本番前の本番
貴族の見栄で作られた大きいばかりの成金教会。
権威を主張するだけで信仰心を欠片も感じられないその場所が、ミモザはあまり好きではなかった。
しかし、今日ばかりは教会の大きさに助けられた。
何せ、屋敷に在籍する数十人の使用人とゴルダやユニコーンらの一部の魔獣を一度に室内へ納めねばならなかったのだから。
使用人と魔獣の席は区切られ、多少は離されているが、それでも不安は拭えない。
使用人らは怯えと疑問を感じながら、自らを来客の席に座らせた酔狂な主の登場を待っていた。
ふと、緊張と静寂に満ちた室内にコツコツという異音が加わる。
それだけで、誰もがミモザの登場を知った。
汚れ泣き心を表す純白のドレスは美しいが、丈は使用人が裾を持って歩く必要のないほど短い。
父親どころか親族すら彼女に付き添わない道はバージンロードと呼べるのかすら怪しい。
不在の神父にミモザの持つ真っ白な花束。
リハーサルであることを理由にしても拭えぬ違和感のある異質な結婚式。
けれど、凛と歩くミモザがあまりに美しく堂々としていたから、誰も不満を溢すことはできなかった。
「皆さん、こんにちは。私はミモザ。ミモザ=ベリア。このベリア家の当主であり、貴方たちの主です」
ベリア家の誰もが知る常識をミモザはハッキリと宣言するように述べた。
ミモザはゆっくりと困惑する使用人らの顔を眺める。
その中にはトレーの姿もマリアの姿もある。
全員が真剣にミモザを見つめていた。
「皆さん、今日は急な召集にも関わらず集まってくれてありがとう。ベリア家に所属するものが誰一人欠けることなくこの場に存在すること、心から嬉しく思います」
ミモザの口調は凛として少し冷たさを感じるほど固い。
けれど、少し前までの余裕なく張りつめた小物の威厳ではなく、当主としての適切な固さだった。
「明日の式のリハーサルを行う前に、私から一つ皆さんに謝罪することがあります。トレー、いらっしゃい」
今までで考えれば、教会という神聖な場に獣人や魔獣が入り込むことすらあり得ない話だ。
だというのに、トレーという屋敷の汚物が主に呼ばれ、場の主役となろうとしている。
使用人たちの多くが激しく動揺するなか、トレーは「はい」と真っ直ぐに返事をして席を立つ。
混乱、侮蔑、憎しみ。
歩いている最中にも使用人たちの様々な感情が彼らの視線から伝わってトレーの肌を突き刺す。
しかし、トレーは不快感を表すことなく、涼しい顔でミモザの元へ向かった。
ミモザから数歩離れた場所で、トレーは歩みを止める。
二人は壇上で向き合うような姿となった。
「トレー、ありがとう」
ミモザの礼にトレーは場の空気を守って何も答えなかった。
ミモザがくるりと向きを変え、トレーから使用人らに視線を移す。
「ベリア家は長らく罪をおかしておりました。それは三代目当主から続く罪です。私たちは魔獣と共生し、友として歩む初代当主の理想、心を忘れ、魔獣や獣人を奴隷あるいはそれ以下のものとして扱ってきました」
ベリア家当主として行うには衝撃的な告白に対し、使用人の反応は様々だ。
数年前まで続いていた獣人らの処遇に思いをめぐらせ、痛ましさで目を背ける者もいれば、ミモザの意図するところが分からずいぶかしげな表情になる者もいる。
トレーのように強いたげられていた当事者である獣人たちは各々思うところがあるようで、ひゅっと息を飲んだり、あるいは疑念や怨恨をミモザにぶつけた。
教会に満ちる思考や感情は多岐にわたる。
だが、それでもほとんど全員がミモザの言葉に強い興味を向け、彼女の唇が動くのを待っている。
使用人らの心はバラバラだったが、同時に異様な団結を持っていた。
ミモザは熱気のこもる式場で汗一つ流さず、凛とした姿勢を崩さない。
それどころか、強い瞳で全員を見渡した。
「この場には色々な思いを抱える者がいるでしょう。その中には、かつての屋敷に賛同していた者や私の謝罪では屋敷を許せぬ者もいるはずです。けれど、皆さんの複雑な思いを抱えてもなお、屋敷は前に進まなければならない。悪しきは正さねばならぬのです」
ミモザは断罪でもするようにハッキリと言葉を述べた。
「トレーは現在までベリア家から多くの不遇を受けた者であり、魔獣と屋敷を繋ぐ者でもあります。それはすなわち、我が家の罪と希望を象徴する存在といえます。だからこそ、魔獣と獣人の代表としてトレーに謝罪をさせていただきます。そして、これをもって本日より屋敷の改革を進めていく。ベリア家は、ようやく前を向いて歩き出す時が来たのです」
ミモザは宣言すると、今度はトレーの方を向いた。
「トレー、今まで申し訳ございませんでした。ベリア家を代表して謝罪いたします。そして、どうか我が家の罪をお許しください。これからのベリア家、そして、ここに所属する皆の明るい未来のために」
ミモザが真っ直ぐトレーを見つめる。
今の今まで、トレーの脳を支配していたのは事前の打ち合わせ内容で、ミモザに返すべき決められた言葉を何度も頭の中で反芻していた。
だが、ミモザの瞳があまりにも熱心で必死だったから、つい、真剣さがトレーにも移って思い出さなくていい過去を思い出した。
怨恨や怒りがふわりと体にめぐって目の前が暗くなり、首を横に振りかけた。
けれど、ミモザの方を向く瞳がもう一度彼女をとらえたから、今の彼女の姿が幼い頃の頼りなくて無垢な姿にぴったり重なったから、トレーの心は柔らかく、軽くなった。
ミモザを助けてやりたくなって、心からベリア家を許してやろうと思えた。
「私はベリア家の罪を許します。そして、ベリア家の発展のために、この心と体を捧げると誓います」
台詞も態度も事前に示し合わせたままのもので申し分ない。
けれど、言葉を述べた最後に少しだけ、仕方がないなとでも言いたげな笑顔をつけ足してしまった。
壇上のミモザにしか分からないトレーの笑顔に彼女もほんの少し口許を綻ばせ、「ありがとう」と唇だけを動かす。
それから、ミモザは使用人の方を向き、更にいくつか誓いを述べた。
事前に仕込んでいた数人の使用人らが、ミモザの演説終了後に大きな音を立てて拍手する。
つられて大多数の使用人が拍手をし、多くが屋敷の新しい意向、すなわちミモザに従うことが決定づけられた。
温かく前向きな雰囲気のまま、今度は結婚式のリハーサル準備が進んでいく。
リハーサルに必要ない使用人が屋敷へ返され始める。
使用人らへ指示を出す者、緩んだ空気の中でようやく世間話を始める者、黙々と準備を進める者など使用人らの様子は様々だ。
トレーも魔獣を器用に召集し、小屋へ返す準備をしている。
教会内は先程より随分と騒々しく混雑していた。
賑やかな会場は一仕事終え、油断し、和んでいる。
獲物の隙を待つようにマリアは大人しく演説を聞いていた。
そして、静かにポケットからナイフを取り出した。




