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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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枕の正体

 真っ白い布地の抱き枕は非常にシンプルだ。


 ふかふかとしており抱き心地が良さそうだという点を除いては、見た目に特筆すべき点は見当たらない。


 だが、クローゼットを開けた時点で匂いはさらに強くなっていたため、犬井は枕にこそベルテの毛が詰め込まれているのだろうと睨み、軽く嗅いでみた。


 老廃物などが取り除かれているらしいベルテの毛から犬らしい悪臭は感じない。


 特に好ましくも不快でもない、ベルテの匂いが漂っているばかりだ。


 しかし、いかんせん毛が密集しているせいで匂いが異常に濃くなっているのか、犬井はむせてしまった。


 ケホケホと咳き込み、涙目になってミモザを見る。


「なにこれ、匂い強すぎる。ミモザ様、ちゃんと防虫処理した? ベルテ様の毛も所詮は体毛なんだ。虫とか良くない菌が湧くよ」


「ちゃんと処理してるわよ! 匂いを残したまま毛を清潔に保つ方法をトレーに教えてもらったんだから! 衣服や寝具にも使われているらしいわよ」


「一部の好事家が対象の物や儀式のために使う品にしか使われてない方法だけどね。そもそも、匂いを残すって目的が特殊だし。というか、トレー、こんなこと手伝ってたんだ」


「そうよ。私、針仕事なんかしたことなかったから、枕を作るところまで教えてもらったの。でも、やり方は教わったけど、作ったのは私よ。ベルテの抱き枕は自分の手で完成させたかったから。というか、これ、そんなに強い匂いがするの? 薄くなってきちゃったから中身を交換しようかと思ってたんだけど」


「嗅ぎ過ぎて麻痺してるだけだと思いますよ。匂いの強さは相当なものなので。まあ、人間の鼻が鈍すぎるのかもしれないけど」


「そうなの? マオの鼻、ちょっと羨ましいかも」


 ミモザの鼻と犬井の鼻は見た目にこそ大きな違いがないが、その性能は段違いだ。


 犬井の鼻を物欲しそうに見つめていると、その隙にベルテがミモザから抱き枕を取り上げ、鼻を押し付けて嗅いだ。


「ベルテ様、むせますよ」


「平気だよ。たいていの獣人はマオちゃんほど鼻が良くないからね。でも、僕ってこんな匂いなのか。分からなかったな」


「私は自分の匂いも分かりますが、もしかして、大体の獣人はそうでもない?」


「ああ。昔は獣人も自分の匂いを自覚できて交際相手に匂いを擦りつけたりしていたらしいけれど、獣人として種を確立していく間に獣としての血が薄れたのか、今じゃほとんどの獣人がそういうことをできなくなっているからね。マオちゃんは転生者で獣人としての性質が強いから分かるだけだと思うよ」


「なるほど」


 ふむと頷く犬井を見てから、ベルテは視線をミモザにうつす。


 ミモザは枕を抱くベルテを気まずそうに見ていた。


「あの、ベルテ、気持ち悪いって思った?」


「いや、まあ、正直多少は引いたけれど、種族によっては愛情表現の一種で相手に体毛を渡すこともあるから、そこまでじゃないかな。愛しい君が望むなら、いくらでもあげるよ。でも、どうしてこんなものを?」


「最近、悪夢を見るから。小さい頃の、サリアの夢。あと、屋敷のことも。それに、当主として考えること、しなきゃいけないことが多くて不安になるの。色んなことで頭がグルグルして、眠れなくなっちゃう。でも、ベルテの匂いを嗅ぐと落ち着くのよ。怖い事が無くなって、ゆっくり眠れるの」


「それで、僕の代わりに枕を用意したのか。確かに僕はまだ君と夜を過ごせないからね」


「ええ。それでベルテ、あのね、さっきも言った通り毛を入れ替えたいの。嫌じゃないなら」


「いいよ。若干複雑な気持ちにはなるけれど、君の安眠の方が大切だから。それに、毛なんていくらでも抜けるし。換毛期なんか酷いんだよ。歩くだけで毛が落ちる」


「歩くだけで毛が?」


 冗談めかして換毛期の愚痴を言うベルテにミモザの喉がゴクリと鳴る。


 換毛期は生え変わりの毛と抜け落ちる毛が同時に存在するため、全体的にモフモフというよりボサボサになって体毛が膨れ上がること。


 そのため、通常より太って見える上に毛並みも悪くなり、見た目が劣ってしまうこと。


 触れる布という布全てに毛が付き、自分の衣服の処理すらままならないこと。


 次々と出される換毛期の情報にミモザは興味津々だ。


「ねえ、ベルテ、換毛期っていつ来るの?」


「基本的には季節の変わり目に来ることが多いかな。今は冬だから、春になれば毛が入れ替わるよ。徐々に毛が増えて、気が付くと大変なことになっているから困るんだ。もっと前もって分かれば対処もできるのに」


「へえ、なるほどね」


「換毛期はあまり外出もできなくなるし、その間は君にも会えなくなるから嫌だな」


 ベルテがしょんぼりと耳を落ち込ませると、ずっと静かに興奮していたミモザが「え!?」と声を上げた。


「嫌よ、ベルテ。私、どうしても換毛期の貴方に会いたいわ」


「換毛期の僕に? なんで?」


「だって、夏毛より冬毛の方がモコモコでかわいい貴方よ。それが、換毛期にはさらに毛が増えるんでしょう。そんなの、最高に愛らしいに決まってるじゃない」


「いや、別に可愛くはないよ。毛もモサモサ生えるから、期待するほど美しい姿じゃない。むしろみっともないんだ。人で言えば寝癖だらけで外に出るような感じかな。不便さもあるけれど、一番は姿が醜くなってしまうから、僕たちみたいな全身に毛が生えているタイプの獣人は換毛期には外に出ないんだよ」


 ベルテに優しく諭されても、ミモザは換毛期の彼を諦められない。


 自分がベルテの屋敷に行くとか、ブラッシングを手伝うとか、様々な角度で提案し、食い下がった。


 ミモザとベルテの攻防戦でお茶会の時間が過ぎていく。


 犬井は二人の痴話げんかを眺めながらのんびりと紅茶を飲んだ。

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