第2話-新生活の始まり
「凄いなこれ」
目の前で急速に建物が出来ていくのを見て、思わず声を零してしまう。
『o(`・ω´・+o) ドヤァ……!』
こんなのドヤ顔しても誰も怒らないだろ。
建物があっという間に出来ていく。土台が作られ柱が突き刺さり、柱に肉付けされて壁が出来ていく。この速度だと1日も掛からない気がする。
『内装の設備があるので、それくらい掛かる計算になります』
外装はそんなに難しくないのか?
いや、そんな事はあり得ない。
本来は一つの家を何人もの大工が関わって造る筈だ。
それでも一年から二年掛かるのが普通なんだから、外装が簡単な訳が無い。
でも、それ以上に内装が面倒くさいってのは初めて聞いた。
『地球とはまた違う環境ですから、かつての生活水準を基準にして家を作ると、外壁よりも内側の方が再現が難しいですね』
指輪はそう言うから、きっとそういう物なんだろうけど、なんか釈然としない。
「陵?」
「何かあったのか?」
「ううん、やる事無くて呼んだだけ」
愛い奴だなホントに、頭をぐちゃぐちゃに撫でてやる。
「あーあ、ボサボサ」
美玲の髪はツヤツヤでツルツルだ。ちょくちょく空いた時間にケアをしてるのは知ってる。何処からケアグッズを取ってくるのか知らないけど、なんか色々とやってるのは見た事ある。
……多分アマたんが送ってくれてるんだろうけどさ。それ以外、心当たりないし。
アマたんは指輪経由で、手紙形式であればやり取りが可能である事は知っている。
俺はあんまり連絡しないけど、美玲はひっきりなしに連絡している……のかもしれない。
彼女の交友状況なんて知っても意味は無いから、興味を持つこともないから、現実にどうなってるかまで俺は知らない。
恐らくそうなんだろう程度の話。
「美玲、ちょっと退いてて」
「え、まだやるの?」
軽く戦闘訓練をしよう。
最近はあんまりしてなかった訓練法で、世間的にはシャドーボクシングと言われる物だ。
シャドーボクシングとは、一人で仮想の敵を想定し、自ら立って手足を動かす事で、俺が世間と違う所は、使うのが拳ではなく刀だということ。
さっきまで素振りをしてたし、身体も温まってるから、それなりに良い動きが出来るはずだ。
ついさっきの、暴走した時の自分を想定する。
殺気を向け、全力で命を屠りとらんとする自分を想像する。
___やがて、もう一人の俺は上から刀を振るった。
大きく躱せば、一瞬で攻め切られる。だから最小限で躱す。
足を少しズラし、身体を傾けるだけの何ら難しくない行為でも、俺の剣を躱す事が出来る。
それが事実で揺るぎない真実だ。光線銃の様に、辺り一帯を焼け野原には出来ない。
近間に寄った"俺"の脚を、爪先で蹴り飛ばすもその程度では余り効果がない。
"俺"の刀が下から上に振り上げられた。
**
さっきの件があったからか、上がり切ったギアを抜く為なのか、私には陵の内面の詳細まではわからない。
彼らしいストレス発散方法だと言われれば、まあそうだよねとしか言えなくて、ちょっとなんだかなぁ……と思わなくもない。
陵が強くなって更に先に行っても、私は待ってと袖を掴む気だけど、寂しく感じる気持ちが変わることも無い。
彼の事を真に支えられれば、彼は戦うのを止めるのかな。
強くなるのを止めるのかな。
淡く苦い幼少期はどうしようも無く燻り続けていて、彼の事を止めようと意識が向いてしまう。
何かがあった時に、彼は必ず鍛錬に没頭する。
本当に小さい頃、コンビニ強盗に遭遇するまでは、私達は同じ場所にいた。でも、その後は一気に距離を離されてしまった。
それは彼が天才にしか出来ない鍛錬を始めたから。
その時から私だって色々な事を始めたんだけどね。だって、陵に負けたくなかったし。
今、彼がやっているシャドーボクシングは、彼にしか出来ない特殊能力にも近い。
自身の動きを投影して、自身と殺し合う。幼少期から今の今まで、同年代において自らよりも強い存在に遭遇しなかった彼は、幼少期から永遠に自身と殺しあってきた。
特に何かがあった時は、陵のリミッターって言えば良いのかな、ちょっと説明が難しいんだけど、それが外れた感覚を覚えているのか、いつも以上に強大な何かと戦っている様に見える。
酷い時は一日以上、もう一人の自分と殺しあっている事がある。遊びに誘っても、食事に誘っても、一切として耳を貸すことは無い。
近くで見ている私としては、置いて行かれている最中にも思えて、本当に寂しくなる。
置いてかないのは知ってるよ。
放り出さないのも知ってるよ。
でも、そうじゃないんだよ。
だから、私は支える事にしたんだ。
この世界に来て、あわよくば隣に立てるかもしれないとか思ってしまった。
色々な道具や手段を使えば、平凡な100でも究極の1の隣に行けるかもしれない……とか、思ってしまった。
でも、無理だ。それはきっと、今も昔も変わらない。
昔諦めた物を、自然に追いかけてしまっていた。
隣に立てないから……、隣に……立ちたかったんだけどな。
ギュッと力が入ってた。ちょっぴり拳が痛い。
……悔しいな。
**
辺り一面が暗転し、水面には鮮やかな星々が映る。
「んぅ……」
んん……ん、何も見えない……
目を開いてるのに何も見えない。もしかして、もう日が落ちた……?
手探りで辺りを探ると、やっぱり、今まで座っていた椅子の上に、今も変わらずに座っている事はわかった。
あの街から逃げ出した時と同じで、窓の外には何も見えなかった。
昨日は、ミレイさんに頭を撫でられて、そこから記憶が無い。
今の今まで熟睡してたのかな。だとしたら、きっとまた迷惑をかけてしまった。
取り敢えず外に出よう。
扉の取っ手を手の感覚だけで探す。見つけた。そのまま、見失わないように扉を開けた。
「っつ!?」
とっ、扉を開けたら灯りが光ったっ!?
灯りなんてつけてないのになんで……あ、リョウさんとミレイさん、寝てたんだ。
真っ暗な車内が照らされて、前の席で彼らが眠っているのが見えた。
……取り敢えず、外に出よう。
扉を閉めたら、車内の灯りが勝手に消えた。扉を開けると勝手に光る仕組みなのかな? 朝になったら聞いてみよう。
暗闇の中で何かがテキパキと何やら作業をしているのが見えた。
こ、今度は何……? ……ひ、人? で、でも、来たばかりの時に私達以外の人なんて、居なかったはずなのに。
車を盾にして、そーっと覗いてみるけど、何をしているのかまではわからない。時々、魔法陣らしき物が光っている。魔術師かな?
__ガチャ
「ひっ!?」
車の扉が急に空いた。心臓が口から飛び出るかと思った。
「だ、大丈夫?」
出てきたのはミレイさんだった。
「だ、大丈夫、です……」
突然光った灯りも、前でテキパキと動いてる人達も、急に開いた扉も、本当に怖くて、噛んでしまったのは許してください。
「ん? ああ、あれね」
私の視線を追って彼女は顔を向けると、得心顔になった。
「知ってるんですか?」
あそこの人達を、私は多分見た事がない。
「あれは私達が操ってる土人形……みたいな物かな。今ね、家を作ってるんだよ」
「土人形が家……作ってるんですか?」
家を建てるには何人もの大工さんが必要で、魔法なんかで作ってる人は、本当に一握りの魔法使いしか居ないと聞いた事がある。
実際に取引現場で建築を見た事もあったけど、あんな精密な事を魔法でやるなんて普通は出来ない。
「ミレイさんって、魔法も使えるんですね?」
本当に色んな事が彼女は出来る。出来ないことなんて無いみたいだ。
「んーまあ、これを魔法って言うなら、そうなんじゃないかな?」
リョウさんがドラゴンをトカゲと言うように、ミレイさんにとって、これは魔法じゃないのかもしれない。
でも、彼女の価値観は私にとってあまり意味は無いから、きっとそれは魔法だと思う。
「ねえ、レイアはどんな部屋に住みたい?」
「どんな……部屋?」
家を作ってるのはわかったけど、そんな事を聞かれるなんて思ってなくて、すぐに答えなんて出てこない。
「口パクパクしてるの面白い」
「_っ!?」
恥ずかしくて死にそう。
「多分さ、色々と考え過ぎちゃってるんだと思う。そうだね……部屋に欲しい物はある?」
「欲しい物……」
欲しいって言われても、もう必要な物はほとんど持ってる。少し考えて首を横に振った。だって、本当に無いから。
「じゃあ、窓は欲しい?」
「あ! ……はい」
ああ、欲しい物……あったんだ。そういうモノで良いんだ。
「あったね」
「……はい」
ミレイさんの顔は優しくて、そして綺麗に見えた。
暗闇の中で、鮮やかな星空と僅かに点灯する魔法陣が、ほんの少しだけ彼女の顔を照らしていて、本当に綺麗に見えたんだ。
綺麗とか可愛いとか、ミレイさんはよく言ってくれるけど、私はそんな深みのある彼女の表情が、酷く美しく見える。
私がブライドに反抗した時もそう。彼女はきっと私を慮って口にしたそれは、本当に美しいと思った。
「昼間寝ちゃって、寝れない?」
「……はい。ミレイさんは寝なくて良いんですか?」
「うん、眠れないんだよね」
眠れないって、どういう事なんだろう。
「そうなんですね」
でも、それを聞けるほど私は口が軽くなかった。興味はあるけど、そんな簡単に"どうして?"なんて聞けない。職業柄かもしれない。
「明日には家が出来るみたい。私達はここで暮らして行こうと思ってる。……レイアはどうする?」
「良ければ、一緒に居させてください。私は帰る場所も、帰りたいと思う事も無いので」
元々知ってたし、そう決めてなかったらここまで来ていない。リョウさんにも確認されたし、ちゃんと決断は終えている。
「そっか。じゃあ、決まりだね」
「はい。よろしくお願いします」
私のこれからが始まるんだ。そうなんだ、ちょっと、楽しみだな。
**
「……眩しっ」
もっと寝ていよう、そう思ってたんだけどな。
こんなに眩しいと寝るに寝られない。
ふと、車内を見渡してみると、そこには誰も居なかった。
軽く伸びをして、俺も外に足を踏み出した。
この土地は本当に静かな場所で、只の静寂をドアの開閉音すらもが引き裂く。
あんまり大きな音では無かったはずなのに、よく知る彼女の視線がこっちを向いて、少し悪くないなとか思ってしまうのは、俺の心が感傷的で、既に弱り切っているからか。
「おはよ、陵」
「おはよう、美玲」
お互いを確かめるように、名前を呼び朝の挨拶をする。
「おはよう……ございます。リョウさん」
俺が少女に植え付けてしまった、絡まってしまった恐怖の弦を、何とか振り解こうとしているのが痛い程に理解出来た。
「おはよう、レイア」
なるだけ優しいと思われる表情を作って少女にお返しをする。
表情を作って顔色を伺って、顔色をつくる。……ああ、難しい、苦手だ。
「家、どうなってる?」
「あんな感じ」
家が建てられていた、造られていた場所に視線を移し、姿形を確かめる。
指輪の言っていた通りで、一夜が過ぎた今、既に出来上がったようにすら感じる。
『内装がもう少しですね』
外装は終わった……と。そう言えば土人形が居ない。きっと、室内であれこれゴチャゴチャやってるんだろう。
『陵様。天照大御神様から一件の伝言が届いています』
美玲じゃなくて俺に? 何かやらかしたかな……?
『陵の調子はどうかな?
美玲とは違って近況を送ってくれないから、僕は少し寂しいよ。
装備に関してのフィードバックは受け取ったよ。そこで、一本の刀を君に贈ることにしたよ。
君の実力を上手く伸ばしていけば、概念さえも喰える筈だから、神と人が遠く離れてしまった地球ではなく、神と人が近い場所に住み、伝説上の生物すらも飛んでいるその星でも、是非諦めないで今までの鍛錬を続けて欲しい。
じゃあ、刀は指輪から受け取ってね』
なんだか、頭打ちを危惧していた俺の事を見透かしてる様な、そんな文章だな。
それにしても新しい刀って……なんだろう。正直な事を言えば、今までの刀でも困ったと感じた事は無い。
左腰に一本の刀が出現した。持ち手も唾も真っ黒で、逆に存在感を与えるそれを俺は抜いてみた。
本当に業物のようだ。重心の位置も刃の反りも、全てが完全に俺好みだった。
「軽く素振りするから、近寄らないでくれ」
それだけ言って、俺は彼女達から離れた。試さずにはいられなかった。
**
「また始まった」
昨日もやって今日もやって、またやるの?って私は思ってしまった。
でも、地球に居た時は毎日毎日を地道に素振りをしてたから、そんな事を思ってしまった私の方が、実は異常なのかもしれない。
この世界に来てから、彼はあんまり素振りや訓練をしてない。だから、そのやらないって状態に私が慣れてしまったんだと思う。
「リョウさんの剣って、綺麗ですよね」
レイアは彼の素振りを見て、そんなことを呟いた。あんまり興味なんて無いと思ってたから、その言葉にはとても驚いた。
「私もそう思う」
けれど、否定する材料も無ければ否定する気もないから、あっさりと頷く事しか許されない。
彼が刀を振っている姿は、とても綺麗だ。空を切るとは言えど、かの天才が全力で取り組んだ結果が、その一太刀に込められている。
それが美しくなければ、何が美しいと言えるの? そんな疑問を思わず投げ掛けてしまうほどだ。
「私もやったら、多少は強くなれるかな……?」
「レイアは元々強い子だと思うけどね」
ひたすらに努力を重ねて、私よりちんまい身体で商人をしていた少女が、強さを渇望する程に弱者である訳がない。けれど、陵の一太刀を見て、もしかしたらもっと強くなれるかも、と思ってしまうのは仕方のない事だと思う。
道場生にすら、その一太刀に憧れて始めた人が居るくらいだったからね。
ああ、あの子、今も元気にしてるかな。してると良いな。
……なんて、センチメンタルな感情に揉まれた所で、私達に既に帰る事など許されないのに、ね。
**
本当に美しい。
リョウさんの動きは、恐ろしく精練されていて、恐ろしく美しく、そして妥協が無かった。
剣がわからない私がここまで感動しているのは、どれだけ彼が凄い事をしているかが、曲がりなりにも理解出来てしまっていることが原因だ。本能的に感じられる美しさがそこにはあった。
私も剣を握る事は許されるだろうか?
私も強くなれるかな?
気が付いたら、彼への恐怖は美しさで流されてしまっていた。
いつか、何処かで機会があったら、リョウさんに尋ねてみよう。"私でも出来ますか?"って。