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虚無な人生を終えたので、二度目はケモ耳メイドとして魔物を愛でながら飼育係の青年にお世話されます。  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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もう一人の異常

 ミモザは思い出してからしばらくの間、ベルテに縋って泣きじゃくっていた。


 しかし、彼にあやされている内に段々と落ち着いて、一時間後には温かいお茶を飲み、少し会話ができる程度に回復した。


 そこからさらに時間が経てば、一人で歩けるようにもなる。


 ミモザはベルテを連れてトラウマの散りばめられた屋敷に帰って行った。


「ミモザ様、平気かな」


 これ以上、犬井たちには迷惑をかけられないとミモザは屋敷への見送りを拒否していた。


 だが犬井は、気丈に笑いながらもキュッとベルテの手を握り、真っ青な顔で帰り道を見つめていた彼女のことを忘れられない。


 耳と尻尾を落ち込ませ、問いかける犬井にトレーはフイッと目を逸らした。


「知らねえ」


「知らないって、トレー、冷たい」


「うるせえよ。俺は止めろって言ったのに、自業自得だ。お嬢様、ずっと泣いてたろ。あれ、きっと今日じゃ終わらないぞ。一回思い出しちまった以上、終わらないんだ。苦しいのも、悲しいのも、死にたくなるのも」


「死?」


 唐突に出された言葉は物騒かつ出来事には無関係に見え、犬井は丸く目を見開く。


「何ビックリした顔してんだよ。当然だろ、死んだら嫌な思い出とか全部なくなって楽になれるかもしれねーんだから。ふらっと家出するみたいにさ、どこか他の所へって思ってもおかしくねーだろ」


「そんなの駄目!」


 犬井の言葉が必要以上に大きく鋭いのは、トレーの口調や態度がまるでミモザのことではなく自分の本音を打ち明けるように見えたからかもしれない。


 トレーは一瞬だけ驚きで目を見開いたが、すぐに瞳を暗く濁らせると舌打ちをした。


「分かってるよ。でも、マオは一回死んでるんだろ。死んだ後ってどうなるんだ? 楽になれるのか?」


「私はそういう目的で死んでないから、知らない。ただの事故死だ」


「そうだけど、でも、なあ、死んだら全部忘れられるか? 辛いのも、苦しいのも全部無くして、嫌な人生全部やり直してさ、幸せになれそうか? マオは転生者なんだろ。前世って覚えてるのか?」


「覚えてる。全部、ちゃんと覚えてる。忘れることはない。楽になれない。だから、死ぬのは駄目だ」


 ハッキリと美しく出された言葉は嘘だ。


 転生では基本的に自分の人格を保持できない。


 犬井のような「転生者」と呼ばれる人間だけが特殊で、通常は記憶も姿かたちも思想も、自分の人生の一切を転生先に持ち込めない。


 己を消滅させて人生を新しく始めることになる。


 自我の喪失。


 それは、犬井とって酷く恐ろしい事だ。


 仮に犬井が今死んでしまったとしたら、彼女は迷わず死者の国へ行くことを選び、一人でトレーを待ち続けるだろう。


 だが、犬井にとっては嫌悪的ですらある転生がトレーにとっては素晴らしい事だったらどうなるのか。


 考えるだけで犬井の背中に冷たいものが走り、彼女は酷い恐怖を味わった。


 それが故に犬井は嘘を吐き、その他の死に関する情報を一切秘匿した。


 必死になる犬井にトレーは「ふぅん」と生返事をしたが、彼が死への興味を失っていないことは明白だ。


 その姿が、犬井には異様に映った。


「ねえ、トレー、どうしたの? なんか変だよ」


「変? 俺がか? お嬢様じゃなくて?」


「うん。前は死にたいなんて言わなかった。それに、ミモザ様が泣いてる時、トレー、ずっと顔色が悪かった。ねえ、トレー、もしかしてトレーもサリアにトラウマがあるの?」


 当てずっぽうで発した犬井の言葉は図星だ。


 けれど、トレーは頷かなかった。


「知らねえ」


「知らなくないよ。思い返せば、ミモザ様の過去を探るって話の時からトレーはずっとおかしかった。その理由を、私はトレーがミモザ様を心配してるからだって勘違いしてた。でも、違ったんだね。本当はトレーにもトラウマがあって、苦しかったから、トレーはミモザ様の過去を探りたくなかったんでしょ。気が付けなくてごめんね」


 犬井が丁寧に頭を下げる。


 落ち込ませた耳には反省と真摯な謝罪の感情を乗せ、真っ直ぐ、トレーへと向ける。


 しかし、トレーは舌打ちをすると彼女から顔を背けた。


「俺は一言もアイツにトラウマがあるなんて言ってない。勘違いをして謝るなよ、気色悪い」


「トレーは普段、私にそんな言葉遣いしないよ。ふざけてアホ犬とかは言うけど、冗談の範囲を超えた暴言は滅多に吐かない。それにトレー、サリアって名前、呼べる?」


 問いかけられて、トレーはしばし黙り込む。


 犬井の言葉を肯定できなかった。


 けれど、否定してトラウマの存在を認めるのも難しかった。


「トレー、辛いことがあるなら教えて。私、トレーのことを支えられるだけの力はあるよ。ミモザ様みたいに泣いても構わないから」


 ドロドロとした黒を包み込んで癒すような優しい声と瞳で語りかける。


 ふわりとトレーの体を抱き締める犬井の体は柔らかくて温かい。


 だが、トレーは犬井を手で押しのけると、彼女を拒絶した。


「うるせぇ! 知らねーって言ってんだろ! 大体、俺がお嬢様みたいに泣けるかよ。俺は加害者なんだ。綺麗なお前らと違って、きたねえ側だ! ゴミ屑だ!! 慰められる価値も無い。それに、俺はずっと楽になりたかった。死にたいって思ったのは今日が初めてじゃねえ! アイツがきっかけでおかしくなって思うなら、それは勘違いだ。俺は昔っからいかれてる。頼むから、もう放っておいてくれ」


 トレーの目尻には涙が浮かんでいて、悲嘆にくれる瞳と同様に美しい。


 呆気にとられる犬井はトレーが一人で部屋に閉じこもり、鍵を閉めるのを許してしまった。


 彼に発情期が訪れた時と同様。


 扉はこじ開けられるが、開けてはならない気がした。


「トレー、愛してるから」


 せめて何か言いたくて、扉の前に言葉を残す。

 犬井は名残惜しそうに数回トレーの方を見つめて、それから、止まっていた魔獣飼育に仕事に戻った。

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