08 連行
「魔導部隊が到着したぞ!」
遠くから響いた声に、空気が再び引き締まる。
人々がざわめきながら道を開け、揃いの外套を纏った一団が広場へと入ってきた。
ミレイユは人の背中に半分隠れながら、そっと広場をのぞいていた。
魔導部隊の到着によって騒ぎは収束に向かっているものの、場の空気はまだぴんと張りつめたままだ。揃いの外套をまとった一団の先頭に立つ人物を見つけた瞬間、ミレイユは思わず瞬きをした。
背筋の伸びた立ち姿、無駄のない足運び。噴水の前で見た、あの人だ。
(ええと、確かヴァレンティン侯爵様だったかしら)
その人物は鋭い眼光で周囲を見渡し、状況を把握するように視線を巡らせていたが、ふいにその視線が止まった。まるで狙い澄ましたかのように、ばちりと目が合う。
(気のせいよね?)
慌てて視線を逸らそうとしたものの、一拍遅れた。完全に見られている。しかも、じっと。
レオナルドの表情は変わらない。ただ、その視線には、どこか確信めいたものが混じっているように見えた。
「ヴァレンティン指揮官。例の魔導具を回収します。分析班へ回しても?」
「許可する。周囲の避難確認も忘れるな」
「了解しました」
淡々と指示を出しながらも、視線だけは一瞬も逸れない。
周囲では魔導部隊の隊員たちが一斉に動き出し、馬車の周囲を囲んで安全確認や残留魔力の測定に取りかかっていた。緊迫した声が飛び交い、誰もが役目に集中している――はずなのに、その中でただ一人、レオナルドの視線だけがどうしても外れない。
(やっぱり、気のせいじゃないよね)
彼は確かに、ミレイユの方を見ている。もしかして、逮捕されてしまうのだろうか。そう思うと、心臓が落ち着かない。
ミレイユは、できるだけ自然を装って一歩、そっと後ろへ下がった。
人混みに紛れれば、なんとかなるのではないか。そんな淡い期待が、ふと胸をよぎった。
しかし、その考えはすぐに打ち消される。レオナルドの表情が、はっきりと変わったのだ。
それまで感情を押し隠していた鋭い眼差しに、はっきりとした意志が宿る。眉が静かに寄せられ、視線が逃げ道を断つように定まった。
次の瞬間、石畳に重い足音が響く。
ずんずんと迷いのない足取りで、レオナルドはまっすぐミレイユのほうへ向かってくる。
(え、待って。こっちに来ていないかしら? 来てるわよね!?)
後ずさる余地は、もうない。人の流れに阻まれ、逃げ道は塞がれている。
「行かないでくれ」
低く抑えた声だった。叱責でも怒声でもない。どこか懇願のような声に、不思議と背筋が伸びる。
いつの間にかレオナルドがすぐ目の前に立っていた。思っていたよりもずっと近く、息遣いが分かる距離で、逃げ場を探す暇もなく視線が正面から絡む。
(……どうして、そんな顔をするのかしら)
逮捕するのが可哀想になったのだろうか。
理由が分からず戸惑うミレイユの前で、レオナルドは一瞬だけ迷う素振りを見せ、それから意を決したように手を伸ばした。
指先が、そっとミレイユの頬に触れる。
「ひえ!?」
自分でも驚くほど変な声が出た。
触れた手が思いのほか冷たく、その感触に反射的に肩が跳ねる。レオナルドの親指がゆっくりと動き、頬に残っていた煤けた跡をなぞるように拭い取っていく。その仕草は異様なほど丁寧で、まるで壊れやすい細工物を扱っているかのようだった。
「やはり、君だったか」
低く落とされた声には、疑念ではなく確信が滲んでいる。
ミレイユの背中を、ひやりとしたものが走った。
「な、何のことでしょうか」
とっさにとぼけてみたものの、声がわずかに裏返ってしまった。これは完全にバレている。
それなのに、レオナルドはなぜか、ふっと小さく笑った。
責められるのかと思えば微笑まれ、優しくされているのかと思えば視線は鋭いまま。分からないことばかりで、頭の中が追いつかない。
その混乱をよそに、彼は距離を詰めたまま、低い声で囁いた。
「ミレイユ・リーヴェル。その指先が紡ぐ奇跡を、私は片時も忘れたことはない」
胸がどくんと鳴る。この短時間で、名前まで露見してしまっている。
逃げ場を探す間もなく、レオナルドは問いかけた。
「自分が何をしたのか、分かっているね?」
一瞬だけ迷い、それからミレイユは小さく、こくりと頷いた。
その様子を見て、彼は満足したように目を細める。
「よろしい。君には聞きたいことがある。……来なさい」
その言葉に、ミレイユはしょんぼりと肩を落とした。これから、無資格の罪で連行されてしまうのだ。
「今日はこのまま戻る。後はクローヴェル副官に任せる」
「了解です。回収物と報告は私の方でまとめておきます」
レオナルドの言葉に、長い赤髪を後ろでひとつに束ねた男が一礼する。
鼻梁には落ち着いた色合いの眼鏡がかかり、その奥の瞳は常に状況を整理するような冷静さを宿していた。
「さあこちらへ。ミレイユ」
「は、はい」
けれど、ミレイユが案内されたのは厳めしい護送用の馬車ではなく、王家の紋章が刻まれた立派な馬車だった。
滞りなく馬車の中へ促され、さらに驚いたことに、レオナルド本人が何事もなかったかのように隣へ乗り込んでくる。
扉が閉まり、馬車が動き出すと、彼は涼しげな笑顔を向けてきた。
「そんな顔をしなくてもいい。悪いようにはしない」
そう言われても、状況が状況だ。
混乱がそのまま顔に出ているミレイユの横で、レオナルドは満足そうに目を細めている。
「きゅい……」
ミレイユの腕の中に収まったリュミーが、少し警戒したように身体を震わせる。いつも動き回っているのに、こんな風に縮こまっているのも珍しい。
レオナルドの視線が、ふとその白い小さな体に向けられた。
「その魔獣は、君のものか」
「は、はい。リュミーといいます。昔から、ずっと一緒にいて……」
答えながらそっと撫でると、リュミーは一瞬だけ顔を上げ、すぐにまた大人しく腕の中に収まる。
まるで周囲の気配を探るように、静かに息を潜めていた。
(これから、どうなってしまうんだろう)
ミレイユの理解が追いつかないまま、馬車は石畳を走り出したのだった。
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