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神様のお使い  作者: 泡沫にゃんこ
第一部
11/52

学園祭~後編~

「なにこれ…全然分からない……」


覗き込んだ看護師がボソッと漏らす。



おい、それは医療者としてどうなんだ!?かなりわかりやすく書いたつもりなんだが……



「しかし剣帝様…こんな凄い魔法の事をいったいどこでどうやって知ったんです?」


「うん、自分で作った」



「「「「「……………は?」」」」」



拓也が渡した紙をまじまじと見つめながらそう尋ねるキース。


拓也はキースの脇を抜け、貧乳トンファーの近くへと歩み寄りながらそう答えた。



すると医療陣がそろいもそろって同じ反応。



「作った!?この魔法をですか!?」



声を荒げた看護師の女性が詰め寄る。、思わずのけぞり、バランスを崩しそうになる。



「は、はい…そうです」



「世紀の大発明ですよ!!この魔法があれば………」



「あれば?」



「もっと沢山の人を救うことができるようになりますね!!」



なんだ……この魔法があれば医療の世界を牛耳れる!!歴な発言を期待していたんだが……残念。



「ぜひ!!ぜひ教えてください!!」



「はい、最初からそのつもりです……ちょっと落ち着きましょう」



「す、すみません……」



物凄い勢いで迫ってくる看護師の女性。俗に言う医療バカというやつだろう。


まぁ仕事に熱心なのはいいことだ。



拓也は苦笑いを浮かべた後、貧乳トンファーの近くに跪いた。



「は、は、初めまして…よ、よろしくお願いします」



「こちらこそよろしく」



緊張しているのか、試合で見た時より表情がこわばっている。


そんなことを思いつつ、軽く挨拶を済ませ、右手を差し出すように指示した。


差し出された右手を軽く手に取り、火傷をしている部分をはだけさせる。




そこまですると、顔は貧乳トンファーに向けたまま、語り始めた



「まずこの魔法の説明をします。


その紙にも書いてある通り、この魔法は光属性の特性を利用します。


ここで問題です、キースさん。魔法の属性の中で、現在特性が確認されている属性は何と何か、分かりますか?」




特性とは、言わば属性が持つ特殊効果のようなものだ。


ここで勘違いを生まないように説明しておく。例えば自然属性で説明するならば…火属性は燃やす。水属性は濡らす。こういったものは特性ではなく性質と呼ぶ。






「…光と闇のことですか?」



「そうです。光は『浄化』と『回復』闇なら『吸収』と、いう特性を持っています。


あなた方が使用している治療方法の一つに、光属性の魔力を放出して傷を癒すというものがあります。知っていると思います、あれは微量ながらも光属性の特性が働きかけて傷を癒しているんです」



難しいことをつらつらと述べられ、頭の上に疑問符を浮かべているものも少なくない。


そこで拓也は少しやり方を変えることにした




「見てもらった方が早そうですね。しっかり見ててください」



そう言った拓也の右手に、光属性の魔方陣が出現する。


息をのんで見守る一同。



……今心なしか貧乳さんの体が強張った気がする…なんか悪いな…実験台みたいな感じにしちゃって………



心の中でそう謝罪しつつ、魔法を発動させた。



「【ヒール】」



そう魔法名を唱える。すると、たちまち優しい光が辺りを照らした。



「う、嘘!?もう…!」



驚愕し、空いている片方の手で口を覆う貧乳さん。



無理もないだろう。全体的に酷い火傷を負っていた右腕が、時間を巻き戻すかのように短時間で完全に治ってしまったのだから。



「このように「これはすごい!!医療の世界に革命が起こるぞッ!!」」



「えっとですk「素晴らしいです!!これで苦しんでいる多くの人を救うことができますね!!」……」




ダメだこいつら…人の話を聞いちゃいねぇ……


そりゃ興奮するのもわかるよ?俺だって初めて魔法見たときは興奮しすぎて失神したけどさ……


って今はそんなこと関係ないんだよ!!



「魔法はイメージが大切です。傷つける目的ではなく、傷を治すイメージをしましょう。後は光属性の特性をしっかりと理解し、正しい魔力コントロール。慣れないうちは魔方陣を使うこと。普段使っている光魔法とは違い、コツをつかむのが難しいと思いますが、難易度的にはそこまで難しいものではありません。恐らく中級くらいのものでしょう。皆さんならすぐに習得できると思いますよ」



ちなみに魔方陣にも色々面白い仕組みがあるのだが………


まぁ、また今度ということにしておこう。一度に詰め込んでも頭がパンクしてしまう。





…とりあえず俺はこの部屋にいる負傷者全員直しますかね…




だが一人でやるのもなんか違うよな……よしあいつを呼ぼう。




「…来い」



「お呼びでしょうか、マスター?」



「うん、呼んだ」



ここで光の属性神ウィスパーが登場。


ちなみに出現と同時に、魔力を供給して姿は元の姿に戻してあるので、拓也の使い魔とは誰も気が付かなかった。




……それにしても…、185cmくらいの身長に細身の体。仮面つけててわかんないけどどうせこいつもイケメンだろ……




ここで本来の姿に戻ったウィスパーの容姿を説明しておこう。


180㎝程の身長、細身の体に短髪の白髪。真っ白な燕尾服にこれまた真っ白なシルクハット。喉元には白い蝶ネクタイ


白を基調にした仮面。目と口の部分に黒い三日月型のペイントがしてある。果たしてあれは前が見えているのだろうか?



まぁ特別な何かなんだろう。あまり詮索するのはよくないな…うん。



「さて、早速で悪いんだがここにいる怪我人を全員治療したい。協力してくれ」



「仰せのままに…」



「はいこれ、一応俺のオリジナル魔法なんだけど……使えそうか?」



いつの間にか複製していた紙をウィスパーに手渡す。


しばらく手に取って眺めていたウィスパーだが、しばらくして軽く頷いた。



「大よそ理解はできました。大丈夫です」



「さっすがぁ~」



「お褒めにあずかり光栄です」



からかう様にそういう拓也に、綺麗な一礼をして見せるウィスパー。



出来ればシェイドと居る時もこんな感じで居てほしいものだ……



心のどこかでそう願う拓也だった。




「じゃあ俺はこっちからやるからお前は向こうから頼む」



「畏まりました」



そう言うと、テキパキと動き始める拓也とウィスパー。


他の医療陣はと言うと……



「いや、ここは……」



「そうでしょうか?私は……………」



拓也の渡した紙を囲んで各々の意見を言い合い、何やら議論をしていた。


恐らくまだ発動方法が分からないのだろう。手に魔法陣を作ったり消したりを繰り返している。



………その点ウィスパーの奴…もう既にあの魔法を自分のものにしてやがる……なんて奴だ……。



既に鞭使いを治療し始めているウィスパー。




ともかく俺も自分のやるべきことに集中しますかね。



「…それじゃあこっちも続けよう、次は背中のほうを見せてくれる?」



「は、はい!」



クールな面影はどこへやら…元気良く返事をしてくれた…と思った瞬間、



貧乳さんは服の端に手を掻け、何故か脱ごうとし始めたのだ



「ちょ、ちょっと待って!服はそのままでいいよ!?さっきは分かりやすいように患部が見えるようにしただけだから!!」



「え、…あ、はい」



キョドりながら必死に制止する拓也。童○なのが丸分かりである。




…あれ?でもあのまま止めなければ………っていかんいかん。私は紳士私は紳士私は紳士私は超紳士、鬼灯拓也。


好きなものはパンt…あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!おさまれぇぇぇ!!!



一人、心の中で葛藤を続ける。


現実世界で拓也の動きは完全に停止しているため、心配した貧乳さんが声をかける……


が、反応は無い。ただの屍…いや、変態のようだ。




「あ、あぁすまんすまん。ついうっかり…」



フリーズから帰還したのはいいが、口調がいつも通りに戻りつつある。


その動揺を隠すために、無言で魔法を発動させ、そっちへと集中しなおした。



拓也は中身は非常に残念な奴だが、やはり腕は確かなものである


みるみると全身の傷が癒えていく。そして数秒後には全ての傷が塞がり、完治していた。



「はい終わり、お疲れ様」



「…すごい……あ、ありがとうございます」



だいぶ落ち着きを取り戻したのか、試合のときのようなクールさを取り戻した貧乳さん。



「いいっていいって、それより実験台みたいな扱いしちゃってごめんね」



大勢の前で魔法の実験台にしたことを謝る拓也。


まぁ成功するということは事前に分かっていたわけだが、一応謝っておくことにしたようだ。



「……いえ、私は別に気にしてません。むしろ光栄なくらいです」



「ありがとう。それじゃあ…お詫びの印これをあげよう」



拓也が軽く指を振ると、ベッドの端に座っている貧乳さんの膝の上に、異空間への門が開いた。



始めてみる空間魔法に驚き、固まる貧乳さん。


動けなくなった彼女の太ももに小さな何かが数個落ちる。



視線を落とせば、そこには見に覚えの無い飴玉が3個ほど存在していた。



「アメちゃん。おいしいよ」



何故このタイミングで飴なのか?答えは単純。


関西のおばちゃん達を参考にしただけだ。




「……ありがとうございます」



しばらくの間困惑し固まっていた貧乳さんだが、拓也に向かいそうお礼を述べた後、飴玉を一つ口に含んだ。




そこまで確認すると拓也は腰を上げ、次の患者の下へと足を進めた。




・・・・・



「う…ぅん………?」



目を擦り、上半身を起こす銀髪の美少女。ミシェル。



先の戦いで重傷を負い、体全体にガタが来ていたはずだが、何故か痛みはない。


むしろ心地いいくらいだ。



腹部に負った傷を確認するために服をたくし上げる…が、そこには傷を受けた痕跡すら残っていない。


従来の医療で完璧に直すことが可能だろうか?そう思考するミシェルだが、すぐにその可能性は薄い。その結論に至っる。


では誰がどうやって?そう考え始めた時、自分のすぐ隣から声がした。



「おはよう、目覚めてすぐで悪いんだが、とりあえずその恰好はちょっと刺激的なんで止めてもらっていいっすかね?」



言わずもがな拓也だ。ミシェルが起きるまでベッドの隣の椅子で読書でもしていたのだろう。手には『賢者への道』といったタイトルの本が握られている。



「……………ッ!?拓也さんッ!?///」




しばらく状況が掴めずボーっとしていたミシェルだが、拓也の指摘で、自らの腹部が露わになっていることを思い出し、慌てて服を元に戻した。


心なしか顔が赤くなっている。




「……私、いつの間にか寝てたんですね…」



辺りキョロキョロと見回し、時計を見ながらそういうミシェル。


時刻は既に4時を回っている。



「あぁ、そりゃあもうぐっすりと。……おかげでたっぷり寝顔を見れたぜ!ウヘヘヘ……」



「うわぁ…」



「ごめん、その反応は流石に辛すぎるからやめて」



「………とりあえず左手に持ってるカメラを渡してください。話はそれからです」



クッソォォォ!!こんなこともあろうかと予想して買っておいた一眼レフなのによぉぉぉぉ!!!


これがミシェルの手に渡れば間違いなく…………


だが渡さなければ俺の築き上げてきた信頼が……







「はぁ……まぁいいです。それで?ジェシカやアルスさんはどこですか?」



よかった。………帰ってから現像してジェシカにでも渡して遊ぼう。



この男やはり中々の屑である。



「あぁ、結構前にとか見てくるって行ったきり戻ってこないな、かれこれ1時間近く放置されてる」



「…そうですか……まぁジェシカですしね」



「天真爛漫って言葉は、ジェシカのために存在しているようなもんだからな、ほんと…」



逆にジェシカが静かで大人しかったら気持ちが悪い。


2人は同じことを思ったのか、お互い苦笑いを顔に浮かべた。




「それで…魔闘大会の結果は……って聞くまでもないですね」



「ご明察~」



へらへらと笑う拓也に対し、深刻そうな表情に変わったミシェル。



「あの……相手の大将の事ですけど……」



「あぁ、知ってる……今頃独房だろうな。」



「…そう…ですか」



それだけ言うと押し黙り、俯き動かなくなったミシェル。




……何この沈黙…俺ってばシリアスとか好きじゃないのに……。


シリアルは好きだけどね。というか好き嫌いがないし…



…って何の話だよ…




「案ずるな、俺がミシェルの変わりに制裁を加えておいたから」



そうふざけた態度でいう拓也。本人はミシェルの調子を戻すためのジョークのつもりだったのだが、


その言葉を聞いた瞬間、ミシェルの顔色が一気に悪くなった。



ガクガクと震える手で口元を抑え…



「……殺してないですよね?」



「ッ殺さねーよ!!」



……そんな簡単に人殺すようになってたまるか!!


俺は人情と性欲でできてんだよ!!




「ふふふ、冗談です」



「冗談かいッ!!」



関西人も真っ青な完璧なツッコミ。



だが拓也が真っ蒼になったのはミシェルの演技力の方だった。




…いつの間にこんな演技派になったんだよ…知らなかったよ……



「それはそうと、なんで拓也さんはジェシカたちと一緒に行かなかったんですか?」



ミシェルの頭に浮かんだのは素朴な疑問。何故寝ている自分の所にわざわざ残ったのか。


拓也に質問をしたミシェルだが、彼女は頭がいい。


故に無意識のうちにいくつかの答えを自分で予測してしまっていた。



そこで一つの回答が頭をよぎる




自分のことを心配して居てくれた。



「や、やっぱり何でもないです!答えなくていいですよ!」



自分でもわかるほどに熱を帯びた頬。それを気づかれないように取り繕いながら、自分の前の発言を取り消した。



というか拓也がミシェルのことを心配しないわけが無い。



「…まぁ体に問題がないなら何よりだよ。どうする?もうちょっと休んでくか?」



「…え、えっと………拓也さんはどうしますか?」



考えがまとまらない頭で何とか間を持たせる。対する拓也は首をかしげると、すぐさま答えを出した。



「そうだなぁ……とりあえずミシェルの傍にいるよ。心配だし」



「………………そうですか」




拓也がそう言うと、上半身をベッドに投げ、毛布を口元まで引き寄せ拓也に背を向ける。



……何か気に障ることでも言ったかな…?



そんなことを考え、ビクつく拓也だが、その行動の真意は、ほんのり赤く染まった顔を見られないように。


そういう意図からだった。



兎も角ミシェルが休むことを選択したため、することのなくなった拓也は再び本を開いた。






5分…10分……。拓也が本のページを捲る音だけが響く医務室。


他の怪我人は皆完治してもうこの場にはミシェルと拓也以外誰も居ない。







「あ、あの…拓也さん」



「ん?」



そんな長い沈黙を破ったのはミシェルだった


ゆっくりと体を回転させ、拓也の方へ顔を向ける。


すると、相当読書にのめり込んでいるのか、本から目は離さず話を聞く態度をとる拓也。



ミシェルはそんなことは気にしない。というより気にする余裕がないのだ。


数秒の沈黙の後、ミシェルは覚悟を決めると声を絞り出す。



「あの…拓也さんさえよければ………………………」



最後まで言い切る前に、途中で止まってしまう。


しかももっと悪いことに、自分のことで続きが気になったのだろう。拓也が本を閉じてミシェルに目を合わせた。



毛布で口元まで覆っているため表情の変化は読み取り辛いが、それでも頬と耳がほんのり赤みを帯びてきているのは拓也にもわかる。



「よければ?」



中々口籠って言い出そうとはしないミシェルにそう催促する。


ミシェル自身は表情を変えてないつもりなのだが、はたから見れば変化は一目瞭然。


拓也はそれを面白がってニヤニヤしている。




「その…なんていうか…………」



また口籠るミシェル。



このままではいけない。そう考えようやく決心する。


寝かせていた半身を起し、口元を隠していた毛布も捨て、拓也と目を合わせた。声を張り上げた。



「明日ッ!!…明日…一緒に出店とか回りませんか?」



勇気をもって何とか伝えることができた。今回はちゃんと彼にも伝わっただろう。


そう安堵し、そっと胸をなでおろす。


と同時に恥ずかしさがミシェルを襲い、彼女はまたベッドへと潜り込んでしまった。




ニヤニヤして聞いていた拓也は首を傾げ、優しい笑みを浮かべる。



「そのくらい別にいいぜ。むしろウェルカムですわー」



「本当ですか?」




「ん?あぁ。だって俺も一緒に回る奴いなくてボッチ確定してたようなもんだし。」





断られるのではないかと気が気ではなかったのだろう。拓也が目の前に居るのにも関わらず、ホっと胸をなで下ろした。


そんな彼女の仕草を見て首を傾げた拓也。


とりあえずかわいい。彼は素直にそう思ったのだった。




「そ、そんなことより!!…私の傷完治してますね!いったい誰が治してくれたんでしょうか!?」



今までの自身の言動が相当彼女を苦しめているのだろう。


羞恥の色に染まったり染まらなかったり、不規則な顔色の変化をしているミシェルは、それを悟られないように話題を別のものへと変更した。



「あぁ、なんか剣帝がふらりと現れて怪我人全員直して行ったらしいよ」



ニヤけながら面白そうにそういう拓也。自分の事なのにあえて他人のように扱う。何故だろうか?


理由は簡単。なんとなくそっちの方が自分の事をかっこよく語れる気がするからである。



そんなことを考えている拓也の思考でも読んだのか、ミシェルは深いため息をついた……




「一体どれだけ暇なんですかね、剣帝って人は」



「ほぅ、恩人に向かってそんなこと言っちゃう?」



完全に人をおちょくるモードに入った拓也。ウザいことこの上ない。



「……まぁ感謝はしてます。



確かにここまで完璧に傷を治すって言うのもあの人なら納得です」



「うん、なんか新しい魔法を開発したらしいしね。使ってたらしいよ」



「…またですか……。それで?どんな魔法だったんです?」



「光の特性を生かした回復魔法だってさ~」



「…………そんな大発明をポンポンと……相変わらず滅茶苦茶な人ですね……」



前の氷魔法にしても、今回の回復魔法にしても、これまで魔法の研究家が思いつきもしないものを簡単に作ってしまう。これがどれだけすごいことなのか……当の本人は自分の作りたい魔法を作って遊んだりしているだけなのだが……


きっとこんなやつが新魔法を開発していると知ったら世界中の魔法研究家は自害することだろう。





「たっだいま~ッ!!」



その時だった。医務室のドアが何者かに勢いよく開けられ、その勢い余って壁に直撃する。



…あいつはここがどういう場所かわかってんのか……まったく…。



「ジェシカ…ここは医務「あ!ミシェル起きたんだ!!」……」



俺の存在ってそんなに薄いかね…ちょっとショックだな。



やれやれ…と頭を悩ませる拓也だが、口元はニヤけているのが腹が立つ。



「まったく…はしゃぎ過ぎだよジェシカさん」



「あはは~ごめんごめん!それとありがとうね~!」



ジェシカに続くように部屋に入り、愚痴をこぼしたアルス。その両手には大量の荷物。


可哀想に…恐らく荷物持ちでもやらされているのだろう。




…………俺じゃなくてよかった。



「ミシェル!はいこれ、食べて食べて!!怪我したときはいっぱい食べなくちゃね!」



ミシェルの前に差し出された謎の食糧たち。その量に思わず顔が引きつるミシェル。無理もない。これは明らかに怪我人に食べさせる量ではないのだ。




「いや、お腹は別に空いてません。それに拓也さんが治してくれましたのでもう怪我も大丈夫ですよ」



そうなのだ。けがは拓也の治療によってとっくに完治している。


だがジェシカは聞く耳を持たない。



「またまた~そんなこといって~、本当はお腹空いてるんでしょ?」



「いやだから…」



ミシェルは現在ベッドの上で上半身を起こしている状態。故に逃げ場はないのだ。


……このように口の中へフランクフルトのようなものを入れようとしてくるジェシカからは……




「いいぞジェシカ、もっとやれ」



腕を組み、ジェシカにそう命令する拓也。



「まっかせて~ッ!!」



「ちょ、拓也さん!?」




必死の攻防を始めるミシェルとジェシカ。突き出されたフランクフルトを上半身だけで巧みに回避したり……




なにあれエロい。…というかミシェルも早く食べてやれば終わるのに……


っと、ミシェルが睨んでるからそろそろ助けようかな。



「はいはい、そこまで」



「えぇ~あとちょっとだったのに~」



ジェシカからフランクを取り上げる。ジェシカは不満そうな顔をしているが、拓也にとっては今夜の晩御飯のグレードに関わるので致し方ないのだろう。



「……………土」



「助けたじゃん!?」



ボソッとぎりぎり聞こえる声量でそういうミシェルに過敏に反応した拓也。


流石に今までに夕飯で土が出てきたことはないが、一抹の………

いや、かなり不安がよぎる。




「冗談です、ッムグ!!?」



「そっかー冗談か、よかったよかった」



何故なのか……。拓也は冗談だと発言したミシェルの口にフランクを突っ込んだ。



「どう?おいしい?」



「………」




最高にむかつく笑顔を浮かべ、おちょくるように味の感想を聞いてくる拓也に対し、無言のミシェル。


渾身の一撃が空回りし、何を焦ったのか……



「……なんかエロイね!」



フランクを咥えたままのミシェルから絶対零度の視線が突き刺さる。


ジェシカはやはりというかなんというか爆笑しているのが拓也にとってはせめてもの救いだった。



「おっと急用を思い出した」



「逃げるつもりですか」



踵を返し、ドアへ向かい歩き始めた拓也にそう投げかけたミシェル。途端に拓也は振り返る。




「こら!食べ物を口に入れたまま喋らないの!」



「もう飲み込みましたけど」



「…………」



「あ、たっくん逃げた!」



怒った顔のまま固まっていた拓也は、瞬間移動を発動させこの空間から離脱したのだった。


めでたしめでたし。



「まったく…何がしたかったんですか……」



拓也が居なくなり、ミシェルがフランクを食べ、ジェシカが笑う。ここはそんな異様な空間に成り果ててしまった。


それに耐えられなかった者が一名



「僕も外の空気を吸ってくるよ」



「あ、アルスちょっと待って!えっと……はいこれ!荷物持ちありがと、お礼だよ!」



投げ渡された紙袋。中身はおそらく食べ物だろう。


アルスはいつものような笑顔でお礼を言うと、ドアを開け、速足で去って行った。



ガチャリ、とドアが音を立てて閉まる。それを確認すると、ジェシカがニヤけ顔でミシェルへと振り向いた。



「やるじゃんミシェル!明日はたっくんと二人っきりだね!」



「………………」



「あーもうミシェル!盗み聞きしてたのは謝るから~!!」



ジェシカの発言を聞き終えると、無言で毛布を掴んでベッドへ倒れジェシカに背を向けた。



彼女の顔は今頃羞恥に染まっているだろう。


そう思考し内心笑っているジェシカだが、口ではちゃんと謝っておく。



「謝っているようには聞こえませんね」



しかし声色と長年の付き合いからそんなものはすぐばれてしまった。



「まぁまぁ、明日二人きりになれるんだから!私にからかわれるくらい安いもんでしょ!?」



「というか家ではいつも二人きりですけどね」



確かに2人はいつも家で一緒だ。ジェシカもそのことをすっかり忘れていた。



それなら何故もっとアピールしないんだ……。珍しく頭を抱えるジェシカ。


これで少しはいつものミシェルの気持ちがわかるだろう。



「そういえばたっくんと二人暮らしだったね。ちゃんと栄養のあるもの食べてる?学生なんだからちゃんと栄養バランスを考えないといけないよ!」



「その辺りは問題ないですよ。私と拓也さんとで交代して朝昼晩ちゃんと作ってますから」



そういうミシェル。ジェシカは驚愕に目を見開いた。



「え!たっくんって料理できるの!?」



「できるも何も…私のお弁当も拓也さんが作ってるんですよ?」



「なんですって……」



大袈裟に膝を折り、地面に倒れ込むジェシカ。


彼女の中のプライドとかそういう類のモノが音を立てて崩れ落ちたのだった。



「あんなにきれいなお弁当を?たっくんが?嘘でしょ?この前のサンドイッチも?え?………」



「大丈夫です落ち着いてください。拓也さんは家事全般軽くこなします。………私よりも…」



「ミシェル……」



言っているうちに目から生気が抜け始め、最後には虚ろな目で架空を見上げるミシェル。


ジェシカは、仲間がいた…と言わんばかりの表情だ。



「そう言えばさーミシェル~」



「なんですか?」



ようやく回復したのだろう。2人とも会話を再開する。


というよりも何か話題を逸らさないとやっていられない。ジェシカにはそんな意図があった。



次にジェシカが放つ何気ない言葉は、ミシェルを大きく焦らせることになる。



「たっくんとはどこで知り合ったの?馴れ初めが聞きたいです!!」



興味津々といった表情で待機中のジェシカ。


いつものミシェルならここでまず馴れ初め、ということに関してつっこんでいるはずだが、それをしない。


つまりそれほどに焦っていた。



「え、えっとですね………」



この問題を解決するのなんて簡単。嘘を言えばいいのだ。


だがミシェルはそれをしない。根が真面目というのもありジェシカに嘘をつくことを本能的に拒絶しているのだ。



「あ、あとなんで同居することになったのかも知りたい!!」



どんどんヒートアップしていくジェシカ。ストッパーであるミシェルが他の事に気を取られて機能していない。


これは深刻な問題だ………。



「それは…………」



その時だった。


ガラリ、窓ガラスが開く音。2人の自然に視線はそちらへと向いた。



「拓也さん!いつから!?」



「…いや、見てのとおり今戻ってきたんだけど」



何故このタイミングで戻ってくるのか、そして何故窓から入ってくるのだろうか。



「あ、たっくんちょうどいい所に!ミシェルとの馴れ初めを聞かせてよ!」



当事者同士が2人揃う。ジェシカにとってこれほどおいしいことはないだろう。


そしてやはり矛先は拓也へと向いた。




ジェシカの呼びかけにアイスを頬張りながら振り向く拓也。

口に入っている分を飲み込むと、ニヤリと笑った。そして語りだす。



「ん、いいぜ。…あれはある晴れた午後の事だった………」



「うんうん!」



どうせ滅茶苦茶な作り話をして誤魔化すつもりだろう。そう予測するミシェル。


だが今回はこんな彼の部分に感謝していた。



「ほぼ全裸で林の中で彷徨ってた俺はミシェルとバッタリ出会う。あぁ、あれは最早運命すら感じたね」



得意げな顔で語り始めた拓也。


想像するだけで異常な光景に爆笑するジェシカと、なんか誤魔化すつもりがないんじゃないかと心配になってきたミシェル。


そんなことはいざ知らず拓也は続ける。



「そう、俺はほぼ全裸だった。申し訳程度に股間に葉っぱつけてたけど……そんな状態でミシェルの前に飛び出したんだ、どうなるかくらいわかるよな?」



「アハハハハハハッ!!ッヒィッヒィ……ックク……殴られた!!」



「惜しい、レーザーで焼かれたが正解……まぁ頬を掠った程度だけど」



「…拓也さんまだ覚えてたんですか……………」



「そりゃああれだけバイオレンスな初めましてなんて忘れようがないよね」



というかジェシカがもうダメそう。地面に倒れて腹押さえてるし……

また明日筋肉痛だろうな………可哀想に……



「というわけで俺はミシェルに拾われて居候。もとい家政婦として家に置いてもらってるわけですよ」



流石は拓也だ。ミシェルは感心していた。



この状況でジェシカが求めているモノ。面白いモノを与えて満足させ、こうやってうまく締めくくる。中々できることではない。



「満足かな?……はい、無言は肯定と見なしますね~」



だがなんだか同時にこの表情に腹が立つミシェルだった。



抱腹絶倒で起き上がれないジェシカ。しばらくすると立ち上がろうと近くの椅子に手をかける。


…が、思い出し笑いをしてまた地面に倒れる。


数回同じようなことを繰り返し、ようやくミシェルのベッドの端に座りなおした。




「はぁ…はぁ……、あんた達反則的に面白いわ………」



「何故その中に私も含まれてるんですかね…」




「…ふぅ………でもさ~、なんでたっくんは森で彷徨ってたの?」



…まずいところに目をつけられてしまった。ジェシカがバカだからって侮り過ぎたな……




ミシェルが心配そうな目で拓也を見つめる。


が、拓也は満面のニヤけ面で返す。まるで俺に任せておけ、とでも言いたげな表情だ。


そしてミシェルは彼を信用して任せることにしたのだった。




「内緒」



「え~!つまんない~!!」



「お前がつまらなかろうが俺の知ったことじゃないんだよ!」



やはり先ほどの笑みは諦めの表情だったのだ。ミシェルはそう悟り、頭を抱えた。



「つーかなんでそんなに俺のことが知りたいんだよ!?」



「そりゃあミシェルの彼氏だしね!」



「なるほど、それじゃあ仕方ないな」



「二人ともわけの分からない会話はやめて下さい。不愉快です」




ミシェルの頭痛が更に加速する。


やはりこの二人の息が合うと非常にめんどくさいことを再確認したのだった。



「っと、それはそうと早く帰ろうぜミシェル。腹減った」



拓也が時計を指さしながらそういう。


時刻はすでに5時半を回っていた。確かにそろそろ夕飯の準備をし始めないといけない。


ミシェルの体温ですっかり温まっていたベッドから腰を上げ、枕元に置いてあったブレザーを着る。



「それもそうですね。あと帰りに食材を買いたいのですが……」



「はいはい、荷物持ちな」



「ふふっ、そうしてもらえると助かります」



苦笑いの拓也と、口元に手を当て上品に笑うミシェル。


そんな二人を見て首を傾げるジェシカ。彼女の頭の中には素朴な疑問が浮き上がる。



「(なんで付き合わないんだろ…)」




まぁジェシカの疑問は正しい。今の二人は傍から見れば完全に交際関係に見える。


本人たちには自覚があるのだろうか?



「それじゃあ私は帰るね~!二人の邪魔しちゃ悪いし~」



ミシェルの背後から必死に笑いを抑えながらそういうジェシカ。


振り向き反論しようとするミシェル。



「ちょッジェシカ!!……」




だが既にそこにはジェシカの姿は無かった。


恐らく予想して逃げたのだろう。医務室のドアだけが開け放たれ、廊下を駆けていく足音が聞こえる。



「逃げ足速いな」



関心したと言わんばかりの表情の拓也。そこにつっこみたかったミシェルだが、最早彼女にそんな元気はなかった。



「はぁ…私たちも行きましょう」



「そうだな~」




そうして二人は買い出しに街へと繰り出す。





余談だが、今夜のヴァロア家の夕食はハンバーグだったらしい。



・・・・・





翌日、エルサイド王立学園学園祭2日目。



時刻は昼の12時。お昼時なこともあり、飲食系の販売を行っているところには人がなだれ込んでいる。


1年Sクラスでは模擬店を行っている。その中では生徒たちが忙しそうに動き回っていた。


そしてその中で作業の手は止めずに会話をする二人…



「もうすぐ昼時も終わるし!やっとデートに行けるねミシェル~!!」



一人はジェシカ。皿を洗いながら隣で調理を担当しているミシェルにそう声をかけた。


ジェシカの予想では照れて怒るミシェルが容易に想像できる。


しかし彼女の予想は大きく外れることになる。



「はぁ……」



大きなため息。ジェシカは自分の耳を疑った。


慌ててもう一度話しかける。



「ちょ、ちょっとどうしたの!?楽しみじゃないの!?」



「……………」



無言のミシェルは悲しそうな顔をしている。


ジェシカはマズいと思った。なぜならミシェルがここまでブルーになることは珍しいからだ。



「ちょっとミシェル!焦げてる焦げてる!!」



「あ…………あッ!……………やっちゃった………」



またため息をつき、焦げ付いたフライパンの中身をゴミ箱へ捨てる。


明らかにいつものミシェルではない。



そんな彼女を見かねたジェシカが気遣う様に声をかける。



「どうしたのよ?いつものミシェルらしくないじゃん?



……ここまでミシェルが落ち込むとなると…………………たっくん関連だね!」



まぁ最後の一言は余計なのだが……彼女なりに元気付けるための計らいなのだろう。……だがやはり余計である。



特に今のミシェルには…………



「はぁ……………まぁ確かに拓也さんが絡んでいるんですけどね」



ひどい落ち込み様に、いつもならおちょくって遊ぶはずのジェシカも流石につつくことはできなかった。


精々落ち込んでいる理由を聞くことが、ジェシカにできる事だ。



「な、何があったの?」



そんなことを聞くジェシカにいつもの面影は無い。


彼女の心配そうな声色を聞くと、ミシェルは自嘲気味に笑い…そしてジェシカに一つの質問をした。



「今日、一度でも拓也さんを見ましたか?」



ジェシカは今日の記憶を掘り起こす。


朝、いつものように遅刻ギリギリの時間で校門へ滑り込む。


用務員のおっちゃんと軽く挨拶をかわし、それからはずっとクラスの作業を手伝っていた。




確かに言われてみれば、今日、これまでは拓也を目撃していない。



そこで彼女の頭の中に一つの仮説が浮き上がる。それを恐る恐る口にした。



「………………け、喧嘩でもしたの?」



「いえ、違いますよ」



「ならどうしたの~?もったいぶらずに教えてよ~!」



いつの間にかミシェルを気遣うことを忘れているジェシカ。だが、ミシェルは全然気にしていないようだ。


流石は長年の付き合いというべきか。



「えっとですね…順を追って話すと……」



・・・・・




時刻は学園祭二日目の朝。



ヴァロア家ではいつものように朝食が用意され、いつものように掃除された部屋。



そして一週間に一回のペースで起こると言われている拓也の土下座が現在進行形で行われていた。



だがその土下座はいつもとは違う。なぜなら拓也は二日前、ミシェルの部屋に落とし穴(ゲート使用)を設置し、既に土下座しているからだ。


ちなみに土下座は拓也が自主的に行っているものであって、強要されているわけではない。


晩御飯を人質に取られているなんてこともない……………はず。



ミシェルは首を傾げ、拓也に聞く



「なんで土下座なんですか?」



すると拓也は顔を上げないまま喋り始める。その声色は珍しく申し訳なさそうだ



「昨日一緒に出店とか回るって約束したじゃん?」



「え、…はい、しましたね」



嫌な予感を感じるミシェル。もしかして他の人とまわるなんてことになったのではないだろうか?


そこまで考えるが、拓也は約束を破るようなことはしない。その結論に至り、思考を中断した



「そのことなんだけどさ……」



少し顔を上げ、ミシェルと目を合わせる形になる拓也


そんな申し訳なさそうな彼を見て少しは不安も無くなってきた


きっと外せない用事でも思い出したか、新しく用事ができたのあろう



「なんですか?言ってください」



「実は……昨日のあいつ関係の事でな……」



拓也が述べたことを簡潔に書くとこういう事だ




・昨日の魔闘大会で二年生大将が違法薬物を使用して捕まった


・現在独房に入れられ、使用した薬物についての性質と入手ルートを聞き出している


・基本的には従順に従っているらしい。しかし自らに投与した薬物については既存の物ではないらしく、どこから入手したのかと聞かれてもよく分からない。などわけの分からないことを言っている


・そこで実際に服用する瞬間を見て、尚且つ戦闘も行った剣帝に取り調べに参加してもらいたい



このような内容の手紙が朝届けられていたのだそうだ


実物もミシェルに手渡した拓也。ちなみに土下座は正座へと移行した



「ふふっ…、それなら私に謝る必要なんてないですよ、拓也さんは悪いことなんてしてないんですし」



「だよね!俺悪くないよね!」



即座に立ち上がり、玄関へと向かう


後を追うようにしながらミシェルもソファーから立ち上がった



「その切り替えの早さにはむかつきますけどね」



優しく笑うミシェル。心の中ではいささか渋い顔をしているのだが、そんな自分勝手なことで彼を困らせるわけにはいかない


そう思い、その気持ちを顔には出さないようにしていた



「本当にごめん…今度埋め合わせするから」



「気にしなくていいですよ、それじゃあお仕事がんばってくださいね」



「あぁ、仕事が終わり次第すぐ戻るから」



拓也は黒いローブを羽織りながらそう残すと、空間魔法を発動し、一瞬にして消え去ったのだった



・・・・・



「というわけでして……」



所々端折りながらそう説明したミシェル。薬関係の事に関しては拓也から口止めされているので言ってはいない。



仕事とはいえ、ミシェルもやはり残念なのだろう。こうして拓也のいないところでかなり落ち込んでいるのだから。



「でも仕事だから仕方ないんですよね……拓也さんに嫌われてるわけじゃないと思いますし……………私…嫌われてないですよね!?」



「ちょ、ちょっとミシェル!声大きい…」



声を荒げたミシェルに、周りは何事かと視線をそちらへやる。


ジェシカが指を口に当て、指摘したことでミシェルは赤くなり俯く。



そんなひどい状態の彼女を見かねたジェシカは、笑いながらだが一つ助言をする。



「私はそんなことないと思うなぁ…だってさぁ…………」



顔を上げたミシェルの目に飛び込んだのは満面の笑みのジェシカ。最早嫌な予感しかしない。



「普通嫌いな人の家に同居すると思う?」



「………思いません」



「でしょ?だからそんな心配いらないって!」



グッドサインをミシェルに突き付け、八重歯を見せるジェシカ。


やはり落ち込んだ人間を元気付けるのはバカの役目なのだ。


なんていうのかバカを見てると自分の悩みさえどうでもよくなるときは正直あるだろう、つまりそういうことだ。



少し元気になったミシェルを見てジェシカは更に続ける。



「それに二年大将に痛めつけられたミシェル見たときにさ、…私が見たことないくらい怒ってたし……あれはほんと怖かったなぁ……ミシェルがベンチに戻ってきたときは落ち着いてたけど……」



「…そうなんですか……」



途中からただの感想になっているが、まぁ細かいことは気にしてはいけないのだろう。



「なんかだ迷惑かけちゃいましたね、ごめんなさいジェシカ。ありがとう」



「気にしないの!私達気心知れた仲でしょ?」



ジェシカのおかげですっかり元気を取り戻したミシェル


ジェシカは胸に拳を当て、軽くウィンクをする



「それにたっくんが埋め合わせはするって言ってるんだから!きっともっといいことがあるよ!」



「それもそうですね、……よし…忙しい時間帯ですから私たちも頑張りましょう」



「いえっさ~」



そう優しく言うミシェルに、ビシッと敬礼をしたジェシカ。2人はいそいそと仕事に戻っていった





・・・・・


一方その頃王城。



その地下牢で、剣帝と一人の犯罪者が机を挟み、向かい合って椅子に座っていた。


もちろん安全上の理由で受刑者の手には手枷がかけられ、足には足枷が付けられている。


ここまですれば流石に変な気は起こさないと思うだろう。


だが、牢に入っている受刑者たちには、毎日魔力を使用できなくする薬が投与されている。そのため彼らは魔法すらも使えない。


まさに完璧な防犯システムだ。



太陽光が届かず、薄暗い部屋。どこも掃除が行き届いており清潔ではあるが、どこか全体的に冷たい印象を覚える。


そんな重苦しい空気の部屋の中で、ゆっくりと剣帝が口を開いた。



「正直に答えろ、この薬の入手ルートは?」



そう言い、剣帝が手にしたのは無色の薄いシートのような物。



よく見れば表面に数ミリの突起が付いているし……見た感じこの突起の部分が薬になってて…相手に直接接触することで、相手の体内で薬を溶かす。


………多分こんな感じのものだろう…これが俺とミシェルに使ったモノ。



んで入手ルートはいくつか思いつくが……




「はい。…闇市です」



…やっぱりか…いつの世もそんなものはあるんだな。



「そうか。一応聞いとくが、こっちの薬の入手ルートは?」



次に拓也が手にしたのは小瓶に入った錠剤。それを2、3個金属製の皿の上に出し、そう尋ねる。


拓也にそう尋ねられた受刑者は、眉を少し顰めると俯き、ボソッとこぼした。



「わかりません……ただ知らない男から貰った、としか………」



「…そうか、その男から薬の説明を聞いたんだよな?他に何か情報はある?」



「…………いいえ」



「そうか」




そう、これがこの事件の最大の問題。


この黒い錠剤の入手ルートについて、知らない男からもらった。それしかわからないのだ。


しかもその薬を渡した男は金も要求しなかったという。


ますます訳が分からない。



ってどうでもいいがこいつよくそんなわけの分からない奴から貰ったモノなんて口にできるな……


精神を疑うぜ


「なるほど、わかった。もう戻っていいぞ」



そう残し、椅子から立ち上がると鉄製の重そうな扉を開け、拓也は地下牢から城内へとつながる階段へと出る。


フードの上から頭をかき、色々な思考を巡らせては消し…それを繰り返しながら王が待つ会議室へと足を進めた。



「おぉ剣帝。どうだった?」



会議室に入るや否やそう結果を聞いてくる王に拓也はまいったと言わんばかりに頭をかきながら報告する。



「駄目です、やはりあいつはこれ以上の情報を持っていないようですね。


心拍数、発汗、表情、仕草、瞳孔の開き具合。


この全てに注意して見てましたが…俺が見る限り別に嘘をついてるとは思えません」



人は嘘をつくときに、余程の者ではない限り多少なりとも動揺が表れるものだ。


それがないところを見ると、拓也の言った通りこれ以上は何も知らないと考えるが妥当だろう。



「そうか…となると捜査は難航しそうだね……」



う~ん、と唸り、頭を抱える王。無理もないだろう。この国から大きな犯罪に繋がり兼ねない物が誕生してしまったのだから。


まぁ正確にはこの国で誕生したのかは分からないが……




「薬の成分について解析班から何か連絡はありましたか?」



「…それが今のところ何もないんだよね~……困った困った!」



アッハッハ!と元気に笑い飛ばす王だが、そんなものは空元気。


その笑顔の裏には日々の激務と今回の事件による精神的なダメージが蓄積され、物凄く疲れているということは拓也以外でも容易に悟ることができる。


そして拓也はそんな困っている人間を捨て置くことなんてできない。




「そうですか…それじゃあ俺もそちらへ向かいます。かまいませんよね?」



「え…でも君は今………」



拓也の正体を知っており、今が学園祭だということを知っている王は、出来ることなら拓也に青春してほしいのだろう。


だが、確かに拓也ほどのものが居ればより迅速に解決に向かえるかもしれない。


そのジレンマを抱え、黙り込んだまま何かを考える王。



そんな中拓也は無言で立ち上がる拓也。自然に皆の視線はそちらへと向く。



「俺の事なら大丈夫ですよ、それに普段仕事免除してもらってる分、こういう時にちゃんと働かないといけませんしね」



軽く笑い飛ばすようにそう言った拓也は王の返事を待たずに、部屋から消え去った。



「……後でお礼言っておかなきゃなぁ……


さて!こっちはこっちで出来ることをやるよ!みんなももうひと踏ん張りだ!頑張ろうね!」




学園祭中で、彼も楽しみたいだろうに……申し訳なさと同時に、剣帝に感謝する王。後でお礼を言うことを心に誓ったのだった。



そして元気よく周りに声をかけると、大臣たちは皆にこやかになり、各自持ち場へ戻っていった。


この王には普段威厳もへったくれもなく誰にでも腰が低いが、そういう人柄が周りに良い人たちを集めるのだろう。



・・・・・



「ミシェル~」



「なんですか?」



一方エルサイド国立学園。



昼時も終わり、飲食系の出し物をしていた所は人も少なくなってきた。


1年Sクラスもその一つだ。ミシェルとジェシカは人のごった返している校内を抜け出し、中庭のベンチに腰かけていた。



「私達昼ごはんまだだったよね~?」



慣れないことをしてよっぽど疲れたのだろう。


思い切り伸びをして背もたれにもたれ掛るジェシカはミシェルにそう尋ねる。


ミシェルもだいぶ疲れているのか欠伸をしながら答える。



「そうですね、忙しすぎて忘れてました」



「ミシェルはどうするの?昼ごはん。



……あぁ…お弁当があるよね~」



思い出したかのようにニヤけるジェシカ。


だが、ミシェルは苦笑いで返す。



「いえ、今朝は拓也さんが忙しくて作れなかったみたいなんです。それも含めて土下座されました…」



それを聞いて嬉しそうに目を光らせるジェシカ。ミシェルは悟った。


あぁ、お弁当作ってもらってないんだな…と。



「(おばさんのことですから…『学園祭中は出店があるからそっちで食べてきな、お金は渡しとくから』的なことを……)」



「いや~実はね!お母さんに、『学園祭なら出店があるでしょ?お金は渡しとくからそっちで食べ来な』って言われちゃってさ~」



「…あ、アハハ。そんなことだと思いました……」



流石長い間一緒に住んでいただけはある。


おばさんが何を言うかまで完全に予想通りのミシェルであった。



「ミシェル持ち合わせはどのくらい?」



「それがですね…拓也さんが『これ使って』って私に財布を預けていったんですよ。


なんだか悪いですよね……」



神妙な面持ちで鞄から拓也の財布を取り出しながらそういうミシェル。



「ちょっと開けてみてよ!たっくんの金銭事情とか超知りたい!!」



目を輝かせながら、財布を開けるように催促するジェシカを宥め、ゆっくりと開ける。


そこには合貨と銅貨と銀貨が各十枚頬入っていた。


日本円にして約111000円である。



「流石帝なだけはあるね…文字通り桁が違うよ」



まぁこれはただの持ち歩いている分に過ぎないのだが。


拓也はゲートの先の異空間の中に貯えなどは全て保管しているのだ、なんとも画期的である



「こんな額恐ろしくて持ち歩きたくないです……」




ミシェルもジェシカも一学生が持つにはあまりに大きい金額にガクガク震える。


ミシェルは一通り震え終わると、財布をそっと鞄にしまった。




「さって!お腹もすいたしなんか買いにいこっか!!何食べる!?」



「私は何でもいいですよ」



「また~、そんな受け身になって…そんなんだからたっくんに気づいてもらえないんだよ!?」



「う、うるさいです!!」



ジェシカはミシェルをおちょくって遊びながら、キビキビした動きで勢い良くベンチから立ち上がると、彼女の手を取り、出店がある校庭へと走り出す。




なんだかんだでこの二人も学園祭を満喫しているようだ。



・・・・・




時間は流れ、日付が変わり、午前二時。



「ただいま……………」



いつもより数段重くなっているような錯覚を引き起こす。


それもこれも帰宅時間と心の中の罪悪感によるものからだ。



「…まぁ寝てるよな、普通に考えて」



あの後結局、薬の成分と構成を調べるために王城に残った拓也。


どうせすぐに帰れるだろうとたかを括っていたが、見たことのない物質を発見してしまい。帰宅がこの時間になってしまったのだ。


おまけにその物質について解明できなかったこともたくさんあるという体たらく。


そして時間がかかりすぎたために、ミシェルとの約束も果たせない


拓也はそんな自分に、心底嫌気が指していた。




……とっとと風呂入って寝るか…




自嘲気味に笑った後、そんなことを考えながら、なんとなくリビングへ足を進める。


到着し、適当なバスタオルを手に取る。すると視線はこれまたなんとなくダイニングへ向いた。



そこで目に拓也にあるものが映る。近寄ってみればそれが何かはすぐに分かった。



「これって……はぁ、ありがたいな」



拓也の分の夕食だ。『温めて食べてください』という張り紙と共に蓋がされてある。



拓也が帰ってくる時間がわからなかったミシェルがこうして準備しておいてくれたのだろう。


そんな彼女の優しさに思わず涙腺が緩む拓也だが、何とか堪えた。



「ほんと…頭が上がんないぜ」



思えばこの世界に来てからミシェルには感謝しないといけないことばかりだ。



見知らぬ葉っぱ野郎を家に招いてくれて、一緒に住む。


こんな事を普通の人間ができるだろうか?いや、無理だと思う。




………もしかしてミシェルも中々にヤバい人……



「んなわけないか、…ただ優しいだけだよな、うん。」



そんなことを考えながら、拓也はスープを火にかけた。




ありがたく頂こう…


・・・・・



翌日。エルサイド国立学園。時刻は12時30分。


まもなく魔闘大会、3年Sクラス対1年Sクラスが執り行われている最中で、観客席は異常なまでの熱気に包まれている。



『これはかなり効いているゥゥゥ!!思わず膝がぐら付いた三年中堅!!』



現在はアルスが三年中堅と戦っている最中だ。


実力はほぼ互角。両者ともにそれなりの戦いを見せてくれている。


ちなみに先鋒と次鋒はそれぞれ相内の引き分け、なんとも微妙だ。






別に描写がめんどくさいわけとかじゃない。決して違う。




「ッフ!やぁッ!!」



三年中堅が怯んだ隙に、一気に詰め寄り槍で持って攻撃を仕掛けるアルス。


当たりさえすればこちらのものなのだが、敵も流石。手にもつナイフでいなし続け、槍の被弾は一切ない。


だが槍に気を取られ過ぎ、魔法をかわし切れていないのもまた事実。


その証拠に、水の刃が体の何か所かに傷をつけていた。




「まだ…まだまだッ!!」



「ッ!」



倒れそうになった三年中堅だが、手を地面に付き、腕を軸に回転してアルスの腿を浅く切り裂いた。


痛みで渋い顔をするアルス。一旦引こうと後ろへ飛ぶ。



「今だッ!【フレイムスピア】」



その隙を見逃さなかった三年中堅。


詠唱破棄で火の槍をアルスに向けて放った。


空中では姿勢の制御は出来ない。そこでアルスがとった行動は、自らも魔法を使うこと。


手を迫る火の槍にかざし、魔法名を唱える。



「【アクアボール】」



狙うのは魔法の無力化。火に対し、水は優位に立てる。それならばこの程度の魔法でも大丈夫。そう判断しての事だろう。



だがその考えは甘かった。



「あ、やばいぞ」



1年Sのベンチで拓也がぽつりと声を漏らす。


次の瞬間、火の槍と水球がぶつかった。


水蒸気で視界が悪くなる。アルスは重力に従って地面へと向かう。


恐らく相手もこの視界の悪さじゃろくに動けないだろう。


そう考えたアルス。




故に一瞬隙が生じてしまった。



「ッ!!嘘だ……ろッ!?」



迷うことなく真っ直ぐに突っ込んできた3年中堅。突き出されたナイフはアルスの腹部に深々と突き刺さった。




きっと彼も考えてやったことなのだろう。風属性持ちでないアルスが空中で動き回るなど至難の業。


それさえ分かってしまえば、普通は空中に居た場所からそのまま地面まで下りると考える。後は最後に見た地点の真下に走れば、アルスが居るという寸法だ。



「もう動けないだろ!どうだ!?」



「ハハ、流石ですね先輩。





ですが僕もただでやられるつもりはありませんよ?」



そんなことをのたまうアルス。


一瞬はただの強がりだと思った三年中堅だが、嫌でも実感することになるだろう。



「…ッ痛ッ!!?」




アルスという人間の恐ろしさを。




「ハハハハ、これ…でお相子です」



どうやら超接近戦では槍を使えないとでも思っていたのだろう。


甘い、アルスは槍の先端付近を持つことによってリーチを短くし、相手の腹部に槍を突き刺したのだ。




腹部に走る痛みとアルスに跳ぶ血。視線を落とすと、そこには真っ赤に染まった腹部から滴り落ちる血。


これはマズい。そう判断した三年中堅は下がろうとするが、アルスに手を掴まれることによって、それを阻まれる。



「…ハァ…ハァ……逃がしませんよ?まぁ、ここで相打ちといきましょう」




肩で息をするアルスは、ニッコリと不気味な笑みを張り付けながらそう言う。


もがき、離れようと必死になる三年中堅だが、その動きの激しさとアルスの魔武器の能力が相まって出血がより激しくなるだけだ。






数分後、ふらつき前のめりに倒れた三年中堅。


それに巻き込まれるような形でアルスも仰向けに倒れた。体力の限界だったのだろう。

むしろここまでよく頑張ってくれた。


意識を失っているはずのアルスの表情は、どこか嬉しそうで、尚且つブラックな笑みが浮かんでいたのは言うまでもないだろう。





試合結果:両者相打ち。


『さぁ!次行ってみましょう!!1年Sからは一昨日怒涛の3人抜きを見せてくれた、頼りになる副将!!


ミシェル=ヴァロア選手の登場だァァァァァ!!』



ミシェルがベンチから出ると同時にそんな実況が流れる。


少し俯いているところを見ると、ちょっと恥ずかしがっているようだ。



続いて3年ベンチから、副将が登場した。



『3年生の副将は、名門貴族のマデュエル家の人間、そして我が校の生徒会長!!マーシュ=マデュエル選手!!


一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!?

楽しみですね!!テリー先生!!』



『そうだね!!』




『それでは早速始めていきましょう!!



   始めッ!!』



開始の合図と同時に二人ともが魔武器を呼び出す。



ミシェルは杖。そしてマーシュも杖。



二人とも魔法発射タイプの選手ということだろう。これは面白い戦いになりそうだ。



「【ファイヤーボール】」



ミシェルは向ってくる火球をしっかりと見据え、杖で地面の感触を確かめるように、軽く突いた。続けて魔法名を唱える



「【ロックウォール】



そう唱えた瞬間、ミシェルの足元が隆起し、ミシェルの体をのせたまま、空中へと進む。





……発想の転換ってやつか。にしても防御用の魔法を足場に使うなんてな……やはりセンスなんだろうか。




そんなことを考えながら、ベンチでほうれん草を齧る拓也。


ジェシカから変なものを見る視線が向けられるが、当の本人は気づいていない。




生徒会長。もといマーシュはファイヤーボールの軌道を、ミシェルが移動した場所へと変更する。



またもやミシェルに襲い掛かろうと迫る火球。



ミシェルは落ち着き払って、杖を一振り。




「【ホーリーレーザー】」



一瞬にして構築された魔方陣から一閃。



全ての火球を飲み込み消滅させ、その先の火球の魔方陣に衝突する。



このの魔方陣はすぐに破壊される。そう判断したマ―シュは、咄嗟に回避行動をとる。


次の瞬間火の魔方陣は粉々に砕け散り、突き進む光線。間一髪、マーシュは回避した。




ヒェェ……相変わらず恐ろしい威力だよぉぉ…


多分魔法に関してはこの学園でミシェルの右に出るやつは恐らくいないだろうな…



『ふッ…フゥゥゥゥゥゥゥゥ!!今日もキレてる!!今日も魔法のキレが素晴らしい!!


間一髪かわした生徒会長マーシュ選手!このままだとジリ貧だぞォォォッ!?』



明らかに劣勢な状況に歯をギリリッ!と噛み締め、目の前に魔方陣を大量に展開する。



属性は火、雷…そして光。




「なに?光って珍しい属性じゃないの?なんでこんなにポンポン居るんだよ!?」



「まぁここって一応エリートが集まる学園だしねぇ~」



「あぁ、なんかすごい納得した」



言われてみれば、百人に一人ぐらいの頻度で現れる属性だし…


ジェシカの言った通り、エリートたちが集まるこの学園なら確かにありえなくもないな。




だがここで拓也に一つの素朴な疑問が頭に浮かぶ。



「ジェシカってエリートか?」



ニヤけながら、ジェシカをいじる拓也。


ジェシカは目を見開くと拓也に食って掛かる。




「なにそれ!?ひどくない!?私だってちゃんと試験受けて正式に入学したんだから!!




ミシェルと同じ学園に行くために!!」



「お前やればできるなら普段からやれよ!」



「え~勉強嫌いだし無理~」



「まったく………やれやれだぜ!」



二人がベンチでそんなことをしながら盛り上がっていると、観客席から一際大きな歓声が上がる。



視線をそちらへやると、地面に倒れるマーシュ。一歩として動いていないミシェル。




力の差は歴然だったようだ。




…だって仕方ないよね、ミシェルこの学園で1,2を争うくらい強いし。




勝者:1年Sクラス副将。ミシェル=ヴァロア



『さぁ!次の試合に行ってみましょう!!



昨日は出番がなかった3年Sクラス大将!!


3年生首席にして文武両道!やる気がないのが玉に傷だが、実力は確かな彼の登場だァァ!!


メイヴィス=フォルマール選手!!』



選手紹介が終わると同時に、ベンチからゆっくりと出てくる黒髪の男。


猫背で、寝癖が付いている姿からは、とても大将という風格はない。

そして整った顔立ちなのは言うまでもないだろう。




「はぁ~……めんどくせぇなぁ…」



ミシェルと向かい合いながら心底ダルそうにそういうメイヴィス。


寝癖が付いた髪をガシガシと描き、大きな欠伸をする。




『さてさて!学園で魔法主体の戦いでは群を抜くと言われるミシェル選手と、近接戦闘では学園最強と言われるメイヴィス選手。


テリー先生はどちらに軍配が上がると思われますか!?』



『そうだね!バランスが取れている。近づけばメイヴィス君が有利だけど、ミシェル君がそれを易々と許すとも思えないからね!!


この勝負どっちが勝ってもおかしくないよ!』





「ねぇねぇ!たっくんはこの勝負どっちが勝つと思う!?」



テンションが高いジェシカはそう拓也に尋ねる。拓也はフィールドから目を離さずに答えた。




「ん、まぁ十中八九メイヴィスとかいう奴だろうな」



「…え?」



戸惑いと驚愕で思わずそんな声が出てしまうジェシカ。




「ミシェルは確かに強い。魔法に関しては学園最強と言っていい程強い。それに俺だってミシェルの事を応援してるよ、だけど勝てるかと聞かれれば答えはノーだ」



「な、なんで?」




そこで、試合開始の合図が闘技場に響く。メイヴィスは魔武器である短長一対の双剣を取り出した。


ジェシカの視線も拓也の説明を聞きながら、視線をそちらへ向ける。



「まずミシェルは相手のレベルを確かめるためにまずは小手調べの弱い魔法を撃つ癖がある」



拓也がそう言った直後、ミシェルは【ライトニングボール】を唱える。


メイヴィスは大量の光球が迫る中、左手の長い方の剣を逆手に持つ。



「まぁそれが必ずしも悪いことじゃないが……そんな隙があるなら俺なら迷わず突っ込むね。罠って可能性もあるから多少リスキーだけど」



メイヴィスは身体強化を掛ける。






そして自ら光球へ向かって走り出した。





「ッ!?」



メイヴィスのあまりに無謀な行動に戸惑い、一瞬怯んだミシェル

魔法の数が幾分か減ってしまう



それまでメイヴィスは弾幕を、双剣を巧みに使い叩き落としジリジリと前進していたが、

隙が生じ、弾幕の間に隙間が出来ると見るや否や、その隙間に向かって駆ける



身を捩りながら、光弾の間をスルスルと抜けて行き、一気にミシェルとの距離を残り10メートルほどまで詰めた


ミシェルはそこまでの接近を許した自分に腹立たしさを隠せず、唇を噛みしめる


だがそんなことを考えている場合ではない。現に今も相手は近づいて来ている。このままではジリ貧だ



ミシェルが焦りながら対抗策を考える中、彼女の鼓膜を聞きなれた声が揺らす



「ミシェルーッ!!たっくんがレーザー系の魔法使ってみろってさ!!出来るだけ数の多く打てるやつッ!!」



困惑するミシェル。だがこのままではなす術無く負けるだろう




「……やるしかないですね…」



覚悟を決めたミシェルは【ライトニングボール】の魔方陣を杖を使用し発動したまま、左手を横へ広げ、新たな魔方陣を構築する


属性は光



「【アンリミテッド・レイ】」



左手に展開された魔方陣をメイヴィスに向け魔法を発動。と同時に【ライトニングボール】を解除


すると何を感じたのか、メイヴィスは思い切り左へと飛び退いた


次の瞬間、ミシェルの手元が光ると同時にメイヴィスが居た所の地面が焼ける




「なるほど…そういうことですか!」



レーザー系の魔法は速い、とにかく速い


いくら相手が近接最強の動体視力お化けでもこの速度なら回避できない。拓也はそれを教えてくれたのだ



「(というかなんでここまで単純なことに気づかなかったんでしょうか……)」



少々ブルーになるミシェルだが、今は自虐をしている場合ではない


再度魔方陣へ魔力を流し、攻撃を再開した




「やったねたっくん!作戦大成功だよ!!」



「ん、まぁ俺の作戦だし~当然かなぁぁ?」



「うっわ~なんか腹が立つね!」



「だけどあの状況で最適なあの魔法を選択したミシェルの方がすごいぜ


あの魔法は消費魔力も少ないし乱射できる。一旦敵を離したいならもってこいの魔法だな。まぁそれでも突っ込んでくる奴もいると思うけど…


それにミシェルの十八番の【ホーリーレーザー】に比べればかなり小規模だし」



「ッチ…めんどくせぇ入れ知恵しやがって……」



メイヴィスは軽く舌打ちを漏らしながら、残像が見える程の速さで動き回る。


ここまでミシェルの【アンリミテッド・レイ】は一発も当たっていない。




「ック…当たらないッ!!」



軽やかに回避し続けるメイヴィス。先ほどの拓也の予想は外れていた。




…少しあいつの実力を見誤っていたな。というかあいつミシェルの手元を見て発射する方向を予測して回避してやがる……動体視力だけじゃなくて頭もキレるのか…

多分奴は将来、化け物と言われるクレベルの実力者になる、間違いない。

見た感じ、現時点でもSSSランク程度の実力の保持者。今のミシェルじゃ相性もあって勝ち目は無いに等しいな。



「あーめんどくさいめんどくさい。とっとと終わらせるか…」



戦闘中にもかかわらず、めんどくさそうに頭を掻くと、今までしていた横の方向の動きを止め、


ミシェルに向かい、縦の方向へ走り出した。



「ッ!?【ライトニングスピア】ッ!」



咄嗟のその行動に対応すべく、空いていた右の手に魔方陣を展開、新たな魔法を発動する。


しかし、やはりというかなんというか、スルリといとも簡単にかわされどんどん近づいてくる。

フィールドの端から端まであったはずの距離はすでにかなり縮まり、後数歩進めばミシェルに手が届く。



「ッ……【ウォーターロック】!!」



そんな絶体絶命の状況で、ミシェルの頭に浮かんだ作戦はこの程度の物だった。しかし今まで光属性しか使ってこなかったからか、その作戦は功を奏すことになる。



「ッ!んなッ…やっべ!!」



脚に絡みつく水。視線を一瞬落とし、その魔法の正体を確認する。そして視線をすぐに相手に戻すメイヴィス。


するとそこに展開されているのは光の魔方陣。それに流れ込む魔力量を見てすぐに悟る。



「(これで決める気だな)」



そしてミシェルは魔法名を唱える。


この魔法は彼女の十八番。故にこの魔法には絶対の信頼と自信があった。だからこの局面でもってきたのだろう。



「【ホーリーレーザー】ッ!!」



次の瞬間、闘技場全体が眩い光で埋め尽くされた。


・・・・・




とある王国の公爵家の長男に、それはそれは優秀な子どもが生まれました




容姿端麗、頭脳明晰。加えて運動神経も抜群。何をやらせても完璧にこなしてしまう彼は


まさに天才と呼ばれるに相応しい人物



だがそんな彼にも欲しくて欲しくてたまらないものが一つだけあった




彼はある時、初等部のテストで学年1位を獲った時、それを報告しに父親のもとへ向かった



「ほう。初等部のテストで1位?すごいじゃないか、これからも公爵家の名を汚さぬように頑張りなさい」



威厳のある顔つきで父はそう言った




…………違う



またある時は、戦闘実技大会で優勝したことを報告しに母親のもとへ向かった



「あら、実技大会で優勝?すごいわねぇ、それでこそ公爵家の跡取り息子よ

これからも公爵家の名に恥じないよう、頑張りなさい」



優しい微笑みを浮かべながら母はそう言った




…………………………違うッ!




彼は心の中で叫んだ




――違うッ!俺は公爵家の人間としての評価が欲しいんじゃないッ!!

ただの一言でいいんだ……公爵家の人間としてじゃなくて……俺を…一人の息子として褒めてくれよ……――




そう、彼が欲しかったもの。それは親から子へと贈られる『愛情』

付き纏うのは常に公爵家の人間としての評価


そんな当然のものが与えられない中、勉強と訓練の繰り返し



彼は認められるよう…褒めてもらえるように必死になって勉強も訓練も頑張った


その結果……元々才能のあった彼は、周囲の人間の手の届かない域に達していた



しかし現実とは非情だ



通ってきた道を振り返った彼の目に映ったのは、これまで共に学び、共に高め合ってきた仲間たちの嫉妬と憎悪の視線


周囲から遺脱する実力を持つ彼は、かつての仲間たちの嫉妬の種になっていたのだ



そして彼は悟った



――あぁ…もう頑張るのなんて止めにしよう。これ以上頑張ったところで……




何も無い――



遂に彼は、何に対してでも、やる気も興味も示さなくなってしまう

 


こうしてどうしようもなくめんどくさがりな人間が完成しましたとさ




・・・・・



「ッ!!」



足元がぐらつき、地面に仰向けに倒れたミシェル


そしてすぐさまその喉元に刃が突き付けられる。



「めんどくさい…だから降参してくれ」





「決まったな…ミシェルの負けだ」



勝者:3年S大将。メイヴィス=フォルマール




「なになに!?全然見えなかったんだけど何が起こったの!?」



大きな欠伸をかいて、隣に置いてあったジョニーを手に取り立ち上がる拓也。


そんな彼にジェシカは解説するように訴えかける




「【ウォーターロック】を力ずくで解いてからミシェルの背後に回って足払いかまして首に刃を突きつけたんだよ




しょんなこともわからにゃいのぉぉぉぉぉぉぉぉ???」



「相変わらず腹立つね!」



「お前のその態度からは怒ってるようには見えんけどな」



ケラケラ笑う二人のもとに、ミシェルが戻ってくる


その表情は申し訳なさそうであって、悔しそうでもあった



「申し訳ないです……拓也さん、後は任せました」



「人に頼るのは拓也さんよくないと思うの」



素直にそうお願いするミシェルに、何故かあえておちょくって遊ぼうとする拓也


この二人が居れば毎度の光景だが、ジェシカの腹筋だけは何故か免疫を作らない


つまり彼女の腹筋は、現在進行形で鍛え上げられているのだ




「だってあなた魔法祭始まってまだ1回しか戦ってないじゃないですか」



「えぇ~でも僕ちん平和主義者だしぃ、争いとかぁ…マジ無理っていうかぁ」



「とにかく行ってください。応援はしてますよ」



「……へいへい」



ミシェルに適当に丸め込まれ、結局大人しくフィールドへと向かう拓也


なぜ最初からそうしないのかが非常に謎だ



『さぁやってまいりました大将戦!!ベンチから出てきたのはこの男!

国王推薦で編入してきた黒髪少年『鬼灯拓也』


これといった目立つ特徴は無いが、一昨日の二年大将戦で相手を圧倒的な実力差で完封するという強さを見せつけた!


一体どんな戦いになるのでしょう!?私、緊張と興奮で胸が張り裂けそうですッ!!!』




相も変わらずハイテンションな実況だなぁおい


というか目立つ特徴が無いって…確かに事実だけど失礼じゃね?そこんとこ実況者としてどうなのよ?


ってこんなこと考えててもしゃーないか…今は……こっちを楽しむとしよう




拓也が開始位置に立つ。と同時に、メイヴィスが独り言のようにぼそぼそと喋り始めた



「はぁーめんどくせぇ。………なぁ、あんたもそう思うだろ?」



独り言じゃないんかいッ!!!




「まぁ確かに先輩の言う通りめんどいっすね」



「よせよせ、先輩とかめんどくせぇから」



メイヴィスは手をひらひらと振り、拓也にそう言う。



えぇ…こいつもうどんなことにでもめんどさいとか言いそうな勢いだな



「はぁ、お前そんなにめんどくさいならなんで大将なんてやってんだ?」



「その言葉そのままあんたに返すぜ~…あぁ、めんどくさい」



「クラスメイトのリア充どもに押し付けられたんだよ、災難だろ?」



「~…俺も同じようなもんさ~」



…あぁ、駄目!なんかこいつから俺と同じ怠け者の波長を感じる!!


相手のペースに呑まれては駄目よ、拓也!



「でも、まぁ…勝たないとマーシュの奴に怒られるし…手っ取り早く終わらせよう………あぁ、めんどくさい」



メイヴィスがそう意思を固め、彼の雰囲気がガラッと変わる。


そこで開始の合図が闘技場全体に響いた。




『では…魔闘大会最終戦!!



       始めッ!』





『手っ取り早く終わらせる』


その言葉にそぐわない速さで拓也に接近するメイヴィス。


死んだ魚のような目からは、興味も何も感じ取られない。


双剣を構え、いつものように切りかかれば勝てる。そう確信した彼。確かに異常なまでに速い。


確かに並の人間ならばその速度で接近し、一撃を決めれば簡単に倒せるだろう



そして自らの攻撃範囲に拓也が入ったことを確認すると、両の手を振りおろした




「ッ!?なッに!?」


ガギンッ!という金属音と共に目の前で交差して止まるメイヴィスの双剣。



「(何故止まるんだ?何故進まない?)」



咄嗟にそう思考を巡らす彼。




確かに並の人間なら今の一撃で倒せたはずだ。








「いやぁ、速い速い。びっくりしたぜ」







しかし今日の相手は、如何せんその並の人間に部類される者ではなかった。



「……剣か」



「そうそう、こいつは俺の相棒。名剣『ジョニー』だ。よろしくしてやってくれ。



ほらジョニー、ご挨拶しなさい」



そう、交差して止められた双剣。それを止めている正体は剣。



そして拓也はこんな時にも関わらずふざけている。ジェニーに挨拶するように言ってはいるが、流石のジョニーもこれがジョークだと判断したのか、特にアクションは起こさなかった。




「悪いな、こいつ照れ屋なもんで」




ケラケラと笑う拓也。



メイヴィスは純粋に驚いていた。


仕留めにいった自分の攻撃を易々と止めた挙句、余裕綽々のこの態度。


そして彼の中でもう一つの感情が沸き上がり始める。




「っていうかもう限界、手痺れてきたわくっそ!」




拓也が右手の力を思いっきり抜き、それまで止められていた双剣が解放され、地面に激突した。


小規模な地割れが出来上がり、拓也の右足がそこへ挟まった。



「…」


「…」


時間が止まる。いや、物理的にではなく感覚的に、だ。


機械じみた動きで首を上げ、メイヴィスと目を合わせる拓也。顔には汗が浮かんでいる。




「ちょ、ちょっとタイム!」



「…………………」



冷や汗をダラダラと滝のように流し、両の手を合わせてメイヴィスにお願いする拓也。


なんとも情けない。



さて、メイヴィスはどうするのだろう?



「……断る」



「ですよねー」



次の瞬間、剣と剣が入り混じり、火花を飛ばす剣劇が始まった。



「ウヲオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!ヤッベェッ!あっぶねぇ!!!」



拓也はそうみっともなく喚きながらも、身動きが自由に取れない中で手数で勝る双剣を完全にいなし続けている。


その辺りの技術は流石と言えよう。



「ッ!なんでッ当たらない!?」



思わずそう悪態をつくメイヴィス。


まぁ理由は相手が拓也だからなのだが、そんなことは彼に知る由もない。




「なんだってジョニー!?もう折れそう!?バカッ!漢ならそのくらい気合で何とかしろ!!」



この期に及んでまだふざけ続ける拓也。


頼むから誰かストッパーを間に入れてやってくれ。



「…」



するとメイヴィスは何を思ったのか、左手に逆手持ちした長剣を振り下ろし、それが防がれたのを確認すると一度バックステップを踏んで素早く後ろへ下がった。




そして拓也が亀裂から這い出すのを確認してから一言



「あんた…面白いな」



「ックックック…所詮俺は哀れなピエロさ……」



「いやそうじゃねえよ!?…ハァ…そういう掴み所の無いような所の事がだよ」



メイヴィスは先ほどの剣撃のやり取りの中で、自分の中でほぼ確信していた。



目の前に居る男は、自分よりも強い。…と。


それでいて常時ふざけているこの感じが、彼にとっては非常に取っ付き易かった。



「あ??なに?イケメンだからって俺をバカにしていいとでも思ってんの?」



そんなことを思う彼とは別に怒り狂う拓也。フツメンの事を言われたと錯覚したのだろう。めんどくさい奴だ。



「許さん、行くぞッ!」



それを合図に突っ込んでくる拓也。


拓也は剣をメイヴィスの腹目がけ、横から振る。これを左手の長剣を使い防ぎ、更に右手の短剣をもって刺突。

狙うは拓也の太もも。


しかしこれをヒラリとかわした拓也は、刺突に来た右手を掴み、体の位置を流しながら思い切り小手返しを決めた。


貯まらず地面に倒れるメイヴィス。




「フフフフフ…これで動けまい!」



おまけに倒れた瞬間に絡みつき、腕の関節までガッチリ固めている。




「…やっぱあんた面白いぜ、名前は?」



「いやこの状況で聞くか?普通…鬼灯拓也だ。あんたは?」



「メイ…「うん知ってる。」」



ではなぜ聞いたのだろうか?


答えは…そう。ただのフツメン扱いの腹いせの嫌がらせである。



「ていうかどうすんのさ?このままじゃあんた負けるぜ」



「対抗策なら既に打ってるさ」



メイヴィスがそういうと同時にこちらに手のひらを向け、そこに小規模な風の魔法陣を構築。そして2,3個同じ魔方陣が展開される。



「な、なんだってー!?」



魔法には気づいてはいたが…あの速度で魔法陣を多重に作るなんて流石は学園最強だな……おっそろしい。



そう考えるていると途端に体にかかる風圧。


拓也は上空へとぶっ飛ばされたのだ。




…さて、落ちるまで暇だな。


しりとりでもしよう。



「りんご、ゴメス、スメル…ル○~ン三世……ってメイヴィスめっちゃこっち来てるゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」



拓也が一人しりとりと繰り広げる中、メイヴィスは大地を蹴り、拓也のいる所まで跳んできていた。


慌てて抜刀し、喉元へと迫る双剣を叩く。



「はい次あんたの番よメイヴィス。い~から始まる言葉」



突然のその振り。メイヴィスは一旦手を止め考える仕草をした。



「え?……う~ん………居留守ッぶっへ!!」



「戦いの最中にしりとりとかナメとんのかワレェッ!!」



律儀にそう返したメイヴィスの脳天に、拓也は渾身の踵落としを決めた。


妙な声を上げると地面へ真っ逆さまに落ちてゆくメイヴィス。



なんという理不尽。自分から始めたくせにこいつは……



「あ、たっくんが撃ち落とした!」



「私が簡単に倒された相手を赤子の手を捻るように………流石ですね拓也さんは」



ベンチの2人はそう感心して盛り上がっている。


だが勘違いしないでほしい。今のは実力もクソもなく、ただの不意打ちなのだ




「ックックック……やっぱり面白いよ、たっちゃん……久々に”興味が沸いてきた”」



「そりゃよかった。というかなんだたっちゃんって?」



「略称。呼びやすいだッろ?」



そう言い切る前に拓也へ飛び掛かるメイヴィス


まぁ当然拓也は反応しているが…




「おいおい、さっきまでの死んだ魚みたいな目はどこやってきたんだよ?今のお前少年みたいな無邪気な目してるぜ?」



「そんなことはどうでもいい!とにかく俺は今楽しいんだッ!!」



……何だこいつ…ここにきて動きが数段速く…それに攻撃が重くなっている。


やっぱ天才って怖ぇなぁ~………



「次はこっちから行くぜッ!」



そう叫び、拓也へと跳ぶメイヴィス。


すると両手に持つ双剣に変化が訪れた。長剣は真っ白に。短剣は真っ黒に変色したのだ。



「っと…なんだそれ?」



再び始まる剣劇。


だが、今回は先ほどまでとは全く違う。




「…嘘!拓也さんが押されてる…」



そう、拓也が押され始めてるのだ。


拓也の体に増え始める生傷。咄嗟に思考を巡らした。



先ほどまでとは段違いに速くなったメイヴィスの動き……多分魔武器の能力だろう。


んでもって剣身は防いだりかわしたりしてんのに何故か当たる攻撃……それも魔武器の能力と見た方がよさそうだな……



そんなことを考えている間も絶え間なく拓也の体を襲う双剣の刃。


腹部に向かう刺突を防いだ。しかし案の定腹部に痛み。見れば刺突による攻撃を受けている。



そして拓也はようやく気が付いた。



「わかったぞ…お前の魔武器の能力。」



「へぇ、流石だね。やっぱ面白いぜたっちゃん」



「…まず一つは身体強化系の能力。パフォーマンスが向上した正体はこれだ。

んで一番鬱陶しい能力が二つ目、剣先から延長されている見えない風の刃。

さっきからかわしてんのに当たる訳だよ…」



この間も拓也とメイヴィスは剣をかわし続けているが、先ほどとは明らかに違う点が一つ。


拓也の体に傷が増えていない。そうだ、剣先から延長の刃が出ているのなら、それも含めて防いでかわせばいい。たったそれだけのことだ。



「そうだ、今の俺は魔武器の能力で身体強化と動体視力を強化している。それに武器についても正解だ。確かに延長で刃を出してる。


それで?どうする?勝てるかな」



「ッへ…生憎託されたんでね……勝ちは譲らねぇさ。




だから……」



そこで前蹴り。思い切り後退させられるメイヴィス。



そして拓也は軽く両手を広げ、嘲笑い、威圧するかのように言い放った。




「決めるぜ!新必殺技でなッ!」



そう言い切った拓也


メイヴィスはただ事ではないといった雰囲気を感じ取り、思わず唾を飲んだ。



「…新必殺技?…ゴクリ…」



「宣言する。お前は1分後地に伏せているだろう」



そう言い、拓也は腰を落とし、右手のひらを上へ向け集中し始めた。


しばらくすると、手の平に陽炎のようなものが見え始め、それが目に見えて集まってゆく。


そう魔力。


だが、メイヴィスにはわからない。それが何属性の魔力かが。



「何突っ立ってんだよ…」



「あ、…あぁ!」




メイヴィスにそう指摘する拓也。確かに倒すと宣言し、新技を繰り出そうとしている奴の前で何もしないというのはこれいかに…



だが片手しか使えない拓也にすら一撃も当てられない。


魔武器の能力を知られたとはいえこうもすぐに対応されてしまうものなのか?


しかも拓也は既に剣を鞘に納めている。



「ハッハッハー当たらんなぁ!」



そう煽る拓也の右手の平で、魔力の塊は回転を始めている。



形は球体へ向かって行く、それによく見るとただの回転じゃない…



「……乱回転?」



「お、よく気づいたじゃん。じゃあもうひとつ教えてやる」



双剣を巧みにかわしながら、ニヤリと笑った拓也。




「お前はさっきこの魔力が何の属性の魔力かを考えてたみたいだけどな」




何故考えていたことがわかる……そう聞きたかったメイヴィスだが、とりあえず我慢する。



「この魔力は属性無しの状態だ。言うなればそう…火がイチゴ味で水がブルーベリーなら……これはプレーンヨーグルト」



「ちょ、ちょっとまて…そんなことが可能なのか!?」



「じゃあお前は身体強化って何属性の魔力でやってんだ?移転は?…つまりそういうことだ。


この魔力…仮に無属性とすれば、つまりこの魔力は誰でも持ってる。そしてこの無属性から各属性へと変わる。そういうことだよ」



…っていうかなんでこんな簡単なことに気が付かない奴が多いのかね……それに研究家たちも気が付いているはずなんだけどなぁ……



「とまぁお喋りしてるうちに完成したぜ。」




ここで察しのいい人はこの新技の正体がわかっていたことだろう。


手の平の上で乱回転する球体。見た目は本家とは違い透明だが、そこにあることはすぐに分かる。


『キュイイイイイイイイイイイイイイイイン』という音。



そう…つまり簡単に説明すれば……






  螺○丸だ。


「まぁ魔力の事はまた今度時間があれば教えてやらんでもない。あんたに興味があればの話だが……



さぁ決着だ」



「ッ!!」



不気味に笑う拓也に何を感じたのか、バックステップを踏み後ろへと飛ぶ。



「遅い、後ろ」



「ッ!バカな」



「ッデヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!」



いつの間に回っていたのか、拓也が背後から現れる。


と同時に、新必殺技がメイヴィスの腹にめり込んだ。


腹部を抉られるような衝撃に襲われるメイヴィス。



「ッシャァ!ぶっ飛べェェェェェッ!!」



迂闊に技名を叫ぶことができないのは仕方ないことなので許してほしい。



「ッぐ…ぐァ……ァァァァアアアアアアアアッ!!」




服が破け、腹部の肌が露出する。



抉るような回転をしている魔力の球体を思い切り押し出す拓也。


次の瞬間、魔力の球体はメイヴィスの体を押し、遥か後方の闘技場の壁までぶっ飛ばした。




ガラガラと音を立てて崩れる壁。


メイヴィスはその壊れかかった壁にもたれ掛ったまま動かなくなった。



「ふぅ…我ながら恐ろしい威力だぜ……」



『それまでッ!勝者1年大将!よって優勝は…





     1年Sクラスですッ!!』





その実況と共に、耳が劈けるほど沸く観客席。


無理もないだろう。例年なら3年が優勝するはずの大会で、異例の1年が優勝したんだから。



『みんなよく頑張ったね!その健闘を心から称えるよ!』



ふぃー疲れた…何だメイヴィスの野郎…学生のくせに強すぎんだろJK




「やっぱり強いよたっちゃん……あぁ、負けたのなんて何年ぶりだろう……まだまだ俺は未熟だったってことだな……」



ベンチに戻ろうと足を進める拓也にそう声をかけ、自嘲気味に笑うメイヴィス。


拓也は足を止め、メイヴィスの顔が見えるようにしゃがみこんだ。



「いや、あんたかなり強いよ。はっきり言って俺を抜いたら、あんたに勝てる奴はこの学園に居ないだろうな。



だがそれは現段階では…だ」



「………」



「お前が努力をし続ければ、俺に勝つときが来るかもしれない。が、逆に努力を怠れば、後ろから来たやつらに抜かれるぜ?


才能はあるにしろ無いにしろ……頑張れば頑張った分だけ自分の力になる。

そういう風に世界は出来てんだ」




そうニヤけながら言うと、立ち上がり、踵を返すと1年のベンチへと下がっていった。



救護班が、自分の脇を抱え運び出そうとする。


薄れゆく意識の中、メイヴィスは味わったことのないような充実感にまみれていた。




「おつかれたっくん!やっぱりすごいよ!」



「ん、まぁ俺だし。というかアイツもヤバいぐらい強かったけどな…」



そうヘラヘラ笑っていると、突如拓也の頬に布のようなものが押し当てられた。



すぐにその布の正体はわかる。



「ミシェル?俺そんなことしなくてもすぐ……」



拓也はミシェルが傷から流れる血を拭いてくれてるのを見てそういう。


確かに拓也の治癒能力は人間のそれではない。


しかし彼女は治療を止めようとはしなかった。なぜなら



「そんなにすぐ傷が治ったら怪しまれるでしょう?」



「あぁ確かに…じゃあお願いするわ」




拓也はミシェルの意図に気が付き、自らの治癒能力を並み程度まで引き落とした。


そしてベンチに腰掛け、身体をミシェルに任せる。



「こんなことしかできませんけど……」



「いやいやありがたいさ」



…苦笑いでガーゼを切り、包帯を巻くミシェル。



「あー残念です。私も起きてれば治癒魔法教えてもらえたのかなぁ~」



そう誰にでもわかるように愚痴を言うと、巻いていた包帯をッグ!っときつく縛る。



「ッ痛い!?言ってくれれば教えるってッ!!」



「ふふふ、楽しみです」



「なんてこった……めんどくせ痛い痛い痛い!冗談だって!だから消毒の仕方考えて!!」



拓也がめんどくさそうな素振りを見せた瞬間、肩の傷口に消毒液が大量に掛けられる。



拓也。完全にミシェルには逆らえない。





というか結構攻撃受けてたみたいだな…


よく見ればあちこち傷だらけだし……



「それにしても何でわざわざこんなにダメージを?拓也さんなら一発も当たらずに倒せそうなものですけど…」



「ミシェルの言葉を借りるのならそんなことしたら怪しいから、だな」



「そうですか…でもこんなに……痛いでしょう?…」



手を止めて俯くと、悲しそうにそういうミシェル。


一瞬シリアスな空気が漂い、ジェシカの顔まで歪み始める…が、ここには現在拓也が居る。


つまりシリアスなどある訳がないのだ。



「え?なに?心配してくれちゃってた感じですか!?」



顔を上げるミシェルの目に映るのは、満面のニヤけ面の拓也。




「痛いってミシェル!ゴメンゴメン冗談だってッ!」



締め上げられる腕の包帯。絶叫し、謝罪する拓也。


こうなることが分かっていながらもやるのが拓也。彼の中には揺るぎない信念があるのだ。


面白そうなものは絶対に弄る…と。



まぁしかしそんな信念もいずれ簡単に犬にでも食わせるのだろうが…そんなことは今は関係ない。



「はぁ…はぁ……次は無いですよ?」



「ひゃい!」



……ミシェルに逆らうと今晩の食事が悲惨なことになるのでここらでやめておこう。



拓也はそう判断し、話を切り替えた。



「というかさっきの質問だが、攻撃受ければ別に普通に痛いからな。



それに普段ミシェルが俺に撃つ魔法も普通に痛いからな」



「そ、そうだったんですか!?てっきり上手く防いでいるのかと…」



「一々そんなことしてたらめんどくさいだろ?それに気持ちいいし……」



まぁやってることは俺が悪いから仕方ないけどもうちょっとこう……使う魔法を最下級にするとかね?考えてほしいよね?




「は?」



「いやなんでもないです…はい」



拓也がそう謝罪すると同時に、場内アナウンスが流れる。



『えー…数分後に魔闘大会、閉会式を執り行いますのでー選手の方々はフィールド中央にお集まりくださいー』



…えぇ…なに、試合中と温度差違い過ぎないかこの実況者……



「はい、終わりました」



「おう、ありがとう。助かるよ」



ミシェルは包帯を切ると、そう言い救急箱のふたを閉じる。



「さて、私たちも行きましょうか」



「そうだな~、とりあえずこの状態じゃ動けないんだけど…」



立ちあがるミシェルにそう訴えかける拓也。


動けない。そうというのも、彼は今包帯で簀巻きにされているのだ。


なんでかって?



……まぁ度重なる物があっての事だろう。



「いやぁ…大変そうだねたっくん!」



「そうだな…やっぱり2日目の事怒ってるのかな?」



一瞬心配そうな顔をした拓也だが、ジェシカに向けられるのはいつものニヤけ顔。


そんな彼を見たジェシカは、思わず援護する。



「ミシェルはそんなことで怒るほど器は小さくないよ!というかミシェルの方が心配してたし!」



うっかりしていたジェシカ。これは言ってはマズい事だった。



ミシェルが拓也に好意を寄せていることは拓也自身は知らない。


そんな状況でジェシカはうっかりと口を滑らせたのだ。



「何をしてるんですか拓也さん。早く行きますよ?」



そんな時だった

。思わず口を滑らせかけたジェシカのもとに空かさず現れたミシェル。


拓也の包帯の余分な所を切ると、立ち上がり、閉会式へ向かうよう促す。



「心配って俺の事を?別に危険な仕事でもないって言っておいたはずだけど…」



しかし拓也も自分の話題が出たことで興味が沸いたようだ。


食い下がる……が、




「痛いミシェル!!怪我人を蹴るなッ!!」




ミシェルに太腿裏に膝蹴りをされながら、閉会式の方へ誘導されていった。



……あ、でもこれはこれでいいかも……




だがそんな彼女の行動も、彼にとってはご褒美でしかないのだ。



そんなこんなで整列が完了し、始まる閉会式。



「え~では…優勝商品の授与を行いますので優勝チームの大将は前に出てきてください」



あ、そういえば優勝チームには商品が贈られるんだったたな。


一体何がもらえるんだ?



そんなことを思い出しつつ、足を進める拓也。


学園長の前までたどり着き、一礼する。



「よく頑張った。これを受け取ってくれ」



微笑みながら差し出される謎の箱。



しかし拓也は疑問符を浮かべた。なぜなら包装された箱は4つしかないのだ。


1チーム5人なのに何故4つしか無いのか。学園側がそんなミスをするとは思えない。


思考を巡らす拓也だが、そんなことをする必要はなかった。



「これは先鋒、次鋒、中堅、副将の商品だよ、大将には別に用意されている」



戸惑う拓也にそう説明する学園長。



…なんかいろいろと問題になりそうな待遇だけど…いいのかな?俺だけ別に貰うなんて……



少々心配しながらもちょっと嬉しく思う拓也。



だがそんなものは次の瞬間、打ち砕かれることになる



「さぁ!では登場していただきましょう!」



珍しくテンションが上がった学園長。



…ん?登場?



そんなことを考えた瞬間、目の前が真っ白になる。



…これは光属性の魔法【フラッシュ】……



光が収まり、皆の視界が回復する。



そして次の瞬間、闘技場全体が物凄い歓声に包まれた。



「大将への商品。それは帝への挑戦権です!」



学園長の後ろに勢ぞろいの帝達。



………そんな商品要らねえエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエえええええええええええッ!!!


って王が言ってたサプライズってこれの事かよ!!



観客席に引けを取らない心の中の大絶叫。



「生憎剣帝様だけは都合が付かず、不参加となっております」



いや目の前に居るんだけどね、剣帝


というかこいつら暇だな…なんで全員揃うんだよ……俺だけ仲間外れだけどさ…



「えっと俺はどうすれば?」



「うん。一人選んでくれたまえ」



そういう学園長。この中から一人を選び、一人と決闘するのだろう



…そういうことなら………



「じゃあ光帝様で…」



悪い笑みを浮かべ、光帝を指名する拓也。指名された光帝は悠然と前へ歩み出る



「では1時間後。闘技場で私と決闘だ」



「………はい」



…なんか前と雰囲気変わったな光帝の奴…ちゃんとフードも被ってるし。



「では以上です。解散」



学園長のその掛け声と共に、思い思いの方向へ散らばる選手たち。


しかし観客席二は動きが見られない。恐らく1時間後の決闘まで待っているつもりだろう。



「というか俺結構消耗してるんだけどな~。1時間後って早すぎない?」



「なにやら医療チームが新しい治癒魔法を教わったそうだからね。1時間もあれば完治できるだろう」



「あ、そうっすか」



誰かさんが~と続ける学園長に苦笑いをし、踵を返す。



……まぁ仕方ないか、諦めよう。



表彰台から降り、ミシェルたちのもとへ足を進める。



「はいこれ、優勝賞品だってさ」



そして手に持っていた小箱を配る。



…アシュバルもメルもアルスもちゃんと回復してるみたいでよかった……



「おい貴様、何故光帝を指名した」



突然そう尋ねるアシュバル。きょとんとした拓也。




…どうしよう…リターンマッチ光帝なんて言えない…



「なんとなくだ」



「…なんとなくだと?貴様、人の兄をそのように扱うとはッ!!」



「……………え?なに?光帝ってお前のお兄たまなの?」



「お兄たまとはなんだ!人の兄に向ってッ!」



「……おいおい…まじかよ………」




…どうりで雰囲気が似てるわけだぜ…あの所構わず魔法ブッパしそうな感じが特に…


…まぁ光帝の方はだいぶ落ち着いて来たみたいだけど…



「いや、それは悪かったな。実は前々から光帝には興味があってな、それでたまたまこんな機会が巡ってきたという訳だよ」



「…ふむ、そうか。まぁ死なないように気を付けるんだな」



「おぅ、気を付けるぜ~」




どうやらあいつはツンデレですな。


しかし!!俺は男のツンデレなど微塵も興味はないッ!!


さて…とりあえず1時間は暇だし……



「じゃあ俺はその辺で休んでるわ~」



拓也はヒラヒラと手を振ると、場外へ向かい歩き出す。



…そういえば昨日そんなに寝る時間なかったし……超眠いわ…。


適当に休めそうな所~っと……



闘技場の外へ出て、休めそうな場所を探す。


すぐそばの屋根付きのテーブルとベンチの休憩所のようなものが目に入り、そこへと足を進める。




…寝心地ヨシッ!雰囲気ヨシッ!周りの静けさヨシッ!!


ここに決めた!!



拓也は白塗りの木のベンチへと身を投げる。


仰向けになり、腕を組んで目を瞑り、寝る態勢を作った。



あぁ、疲れた…。というかなんで俺だけ光帝とやらないといけないんだよ…俺も普通の商品でよかったのに……


…そんなことよりアシュバルの奴が光帝の弟とは…驚いたぜ……



今日の出来事を振り返りながら、拓也の意識は闇へと沈んでいった。




・・・・・



「いいな光帝…俺も戦いたい!!」



学園内の一室。そこには帝達が全員集合していた。



子どものように駄々をこねる炎帝。その炎帝を言いくるめようと頑張っている光帝。


隣で酒を浴びるように飲み続ける続ける炎帝を咎める水帝に、巨大なパフェを頬張る地帝。


床に寝転がり、雑誌を読む雷帝と、椅子にキチっと座り、ハードカバーの本を読む闇帝。


そして椅子に座りながら寝る風帝。



中々にカオスな光景だ。


言ったところでこいつらがこの国の最高戦力などと誰が信じるだろうか?




「炎帝…お前は手加減ができないだろう」



「そんなことないぞ!酒が入ってなけりゃあ首を残すことぐらい……」



「ちょっとあんた、それ死んじゃってるじゃない!というか今も酒飲んでるしッ!!」



水帝の指摘通り、炎帝の右手には大きな樽のコップが握られ、その中には並々注がれたぶどう酒。



「大丈夫大丈夫!」



そういうが早いかコップの中身を一気に飲み干し、隣に置いていた樽にコップを突っ込む。


取り出されたコップには、また並々のぶどう酒が入っていた。



隣で頭を抱える水帝。そう。彼にとって酒とは水と変わりないのだ。



「まぁともかく、僕に指名が入ったからね。今回は僕がやる」



「そんなことより…剣帝の奴は一体どこで何をしているんだ……こうして帝が全員集合しているというのに……」



「えーなにー?そんなに剣帝と会いたいのか?」



やれやれといった表情でそう首を振る光帝に対し、ごろごろと床を転がりながら適当に言い放つ雷帝。



「な、何を言う!僕は以前の屈辱を晴らすために奴にまた決闘を挑みたいだけだッ!!」



弟同様。兄もツンデレ気質のようだ。


しかし拓也がこの場に居ればまず間違いなくこう言うだろう。



『男のツンデレなど需要なし。帰れ』


と。



「それにしても光帝、剣帝にボロ負けしてから随分と丸くなったよね~。


前は『僕が最強』って感じだったのにね~」



パフェを突きながら、ニヤつく地帝。


あからさまに光帝をおちょくっている。


そしてやはり光帝もそれに食いついた。



「ッ!!今度は勝って見せる!僕を馬鹿にするな!」



「無理だな!」


「無理だろ」


「無理」


「絶対無理だね~」



上から順番に炎帝、雷帝、水帝、地帝。それぞれが光帝の意見を否定する。

風帝は寝ているし、闇帝に至っては無視を決め込んでいた。


この4人。光帝に対しての扱いがちょっとひどいのではないだろうか?



「そんなことは………」



威勢がいいのは最初だけ。言葉につまり、押し黙る光帝。


なぜなら実際にやり合った自分自身が1番よくわかっていたからだ。

『今の自分では彼の足元にも及ばない』


彼がそう考えるのも無理はないだろう。以前決闘で、本気を出したのにも関わらず、軽くあしらわれてしまったのだから。




「俺たちの実力は拮抗してるって言えるだろ?本気でやればどっちかが死ぬくらいにはな。


んでもって剣帝は本気を出したお前相手に遊ぶような奴だぞ?お前じゃなくて、他の帝…俺たちがサシでやり合っても勝てる気なんてしねぇよ。奴はそれぐらい異質だ」



雷帝、見事なフォロー。


流石は頼りになる兄貴分だ。



「まぁ剣帝に勝ちたいなら剣帝に弟子入りでもすれば~?」



そしてそれをすぐさま無効にする地帝。


確かに言っていることは一理あるのだが、もうちょっと心の傷を癒そうとは考えなかったのか……



「うるさいぞ地帝!いつも甘い物ばかり食べやがって……


太ってしまえッ!」



完全な八つ当たり。流石にこれには地帝も抵抗する。



「なにさ!乙女に向かってなんてこと言うんだこの貧弱者!」



「なんだと!?というか俺より年上のくせに乙女は無いだろう!」


「ッ!私まだ20代だからね!?」



「四捨五入したら30代だろう!この年増め!!」



ここで両者、机を叩き勢いよく立ち上がる。


勢い余って机が壊れたことからは、こいつらの戦闘力の高さが伺える。


…こいつらは全員ガキか……拓也が居ればそんなことを考えていたことだろう。



光帝と地帝は、お互いに顔をくっつく寸前まで寄せ、メンチをきる二人。


まさに一触即発。理由は本当にしょうもないのだが、この両者にとっては譲れないところなのだろう。



闇帝は本、雷帝は雑誌に集中。炎帝は酒に夢中。風帝はそのまま永眠しそうな勢いで眠りこけている。



故にこの状況を打開できるのは1人しかいない。



『ゴチン』という子気味のいい音と共に、頭を押さえうずくまる光帝と地帝。



「あんたらいい加減にしな、さっきからうるさいよ」



そう、水帝の姉御の出番である。


王ですら下手に口出しできないこの集団。必然的にその内にまとめてくれる人物が登場するのだ。それが水帝である。


現に彼女は、変人奇人が多い帝の中で唯一と言っていいほど一般良識の持ち主である。



「光帝、あんたは一々突っかかるんじゃないの!もっと落ち着きな。


地帝、あんたはいつも一言多いんだよ!それにまだ25だろ?人生これからじゃないか、その程度で一々ムキになるんじゃないの」



「……すまない」



「……ごめんなさい」



流石姉御、この場を完璧に収めてしまった。




「そーだぞ光帝!お前も飲め飲め!」



「炎帝…あんたは黙ってな」



「アッハッハッハッハ!」



話を明後日の方向へ持って行こうとする炎帝に対して、黙れと言う水帝。


しかし酒が入っているせいか、炎帝はただ大笑い。


いつの世も酔っ払いというものはめんどくさいものだ。



この後も結局、読めない言動を取る炎帝相手に振り回される水帝だった。




・・・・・



「ふぁ~あ…よく寝たぜ~」



大欠伸を描きながら、控えベンチへ続く通路を歩く拓也。


ダルそうな態度でゆったりと頬のガーゼを剥がす。すると先ほどまであった傷口は痕も無く治っていた。



「気持ち悪い治癒能力ですね…」



「気持ち悪いじゃなくてそこは素直に凄いって言おうぜ」



一歩後ろを歩くミシェルが拓也がガーゼを剥がしている姿を見ながら苦笑い。


拓也もゆったりとした動きで振り返り、そう返す。



「それでどうするんですか?」



その言葉の意味…それはこれから行われる試合の事だろう。



「ん~…適当に抵抗してから負けるとでもするかね。ということで担架用意しといてくれ、後できればミシェルのp……いいかミシェル、俺はこれから試合だ。そんな俺に魔法を向けちゃダメだと思うの」



ちょっとしたジョークのつもりでそう言い放とうとした拓也の後頭部に光の魔方陣が突き付けられる。


結果として拓也は両手を頭上に上げ冷や汗をナイアガラの滝のように流すことになった。



「拓也さんが失言をしなければ私もこんなことをしません」



「紳士たる俺に正論なんて通用しないぜ!」



「果たしてそれは紳士なんですかね?」



……ヤダこの子…正論しか言わないなんて!



そんなことを考えながらも足を進める拓也。どうあがいても勝てない試合、気分は断頭台に送られる罪人だ。


まぁ勝てないというより勝ってはいけないという方が正しいだろう。



「じゃあ私はここまでですね、観客席から見事な負けっぷりを観てますから」



ミシェルは足を止め軽く手を振る。拓也は振り返らずに、後ろへ向かってヒラヒラと手を振った



「任せろ~、これまでに見たことがないほど無様に負けてくるから~」



その背からは全くと言っていいほど覇気がない。


なんかもう石ぶつけたら動かなくなりそうなほどに……





・・・・・



『さぁ!いよいよ始まります!!


優勝チームの大将、鬼灯拓也選手対!我が王国の最高戦力!帝の一人『光帝』!!勝利の女神はいったいどちらに微笑むのでしょうか!?』



…いやそりゃあ光帝でしょうね、学生が帝に勝っちゃったら一大事だからな……




頭をかきながら、どう負けるかを考える拓也。



「まぁやりながら考えますかね…」



ボソリとそう呟き、ニヤリと笑みを浮かべる。



辺りを見渡せば観客席の一角に、色とりどりのローブ集団が居るのを発見した。



「光帝だ、よろしく頼む」



「え…あ、あぁ…よろしくお願いします」



前方からそう声をかけられ、視線をそこへ向ける拓也。


そこには、ローブを被った光帝が右の手を差し出していた。


素っ頓狂な声を漏らしながらも、拓也は快くその握手に応じる。




意外な一面だな~てっきり勝利宣言でもするのかと思ってたけど…


……そんなことよりこいつの髪の毛って再生したのかな?……もし一生ものになってしまっていたら俺の良心が非常に痛むのだが………



「どうかしたかい?」



「い、いや……別に何でもないです……はい」



青い顔をしていた拓也に光帝が気遣いそう声をかける。


そこで握手をしていた手を放すと、開始位置まで移動した。



『それでは行ってみましょう!!では……始めッ!!』




開始の合図が闘技場に響き渡る。



しかし両者共に動かない。拓也は魔武器の片眼鏡を左目に装着し、いつでも動けるように準備をした。




…アイツ動かないなぁ…格上として俺が仕掛けるのを待ってんのかね?



そこまで思考を巡らせた拓也。そこであることを思いついた。



…ちょっと脅かしてやるか……


適当に加減した殺気を飛ばしたらどんな反応するか…面白そうだ




内面で悪い笑みを浮かべる拓也。幸い表情に出ていないが、油断すると簡単に出てしまいそうだ。






「ッ!!?」



加減した殺気を、ピンポイントで光帝に飛ばす。


一瞬で変わる雰囲気、フードを被っていてもそれをはっきりと感じる。


そんな反応を見て楽しむ拓也。しかし次の瞬間にそれは後悔に変わる。



さて、ここで言っておくが光帝は強い。とても強い。どのくらい強いかと言うと、この学園の全生徒が一斉に襲い掛かっても簡単に返り討ちにするくらい強い。


そんな強い奴に本能レベルで生命の危機を感じさせるほどの威嚇をしたのだ。次にどんな行動に出るかなど誰でも簡単に分かるはずだ。



「ちょッ!」



最早条件反射の域。


光帝は魔武器の能力を使っての加速。自身を光速まで加速させ拓也へと直線的な動きで突っ込んできたのだ。


流石に慌てる拓也。拓也にとっても、光速は流石に侮れない速さ。



「(しまった!俺はなんてことを!!)」



そう悔やむ光帝、しかしもう遅い。レイピアの切っ先はあと僅かで拓也の胸へと届く。



「(もう完全にはスピードを落とせない…このままでは確実に殺してしまう!)」



だがまぁ、これは完全に拓也の自業自得だろう。




光帝の目に映る景色が時間が止まったかのように固まる。


その中で、目の前に見える生徒…拓也の顔。


この一瞬で近づかれたことに気が付いていないのだろう……そう思考する光帝。




しかしそれは違う。



「ッ!」



突如光帝の足を襲う衝撃と痛み。グラリと視界が半回転し、平衡感覚を失う。


目の前に拓也は……居ない。




……うわぁ、やっちまった……




光帝の足元。左手を付き回転しながら右足で足払いをした後、拓也は心の中でそう漏らした。



そう、拓也も戦闘モードに入っていなく、おまけに光帝で遊ぼうとしていた。つまり全然集中していない状態だった。


そんなところに予想外の攻撃。しかも光速。



簡単に言えば、拓也もうっかり条件反射が出てしまったのだ。




…とにかくまずいな…この速さでのやり取りは生徒には見られてないはず……ならッ!



右手で地面を叩き、左へ流れていた体を今度は右へ動かす。


その勢いを利用し、右足で中段に蹴りを放ち、倒れかけていた光帝の体勢をを上手く元に戻した。



よしッ!倒れるなよ!!…んで俺はこのまま……



「ぬわああああああああああああああああああああ!!」



見事なまでの棒読みのセリフ。しかし今はそれで十分。



そんな情けない悲鳴を上げながら、拓也は勢いよくぶっ飛ぶ。


地面に叩きつけられ、何度もバウンドする。


地面に打ち付けられる度勢いは弱まり、5回程バウンドしようやく止まった。


見事なまでの自演だ。




……くっそいってぇ…ちょっとやり過ぎたなぁ……




拓也がやったことは簡単だ。ついていた右手で地面を押して自分の体を吹き飛ばした。ただそれだけ。



「な、…なんだと?」



ギロリ、と拓也と睨む光帝。片膝をつき、何かを考えている仕草をする。



「おい炎帝…今の見えたか?」



食い入るようにフィールドを見つめ、視線は逸らさず隣の炎帝にそう尋ねる雷帝。



「あぁ…光帝が魔武器の能力を使ったことにも驚いたが……まさかそれをかわして2発も入れるとはな…酒入ってるせいか少し早すぎてブレ見えたぜ」



酒が入って居るにも関わらず珍しく真剣な表情の炎帝。



「魔闘大会優勝チームの長だからって……ちょっと強すぎやしないかい?」



「確かにねー…しかも最後の動きだけなんかおかしくなかった?威力じゃなくて何か違うことが目的だったような…」



「………………」



冷静に分析をする地帝に、雷帝同じく食い入るように見つめる闇帝。



確かに生徒には、拓也がぶっ飛ばされただけに見えただろう。


しかし帝は違う。まさに別格、光帝と拓也…二人の今の一連の動作を見切っていた。



「風帝の爺さん、起きな!面白いもんが見られるよ!」



水帝が隣で寝ている風帝を叩き起こす。



「う~ん…なんじゃい…」



しぱしぱする目を擦りながら風帝の爺起床。


可哀想な拓也。どうやら完全に目をつけられてしまったようだ。



「まぁ見てな、あの学生相当強いよ」



「そりゃそうじゃ、なんせ魔闘大会優勝チームの大将なんじゃからな」



もっともなことを言う風帝。


だが違う、先ほどの動きを見ていた風帝以外の他の帝達は感じていた。


拓也から感じる『何か異質なもの』を。



それは一体何なのか……しかし感じたのもさっきの一瞬だけ、それ以降拓也の雰囲気は、只の学生のそれに戻っている。


風帝以外の帝達は、そう同じことを考え首を傾げた。



「(…さっき感じたあの感覚……一体何だったんだ?)」



地上に打ち上げられた魚のように地面でもぞもぞ動く拓也を見ながらそう考える光帝。


そうしているうちに拓也は立ち上がった。



「うへぇ、痛いわぁ…」



「君は何者だい?それにさっきのッ!!」



光帝が拓也にそう問いかける中、それを待たずして拓也は地を蹴り光帝まで跳ぶように加速し


腰に下げた剣を抜き放ち、光帝へと斬りかかる。



「戦いの最中に喋るなんて余裕ですね、生憎俺にはそんな余裕はないんで攻めさせてもらいますッよ!」



刺剣に止められていた剣を一旦引き、もう一度斬りかかる。そこから激しい剣の打ち合いが始まった



「さっきのアレは何だったんだい?」



「…見ての通り俺には今余裕がないんで答えらんないっすね」



「そう言う割には随分と喋るじゃないか」



「ハハ、そうですね」



……やべぇ、紳士的な光帝とかキメェ……




そんな超失礼なことを考えながら、剣がぶつかり合い火花を散らす。

拓也の体には、目に見えて傷が増えて行った。




「それで?さっきの事なんだけど教えてくれるつもりは?…」



話題を逸らそうとした拓也だったが、失敗に終わったようだ。



「俺に勝てたら教えてもいいですよ」



ニヤリと不気味な笑みを作り、今度はかなり加減した殺気を放ち、ぶつけた。


一瞬固まる光帝。その隙をついて拓也の剣がようやく腹部を掠った。ローブが切れ、その部分が少し赤く染まる。


光帝は一旦バックステップを取り、拓也と距離を取る。拓也も追うことはしなかった。



そしてしっかりと立ち、拓也を見据え一言。



「それなら僕は何としても勝つ」





…やべぇよ…アイツマジになってやがる……やりたくねぇ。


それにあいつの魔武器の能力は自身を光速まで加速させる能力…こんなんに対応できる方がおかしいから次からあいつが能力使ってきたら当たるしかないのか……


まぁ当たり所上手くずらしてやり過ごそうかね……それにあの能力は初速を光速にすること、んでアイツはそれのコントロールをあまりできない…だから直線的にしか動いてこないし対抗策は何とかあるな…



一瞬でそこまで思考し、少しでも楽に…かつ安全に負けるかを脳内シミュレートする拓也。



その間も光帝は【ライトニングボール】を放ってくる。拓也は左目に掛けた片眼鏡に魔力を通す。



「解析…解除っと」



解析した情報をもとに、解除式を作成。右手に解除式から作り上げた魔法陣を展開し、自分の身体の前にそれを盾のように使い、拓也は光帝へと駈け出した。



無謀とも言える拓也の行動に、思わずぎょっとする光帝。



しかし、自らの放った光球が拓也の手に展開されている魔方陣に触れた瞬間に消滅していることを確認した瞬間、一度発動している魔方陣を消し、すぐさま新しい魔方陣を構築する。



「これならどうだい?」



発動された魔法はミシェルも御用達の【ホーリーレーザー】


無詠唱で発動しておきながらも、ミシェルが扱うそれより威力も発動時間も早い。


流石は帝の一人と言うべきだろう。



次の瞬間一筋の光に呑まれる拓也。あの解除式をもとに展開した魔方陣は【ライトニングボール】を解除する為のもの。つまり違う魔法には全くの無力なのだ。

もしこの【ホーリーレーザー】を解除したいのなら、この魔法の解析をしなくてはいけないのだ。




…あ、ていうかヤバい…物理攻撃に対しての防御力しか落としてなかった…光帝の魔法全然効いてねぇや……



光に呑まれながら、そんなことを考え焦る拓也。




しょうがねぇ…こうなったら自分で……




拓也は光の中で何かを決心したような顔をし、……



自分に向かって【ホーリーレーザー】を放った。





光が収まり、目を凝らす光帝。


その瞳が映したのは、丸焦げになった拓也の姿だった。


光帝はそこで先ほどの違和感を思い出す。


自分の魔法に飲まれた拓也。しかしその中で何か魔法が発動されたのだ。


微かに見えた魔方陣。その属性は光……



「(属性は風と雷…魔力量は53万と聞いていたのだがな…)」



そんなことを考え、頭を悩ませる光帝。偽の情報を掴まされたのか?と考えたが、そんなことをするような仲間ではないと結論付けた。


そこでちょうど拓也が起き上がる。



「あぁ…死ぬかと思った……」



…我ながら恐ろしい威力だったな…服が全部逝くところだったぜ……



そんな放送コードの事を考えながら、右手を前に突き出す。



「【トルネード】」



地面に展開される鮮やかな緑色の魔法陣。


次の瞬間、当たりの砂を巻き上げながら空気の渦が轟音を立てながら発生した。



うねりながら移動を始める竜巻は、ジリジリと光帝への距離を縮める。


それに伴い視界が一気に悪くなり、拓也の姿も確認できなくなった。


少し顔をしかめた光帝は、無言で同じ魔法を発動し、拓也のそれを打ち消す。


戻った視界。光帝の目にまず映るのは地面に膝をついて回復を図る拓也の姿だった。



「おいおい…ちょっと対応が速いんじゃないか?」



光帝の的確な対応に思わず愚痴をこぼす拓也。


そんな満身創痍の拓也に止めを刺すべく光帝は真っ直ぐ拓也へと走る。


魔武器の能力などは使わない。使わなくても十分だからだ



刻々と近づく終わりの時


拓也は諦めからなのか、その顔には笑みが浮かんでいる



「終わりだよ」



拓也の前に立つ光帝はそう宣言し、刺剣ではなく空いている左手を振りかぶる


このまま敗北を認めさせるのも酷、刺剣では傷痕が残るかもしれない。そう考えた彼のせめてもの優しさだろう



「クックック……」



「どうしたんだい?」



この期に及んで、声に出して笑う拓也。



…終わりだよってッ!クッソ腹痛てぇ!



見た目はボロボロだがまだ中身はピンピンしているようでなによりだ



「いやぁ助かるよー」



顔を上げ、光帝を見上げる拓也



「自分からわざわざ近づいてくれるなんて」



何を言っているか分からない。といった顔をする光帝



「ッ!!」



次の瞬間、光帝の足元に雷の魔方陣が展開された。




「ッ!しまッ!!」



光帝の声を掻き消すほどの轟音。


一瞬上空が光ったかと思うと、空から魔法陣目がけて一筋の稲妻が走る。


闘技場全体をが目も開けられないほどの光に包まれた。




「…危なかったな」



頬に汗が流れる。左手でそれを拭きとる白いローブの男。


拓也の仕掛けたトラップは惜しくも通じなかったようだ…

光帝健在…。まぁ魔武器の能力を使えば逃げられないこともなかったのだろう。


能力を使い、後ろへと大きく引いた光帝。それによって稲妻はもちろんの事、それに巻き上げられた石礫すらも当たっていない。



「…次こそ……」



そう決意し、右手に持つ刺剣を握りしめる。そこで光帝はあることに気が付いた。



拓也が居ない。



「上かッ!?」



大慌てで空を見上げる光帝。しかしそこには広い空が広がっているだけで目標の者は見つからない。


そんな時、何か聞きなれない妙な音が鼓膜を揺らす。『キュイイイイイン』

その音の発生源は……背後。



「後ろッ!!」



「正解ィィィィィィッ!!!」



一体どうやって後ろに回った!?咄嗟に体を反転させようとするがそれも途中に、その思考も拓也の手の平の奇妙な球体が目に入ったことによって中断された。


じっくりと自分の腹部に迫るその球体を観察する光帝。



「(なんだこれは…?)」



まるでスローモーションのように迫るその球体。


ゆっくりとゆっくりと近づき…



「ッグ…あぁ!?」



光帝の脇腹にめり込んだ。


瞬間、脇腹を襲う衝撃。まるで抉り取られているかのような衝撃だ。光帝はそう感じた。



「ッ!このままでは…飛ばされるッ!!」



「粘るなッ!!潔く飛ばされろ!!」



楽しそうに自らの劣勢を報告する光帝に悪態をつく拓也。


言い終わると同時に右手を力の限り押し出し、光帝を飛ばすことを試みるが、流石光帝。ゆっくりと後退はしているものの、踏ん張ったまま体勢は崩されない。



魔力の球体が拓也の手から離れ、ズズズ…と光帝の体を徐々に後退させていく。



「ッグ…こんなもの!!」



思い切り踏ん張り、地面から足を離さない光帝。ついに魔力の球体が消滅してしまった。



「…まじかよ……」



あと少し…というところで光帝は何とか耐え抜いたのだ。


自信満々で放った一撃。それを止められたショックからか、拓也は左手で顔を覆った。


と同時にプルプルと震え始める。



そんな拓也を見て疑問符を頭に浮かべる光帝。



「?」



よくよく観察すれば、覆っている手から除く口。その口角が吊り上がっている。


そこでようやく拓也が笑っていることに気が付いた。



「何故笑っている?」



思わず率直に問いかける光帝。拓也は質問されながらも笑うことを止めない。


そして微かに震える声で光帝に恐怖を与えた。



「こんなに思い通りに動いてくれるなんて…」



また何かあるのか?そう警戒し、拓也を見据える光帝。しかしその攻撃の予備動作などは一切無い。



「(ただの虚言か?)」



そう考えた時だった。



「…!」



突然光帝の体が宙に浮く。そしてそのまま拓也に向かって一直線に飛んだ。



「なんだ!?」



仕組みは簡単。風属性の魔法を発動させただけだ。


しかしただ発動させただけではない。



「普通に考えて効果がないって分かってる魔法なんて使うと思います?」



してやったりといった表情で右手を引き絞る拓也。飛ばされてくる光帝を迎え撃つつもりだ。



「そうか!あの【トルネード】…」



…そう、あの【トルネード】はただの目くらまし。その間に、雷の魔法陣もこの風の魔法陣も仕掛けていたのだ。


そこまで考察し、浅はかな自分を悔いる光帝。


ここから光帝は迂闊には動けない。なぜならこのフィールドのどこにトラップがあるか分からないからだ。



そんなことを考えている間にも、拓也の拳が迫る。



「チェストオオオオオッ!!」





「(なんて奴だ…この僕に攻撃を当てるだけじゃなく見たことのない技や完璧とまで言える魔力コントロール……)」



拓也の全力の拳が迫る中、そんなことを考えながらなすがまま飛ばされながらもそんなことを考える光帝。


しかし単純に感心をすると同時に、疑問に思う点があった。



「(…なんだこの感じは…遊ばれているような……)」



光帝が遊ばれていると感じたことは、これまでに一度しかない。


そう。王城でのあの決闘だ。


帝の一人で新人。剣帝に喧嘩を売り、屈辱的とまで言える程に叩きのめされ、光帝が丸くなる原因を作ったあの出来事の事である。


そう、僅かだが光帝は拓也から剣帝の面影を感じ取っていたのだ。



「(…もうあまり長引かせるのも良くはないだろう…そろそろ)」



そう決断し、光帝は飛ばされながらも体を捩る


光帝向かって放たれた拓也の渾身の拳は、惜しくも空を切った。




……さてと~…俺も結構楽しんだしもういいかな~。周りから見ても俺ってばかなり善戦したよね。


そうだそうだ!帰って飯食って寝よう!そうしよう!




拓也は今晩の晩御飯なにかな~?と考えながら光帝が回避したことを確認した。


次の瞬間拓也の右手は光帝に掴まれ、膝に綺麗な蹴りが入る。



「痛って…」



「終わりだッ!」



ボソリと漏らす拓也の声を掻き消すように光帝がそう叫ぶ。


光帝は掴んだ拓也の右腕を背中に背負うようにし、思い切り地面へ向かって投げつけた。



『ドォン』という豪快な音と共に、砂が巻き上がり地面が少しへこむ。



……丁度キリがいいしここで気絶してよ…



傷だらけの身体から力を抜き、地面に仰向けに倒れ動かない拓也。



『そこまでええええええええええええええええええッ!!!



やはり強い!強いぞ帝ォォォォ!!!勝者!光帝です!!』



予想通りと言うかなんというか、光帝の勝利。


観客席は大いに沸いている。




すぐさま医療班が拓也へと駆け寄り担架に乗せる。


そのまま拓也は医務室へと運ばれて行く。


一部の観客からは、心配そうな視線が拓也に送られる。




流石は訓練された医療班…こんなに早く俺をドナドナするとは恐れ入るぜ……


ドナドナドナド~ナ~♪拓也をのせて~♪


ドナドナドナド~ナ~♪担架が揺れる~♪


そういえばこれって仔牛が売られてく歌だったな…………やめてええええええ売らないでェェェェェ!!!




一つツッコむとすればテメェは仔牛じゃねぇよってことくらいだろうか?


まあ当の本人はこんなことを考えている程なので何の心配もいらないのだが……観客はそんなことを知る由もない。



・・・・・



時間は少し過ぎ医務室。


拓也の治療も終わり、彼はベッドに寝かされている。意識は依然戻らない



……というか気絶している振りをしているわけだが…ん?なんでそんなことするかって?



「起きないな!酒でも浴びせてみるか!!」



「ちょっと止めな!」



「そうだぞ、こういう時は何か食わせるのが最適なんだよ」



「寝てる人間にそんなことするのも余裕でアウトだよねぇ…」



「……」



「zzz」



「というかやり過ぎたんじゃねーのか?






         『光帝』」




そう。拓也のベッドを取り囲む色とりどりのローブを纏った怪しい集団。


簡単に説明すれば帝全員に囲まれているのである。



…なんで?なんで俺囲まれてんの!?

誰か助けてええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!



しかしそんな魂のシャウトをするわけにはいかない。


拓也はとりあえず様子を見ることにした。



「うむ…確かにやり過ぎた感じは否めない。だが………僕はコイツから教えて貰わないといけないことがあるんだ」



…ふぇぇぇ…かれこれ30分くらい経ってるよぉぉ




拓也の治療が終わってから既に30分程たっている。それと同時にゾロゾロ入ってきたこの集団は、拓也が起きるまで帰るつもりはないのか椅子やベッドに各自腰かけている。


というか風帝に至ってはベッドに入って寝ている。


光帝が言っていた教えて貰うこと…恐らく拓也が使った殺気の事だろう。


拓也はあきらめて帰ってくれることを願い、寝たふりを続けているのだがそんな気配は一切ない。



そんな時だった、天から一筋の助けが舞い降りる。



「やっほー!たっくん生きてる!?」



医務室のドアが乱暴に蹴り開けられ、部屋中に響く声で拓也の名を呼んだ元気のいい少女。


目は開けないが、拓也はそれが誰か気が付いていた。



…ジェシカナイスタイミングだ!!足音からして4人!ジェシカとミシェルとアルスとメルだな!!頼む!少し荒っぽくてもいいから俺をここから離脱させてくれッ!!




念力を送るかの如く心の中で唱える拓也。しかし現実とはそんなにうまくいくものではない。



「………ぇ?」



最初の元気はどこへやら、消え入るような声をこぼすと同時に目の前に広がる異様な光景を凝視する。


そして拓也は悟った。



…あぁ…確かに帝が勢ぞろいしてたらビビるよな……



「ま、間違えました~」



テヘヘと悪戯っぽく笑い、入ってきたドアを閉める。


そう。天からの助けも断たれたのだ。




「それにしても起きねぇな!やっぱ酒」



「あんたはちょっと黙ってな!」



退屈そうに口を開いた後、提案を仕掛ける炎帝を水帝が咎める。




…あれ?なんかそろそろ帰ってくれるんじゃね?


ウへへ…やっぱ俺の作戦は完璧…




拓也がそんなことを考え始めた時だった。突然光帝が立ち上がる



「よし、ここは僕に任せてくれ」



…は?え、ちょッ!何コイツ!!何しようとしてんの!?ねぇ!!



光帝はそう言うと刺剣を抜刀し、拓也の左手の平へと突き付ける


流石にこれには他の帝も動く



「ちょっとまてまて、なにしてんだ?」



流石雷帝の兄貴!!その調子でこのキチガイ止めてくださいぃぃl



またもやラッキーなことに助け舟が出た。歓喜する拓也をよそに、光帝は鼻で笑い、拓也を見下ろす



「大丈夫だ、たかが手の平に穴が開くくらいすぐに治る。そして…もしこいつが剣帝なら刺さる前に飛び起きるはずさ」



「ん、あぁ…それもそうだな」



ちょっとおおおお諦めんなよ!!もっと熱くなれよッ!!ふざけんな俺の手の平がどうなってもいいってか!?



…っていうかやっぱり剣帝だと疑われてんのね…まぁ結構やっちゃったから仕方ないか~…




「そんなことしちゃって大丈夫~?」



そうだ!いいぞ地帝!!その調子でこのクレイジー野郎を止めちゃってくれ!!



「大丈夫だ、まだ医療班が残っている」



「それもそうだね~」



んあああああぁぁぁぁぁッだからなんでだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


あぁ、わかった…わかっちゃったわーこいつら全員キチガイだわ~。それなら仕方ないね!


………なんて言ってる場合じゃないぜ、どうする俺………



見た目は寝ているが、現在の彼の思考回路は考える人のそれを軽く凌駕しているのだ。



「それではいくぞ」



光帝がそう声を発しいざ突き刺さそうとする一瞬前。



「う、うぅん…」



恐ろしい速度で刺剣を鞘に納める光帝。


拓也起床。彼の貧相な脳ではこれが限界だったようだ。




「ッ!な、なんですか!?」



ワザとらしく驚く拓也。そんな落ち着かないフリをしている拓也に光帝が声をかけた。



「起きたようだな、それとちょっとやり過ぎたようだ。謝罪する」



「え、えぇ…気にしないでください。では私はこれで……」



満面の作り笑顔。ハリボテ100%の笑顔を帝一同に向けると拓也は出口に向かって歩き始める。



…が



「まぁまぁ、まだ起きたばっかなんだからゆっくりしてきなよ~♪」



拓也が寝ていたベッドの上に座り、自分の隣をポンポンと叩き、来るように促す地帝。




…普段の俺なら迷わずル○ンダイブしていたが……今はその”時”ではない!



「あ、それじゃあお言葉に甘えて…」



…あぁダメだ…本能には逆らえないッ……



悲しい男の性に引きずられるように拓也はベッドへと戻る。



「さて、鬼灯拓也君。僕は君に聞きたいことが2,3あるんだけど…いいかな?」



…雰囲気が是が非でも聞き出す…て感じなんだけどなぁ…まぁ今は従わないと怪しまれるし……



「はぁ…いいですよ、手短にお願いします」



拓也はそれに承諾しベッドに深く腰掛けた




「貴様剣帝だろう」



「違います」



単刀直入にそう尋ねる光帝。その言い方には最早確信している。そう言ったものが感じられる。


対する拓也は、キッパリと否定し苦笑い。



「そうか…それはそうと君荷物はどこだい?」



「教室ですけど?」



拓也がそう言うと光帝はフードから覗く口角を釣り上げる。


そして笑いが混ざった声で喋り始めた。



「僕がやり過ぎたせいでまだちょっと身体が痛むだろう。そうだ炎帝。彼の荷物を取ってきてあげたまえ」



「………いやいいですよ、自分でやれます」



…まずい、鞄の中には帝の時に使ってるローブが入ってる……見られたら…



終わるッ!!




「いやいや、君は少しでも回復していてくれ…炎帝、行け」



「おうよ!」



無駄に紳士的な態度を取る光帝に寒気を覚える拓也。そして炎帝が立ち上がりドアへ向かって歩き出した。

光帝の言った通り拓也の荷物を取ってくるつもりだろう。




…やばいッ!!クッソ…炎帝を止める手段…何かないか!?………そうだ…あれしかないッ!!



「ッあぁ!!あんなところに伝説のぶどう酒がッ!!!」



大袈裟に叫び明後日の方向を適当に指さす拓也。普通こんなモノには引っかからないだろう。



しかし相手は炎帝だ…あのアルコール中毒者の……




「何ィィ!!どこだ!!どこだッ!!!」




うっへぇ我ながら最高の作戦だ!!まったく、炎帝がバカで助かったぜ!!



悪い笑いを浮かべながらベッドから飛び降りる。そのままドアへ向かって駆け出す拓也。



よっしゃ!後は鞄を持ってトンズラすればミッションコンプリートだぜ!!




帝全員が炎帝に冷ややかな視線を送る中、ただ一人だけは炎帝を見ていなかった。



「ッうへぇ!」



情けない声を上げながら地面に倒れた拓也。


次の瞬間、右腕が背中に回され固定させる。



「どこへ行く?」



…俺はお前に紳士的な態度はどこやったんだと聞きたいよ……


ていうかなんで俺こんな犯罪者みたいな扱い受けてんの!?



「ちょっとお花を摘みに…」



苦し紛れの嘘をつく拓也だが、何故が腕を固定する力が上がる。



「ちょっと、とりあえず離してやりなよ。可哀想だろ!」



水帝…あんたが帝最後の良心だよぉぉ……




「そうだぞ光帝。なにムキになってんだ」



「そうだそうだー」



「だが……」



呆れたようにため息をつくと雷帝は拓也を庇うようにそう言った。



「そうだよ~離してあげなよ~」



「そうだそうだー」



地帝もそれに続く。




「…………可哀想」



「そうだそうだー」



闇帝も、本を閉じ、拓也を見ながらそう呟く。



「えぇい!さっきからうるさいぞ剣帝ッ!!」



先ほどから、光帝の下で他の帝達に便乗してヤジを飛ばしていた拓也に、剣帝と言う呼び名を使って声を荒げる光帝。



「え、人違いじゃないですか?…ヤダこの人頭おかしい……」



他の帝達の働きかけもあってとりあえず解放された拓也は、服に付いた汚れを叩き落としながらそう言う。


ちなみに最後の一言は聞こえないように小声で言ったつもりだったのだが……



…あ、聞こえてたっぽい……光帝の奴なんかぴくぴくしてるし……



「さて、アンタの事だけどさ…剣帝だろ?だいたい皆感づいてるよ」



そう言う水帝。間接的にもう諦めろと伝えたいのだろう。



「…一体何をもってそう断言する?」



近くにあった椅子に腰かけ、怪しげな笑みを浮かべながらおどけるて見せる拓也。


そんな彼から放たれる雰囲気は明らかに学生のそれではない。



しかし水帝は臆さずに一つ一つ解説を始める。



「まず光帝の初撃。アレは私らでも回避は困難なんだよ、アンタはそれを回避しただけじゃなくて攻撃まで仕掛けた。


次にあのよくわからない技。あんなもんを開発すること自体学生には不可能」



「それに足払いから繋げた蹴り、あれなんかおかしかったよね~」



「僕との戦闘中にも光属性の魔法を使用した、貴様の属性はここでは雷と風と言うことになっているんだろう?闇帝が事前に調べていた。


おまけに僕の攻撃は全部目で追ってただろう。回避してからわざわざ当たりに来たのもあったな」




…何コイツら…刑事か何かですかね?


それならかつ丼を用意しろと言いたい。切実に。




真剣な空気とは裏腹に、拓也はそんなことを考えながら笑っている。



「そして極めつけはあの剣だ。


王城で決闘したときに使っていたものと非常によく似ている。僕の目には同じものに映った」




「…ハァ~」



…もうなんか別にいいんじゃね?隠す理由もないし…それにここまで証拠を残しすぎたし…



「さぁ!どうなんだ!?」



ここまで動かぬ証拠を集めたことが嬉しいのか、光帝は楽しそうな声でそうまくし立てる。



全員から目線を向けられる拓也。



人気は大きなため息をついてから諦めたように嘲笑する。



「あーはいはい、そうだよ、俺が剣帝だよ」



「やはりか!」


「やっぱりね!そうだと思ってた!」



予想的中。光帝と地帝は満足したと言わんばかりに大笑い。



しかしそれもつかの間。


全員が瞬時に拓也に向かい立ち上がる。


寝ていた風帝まで跳び起きた。




「さて………俺の正体を暴いたんだ、もちろん自分たちもそうなる覚悟はあるんだろうな?」



口角が三日月のように吊り上がり、怪しい空気を醸し出す。


そして微量の殺気を漏らしながらそう言う拓也。


誰一人として拓也の問いに答えることは出来ない。



「ハハ…ハハハハハッ!!愉快だ!実に愉快だ!貴様のその恐怖の表情!」



冷や汗を流しながら拓也に向かっている帝達。


拓也は座っていたベッドから立ち上がり、両手を軽く広げ怪しく笑う。



「さぁ、始めようか!」



そして帝全員の目の前に異空間への門が開く。



「受け取れッ!」



拓也の言った意味が分からず首を傾げる帝達。そんなこと考える間も無くゲートから何かが落ちてくる。


拓也に言われた通り、それを掴んだり、手の平に受けたり手段は違えども各自それを手に取る。



そしてそれが何かを認識した途端。皆が謎を更に加速させた。



「…………なんでシュークリーム?」



心底意味が分からないといった表情でそう言う地帝。



…というかなんでって聞くならなんで食ってんだよ…スイーツ系女子か!



心の中でとりあえずそう突っ込む拓也は満面の笑みを浮かべる。



「口止め料ね。ちなみに地帝は食ったし…クーリングオフは効かないのであしからず」



実にやっすい口止め料である。


そのままドアを開けて帰ろうとする拓也。そこに光帝が引き留める



「おい待てッ!まd」



拓也を止めようと肩に手をかけようとしたその刹那。


光帝の顔面にめり込むパイ生地。飛び散るクリーム。



「ん?なんだって?……ふむ…『シュークリーム美味しいれすぅ』そうかそれはよかった」


「ッ貴様!!」



「ッちょウェイウェイ!落ち着け!ハウス!光帝ハウスッ!!」



いきなりシュークリームをぶつけられキレる光帝。まぁ当然だろう。


怒りに任せ放たれた拳は空を切る。


立て続けに攻撃する光帝だが、その拳は拓也には当たらない。まるで舞い落ちる木の葉のようにスルリスルリとかわす拓也。


光帝はやはり先ほどの試合では手を抜かれていたと実感し、悔しさから歯を食いしばる



「なに?お前だけパイ生地なのが気に入らんかったのか?あぁ、仲間外れが嫌だったんだね!配慮してなかったぜ!テヘペロ☆」



頓珍漢な独自の見解をして攻撃の嵐の中気持ち悪いポーズをとる拓也


更に加速するパンチの速度。


というかどう考えてもシュークリームをぶつけられたことに対してキレているのだが……まぁ拓也本人もそれをわかって弄っているのだ…



「ってお前ら止めて!このままじゃコイツ魔法使い始めるぞ!」



「あ、あぁ…そうだね」



それまで呆気にとられていた水帝はようやく光帝を止めるべく動き始める。


水帝は近くにあったパイプ椅子を掴むと、それを光帝向かってぶん投げた。



「ッ!何をする!!」



「アンタがいきなり暴れ始めるのが悪い」



「最初に手を出したのは剣帝だッ!!」



光帝の言うと通り確かに先にシュークリームアタックをした拓也が悪い。



「やられたらやり返す、確かにその通りかもしれない。

しかし光帝よ、憎しみの連鎖は誰かが断ち切らなければいけないんだ。最初のいざこざが些細なことでもそれはいずれ巨大化し、戦争に発展する。人間はそのようなことを何度も繰り返し愚かな歴史を築いてきたんだ…悲しいとは思わないか?」



拓也の謎の演説が始まる。なんか妙に納得できるのが腹が立つ。



「ガハハハ!そうだぞ光帝!まぁ大目に見ろ!!」



「うるさい炎帝!貴様は黙ってt…」



大笑いで酒を煽りながら、そういう炎帝に食って掛かる光帝。


しかし言い切る前にまた顔に何かがめり込んだ。



「あ、悪い。手が滑った」



その正体は普通のシュークリーム。一人だけ仲間外れが嫌だったと考えた拓也の優しさ……もといただの嫌がらせだ。


もちろんそんなことをして黙っているほど光帝は穏やかな性格ではない。

現に『ブチッ』と何かが千切れる音が聞こえた。



「貴様……」



顔に付着するクリームを手で拭い、ゆらりと振り返る光帝。しかしそこに目的の人物は居なかった。



「あはは~、相変わらず速いねぇ」



「畜生ッ!」



ケタケタと笑う地帝。光帝が振り返ったそこには、『速さが足りない』と書いた張り紙がドアに張り付けられていた。


悔しさから地団太を踏み、拳を握りしめる。



「全く行動が読めん奴だな」



「やっぱ面白い奴だぜ!今度一緒に飲みてぇな!!」



苦笑いをする雷帝に、嬉しそうに大笑いする炎帝。


炎帝は拓也と飲みたいと言っているが、恐らく拓也は全力で拒否するだろう。



・・・・・



「ふぅ…偉い目にあったぜ」



瞬間移動で屋上まで飛び、誰もいないことを確認するとポツリとそうこぼす。


その時…背後から何かが地面に落ちる音がした。



「い、いきなり現れないでください!」



ヤバい…誰かいたか?……



ビクリと体を震わせ、慌てて後ろを振り返る。


そこにいたのは金髪ロングの見覚えのある顔…



「なんだ、メルか…驚かせんな…」



ほんと何なんだよこいつの影の薄さ…ステルス王女とでも命名するべきかね…



メルと呼ばれたこの少女。この国の王女であるのにも関わらず学園に居るということすら知っているものは少ない。


その理由は、生来の影の薄さというのもあるが、大部分は本人の自己主張が無いという事にある。




……自己主張してんのは精々胸くらいか……



「な、何ですか!ジロジロ見て!」



同年代のそれより発達した、胸で揺れる二つの誘惑の果実を見ていたことがバレたのか、そう危惧した拓也は誤魔化そうと口を開いた。



「いや、相変わらず薄いな~と………親子共々」



この少女の父親。即ち国王も思い出し、吹き出す拓也。




「どういう意味です!?とりあえず不愉快ですわッ!!」



目の前でギャンギャン子犬のように喚く王女を眺め、ながら一応作成して置いた金髪のズラの事を思い出す。


出来栄えはそこそこ。納得のできるものだ。



薄いという意味は親子共々と言ったが、意味は違う。


そのことが分かっていないメルはまだ拓也の喚いている。とりとめがないと判断した拓也は更に話題を逸らす。



「はい、これお前のだろ?そんなことよりミシェル知らない?」



先ほど落としたと思われるポーチを拾い上げ、メルに手渡す。


それと同時にミシェルの居場所を尋ねる拓也。



「あ、ありがとうございます…恐らく教室じゃないですか?ついさっき片付けも終わったようでしたわ」




…クックック、相変わらず扱いやすい奴だ…まさに犬みたいだな



そんなことを思われているとはメルは全く知らないだろう。


そうかそうか、ありがとう。拓也はそう返しながら屋上を後にする。




あぁ、今度光帝にあったら問答無用でファイッ!!だなぁ…まぁ俺が悪いんですけど…。


それにしても結局正体バレたし…最近なんか俺秘密が漏洩することが多くないかなぁ?




ため息を一つ吐き、屋上から校舎の四階まで下り、そのまま四階の廊下を歩きながら1年Sを目指す。


この学園では、4階建ての校舎。4階が1年、3階が2年、2階が3年、1階が職員室など…そういう構造になっている。




それよりミシェルとの約束の埋め合わせどうすっかね……




何をすれば喜ぶだろう?考えても答えなど出ず、頭を悩ませる拓也。


彼は女性の扱いなど全く分からない。つまり何をすれば喜ぶかなどこれっぽっちも分からないのだ。



「セラフィムはモテるし奴に聞けば早いんだろうが…アイツなんか最近来ないし」



そう言いながら、彼と会った最後の記憶を思い出す。



確かラファエルたんにアイアンクローされて…それで天界へ強制連行だったな…

今頃拷問でも受けてるんじゃ……


…………考えるのはよそう……




そのまま足を運び、目的地に辿りつく。


昼間までの賑わいが嘘のよう、ガラリと人気のなくなった校舎内、教室内もその例外ではない。


恐らく皆、校庭で行われている後夜祭の方へ向かっているのだろう。



…ちょっと待てよ…じゃあメルの奴は……まぁ生来のボッチスキルのせいだろうな…マジで誰か誘ってやれよ…



友人の一人、ステルス王女の事を可哀想に思いながら1年Sの教室内を覗き込む。


ある人物を除き、他に誰も居ない教室。夕焼けの日が差し込み幻想的な空間になっている。


そのある人物とは拓也の探していた人物、すっかりいつも通り戻った教室の中、椅子に座り一人本を読んでいる。


拓也は心の中で王女に感謝しながら、その人物に声をかけた。



「やぁ、今日はいい天気だね」



「あ、拓也さん。もう大丈夫なんですか?」



拓也のその呼びかけより彼の存在に気がついたのか、振り返る美少女、ミシェル。


拓也に微笑みかけ、手に持っていた小説を閉じる。


拓也もミシェルの座っている近くの椅子を引き、座る。



「体の方は問題ないんだけど……」



「あぁ、先程医務室に帝さんたちが居ましたけど…その件で何かあったんですね」



「ご明察、剣帝の正体がバレた」



……やれやれだよ、まったく。と続ける拓也に苦笑いで返すミシェル。



「というか後夜祭やってるみたいだけど行かなくていいのか?」



…まさかミシェルも天性のステルス能力が!?



そんなことを危惧する拓也、しかし何の心配もいらなかった。



「あの類の大騒ぎがそこまで好きではないので」



「あぁ、同志が居て嬉しいわ」



ツンとした表情でそう言ったミシェルはもう一度小説を開き、読み始める。


拓也は小説を読む彼女を一視した。


傷みが全く無く、美しい銀髪。陶器のように白い肌。幼さは残るが非常に整った顔立ち。


拓也に見つめられていることに気が付いたのか、ミシェルが顔を上げる



「なんですか?ジロジロ見て」



…そして透き通った蒼眼。



「前々から思ってたけど…綺麗な眼だな」



「い、いきなりなんですか?」



突然の拓也のその発言に狼狽し、視線を逸らすミシェル。陶器のような美しい頬が少し朱に染まったのは夕日のせいだろうか?





「いやさ、俺の故郷って基本的に皆黒髪黒目なんだよ、だから珍しくってさ」



「私は見世物じゃありません。それに拓也さんの基準で目の色が珍しいというのなら他の人も同じようなものでしょう?」



「一つ質問をしよう。知らない男がハァハァ言いながら自分の目を見つめてきたらどうする?」



「…衛兵を呼びます」



「そういうことですわ」



ケラケラと笑い、椅子に座りなおす拓也。


というかハァハァは余計だと思うのはミシェルだけでは無いだろう。



「拓也さんは楽しかったですか?学園祭」



「まぁそこそこ楽しんだかなぁ…ほとんど戦ってばっかりだったけど」



魔闘大会。ミシェルの頭に二度の敗北の記憶がスーッと駆け抜ける。


一度目は仕方ないにしても、二度目は完全に自分の実力不足。


悔しさから唇を噛む。そして口を開いた。



「拓也さんは…強いですよね」



突然の質問ともとれるその発言。拓也は何事かと思ったが、とりあえず平常運転で行くことにした。



「うん…オレ…ツヨイ」



片言でそう言う拓也に苦笑いで返すミシェル。



「…どうすれば……強くなれるんでしょうか?」



両肘を両ひざの上に付き、うなだれるような体勢でボソリとギリギリ拓也には聞こえる声量でそう漏らす。


そんな落ち込む彼女を瞳に捉える拓也。


先程と同じ、ふざけた調子で笑いかけた。



「強くなりたいか?」



「…ハァ……当たり前です」



ため息をつき、今にもこのまま地面に倒れてしまいそうな彼女。


そんな彼女を見て何を思ったのか、拓也は思いもよらない事を言い始めた。



「それなら、俺が鍛えてやろうか?」



あっけからんにそう言う拓也。ミシェルはゆっくりと顔を上げて、拓也と目を合わせる。


真っ黒で吸い込まれそうな瞳を宿した目の前の彼。


毎度のこととは言え、自分の技能、知識共に惜し気も無く他人にでも快く教えてくれる人なんてあまり居ないだろう。


「…いつも拓也さんに頼ってばかりですね……」



「買い被るなよ、俺が教えられるのは近接や魔法とかの物理的な強さだけだ」



笑顔を見せる拓也だが、物理的な強さだけと言ったのには訳がある。



…あれ以降神は来てないが…次にやるとき必ず克服しておく………



そう、人の形をし、理解できてしまう言葉を喋る者を簡単に殺めることが出来ない。それが拓也の唯一と言っていいほどの弱点。


あの時はミシェルに励まされ持ち直した拓也だが、あの時の感覚は今でも忘れていない



…いやいや、待てよ俺…命を奪うのが嫌?日々やってるじゃないか…家畜たちにとっても同じ命だろ?




「どうかしました?」



球に黙り込んで深刻な顔をする拓也に何か異変を感じたのだろう、ミシェルは俯く彼の顔を覗き込み、心配そうに見つめる



「…いや、何でもない。それよりミシェル、一つだけ聞くぞ」



「?えぇ、どうぞ」



深刻な表情は治ったものの、依然顔が真剣である。


そう前置きした拓也は、ミシェルが肯定の意を示した事を確認すると、ゆっくりと重みのある言葉を紡ぐ




「何のために強くなりたい?」



「……え」



ズッシリと腹の底に貯まるような声色、その眼差しはいつものふざけている時のそれではないことをミシェルはすぐに感じた。


ミシェルの中に強くなりたい目的はある。しかしそれが、拓也にとって強くなるものに値しない考えだとしたらどうしよう。嫌われるのではないだろうか?


焦り、うまく言葉を発することが出来ないミシェル。そんな彼女に拓也は優しく笑いかけた。



「深く考えなくていい、素直に言ってみろ」



ふわりと笑う拓也。ミシェルは恐る恐るといった感じで伏せていた目を上げ、拓也に問う。



「…笑いませんか?」



「笑わないさ」



拓也がそう約束し、ミシェルはようやく覚悟が決まる。


そして頭の中で紡いだ決意を声に乗せて発する。



「拓也さんの隣に立てるくらい強くなって…そしていつか私も拓也さんみたいに人を救えるような人になりたいです」




ミシェルが言い終えるまで、笑顔だが、真剣な表情を崩さず聞いていた拓也は大きく頷く。



「うん、合格。ちゃんと目的と意志があるならそれでいいんだ」



拓也がわざわざミシェルを試した理由。


それは目的の有無



「力ってのは恐ろしいもんだよ…たまに考えるんだ、俺は圧倒的な力と成し遂げなくちゃいけない目的を持ってここに居る。その気になれば目に見えるモノ全てを消せる力を持ってな。


そんな俺がもし『向こう側』だったら?ってさ」



ミシェルは拓也がこの世界に来た目的を思い出す。


けして遊びに来たわけではない、元居た世界での自分の人生を捨ててまである人を護りに来たのだ。


そこでミシェルの脳裏にある考えが過る。



自分と居る時間すら惜しいのではないだろうか?…彼の貴重な時間を奪ってしまっているのではないか?




……そんな忙しい彼に恋をしてしまって、彼に迷惑ではないだろうか?



少し油断すれば、零れそうになる涙を何とか抑えながら彼の話を聞く



「力は意志を持ってしっかりと自制しなくてはいけない。それが出来ない奴に力を持つ資格は無い。だがまぁ、ダークサイドの奴は始めからお断りだがな。










…………ちょ、ちょ、ちょッちょちょっと待って!にゃ、なんで泣いてんの!?」



「…え?……あ、あぁ!すみません!」



気持ち悪いほどに慌てふためく拓也挙句に舌を噛み、口を押えてうずくまる。そんな悲惨な状態の拓也にそう返し、手の甲で目元を拭うミシェル。


傍から見たら色々と誤解されそうな状況だ。



「ど、ど、どどどうしたんだよ?ミシェルらしく無いぜ!!?」



「拓也さんこそ……」



珍しくムスッとした表情のミシェル。いつもの拓也なら眼福と喜んでいるところだが、ミシェルが泣いているため、そのような落ち着きも全くと言っていいほど無い。



「何か気になること言ったかな?俺……」



「いえ、そうではなくて………もしかしたら私…拓也さんの邪魔になって……」



ミシェルが暗い表情をしながら、そう言葉を紡ぎだすが……



「そんなわけない」



拓也のその言葉によって遮られた。



いつになく真剣な声色と眼差しの拓也に、驚き固まるミシェル。


何とか口を開いて拓也に返す。



「でも…でもずっと私と居ると…何かあった時にすぐに駆けつけられないんじゃないですか?その……護らなくちゃいけない人の所へ」



「そ…それは……」



拓也の護らなくてはいけない人…それは即ちミシェルのこと。


それを知らないミシェルが、拓也が答え辛い返しをした。下手に答えられない拓也は口籠る。



じーさんからこっちの事は俺に全て委ねられている。


だが…ミシェルは自分が神に狙われていて、ましてやその原因が神に匹敵する力だと知ったらどう思うだろう…


考えるまでもない、怖いよな………でもどうすれば…



「いいんですよ、もし不都合なら私と居なくても…」



「ッ!」



そんなことを言うミシェル。拓也が顔を上げれば、今にもまた泣き出しそうな表情のミシェルが映る。


拓也はそんな表情のミシェルを見たことがない。俯いて思い切り歯を食いしばり、拳を固く握る。


一体どうするべきなのか…葛藤する拓也。ミシェルもそれきり黙ってしまい、

教室内に静寂が流れる。



いったいどれだけの時間が流れたのだろうか、それは一分なのか十分なのか、焦る拓也には分からない。


そんな時だった。その静寂を打ち破るがごとく、ミシェル無理やりに笑顔を作って口を開く。



「ごめんなさい、こんなこと言っても拓也さんを困らせちゃうだけですよね。拓也さん優しいですから」



そしてとうとうミシェルの目から溜まっていた滴が零れ落ちた。



「ミシェル…」



目の前の少女。彼女の名前をポツリと呟き、俯いた拓也。


しかしそれも一瞬、次の瞬間、それまで迷いが含まれていた瞳は打って変わり、決意の色が宿っていた。



「この世界に来て…周りには知ってるやつも居なくて……一人ぼっちだった俺を…ミシェル……お前が拾ってくれた」



しっかりとミシェルの目を見据える拓也。ミシェルも拓也の言葉を一言も聞き漏らさぬよう、泣きながらも耳を傾けた。


拓也に情けない所を見られないように…そんな意図からか、ミシェルは顔を伏せている。



拓也は気にせずに続ける。





「見ず知らずの俺に、暖かい寝床においしいご飯を提供してくれた。そして何よりミシェルが傍に居てくれて孤独じゃなかった。そのおかげで俺は自分のやるべきことに集中できた。」



変わらず俯くミシェルに拓也は続ける。嗚咽こそ漏らしていないが、静かに泣いている。



「そして俺は……その人を絶対に護る…そう天界に居た頃よりずっと強く決意した。」



…そう、俺はずっと見てきた。



「だからミシェル」



拓也は、スッと静かに膝を地面に付き跪く。そしてミシェルの顔を覗き込み……



…だから…俺は……



「俺はこの命に引き換えてもお前を護る」



真剣な顔で真実を言い放った。



「え………」



決意で引き締まった拓也の表情。今聞かされた信じられないような真実が激しくミシェルの脳内を駆け巡る。


当事者が自分。そのことでミシェルの情報処理能力は、普段より著しく低下していた。



「それって…つまり……」



「黙っててごめん…」



肯定の意を示す拓也。


震えるミシェル。当然だ、神に命を狙われている人間というのが他でもない…自分だったのだから。


苦虫を噛み潰したような表情で、申し訳なさそうに顔を背ける拓也。



…あぁ…重要なことを黙っていたなんて…俺は嫌われても当然なことをしてしまったな。



内心凄く後悔している拓也。しかし彼には仮にミシェルから絶交を言い渡されても、彼女をこれ以降も守り続ける。先の言葉通り、その思いは揺らいでなどいなかった。



「私が…?…神に……?」



「ごめん……」



涙目でオロオロとしながら震えるミシェル。そんな彼女を見てとても胸が痛む拓也。


だがこれは自分がのせいだ…そう思い、ただ謝る。拓也にはそれしかできない。



悲観的に捉える拓也。そんな彼にミシェルは同じく跪き同じ高さまで顔を持って行った。



「それじゃあ………」



ここで殴り蹴られることくらい拓也は覚悟していた。腹を括り、ミシェルの方へ向き直る。


そこには彼の予想と反し、優しく笑うミシェルの顔。


そしてこれまた拓也の予想とは反す言葉を紡ぐ。



「それじゃあ…責任もって私を護ってください」




笑顔のミシェル。いま彼女の頬を伝っている涙は、悲しみによるものではないのだろう。


予想外のミシェルの言葉に驚き、頭が混乱する拓也。



「あぁ…絶対に護る。けど…その……怒ってないのか?俺が今まで黙ってたこと…」



「なんで私が怒るんですか、もう…」



「……」



ポカーンとした表情でミシェルの目を見つめる拓也。先程までの辛そうな表情から一変。

泣いてはいるがその表情に一切の悲しみの感情は消えていた。


訳が分からないといった顔をする拓也。そんな彼にミシェルが口を開く。



「だって…拓也さんは…その……………私を護るために向こうでの自分の人生を捨ててこの世界に来てくれたんですよね?


それなら私は拓也さんに感謝しなくちゃいけない立場だと思います。怒るのなんて筋違いです。」



途中、少し顔が赤くなったミシェルだったが。今の拓也ではそんな些細な変化には気が付けない。


ミシェルは早口でそう言い切り、拓也を見つめる。



「確かに拓也さんが本当の事を言えなかった理由もわかります。拓也さんの事ですから私が怖がらないように…私の見えないところで全部一人でやろうとしたんですよね?




……自惚れですか?」



そこまで言って自分で恥ずかしくなったのか、ミシェルはそっぽを向いてしまう。



「違わない…ミシェルの言う通り……俺はそれが最善だと考えていた…」



黙っていた拓也。そこでようやく口を開く。



「だけど…ミシェルは俺が思っている以上に強かったんだな。黙ってる必要なんてなかったわけだ。」


「そうですよ、もし拓也さんに怒るとすれば秘密にして言ってくれなかったことに怒ります。そんなに信用無いですか?私」



自虐気味に笑う拓也。ミシェルもそんな軽い冗談を飛ばし、


先程までの暗い雰囲気は完全に消え去っていた。



「悪かった。これからはミシェルの事は心の底から信用も信頼もする」



笑いながら謝罪する拓也。普通の人が見れば、真剣みも全くないように見える。


しかしミシェルにはそれが本当に謝罪している事が分かっていた。


それを聞いたミシェルは、満足げに優しく微笑む




「そうです、それでいいんです。だいたい拓也さんは深読みしすぎなんです、優しすぎます」



椅子に座り直し、拓也に指をさし説教をするように拓也を見下ろす。


ちなみに拓也は空気を読んで正座である。



優しさ。ミシェルの頭の中でその単語がグルグルと回る。



優しすぎる。彼は優しすぎる。グルグルと回るキーワードは、徐々に動きを弱め、ある一転へと向かい…近づく。


そして、パズルのピースがピッタリとはまるように…彼女の中で分からなかった事の結論が出た。



ーあぁ、そうか…私は…


「私は……拓也さんの度が過ぎるくらいの優しい所に……」


「度が過ぎるくらい?」



ミシェルの言ったことを疑問形で復唱する拓也。


ミシェルは拓也と目を合わせたまま、無表情で固まった。


謎の沈黙が流れる。


しかしそれも数秒。無表情だったミシェルの顔が煙を吹き爆発した。


「ッ!///私…声にッ!?」


「あ、あぁ…そりゃもうしっかり」



真っ赤な頬にを両手当て、あたふたするミシェル。


拓也はこんな状態のミシェルは滅多に見ることが出来ない。



…何故こうなったかわからんが…この状態のミシェルを弄ると高確率で物理攻撃or魔法攻撃されるからなぁ…今回は教室内だし自重しよう…うん。



これまでの経験からそう判断し、大人しくミシェルに聞かれたことだけを回答し、正座を継続し続ける拓也。


拓也のその予想とは反し、ミシェルは魔武器を呼び出す。そして杖の下半分、つまり細い方を握りしめた。



「今なら…まだ記憶を……」


「ッちょ!!ストップストップ!俺今日は弄ってないじゃんッ!?」



結局こうなるのかよ!!もうヤダ何なのこの理不尽ッ!!



ミシェルはきっと最後まで聞かれたと勘違いしているのだろう。


その為拓也の記憶の一部を消し飛ばすべく、頭部を殴打するつもりなのだ。なんとバイオレンスな世界であろうか…



無慈悲に振り下ろされる木製の鈍器。本来の用途とは違えど、形状を見る限りそれは立派な鈍器に成りえる物だった。



…クッソ…こんなわけ分からんまま殴られて堪るかッ!!



拓也は初撃を何とかかわしミシェルに静止を呼びかける。



「待てミシェル!も、もちつけッ!!」



…アカン…何言ってんだ俺……




そんなことを考えている間にも二発目を準備するミシェル。


頭上に掲げられた杖…もとい木槌。


あんなものを本気で頭に振り下ろされれば意識とサヨナラバイバイすることになるだろう。


そんな理不尽な暴力に晒される拓也。二発目が振り下ろされる前に行動を起こす。



「待ってッ!お願いだから!!」



瞬時に立ち上がり、ミシェルの両手首を抑え、振り下ろせないようにしたのだ。


必然的に近くなる顔。



「ッ!///」



ミシェルは羞恥からいち早く鈍器を振り下ろそうとするが、拓也の力の前にはビクともしない。



とりあえず安全を確保した拓也は少し落ち着きを取り戻し、話し合いをするべく口を開いた。



「俺の度が過ぎるほど優しい所に?それがどうしたんだ?確かに俺は優しい。優しいイケメンだ」



ミシェルが言っていたことの復唱。


だいぶ拓也自身容姿の改変されてはいるが、その言葉は、ミシェルの熱暴走している思考回路を正常に戻すには十分すぎる情報が入っていた。



「(最後まで言ってなかったッ!!)」



心の中でほっと胸を撫で下ろしたミシェル。煮え切っていた頭は元通りになり、いつも通りの思考が可能になった。


しかし朱に染まった顔は簡単には元に戻ってくれない。


目の前には拓也の顔。照れくさくなり、フイッと顔を逸らす。



「イケメンではないですね」


「絶対言ってくると思った」



…顔を逸らしたまま、先の拓也の発言を否定する。


拓也は拓也で何やら楽しそうだ。



「それで?優しい俺がどうしたって?」



「気にしないでください」



「…詮索は良くないな、うん」



先程の話題を蒸し返すようにそういう拓也。しかし冷静さを取り戻したミシェルはぶっきらぼうにそう返す。


拓也もまた攻撃されるのは嫌だからか、意外とあっさり引く。



「では私は先に帰ります、夕飯の支度をしないといけないので」



踵を返し、教室のドアへ向かって歩き出したミシェル。



「(私は…拓也さんの優しい所に惚れちゃったんですね)」



ミシェルは嬉しくあった。


理由は何にしろ、彼を好きになった理由が分かった。


同時に少し怖くもあった。自分が神に狙われる存在だと知ったからだろう。


しかしそれも大した恐怖ではなかった。


拓也が命を掛けて護ると誓ってくれたからだろうか?







「(いや……それ以上に)」



ーそれ以上にこれからも拓也と一緒に居られることが嬉しい。


ミシェル自身が敵のターゲットなら拓也は彼女から離れることはないだろう。きっとこれからもあの家に居てくれる。


つまり、嬉しさが恐怖に勝ったのだ。


案外簡単に出た結論。それをそっと胸の中に仕舞う。



「ずっと…」



後ろに居るであろう拓也には聞こえない声量でポツリとつぶやくミシェル。


嬉しそうな笑顔と共に、今晩のメニューを考える。



「なに笑ってんだ?」



いつの間にか横に移動していた拓也。驚き、身体をびくりと震わせるミシェル。今の発言は聞かれていないようだ。


そこで彼女から話しかける。



「拓也さんは後夜祭行かないんですか?」


「めんどくさい、俺もミシェルと同じくあの類の大騒ぎは好きじゃないんだ」



心底めんどくさそうにそういう拓也。その顔は何か嫌なことを思い出している時のモノだ。


続けてムカつくニヤけ顔を作り、ミシェルの方へ体を向け、思い出すように指をピンと立てる。


「それにミシェルを一人で帰らせるとまた拉致られそうだしね!」



「…」


それに対し無言のミシェル。



…マズい…滑ったかな?


一体どんな罵声絶後が飛んでくるんだ…?



そう危惧する拓也。ミシェルは拓也にいつもの無表情に近いクールな顔のまま向き直る。


綺麗な銀色の髪が揺れる。



「あら、優しいですね」



次の瞬間拓也の目に飛び込んだのは、フワッとした笑顔。


まるで天使のような美しさ。


拓也が少しドキッとしたのは言うまでもないだろう。



「…せやな、俺は優しいイケメンだからな」



「イケメンは余計ですね、自惚れはよくないですよ」



拓也の心を抉らんとばかりの毒を吐くミシェル。


内心拓也が喜んでいるなんてことは知らない方が幸せなのだろう。



「…じゃあ優しいフツメン?」



「そうですね…それが正しいんじゃないですか?」



顎に指を当て、他に適切な回答が探せなかったミシェルは、拓也にそう言う。



「現実とは悲しいものだな……悲しいと言えばカマキリの雄って超悲しいよな」



取り止めのないやり取りを繰り返しながら帰路につく。


そんなこんなで学園祭は終わりを迎えたのだった。


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