「ち、違いますッ!!」」



この赤髪親子に囲まれたミシェルは、既に彼女らの獲物でしかないのだ……。





「それに拓也君の分も用意したから大丈夫よ!」



「…そ、そういうことでしたら…」



このままやっていても結局ミシェルが折れるまで続くであろうこのやり取り。


それをいち早く悟ったミシェルは早々に諦めるのだった。


しかも移動するときも二人は彼女の前後を挟み、逃げ場を与えないという徹底っぷり。


そして促されるままに椅子に座らされ、食事が始まった。



「それでミシェルさ~、この前の魔闘祭で凄かったんだよ!」



しかしこの二人はミシェルにとって親代わりと姉妹のようなものである。


馴染みの二人との食事は、ミシェルにとっても心地よい物だった。



「そんなことないです、少なくとも私より強い人が2人は居ましたよ」



ミシェルが言う二人。


それはメイヴィスと拓也の事だろう、それが簡単に予想出来たジェシカは笑い声をあげる。



「アハハ!あの三年生の事ならまだ分かるけどもう一人の方は仕方ないよ~!」



「え~、なになに!?おばさんだけ置いてけぼりは悲しいな~!」


そこでジェシカがマズい…といった表情に変わり、いつもの姿からは想像もつかないほど押し黙った。


何故答えないのか疑問に思ったミシェルは首を傾る。



「おやおや~?なにか隠し事をしてるなぁ??教えなさ~いッ!!」



「ちょ、ちょっとお母さん待ってぇぇぇぇぇぇアハハハハハッ!!」



ジェシカママはジェシカの脇腹に両手を回すとこれでもかと指で肌をまさぐり始めた。


なんとも仲の良い親子だろうか……




「分かった!言うから…言うからヤメテエエエエエエエエェェェッ!!たっくんッ!!たっくんだって!!」



「…………え?…拓也君って強いの?」



ミシェルはここですべてを察する。



「(…おばさんは拓也さんの正体を知らない)」



ジェシカが秘密を守ることなんて珍しいな…と結構失礼なことを考えるミシェル。


そのジェシカは向かいで机に突っ伏してピクピクしている。


恐らく笑い過ぎたのだろう。




ただジェシカがが口を割ったことで、ジェシカママの好奇心は既に擽られている


ここから誤魔化すのはかなりの至難の技だろう。



「あ、そうだお母さん!そんなことよりミシェルの恋愛事情について興味ない!?」



「え!?なにそれすっごい興味あるッ!!聞きたい聞きたい!!」



流石は親子…お互いの弱点を知り尽くしているのではないだろうか?


ミシェルにとっては、自らの身を削るような手段だったが、これで拓也の秘密が守られると思えば安いものだ。


そう…どうせ既にいろいろな人にばれているのだから……



「何々~?また男子からの告白でも受けたの~?」



「それがねお母さん……今度は…」



「………………ッハ!?」


まるでこの心理を見たかのように、限界まで目を見開くジェシカママ。


その表情は明確な驚愕で形作られている。



「え…?え?……そんなことって…あのミシェルちゃんだよ!?」



「なんですかおばさん…私だって…」



「そ、そうよね……ミシェルちゃんだって……そうよね…まさかお相手は!?」



「正解!たっくんだよ!!」



ジェシカのその返答と共に思い切りガッツポーズをとり、天を仰ぐジェシカママ。


軽くキャラ崩壊が起きているのは言っちゃいけないことだろう。



「…うっそぉぉぉ!!?やっぱり付き合ってたのねぇぇぇぇ!!」



「ま、まだお付き合いはしてませんッ!!というか只の私の…か、片思い……で…」




最初は威勢が良かったミシェルだが、徐々に声が小さくなって行き、最後には消え入る様に俯いた。


そんなミシェルを微笑ましい表情で見つめたジェシカママは、優しく語り掛ける。



「いや~、おばさん嬉しいよ。ミシェルちゃん優しいけど男性には一線引いて寄せ付けないじゃない?


このまま生涯独身なんじゃないかって心配してたのよ?」




「ま、待ってくださいおばさん……だからお付き合いはしてません…それに拓也さんがどう思っているのかも分かりませんし……」



赤くなり、消え入りそうな声でそう言ったミシェル。


そんな彼女を、先ほどのおちょくるような笑みではなく、優しい母の笑みを浮かべ優しく宥める様に喋り掛ける。



「あら、男ならこんな可愛い子に想われて気を悪くするなんてありえないんじゃないかしら?」



「そ、そういうことじゃなくて!///」



しかし結局ミシェルは赤くなるだけ。


そのままジェシカママにうまい具合に転がされ続け、様々な情報を抜き取られたことは言うまでもないだろう。



・・・・・



時刻は7時半を回った頃だろうか?


ジェシカ宅の玄関が、三回ノックされる。



「だれだろ?…ってまぁ予想はできてるけどね~」



顔を見合わせる3人。


その中でジェシカママが率先して立ち上がり、玄関へと向かった。



「はいは~い、いらっしゃ~い拓也君!…………どちらさま?」



しかし3人の予想とは反し、玄関に立ってい居たのは、ジェシカママの見たことのない黒ローブの男。



「どうしたの~他のお客さん?………あ…」



ジェシカはその男を知っている。


ついでに言えば玄関に居ないミシェルも。



「え?…あの………もしかして顔忘れられたの?俺……」



心配そうにそう言いながら、フードを取る拓也。



彼のその行動を見たジェシカママは不思議そうに首を傾げる。



「拓也君?なんでローブなんて?」



「…あっ」



拓也はそこですべてを察し、ジェシカへ視線をやる。



ーコイツおばさんに喋ってないのか…俺が帝ってことを…ー



心の中でどうするかを作戦を考えながら、気配を探り、ミシェルを探す。



ーあ、俺のピンチに呑気に紅茶飲んでる。ー



とにかく何も言わないわけにはいかないのでとりあえず口を開く。



「外は寒いんで…」



なんとも普通すぎる理由だ




「まぁまぁ…それじゃあ早く上がりなさい!ご飯もできてるわよ!」



「はぁ…じゃあご馳走になります」



靴を脱ぎ、差し出されたスリッパに足を通して案内されるままダイニングへと向かう拓也。



「ちゃんと大人しくしてたか?」



「何故私を子どものように扱うんですか?不愉快ですね」



「相変わらずの毒舌っぷりですわ~」



へらへらしながらミシェルをからかう拓也だが、返ってくるのはすさまじい毒舌。


しかしお互い冗談ということが分かっているため、双方気を悪くすることはない。


そんな光景を拓也の背後からミシェルを満面のニヤけ顔で見つめる赤髪親子。


先ほどまでの会話を思い出したミシェルは僅かに俯き、拓也に表情が読み取られないようにするのだった。



「……ちょっと待って、拓也君のそのローブ姿…どこかで見たような……確か写真か何かで」



未だローブを羽織っている拓也の後姿を見ながらそう呟くジェシカママ。


別にバレても構わないなぁと思い始めている拓也は特に何も言わず、ジェシカとミシェルに任せることにするのだった。



「というか拓也君が剣帝でしょ、はい絶対そうだ~!仲間外れにしようたってそうは行かないからね!」



「え…、お、お母さん何言ってんの!?」



「そ、そうですよおばさん!こんなどこにでも居そうな人が帝だなんて…」



「おいミシェルちょっと待てさりげなく俺のメンタルを削るな」



子どものようにはしゃぎながら、一人ずつ指を指しそう言うジェシカママ。


彼女を何とか誤魔化そうとするジェシカとミシェル。


そして地味に精神的ダメージをくらう拓也。



一人だけ可哀想なのが居るのは言わない約束だ。



「というかもう別にいいじゃん、俺が就任したときに俺の写真とか肖像画が街の掲示板とかに思いっきり張り出されてたしね」



笑いながら自ら正体を明かす拓也。


可哀想なミシェル。先程削った身は無意味になってしまったのだ。


ジェシカママは興味深そうに口角を釣り上げ、拓也の全身をくまなく見る。



「へぇ~…拓也君があの王国最強と言われている剣帝…ねぇ」




「一体いつから俺が王国最強になったんだよ……」



「え?だって同僚の光帝を一方的にボッコボコにしたらしいじゃない?」



「その言い方だと俺が光帝を虐めてるみたいじゃないですか…」



「え?違うの?」



ーダメだ…噂が独り歩きして完全に俺が悪役になってやがる…ー



恐らくパーティーに参加していたであろう貴族やギルドの実力者たちが口頭で伝えたのが始まりだろう。


あの夜の決闘の出来事は、だいぶ…いや、かなり脚色されて市民に伝えられていたようだ。



拓也は出された食事を食べながら、必死にジェシカママの誤解を解こうとする。



「光帝に決闘申し込まれたんで戦っただけです」



「へぇ~そうなんだ。で、職場環境はどうなの?」



今の説明で納得してくれたのか不安な拓也だったが、とりあえず質問されたので、それにこたえることにする



「アットホームな職場ですよ。ちょっと個々の色が強いですけど」



拓也のその言い回しに、一抹の不安を覚えるジェシカママ。


しかし追求は良くないと考え、とりあえずは何も言わないことにするのだった。


すると、しばらく姿が見えなかったジェシカが、階段を駆け下りてくる。



「あったよ~!ほらこれたっくんの肖像!!」



彼女の手に握られているポスターのような物。


描かれているのは拓也…もとい剣帝の全身像。


顔は全体的に影で描かれており、武器であるジョニーも成功に描かれている。



「おい…この肖像画ちょっとイケメンに見えない?」




「見えないよ!」



「見えないわ!」



「見えません…というか顔全体が影じゃないですか」



満場一致のフツメン認定。


拓也は思わず泣き崩れた。



「ったく…こうやって顔を隠すせいで変な噂が独り歩きするんだよ…………ヤベェ絶対フード取っちゃダメだな…」



「何のことを言ってるんですか?」



一人勝手に納得して頷いている拓也にミシェルがそう尋ねる。



「いやさぁ、なんか巷では帝は全員美男美女揃いだとか噂されてるのよ~」



「…大変ですね」



へらへら笑いながらそういう拓也だが、内心滅茶苦茶辛いのは言うまでもないだろう。



それをミシェルが察し、おどおどし始めた時、それを掻き消すようにジェシカママが声を荒げる。



「ちょっとまって!剣帝ってことは空間魔法が得意よね!?」



「…え、あ、あぁ…使えます」



「見たい!すっごい見たい!」




拓也に向かい手を合わせて、そう懇願するジェシカママ。


拓也としても断る理由も無い。それに今ご馳走になったばかり。


そのお礼がてらちょっとだけ魔力を奮発することにするのだった。



「じゃあちょっと俺に触れててもらえます?」



拓也の指示通り、拓也の肩に手を置くジェシカママ。ついでにジェシカもついてくるようだ。


ミシェルも拓也の腕に軽く手を置く。



「【瞬間移動】」



刹那、拓也たちはジェシカ宅から一瞬にして消え失せた。




「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア高いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」




次の瞬間には、拓也たちは何処か分からない場所の遥か上空に居た。


太陽がまだ出ているので、エルサイド王国の近くではないことは確かだろう。



「ぐ、苦じぃ………」



風魔法のコントロールでは中々来られないほどの上空。


その上空で完璧にヘッドロックを決められ、白目を剥き始めた拓也。



「あ、あれ?ここ何も無いけど踏めるよ!足が付く!」



ジェシカママとは対照的に、辺りではしゃぎ始めるジェシカ。


ミシェルも慎重に足をおろした。



ジェシカママも拓也にヘッドロックを掛けながら、爪先で地面があるという空間を突き、確認が取れた後、慎重に足を下ろした。



「ここはこの世界のどこか。ちなみに今足をついている地面は俺が張った空間魔法の結界だ。究極魔法でもビクともしないから安心しろ~」



「なるほど!それなら安心だね!」



丁寧に説明する拓也に、走り回りながらそう言ったジェシカ。


その内結界の終わりまで走っていきそうな勢いだ。


「これが…空間魔法!」



未知の体験をしたときのように、驚き、ときめくジェシカママ。


結界の上で何度も足踏みをし、割れないことを悟ると大の字になって寝転がる。


傍から見れば空中に浮きながら寝ているように見える。



「まぁこんな感じで直接的な攻撃はあまりできません。攻撃や防御、回避の補助として使うことが多いです」



欠伸をしながらそう説明する拓也。


彼が不意にパチンと指を鳴らす。すると結界が解除されたのか、全員が重力に従い、自由落下を始めた。



「じゃあ戻りますかね」



4人の落下する道筋の空間が裂け、真っ黒な穴が形成され、吸い込まれるようにそこへ落ちていった。



・・・・・



「まぁこんなもんですかね」



ジェシカとジェシカママは、地面で四股ばたばた動かしている。


まだ落下を続けていると錯覚しているのか、とりあえず目を開けてほしいところだ。



「ジェシカ、おばさん。もう家に着きましたよ」



「…え?……え!?」



「すごい!空間魔法なんて初めて体験した!!」



ジェシカママはまだ何が起こったか分からないような声を上げ、ジェシカはすっくと立ち上がり、はしゃぎ始める。



「じゃあもう時間も時間なんで今日は帰りますね、晩御飯ご馳走様でした」



「え、…えぇ!またいつでもいらっしゃい!」



「ミシェルまた明日~!」



「はい、また明日」




軽く会釈しながら変える皆を伝える拓也。


ジェシカとミシェルも微笑ましいやり取りをしている。



玄関へ足を運び始めた拓也に、ミシェルも後ろから追う。


靴を履き、見送ってくれている二人に笑顔で返しドアを開け外へ出る。



ー…はぁ、結局いろんな人に俺の正体ばれてるな……秘密ってなんだろ。-



拓也はそんなことを考えながら家へと足を進めた。






・・・・・


「それでお前はここで何してんの?」



「あえて言おう、仕事をサボっていると!」



何故かこんなにテンションの高いセラフィムの相手を渋々とする拓也。


彼は一応ミシェルの使い魔ということになっている。


…あえて言うが、彼女はセラフィムを呼び出してなどいない。


毎度のことだが、勝手に現れるのだ。



「そんなことしてたらまたラファエルに拷問されっぞ」



「甘いな拓也、そういうプレイだと思えばどうということは無い。むしろありがたい」



ー…こいつはもうだめかもしれんね……天界の上位存在がこれってどうなの…ー



天界の未来に一抹の不安を感じる拓也。


椅子から立ち上がり、下駄箱へ向かう。


必然的に後ろからついてくるセラフィムは何故か綾取りをしながら歩く。



「というかミシェルは?お前一応使い魔なんだから主の位置くらい把握しとけよな」



「これは手厳しい一言だな、耳が痛い」



あほらしい会話をしながら拓也は靴を履き、辺りを見回す。


いつも先に居るはずミシェルを、今日は探す側だ。



「あれ~?なんか今日は俺が先に来ちゃった!?これはいい帰宅スキル」



「いや、私ここに居るんですけど…」



「!?」




拓也の背後の靴箱の影から現れたミシェル。


不意を突かれた拓也は思わずたじろいだ。



「いつの間にステルススキルなんて手に入れたんだミシェル…がっかりだよ…ミシェルのパンツが白のクマさんだった時くらいがっかりだよ」



さて、いつものように冗談を飛ばした拓也。


もちろんミシェルがクマさんパンツをはいているのは見たことがない。


そしてきっと襲い来るであろうリバーブローに備えるのだった。



「ほんと気持ち悪いですね、殺しますよ?」



しかし拓也の予想に反して、返ってきたのはいつもとは少し違う罵声。


冷たい表情ではかれたその言葉


拓也にしても、ここまでストレートに嫌悪を示されるのは初めてだった。



「そんなことよりちょっと時間いいですか?」



「え、あ、あぁいいぞ」



ー…ヤバい…ミシェルちょっと機嫌悪いのかな?…でも機嫌の悪いミシェルってそんなに見たことないし……ー



表面上では落ち着いて対応した拓也だが、内心は凄く焦っているのだった。




・・・・・



ミシェルに連れられるがまま連れてこられた拓也。


場所は闘技場の裏で人通りはほぼ皆無。


校舎からはちょうど死角になって見えない場所だ。



「どうしたミシェル?こんなとこに連れて来て…まさかッ!?」



ワザとらしくふざけてみる拓也をいつもの様な微笑みで見守るミシェル。


拓也的には、ここは冷ややかな目で無言で見つめられると思っていたのだが、今日のミシェルは少し違うタイプでくるようだ。



「さて、冗談はここまでにして…セラフィムに聞かれたくない話か?」



「……そうですね、聞かれたくない話です」



「俺で良ければ話してくれてもいいのよ?秘密は守るから!………多分」



「…………」



通常運転の拓也に対し、いつもとは違い、リアクションが少ないミシェル。



ー…ミシェルはクールな感じだけど……これはいつもと違うな…どうしたんだ?-




いつもの調子ではないミシェルに拓也が違和感を感じ始めた時だった。













「ッ拓也!!ソイツを殺せ!!」




物凄い剣幕でセラフィムがこちらへ駆けて来たのは。



「は?いや、冗談にしても悪趣味だぞセラフィム」



護衛対象であり、自らの家主でもあるミシェルを殺せといきなり言われ、流石の拓也も眉に皴を寄せる。



しかしセラフィムはそんなことお構いなしに魔法陣を両手に展開し、こちら…いや、背後のミシェル目がけて放った。



「ッ!?おい!どうしたセラフィム!?テメェ頭イカレテんじゃねぇのか!?」」



拓也は瞬時に魔武器である銀の片眼鏡を呼び出し、魔法を解析。


解除式を作り出し、両手の平に展開し、セラフィムの放った魔法を無効化した。



流石に冗談でも行き過ぎていると判断した拓也。


セラフィムに対し、怒りをあらわにする。



しかしセラフィムはそれでも攻撃を止めない。そしてついに焦った表情で、拓也に叫んだ。





「バカ野郎ッ!!後ろのソイツは敵の神だッ!!」




瞬間、拓也の思考が一瞬停止した。



しかしそれもすぐに回復し、状況を整理し始める。



ー…どういうことだ?…後ろのミシェルが敵の神…それなら今俺を襲撃しているのは変身能力を持った神ということ…


仮にこのミシェルが敵の神が変身したのだとするならばセラフィムがしていることは正しい…


だが仮にセラフィムの方が変身した神だとすれば…俺が今ここをどけば本当のミシェルが死ぬことになる……


ダメだ、判断材料が少なすぎる…おまけに俺が気付けない程強い変身能力だと?…これはマズいな…ー




「なにしてる拓也ッ!!」



「うるせぇ!今は判断材料が少なすぎて迂闊に動けねぇんだよ!!」



セラフィムが魔法を撃っては、拓也が消し…それが繰り返される。


もし拓也が魔法を消さなければ今頃学園は吹き飛んで跡形もなくなっていることだろう。



お互いに打つ手がなく、頭を悩ませる。




ある人物がこの場に現れるまでは…




「拓也さんッ!!」



その声と共に、拓也の視界に入る少女。



綺麗な銀髪を揺らし走るその少女、整った顔立ちはまさに美少女と呼ばれるそれだ。


蒼い目でしっかりと拓也を見据え走っている……



拓也は確信した。そして更にあることを確認するために手を彼女へとかざす。



「セラフィム!分かってるな!?」



「あいよッ!」



刹那、拓也の右手が燃え上がり、その炎が一点へと収束する。


形成された真っ赤に燃え上がる火球は、拓也の無事な投球フォームにより、新たに現れたミシェルに向かって放たれた。



「…え?」



思わず目を瞑り顔を背ける新たに表れたミシェル。



「分かっただろ拓也、こっちが本物だ」



しかし痛みはいつまでたっても来なかった。


得意げにそういうセラフィム。新たに表れたミシェルの目の前には、セラフィムが張ったであろう結界。



「あぁ…」




拓也が行ったこと、それは本物のミシェルの確認。


ミシェルが2人現れた時点でどちらかが偽物。


そこで拓也は、自らの攻撃をもってしてそれを決めたのだ。



ー…後でミシェルに怒られそう…ー



そう、相手が神ならあの拓也の一撃を回避するはず。


しかし新たに現れたミシェルは、それを回避できなかった。つまりこっちが本物という訳だ。





とりあえず本物のミシェルが無事ということを確認し、安堵にうねを撫で下ろす拓也。



そして、敵である背後の神を仕留めるべくジョニーを剣に戻した瞬間だった。



「ッ…ってぇ」



刹那、拓也の背中に鋭い痛みが走った。



「クックック…少々作戦は狂ったけど…まぁ修正がきく範囲……」



痛みの中で聞こえてきたその声。高さから言って女性のモノ。


明らかにミシェルの者とは別者のそれを、拓也は明確な敵として認識する。



「さて…次ッ!!」



背後の敵は、拓也の背中に刺していた刃物を勢いよく引き抜く。


得物には返しが付いていたのか拓也の肉が大きく抉られ、真っ赤な鮮血が拓也の背中を汚した。



そして敵はそのままミシェルへと走り出す。


臨戦態勢を取るセラフィム。しかし一対一で、天使は神に勝つことはほぼ不可能。



「死ね!」



最早ミシェルしか見ていない敵の神。


漆黒の黒髪をなびかせ、間に割って入った障害のセラフィム目がけて得物であるナイフを繰り出した。



しかし次の瞬間、透明度の高い空色の立方体が、ミシェルとセラフィムを優しく包み込む。




「テメェの相手は俺だ」



そう言いながら右手をセラフィムたちの方へかざしている拓也。


この結界も瞬時に拓也が張ったのだ。




「…空間魔法……即効性の高い劇毒を打ち込んだのだけど……」



音も無く止められるナイフ。


首だけを拓也へと向けた黒髪の神は、そう言いながら不気味に笑って見せた。



「それは残念だったな、という訳だからお前にはここで死んでもらう」



「どういう訳なのかしら…でもこのままじゃ勝ち目がないし今日の所は帰るわ」




魔力を高め、いつもとは全く違う声色で、威圧するようにそう言う拓也に神は笑い掛け、逃亡のため足元に魔方陣を展開する。



「………え?」



思わず素っ頓狂な声を上げる神。


逃亡のための魔法陣は、発動をすっかり忘れられ、足元に展開されたままになっている。


状況を瞬時にのみこめない神は今一度目の前を確認する。



「いや、だからここで殺すって言ってるだろ?」



しかしそこには間違いなく、20メートルは離れていたであろう拓也がいつの間にか立っていた。




直感で神は手を前に伸ばし、大量の魔力を吹き出して、防護壁を作り出す。



「ッ!!」



次の瞬間、とてつもない衝撃と共に身体が大空へと打ち上がった。




「ッチ…少し分厚い壁だな」



一歩も動かずに、目の前の神を遥か上空へ打ち上げた拓也。


その手にはいつの間にか剣が抜刀され握られている。



「まぁ丁度いい、場所を変えるか。セラフィム、ミシェルを頼んだ」



「な…おい拓也ッ!」



拓也はそう言い残すと、大地を思い切り踏む。


弾丸さながらに発射された拓也。常人には到底目で追えない速度で神へ向かって飛来する。


その速さは拓也が立っていた場所に出来上がったクレーターが物語っていた。




「ッなんて奴…!これでもくらいなさい!!」



攻撃の予備動作。神の掌にはとてつもない量の魔力が圧縮されている。


拓也は一度動きを止め、空中に留まった。



「ゼロ、来い」



「呼んだか?」



出現と同時に拓也は空間の属性神『ゼロ』に魔力を供給する。



拓也から与えられた魔力によって、ゼロは本来の姿を取り戻した。




「今から強力な弾幕が俺に向かって飛んでくるから、俺がかわした攻撃が地面に着弾する前に異空間へ飛ばしてくれ」



「分かった。任せてくれ」



先が曲がり、とんがった靴。


縦のストライプの、下に行くにつれ膨らみが増しているズボン。


鎖骨付近、胸、腹に大3つの大きめのボタンが付いたピシッといた上着は、トゲトゲとした裾が外巻きにカールしており、一本一本の先端には、ボンボンが付いている。


頭にはサンタクロース帽子の途中が2つに裂けたような物を被り、衣服それぞれが、目が痛くなるほどの奇抜な色で染められている。


左目の下には滴のマーク。右目の下にはダイアのマーク。


そして黒髪。



一言で言ってしまえば道化師のような外見だということだ。



「頼んだ」



拓也はそう言い残すと、ゼロが気を利かせて張ってくれた足場用の小さな結界を土台にし、ターゲットを仕留めるべく跳ぶ。



「やれやれ、なんだかんだで初仕事だ…」





次の瞬間、神の掌の前から、夥しい量の魔法が放たれる。



拓也は空間移動と風魔法を駆使し、かわしながら、しかしスピードは落とさずターゲットである神へと接近する。


拓也がかわした神の攻撃は地面へ向かって唸りを上げながら進む。



「開け、【ゲート】」



ゼロがそう唱えると同時に、ゼロの背後にエルサイド王国王都を丸々包み込むほどの異空間への門が開かれた。


拓也がふんだん浸かっている物とは規模が違う。



神の放った魔法はことごとくゲートへと消え失せ、攻撃はすべて無効化された。



「そんな…、使い魔を使うなんて…奴なら地面を庇うと思ったのだけれど……」



自身の作戦が上手くいかなかったことで、顔を顰める神。


恨めしそうにゼロを睨み付ける。が、ゼロは煽る様に片手をひらひらと振った。



「ッ汚らわしい地上の生き物めッ!」



怒りで標的を一瞬ゼロへ移そうとする神。


しかし次の瞬間、彼女の視線は自身の目の前に釘付けになることになった。




「鬼神の剣、《一ノ型》《二式》……」



彼女の目の前で、腰に差した日本刀の柄を握りしめ、両足を開き、足元に張った結界をしっかりと踏みしめる拓也。



「【居合い】」



全力で抜刀し、それを制御しながら完璧な入射角で入る様に調整。


それだけ繊細なコントロールをしながら、光さえも置き去りにされるその剣速。


 

その刀は、彼女の身体の前方に展開された魔力壁をまるで豆腐でも斬るかのように、いとも簡単に両断した。


しかしそれだけで勢いは収まらず、神の付けている厚いプレートアーマーの腹部を大きく切り裂いている。



「…浅いか」



不満層にボソリとそう呟いた拓也。



よく見れば、プレートアーマーは切り裂いたものの、肌には刃が届いていない。


実質ダメージゼロという訳だ。



一度刀を鞘に戻し、形状を弄って元の剣に戻す。




「は?…なんなのこの強さは……おかしいじゃない…ッ!!」



拓也の余りの規格外っぷりに戸惑う神。


拓也はそんな彼女の顔を容赦なく掴み、遥か彼方の岩場までぶん投げた。



「ッグゥ……クソッ!!」



止まろうにも止まれない。


拓也に投げられたスピードのまま落ちる神。落ちている最中も拓也は魔法で追撃し、神の抵抗を許さない。



なんとか魔法は防御しているもの、それ以外の集中力がおろそかになり、神は岩場の固い地面に激突。



大穴を開けてようやく停止した。



「ッぐ……化け物め……」



「化け物…あながち間違ってないかもな」



自虐するような笑みを浮かべ、仰向けに倒れ込む神に、悠然と歩み寄る拓也。


神の脳内で、明確な死へのカウントダウンが始まった。



「ミシェルを狙わなければこうはならなかったのにな、俺だって無駄に奪いたくはないんだよ」



少し寂しそうにそう言う拓也。


敵である神に本来向けるべきではないこその言葉には、彼の過度な優しさが含まれていた。



「……そんなにあの女が大切?」



一方で神は、生にしがみつくためにありとあらゆる方法を模索していた。


しかし口から出るのは時間稼ぎにもならないような他愛もない会話。


拓也は歩みを止めず、剣を鞘から引き抜く。


目の前の命を終わらせるために。



「あぁ、大切だ」



ゆらりと剣を上段に構える拓也。


そう言いながら、顔を引き締める。



「…!」



そしてその言葉、今までの拓也の態度を照らし合わせ、生にしがみつこうとする神の脳はあることを神は閃いた。







ミシェルを大切にする拓也。







そんな拓也を止める手段があるとするのならば…。





「…………」



「た、拓也……さ、ん?」




この手段しか残されてはいないだろう。




神の命を刈り取らんと振り下ろされた剣、しかしそれは後数ミリ。彼女の鼻先で止まった。



その隙に、魔法陣を構築し反撃に転じる神。


しかし拓也は素早く魔法陣を解析し、解除した。



「なんのつもりだ?」



眼下にへたり込む神を鋭く睨み付け、真剣な声色で問いかける拓也。


彼女はミシェルの姿のまま思考を巡らせ始めた。



「(あのまま振り下ろしていれば確実に私は死んでいた……それを止めたってことは、コイツにとってこの女は大切な存在ということ……)」



彼女は気が付いてしまった。



口が三日月のように気持ち悪いほど吊り上がり、余裕と確信を含んだ視線で拓也をジロリと見つめ、ボソリと呟いた。




「なんだ…甘い男ね」



「ッチ……」



次の瞬間始まる剣とナイフの攻防。



いや、よく見れば、拓也は攻撃に転じず自分を護っているだけだ。



「あら?先程までの勢いは何処へ行ったの?」



「…」



拓也を煽るようにそう言った神。



「ッ!」



次の瞬間、拓也に足払いを掛けられみっともなく転倒した。



「……」



そこへ追い打ちをかける様に拓也は両手で剣の柄を逆手に持ち、地面に突き刺すようなフォームで神の心臓付近へと思い切り振り下ろす。



「ックック…殺さないのかしら?」



が、またもや寸でのところで剣は止まる。




神は、ミシェルの姿のまま、ミシェルの声で、ミシェルの顔で笑いながらそう言った。



ー…クソ…ダメだ…………ー



心の中で思い切り舌打ちをし、バックステップを踏んだ。




そんな拓也を見て神は大いに笑う。



「アハハハハ、情けない男だわ!」



ー違う…アレはミシェルじゃない。殺すべき敵…俺のターゲット…。-



自分に言い聞かせるよう、何度も何度も心の中でそう唱える拓也。



表情こそ真剣で冷たいモノだったが……内心は非常に焦り、戸惑ってる彼だった。



拓也が考え事をしている中、神は追撃をするため拓也へと接近。


ナイフを振り回すが、拓也は舞い落ちる木の葉のようにそれをかわす。



拓也を殺すべく、一心不乱に得物を振る彼女。



拓也の中で、その彼女の姿が、先日のミシェルと照らしあわされ




…拓也の動きが一瞬、ほんの一瞬だが停止した。




「ッう……」



すかさず拓也の心臓目がけて突きを放つ神。


かろうじて急所は避けた拓也だが、胸部の肉をを大きく抉られ、鮮血が飛び散る。



「ヤァぁ!!」



神は刺突の勢いのまま、拓也の腹部を思い切り蹴り飛ばす。



今度は拓也もかわしきれずにもろに衝撃を受け、遥か後方へ吹き飛んだ。



すさまじい勢いで飛ばされた拓也。


大岩を2,3個粉砕し、ようやく止まる。




ー…アレは……アレはミシェルじゃない…敵…ー



再度自分に言い聞かせるように、何度も何度も唱える拓也。



しかし頭では分かっていても一度視野に入れてしまうと身体が、腕が硬直してしまって止めをさすことが出来ないのだ。




どうしようもなくなってきた拓也。




「拓也さんッ!!」




もう一人のミシェルが…いや、本物のミシェルがそこに現れた。




「み、ミシェ…ル!?」



拓也へと叫ぶミシェル。



一応安全圏に入るが、ここが戦場なのには変わりない。



「ッ!?おいセラフィム!なにやってんだよ!」



彼女を任せたはずの男。セラフィムが拓也と神の間に割って入る。


「それはこっちのセリフだ!に躊躇ってやがるとっとと殺せ!」



「……………」




セラフィムのその言葉に、俯き無言の拓也。


そこまで見てセラフィムは察したのか、彼も沈黙する。




二人の間に流れる沈黙。神も新手の出現により様子見なのか、動かない。


そしてそれを最初に破ったのはセラフィムだった。



「気持ちは分かる…だがアレは彼女じゃない。お前も分かってんだろ?」



「……わかってる…………だけど…」



そう言ったきり押し黙る拓也。


彼がここまで精神的に追い込まれるなんて滅多にないことだ。天界で拓也が一歩間違えれば廃人一直線なメンタルトレーニングをしていた事を知っているセラフィムは戸惑い、頭を回転させた。



セラフィムは分かっている。ここにあの神を倒せる存在は拓也を除いて居ないことを。


一瞬迷ったセラフィムだが、一か八かの賭けに出た。



「テメェがいつまでもそうやって渋ってたらミシェルちゃん本人が死ぬぞ」



拓也が攻撃できない訳は、神がミシェルの姿をとっているという理由。


言うまでも無く、拓也は本物のミシェルはどっちか分かっている。


そこでどちらかを死なせるか?そう聞かれれば答えは簡単。


前方に居る神の変身体の方を殺すだろう。


つまり自らの手でミシェルの姿をした偽物を殺すか、その偽物に本物のミシェルを殺されるかを選ばせるつもりなのだ。



「(言ってみたものの…これでも拓也が渋るようなら俺がやるしかねぇのか……)」



セラフィムは内心心配でもあった。


もしも拓也がどちらも選択をしなければ、自ら出るしかない。



その場合、勝率は……2割程度。



冷や汗をかきながらも、気づかれないように何とか取り繕うセラフィムであった。




「……ハァ~…」



しかしどうやら拓也はそんなに愚かな人物ではなかったようだ。


深くため息をつきながら、ようやく重い腰を上げる。



表情は深刻なままだが、その眼には確かな意思が宿っていた。



「分かってんだよ、そんなこと……」



重く感じる足を引きずる様に、セラフィムの前へ出る拓也。



「!?」



ミシェルの周りに8重の結界を張ると、ジョニーを刃渡りの違う長短一対の両刃の双剣に形状変化させる。



「俺がやらないといけないんだよな……俺が……」



ここにきて、初めて顔をしかめる拓也は、ゆっくりと神へ向かって歩く。



酷く辛そうなその表情。


しかし彼の歩みは止まらない。




「護るって約束したもんな…」




いよいよ神まであと20メートルほど。


警戒している彼女は、魔法陣を展開するべく片手を上げようとするが……



上がらない。



「ッ!!これは!!離れないッ!!」



神の体に纏わりつくように張り巡らされる漆黒の鎖【バインドチェーン】


魔闘祭でアルスが使っていたあの魔法だ。


逃れようと必死にもがく彼女だが、暴れれば暴れるほど鎖は強く巻き付く。




「…ま、まって……」




涙目で、目の前まで接近した拓也にそう懇願する神。


拓也は苦虫を噛み潰したような表情をし、唇を強く噛みしめる。



そしてそのまま呟く。



「鬼神の剣、《三ノ型》《一式》……」



目を瞑り、足を大きく開き、地面をしっかりと踏みしめ、右手に持った刃渡りが長い剣を逆手に持つ。



目を瞑ることで視覚情報を遮り、少しでも姿を映さないよう拓也也に工夫したのだろう。



確実に仕留めるために、極限まで集中力を高める。



そこでカッと目を開き、ポツリと呟いた。



「【剣影桜】」




ゆらり…と拓也が攻撃モーションに入る中、消え入りそうな声で神が独り言のように呟く。



「や…やだ……死にたくない………殺さないで……」



一瞬ピクリと動きが止まる拓也、しかし彼は強かった。



「あ…ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」



思い切り叫び、自らを鼓舞させ…目の前の標的を仕留めるために攻撃を開始する。



技の名は【剣影桜】



自身の目の前を魔力を纏わせた双剣で高速で切り付け、敵を粉砕する技。


おまけに魔力を纏わせることで、無属性魔力の斬撃が飛び、逃れようとする敵すらも捉え、仕留める。


まるで分身したかのように見える拓也。剣は剣筋に残像が残り、その速さを物語っている。



入り乱れ、敵を切り裂く剣身、斬撃。そのさまはまさに桜吹雪。剣影桜とはよく言ったものだ。



「あ、あ…ぁぁぁぁぁぁぁぁ………」



気が付けば、目の前に神の姿はもうない。


身体には彼女のものであろう真っ赤な血が拓也の服にべっとりと付着し、それが端から淡い光の粒子になって天に昇って行く。



「………」



ジョニーを指輪に戻し、地面へ膝をついた拓也。


同時にミシェルの周りに張られていた結界も解除される。


セラフィムとミシェルの立ち位置からでは、拓也の表情は分からないが、その背中から伝わる感情を読み取ることは容易であった。




「拓也…すまない。こうするしか……」



「セラフィムさん…」



ミシェルの隣に立つセラフィム。彼も彼女と同じく自身の無力さと不甲斐なさを痛感していたのだった。


拓也に任せることしかできない。拓也とはまた方面で彼らも苦しんでいたのだ。






セラフィムとミシェルは、いつまでも地面に膝を着いて動こうとしない拓也に向かって足を進める。


今の今まで戦場と化していた場所。


地面には斬撃で着いた深い切り跡が無数にくっきりと残っており、攻撃回数の多さを窺わせていた。



ミシェルも始めて拓也の本気の戦闘を見れた喜びよりも、今の彼が放つ悲壮感が心配で喜んでいる場合などではなかった。



「……拓也さん」



拓也の10メートル程背後から心配そうに声をかけるミシェル。


セラフィムは何も言わず、ミシェルの一歩後ろで立ち尽くす。




彼女の呼びかけに拓也は何も答えず、その代わりにゆっくりと二人の方へ振り返った。



「拓也…」



二人の視線が真っ先に向かったのはその目。



冷たく、疲れきったようなその目。


表情はなんとか笑っているようにも見れる。が、二人にはそれが、心配させない為のが精一杯の作り笑いだということなど言われるまでも無く分かっていた。



おもわず絶句するミシェル、セラフィムだけ絞り出すように声をだし、かける言葉を模索する。



流れる沈黙。これまでのどんな沈黙よりも重く、心地の悪い沈黙。



三人とも動かず、時間だけが流れる。



「大丈夫………大丈夫だから…」



何分経っただろうか…拓也がようやくそう発すが、そんなものは虚言。

全然大丈夫などではない。



「………帰りましょう、すぐに晩御飯にしますから」



優しく笑い掛けながら拓也に近づき手を伸ばすミシェル。


しかし……



「ッ!」



先程の神のせいでその彼女笑みを、差し伸べられた手を。




思い切り避け、後ろへのけぞり尻餅をついたのだった。





今しがた殺したミシェルの姿をした偽物。目に見えないほど粉々になって死んだ神。


それが目の前に居るミシェルと照らし合わされ、得も言われぬ恐怖に襲われた。



「え………」



何が起こったか分からないといった表情で手を伸ばしたまま立ち尽くすミシェル。



傷ついた拓也を労わろうと伸ばされた手を、彼は拒絶という方法で返したのだ。



拓也はそんな優しい彼女に、自分がどれだけひどいことをしたのかを認識する。



「…………ごめん」



そんな小さな自分を咎め、彼女への謝罪の気持ちを表すために、そう呟いた拓也。




そして彼は次の瞬間、空間移動でどこかへと消え去ったのだった。




「…え?……え?なんで……」



自分が何か彼の気に障ることをしてしまったのではないかと心配し、おどおどするミシェル。


そんな彼女にセラフィムが説明を始めた。



「拓也は本当に弱っている姿を絶対に見せない。アイツなりのこだわりがあるんだろう」



「弱ってるって…やっぱりそんなに怪我が酷いんですね…」



納得のいったという表情と同時に、心配そうにそう零すミシェル。


しかしセラフィムは苦笑い。



「いや、今回は肉体面より精神面を相当やられてるみたいだ。俺もあそこまで追い込まれた拓也を見たことがないぜ」



「精神面……」



なんとなく分かっていなさそうなミシェルに、セラフィムは丁寧に説明する。



「さっきミシェルちゃんの姿をした奴を切り刻まされただろ?それが相当堪えてんのさ。だいたい敵を殺すのすら躊躇するような奴だからなぁ…まぁ拓也らしいけど」



いつもとは少し違う真剣な声色で話すセラフィム。



「…」



これまたよく理解できていなさそうなミシェル。


セラフィムは少し真剣だったっ表情を、軽い笑みの浮かんだモノに戻す。



「最早ミシェルちゃんは拓也の精神的主軸といっても過言ではない。あれだけ動揺してたしな。


拓也本人がミシェルちゃんにどういう感情を持っているかは非常に謎だけど、大切にされてるということは間違いないと思うぜ」



「…そう…ですか……」



「あれ?嬉しくないの?」



結構狙った発言をしたセラフィム。


しかし返ってくる反応は、予想とは違い、元気があまりないものだった。


セラフィムは思わずそんなことを言い、ミシェルは突然のそんな発言にちょっと狼狽する。



「す、少しは嬉しいですけど……そのせいでこんな状況になったわけですし……」



「確かにな…拓也が神々のターゲットであるミシェルちゃんから離れたとなると………近いうちに新手が来るだろう」




「あ、…そうですね」



その、自分が標的であることを忘れていたかのような発言。


彼女が一体何考えていたのか気になるをセラフィム。彼は一抹の不安を感じながらも決心する。



「しょうがねぇから拓也が復活するまで俺が代行だな」




「……やっぱり拓也さんはしばらく戻ってこないんですか?」



へらへらしながらそう提案するセラフィム。しかしミシェルは依然心配そうな表情と声色でそう尋ねる。




「………だろうな、さっきから色々調べてるが痕跡が全く掴めない。アイツが本気で隠れたら誰にも見つけられないさ」



「……そうですか」




「……だが必ず戻ってくる。拓也はミシェルちゃんを護ると約束したんだろ?それなら絶対戻ってくる。あいつは約束したことは絶対に破らない。そういう奴だ」




落ち込むミシェルを励ます目的もあるが、今セラフィムの言ったことは全て事実だ。


それほど鬼灯拓也という男は義理堅いのだ。




「いつ戻ってきてくれるんでしょう…」



「まぁそのうちヒョコっと帰ってくるだろ。多分」



悲しそうな顔でそう独り言のように呟いたミシェル。



セラフィムは拓也の代わりという重大な責任を果たすべく静かに腹を括った。



・・・・・




「今日もたっくん休みか~、つまんないねぇー」



「…………」



「『私用の為』ってことになってるらしいけど一体どんな用事なんだろうね~」



「…………」



あの神の襲撃から約一週間。


拓也は依然として戻って来ず、ただ拓也抜きの日常が流れていた。



欠席理由としては一応私用ということになっている。


ちなみに学園長のデスクの上に置かれていたその情報をなぜジェシカが知っているのかが非常に謎である。



「ていうかミシェル息してる?お~い、生きてる~?」



先程からのジェシカの呼びかけに反応しないミシェル。


ジェシカはそんな彼女の目の前で手をひらひらと振ってみた。



「……聞こえてます」





「じゃあなんで反応しないのさ~というかミシェルは何か聞いてないの?」



ミシェルは知っている。拓也が姿を消した理由を。


しかしそれを言ってしまえば拓也の正体がバレてしまうことになる。


だから彼女はそれを言ってしまうことは出来なかった。



「……さぁ、私も何も聞いてないです…」



いつもの様な表情と声色を取り繕ってはいるが、微妙にいつもとは違うミシェル。


その変化にジェシカが感づきかけた時だった。



「あぁ、拓也なら遠方の友人に会いに行くとか言ってたぞ」



セラフィムがすかさずフォローに入った。



ジェシカはへぇ~と興味深そうな顔だ。



「たっくんて友達いたんだ!」



拓也がこの場に居たのなら余裕でメンタルブレイクしているような言葉で笑いを生んだジェシカ。


しかしこの場に拓也は居ない。



「へぇ、拓也の友達なんて気になるね」



「あんな変人に友人と呼べる人物がいるなんて驚きですわ」



そこへ会話に加わるアルスとメル。


ちなみに今日のメルの髪型はツインテールだ。



「またまた~そんなこと言っちゃって!メルちゃんだってたっくんの友達でしょ?」



「そ、それは……そうですわ……」



「それに聞くところによれば友達できなさ過ぎて帝で王家と関わりのあるたっくんに友達になって!って呼びかけたのはメルちゃんだったらしいしね~!」



「な……何故それを知っているのです!?」



「普通にたっくんが言ってた!」



一気に赤面し、あわあわと涙目に直行するメル。


普段、恥ずかしいなどといった感情を極力表に出さないミシェルと違い、感情表現豊かなメルは、ジェシカにとってはいいおもちゃでしかないのだ……



「それに事あるごとにたっくんに絡みに行くらしいじゃな~い?も・し・か・し・て!?たっくんのことホントは大好きだったり~?」



「あ、いえ、それは無いですわ」



この完全否定。


拓也本人が居なくて本当に良かった。



「ハハハ、止めてあげなよ拓也が可哀想だ」



「アルス目が全然止めろって言ってないんだけど!」



アルスのその指摘、だがジェシカの言う通り、アルスは口にはそう出したが、もっとやれと言わんばかりの視線。



「それにしてもいつ帰ってくるんだろうねたっくん。たっくんが居ないと面白さ半減だよ~」



「ま、まぁ確かに彼が居ないと我が王国の守備力が下がりますし…」



ジェシカが机に突っ伏しながらそう言い始めたのに続き、メルがそんなことを言う。


流石はツンデレ。




「じゃあそろそろ帰るね!ミシェル行こ!」



「…あ、はい」



ミシェルの手を引っ張り、歩き始めるジェシカ。


他のクラスメイトと話していたセラフィムも話を切り上げたようで、こちらへ向かってきた。


手を振るジェシカとミシェルを残りの2人が見送る。



靴に履き替え、帰路へ着く2人…いや、セラフィムを合わせて3人。



学園から離れ、人通りが少なくなってきたところでジェシカがいきなり真剣な声色でミシェルに話しかけた。



「それで本当は何があったの?」



本当は…確信をつくようなその言い方に、思わず少し反応してしまうミシェル。


その反応を見たジェシカはやっぱりと言った表情で、苦笑いをした。



「な、なんで…」



「なんでって……一体何年ミシェルと一緒に居ると思ってるの?様子がおかしい事なんて一週間前からお見通し。


それで?私にも言えないようなことなの?」



「それは……」



言葉に詰まるミシェル。


それもそうだ。神が居て。それらに命を狙われているのが自分で。


そしてそれを阻止するために異世界から来たのが拓也で。



そんな重大な情報を彼女一人の判断で言うことなどできない。


それが例え彼女の大親友であるジェシカであってもだ。




「……言えません」



悩んだ挙句、ミシェルはジェシカにそう返した。


ジェシカは一瞬優しく笑うと、いつもの溌剌とした元気の良すぎるくらいの笑顔に戻った



「言いたくなかったら言わなくてもいいんだよ!でも何かあったらすぐに頼ってね!ミシェルのためなら何でも力になっちゃうから!」



たくましく胸をトン!ろ叩き、任せろと言わんばかりにそう言うジェシカに、ミシェルはいい友人を持ったと思うのだった。



「えぇ、何かあったらそうさせてもらいます」



「じゃあ私はここまで~!また明日ね!」



「はい、また明日!」



いつものジェシカの家のすぐそばの分かれ道。


そこでミシェルとジェシカは分かれ、お互いの帰路に着く。




「流石ミシェルちゃん。危なかったら止めに入ろうと思ったけど要らなかったみたいだな」



「…そのくらい私だってわかりますよ」



ミシェルの一歩後ろを歩くセラフィムは、これでも一応神の次に位の高い存在。


彼はそんな重大な情報を大っぴらにすることをやはり嫌うのだろう。



「それにしても本当にいつ戻ってきてくれるんでしょうか…」



ミシェルがそう口に出し、セラフィムがまた曖昧な返事を返そうとしたその時だった。






世界の色が変わった。



「ハハハハハ、護衛役が居なくなったと聞いていたがまさか本当だったとはな」




当たりは薄いサイケデリックな色で覆われる。


それが異空間へ引き込まれたと判断するまでに、天使の最高位である彼に時間はかからなかった。


すぐさま臨戦態勢をとるセラフィム。


今まで出したことのない剣まで呼び出し、全身の魔力を高める。



「……やっぱり来やがったか…」



彼の見据える先には、大柄で鎧を着こんだ神。兜もつけており、表情は分からないが、恐らく嘲笑を浮かべていることだろう。


背後には100人ほどの天使までいる。



「(天使どもだけなら余裕だが……神を相手にするとなると……)」



「なぁに、深く考えるな。貴様等はいまから俺様に殺されるんだ」



神はランスを背中から外し、セラフィムに向けて構える。



「させねぇよ、ていうかお前には無理だぜ、俺たちを殺すなんて」



「ほぅ、言ってくれるな、天使風ぜ…」



神が嘲笑を含んだ声で、そう喋り出す。


しかし彼が言い切る前に、異空間に轟音が鳴り響いた。



サイケデリックな空間の一部に大きくヒビが入り、破片が崩れ落ちる。


その異様な光景に、神が明らかに不快そうに天使たちを怒鳴りつけた。




「何をしている!外部からの干渉を早く断たんか!」




そう言われ、焦っているのか…いや違う。


この世界を構築していると思われる天使たち。彼らの表情は恐怖に歪み、脂汗がダラダラと額に滲んでいる。




「だ、ダメです!無理矢理こじ開けられます!」



「なんだこの力は…ヤバいです!我らが主よ、お逃げくださいッ!」



天使たちの必死なその形相と叫び声。


流石の神もランスをセラフィムからその謎のヒビへ向け、攻撃態勢をとる。



セラフィムはミシェルに軽く笑い掛けると、彼女の不安を消すように言葉を紡いだ。



「な?あいつは約束は絶対に破らないって言っただろ?」



もう一度、一際大きな轟音が鳴り響き、ヒビが入っていた所の色が、粉々になって吹き飛んだ。



その向こうには見慣れたいつもの街並み。



「な、な……何故だ……」



そしてそこへの道を切り開いた人物。



「何故貴様がここに居るのだッ!!」



神にとっては一番見たくなく、居て欲しくない人物



セラフィムにとっては来ると分かっており、この状況を打開するために必要な戦力。





ミシェルにとっては同居人兼クラスメイト…兼護衛者




「拓也さんッ!?」



立っていた場所から駆け出し、拓也へと駆け寄ろうとするミシェル。


しかしセラフィムが、彼女の肩を強くつかみ、動きをしっかりと止めた。



「バカ止めろ、危ないから」



「一週間もどこ行ってたんです!?いきなり居なくなって一体どれだけ心配したと思ってるんですかッ!?」



セラフィムの制止を振り切らんとするミシェル。しかし力の差は歴然。


近づけないのなら…彼女はそう考え、思っていることを拓也に向かってぶちまけた。



「テメェか……早速で悪いが死んでもらう」




「待てッ!何故貴様がここに居るッ!!」




「そんなことはどうでもいい」



彼女が普段は絶対にしないような感情の濁流。


セラフィムですら狼狽える中、拓也はまるで彼女を居ないかのように扱った。




「なんとか言ってくださいよッ!!」



ミシェルのその叫びに、セラフィムは今まで彼女がどれだけ寂しさや心配を隠していたのかがようやく分かった。


きっと拓也に会ったことでそれが爆発したのだろう。



神と拓也の間にビリビリとした緊張が走る、


見入っていたセラフィムは何かを感じ取り、咄嗟にミシェルを抱え、上へ飛びあがった。



次の瞬間、二人が立っていた場所に着弾する魔法の数々。


あのままあそこに居れば今頃木端微塵だっただろう。



「相手は我らが主だけではないぞ、熾天使」



逃げることは諦めたのか、全員戦闘態勢の天使たち。


今の攻撃の威力に背筋に冷たいものを感じたセラフィムは、片手でミシェルを抱え、片手に剣をしっかりと握る。



「(マズい…思わずミシェルちゃんを抱えて飛んじまった……結界で何とかすればよかったなぁ…)」




そんなことを軽く後悔しつつ、どう切り抜けるかを考え始めたセラフィム。



「がッ…あぁッ!!」



そこへ金属が無理矢理変形させられる耳障りな音がしたと思うと、次の瞬間、


無残にボロボロにされた鎧…最早鉄屑になったそれを纏った神が、天使を巻き込みながら、地面へ激突した。



一体この短時間に何があったのか…


よく見れば兜も無くなっている。



その隙に地面へ降り立ち、ミシェルを下ろす。



セラフィムが奏功している間に、神をこんな姿にした張本人。拓也は、片眼鏡に魔力を流し、止めを刺す準備を始めた。



「解析…」



「や、やめ…ッ~!!」



抵抗しようとする神の頭部をしっかりと掴み、構成の解析に入る拓也。



そうはさせまいともがく神の腹部に、強烈な膝蹴りを加え黙らせる。


助けに入ろうと各々魔法や武器をとる天使たち。しかし拓也は強力な殺気を飛ばし、彼らを寄せ付けさせなかった。



「解除、消えろ」



拓也がそう言うと同時に、拓也の手が薄い紫色に発光。


神の頭部は、拓也が触れている場所から、細かい砂のように風に飛ばされ消え去った。



「さて…残りだが…」



首の無くなり、動かなくなった神の死体から手を離しながらゆらりと背後で固まる天使たちを見回す拓也。



一層濃さを増す殺気に、必然的に鼓動が速くなる天使たち。




「………セラフィム、お前だけでいけるな?」



「あ、あぁ。問題ない」




拓也は剣を鞘に仕舞うと、その場をセラフィムに任せることにした。


神が光の粒子になって消えて行くのを横目で確認し、鞘に収まったままの剣の柄を強く握りしめる。



その場から立ち去ろうと、踵を返し、歩き始めようとした時だった。




「……待ってください…」



拓也の前にミシェルが立ちはだかった。



俯いたままで表情はよくわからないが、声色からして、怒っているのだろうか?



流石に拓也ももう無視はできないと思ったのか、歩みだしかけていた足を戻す。



「…どうして……帰ってこなかったんですか?」



「…」




暗い表情の拓也にそう質問を投げかけるミシェル。


拓也は反応をせず、黙っている。



それでもミシェルは続けた。



「…どうして…どうしてなんでも一人で抱え込んだりするんですか?」



拓也はピクリと少し反応し、悔しそうに俯きながら、ようやく声を絞り出す。



「……ミシェルじゃ……神にも天使にも歯が立たないから………だから俺がやるしかないんだ」



よく見れば先程神の頭部を破壊するときに使っていた方の手が小刻みに震えている。



「…もうしばらく……あと少しでいいんだ…………整理がつくまで一人にしてくれ」



やはりミシェルの姿をした神を斬ったことは、彼にとって相当のダメージなのだろう。


今も震える右手がそれを証明している。


しかしそれすらも隠そうと、必死に作り笑いをする拓也。



遂にミシェルは顔を上げる。





彼女の綺麗な蒼い瞳には、透明な滴が溜まっていた。


動揺を隠せない拓也、目を見開く。




「そうやって…そうやって苦しいときも一人で何とかしようとしてッ!


だいたいなんですか!?いつもいつも人の事ばかり気にして自分の事は後回しにして!


それで自分が辛くなれば周りに悟られないように取り繕ったりして、挙句には苦しんでる所を見られたくないから勝手にどこかへ行くなんてどうかしてますよッ!!


辛いのなら…苦しいならそう言ってくださいッ!もっと頼ってくださいッ!!苦しいのを一人で我慢しないでください!!


私なんて拓也さんに頼ってばっかりなんですからその位させてくださいよ!!


それともなんですか!?私じゃ頼りないんですかッ!?」




「ちょ、ちょっとミシェルちゃん落ち着いて…」



普段のミシェルの姿からは到底想像もできないようなその叫び。そのあまりの剣幕に、セラフィムが狼狽え、細々とした声で制止に入るが効果は全くなし。


というか今の彼女の耳には届いていない。



その叫びを向けられた拓也は人形のように固まり、抵抗の一声すらも出なかった。



そんな彼らを置き去りにし、彼女はまだ止まらない。




「私が拓也さんにどれだけ助けられたと思ってるんですか!?

誘拐された時や魔闘祭の時!私が生い立ちで悩んでいたのを知ったときッ!

些細なことならまだまだいくらでもありますよ!


私を力にならせてください!確かにできることは少ないかもしれませんけど私に出来ることなら何でもやりますッ!!


いつものヘラヘラ笑って何事にも余裕綽々で私の知らない知識を持ってて全然底の知れない拓也さんは何処へ行っちゃったんですかッ!?


いい加減戻ってきてくださいッ!



拓也ッ!!」




半ば喚き散らすようにそう言い切ったミシェル。


途中、目から大粒の涙が零れ落ちたが、彼女は構わず叫んだ。



拓也に届くように願いながら




「……」



そう叫んだきり、俯き嗚咽を漏らしながら泣く目の前のミシェル。



無言のまま俯く拓也は、右手をズボンのポケットに突っ込み何かを探す。



「クック…女性を泣かせるとは紳士にあるまじき失態だ」



それとほぼ同時にミシェルの鼓膜に飛び込んでくる音。



声の主は………








拓也。



俯き、泣いていたミシェルは、慌てて顔を起こす。



次の瞬間、彼女の左頬に、柔らかい感触が伝わった。



「クックック…目の前で泣きじゃくる美少女の涙を拭いてあげる俺……なんというイケメン力……これはイケメン力53万は越えちゃってますわ」




何が起こったか分からないミシェル。


彼女の両頬をハンカチを軽く当て、涙を完全にふき終わると拓也はそのハンカチをミシェルにそのまま手渡した。



「え……え、もう…大丈……夫…?」



回っていない頭がかろうじて状況を把握し始める。


彼女の目の前に、いつもの様なウザったいニヤけ顔でヘラヘラしている拓也。


先程までの辛そうな作り笑いは何処へ行ったのだろうか?


そんな疑問を抱えながらも、彼女は一つの答えに辿り着く。




拓也が元に戻った。



それだけわかってしまえば、彼女にとってはそれで十分だった。



あまりの嬉しさで声が出ず、口を開いたままプルプル震えるミシェル。



「世界が生んだ天才。鬼灯拓也とは私の事です」



ミシェルの問いに答える様にそう言う拓也。


相変わらず意味不明なのはこの際目を瞑ってしまおう。




「さて、それと一つお願いがあるんだが」



いいか?と続ける拓也に、ミシェルは首を何度も縦に振る。


彼女にとって彼からのその頼みを断る理由は無い。


むしろ頼られたことが嬉しいくらいだった。




彼女が肯定の意を示した事を確認した拓也。



「俺を本気でぶん殴れ」



そう一言言った。


またもやポカーンとするミシェル。


そんな彼女の仕草から、彼女の考えていることを読み取った拓也は、言葉を付け足す。




「いやさぁ、いつか俺が心折れた時にぶん殴ってでも立ち直らせてくれって言ったじゃん?」



「ぇ……いや……でも…………もう立ち直ってるんじゃないですか?」



ようやくそう喋ることが出来たミシェル。


確かに彼女の言うことはご尤もだ。拓也は既に完全復活を遂げている。



「けじめだよ。頼む」



笑いながらそうお願いする拓也。



笑っている声だが、彼女にはそれがなぜか真剣なもののように聞こえる。





目の周りがまだ赤いが、引き締まった表情拓也を見つめるミシェル。



身体を大きく右へ沈ませ、思い切り反動をつけ……



拓也の左頬を平手で思い切り振りぬいた。




『パァンッ!!』と乾いた音が、その空間に木霊し、




「ウッホォォォォォォ超痛ってエエエエエエエエエエエェェェェェェェッ!!!」




続いて拓也の大絶叫が響き渡る。



彼の頬には真っ赤な手形が付き、地面に倒れて転がりながら悶えた。



「これでいいんですか?」



「あぁ、サンキューな。元気出たわ」




微笑むミシェルにつられ、ハハッと声を漏らしながら拓也も笑う。


ちなみに言っておくが、笑っている理由はそう言う性癖があるからとかそういう理由ではない。



「さてセラフィム」



「やっと復帰したか…なんだ?」



寝転がったまま、セラフィムに顔を向ける拓也。


セラフィムも拓也の復帰を喜び、微笑む。


しかしミシェルのそれとは違い、まるで拓也が立ち直ることを分かっていたかのような言い方は、彼らの付き合いの長さを窺わせる。



拓也はそのまま右の手を横へ向け、握りつぶすような動作をする。


すると、崖崩れでも起きたかのような轟音が鳴り響き、サイケデリックな空間の一部が粉砕された。



その光景に目を丸くする天使たち。


今まで全然動けなかった彼らは、ようやく武器を持つ手に力を戻した。



「あいつは……我らの……」



「許さん……殺してやる…」



「殺せ…奴を殺せ…ッ!」



『『ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!』』



総勢100名以上の大絶叫。



うるせぇなぁと愚痴を零しながら、拓也はセラフィムへ指示を出す。




「外に伏兵は居ない、来るときに確認したから間違いないはずだ。


ミシェルを連れて外に出てろ。残りも俺が殲滅する」



「あいよ相棒、で?どのくらいかかりそうだ?具体的に言っとかねぇとミシェルちゃんに今度こそグーで殴られるぞ」



青い顔をしてミシェルの方を見た拓也。


ニッコリを笑われ、すぐに目を逸らした。




「う~ん、そうだなぁ」



ちょっと考え込むようなしぐさをする拓也。



「敵の数は143………セラフィム、”アレ”使うけど構わないな?」



「…使う必要あるのか?高々天使だぜ?」



「こう見えて今結構昂ってるんだ。ちょっとくらいいいだろ?」



「……ハァ~…無理のない範囲にしとけ」



「じゃあ10秒。それだけあれば釣りがくる」






拓也とセラフィムがそんな会話をする中、ミシェルは少し不安になった。



「た、拓也さん…」



思わずそう声をかける。


彼らの会話の中から、今から拓也がやろうとしていることは何かしらのリスクがある事が伺える。



しかしここで彼を止めてしまえば、彼の意思を尊重できない。


そう考えたミシェル



「無理は……無理だけはしないでくださいね!」



それだけ。それだけ言い放ち、精一杯の期待で送り出す。



「任せとけ、約束する。知ってるだろ?俺は約束を守ることには定評があるんだ」



勢いよく反動をつけて立ち上がる拓也。冗談めかしてミシェルにそう言いながら、目を瞑る。



空間に無理矢理ぶち開けた穴に、背を向けて天使の軍勢の方を向く。



「いけセラフィム。頼んだぞ」



「お前こそととっと終わらせろよ」



「あいよ~」




背後のミシェルとセラフィムに、振り返らず手をひらひらと振り、剣の柄に手を掛けた。



二人が脱出したのを確認すると、自らサイケデリックな空間の一部を引き伸ばしその穴を塞ぐ。



「何故だッ!?何故奴が我らの魔法操作に干渉できる!?」



「さぁ、何でだろうなぁ?」



不気味にニヤリと笑い、ゆっくりと剣を抜く。



「テメェらさっき殺す殺す言ってやがったな?一つ教えといてやろう。


そんなことを言っていいのは殺される覚悟がある奴だけだ」



拓也の体から漏れ出した殺気が、天使たちの肌に纏わりつくようにネットリと這い回る。



「ちなみに俺は出来てる。



殺される覚悟も……







殺す覚悟も」




ーもっとも殺す覚悟は今したばっかりだがな…ー




「今から俺はお前らを殺す、恨まれたって憎まれたって構わない。


だが…だが、俺はそれらも全部背負ってやる。本当に護りたいものを護るために」




・・・・・




一足先に外へ出たセラフィムとミシェル。


あのサイケデリックな空間を抜けると、空いていた穴が蠢き、閉じた。



「拓也元に戻ってよかったな」



「……そうですね…」



「それにしてもミシェルちゃん凄かったな、俺ちょっとちびった……」



「あ、…ぁ、あれは…その……なんというか…」



いつもとは違う一面を見せたことがちょっと恥ずかしいのか、言葉を濁しながら誤魔化そうとするミシェル。



セラフィムはニヤニヤしながらそれを見守っていた。




「確かに凄かったな、お前は隣で見てただけだけど俺なんて正面だからね?目、めっちゃ合ってたからね?


簡潔に言うと俺も実はちびりかけた」



「た、拓也さん!?いつの間に!?」



「いや絶対漏らしてるだろ。ナイアガラだろ」



「失敬な、断固として漏らしてない」



きっとセラフィムがニヤニヤしてたのは、ミシェルの背後に拓也が既に居る事に気が付いていたこともあったのだろう。




「まさかほんとに10秒で終わらせるとはな…」



「そりゃあもう全員速攻でスパーよ」



手には何も持たず、剣を操る動作をしながら笑う拓也。



そんな彼の姿を見て、ミシェルは何処となく安心するのだった。



「身体は?」



「モーマンタイ。流石だね。どちらかといえばミシェルの平手打ちの方がヤバいくらい痛い。まだ痛い。どうしてくれる」



「拓也さんがしてくれって言ったんじゃないですか」



「おいおい、そんな俺が変態みたいな言い方…」



「事実だろ」



流れるようなボケとツッコみ。


二人のこの相性の良さに、少しばかりの嫉妬のようなものを感じるミシェル。



拓也はひとしきり笑うとようやく歩き出した。



必然的に拓也が先頭になり、それに続く形でミシェルとセラフィムが後ろを歩く。



いつものようにヘラヘラしながら前を行く拓也。


ミシェルは彼がやっと戻ってきたという嬉しさを再度認識する。




そんな時だった。




「ッ!」




拓也の体が一瞬硬直したかと思うと、そのままバランスを失って前のめりに倒れたのだ。


小さな呻き声と共に苦しそうにする拓也。



セラフィムとミシェルがすぐに駆け寄った。



「どうした拓也!?」



「大丈夫ですか拓也さん!?」




心配そうな顔で拓也の顔を覗き込む二人。



拓也は額に汗を浮かべながら、細々とした声で訴えた。




「ぁ……脚…攣った……」




どうやら脚が攣っただけのようだ。


脹脛を抑えている所から見て患部はそこだろう。



「…なんだ…ハァ~良かったぜ」



「…大丈夫そうで何よりです」



「いや全然大丈夫じゃないんだが!?ていうか早く伸ばしてッ!!」



地面に倒れたまま叫びそう訴える拓也。


セラフィムがめんどくさそうに拓也の脚を持ち上げる。




「だから無理すんなって言っただろうが、アホか」



「まぁ妥協範囲だろ、少しは大目に見ろ」



ミシェルを置き去りにしてかわされるその会話に、彼女はちょっとした疎外感を感じていた。


するとセラフィムの方がそれに気が付いたのか、ミシェルへ声をかける。



「拓也がなにしたか知りたいって顔だな」



「え、…いや……まぁそうですけど…」



気づかれたことに少し恥ずかしさを覚えたミシェル。しかし隠すほどでもないので、そう答えた。



「フフフ、この俺の最終手段。それは身体強化だ」



「え?…それなら私だって使えますよ?」



拓也の言っていることがよくわからないミシェルは首を傾げる。


そこでセラフィムがフォローに入った




「厳密には違う。身体強化と言うよりは解放?的な?」



「おいフォローになってないぞ。


ハァ…、まぁリスクのある身体強化みたいなもんだ」




謎めいた発言により頭の上に疑問符を浮かべるミシェル。


拓也がそう締めくくることでミシェルが納得し、この場は収まった。




「あぁ、それとミシェル。


俺のこと呼び捨ての方が呼びやすかったらそっちでもいいんだぜ?」



「……ぁ…あ!…えっと…さっきのはつい出来心で……」




ー出来心ってなんだ…?-



そう考え、内心で首を傾げる拓也。



ミシェルからしたら咄嗟に出てしまった呼び捨て。彼女にとっては恥ずかしいことこの上ないのだ。



「でも……そうですね…………検討しておきます」




ー検討する?…久々に意味の分からん事言ってるなミシェルの奴…ー



いつもと違うミシェルに思わずニヤけてしまう拓也。


それが表情に出ていたのか、彼女にジト目で見つめられた。




しかし彼女はそんなことをしても無駄だということにまだ気が付いてはいない。



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