理想の成就
その日、俺達は朝から「玄関」と呼んでいるあのデカイ金庫のような扉がある部屋にいた。
「いよいよですね……」
皆藤さんが待ちきれないように体をウズウズさせながらつぶやいた。他の2人は何も言わなかったが、皆藤さんと同じようなことを考えているのは顔を見ればわかった。……きっと俺もそんな顔をしているのだろう。
「じゃあ、入れるぞ……N、1、0、8、9、4っと」
俺は扉の片隅についているシリンダーの番号を合わせていった。
シリンダーの存在はこの部屋に入れられてすぐの頃から知っていた。しかし解除コードのパターンは26×9×9×9×9×9、合計1535274通り。
考えるだけで気が遠くなっておかしくなりそうな作業だが、幸か不幸かこの牢獄にはこれぐらいしかやることがなかった。脱出のための作業であったが、ある意味「暇つぶし」という意味でもこのシリンダーは役に立っていた。
そんな暇つぶしでしかなかったシリンダーいじりが実を結んだのは3人が寝静まった昨日の夜のことだった。
カチャ、という音がすると金庫のような扉はすーっと横に動いた。俺達は開いた扉から一斉に飛び出した。
今いる位置がわからないまま、所内を探索していると、俺達が逃げ出したのに気づいたのか、白衣の男が通路の向こう側から走ってくるのが見えた。
錦戸さんは男の姿に気づくと、すぐに巻きつきにかかった。男は飛びついてきた錦戸さんを振り払おうと即座に胴体を掴んだが、その手は俺と皆藤さんの手によって解かれた。
邪魔がなくなった錦戸さんは一気に男の体を締め上げにかかった。メキメキと男の体から変な音が聞こえる。
「う、ぐわぁぁ……!」
「さぁ、解放して欲しかったら、元の体に戻るための薬の配合を教えてもらおうか?」
「だ、誰が教……」
「錦戸さーん?」
「ラジュー」
錦戸さんが締める力を強める。すると男は情けない悲鳴を上げて降参した。
俺は男の指示に従いながら、よくわからない名前の薬をフラスコの中に次々と放り込んでいた。
「すごい量だね……」
服部さんが棚に入っている大量の瓶を見ながらつぶやいた。
「さすがは悪の研究所ってとこじゃないですか? うわっ、これ合成麻薬!?」
錦戸さんが薬瓶の1つを手に取って吹き出した。ちなみに男の身柄は現在、錦戸さんの体ではなく所内にあったロープでぐるぐる巻きにしてある。締め付け過ぎて気絶されたらそれはそれで困るからだ。
そんな2人を横目で見つつ、粉末をフラスコの中に入れると今まで半透明だった液体が一瞬で緑色に変わった。
「……それで薬は完成だ」
「よし。じゃ、飲め」
俺は出来上がった薬を男に突きつけた。すると皆藤さんが慌てたように俺の肩を触った。
「な、なんでですか!?」
「だって、騙して毒薬のレシピ教えてたかもしれないじゃないか」
「あ、な、なるほど……」
理由を言うと皆藤さんはすぐに納得した。素直でよろしい。
「……飲めばいいんだろ? さっさと口に入れたらどうだ」
男がふてくされた様子で口を開いた。そこに俺は少しだけ薬を垂らした…………………………うん、毒薬ではなさそうだ。安全性を確認した俺は薬を口につけた。
するとすぐに変化が現れた。
体が熱くなっていくのと同時に、ピンと張っていた耳がシュルシュルと短くなると、頭の横側に戻り始めた。さらに膨らんでいた胸も元の形に戻っていった。
「すごい勢いだな……っ!?」
思わず漏らした声に俺は驚いた。元の低い声に戻っていたからだ。
体の熱さが引いてきたのを感じ、側に置いてあった金属板を見たところ、そこに映っていたのは男に戻った俺の姿だった。髪が短くなってないのは、約1ヶ月も髪を切らずに過ごしてきたからだろう。
「……本当に男の子だったんだ」
「本当にってなんだ、本当にって」
俺は意外そうに言う服部さんに抗議しつつ横にいた錦戸さんに薬を渡した。今の状況で間接キスとかどうとかいうバカはいなかった。
俺は3人が薬を飲んでいる間、側の応接間のような部屋にあったクローゼットから何着か上下共に拝借した。動物の姿にされた際、大抵の服がダメになっていた、もしくはその場に放置してしまったからだ。一応錦戸さんの制服上下とか俺の長ズボンとか残ってる服もあるけど。
服を着て戻ってくると人間の姿に戻りつつある3人の姿がちらりと見えた。
「ここに服置いとくぞー。裸じゃ外出れないだろ?」
「あ、ありがとうございます」
俺は応接間と研究室を繋ぐ扉を開けると、その隙間から服を置いた。約1ヶ月一緒に生活していたとはいえ、裸の女性の前で動揺しないのは無理だ。一応動物体の時は毛とか羽で覆われてたからよかったけど!
「着替え終わりましたよー」
しばらく待っていると皆藤さんの声が聞こえてきたので、俺は室内に入った。すると服を着ている人間の姿に戻った3人が笑顔を見せていた。着ている服が明らかにブカブカなのはご愛嬌だ。俺は頷くとさっき通ったばっかりの扉を指さした、
「じゃあ、さっさと出ますか。出口はあの部屋の奥にあったから」
すると男が焦ったように叫んだ。
「おい、ちょっと待て! 調合方法を教えれば縄を解く約束だっただろう!」
「ああ、約束は守るよ。……警官と一緒に来てからな」
「き、貴様っ!」
男からの罵声を浴びながら、俺達は出口へとむかった。
「ほら、早く行きましょうよ!」
皆藤さんに手を引かれつつ、俺は外に出た。久しぶりに見る日の光はまぶしくて、俺は思わず目をつぶった。
ーーー
目を開けると、そこには真っ暗な部屋の天井が見えた。
起き上がって隣を見ると皆藤さんと服部さんが心地よさそうに寝息をたてていた。
「…………夢か」
俺は再び藁の山に体を預けて、顔を覆った。あんな夢、ここに来てから一度も見たことなかったのに……。
(……あんなこと言われたからかな)
「なんでそんなに楽しそうなんですか?」あの時、錦戸さんから言われた一言は俺の頭を未だにぐるぐると回っていた。
とりあえず、あの場で自分の思っていることは話した。それについて錦戸さんも何か反論しようとはしなかった。でも、あの回答が本当に正しかったのかもわからない。
あれから錦戸さんからその話題が出てくることも無い。本人が納得したのか、こいつとは話にならないと切り捨てられたのかもわからない。
俺は起き上がると壁にむかって頭をおもいっきり打ち付けた。
「あー、ダメだ。考えるだけでおかしくなりそうだ」
痛む頭を抑えつつ、もう一度寝ようとしたその時、何かドスンという音と共に錦戸さんの悲鳴が聞こえた。
……確か寝る前、錦戸さんは「寝れないから」とか言って玄関で扉をいじくっていた気がする。ってことは……
(ちょっと待て、まだ錦戸さんが来てから2日程度しか経ってないぞ!?)
焦る気持ちを抑えつつ、2人を起こさないように俺は寝室を出て、すぐに玄関へと続く扉を開けた。
「……マジかよ」
俺は扉を開けた所で、目の前の光景が信じられず固まってしまった。
俺の足元にはスヤスヤと眠る、体の大半が牛になっている少女とそれの下敷きになって見事に気絶している錦戸さんの姿があった。




