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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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夢からの追悼

 ミモザが魔獣小屋へ遊びに来るようになって、トレーは面倒ごとが増えたと思った。


 自分の管轄する場所でミモザに何かあれば物理的に首が飛ぶ。


 だが、だからと言ってミモザをきつく叱り魔獣小屋から追い払うことも許されない。


 汚い淫売ウサギがミモザに干渉すること自体、罪だからだ。


 そのためトレーはミモザに危険が及ばないよう彼女を見守って、後は適当に放置していた。


 魔獣に餌をやりたいなら勝手に与えればいい。


 毛を撫でたいならすればいい。


 魔獣たちには「俺のためにお嬢様を傷つけないでくれ」と頼み込んでおいたし、彼らも純粋でかわいらしい生き物を好んだのでトレーが何か言うまでも無くミモザに危害を加えるつもりはなかった。


 日常的に面倒な性質を持つ魔獣たちを家族として受け入れ、慈しんできたトレーだ。


 一日に数時間だけ遊びに来る女の子の世話をする程度、造作もなかった。


 だから、面倒ごとが増えただけだと思っていた。


 しかし、そこにベルテが加わった時、トレーは厄災が起こったと思った。


 いつもひっそりと魔獣と戯れるだけだったミモザが急速に活発になり、魔獣小屋の外も中も自由に駆け回ってベルテを連れ回すようになったからだ。


 一人の時は言いつけを守って戦闘型魔獣には近寄らなかったのに、二人になれば気も大きくなり危険な魔獣の元へも赴く。


 当時はまだ魔獣小屋がきちんと整備されていなかったから、トレーは手製の柵で魔獣たちの住処を分けて、工夫しながら生活をしていた。


 しかし、たかが十歳ほどの子どもが作った柵は簡単に壊れたし、穴だらけで小柄な者であればだれでも簡単に中へ潜り込めてしまう。


 二人が高潔でベリア嫌いなユニコーンの巣で眠っていたのを見た時には血の気が引いたものだ。


 お転婆と化したミモザと冒険心が強いベルテの組み合わせは最凶で、子守りの労力は三倍にも四倍にも膨れ上がる。


 ベルテが増えるということは、単にトレーが面倒を見なければならない子供が一人増えるということにはならなかった。


 そのため、初めの頃トレーはベルテの馬車がやってくると頭を抱えていた。


 しかし、トレーは二人が魔獣小屋に来ていることを他の人間に告げ口するような真似はしなかった。


 それどころか場合によっては二人をかくまい、使用人たちから庇っていた。


 それはトレーが使用人らを一切信用していなかったために相談や報告をするという発想がなかったためであり、また、どんなに迷惑に思っていたとしても幼い子ども二人が手酷く折檻されるのは可哀想だと考えていたからだ。


 それに、トレーは二人から聞こえてくる笑い声が嫌いではなかった。


 遊びの延長で自分を手伝おうとしてくれる姿だって微笑ましかった。


 だから、トレーはどんなに頭や胃を痛めても二人を魔獣小屋から追い返したりしなかった。


 日々、仕事をこなしてミモザたちの様子をハラハラしながら見守った。


 だが、トレーは二人をよく観察する反面、自分から関り合うことはなかった。


 表面上、無関心だった日々が終わったのはある夏のこと。


 ミモザたちがサリアを拾ってきた時だった。



 トレーがほんの少し二人から目を離した昼下がり。


 ミモザとベルテは森の中で罠にかかって怪我をしているサリアを見つけた。


 ベルテが罠をこじ開けてサリアを救い出し、ミモザがハンカチで傷を塞いで手当てしようとする。


 しかし、幼い彼女らでは手負いの魔獣を上手く扱えず、反対に怪我をさせられそうになる始末だ。


 今の自分たちではサリアを助けられない。


 迷った二人が頼ったのはトレーだった。


「いたそうなの。足からすごくちがでてて、ギザギザのこわいのが足についてたの。この子しんじゃう! トレー、おねがい! たすけて!」


 ミモザは泣きながら懇願し、ベルテも目に涙を溜めながら頭を下げた。


 魔獣のために貴族が二人、深々と頭を下げたこと。


 その衝撃はトレーにとって何よりも大きく、しばらく二人の姿が脳に焼き付いていた。


 トレーは少しも考えること無く、首を縦に振った。


 まずはユニコーンに傷口と身体を浄化してもらって清潔な包帯を巻く。


 それからトレーは自身の小屋の一角に簡易的な巣をつくり、サリアを安静にさせた。


 サリアはまだ子であり、ユニコーンの力で傷を治すと体に大きな負荷がかかってしまう可能性があったため、自然治癒に任せることとなったのだ。


 日々サリアを世話するのはトレーだ。


 魔獣使いであるし、自身が救助に関わった以上、サリアの世話は当然に自分がするものだと考えていた。


 いくら普段から好んで魔獣と戯れていようと、怪我をした生き物の世話などという汚く手間のかかる仕事を手の綺麗な貴族の子供たちができるとは到底思っていなかった。


 だから、トレーはミモザたちの発した、


「毎日サリアをお世話しにくるね!」


 という言葉を微塵も信じていなかったし、期待もしていなかった。


 だが、トレーの予想はアッサリと覆される。


 ミモザは本当に毎日やってきて遊ぶのもそっちのけでサリアの面倒を見ていたし、ベルテも実家で調べた書物の知識を使って彼女を治療しようと苦心した。


 献身的で愛情深い二人の姿にトレーの中に在る何かがゴトリと動く。


 トレーは少しずつ二人に協力したいと思うようになっていった。


 だから、初めて自分から二人に声をかけて助言し、サリアの様子についても積極的に伝えた。


 サリアを通じて他愛のない会話も増え、三人の交流は段々と増えた。



 自然の生き物はたいてい生命力が高い。


 適切な治療を受けたこともあって怪我が完治するのにそう長くかからなかった。


 しかし、いくら傷がふさがり見た目が整っても元に戻っていない部分がある。


 それが体力と歩行能力だった。


 ウサギのように跳ぶどころか歩くことすらままならない。


 筋力の衰えた片足を引きずり、必死で跳び回ろうとする姿を見てトレーたちはサリアのリハビリを手伝うことにした。


「だいぶ歩けるようになったね」


 前足で体を支え、大きな後ろ足でピョコピョコと跳んで進むサリアを見てベルテが呟く。


 歩きやすい道を三人で作り、リハビリロードと名付けたその場所で運動させたからだろうか。


 確かに初めの頃に比べればぎこちなさも減り、歩みは安定していた。


 だが、大きく跳躍したり駆けたりするのには及ばない。


 ミモザの表情は渋かった。


「ちょこちょことは歩けているけれど、ピョンピョンってウサギさんみたいにはとべてないわ。サリアもさびしそう。もう少し、なんとかならないかしら」


「まあ、ユニコーンに見てもらった感じだと怪我そのものはシッカリ治っていて、骨なんかも曲がってなさそうですからね。跳べるようになるのも時間の問題だとは思いますけど」


 トレーの知識、技術はほとんど全て彼が独学で身につけたものだ。


 特に問題が無ければ魔獣の怪我や病気は全てユニコーンに癒してもらっていたから、リハビリを手伝うのは今回が初めてで正しい方法はおろか、ろくな経験すらない。


 トレーは頼りなさげに頬をポリポリと掻いて憶測を口にした。


 すると、トレーの言葉に何かをかんづいたらしいミモザがハッと顔を上げ、キラキラとした瞳で彼を見た。


「トレー! ユニコーンとお喋りできるの!?」


「え? あ、いや、違います。喋れるわけじゃありません。ただ、アイツの身振りとかで何となく言いたいことが分かる時があるだけです」


「すごい! トレーは獣人だから、そういうことができるの? ベルテも同じことできる!?」


 純真無垢な瞳をどこまでも輝かせて、今度はベルテを見る。


 しかし、ベルテは残念そうに首を横に振った。


「僕にはぜんぜん。ユニコーンの機嫌すら分からないよ」


「そうなの? じゃあ、トレーはどうしてユニコーンの言いたいことが分かるの?」


 獣人は、人間に比べれば魔獣と近い種族の生き物になる。


 そのため、獣としての血が濃く祖先に近い獣人であれば魔獣と心を通わせ、言葉ではなく瞳でコミュニケーションをとることができる。


 また、ユニコーンは魔獣の中でもかなり高位の存在だ。


 声帯等の関係で人の言葉を話すことはできないが、言語そのものへの理解は完璧に近近しい。


 そのため、ユニコーンはトレーの言葉に頷いたり首を振ったり、ジェスチャーを用いることで彼とコミュニケーションをとっていた。


 しかし、トレーはそのことを理解し、言語化できるに至っていない。


 ミモザとベルテの疑問にトレーも首を捻って返した。


「さあ、俺にもよく分かっていません。でもまあ、ユニコーンは賢い生き物ですし、俺も生まれついた頃から魔獣の世話をしていますから、魔獣使いとしての勘が働いているのかもしれません」


「それは凄いわ! そうだ、トレー! そうしたら貴方、サリアに跳び方を教えてあげられないかしら」


「跳び方?」


 キョトンとした表情のトレーの対し、ミモザは自信満々の表情でピンと人差し指を立てる。


「私ね、思うのよ。サリアの怪我が治ったのにピョンって跳べないのは跳び方を忘れちゃったからじゃないかって。でね、トレーはウサギでしょう? きっとトレーならサリアに跳び方を教えてあげられるんじゃないかしら」


 良い事を思いついたと信じてやまないミモザは無邪気に笑う。


 ベルテも、「それは思いつかなかったよ! やっぱりミモザはすごいなぁ」と素直に感心している。


 だが、トレーには子どもの柔軟な発想に感心したり、あるいは小馬鹿にしたりするような余裕はなかった。


 自分がウサギの獣人だと知られていることに動揺を隠せなかったのである。


「ミモザ様、どこで俺がウサギ獣人だって知ったんですか?」


 震える声を必死に抑えて、トレーは静かに聞いた。


 ミモザは呑気に「えっと」と独り言を溢して記憶を巡らせている。


「あんまり覚えてないんだけれどね、ずっと前にだれかが言ってたの。トレーはウサギなんだって。でも、トレーにはモフモフのお耳もフカフカの尻尾もなさそうだったから、またみんながトレーの悪口を言うために嘘をついてるんだって思ったの。でも、やっぱり本当なのね!」


 嬉しそうなミモザの表情を見て、トレーは自分の掘った墓穴に気が付いた。


 それは、情報を聞き出すために無意識に自分がウサギ獣人であることを肯定したことだった。


 トレーは仕方がなく、項垂れるように頷いた。


「そっか、トレーはウサギだったんだね。でも、だからかな。僕、トレーの近くはすごく安心する。同じ獣人だから、ホッとできたのかな」


「私もトレーの近くは好きよ。トレーはこわくないし、やさしいもの」


 子どもたち二人が無邪気に笑い合ってトレーへ好意を向ける。


 それは屋敷の使用人らのような複雑で悪辣な心の入り混じった汚い感情ではなく、魔獣の感情にすら近い純白で単調な好意だった。


 だからだろうか。


 トレーは酷く落ち込んでいたにもかかわらず素直に照れることができて、そっぽを向いた。


「別に、あんまり関係ないと思いますけど。でも、まあ、知っての通り俺は獣人なんで、ただの人よりは身体能力が高いですよ」


 トレーはその場で体の力を抜き、軽く跳躍する。


 ふわりと舞う姿は羽のように優雅でありながら力強い。


 トレーは悠々と自分の身長を跳び越した。


 しかし、高く跳んだわりに着地は静かで地面についたトレーの足先から風の波紋が広がるようだった。


 人間の身体能力をはるかに凌駕する跳躍は想像以上で、ミモザたちはすっかりトレーの姿に魅了されてしまった。


「トレー! すごい! すごい!! ぴょんぴょんウサギだ! もっとピョンってして!」


「すごいね! トレー! 狼獣人だって人間よりずっと高くとべるのに、僕、トレーよりも高くとべる人をしらないよ! トレーが一番だ!!」


 興奮した二人がピョコピョコとその場で跳び、トレーの跳躍を称賛する。


 すると、楽しそうな三人につられたらしいサリアがピョコンとその場で跳んだ。


 それはウサギらしく軽やかで、なんとも愛くるしいジャンプだった。


「わぁ! トレー! 見た!? 今、サリアがとんだよ! トレーがとび方を教えたからだよ」


「僕も見た! トレー、トレーはやっぱりすごいんだね!!」


 二人と一匹。


 その場で飛び跳ねて遊ぶのが楽しくて、サリアがジャンプできるようになったのが嬉しくて、ミモザたちはじゃれるようにトレーに抱き着いた。


 この日以降、トレーはミモザにぴょんぴょんウサギと呼ばれる日が増える。


 無邪気に、軽やかに、親しみを込めてトレーをウサギと呼ぶ。


 だが、ミモザよりも周囲の気配に聡いベルテは段々とトレーの「ウサギ」が本人にとっても周囲にとっても良くない意味をはらむことを感じ取る。


 トレーが自分の体に流れるウサギの血を嫌悪していることを知った。


 そのためベルテはトレーをウサギと呼ぶことを躊躇するようになったが、鈍感で能天気なミモザは変わらない。


 見かねたベルテがミモザを注意すべきかトレーに相談したことがあった。


 もしもトレーが気分を害するのであれば、ミモザには彼を名前で呼ぶようお願いすると言ってくれたのだ。


 しかし、トレーは少し考える間もなく首を横に振った。


 ウサギである自分を誇れるようになったわけではない。


 ただ、ミモザの口にする悪意のないウサギは嫌いじゃなくて、彼女らに接する時だけ少し自分を受け入れられた。


 むしろ、妙に気を遣われる方が嫌だった。


 だから、トレーは自分の心を気遣うベルテに、


「俺、高く跳べるでしょう。こういう身体能力とか嫌いじゃない。二人に褒められるのも悪くない。だから、あんまり気にしないでください。俺は、心配されるのとかあんまり得意じゃないんで」


 と、笑った。



 サリアがやってきてから死ぬまで。


 時間はそう長くなかったが、それまでにたくさんのことがあった。


 川に流されかけるサリアを三人で救助したこと。


 冬の山で迷子になるミモザを一生懸命、二人と一匹で探し回ったこと。


 風邪を引いたトレーの病を癒そうと二人と一匹で薬草探しに奔走したこと。


 ベルテの持ち込んだ怪談話に皆で震えたこと。


 楽しい記憶も、苦しい記憶も、怖い記憶も、温かい記憶も、様々な思い出が幼い頃の短い期間に濃縮されていて、それぞれの人生に大きな影響をもたらした。


 それは、大部分の記憶を持つトレーにも、あるいは最近まで記憶を無くしていたミモザにとっても変わらない。


 いつまでも魂の根幹となって輝いている。


 だからだろうか。


 トレーは過去を夢に見ると無意識の間に涙を流す。


 かつては起床時に酷い後悔と罪悪感にさいなまれ、目覚めは最悪だった。


 だが、今はどんなに涙を溢しても悪くない気分で身を起こす。


 胸の中には懐かしい温かさがあって、やけに頭も冴えた。


 どんな天気でも清々しい朝に感じた。


「トレー、おはよう。また悪夢を見てたの?」


 寝惚けた視界に犬井の姿が飛び込む。


 目に溜まる涙の影響で犬井の容姿はグニャリと歪み、その表情を知ることはできない。


 だが、声で自分を心配していることは伝わった。


 トレーは腕でグイっと自分の涙を拭う。


「おはよう。悪夢じゃないよ。昔の、まあ悪くない夢だ。マオは信じないけどな」


「だって、泣いてたから。それに、うなされてた。トレー、自分の体とか心のことは嘘つくから心配」


「嘘じゃねーって。確かに見た夢自体はちょっぴりよくないものだったけどさ、でも、サリアやミモザお嬢様たちも出てきたから、まあ、悪くはならなかったよ」


「そっか。それならいいけど」


 犬井はまだ半信半疑でトレーを見つめる。


 トレーは困ったように頭を掻いた。


「本当に平気なんだけどな。でも、まあ、こんな顔で言っても説得力ねーか。顔洗ってくる」


「分かった。行ってらっしゃい。私はご飯の用意をしておく」


「ありがとな。あ、そういえばさ、俺も今日はお茶会について行く予定だから。サリアのこと、ちょっと思い出した」


「そっか。ミモザ様もベルテ様も喜ぶと思う」


 トレーはニッと笑って頷くと、洗面所へ向かった。


 綺麗に顔を洗って鏡の中を覗き込む。


 そこにはかつての仏頂面で自信のなさそうな男はおらず、誇らしげに笑む自分がいた。

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