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短編集

賢者になったキジはしゃべるらしい

作者: さばみそに

 それは高1の夏休み。いろいろと心に傷を負ったわたしは夏休みに自然の中で癒されるといいという両親のすすめにより祖父母の家へ預けられることとなったのである。正直に言ってわたしはのりのりで田舎へ向かった。田舎へ行けばなにもしなくていい。祖父母は口うるさいことはなにも言わない。一日中寝ていたっていいのだ。宿題の事はあとで考える。

 つまるところわたしは背後に山、正面に海をそなえた田舎に建つ日本家屋の縁側で扇風機を独り占めしながら昼寝をむさぼるという最高の夏休みを過ごしていたのである。


 昼寝から目覚めたらお腹の上にキジが居た。


 読者の皆様は唐突に何が起きたのかわからないだろうが安心してほしい。わたしもわからない。

 全身を深い緑色の毛で包み、顔周りを赤く染めたオスのキジは、寝ているわたしのお腹に座り込みこちらを見つめていた。


「たかね」


 そして私の名前を呼ぶのだ。キジがしゃべった。


「たかね、私のことを覚えているだろうか」


 キジが流ちょうな日本語でまたしゃべった。

 ところでわたしの覚えている限りではキジの知り合いはいないはずである。キジはわたしの沈黙を否定ととったのか少し落ち込んだように視線を下へ向けた。たぶん、落ち込んだのだと思う。キジの表情を読み取るスキルをわたしは持ち合わせていない。


「致し方ない、あれはたかねが幼子の頃、覚えていないのも無理はなかろう」


 声の感じも落ち込んでいるので、キジが落ち込んでいることは間違いないだろう。わたしはようやく、はあと一言発することができた。キジが顔を上げてこちらを見た。反応をもらえたのが嬉しかったのかもしれない。ただそのまんまると見開かれた目に見つめられると不安しかないのでできれば見ないでほしい。


「話そう、あれはそう、10年も前の事」


 キジは語りだした。はあ、10年前とあいづちをうっておく。どうでもいいけどお腹が熱いので語るなら降りてやってくれないだろうか。しかしわたしはそれを声に出して訴えたりをしなかったのでキジはやはりそのまま語り始める。語るキジの表情をわたしは語りたいのだがいかんせんキジの表情を読み取るスキルをわたしはやはり持ち合わせていなかったのだった。


 キジは語った。10年前、巣立って間もないキジは収穫を終えた田んぼに残る稲をついばんでいたのだという。巣立ったばかりで未熟だったせいか、とキジは己に対する反省を見せながら次の言葉を継いだ。キジはどこからともなく投石され傷ついたのだという。

 ということはこのキジは10年は生きているということ。人間に換算すればかなりの年だろう。通りで日本人ながらローマ皇帝を演じきったミュージカルスターのような声をしている。いや、それともこの声は某アニメ映画の白い狼だろうか。


「はあ、それは、大変でしたね」

「そう言ってくれるか」


 月並みな慰めの言葉をキジにかけるとキジはいたく感動したと思われるような言葉を返してきた。


「たかねは優しい、変わらぬ」


 キジはそう言って語りを再開した。

 投石され傷ついたキジを救ったのは一人の老婆だったという。頭を打ち体の自由がきかないキジは老婆に労わられ、優しく持ち上げられたのだそう。キジの意識はそこで途切れたという。


「目が覚めた時視界に飛び込んできたのはたかね、そなただった」


 そなた。

 このキジいつの時代のキジだろう。あ、10年前に巣立ったと言っていた。キジは1年と経たず巣立つので10年ほど前のキジだ。キジは相変わらずわたしのお腹の上で感情の読めないまんまるした目でわたしを見つめる。そういえばそんなこともあったかもしれない。しかし10年前というとわたしは5,6歳のころである。そんなころのことはっきりと覚えているものか。

 キジは語る。だいじょうぶかと自分を覗き込むくりくりした目にくぎ付けになってしまったこと。それから一晩中寄り添ってくれたわたしをいつしか愛おしいと思い始めたこと。キジとはいえそんなことを言われては少し照れる。


「しかしそなたはすぐに去った、人の言葉を話すことなどできなかった若い私はそなたに何も伝えることができなかった」


 うん、キジがしゃべっていたらわたしとてそんな強烈な出来事は記憶に刻み込まれているはずである。

 その後何度かわたしを見かけたとキジは言う。しかし田んぼで鳴けども鳴けどもわたしには何も伝わらず、いつもわたしは去って行ったと、キジは頭を垂れた。そういえば祖父母の家に来た時はいつもキジがうるさかった思い出がある。幼いころはキジが鳴いてるとむじゃきにはしゃいだものだが、中学生になり、ものの道理が分かり始めたころからはいつ地元の猟友会に依頼できるかと真剣に考えたものである。そのたびにばあちゃんは、もう少し太るまで待てと言った。ばあちゃんのもう少しは3年も続いたのだった。

 ああ、少しずつ思い出してきたかもしれない。あのキジがこんなにもまるまると太ったのだろうか。ばあちゃん、そろそろいいんじゃないだろうか。猟友会に連絡取るのってどうしたらいいんだっけ。


「気が付けば10年もの歳月が経っていた」


 しかしここまで大きくなってはもはや老鳥、肉質も固くなってしまっているだろうか。老いた猪は肉もそうだが油も固い。獣臭さもひとしおである。まあ、あの固くなった油はそれはそれでわたしは好きなのだけど。キジはどうだろう。


「私はついにそなたへ想いを告げることなく寿命を迎えた」


 キジの言葉に、わたしはキジの寿命は10年ほどだったかということを思いだしていた。やはりこのキジは老鳥である。圧力鍋で煮込めばまあ柔らかくなるだろうか。


「何の因果か、私が力果てたのはある地蔵尊の前であった」


 キジ肉といったらやはりすき焼きだと思う。


「地蔵尊の前で体を横たえていると私はなにやらあたたかい光に包まれた、そして力果てたと思っていた私は不思議なことにもう一度目を覚ましたのだ」


 でもどうしよう、白菜は季節ではない。


「人の言葉を、話せるようになって」

「あっはい」


 ぐ、とお腹を強く踏まれてようやくキジの話を聞いていなかったことに気が付いた。キジが真剣な目でわたしを見ている。いや、再三言うがキジの表情を読み取るスキルをわたしは持ち合わせていないのでたぶんなのだけれど。


「これも地蔵尊の慈悲、今こそ伝えよう、たかねよ」

「はあ」


 どうでもいいのだけれど強く踏まれたところが痛いんでやめてもらえませんかね。しかしわたしはそれを口にしないのでキジには伝わらない。

 キジはわたしのお腹の上で頭を垂れた。尾羽がばらと扇状に開かれるさまは貧相なクジャクのようだった。


「私と同じ墓に入ってくれ」

「えっ嫌です」


 キジの求婚をわたしはけんもほろろに断った。

 キジは体勢をそのままに数秒沈黙すると、もう一度同じ言葉を言った。何度言われても嫌です、と返すがキジはやはり同じ体勢で同じ言葉を繰り返す。そのたびわたしもけんもほろろな答えを繰り返すはめになった。

 何度も繰り返すうちに、少しだけキジがかわいそうになってきた。


「せめてマンガみたいにイケメン擬人化でもしてきてくれたら揺らいだんですけど」


 ついフォローするようなことを言ってしまった。キジはそれでも垂れた頭を上げない。


「異種間恋愛においてそれは野暮というもの」

「異種間恋愛」


 思いがけずキジのボキャブラリーが豊富だ。なんでこのキジそんな言葉知ってるんだ。さっきのまわりくどい求婚の言葉といいまさか誰かこのキジに入れ知恵したのでは。そもそもわたしはキジと異種間恋愛する気は無いのだけれど、とキジに伝えてもキジは垂れた頭を上げようとしないし、貧相なクジャクの真似もやめない。


「ヨネゾウは私に言った、たかねはまず断るだろうと」

「ヨネゾウ」


 どうやらヨネゾウというのがキジに入れ知恵をした犯人らしい。誰だ、この集落にそういう名前の人は居ただろうか。いや、知らない。わたしは近所のお年寄りは苗字しか知らないのだ。


「しかし諦めるなと、諦めなければ道は開ける、諦めたらそこで試合終了なのだとそうも言った」


 ヨネゾウは名前の割にずいぶんと若者文化に精通しているらしい。その割に求婚の言葉のチョイスは古かった。さては自分が使ったセリフを貸し与えたな。


「どうだろうたかね、私と友達から初めてくれぬか」

「はあ」


 正直に言ってキジと友達もだいぶハードルは高い。しゃべるキジとなればなおさらだ。なんだったら知り合いでさえいたくない。嫌ですと再びけんもほろろに断るとキジは数秒の沈黙の後また同じ言葉を繰り返した。たぶんわたしが、そういわれても嫌ですと言えばまた先ほどと同じようなことを繰り返すことになるのだろう。そしてまたわたしは少しだけキジがかわいそうになってくるのだった。


「はあ、まあ、そこまで言うんなら、どうせ友達から進展する気もないですし、友達ぐらいならなってあげてもいいですよ」


 キジに同情したわたしはついそんなことを言っていた。

 キジがついに垂れていた頭を上げた。尾羽がそっとひとつにまとまるのも見えた。


「たかね、そなたはやはり優しい」

「はあ」

「いずれその優しさに私は傷つくのだろうが、そんなことは今はどうでもよい、私とたかねは今此の時より友達だ」


 そしてキジはついにわたしのお腹の上から降りた。わたしは自由だ。自由を手に入れたわたしはさっそく体を起こしてあぐらをかいた。先ほどまでキジに見下ろされていたせいか、キジを見下ろす光景は新鮮だった。それにお腹の苦しさがとれたせいか先ほどよりも少しだけキジに興味がわいた。


「ひとつ聞いていいですか」

「ふむ、答えられることなら」

「10年も生きてて子ども居ないんですか」


 キジは沈黙した。2秒、3秒。ついにキジは10秒間沈黙したままだった。


「私は」


 キジが沈黙を破る。


「たかねとの子を為すまで、誰とも、交わらぬと」


 わたしはなんとなく察した。キジは魔法使いなのである。否、一度死んでいるらしいからもしかしたら、なんだっけ、賢者かもしれない。


「なんかすいませんでした」

「何を謝る」

「いやなんか」


 たぶんキジは賢者のままいつか二度目の死を迎えるのだろうなと思うとなんかすいませんでした。


「あっ昨日のスイカまだ残ってるんで、食べますか」

「気遣うなたかね」


 キジはほろろを打った。うるさい。


「私たちはいまだ友達ゆえ長居するのは失礼であろ、今日のところは帰ろう」


 キジはこちらを見ないでそう言った。たぶんまだ傷ついてる。ごめんて。

 キジはこちらに背を向けて縁側のへりまで歩いていくと、そこで立ち止まって首だけこちらに向けた。


 キジの目の中で、なにか半透明の膜のようなものがしゅっと横切った。なんだいまの。

 結局それがなにかわからないまま、キジは飛び立った。力強い羽ばたきで飛び立ったキジの姿は間もなく見えなくなった。お腹のあたりがスースーする、と思い己の腹部分に目をやるとティーシャツが破れていた。これぜったいキジの足のせいだ。猟友会に連絡を取ろう。



 その日の夕飯の席で猟友会の話を切り出そうと思ったら、先に話題を提供したのはじいちゃんだった。


「たかねちゃん、昼間キジが来たろ、どうやった?」

「じいちゃん、どうとは」

「一緒の墓に入るか?」


 ご飯を丸のみしてしまった。


「異種間恋愛はやっとんのやろ?たかねちゃんも一回はやってみ、ひと夏の恋、あばんちゅーるやと思って」

「異種間恋愛」


 麦茶を流し込みながらわたしは思い出していた。じいちゃんは次男だけど米三という名前だった。敵は本能寺に居た。あとじいちゃん異種間恋愛がはやってるってそれどこ情報だ。おそらくじいちゃんはマリオネットに過ぎないのだろう、キジに相談を受け入れ知恵したじいちゃんにさらに入れ知恵した黒幕がいるはずである。そういえば、じいちゃんは近頃覚えたてのインターネットにはまっていると聞いた。目の前に本物の知恵袋が居るというのにじいちゃんたらそんなものに頼って。あとあばんちゅーるは言いたかっただけだろじいちゃん。


「もうじいさん、たかねちゃん困っとるやろ」


 見かねた知恵袋が助け舟を出してくれた。


「こういうのは若い2人に任せて、わたしら年寄りは野暮いわんもんや」


 とんでもない泥船だった。ばあちゃんの顔は完全におせっかいな仲人おばちゃんのそれである。それとばあちゃん、わたしは若いがキジは若くない。

 このまま本能寺に居ては炎上の末自害に追い込まれることを悟ったわたしはたくあんを一切れ口に放り込むと茶碗のご飯をかっこみんだ。それらを乱暴に噛み砕きながら自分の使った食器をかき集め、ごちそうさまとなんとか発音し立ち上がる。逃げるように食器を流しに置きに行き、それから祖父母の家で自分に割り当てられた部屋へ戻った。噛み砕いたたくあんとご飯はその道中にきちんと飲み込んだ。



 部屋で万年床に寝転びながらわたしはひとり不思議をかみしめていた。祖父母はなぜ異種間恋愛に寛容なのか。相手はキジだ、卵生である。胎生ならまだしもというわけではないがさすがに自然の理が違いすぎるだろう。いや、恋愛イコール結婚・出産と考えるわたしがいけないのだろうか。ただ少なくともキジは結婚・出産まで視野に入れている様子だったのでそう考えてしまうのはたぶんキジのせいだ。そういえばキジ、賢者だった。かわいそう。夏休みの間ぐらい、あばんちゅーるしてやろうか。

 そんなことを考えながら、わたしはいつのまにか眠っていた。

 

 昼寝をしたのにもかかわらずわたしはぐっすり眠った。否、夢を見ていたからぐっすりと眠っていたのではないのかもしれない。ただその夢がとても幸せな夢だったのである。

 わたしは常々大好物の梅ゼリーに埋もれたいという夢を持っていた。それをこの日、夢の中で実現したのである。見渡せば視界いっぱいの梅ゼリー。甘酸っぱい梅の芳醇な香りが一面にたちこめて息をしなくても私の鼻を刺激する。梅ゼリーの地面はぽよぽよとしたさわり心地で、少し動くと体もぽよぽよと跳ねる。はしゃぐわたしに銀色に輝くスプーンが与えられた。わたしは嬉々としてそれを地面に突き刺す。ゼリーのつるつるとした表面に差し込む最初のひとさじほどわたしに快感を与えるものはない。垂直に突き刺したスプーンを徐々に平行へとかたむけていく。そうして平行にしたスプーンを持ち上げた時の、ちゅぽという音がまたわたしを幸せにする音なのである。ゼリーの平面は見渡す限りいくらでもある。わたしは再び最初のひとさじという感動を味わうためにその平面にスプーンを突き刺した。そしてスプーンを平行にするとゆっくりと持ち上げる。


 ゼリーはけたたましい鳴き声をあげた。


 今見ていた夢はとても幸せな夢だったのである。しかし今わたしが見ているのは煌々とした蛍光灯である。耳には改造マフラーが出すような音が聞こえた。うるさい。

 目が覚めたわたしに先ほど心の隅に生まれたキジへの慈悲は無かった。わたしは体を起こし立ち上がるともともとこの部屋にあった本棚へ向かった。そこから一冊の本を探して抜き出す。わたしはそれを抱えて万年床へ戻るとそこにどっかりとあぐらをかいて座った。


 そして、『完全攻略・狩猟免許』の表紙をめくるのだった。








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