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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
12/52

和が足りない

いただきます」


「…いただきます」



王国の領都内。小高い丘のような開けた場所にあるログハウス風の家。


その家の住人、ミシェルと拓也はそう挨拶をして朝食を取り始めた。


心なしか拓也に少し元気がない。




学園祭が終わり、いつも通りの日課に戻ったエルサイド国立学園。


本日は土曜、つまり学園は休みである。



「体調でも悪いんですか?」



拓也の変化にいち早く気が付いたミシェルは彼にそう尋ねる。



「……本日の朝食…パン、オムレツ、ポタージュ、サラダ、野菜ジュース……」



ちなみに朝食はもれなく拓也の手作だ。


ミシェルが尋ねたこととは全く関係のなく、今目の前に並んでいる料理の名前を機械のように読み上げた拓也。


明らかにいつも通りではない拓也に戸惑うミシェル。



そんな彼女を差し置いて拓也は、ゆっくりと顔を上げ、架空を見上げる。


そして叫んだ。拓也の魂を



「和が足りないッ!!」



サブタイ回収乙。と言いたいが、そんなメタ発言などしてはいけない。それがこの世界のルールだ。



そんなミシェルにとっては意味の分からないことを叫ぶ拓也。ミシェルは首を傾げ、よく分からないといった表情だ



「和が……和が足りないッ!!」



ミシェルに反応が無いと見るや否や同じことを繰り返し叫ぶ拓也。

先程と違うところと言えば、プルプルと震え演技に拍がかかっているということくらいだろう。



「二度言わなくても分かります。それでつまり何が言いたいんですか?」



拓也の態度からどうでもいいことだと判断したのだろう。適当にそう返し、パンを頬張るミシェル。



「ミシェル…パンツじゃなくてふんどしにしてみない?」



そう言いつつ拓也はテーブルの下から、魅惑の黒の女物の下着と、和の国、日本に古来から伝わる下着…ふんどしを左右の手に取って見せた。



ミシェルは食べていたパンをゆっくりと皿に戻す。



「それはどこで手に入れたんですか?」



絶対零度の視線が拓也に突き刺さる。


それ…とは黒い方の事だろう。拓也は満面の笑みを張り付けたまま臆することなく、グッドサインまで作り、意気揚々と答えた



「昨日脱衣所で見つけました」



そう言い切る刹那、拓也の顔面を一筋の光が焼いた。


ちなみに後ろの壁は拓也の魔力で保護されているのだ何の問題もない。





光が通り過る。


拓也の頭は、ギャグのようにアフロになっていた。



だが当然その程度で済むわけはない。


自身の魔武器を呼び出し、それの細い方を盛ったミシェル。


瞬間拓也は悟る。



…あ、これはヤバい。ミシェルの奴本気だわ



「ッ返せ!!///」



「ちょ、ちょっとまッ…ッぐへぇ!!」



深々と鳩尾にめり込んだ杖の先の丸い部分。


溜まらず拓也は膝をつく。



「ま、待てミシェル…話せばあああああああああ!!」



続いて、膝をついて丁度いい位置に来た頭。眉間にフルスイング。


拓也は後方に吹き飛ばされ仰向けに倒れる。



なんだ!?あれって魔法を補助する魔武器だよな!?なんで鈍器としてこんなに使いこなせてるのミシェル!!?



これ以上はマズい。そう判断した拓也は手を前に出し、ミシェルを静止する。



「ちょ、ちょ…マジで待って……これ俺が自分で買ったヤツだから……ちょっとしたジョークだって」



「嘘っぽいです。証明してください」



「why?何を根拠に…」



「早くしてください」



ふぇぇ…ミシェルの目がマジだよぉぉ


ともかく証明しなければ…証明証明……そうだ!



瞬間拓也の脳内に電撃が走る。



拓也は、黒い魅惑の布の中に指を入れ、その中にスペースを作る。


そしてそれを頭上に掲げると



「いざ!南無三ッ!!」



途端に顔を包む心地いい感触。



ハッハ―!どうだ!流石のミシェルも俺がミシェルのパンツを被る変態だとは思うまいよッ!!




そうだ…彼にも考えはあったのだ。



「ッ!!///」



ただその考えが、あまりにもバカすぎただけ。ただそれだけの事だ。


次の瞬間、彼の意識は闇へと落ちていった。



・・・・・



「だから違うとあれほど……」



「紛らわしいことをする拓也さんが悪いんです!//」



やれやれ…とウザったく言いながら首を振る拓也に反論するミシェル。



結局、拓也の所持していた黒パンツは、ミシェルのモノではないことが判明したのだ。




「ッ!!」



ここでまたもや拓也の頭に電撃が走る。


「どうかしましたか?」



拓也がハッとしたのに気が付いたミシェルが不思議そうな顔で拓也に尋ねる。


拓也は拓也で恐ろしいことを悟っちまったぜ…とかなんとかブツブツ言っている。



「今のやり取りから……昨日のミシェルのパンツは黒だったということが推測できる。流石俺…なんていう閃きだ………」



無言で拓也に突きつけられる光の魔法陣。


拓也は無言で両手を頭の後ろに組んだ。


拓也絶体絶命。そんな時だった。



コンコン…家のドアが二回ノックされる。



「来客のようだ!俺が行ってくるよ!!」



このチャンスを逃す訳にはいかない。しめたと言わんばかりの表情で拓也は立ち上がり、玄関へ向かう。



だがミシェルも後ろからついてくる。来客と会って流石に魔方陣は消しているが、油断はできない。


なぜなら手には鈍器が握られているからだ。



「はいは~い!どちらさ…」



ルンルンなテンションでドア開く拓也。



しかし次の瞬間、固まる表情。やがて言葉を失い………無言でドアを閉めた。



「ミシェル……朝ご飯まだ終わってないし戻ろっか!」



「誰も居なかったんですか?」




拓也が障害物となってミシェルは見えなかったのだろう。小首を傾げ、そう尋ねる。



「この世には見なくてもいい物はある」



達観した表情でそう説明した拓也はダイニングへと戻って行く。言っていた通り朝食を続けるつもりだろう。



「…どういう意味なんでしょうか?」



玄関に一人になったミシェルはひとりでにそっと呟く。



そして…『コンコン』



もう一度扉が二回ノックされた。


若干の恐怖を感じるミシェル。だが、来客ならば居留守はよくないだろう。


というかさっき拓也が出た時点で居留守ではないのだろうが……



「…はい」



結局好奇心に負け、ドアを開ける。



「…ウッ…ウッ…エグ……グスン…」



目の前に居たのは六枚一対の翼を持った金髪イケメン。


そんな大の大人が扉の前でおねぇのように座り込み、鼻水を垂らしながら号泣しているのだ。


あまりに異様過ぎる光景に絶句するミシェル。


しかしそれも束の間、身の危険を感じたミシェルはドアを勢いよく閉め…られない。



「ッ!な、何ですか!?」



「…ウッ…ウッ…エグ」






ミシェルの目の前で号泣しているイケメン。



熾天使セラフィムが扉をガッチリとつかんで離さない。ミシェルの腕力ではそれを覆すことが出来なかった。



「要件はなんですか!?というか呼び出してないんですけど!!」



皆さんお忘れなきよう。この熾天使…なんとミシェルの使い魔なのだ。


ちなみに今まで呼び出したことは一度もない。


しかしこの天使…毎度勝手に出てくるのだ!



「要件がないと来てはいけないのかね?」



先程の号泣は何処へやら…いきなりキリッとした表情でミシェルの前に跪くセラフィム。



「……」



心底気味悪がっているミシェル。すると、いきなり玄関にスコーン!という音が響き渡る。



ミシェルは何事かと思い、よく見れば、セラフィムの額…そこにはバターナイフが綺麗に突き刺さっている。


そしてそれを投擲した犯人であろう人物が、奥からパンを咥えながら出てきた。



「すまんな、手が滑った」



「そんな器用に手を滑らせる奴俺は今まで見たことがない」



何の悪びれもなさそうに、謝罪なのかすらわからないことがとりあえず謝っておこうといった考えが拓也から滲み出ている。


対するセラフィムも、対して大事ではなさそうにバターナイフを眉間から引き抜いた。



「(…普通あんなものが額に刺さったら…考えるのは止しましょう……)」



身震いし、思考を中断したミシェル。その隣まで歩いてきた拓也は心底めんどくさそうに口を開く。



「んで?今日は何しに来たんだ?」



「いやぁ、ようやく拷問が終わってな」



「あぁ、やっぱりあの後は拷問だったか」



ケタケタと笑うセラフィムと拓也。


長い付き合いの2人のそんなやり取りを見て、自分とジェシカを思い浮かべるミシェル。



「って拷問って言っても最初の二週間だけだったな、後は溜めてた仕事やらされてた…強制労働ってないよねぇ~」



ウザったく笑うセラフィムに、拓也もミシェルも明らかにお前が悪い。そう思うのだった。



「で?今日は何の用だ?」



「サボりに来た」



あっけからんに、何の悪びれもなくそう言いきったセラフィム。



……って毎回思うけど何でこんなやつが熾天使なんだよ…天界も世紀末だなおい



「ミシェル…ちょっとこいつ用の墓穴掘ってくる」



そう言いながら、拓也は何処からともなくスコップとピッケル。ライト付きヘルメットを着用すると、セラフィムの横を通り過ぎ庭へと出て行った。


一体どこまで掘り進むつもりだろうか?



取り残されたミシェル。流石に玄関に座り込むセラフィムを野放しにはしておけないおけない。



「…とりあえず上がってください…お茶でも淹れます」



「おぉ、これは助かる」



ワザとらしく喜ぶセラフィムに若干イラつきながらもミシェルは彼を家へと招き入れた。



・・・・・



先程まで拓也が座っていた所にどっしりと座るセラフィム。コイツは客人としての意識があるのだろうか?


しかし普段から拓也と付き合っているミシェルにとっては最早気にならない些細な問題だ。



「そう言えば…主のアンタとこうやって一対一で話すのも初めてだな。」



「そうですね」



ミシェルが淹れた紅茶のカップをもって笑いかけるセラフィムだが、ミシェルはただぶっきらぼうに返す。


そんな彼女の態度に苦笑いし、紅茶を一口。



「お、中々美味い」



「そうですか」



素直な感想を述べるセラフィム。


それに対し、ミシェルは表情を動かさずにそう答えた。



「冷た!?」



苦笑いをしつつ、紅茶をもう一口。


癖のない甘みが口の中に広がる。



セラフィムはそこで一度コップを置くと、窓から見える拓也の姿を見ながら呟く


「拓也はこっちで元気にやってるか?」



「…元気ですよ」



ミシェルもセラフィムの視線につられ、拓也の姿を見る。


どうやら本当に穴を掘っているようだ。


止めさせようと思えば止めさせられるミシェルだったが、どうせ簡単に戻すこともできる。


そう判断し放置することにした。





「アイツ強いだろ」



「…強いですね」



拓也の名が出たことで少し落ち着かないミシェルだったがそれも束の間、すぐにぶっきらぼうで無機質な声に戻す。




「ワシが育てた」



「へぇ…そうなんですか」



「あれ?興味沸いてきた?」



セラフィムのその発言で、自分が微笑していることに気づくミシェル。


おちょくる様にそう言うセラフィムだが、拓也との思い出を漁っているのだろう。



「よし!ここで拓也の昔話大会と行こうではないか!」



「おい貴様。俺にもプライバシーはあるぞ」



そこでタイミングよく戻ってくる拓也。


あと少し遅ければ彼の情報ががばらまかれて所だった



「おぉ拓也、丁度お前の話をしようとしていた所だ」



「勝手に何をしようとしている、翼もいで堕天させっぞ」



二人のやり取りを苦笑いで見守るミシェル。彼女としては、拓也の過去が聞けなくて少し残念でもあった。



そんな時だった。



「ッ!!」



「なんだ~!?」


「ラファエルたんのお迎えじゃね?行ってこいやセラフィム」


「いやラファエルは音も無く近づいてくるだろ」


「確かにそうだな」



『ゴゴゴゴゴ』という轟音と共に揺れる地面。


耐えきれず近くのテーブルを掴み、それでも立っているのがやっとのミシェルに対して、


何故が全く慌てない男性陣二人組。


そんな二人に驚きながらもミシェルは頭を回す。


この王国は地震が頻繁に起きる国ではない、故にミシェルは地震と言うものを体験したことは無かった。


そんな新しい体験にちょっぴり喜びながらも、身の危険を感じしっかりとテーブルに掴まる。



「震源地は庭の真下か、何やったんだ拓也?」



「知らね、石油でも掘り当てたんじゃないか?これで俺も石油王。


と言うことで行くぞミシェル」



何か話し合った後、拓也はミシェルの手を取り、玄関へ向かって歩き出す。


グラつき危ない道だったが、拓也がうまくバランスを取ってくれているおかげでミシェルは倒れない。



「え、ちょっと危ないですって!」



「大丈夫大丈夫」



激しく揺れる地面を難なく歩き、拓也が掘ったであろう庭の穴に3人は到着する。





「一体どこまで掘ったんですか…」



庭に空いた直径2mほどの大穴。


ミシェルは頭を抱え、拓也に尋ねる



「とりあえず光が届かないところまで。イメージとしては…そう、コキュートス的な?」



「俺は地獄の最下層に葬られる予定だったのかー」



「そうでもしないとお前這い出てきそうじゃん?むしろコキュートスまで落としても意味なさそうだわ」



拓也とセラフィムが楽しそうに雑談をしている間にも、地響きは着々と大きくなって行く。


どうするともなく笑う変態二名。


そしてその傍で、どうしようもなくただ慌てているミシェル。


この状況下では彼女はただの一般人なのだ。




「そろそろかな…」



拓也がそうポツリとつぶやく。


それと同時に目の前で爆発のような轟音と何かの炸裂が巻き起こった。


思わず目を固く瞑り、自らに迫っているであろう衝撃に備えるミシェル


…が、いつまでたっても痛みは来ない。


恐る恐る目を開ける。



「…これは…?」



ミシェルの目に飛び込んできたのは

半透明のパイプのようなものが、大穴の延長のように上空まで伸び、地面から噴き出したものだろう。その中には液体が入っている。そんな異様な光景。


首を傾げたミシェルに気が付いたセラフィムが説明する。



「拓也の空間魔法だよ、それで周りに被害が出ないようにしてんだ」



「よせよせ、俺は干した洗濯物がまた濡れるのが嫌なだけだ。


それにしても…温泉掘り当てるとか俺ってやっぱり天才かもしれねぇ」



そう。拓也が掘り当てたのは温泉。


と言ってもすぐに入れるような温度ではない。というかほぼ熱湯である。

変態二名はともかく、ミシェルにとっては危険だろう。拓也は結界を張った理由はそっちにもあった。



「えっと…ここをこうして……ホイ!」



「ッ!!熱っつ!熱い!!」



指をヒョイっと動かし、結界の一部を切り取った拓也。そこから勢いよく噴き出した熱湯は、セラフィムの顔に直撃する。


顔面を押さえうずくまり、悶えるセラフィムに歩み寄る拓也。



「泉質は?」



いきなりそんな質問を投げかける。



「周りに火山は少ない。よって非火山性温泉。泉質は単純温泉、様々な成分を少量ずつ含んだ非常にバランスの良い温泉でしょう」



「はい完璧」




…ほんとこいつはキレのいいツッコみもボケもやってくれて助かるぜ…



拓也は心の中で、セラフィムの笑いのセンスを讃頌しながらミシェルの方へ向き直る。



「偶然とはいえ温泉が出たわけだし…ミシェル」



「なんですか?」



首を傾げたミシェルの前でいきなり土下座を始めた拓也。


拓也の土下座は見慣れているミシェルだが、彼に何の比も無いのに土下座されては心が痛む。


顔を上げる様に促すミシェルの足元で、拓也が唸る。



「どうか……」



地面に額を擦りつけ、心の底から懇願するように言い放つ。



「どうかこの私めに露天風呂を作らせてくださいッ!!」



「露天…風呂?なんですか?それ」



「ほぉ、いいな露天風呂」



セラフィム、ミシェル共にそれぞれの反応をする。


セラフィムは賛成的な態度だが、ミシェルは露天風呂そのものを理解していないようである。



「ちょっと待ってください、露天風呂?ってなんですか?」



そう説明を要求するミシェル。


セラフィムと拓也は顔を見合わせ、ニヤリと怪しく笑う。


そんな彼らの仕草に一抹の不安を覚えたミシェルだったが、彼らから説明してもらわなければ何もわからない。


かくして拓也&セラフィムによる(誤った)ジャパニーズカルチャーの刷り込みが始まった。



「そう、拓也の故郷、日本には入浴というものがある。日本での起源は川や滝での禊の習慣が…」



「己はウィキ先生か、もっと簡潔に話せ」



「つまり湯に浸かるということです」



随分と簡潔になったなぁ…ミシェルは内心苦笑いし、聞く姿勢を取る。






「暖かい湯というものに浸かることで心身ともに癒されます。おまけにこの温泉の泉質上、美肌も期待できるでしょう」



「へぇ…なんだか気持ちよさそうですね」



温泉に興味が沸いてきたのだろう。心なしかミシェルがそわそわしている。



「それで温泉の形式だけど、混浴にするかしないか…ミシェル、どっちにする?」



あぁ…いつもなら拓也がセラフィムのストッパーとして働くのだろう……


が、今回は生憎拓也すら向こう側…



「そんなこと私に聞かれても分かりませんし…」



う~ん、と唸りながら悩んでいるミシェル。


無理もない、彼女の国ではシャワーが主流。入浴の文化はほぼ無いのだ。



「それって…どっちが一般的なんですか?」



分からないことを考えても仕方がない。


そこで拓也にそう尋ねることにしたようだ。



「混浴だろ」



「混浴だな」



拓也にセラフィム。回答に一切の迷い無し。


悲しきかなこれが男の性である。



「じゃあそれでお願いします」



二人を信用し、そちらへと決めたミシェル。


変態二名は心の中でドス黒く微笑んだ。







しかし現実はそこまでうまく事が進むことはあまりない。むしろ少ないと言っていいほどだ。



「あらあら、そこまで一般的ではないと思いますよ?混浴」



つまり今回の作戦も失敗したととるべきだろう



二人の耳に……というより、セラフィムが今一番聞きたくない声が鼓膜を伝わり、脳に信号を送る。



「きょ、今日はこの辺にしといてやるぜぇぇ!!!」



最早条件反射のレベルでその場から駆けだしたセラフィム、しかしもう遅い。



恐ろしい勢いで天から降り注いだ無数の光の槍が、次々と地面に突き刺さり、セラフィムの周りを囲う。


完全にセラフィムが囲われたかと思うと、今度は槍の両先端から光が伸び、他の槍の先端と連結。


セラフィムは囚われてしまったのだ……



「お久しぶりですね、拓也さんにミシェルさん」



優しい色の金髪ロング。非常に整った顔。


四枚二対の白い翼。大人の魅力を漂わせるボディライン。



『四大天使』ラファエル降臨


「あ、あなたは確か…ラファエルさん?」



「はい、四大天使のラファエルで御座います」



「よ、四大天使ッ!?」



落ち着いた笑顔のまま自己紹介するラファエル。


ミシェルは驚きすぎて卒中を起こしそうだ。



「と、とにかくお茶をお出ししないと!」



「いえいえ、お構いなく」



「ミシェル落ち着け。というかお前がレーザー浴びせたりしたりしてるセラフィムの奴は四大天使より高位な存在だからな」



「えッ!?」



ミシェルにとっては驚愕の事実だったのだろう。左手で口を覆う。



「熾天使は神に最も近い天使の階級であり天使の中ヒエラルキー、その中の最上位です」



「ちなみにセラフィムってのは熾天使のヘブライ語の複数形読みらしい、つまりセラフィムも階級名」



ラファエルと拓也が代わり替わりにそう説明する。


ミシェルに拓也が言ったヘブライ語というものは理解できなかったが、話はだいたい理解することが出来た。


そして一つの疑問が沸く



「じゃあ、セラフィムさんの本名は?」



単純な疑問を呟くミシェル。



「俺は熾天使。名前はまだ無い!」



「…まだ拘束が足りなかったようですね」



「っちょ!!んぎゃああああああああああああ!!!」



ラファエルが視線を送れば、セラフィムを囲う光の槍から雷が放たれ中の生き物が思い切り感電し黒焦げのナニカになった。



「…名前が無いなんて可哀想です…」



後ろでそんな騒ぎが起きている中、ミシェルが寂しそうにそうこぼす。


それを見ていた拓也が、指をピンと立て、ミシェルに一つアイデアを提案した。



「じゃあ名前付けてやったら?一応主なんだし」



「俺は犬か~い!ちょっとまって、大人しくしてるから……」




また雷を発生させようとするラファエルを宥めるセラフィム。


そのままだいぶ下手からミシェルを説得に入る。



「いや…いいってミシェルちゃん。俺はもうセラフィムが名前みたいなもんだし」



「でもそれじゃあ……」



「いいのいいの、セラフィムって結構気に入ってるし。最近もうこれが名前でもいいかな~って」



「そこまで言うなら…」



…クッソ…もう少しでセラフィムの奴がジョニーに準ずる名前になるはずだったのに…


惜しいッ!



「さて、じゃあ俺は作業に戻るかね~」



「あ、待ってください拓也さん。ちょっとここに正座してください」



「え?あ、はい」



ラファエルの呼びかけに振り返り、言われた通りラファエルの前に正座する。


すると、セラフィムも光の鎖のようなものに引きずられながら拓也の隣に正座させられる。


いったい何が始まるのか…そんなことを考えていると



「はい二人とも、乙女に誤った情報を教えるのは良くないですよね?」



………しまったあああああああああああああああああ!!今までの流れで完全に終わってたと思ったのにッ!!



拓也、セラフィム……冷や汗が止まらない。



二人は知っている。ラファエルを怒らせるとマジでヤバいことを。



「どんな意図があってミシェルさんに嘘の情報を?」



押し黙る二人。


嘘、そう聞いたミシェルはラファエルに尋ねる。



「嘘の情報?なんのことですか?」



「混浴の事です。本当は…………」




ミシェルの耳元で囁くラファエル。




……これは…終わったな。




ラファエルが説明し終わったのか、ミシェルの耳から顔を離す。


ミシェルの顔に目を向ければ頬が少し赤い…


が、その妙に据わった目が向く先は拓也。



「なんてことするんだラファエル!!今日のおいらの夕食が豚の餌になっちまうよォォ!!」



正座を継続しながら涙ぐみ、そう訴える拓也に微笑みかけるラフ

ァエル。その笑顔は悪女のそれだ。



「反省はしましたか?」



微笑みながら、拓也に尋ねるラファエル。



…おいおい、そんなこと聞かれたら答えることなんて一つだろ?



拓也は泣きながら口角を釣り上げると、挑発するように言い放つ



「反省はしているが後悔はしていない!」





「う~ん…これはちょっとお仕置きが必要なようですね」



うっひょぉぉぉぉ!!やったねボーナス確定ッ!!



なんて言ってる場合じゃねぇからあああ!!ラファエルのお仕置きってマジで慈悲の無い奴だからああ!!!



これまでの数々のお仕置きが拓也の頭を走馬灯のように駆け巡る。


ある時は、どこから持ってきたのか…巨大な鋼鉄のハンマーで脳天をズドン。


またある時は、地面から鼻だけが出る様に埋め、ゴルフクラブをフルスイング。



おわかりいただけただろうか?



このように、ラファエルのお仕置きは洒落にならない。




「あぁ、謝罪します。私が悪かったです反省も後悔もしてますぅぅ」



涙を流しながら地面を這いずり回り、謝罪を繰り返す拓也。


彼がそこまでする。つまりそこまでしてでも”お仕置き”は回避したいのだ。



「ダメで~す♪今日は何にしようかな~」



「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



楽しそうに微笑んでいるラファエルの隣で、地獄の亡者の如き表情で思い切りシャウトする拓也。


しかし拓也はここで気が付く。




…ッハ!空間移動なら逃げ切れるんじゃね?


……今までは確かになすがままお仕置きされてきた…しかし!俺は強い(確信)


俺なら……間違いなく逃げ切れる!!!




「という訳であばよッ!!」



当然だが、周りへの説明はない。


魔法を発動させるべく魔力を練り始めた拓也。しかしすぐに違和感を覚える。


そしてその違和感は真実が分かると同時に、着々と恐怖へと変わる。


目の前に見えるラファエルの顔が悪魔に見えるほどに…



「魔力が……この鎖…一体いつの間に……」





いつの間にか足に巻き付いている光の鎖。



…かつて逃げようとした俺を捕縛したのもこの鎖……よぉ鎖君。俺たちよく合うね。



なんかもう現実逃避をはじめ、ジョニーにするように鎖に語り掛ける拓也。


セラフィムはこれから始まるであろうお仕置きを想像し、勝手に泡を吹いている。



そんな混沌とした光景に、軽く引き気味のミシェル。


恐る恐る口を開く。




「あの…そこまでしなくても……未遂で終わったみたいですし」



「ッハ!!」



「ッ!!」



彼らを庇うようなその言葉に反応をする二名。



正座しながら涙を流すその姿にまた軽く引くミシェルだが、何と表情には出さない。



「甘いですね、心底甘いですよミシェルさん」



ラファエルは微笑むミシェルに、力強く忠告する。



「いいですか?私も別にこんなことをしたいわけではありません。


それに最初からこんなひどいことをしていたわけではありません…こいつらはこうしないと………」



「あの…過去に何かあったんですか?」



言っているうちにどんどん表情が暗くなり、しまいには領の手で顔を覆うラファエル



彼女を気遣うように背中に手を当てたミシェル。




「下着を盗まれ過ぎて……身に着ける下着が無くなったことが…」



「うわぁ、拓也さん最低ですね」



心底引いているミシェル。拓也はこんな彼女を見たことがない。


いつもの無視じゃないだけダメージは割増だ。




「という訳でとっとと終わらせちゃいましょう!」



暗い顔から一変。明るくにこやかな表情に戻ったラファエル。


しかし拓也とセラフィムにとってその笑顔は悪魔の微笑でしかない。


ラファエルはブルブルと生まれたての小鹿の如く震える二人の額に軽く手をかざす。



「あぁセラフィム…もうダメみたいだ……」



「分かってる、皆まで言うな……おぉ…神のご加護があらんことを…」



「願わくば来世も人間でお願いします…」



その言葉がまるで遺言のように…二人は後ろ手に縛られたまま、地面へ倒れ込む。


ラファエルの魔法か何かだろう。二人とも真っ青な顔をしたまま動かない。



「あ、あのラファエルさん…どうなってるんですか?」



心配そうにラファエルにそう尋ねるミシェル。


自分がハメられそうになっていたのにも関わらずなんとも優しい人であろうか…



「大丈夫です。この二人はこんなでもかなりの重役ですので殺したりはしませんよ。


今は人生最悪の悪夢を見ています。それがどんなモノかまでは私には分かりません」



「死んでないんですね…よかった」




とりあえず無事ということを知り、安堵に胸を撫で下ろすミシェル。


そんな彼女を見てラファエルがほほ笑んだ。



「ふふ、優しいですね。


というより私ではこの二人を倒すことは出来ませんよ。現に今も遊びで術に掛かっているだけですしね、その気になれば簡単に抜けられるはずです」



じゃあなんで抜けないんだ?と理解に苦しむミシェル。


同時にある考えが頭に浮かんだ。



「私……沢山の人に迷惑を掛けてるみたいですね……本当に申し訳ないです」



「?…あぁ、拓也さんの方からそこまで聞いてるんですね。別に迷惑なんかじゃありませんよ、悪いのは人間に手を出そうとする向こうです」



苦い表情で歯を噛むミシェルをそう宥めるラファエル。



「そうだぞミシェル。」



「拓也さん…」



「あら拓也さん、大人しくお仕置き受けてれば追加はしないつもりでしたのに…」



「待って!?これはしょうがないやつじゃないの!?」




とりあえず拓也は話を逸らすべくミシェルへ手のひらを向け、口を開く。



「自虐はやめろ、気を遣うから」



「…まずはその発言に気が使えてないことに気が付くべきですね」



「おっとこれは盲点」



ミシェルにあっさりとそう返され、苦笑いの拓也。



…だめだ、俺に人を励ます能力なんてないみたい……



内心ちょっと落ち込んだ拓也。




「じゃあミシェルは不満か?俺が傍に居ることが」



「ッそんなことは無いです!!……ただ」



「ただ?」



歯を噛みしめながら拳を握るミシェルは、悔しそうに俯く。


そして何故かラファエルの支援が無くなったことに気が付いた拓也はひんやりとした汗が頬を伝うのを感じた。



「拓也さんに護られてばかりなのが……情けなくて…」



ミシェルは思い出していた。学園の帰りに拉致されたあの事件を。


あのまま助け出されなければどうなっていたことだろうか?


それだけではない。魔闘大会で傷ついた身体を魔法で癒して貰い……


そしてミシェルの目の届かない場所でも暗躍している拓也。


そんな彼に助けられっぱなしでミシェルはどこか自分にふがいなさを感じていたのだろう。



「そりゃあ俺はミシェルを護るのが使命なわけですし…」



「そこまで話してたのですか…」



「え、あぁ、うん。まずかったかな?」



「いえ、私は問題ないかと思います」



…よかった……ラファエルのお墨付き貰えば間違いないわ~



「まぁミシェルの事だ、多分自分に力が足りないとでも思ってるんだろう?」



「……」



無言のミシェル。


何故あてられたと言わんばかりに目を見開く。



「無言は肯定と取るぜ!それなら問題ない、ラファエル、俺のかつての弱さを教えてやってくれ」



「ミジンコ並です」



「もうちょっと言葉選べなかったかなぁ…」



ラファエルにズバッといかれ笑いながら泣く拓也。


そのまま続ける。



「そして?俺はこの最強の力(笑)を身に着けるまで何年掛かった?」



「100兆年でしたよね?」



「yes」



「え?……………えッ!?」



…あれ?そういえば言ってなかったっけか?



明かされた驚愕の事実。



拓也の年齢。ミシェルは思わず声を荒げ、目を見開く。


開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。



「100兆歳!?……冗談じゃないんですか?」



「ハッハッハ、そうだ、実は俺超おじいちゃんなんだぜ?労われ」



目を見開き、驚愕するミシェル。


拓也はそんな視線を向けられても、ただケタケタと笑っている。



「待て待て、今そんなことは非常にどうでもいい!


つまりだ、俺のような天才でもここまで強くなるのにそれだけかかってんだ。そんな簡単に強くなんてなれないのだよ」



「は、はぁ…でも拓也さんでもそんなに時間がかかったのなら私なんてもっと………」



「………………ラファエルたん助けて」



「しょうがねぇな!拓也の頼みとあっちゃ無下にはできねぇ!」



「テメェは寝てろや」



セラフィム復活。


同時に体に巻き付く光の鎖がより強固になり始めている…が、セラフィムは全く意に介さない。



「全く…どいつもこいつも強さ強さって……バーサーカーかお前らはッ!!

もっと慎ましく生きてえええええええええええええ!???」



再び空から飛来する光の槍。


それがセラフィムの身体に何本か突き刺さる、セラフィムは思わずよろめき、地面に伏せた。


起き上がろうとするセラフィム。しかしそれは叶わない。


なぜならラファエルが物凄い力で頭部を踏みつけているからだ。



「私たちは天使です。力を持って生まれた存在です。ですから努力なんてしたことはありません。ですからアドバイスになるかは分かりませんが……一つだけ」



「…はい」



「拓也さんよく言ってました。『頑張った分だけ着実に力になってる』って。

私は毎回ボロボロになった拓也さんの介抱を担当してました。


帰ってくるときはいつもボロボロで『俺セラフィムに殺される』って毎回言ってましたっけ…


でも回復したら口では嫌だと言いながらもまたすぐボロボロになりに行くんです」



思い出し、感傷に浸りながらそう話すラファエル。


隣で拓也が赤面して悶えているのはこの際無視でいいだろう。




「人間ってそんな風に四苦八苦して強く成長していくんだなって…見てて思いました。


要は何事も努力次第ってことです。拓也さんもそうやって強くなってきたんです。


昔…石に躓いて顔面ダイブして気絶してた人が今はこんなに強くなってるんですから……」



「もうやめてぇ……もうやめてェェェェェェェェッ!!」



それまでラファエルの話が耳に入らないよう、地面に頭を打ち付けていた拓也。


それでも遂に限界を迎えたのか、覚束ない足取りで、結界の方へと向かい。自らその結界の一部を解くと、その中へ向かってダイブしていった。



「なるほど……その話を聞いてなんだか落ち着きました。ありがとうございます」



「いえいえ、若いうちは悩むものですよ」



ミシェルはラファエルに向き直り、丁寧に一礼しながらそう感謝の意を述べた。


周りには、ラファエルに踏まれている金髪が一名。


水柱の中に閉じ込められ白目をむいている黒髪が一名。


金髪を踏みながら微笑む美女が一名。



今この状況を第三者が見れば間違いなく戦慄し、卒倒するだろう。



「さて、拓也さんもいつまでそうしてるつもりですか?やるならちゃっちゃと終わらせてください」



ミシェルが水柱に向かいそう声をかける。


すると中で白目をむいていた拓也が、結界をすり抜けながら気持ち悪い動きで地面へ倒れ込む。



「混浴?」



「まだ懲りてないようですね」



「すみません反省してますだからその魔法陣は消してくださいお願いします」



相変わらずの調子でふざけてみた拓也。


しかしミシェルが光の魔法陣を向けることで態度を変え、物凄い勢いで謝罪を始めた。


これにはミシェルも苦笑い。



「ふざけてないで、早く終わらせてください」



「……はい」



ショボーンとした表情の拓也。ゲートを開き、木材、工具。必要な物諸々を取り出し始める。


さながら日曜大工レベルMAXといったとこだろう。






「室内風呂はヒノキ製だろ~?んで露天風呂はやっぱり石造りだな~」



拓也は一旦結界をコントロールし、湧き出た温泉を一度地中へ戻す。



家のシャワールームがある辺りの壁を長方形にくり抜き、そこに延長の部屋のようなものを制作した。



驚くべき速さで着々と家の形が変わって行くのを見ているミシェル。しかし止めはしない。


その理由は単純に拓也を信用しているということからきているのだろう。



「室内風呂完成。次は露天風呂、貴様の番だ!」



独り言でそんなことを言いながら家の裏へまわって行った拓也。余程テンションが上がっているのだろう。


家の裏へ行って数分、幾らかの雑草を手にしながら拓也が戻ってくる。



「完成。ヒノキ製室内風呂にはシャワー完備。露天風呂は石造り。周りは防犯上の理由で囲わせてもらったが青空は仰げるようにしておいたぜ」



我ながら恐ろしい出来だぜ…そう続けながら手にした雑草が一気に燃え上がる。


拓也が火属性の魔法を使用したのだろう。燃えクズも出ないところを見る当たり恐ろしい火力だ。



「ミシェル試しに入ってこいよ、覗くけど……ってのは嘘です、はい」



拓也がそう冗談めかして言うと、ラファエルが手に光の槍を構える。


思わず背筋が凍った拓也はそう言いなおした。



……っていうかセラフィムの奴がなんか笑顔になってるんだが…気持ちわりぃな…



「ついでにラファエルも一緒に入ってきたらどうだ?」



「いいのですか?」



「いいよいいよ、ついでにミシェルに入り方教えてやってくれ」



ヒラヒラと手を振りながらそう言って見せた拓也。


ラファエルも何処からかタオルなどを取り出し、まんざらでもなさそうだ。



「あ、でも覗きますよね。水着も用意しておいた方が…」



思い出したようにそう言うと、ラファエルは慣れた手つきで水着を取り出し、タオルの上へと置く。



「ノゾカナイヨー、タクヤサンウソツカナイ」



「ミシェルさん、水着はお持ちですか?」



「は、はい。持ってます」



可哀想な拓也…。彼に信頼などなかったようだ。


「まぁ安心しろ、俺これから昼飯作るから」



「え、でも休日の昼食はいつも私が…」



「気にすんなって、あと作るのは日本食だからミシェルの口に合うかは分かんないけど…さてさて食材はぁ……」



拓也がそうブツブツ呟きながら、ゲートの中へ手を突っ込む。



しばらく中を探るような手つきで漁っていたが、目的のものを見つけたのか、腕に力を籠め、一気に引きずり出した。



「ほぉ…これは中々…」



「立派なブリですね」



そう、拓也がゲートを繋げていた先は海。


そこで魚を探していたようだ。


拓也に尾を掴まれ自由を奪われた大きなブリは、水を求めビチビチと暴れる。それもそうだ。今の今まで海の中を元気よく泳いでいた魚なのだから。



「さて…セラフィムを借りてもいいか?」



「あぁ、そうですね。いいですよ」



ようやくラファエルの足元から解放されたセラフィム。


セラフィムが若干物足りなさそうな顔をしたのは見なかったことにした方がいいのだろう。



「俺復活!」



「解放しちゃって大丈夫なんですか?」



「大丈夫ですよ、次なにかすれば天界へ連れて帰りますので。それにセラフィムさんは魚の解体が得意ですから」



心配そうにそう言うミシェルにラファエルがすかさずフォローを入れた。


セラフィムはいつの間に着替えたのか、使い古されたつなぎに、撥水性の高い前掛けをしている。



「さて、今日はどいつだ?」



額に白い手拭いを巻きながら拓也へ向かいそう尋ねたセラフィム。


拓也はいつのまにか手にしていたブリのエラに素早く剣を差し込んだ。


セラフィムはすぐにそれが活〆の一環であることを推測する。



「(流石の手際の良さだ…俺が教えただけある)」



そう拓也を讃頌し、かつての教え子のその手際にに穏やかになる心。


しかしそれも拓也が放つ言葉によって台無しになることになろうとは誰が予想できただろうか?



「あぁ、今日はお前の養殖所から拝借したこのブリだ。さぁ捌け」



「ぬわあああああああああああああッ!!貴様ああああああああああああああああああああああッ!!!!」




憤怒。


感情に身を任せ、鬼のような形相で拓也へ詰め寄るセラフィム。



「なんてことを……なんてことをッ!!」



「だってしょうがないじゃん、季節的な問題もあるし…それに遅かれ早かれこうなっていたんだ」



「だけど…だけど丹精込めて魚卵から育て上げたこの春菊ちゃんはなぁ…俺の最高傑作だったんだよぉぉ」



…とりあえずコイツにネーミングセンスの欠片もないことは分かった。


なんで魚に野菜の名前付けてんだコイツ……




今度は目の前で、鼻水を垂らしながら泣き崩れるセラフィム。


拓也はそんな失礼なことを考えながら、まぁまぁ…と彼を慰めた。



「しょうがねぇな…ほら報酬だ、とっときな」



子どものように泣きじゃくるセラフィムがあまりにもいたたまれなくなり、罪悪感というものが刺激されたのだろうか、拓也はゲートから一冊の本を取り出した。


それを女性2には見えないように身体を回し、セラフィムへ手渡す。



ちなみにタイトルはとても言えるようなものではない。なぜかって?





※運営が目を光らせているからです。





その一冊の本を手に取り、目を見開いたセラフィム。


すぐさまその本を懐に大事にしまい込み、拓也の手を片手で握る。



「毎度ありがとうございます」



「切り替え早いなおい」



あっさりと機嫌が元に戻ったセラフィム。やはりというかなんというか、拓也は彼の扱いを心得ているのであった。



「いやぁ、ちゃんと食べてやんないと春菊も報われないよな、うん」



「そうだな、俺たちがちゃんと無駄にしないことが最高の供養になるはずだ」



「それはエゴですね」



セラフィムと拓也。それぞれが自らの行いを正当化し始め、ラファエルが思わずそれにツッコむ。



この空間の中で一人、ミシェルだけがなんとなく置き去りにされている感じがするのは気のせいではないのだろう。


それも無理はない。この3人は天界に居る時からの長い付き合いだ。


それにこんなに個性の塊のような人たちだ。馴染めという方が無理があるだろう。



「って拓也よ、日本食って言うなら他の食材は用意してるんだろうな?」



「当たり前だ、俺を誰だと思ってる。既にこの世界の各地に畑や田を作ってるっての。後は空間移動で取りに行くだけ」



なんとも滅茶苦茶な力の使い方である。





「じゃあ俺たちはキッチンに居るから、二人で入ってきな~行くぞセラフィム」



「しゃーなしだな!」



「今からお前が作るのは魚料理だからな。断じて卵料理ではないと言っておく」



拓也とセラフィムはそんなことを話し、盛り上がりながら家の中へ向かう二人。


ミシェルとラファエルも後を追い、キッチンと脱衣所へ向かう廊下の分かれ道で、ラファエルが足を止め、ミシェルに向かって思い出したように口を開く。



「あ、ミシェルさん。先に行っていてください」



「?…わかりました」



ラファエルは拓也とセラフィムの後を追う様にキッチンの方へ向かう。

特に止める理由もないため、ミシェルは一人で脱衣所へと向かった。


タオルなどを用意しながら待つミシェル。すぐにラファエルも戻って来た。



「お待たせしました」



「なにしてらしたんですか?」



「いえ…二人をキッチンから出られないように拘束してきただけです」



「あぁ…………なるほど」



思わず苦笑いのミシェル。


そんなことを簡単にやってのける目の前の美女に驚きながら、タオルを手渡した。



「ありがとうございます。では…入りましょうか」



軽く会釈してから、何に躊躇も無く服を脱ぎ始めるラファエル。


少し恥ずかしくもあったミシェルだが、拓也の知り合いで、尚且つ非常に穏やかなラファエルの人柄を信用したのか、ミシェルも脱ぎ始める。


徐々に露出が高くなって行く二人。ラファエルの服の方が簡易なつくりであったため、必然的にラファエルが先に脱ぎ終わる。


ミシェルは思わず絶句した



「……」



「…?…どうかしました?」



スラリと女性にしては高い身長。


全体的に引き締まっているが、出る所は出ている。そんなボディライン。


言うなれば 完璧なスタイル。女性であるミシェルが見てもそう思う程、ラファエルは美しかった。



「いえ……ちょっと脱ぎたくなくなっただけです……」



ミシェルは少々落ち込みながらようやく脱ぎ終わる。


ラファエルはミシェルの姿をまじまじと見つめ、一言。



「ミシェルさんも相当整っていると思いますよ」



「な、なんで私の考えてたこと分かったんですか!?」



驚きの表情を隠せないミシェル。


読心術でも使われたかのような気持ちで妙に気味が悪い。



「ミシェルさん、凄く分かりやすいです。嘘つくの苦手でしょう?」



「そ、それは……」



図星。口籠ったミシェルを見てラファエルは更に微笑んだ。


ラファエルがミシェルの考えを読めたのは、単にミシェルの言動から読み取ることが容易だからなのだろう。



「ふふふ、じゃあ行きましょうか」



微笑みながら、ラファエルはシャワールームだったところのドアを開ける。


瞬間、目の前に広がる空間。それは、ミシェルの知っているものとはかけ離れていた。



「…すごい」



「立派ですねぇ…」



とりあえず以前までのシャワールームはそのまま残っているが、その奥に空間が広がり、これまで使用していたシャワーに横並びになるように更にシャワーが設置されていた。


床は、磨かれた正方形の黒系の石材が敷き詰められており、浴槽はヒノキ。


湯はかけ流しにされており、常に湯が入れ替わる仕様。



よくもまああの短時間でここまでの物を作り上げたものだ。


ミシェルとラファエルは共に感嘆の声を漏らす。



「あの短時間で一体どうやって…」



「まぁ拓也さんですしね、それよりシャワーを浴びましょう。……早く入りたいです」



ラファエルはいそいそとシャワーのもとへ向かった。


彼女も風呂というものが好きなのだろう。ミシェルは彼女の言動からそう解釈するのだった。


ラファエルはシャワーを頭から被った後、隣に居るミシェルに顔を向け口を開く。




「浴槽に入る前に、先に髪の毛と体を洗って綺麗にしておきます。それからお湯につかるのです」



「確かにそれならお湯が汚れにくいですもんね」



「そういうことです」



一通り身体を洗い終え、湯に浸かるため湯船に足を進める二人。


何の迷いも無く慣れている様に湯船に浸かる。



その動作を確認した後、ミシェルはラファエルの動きを真似るようにして湯に浸かる。



「はぁ~やっぱり温泉はいいですね~」



ミシェルの隣で湯に浸かるラファエルが手で湯をすくい、肩にかけながら気持ちよさそうに笑顔をこぼす。



「気持ちいいですね」



ミシェルも目を瞑りながらリラックスしているようだ。


目を開き、隣のラファエルへ目を向ければ、その頭にいつの間にかタオルが巻かれていることに気が付いた。


優しい金色の髪が綺麗にタオルの中へ納まっている。


ミシェルのそんな視線に気が付いたのか、ラファエルが微笑みながら口を開いた。



「これは髪がお湯に浸かってしまうので纏めているんです」



「そ、そうなんですか!私も…」



またもや考えていることを読まれたミシェル。



「あぁ、ミシェルさんは大丈夫だと思いますよ。後ろ髪が少し浸かっているくらいですし」



「なるほど…いろいろ難しいですね……」



ラファエルがロングなのに対し、ミシェルの髪型はストレートボブのそれに近い。


まぁ許容される範囲の長さだろう。



「うふふ、そんなに難しく考える必要はないですよ」



ミシェルのそんな生真面目なことが可笑しかったのか、口に手を当て笑うラファエル。


スラリとした腕を伸ばし、軽く伸びをすると、テンションを上げミシェルへ喋りかける。



「さぁ、二人きりになったわけですし…何かお話でもしましょう!恋バナとかどうです?」



唐突に始まろうとしている女の子同士らしい話題。


ラファエルの口から予想外の話題が降られたことでミシェルは少し狼狽える。



「え…、いや………い、いいですよ」



ミシェルはそれを悟られないよう、何とかそう返す。


しかし彼女のその僅かな変化にラファエルは首を傾げる。







そこでラファエルは、ミシェルにカマをかけるように言い放つ。



「こちらの世界で拓也さんはどうですか?一度敵対者が襲撃したと聞きましたが…」



「?……そうですね、一回戦ってきたと言ってました」



恋バナと言っておきながら、何故か拓也の話題に変わった事に少々の疑問を感じながらも、聞かれたことに答えるよう答え始めるミシェル。


そのまま続ける。



「確か学園の帰りだったと思います…買う本があるから…と私達と別れて…

それでそのまま家に8時を過ぎても帰ってこなくて……帰ってきたら泣いているしで後で問いただしたら神と戦って殺したって言ってました。その後何とか持ち直してくれたみたいですけどまだちょっと心配です………」



「拓也さんが泣くなんて確かに一大事ですね……私も見たことがないです」



頬に手を当て、深く考え込むような仕草をするラファエル。


そこで指を立て、一つ質問する。



「プライベートではどんな感じですか?」



この質問に、考える仕草をしたミシェル。


しかし考えていたのも一瞬ですぐに口を開く。



「掴み所がない…ですね。すごく呑気な感じで……」



「へぇ~」



嬉しそうにうなずくラファエル。ミシェルは思い出したように更に続けた。



「でも凄いんですよ、朝から剣を振ってたり…普段はあんなですけどいざとなると物凄く頼りになるんです。

私が知らないことも何でも知っていますし、一度攫われた時もちゃんと助け出してくれました。


それと料理も上手なんですよ!」



「…クック……ミシェルさん…」



口を手で押さえ、笑いをこらえているのか、ミシェルから顔を逸らすラファエルがミシェルの話を中断させる。


何故笑われているのか訳が分からない。そんな素朴な疑問から首を傾げたミシェル。


ラファエルは小刻みに震えながらもミシェルへと向き直り、…口を開く。



「あなた拓也さんのこと好きでしょ」



「…………………………………………え、えッ!!?」






必死に笑いをこらえながらそう言い放ったラファエル。


ミシェルはポカーンとした表情から一気に頬が真っ赤に染まる。


それが面白かったのか、遂にラファエルは吹きだした。



「アッハッハッハ!分かりやすすぎますよミシェルさん」



「なんで……な、何を根拠に……!」



盛大に腹を抱えているラファエルの隣で、腕を組みそっぽ絵尾向くミシェル。


ラファエルは背中の2対4枚の羽の一枚を大きく広げ、それでミシェルを傍に引き寄せる。



「だって…外でもずっと目で追ってましたし…ック……現に拓也さんの話を振った今もとても楽しそうに話してくれましたしねぇ!


気づいていないと思いますがとてもいい笑顔でしたよ……クスクス」



「なッ!///……なんでそんなところまで見てるんですか!!」



「やっぱりそうなんですね!」



ミシェルのその発言から先程の質問の答えは肯定だと確信したラファエル。


うっかりといった感じで言ってしまったのだろう。ミシェルはしまった表情で頭を抱え、身を抱き縮こまった。



「いいですねいいですねぇ!私そういうの大好きです!」



楽しそうなラファエルに対し、落ち込み、なんだか置物のような感じで体育座りで湯に浸かっているミシェル。


今にも苔が生えそうなくらいの落ち込み方だ。



「ふふふ、恥ずかしがることなんてないですよ。想い人が居るなんて素晴らしいことなのです」



物凄い落ち込みようのミシェルにラファエルがうっとりした表情でそう諭す。


ミシェルは赤い頬をした顔をラファエルに向ける。


その頬の赤さはのぼせた、とかそういう類の理由ではないのだろう。



「そう…ですか……」



目を合わせないまま、何とかそう返したミシェル。


瞳には羞恥からか、薄らと涙が浮かんでおり、それを見たラファエルは彼女に小動物のような面影を見た。




「(か…かわいい!!)…それなら早くアタックしたほうがいいのではないですか?」



「そんなこと恥ずかしくて出来るわけッ!///」





「(何も恥ずかしいことはないのに…)」



そう疑問を持つラファエル。だが、それも若さが邪魔するのだろう…と解釈した。



「でもあの様子じゃ本人微塵も気づいてませんよ?」



「そ、そうですか!よかったです!」



「ミシェルさ~ん。そこは喜ぶところじゃないですよ~」



ほっとした表情で胸を撫で下ろしたミシェルにラファエルがすかさずそうツッコむ。


さながらいつもの拓也とセラフィムのそれだ。



「だ、だって……気づかれたら…その…………気まずい」



「そんなこと言ってたらいつまでたってもミシェルさんと拓也さんの仲が発展することはありませんよ?多少リスキーでも何か行動を起こさないと!」



「それは……そうですけど…」



ラファエルの言っていることは大方正しい。


ミシェルは反論する言葉が思い浮かばず、口を噤んだ。



そしてしばらくもじもじした後、ラファエルが更に笑顔になるような衝撃の事実を語り出す。



「だって……だって初恋なんですもん!」



思わず自分の耳を疑うラファエル。



「……え?初恋?…初恋!?」



「な、なんですか?」



ミシェルの年齢は16。


確かに初恋をするには遅いと言える部類に属しているだろう。



ラファエルは聞かされた衝撃の事実に狼狽えるが、なんとか持ち直す。



「拓也さんも隅に置けませんね、こんな美少女に想われてるなんて!」



「止めてください!私は美少女じゃないです!!」



微笑みながらミシェルを弄り始めたラファエル。


ミシェルは褒められた事を全力で否定し、顔を朱に染める。


そんな彼女の反応に新鮮なものを感じながら、ラファエルは更に笑顔になって行く。



「ミシェルさんがそんなこと言っちゃったらほとんどの女の子は美少女を名乗れないですよ?」



「や、やめてください…恥ずかしいです………」



赤くなって身もだえするミシェルを眺め、口元を押さえて笑いをこらえるラファエル。


この状況を楽しんでいるあたり流石ラファエルだ。



「そ、それより拓也さんが100兆年以上生きてるってどういうことですか!?」



自分の話題が出てからずっと辱めを受けていたミシェルは堪らず話題を逸らす。


逃げたな…とは思いながらもこれ以上続けるのも酷と思ったのか、ラファエルはそれに乗っかることにした。




「言葉通りですよ、ミシェルさんを護るために拓也さんを呼んだ神様が人間の寿命はなんとかしました。

ですから外見はああなのですよ。そして一歩間違えば死ぬような訓練を受けてました」



ラファエルは普段なら拓也の言うじーさんの事を神様なんて言わないが、ミシェルに分かりやすいように表現を変え、拓也の事を説明する。



「拓也さんが本気で戦ってる姿ってちょっと見てみたいですね…」



ラファエルの説明を聞いて純粋な疑問が頭に浮かんだミシェル。

長い間訓練を受けていた拓也。そんな拓也が本気になるとどんな風に戦うのか…


それを包み隠さず、思ったまま口に出す。



「あぁ、ミシェルさんは見たことがないんですね」



ラファエルは少し微笑むと、一言。



「まさに鬼神ですね」



「鬼神……具体的にはどのように戦うんですか?」



ラファエルは思い出すように額に手を当てながら語る。



「荒々しく…尚且つ美しい…。そんな感じです」



「は、はぁ………」



ラファエルはちゃんと説明したつもりなのだが、ミシェルはよく分かっていない様子だ。


唸ってみたり、腕を組んでみたりと忙しそうなミシェル。


そんな彼女をみて自分の説明が至らなかったと気が付いたのか、ラファエルが言葉を付け足す。



「拓也さんは接近戦を得意としてます、武器が剣ですからかもしれませんね。


拓也さんの剣…ジョニーさんが様々な武器の形態をとれることはご存知ですか?」



ラファエルの補足の説明にミシェルは頷く。



「はい、ジョニーさんの能力については拓也さんから聞いています」



「それが拓也さんが接近戦が得意ということを更に後押ししています。


相手との間合いで使う武器を変えることが出来ますから」


「確かに凄い身体してますもんね…接近戦が得意というのは確かに納得できます」



興味深そうに大きく頷くミシェル。彼女が言いたいことは拓也の首から下はイケメンということだろう。

ミシェルは一度、山賊に服を盗まれ葉っぱ一枚の拓也を見たことがあるのだ。


そしてそれを聞いて隣で何故かニヤけるラファエル。



「へぇ~…拓也さんの裸を見たことがあるなんて一体ナニがあったんでしょうかねぇ……」



先程の発言はマズかった…しかし後悔先に立たず。



「ち、違うんです!!この世界に来たばかりの時に服を盗まれた拓也さんを見ただけです!!」



「ふふふ、そんなに必死にならなくても知ってますよ~」



じゃあ何故そんな意味深な言い方をしたとそこにツッコみたかったミシェルだったが、そんなことをしても無駄なのでやめておく。



「さて、 拓也さんの強さについてでしたね。


戦闘面ではありとあらゆる武術を学んでいました。体術、剣術、槍術、魔法などなど…数えるのも大変です。


しかもそれを習った神様からそれの全てにおいて奥義の全てを伝えられています。免許皆伝というやつですね」



「……なるほど」



想像を遥かに超える拓也のスペックに驚き、それしか言えないミシェル。


しかしラファエルはまだまだ続ける。



「それだけじゃありません。


そこに至るまでに掛かった年月が、約20兆年。残りの80兆年はほとんど教わったことを自分使いやすいように改良改善を繰り返し、実験相手が欲しいときだけ誰かに付き合ってもらっていました。

その中で生み出された新たな剣術が拓也さんの戦いの軸になっています。その名も『鬼神の剣』」



「見てみたいですね…そんなに長い年月を掛けて創り上げた剣術」



またもや興味ぶかそうに頷くミシェル。


その中二なネーミング。もし拓也がこの場に居たら地面を転げまわって身悶えしていただろう。



「本人に言えば見せてくれると思いますよ、ですが本人は『まだ完成じゃない、もっと改良できるところが見つかる』って言ってましたけどね」



「日々進化すると言うことでしょうか?」



拓也の知らない一面。それを初めて知ったミシェル。


彼の計り知れない強さも地道な下積みからきているのだ……そう一人納得する


「後は地道な筋力トレーニングと基礎体作りですね。


ここで一つ問題です。拓也さんの体重を予想してみてください」



「体重ですか…?」



そんな質問をされ、拓也の体格を思い出すミシェル。


身長は約173㎝。体型は普通だが、あの筋肉量だ。きっともっと重いだろう。


そこまで考え、大よその計算をしミシェルは口を開く。



「73㎏くらいですか?」



ミシェルのその答えにラファエルはゆっくりと首を横に振る。



「違います。正解は92㎏です」



「9、92㎏!?あの見た目でですか!?」



ミシェルは驚いた。拓也は見た目は普通の青年だ。


学園の制服も特注ではなく標準サイズの物で収まってる。


一体どこにそんな重さの秘密があるのか、ミシェルはそこを疑問に思った。


するとラファエルはその続きを話す。



「拓也さんの筋肉は非常に密度が高い物になっています。天界時代から続けている筋力トレーニングの賜物ですね


ここで一つ筋肉についての豆知識です。


筋肉には2つの種類があります。それを『速筋』と『遅筋』といいます。


詳しく説明すると難しい説明なってしまいますので簡単に説明すると、『速筋』瞬発的にパワーを出せるが持久力は無い。『遅筋』は瞬発的なパワーは無いが持久力がある。そう覚えてください」



「なるほど、わかりました」



「それでですね…これは本当に凄いですよ!」



ここにきて何故かさらにテンションの上がるラファエル。


ミシェルも彼女のその変わりように何かすごいことが聞ける。そう確信した。



「なんとですね…筋肉が進化しました。その筋肉は『速筋』と『遅筋』…これの両方の良い性質だけをもっています。


つまり瞬間的なパワーが出せる。そしてそれが持続できる。そのように進化しました。どうです、凄いですよね?」



「進化ですか……一体何をすればそんな風に……」



まさに自分の事のようにそう語るラファエル。


拓也を長い時間見守ってきた彼女だからこそ、自分の事のように喜べることなのだろう。



「しかも一世代で進化できるなんて本当に驚きでした!」



「は、はぁ…それは確かに凄いですね」



ラファエルのテンションがMAXに達する。


少々引き気味のミシェルだったが、拓也の偉業に単純に驚き、そして尊敬していた。



「それでですね!」



ラファエルはどうやらまだ続けるつもりのようだ。


拓也の成長がよほどうれしかったのだろう。ミシェルは呆れながらも話に付き合うことにした。



「質のいい筋肉は脱力状態では柔らかく力を入れる時だけ固くなります……


拓也さんの筋肉も例外ではありません。あの筋肉凄く触り心地がいいんです!!」



「……は?」



ラファエルの想像の斜め上を行くその言葉に、思わずすっとんきょうな声が出るミシェル。


そんなことはお構いなし。完全に自分の世界に入ったラファエルはまだまだ続ける。



「脱力状態では確かに柔らかいです!!ですが脂肪のような柔らかさではなくッ!!………あぁ!あのハリと弾力のある触り心地の適切な例えが見つかりません……」



「…」



前言撤回。只の筋肉フェチでした。


拓也の成長を喜んでいる部分もあるのだろう…だが、自らの欲が隠れていない。



「(拓也さんの知り合いには変態か変人しかいないのでしょうか……)」



悲しそうな顔をして両手で何かを掴もうとする仕草をしているラファエル。


ミシェルはそんな光景を見ながら一人頭を抱えた。



「確かに!確かに脱力状態では柔らかいですが!!力を込めると…そう!それはまさに磨き抜かれたダイアモンドッ!!」



一人、身振り手振り…果ては立ち上がり熱弁をしているラファエル。


ミシェルとしてはお湯が跳ぶのでとりあえず座ってほしい所だ。



「………って、あらあら…すみませんね、少し暴走しすぎました」



ようやく熱が冷めたのか元通りのラファエルに戻った。


そして一体どっちが本当のラファエルのなのか…そこはミシェルにとっては分からない。



「あ、アハハ…。ラファエルさんが筋肉好きということは分かりました……ハハ…」



これはひどい。


ミシェルの中でのラファエルのイメージが音を立てて崩れ落ちた。





そこでラファエルが突然、突拍子もないことを言い出す。



「ミシェルさんも触らせてもえばいいじゃないですか……そうです…そうですよ!!」



「え、…そんなこと!///」



彼女にとっては自分を理解してもらうための名案なのかもしれない。

だが一般人のミシェルにとってはそれはただの奇行でしかない



「いいですよ、あの感触……病みつきになります…………」



常識人の面影は何処へやら…ラファエルはすっかり筋肉好きのヤバい人になあり果てている。


所詮世界とはこんなものなのだ……。




「ふぅ…だいぶ温まってきましたね……さて、そろそろ露天風呂の方へ行きましょう」



隣で頭痛を堪えるミシェルをよそに、笑顔で立ち上がるラファエル。


4枚の翼を大きく広げ、軽く伸びをすると、露天風呂へ繋がるドアへ向かい足を進める。


ミシェルもラファエルの後を追う。



「あ、そうです!」



「なんですか?」



そこでラファエルが思い出したように歩きながら口を開いた。


疑問符を浮かべミシェルが立ち止まる。


ラファエルも立ち止まり、振り返る。顔は何故か満面の笑みだ。



「ミシェルさんの恋バナは露天風呂の方でじっくりとしましょうね」



「………はぁ」



最早諦めたように目を瞑るミシェル。


この後ラファエルの話術によって根掘り葉掘り聞きだされたのは言うまでもないだろう。




・・・・・



「なるほど…多重に仕掛けられてるな、拓也…これなら行けそうだ」



「まて…そこは順路に見えてトラップが張ってあるぜ。そこに魔力流したら内側の俺たちは丸焦げだ」



「じゃあどうする!?早くしないと!」



「焦るな、焦ったところで状況は変わらない。冷静に様子を見るんだ。かつてお前が俺に教えたことだろう」



「あ、あぁ…すまない…俺は冷静じゃなかった……」



「そんなこともあるさ、気にすんな」



温泉から上がったミシェルとラファエル。


彼女らが着替え、キッチンでまず見たもの…




「み、み、みみミシェル!!?」



「ら、ラファエル!?いつの間に!!」



自らの首に巻き付いた鎖とキッチン全体を覆う三重の結界を必死になって解除している拓也とセラフィムの姿だった。



「おかしいですね、手首と足首も鎖で拘束していたはずなのですが……それと結界も八重あったはずなのですがねー」



ラファエルが呆れたようにそう言い放つ


まぁ当然拓也とセラフィムの仕業だろう。ミシェルもそれで間違いないと結論付けた。



「ま、まぁまて…まだ実害は出てないだろ?…ほら、ラファエルも解く手間が省けてお互いwin‐winじゃないか」



目を泳がせながら慌てて説明する拓也。


一瞬にして首の鎖と結界強制的に解除させ弁解する。


なぜ始めからそれをやらなかったのか頭を悩ませたミシェルだったが、ただ遊んでいただけと言うことを悟る

そしてその意味不明な行動により、更なる頭痛に襲われるのだった……



「うふふ、…知ってますか?犯罪は未遂でも裁かれるのですよ」



「「……ですよねー」」



・・・・・




「はぁ…毎度毎度疲れます」



ラファエルの目の前に転がる真っ黒の物体Ⅹ


きっと拓也だったものとセラフィムだったものだろう。



「ほんと、毎度毎度焼かれる方の身にもなってほしいわー」



「誰が感電とのセットなんて注文したよ、おまけか?あ゛ぁん!?」



真っ黒なまま口を開き悪態をつく拓也。セラフィムもそれに続く。


これだけ軽口を叩けていれば体の方は全く問題ないのだろう。




「足りませんか?」




「いいえ、もうお腹いっぱいです」


「心も体もハッピーです」



そしてこのやり取りである。


本当においていかれるミシェルの身にもなってあげて欲しいところだ。



「さてさて、飯もう準備してあるし冷めないうちに食べようぜ」



そう言い起き上がる拓也。真っ黒だった体表の焦げのようなものが崩れ落ち、消滅する。


拓也の指差すダイニングテーブルには既に料理が準備されてある。


先程まで見当たらなかったことを考えると拓也の空間魔法だろうか?そう思考を巡らすミシェル。


しかし聞くまでもないことなので自分のうちにとどめておくことにした。





「というかミシェルなんで浴衣?」



ようやくミシェルの服装の変化に気づいた拓也。


よくある白と紺の浴衣に紺色の羽織。ありがちな風呂上がりの服装だ。



まぁ大方…



ラファエルと視線を向けた拓也。しかし予知でもしたのか、ラファエルはそれをかわす。



「やっぱり…」



だってミシェルが浴衣なんて知ってるはずないもんな……まぁ普段とは違うミシェルが見られてるから良しとしようじゃないか!



「ってラファエル。翼が出てるところってどうなってんの?」



「特別仕様です」



さらりと答えるラファエル。拓也としてはそこから覗くユートピアを見たくもあったが、立て続けにやれば只では済まされない。


そう思い悔やみながらも計画を中止したのだった。



歯ぎしりをする拓也にミシェルが少々恥じらいながら声を掛ける。



「どうです?…その……変じゃないですか?」



もじもじしているミシェルなど拓也は普段見られない。

しかしそれを口に出せば断罪されかねない。


とりあえず脳内フォルダにこの場面を静止画と動画で収めながら、笑顔で頷く。



「おー、よく似合ってるぞ」



「そ、そうですか」



この光景を眺めながら微笑んでいるこの状況を作り出した張本人。全ては彼女のシナリオ通り。


ラファエル…なんと恐ろしい女だ。



「おいお前ら、早くしろ。俺一人だけ絶賛待機中なんですけどー」



先に椅子に腰かけていたセラフィムが気怠そうに拓也たちを呼ぶ。


きっとお腹が空いているのだろう。



「悪い悪い、ミシェルの浴衣姿を録画してた」



「録画!?」



録画という単語が出たことでミシェルが拓也に問い詰める。


しかし拓也もマズッたという顔をして取り合おうとはしない。



そして結局席に付き、有耶無耶になった。



「わぁ…凄い豪華ですね」



机の上に所狭しと置かれた数々の料理。


それを見たラファエルが思わず感嘆の声を上げる。


拓也もセラフィムも褒められたせいで胸を張ってふんぞり返っており、非常にぶん殴ってやりたい顔をしている。




「それじゃあ食べようか、いただきます」



「春菊…お前の事は忘れないよ…いただきます」



「いただきます」



「い、いただきます…」




各自挨拶をし、食事が始まる。



ミシェルが箸を進めながら、ご飯の横に置いてある茶色い液体を不思議そうに眺める。


その視線に気が付いた拓也。



「味噌汁だよ、ミシェルは日本食食べたことないし口に合わなかったら遠慮なく残していいからな」



「い、いえ!大丈夫です!」



へらへらと笑いながらそう言う拓也にミシェルは対抗するように味噌汁を一気に口の中へ含む。



…マジかよ!やべぇタオルを…



咄嗟にタオルをゲートから引き出した拓也。


ミシェルが吹きだした時のための物だろう。しかしそんな心配は不要だった。



「………美味しいですね!」


「え、……マジで?」



使ったのは赤じゃなくて合わせだからそこまで辛くない筈だけど……



ミシェルの表情は美味しいものを食べた時のそれだ。それがとてもうそを言っているようには拓也には見えない。



「はい!なんて言えばいいのでしょう……食べたことないけど美味しいということは分かります!」



「…ミシェル。ちょっとこれ食べてみろ」



拓也が次に差し出したのはブリの照り焼き。


そう、春菊の成れの果てである。


視界の端でセラフィムが泣き崩れるのが見えた拓也だが、最早気にしてなどいない。


拓也に差し出されるままに、ミシェルはブリの身を解して一口。



「私これ好きです」



「これは見込みがあるぜ…」



興味ぶかそうに腕を組む拓也。


次から次へとミシェルに料理を差し出し、感想を聞くことを繰り返す。


どれもおいしそうに食べるミシェルに気を良くしながらも拓也が意図的に避けている物があった。


ミシェルもそれに気が付いたのか、その料理に視線を向ける。



明らかに火が通っていないであろう色。厚めにスライスされたそれはこの国では馴染みの無い物。


そう、ブリの刺身だ。




ミシェルの視線に気が付いた拓也が苦い顔をする。



「こ、これは苦手っていうやつが多くてな………食べる?」



セラフィムの養殖場で育てられていたこのブリ、春菊。


絶妙な気候調整により、産卵前で脂の乗っている身は、食べなれている拓也たちにとっては美味しいものだが…


まずミシェルが魚の生身を食べられるか把握していない拓也はとりあえず忠告しておく。



「…折角拓也さんたちが作ってくれたんです。ちゃんと食べます」



「そうか、…よし!」



ミシェルの覚悟に心を打たれた拓也。


彼女の目の前に刺身の皿と醤油、薬味を置く。



「それではいただきます」



拓也の教えたとおり、醤油に付け、切り身を一口。



向かいの席で空間魔法の発動準備をしている拓也。



「……なんですか、普通においしいですよ?」



拓也の予想とは大きく違うミシェルの反応。


話を盛りましたね…と続けるミシェルに驚いた表情の拓也。



「う、嘘!?無理してない!?」



「別にしてません」



慌てふためく拓也に何言ってんだ?といった表情でそう返すミシェル。


やがて拓也もケタケタ笑い出す。



「そうか、そうか!ミシェル日本食食べられるんだ!」



嬉しそうに、そして馬鹿みたいに笑っている拓也。


よほど嬉しいのだろうとミシェルは勝手に解釈し納得することにした。



「よし!どんどん食べて食べて!」



ミシェルの前に次ぐ次と運ばれる料理。


その量にギョッとしたミシェル。しかし嬉しそうな拓也の期待に添うべく箸を付ける



・・・・・



「…ちょっと食べ過ぎました」



「ミシェルさん頑張って食べてましたからね、無理しなければ良かったのではないですか?」



若干疲れた表情をしながらソファーに沈み込むミシェルと、その向かいのソファーでクスクス笑っているラファエル。


あの後拓也に出されたものを可能な限り食べていたミシェル。少しの胃もたれを感じている所であった。



「あんな嬉しそうな顔で出されたら食べないわけには……」



「それに好きな人の手料理ですからねぇ」



「ッ!もうやめてくださいってば!!///」



苦笑いでため息を吐いたミシェルをニヤけながらそうからかうラファエル。



お気づきだろうか?ミシェルが すでに否定していないことに………


ラファエル…やはり恐ろしい女だ


ラファエルがこんなことを言うのも、拓也とセラフィムが風呂へ行っているからだ。


かれこれ一時間はたっているのに戻ってこないのは疑問を持つべきなのだろうが、二人の奇行を目の当たりにしてきたミシェルとラファエルにとっては最早どうでもいいことである。



「いいですかミシェルさん。拓也さんだってモテないわけじゃないですよ?


それに先日学園というところのイベントでずいぶん活躍してたみたいですしねぇ」



「み、見てたんですか!?」



「えぇ、遥か上空からですけど」



学園のイベント。恐らく魔闘大会の事だろう。


まさか見ているとは知らなかったミシェルは驚く。



「ってそんなことはどうでもいいです。拓也さん…私の予想では近いうちに……」



「……な、なんですか!近いうちになんですか?」



わざと勿体付けて喋るラファエル。


ミシェルはその先が知りたいのだろう。声色だけで答えを催促する。



「いえ、告白ぐらいなら受けると思います…と………大丈夫ですか?」



ラファエルが言い終わる前に、ミシェルの表情が固まる。


心配したラファエルが手をパンパンと叩き、ミシェルの目を覚ますべく声をかけた。



「……ッハ!す、すみません…」



途端、目に光が戻り、正気に戻るミシェル。



「まぁ只の予想ですけど…」



そんな彼女の動揺っぷりを見たラファエルは少しのフォローを入れ、苦笑いをこぼした後指をピンと立てる。



「恋は早い者勝ちですよ、どうしても手に入れたいのでしたらリスクは絶対に覚悟しないといけません」



「は、はい……」



少し赤くなった後、あからさまにしょぼんとするミシェル。


ラファエルはそんな仕草を可愛いと思いながらもなんとか表情に出るのを抑えた。



そこに脱衣所の方から呻くような声が響く。


自然と視線がそちらへ向くミシェルとラファエル。二人の目に飛び込んできたのは、ミシェルたちと同じ浴衣を着た芋虫のような何かだった。



「お、俺の方が2秒長く浸かってた……」



「ッハ…馬鹿言うなよ……ハァ…ハァ…俺の方が長く浸かってたっての」



地を這うようにして現れた変態二名。


会話から察するに大方湯に浸かっている時間を競い合っていたのだろう。




何故そんな無駄なことをするのか?


しかしそんなことを考えてもきっと奴らの思考など読めないのだろう。


そう考えるミシェルの隣で、ラファエルがミシェルにしか聞こえない程度の声量で呟く。



「ちょうどいいです。拓也さんの恋愛事情について聞いてみましょう」



「…!?ま、まって下さいッ!!



ラファエルの提案。絶対にダメと言わんばかりに彼女に縋り付くミシェル。


しかしラファエルは止まらない。



「拓也さん、過去に交際した相手っていますか?」



ミシェルの必死の静止叶わず拓也に質問を投げかけるラファエル。


対する拓也。しんどそうな顔から急に無表情に変わる。




「…………」



「…………………………すみません」



光が無くなっているが、何かを訴えかけるような拓也の視線。


ラファエルは全てを察してしまい、素直に謝罪をする。



死んだように淀んだ部屋の空気。ラファエルはそれを元に戻すべく、無理にテンションを上げ、拓也のフォローに入る。




「では告白を受けたことは?流石にありますよね!」



あはは~と笑ってつづけるラファエル。


しかし隣に居るミシェルは拓也の変化を感じ取っていた。




「…」



完全な無表情から、何かを憎むような表情に変わり、しまいにはこの世のものとは思えない程辛そうな顔に変わる。



それをラファエルも感じ取ったのか、徐々に顔が青ざめて行く。



「え……、え…?……まさか…」



ラファエルが恐る恐るそこまで言った時だった。



拓也が自分の足元にゲートを開き、落ちていった。



追おうとしたセラフィムとラファエルだが、両者共に間に合わず取り残されるミシェルを含む3人。


それまで大人しくしていたセラフィムだが、


ラファエルに心底呆れた表情を向け、口を開く




「それは言っちゃダメなやつだわ…」



「も、申し訳ないです!…まさか………まさか…」






「ん、まぁ拓也の事だしそんな気にしてないと思うから大丈夫だ、多分」



珍しく慌てるラファエルに流石のセラフィムもフォローを入れる。


ちなみに当の本人は異空間の隅っこで絶賛引きこもり中だ。



「それにしても何故拓也さんは気が付かないのでしょうか?」



「何のことだ?」



首を傾げるラファエル。


しかしミシェルとセラフィムの方が首をかしげている。


それもそうだ。今のラファエルの言い方では意味は伝わらないだろう。


セラフィムがそう聞き返す。



「ミシェルさんの事です」



「ちょ、ちょっとラファエルさん!?」



「あぁ、そのことね」



「セラフィムさん!?なんで!?」



ラファエルが言い直し、彼女が言おうとしていることを容易に推測したミシェルは静止すべく声を荒げる。


が、どうやらセラフィムも気が付いていたようだ。知っているように軽く流す。



「ちょっと注意して見てれば分かるさ、というか俺もなんで拓也が気が付かないのかの方が疑問だぜ。


風呂でそれとなく探り入れてみたけど気づいてる素振りは一切なかったからな」



「そうですか…逆に気付いているけど表に出さない。というのは?」



「う~ん…こればっかりは本人に聞かないとわからんな。あいつ秘密主義に似た所があるからな、説明はしにくいんだが……


ミシェルちゃんは気づかれてると思う?」



少しの間考えるようなしぐさを見せたセラフィムだったが、答えが出なかったのだろう。


そのままミシェルに質問をする



「そ、そんなことわかりませんよ!」



「だよなぁ…」





何故天使たちはこんなにも他人の恋愛事情に足を踏み入れたがるのか?


そう疑問に思うミシェルだったが、自分の身近な人間にも似たようなのが居ることに気が付いてその考えを頭から消す。



「まぁこの話はここまでだな、本人が帰ってきやがった」



セラフィムがそう言うのとほぼ同時に、ミシェルの隣の空間が割れ、異空間と接続される。



「……ドウセ…ドウセオレナンテ……」



中からはぐったりして白くなった拓也が力なく重力という偉大な力に引きずられ、ずるずると落ちてきた。



「拓也さんすみません…まさかそこまでモテななんて知らなくて……」



「」



「やめろラファエル。これ以上は拓也が危ない」



今度は、天日干しされたかのようにみるみる縮んでゆく拓也。


これ以上は危険と判断したセラフィムが慌てて止めに入り、事なきを得た。




…もうだめ……ラファエルの事だしどうせ悪気がある訳じゃないだろう…多分………



もしかしたらわざとやってんじゃね?……………あり得るな…




白いなにかに成り果てた拓也。


しかしその天才的(大嘘)な頭脳はまだ健在だった。


咄嗟にその結論を導き出し、生気のない目でラファエルを見つめる。


するとそんな拓也の視線に気が付いたのか、ラファエルも拓也に視線を向け……



「…………ックック…」



周りに気づかれないようにこっそりと笑った。



あ、これは絶対わざとやってますわ(確信)



「さてセラフィムさん。そろそろ帰りますよ、あなたまたどうせ仕事にも手を付けてないでしょうから」



「ば、バカなこと言うなよ……今回はちゃんと計画的にやってるって………」



ラファエルの指摘にたじろぎながらも応対するセラフィムだが、仕草に動揺が隠れていない。


仕事をやっていないことはラファエルでなくとも丸分かりであった。



「駄目です。またそろばん板の上で石抱きでもしますか?」



石抱き…確か江戸時代に行われた拷問の一つだよな…


ギザギザの板の上に正座させられて膝の上に石の板を乗せられて脛が板に食い込むとか考えるだけでゾッとするわ…


やっぱラファエルは揺るぎないっす………




記憶の隅からそんな情報を引き出し、ラファエルの恐ろしさを再認識した拓也。


彼女には絶対に逆らうまいと再び固く誓った瞬間であった。



「やだー!もっとあそぶのー!!」



子どものように駄々をこねるセラフィムだが、そんなこと完全にお構いなしのラファエル。


セラフィムの首根っこを掴むと、暴れる彼の首筋に手刀を決め静かにさせると、拓也たちへ一礼。


そのまま大きく羽ばたくと眩い閃光が走り、まるで瞬間移動のように跡形も無く消え去った。


取り残された二人のうち、拓也が浴衣姿のまま大きく伸びをし口を開く。



「じゃあミシェルの戦闘訓練すっかね…」



「あ、お願いします」



拓也の提案に賛同し、ちょっとテンションが上がるミシェル。


拓也は腕を組みながら庭の方へ向かう。その後ろについて歩くミシェル。



「この前色々やってもらって思ったのが、ミシェルの弱点がやっぱり近接だってことだ。


そこで軽く武器の扱いを教えようと思う。異論は?」



「無いです」





首だけ後ろに向けながら、微笑んだ拓也。


同時に発動させたゲートの中で、何かを探す。



「え~っと……あ、あったあった」



それを引きずり出し、ミシェルに投げた。


少し慌てながらもなんとかキャッチするミシェル。掴んだものを確認する。



「木製の短剣ですか?」



「超近接…体がぶつかり合うような距離に持ち込まれたら魔法特化型のミシェルにとってかなり厳しいと思う。特に相手が近接特化型だったりしたらもう酷いことになるだろう。


だからその状態まで持ち込まれないように……もしそうなっても対応し易い武器にしてみました」



つらつらとそう説明した拓也。


ミシェルも戦闘面での拓也の卓越具合はセラフィムやラファエルから聞き、詳しく知っている。



「拓也さんがそう言うのなら従います」



全面的に拓也に従うことにした。



「ほほぅ……ではとりあえず服を……」



ほんの…ほんの冗談のつもりで言っただけなのに……この首筋に当てられてる木剣はなに?


yes!これ俺が渡したやつですわ!!



「なんでいつも一言余計なんですか……」



心底呆れたといった表情で拓也を罵倒するミシェル。


しかしそれは本人にとってご褒美でしかないことに彼女は気が付いていない。



「そんなこと言われましても~」



満面の笑みで笑いながら玄関のドアを開け、外に出る。


開かれた空間は、太陽の日が暖か、日向ぼっこするには最適な天気だ。



ミシェルの家が建っている場所が理由というのもあるのだが、この家…庭が結構広い。


市街地から徒歩20分ほど不だろうか?町の中心部から少し離れた小高い丘にあるヴァロア家。当然というかなんというかお隣さんなどというものは居ない。



拓也はそんな広い庭の中心に立つ。



「はい。じゃあとりあえず今渡した木剣で俺と模擬戦な」



「……いきなりですね」



「安心しろ、当てないから。あ、もちろんミシェルは俺を倒す気で来いよ」



「そうですね…では」



そう言うが早いか、ミシェルはへらへらと我っている拓也の顔面目がけて木製の短剣を突き出す。


不意打ちのようなその攻撃。いくら近接戦闘に不慣れなミシェルのそれでも回避することは困難を極めた。



「ハハ、そう来ないとな」



しかし今回の相手は生憎拓也だ。


当たり前のように、軽やかなステップで右横へ回避されてしまう。



「ッ!」



逃げた先を追うように、木剣を右に薙ぎ払うミシェル。



「おぉっと!」



しかし結果は木剣を下に弾かれ、大きくよろめかされただけだった。


負けじと木剣をふるうミシェルだが、一撃たりとも拓也には届かない。そして剣でのやり取りを続けながら拓也が口を開く。



「ミシェル。初撃もそうだったが、刺突で胴体以外はあまり狙うな。腕足首は良く動くから回避される。

それに手を大きく前に突き出すから隙が出来て接近を許すぞ」



「は、はい!」



返事をし、拓也の指摘通りに木剣を振るうようになってきたミシェル。


すると拓也の服の袖に、少し切っ先が掠った。



「お、飲み込み早いじゃん。その調子」



嬉しそうにミシェルを讃頌し、微笑む拓也。


対してミシェルは物凄く真剣に木剣を振るっている。



それを境に、次々と拓也の体に木剣がふれるようになった。


ミシェルは思い切り加減されていることをわかっていながらも、拓也に攻撃が当たったことが嬉しかった。


そのままある程度続けたあと、拓也が楽しそうに口を開く。



「じゃあ今から俺も攻めるぞ、短剣は基本的に相手の武器と真っ向からぶつからないようにする。短剣自体が軽いしミシェルの腕力もそこまで強くない。


だからいなすか弾く。または避ける。


さぁ、行くぞ」


拓也はそう説明し終えると、右手に持ったミシェルと同じ木剣を振るう。


ミシェルは左から入ってくる木剣をバックステップでかわし、攻撃を続ける。


胴体目がけ、放たれる刺突。



それは拓也の腹部にめり込んで止まった。



「はい。よくできました」




「中々動けるじゃん。でもひとつ気になったところがあるんだな、これが」



「何ですか?」



ハハハと笑いながら拓也が構えを解いていないミシェルの目の前に一瞬にして移動する。


その速さに反応できなかったミシェル。


そして拓也はミシェルの木剣を持っていない方の手を剣の腹でトントンと叩いた。



「ブラブラしてるこの手は斬り落とされたいのかな~?


使っていない手は体の後ろに隠しましょう」



そうアドバイスする拓也の左手は、確かに後ろに隠されている。


ミシェルもそれを真似するように左手を後ろへやった。



「そしてその体勢」



拓也は木剣をミシェルの体に当たらないように寸止めしながら、説明を続ける。



「額、鼻、顎、喉、鳩尾、膀胱、金的。


今言ったのは体の中心に存在している人間の弱点だ」



流石に最後の二つだけは指を指すだけにしているのには拓也の晩御飯事情に関わっているとだけ言っておこう。



ミシェルは拓也のその説明に真剣に聞き入っている。



「ここを攻撃されない為に始めは体は横向きにしましょう。


一見。額、鼻、顎、喉の弱点はカバーされていないように見えるけど”面”を向けている状態との違いは指先から顔までの距離が変わること。さっきよりリーチが伸びることもあるが潜り込まれた時に相手に晒している弱点の数も少なくなる。


つまりこの体勢はかなり有効なわけだ。まぁ握る武器によって構えも変わるけどね」



「なるほど…そんなこと考えたこともありませんでした」



「安心しろ、これから嫌というほど教えてやるから」



「…お手柔らかに…とでも言っておきます」



ニッコリと笑う拓也の表情から、どんな過酷な訓練が待っているのかが容易に予想できてしまうミシェル。


背中に冷たいものを感じながら、苦笑いでそう言った



・・・・・



「アッハッハッハ~。甘い、甘すぎるぜェェェ!!」



「ッく………」



五時間後。


日も傾き始め、辺りは薄暗くなり始めている。



徐々に動きを覚えてきたミシェル。そんな彼女に拓也はどんどんギアを上げながら稽古をつけていた。


次々と繰り出される刺突と斬撃。


どれもこれも今のミシェルでは捌ききるので精一杯である。



しかし考えても見てほしい。


手を抜いているとはいえ、明らかにそこらのゴロツキより素早く精密な攻撃を繰り出している拓也の動きについてこられるようになっているのだ。


この短時間でここまでの成長。


やはりセンスというものは存在するのだろう。



「だいぶ息が上がってきてるぜ?そろそろ終わりにする?」



汗だくになりながら目の前で木剣を振るうミシェルにそう声をかける拓也。


そんな彼の顔には汗一つ浮かんでいない。


この程度準備運動にもならないということだろう。



「ッ!!…まだ…まだやれます!」



殆ど意地に近くそう叫ぶと同時に腹部を狙い、放つ刺突。


しかしそれは容易く躱され空を切った。



「…あ」



ミシェルの口から素っ頓狂な声が漏れる。


体をのせて放った渾身の一発。躱され、勢い余って前のめりに倒れそうになったのだ。


踏ん張ろうにも疲弊しきっている脚は言うことを聞いてくれない。


脚どころか全身の筋肉が言うことを聞いてくれなくなっている。



地面と激突することに身構えたミシェル。



「おっと!」



しかしそんな必要は無かった。


躱して隣に居た拓也がミシェルの腹部に腕を回し、そのまま地面に座らせる。




「頑張るのは大いに結構。けど体壊しちゃダメだから今日はここまでな」



「ハァ…ハァ……。はい…。」



優しく笑う拓也の指示に、大人しく従い、大きく息を吐き両手をついて空を仰ぐミシェル。


そのまま何処から取り出されたのかわからない水を受け取り、渇きに乾いた喉を潤した。



「疲れました……」



目を閉じて空を仰ぎながらそう言うミシェル。



目の前に立つ拓也は、指をピンと立ててその上に木剣を乗せ遊びながら口を開く。



「そりゃあ疲れるでしょうね…そうだ丁度いい。だいぶ汗掻いてるしそのまま風呂入ってこい」



膝に手を付きながら、やっと立ち上がるミシェル。



「そうさせてもらいます……拓也さんはどうするんですか?」



追加した木剣でジャグリングを始めた拓也にそう尋ねる。



「もうちょっと外に居るわ。安心しろ、ちゃんと覗くから」



「安心してください。室内の方に入りますので」



疲弊しきっているこの状況でも拓也へのツッコみを忘れない。


流石ミシェルである。



「クックック…遂に第三の目を開眼する時が来たようだな!」



そしてボケの上乗せも忘れない。


流石拓也である。



このやり取りはいつもの光景である。そして呆れたようにこの場所を後にしようとするミシェル。


しかしそこで拓也が彼女を呼び止めた。



「あぁそうだミシェル。明日って暇?」



「…?…別に予定はないですけど」



突拍子もなくミシェルの予定を尋ねた拓也。


その場で片手を地面に着いて片腕倒立し、そのまま腕立てを始める。



何故このタイミングで始めたのか非常に聞きたくなったミシェルだが、とりあえずは放置することにした。



「いやぁ、学園祭の時俺ドタキャンしちゃったじゃん?埋め合わせしてなかったし……学園祭のかわりと言っちゃなんだが明日一緒に街歩きでもどうかなぁ…と。


あ、もちろん嫌なら断ってくれてもいいから」



顔だけミシェルに向かっていつも通りの笑顔を向けてそう言い切った拓也。


しばらくボー…としていたミシェル。


しかし徐々に顔が赤くなって行き、しまいには耳まで真っ赤に染まった。


いつまでたっても答えを出さないミシェルに、なにかヤバいこと言ったかと慌てて頭を回転させる拓也。


対するミシェル。その顔は薄暗くて拓也に見えていないことは幸いと言うべきか……



「ぜ…」



「ぜ?」



ようやく絞り出して言葉にしたその一文字。


拓也は意味のないその一文字に首を傾げ、復唱する。


俯き加減で、しばらくプルプルしていたミシェル。


遂に意を決したように、半ば叫ぶようにして言い放った。



「全然嫌じゃないです!!」



「よし、じゃあ決まりな。昼頃にでも行こう」




・・・・・



「あぁ……あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



両手で赤くなった顔を押さえながら嬉しさの余りか、絶叫するミシェル。


場所は移って風呂場内。



拓也はまだ外で腕立て中である。



彼女がここまで感情をあらわにするのも珍しい事ではないだろうか?


恐らくジェシカが見ても珍しがるに違いない。



「何を着ていきましょう……あまり張り切ってるのが見てわかる服はちょっと……」



う~んと唸りながら明日着て行く服を考えるミシェル。


絶賛恋愛中である。



今の彼女をジェシカが見たら散々弄り倒した後、この表情を写真に収めるだろう。



「あぁ……考えがまとまりません!!」



遂には顔を水面に叩きつけたミシェル。


顔の熱を冷ますためだったとすれば逆効果だと言わざるを得ない行動だ。



「ハァ……とりあえず今日は早く寝ましょう…夕食も作りませんと…」



湯から上がり、髪と体の水分を拭き取り、部屋着に着替えてから脱衣所を出る。



足をリビングへ進めるが、拓也の姿は無い。


二回からも物音は聞こえない。



「まだ外でしょうか?」



独りつぶやき、外へ出たミシェル。


そこでは彼女の予想通り、拓也が頭を足を逆さにしたままで腕立てをしていた。



「拓也さん、お風呂上がりましたよ…っていままで腕立てしてたんですか?」



拓也の顔に汗が浮かんでいるのに気が付いたミシェル。


さっきの自分との訓練では汗一つ掻かなかった彼がよく見れば全身汗だくで、おまけに身体から湯気が上がっている。



歩み寄ってそう喋り掛けたミシェルに気が付いた拓也がようやく地面に足をつける



「まぁ俺だしな」



「その顔心底ムカつきますね…(なんでこんなこと言っちゃうんでしょう…)」



好きな相手にこんなことを言ってしまう自分に嫌気がさすミシェル。


対して拓也は全然気にしていないようにひとしきり笑うと、更に続ける



「おまけにこの熾天使印『10倍だーっ!!!』Tシャツを着ると身体の重さが10倍になるというドM使用ですぜ」



「よくそんなもの着て腕立て伏せなんてできますね……しかも逆立ち片手で……」



ー確かこれってセラフィムの奴が俺の修行のために作ってくれたんだっけ……


当時は確か着ただけで地面に倒れ込んで死ぬかと思ったな……


今となっては懐かしい限りだ……ー




「じゃあ俺も風呂入ってくるかね。だいぶ汗かいたし……」



「私は夕食の準備をしてますね」



「頼んだぜ~」



拓也は手をひらひらと振りながら歩き出す。


ミシェルも彼について行き、キッチンで調理を始めた。

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