11 取り調べ
その後の食事は、拍子抜けするほど穏やかなものだった。
用意されていた料理はどれもやさしい味付けで、胃にすっと入ってくるものばかりで、気づけばミレイユは箸を止めることも忘れて夢中になっていた。
緊張していたはずなのに、一口ごとに肩の力が抜けていき、気がつけばリュミーと一緒にすっかり落ち着いて食卓を囲んでいた。
(好きなものばかりだわ)
ふわりと焼き上げられた卵料理も、温かなスープも、どこか懐かしい味がする。
気づいた瞬間、慌てて姿勢を正したが、レオナルドは特に指摘することもなく、静かに食事を進めているだけだった。
あまりにも自然な時間で、かえって現実感が薄れる。
そうして食事を終えたあと、「続きは執務室で」と案内され、今に至る。
(いよいよ取り調べが始まるのね)
執務室は客間とはまた違い、整然とした静けさに満ちていた。
壁一面の書架には文献が隙間なく並び、机の上も無駄なく整理されている。実務の場であることが一目で分かる空間だった。
「ミレイユ、こちらに」
「はい」
レオナルドに促されるままに向かいの椅子に腰を下ろしながら、ミレイユはそっと息を整える。
先ほどまでの穏やかな食事の空気とは打って変わり、レオナルドの瞳には広場で見かけたときのような剣呑な光が宿っている。
「まず確認させてほしい」
落ち着いた声が、静かな室内にすっと通る。
「君は、ミレイユ。リーヴェル卿のご息女で間違いないね」
「はい。間違いありません」
ミレイユは素直に頷く。
そして、処分内容が告げられるのをじっと待った。
「テオール先生には、私も随分と世話になったんだ」
その声音には、納得と同時に、どこか懐かしむような響きが混じっていた。
「え……?」
予想外のことに、床を見つめていたミレイユは思わず顔を上げる。
まさかレオナルドが父のことを知っているとは思わなかった。でも、それは事故の影響なのかもしれない。
父の起こしたとされる事故は、連日のように新聞に取り上げられ、歪んだ噂と一緒に広まっていったのだから。
(……どこまで、ご存じなのかしら)
無意識に指先に力がこもる。名を出された以上、次に続くのは評価だろう。
世間と同じように、軽率だったとか判断を誤ったとか、そういう言葉が来るのではないかと、身構えてしまう自分がいた。
自然と背筋が伸び、膝の上で重ねた手が静かに固くなる。
レオナルドは椅子の背に軽く身を預け、声音をさらにやわらげて続けた。
「私は、テオール先生を心から尊敬している。ちょうど事故の時、国を離れていたことが悔やまれる。先生は、そんなミスは犯さないはずだ」
その言葉は驚くほど静かで、けれど揺るぎのない確信を帯びていた。
ミレイユは一瞬だけ言葉を失い、それから小さく息を吸う。
「……わたしも、そう思います」
ためらいはあった。それでも、嘘はつけなかった。
父の術式を誰より近くで見てきた自分だからこそ、軽率な失敗をするとはどうしても思えないのだ。
「先生は今どうしている?」
「伯父様のところに身を寄せています。まだ意識が戻らなくて」
「そうか……」
レオナルドはゆっくりと頷き、視線を外さずに続ける。
「まずは、君の昨日の行動についても確認しておこう。君は、暴走しかけた魔導具に付与術で干渉したね」
「……はい」
ミレイユは背筋を伸ばした。いよいよ、この時が来た。
逃げても意味はないと分かっている。
「どんな処分になるのでしょうか」
声は思ったよりも落ち着いていた。
けれど膝の上で重ねた手には、わずかに力がこもっている。
レオナルドはその様子をしばらく静かに見ていたが、やがて指を軽く組んだ。
「結論から言おう。無資格者による魔導具への直接干渉は、本来であれば違法だ」
「……っ」
やはり、と思う。
背中がじわりと強張る。
「ただし」
穏やかな声音のまま、言葉が続く。
「資格者の正式な監督下における研究補助行為は、その限りではない。特に貴族家の認可研究や、魔導部隊の管轄案件においては例外規定が存在する」
ミレイユは目を瞬かせた。
「例外、ですか……?」
「ああ。魔導具は危険性が高い。だからこそ無資格者の独断行使は禁じられている。だが同時に、才能ある補助者を完全に排除していては研究が進まないという現実もある」
淡々とした説明は、感情よりも理屈を優先したものだった。
いかにも彼らしい、整った論理だ。
「監督責任者が明確であり、その人物がすべての結果に責任を負う場合、補助者の術式行使は違法修理ではなく監督下の研究補助として記録される」
そこで、レオナルドはわずかに身を乗り出した。
「君が確たる後ろ盾の下に入れば、君の行為は罪にはならない」
「ほ、本当ですか!?」
ミレイユは思わず前のめりになった。椅子が小さく軋む。
そうだ。リーヴェル家にいるとき、ミレイユは父の弟子として過ごしていた。それはあのルシアンやレオニーも同じだ。
「わたし、働けなくなると本当に困るんです。父の療養費も必要ですし、収入が途絶えると生活が……! なんでも仰ってください!」
勢いよく身を乗り出したミレイユを見て、レオナルドは一瞬だけ目を丸くし、それから軽く咳払いをする。




