06 馬車の魔導具
数日後のお昼時。
食堂は、いつも以上に賑わっていた。昼の鐘が鳴ってからというもの、客足が途切れない。皿の触れ合う音、椅子を引く音、注文を呼ぶ声が重なり合い、店内は心地よいざわめきに包まれている。
「ミレイユちゃん、次は四番にお願いねえ!」
「はい!」
今日のおすすめは、山鳥の香草焼きと星芋のローストだ。
下処理した山鳥の肉を、刻んだ香草と油で一晩なじませ、皮目をぱりっと焼き上げている。火を入れすぎないのがコツで、中はしっとり、噛むほどに旨味が広がる。
付け合わせは、じっくり焼いて甘みを引き出した星芋。肉の脂とよく合う。
香ばしい匂いが立ちのぼり、昼時の空腹を容赦なく刺激する一皿だ。
(アデラさんと試作もしたし、間違いなく美味しそう)
常連客が満足そうに頷き、新顔の客が周囲をきょろきょろと見回す。
そんなざわめきの中、奥のテーブルから少し大きな声が聞こえてきた。
「最近の魔導具は、ほんと高くなったよなあ」
「分かる。簡易点火器ひとつでも、銀貨が飛んじまう」
「魔導具の修理なんて頼んだら、下手すりゃ新品より高くなるんじゃないか?」
ため息混じりの声に、周囲がうんうんと頷く。
「安全対策だの、最新式だのって言われてもさ。庶民の懐には厳しいよ」
「結局、壊れたら買い替えろってことだろ」
そのとき、別の男が少し得意げに笑った。
「でもよ、俺んちの簡易点火器はまだ元気だぞ」
「お、珍しいな。古いやつだろ?」
「ああ。骨董品みたいな代物だけどな。半年前に修理してもらったまま、調子がいい」
「へえ」
「三年は持つって言われたからな。大事に使えば、まだまだいけるらしい」
その魔導具をちらりと見たミレイユの手がわずかに止まった。
(お父様と一緒に考えた、あの簡易点火器だわ)
その魔導具をちらりと見たミレイユの手が、わずかに止まった。
それは、父と一緒に設計した簡易点火器だった。
炎が安定するまで、何度も術式を書き直したことを思い出す。
魔力を流しすぎれば内部が早く傷み、抑えすぎれば点火が鈍くなる。そのわずかな加減を探すため、父は夜遅くまで図面を広げ、ミレイユは隣で補助計算を続けていた。
『長く使える道具ほど、人の暮らしを支えるんだ』
そう言って父は笑っていた。派手な機能はないが、無理のない構造で、壊れにくく、使う人の手に自然と馴染む。あの点火器には、父の考え方がそのまま込められている。
(こうして、大切にしてくれている人もいるんだ)
知らない誰かの生活の中で、今も変わらず役に立っている。
それが嬉しくて、ミレイユは小さく息を吐く。
――ギィィィィン!
その瞬間、店の外から耳に残る金属音が響いた。
高く、鋭く、耳の奥をなぞるような不快な音だった。
「今の、なんだ?」
「外で何か起きたのか?」
にぎわっていた食堂の空気が一気に強張り、客たちが言葉を失って顔を見合わせる。遅れて悲鳴が上がり、椅子を引きずる音が重なった。
「あっ、ミレイユちゃん!?」
ミレイユは迷わず外へ駆け出していた。だって、知っている。
あれは、魔導具が暴走する直前の音だ。
魔力の流れが歪み、術式が均衡を失い始めたときにだけ生じる、あの音。
父の研究室で、何度も耳にしてきた。実験を止める合図として、必ず最初に響いていた警告音なのだ。
(またどこかで、魔導具が爆発してしまうのかもしれない)
先日の噴水事故を思い出しながら外に出ると、広場に止められたひときわ立派な馬車に目が止まった。
その荷台に積まれた大型の魔導具が、不自然に膨らんでいるのが見て取れる。
術式の循環が崩れ、制御を失いかけている。
「新作の温度調整魔導具だって言っていたじゃない!」
「自慢するつもりだったのに、どうしてこんなことに……!」
甲高い声が重なり、通りの視線が一斉に馬車へ向いた。
豪奢な装飾を施した立派な馬車の脇で、血相を変えて叫んでいるのは、以前噴水の前でミレイユに絡んできた令嬢たちだった。
そのとき、馬車の扉の内側から、くぐもった悲鳴が聞こえる。
「た、助けて……! 動けませんの!」
見ると、もう一人の令嬢が馬車から降りられずにいる。
左右に結った髪が、馬車の側面を飾る金属細工に絡まってしまっていた。
必死にもがくたびに結い上げた髪がきしりと引きつれ、痛みに顔を歪めている。
「お前、何をしているの! 早く助けなさい!」
外にいる令嬢が従者に向かって叫ぶ。
「ア、アマーリエ様……」
「ダメだ! 危険すぎる!」
だが、従者たちは足を止めたまま、近づこうとしない。
馬車の後部、荷台に据え付けられた大型の魔導具が、不気味に脈打っているのが誰の目にも分かるからだ。
金属の外殻が内側から押し広げられるように歪み、表面の術式が赤く明滅している。膨張に耐えきれず、継ぎ目から魔力の火花が散った。
それに反応するように、馬が高くいななき、前脚を踏み鳴らして暴れ出す。御者が必死に手綱を引くが、馬は恐怖に煽られて制御を失いかけていた。
「近づくな! 爆発するかもしれないぞ!」
「下がれ、下がれ!」
「魔導部隊には誰か連絡したのか!?」
周囲の人々は恐怖に顔をこわばらせ、声も出せないまま距離を取っていく。誰もが本能的に危険を察し、通りの中央には不自然な空白だけが残された。
その中心にあるのは、暴れ出した馬車と、そこから降りられずにもがく令嬢の姿だった。
絡まった髪を引きはがそうと、震える指で金属飾りに触れるが、うまく力が入らない。息は荒く、視線は定まらず、助けを求めるように何度も周囲を見回す。
恐怖に耐えきれず、喉の奥から絞り出すような声が漏れた。
「おっ、お父様……お母様あ……」
震えた呼び声は、混乱に満ちた通りの中で、ひどくか細く響いた。それでも、誰も近づけずにいる。
膨らみ続ける魔導具から、再びあの高い異音が漏れ出す。
金属が悲鳴を上げるような、魔力が限界に達しつつある音だ。
その様子を見た瞬間、ミレイユの背筋に冷たいものが走った。このままでは、魔導部隊の到着まで持たないかもしれない。




