進化したゴブリン、異国に潜入す。第6話
『ミリシャ、起きてください』
朝日が昇って、特にやることも無くて、ベッドの上でボーッとしてたら、アストレアの言葉が急に頭に響いた。
なんかあったのか?
『王が説明しろと』
あ、仕事の話か。
説明も何も、攫われた子供だったから、俺は逃がしただけだ。
『攫われたという証拠は?』
『本人がそう言ってるので』
『それは証拠とは言わないよ……』
ミレイ王の溜息がここまで聞こえた気がした。
『その子が攫われた村を探し出すことって難しいですか?』
『え、なに、私たちに証拠を集めろって言ってる?』
『はい』
『あー、なるほどね。うん、最初からそのつもりだったんだ?』
『王様なら出来るかなって』
『うーん……』
向こう側で悩んでいるのがわかる。子供に聞きながら探すってのは、そんなに難しいのかな。
『はあ、うん、まあ、わかった。ちょうど良い手段もあるから、試しがてらに使ってみるよ。それで無理だったら自分でやってね』
『あ、わかりました』
そこでミレイ王との会話は途切れた。アストレアとの会話も一緒に途切れた。
「ふう……」
天井を仰いで溜息を吐く。
「疲れてるな?」
「いや、そんなに疲れてはない」
やっと一仕事終わったって感じ。
「そうなのか?」
クレアは不思議そうな顔をしていた。
「そうだよ。それより、今日はどうすっかな」
やらないといけない事なんて殆ど無いんだ。別に冒険者ギルドの依頼を受けなきゃいけない訳じゃないし、急ぐべき事がある訳でもない。
「まだこの街は辺境だ。やることが無いなら、中心部に向かって歩くのも無しじゃないと思うが?」
「あー、まあ、それもありか。あ、いや、先にやっとく事があったな」
クレアの提案に頷きかけて、やり忘れていた事を思い出した。
この街は立派な石製の壁で護られている。そして、俺たちの国である神王国ヤマトに最も近い街だ。つまり、戦争になった時に石製の壁は強大な脅威になりそう……だよな。
王様なら正面からぶち壊せそうだし、師匠なら正面から切り開く気がするけど、まあ、それはまあ、うん、普通じゃ無いのは見てたらわかるから良いとして、だから、その手の偵察はしておく必要があるよな。
街壁の何処に抜け道があるのか、何処だったら壊しやすいのか。
今日中に街の外を一周してみるか。変な目で見られないように、疑われないように、冒険者ギルドで適当な仕事を貰って街の外に出るとしよう。
「なんだ?」
「ちょっと外に行こうぜ。クレアってランクなんだっけ?」
「私はシルバーランクだ」
「一つ違いなら依頼を一緒に受けられそうだな」
俺は金ランクで、彼女の銀ランクの一つ上だ。これくらいならチームとして組んで、何かをやっていても問題は無い……はず。
「何をするんだ?」
「それは行ってからのお楽しみだ」
今ここで説明する必要も無いしな。
という訳で、適当に依頼を取って街の外にやってきた。
もちろん街の外は国の法律なんて意味が無いし、簡単に言えば犯罪し放題な場所ではある。
とは言え、街のすぐ側でそんな事をやるならず者を放置するような国や街に誰が来たくなるのか、という話も勿論あるから、実際はお咎めを受けるのが基本だ。
普通の国ならな。
ここは俺にとって普通の国じゃないし、もしかしたら、何かあるかもしれないな〜くらいには心構えはしてる。
街壁に沿って歩いていると、時たま獣や魔物に出会す。戦闘にはならないが軽い睨み合いになる事が多々あった。
獣や魔物も種類、個体によっても好戦的だったり、でなかったりするから、本当にそれぞれだ。
「街の外は自然が豊かだな」
「その割には、人間族以外を嫌ってるんだけどな」
多種多様な種族と帳尻合わせをしないとやっていけなさそうな、そんな自然と隣り合わせの街なのに、この街が所属しているアルセーヌ帝国は人間族以外を人として認めない。どころか、道具だとすら思っている。
「そう言えば、ゴブリン退治の依頼で良かったのか?」
俺たちは二人でゴブリン退治の依頼を受けた。
「良かったって何がだ?」
「ミリシャは、その」
「ああ、同族なのに良いのかって話か。他のゴブリン見たこと無いし、多分大丈夫だろ」
かつての同族と殺し合う事に何ら抵抗はない。もしかしたら、遭遇したら何かを思うのかもしれないけど。
「……大丈夫なのか?」
「まあ、人殺しに抵抗は無いし、多分、変わらないだろ」
元はゴブリンだったけど、他のゴブリンを知らないし、何より進化して人間族なんかと変わらない体付きに進化した俺みたいな奴が、自らをゴブリンと言って良いのかも若干怪しいとすら思う。
図鑑で見たゴブリンは、人の子供くらいの大きさで、鼻もとんがってるし耳も伸びてるし、俺も進化する前はそうだったらしいんだけど、醜く思える姿形をゴブリンはしている。
「取り敢えず、その依頼は街の周りの調査が終わったらな」
「調査?」
「この硬い外壁の何処に、脱出経路とか侵入経路とかがあるのか気になってるんだ」
「なるほど」
壁をペタペタと触りながら、人が居ないのを確認しながら、俺たちは壁の周りを歩き続ける。
人が居たら即座にぱっと手を引っ込めて、楽しく談笑をしているフリをする。
そんな事を繰り返していたら、少し壁の形が変わっている場所を見つけた。
この場所にもしかしたら、隠し通路的な物があるのかもしれない。
「変な場所だし、あるならここなんだろうけど、何処から隠し通路を開けるのかまではわかんねえな」
「いや、そもそも、ここに隠し通路があるとも限らんだろう?」
「そうか?」
何も変わらない壁が続いている中で、わかりやすく国の紋章が彫られてたら明らかに何かあるって思うだろ? ならない? ああ、そう。
「あ、見つけた」
「はあっ?」
土質がちょっとだけ周りと違う。地下通路がこの下にあるんだろうな。踏んだ程度ではわからない。地面を思いっ切り殴ると、他の場所とは違う手応えが返ってきたからわかった。普通の地面は叩いても響かない。けど、ここは叩くと響くんだよ。
「ここ以外の場所も見ようか」
そうやって街壁の外を一周した。合計三つの地下通路らしき場所を見つけた。案外逃げ道はしっかり作ってるんだな。
「よし、依頼やるか。ゴブリンの場所って知ってる?」
「いや知らないな。取り敢えず森に入るしか……」
「じゃあ、行くか」
適度に怪しまれないように、ゴブリンの討伐はしっかりとやっておこう。
そうして森に入って、さまよって、案外ゴブリンの姿は見つけられなかった。
「居る?」
「いや、居ない」
「だよなぁ……」
というか、いざ森に入ってみると、ゴブリン以外の姿すらも見つけられない。
獣も魔物も探してない時には姿を現すのに、探している時には見つからない。
「もっと奥に行ってみるか」
「あ、ああ」
俺の国は森の奥にあるから、今ここで深森に入っていくことに特に不安はない。
「敵か?」
「わからん」
日が遮られるほどに森に踏み込んだ。そこで俺たちは剣を抜いた。
敵か味方かわからないけど多くの気配がした。
「鹿か」
「狩るのか?」
「いや、必要無いから良い」
出て来たのは鹿だった。平々凡々な獣だったから、今回は何もしないことにする。食べる訳でも無いのに命を奪う訳にはいかない。
ってことは、この周りに居るのも鹿なのかな。
ゴブリンを見つける前に、手掛かりが何一つ無いまま、タダでさえ暗い森がより一層に真っ暗になりそうだ。
そんな杞憂は次の一瞬で終わった。
何処からか飛んできた矢が、鹿に突き刺さったから。
「……人が居るっぽいな」
敵意の様な物は感じない。けど、相手は武器を持っていて、その相手の位置は俺たちにはわからない。
「クレア、射線を切れ」
「あ、ああ」
弓が飛んできた方向を背にして、俺たちは各々に木々の後ろに隠れた。
さっき射たれた鹿は一撃で絶命している。つまり、かなり弓の腕があるのだろう。
狙われたら落とせるか?
……五分五分の賭けになる。やりたくねえな。




