沼活の終わり
午後の授業が終わるとすぐに俺は図書室へ向かった。
『雪の中で』のことを考えていて、気づきたくないことに気づいてしまった。
『雪の中で』が少女とドラゴンの出会いで、そこから旅が始まるのだとしたら、その前は?
その前にはもう物語はないのではないか?
俺はそれに気がついて、言いようのない焦燥感を覚えた。
だけど少女とドラゴンの旅の話がいくつか書かれているとはいえ、続き話の連載というわけではない。だから少女とドラゴンとは別の物語があるかもしれない。『霞日和』の別の物語があるならばそれだって楽しみだ。
そう考えようとしたけれど、それもすぐに悲観に変わる。
『霞日和』は文芸部員だ。つまりうちの高校の生徒だ。
昨年度の文芸部誌に載っているのだから1年生ではない。だけど2年生ならそれより前の文芸部誌には載っていないし、3年生なら更に1年前まで載っているかもしれないが、代わりにこの先の文芸部誌で見ることは出来ないということだ。
小説を読みながら絵を描くことが楽しすぎて、俺はこれがずっとは続かないということをすっかり忘れていた。
俺は校内資料棚から文芸部誌を取り出した。
4年度春号を開いて目次を見る。
そこに『霞日和』の名前はなかった。
目次の名前は三度見直した。だけどやっぱり『霞日和』はない。
俺は3年度冬号も見てみる。『霞日和』の名前はない。
3年度秋号も見る。やはり『霞日和』の名前はない。
俺はそれなら仕方ないと『雪の中で』をもう一度読めばいい。今度はクロッキー帳を開いて好きなだけ絵を描けばいい。せっかくだから続けて『青が広がる空』を読んで『火の山』を読んで『夜の街』を読めばいい。他の話が読めないからといって悲しむ必要があるだろうか、最初の話から読めて良かったと喜べばいい。
俺は手にしていた文芸部誌を持って、そのまま自習コーナーに座った。
手元には文芸部誌の3年度秋号から5年度春号までがある。
『霞日和』の名前がない文芸部誌を見るのはなんだか悲しくて、俺は4年度秋号を開いた。
『霞日和』の名前がある目次を眺めていて、俺は森くんの名前に目を止めた。
「…」
3年度の文芸部誌に『霞日和』の名前がなかったということは、きっと『霞日和』は2年生だ。
森くんの名前を見てそれを思い出した俺は、4年度春号の目次を開いてみる。
4年度春号に『霞日和』の名前はない。そして森くんの名前もない。
つまりたぶん、文芸部に入部して最初に部誌に載るのが秋号なのだろう。
『雪の中で』が『霞日和』の文芸部での最初の小説。
少し切ない気持ちで『雪の中で』を開いてみる。
それなら尚更もっと味わいたいのに、どうしても気持ちが滑ってしまう。
黒木くんに『霞日和』のことをもう一度聞いてみようか。
そう考えて、俺は『黒木くん=霞日和説』を思い出した。同時に黒木くんが『霞日和』が別にいるように話したことから、その説を否定したことも思い出す。
俺は4年度春号と秋号の目次を開いた。
秋号の目次には『森公平』の名前の他に、安藤さんと思われる『moon』の名前もあった。そして『moon』もやはり春号にはなかった。
春号にはなくて秋号にある名前は『霞日和』『森公平』『moon』『小栗灯』『駒井将』の5つ。
つまり文芸部2年生はこの5人。『森公平』はなんで本名なのか分からないけど、きっと森くんだろうし、『moon』もきっと安藤さん。『moon』は4年度秋号もやっぱりホラーの書評っぽいものを書いているので、きっとそう。なので黒木くんが『霞日和』でないならば、『小栗灯』と『駒井将』のどちらかが黒木くん。じゃあ…
じゃあ?
黒木くんが『小栗灯』なのか『駒井将』なのかは、黒木くん本人に聞けばいいことだ。
それを知ったところでどうもこうもない。俺が知りたいのは…
そう、俺が知りたいのは『霞日和』だ。
『霞日和』のことを聞いてもいいだろうか。
それを聞いた時の黒木くんの渋る様子を俺は思い出す。
本人に無断で俺に話せないよな。それは正しい、正しいけれど…。
こういうの、アイドルに付き纏うファンみたいに思われるだろうか。
いや俺は付き纏いたいわけじゃないけれど。
『霞日和』が誰でもいい。別に誰だか知らなくていい。
だけど出来れば『霞日和』が書いた話がもっと読みたい。少しでも文字を目で追わせてほしい。
とはいえ、『霞日和』が同じ学校の同級生だというならば…
…やっぱりそんな風に思われるのは、ちょっと気持ち悪いよなあ。
自分の気持ちを持て余してしまった俺は、頭を抱えて俯くしかなかった。




