これが沼
図書室で俺は早速、文芸部誌4年度冬号を手に取る。
昼の図書室は一人も生徒がいなかった。
目次を開いて霞日和を探す。
図書室は放課後以上に静かで、文芸部誌を捲る音が大きく感じる。
霞日和の小説のタイトルは『青が広がる空』。
『夜の街』や『火の山』と違ったテイストのタイトルに、何だか気持ちが浮き立つ。
だけどタイトルのテイストは違っていても、やっぱりそれは少女とドラゴンの話だった。
少女とドラゴンは海を飛んでいく。陸地はどこにも見えず、空には雲ひとつなかった。上を見ても下を見てもそこには青しかない。
小さな島が現れて、ドラゴンと少女はそこに降りて休む。ドラゴンは綺麗な青色になっていた。それは空の色なのか海の色なのか。
私だけが青くない。少女は自分だけが異物のように感じて泣いてしまう。ドラゴンは少女に寄り添う。島でドラゴンは鱗を落とす。少女は青い鱗を大事に抱きしめる。そこで夜を過ごし、目覚めると朝日が昇っていた。朝日は海を赤く染める。青ではない色が現れて、少女からは悲しかった気持ちがなくなっていく。少女は青い鱗を一枚、花形の装飾品に嵌める。そしてドラゴンと少女は海の向こうの赤に向かって飛んでいった。
俺は待ち侘びた物語を大事にゆっくり読みたいような、だけど少しでも早く読んでしまいたいような、そんな気持ちで文字を追った。
目は早く次の文字を追いたいけれど、心は一文字ずつを堪能したいような、そんな気持ちだ。
だけど現実問題として昼の休憩時間はそれほど長くはない。味わいながら小説を読み終える頃には午後の授業の開始時間が間近だ。
とても残念ではあるけれど、一旦図書室から撤退せざるを得ない。
俺は予鈴を聞きながら天井を仰いで息を吐いた。
とても遺憾ではあるが文芸部誌を棚に戻す。
校内資料棚にこんなに後ろ髪を引かれることを想像出来ただろうか。
授業が終わったらもう一つ前の話を読もうか、それとももう一度『青が広がる空』を今度はクロッキー帳を開きながら読もうか。
真っ青な中を飛ぶドラゴンも描きたいし、海の只中にある島に少女とドラゴンがいるというのも絵にしてみたい。青と涙は切なくてとても似合う気がするし、島で少女が方角を確認するためにペンダントを取り出すのも絵になる。
他の話も読んでみたいけれど、読んだ話を堪能し尽くしたい気持ちが強くある。
早く放課後になれ!
俺は足早に教室へと戻って行った。
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結局放課後は、『青が広がる空』をもう一度読んだ。
すぐに別の話を読んでしまうのは勿体無いように感じたのだ。
クロッキー帳を開いて『青が広がる空』を読む。
海に島に空というのは、なかなか素敵なシチュエーションだ。しかもそこにはドラゴンがいて、夜空を閉じ込めたようなペンダントもあるのだ。海の向こうで朝日は昇っているけれど、少女の腕にも朝日のような光を宿すアイテムがある。
そういえば『火の山』も『青が広がる空』もドラゴンと少女しか出て来ない。
もしかして『夜の街』で人が出て来たのは貴重なのではないだろうか。
俺は夢中でクロッキー帳を埋めていった。
描いていると、また文章を読みたくなって文字を追う。
読んでいるうちにまた別の絵が描きたくなる。
この短いなんてことない話に、どうしてこんなに夢中になってしまうのかが分からない。
俺に分かるのは、今、俺は途轍もなく楽しいということだけなのである。




