14th page そこで、己の無力さを実感しまして
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※今回は長め&暴力・流血表現ございます。苦手な方はご注意ください。
◆
アビゲイルは、精霊感謝祭の会場で人を探していた。探しているのは、義理の姉であるエイヴリルである。
(あの責任感の強いお姉ちゃんが、感謝祭の開会式にいないなんて……)
どう考えてもおかしい。
生徒会の腕章を着けていた何名かの生徒に、エイヴリルが魔道具の調整をゼブリアンへ頼んでいたのを聞いたのだが、その次に会ったセブリアンからは、既に調整を終えてエイヴリルとは別れたと告げられていた。
妙な胸騒ぎがする。
まるで、自分の預かり知らないところで、歪んだ音を立てながら回っている歯車の音を聞いているような。
そんなえも言えぬ不安が募っていた。
(今殿下には、ライナスがついているから大丈夫だとは思うけれど……)
何が起こるかわからない。ただでさえ原作のシナリオ通りの展開になっていないのだ。もし万が一にでも、エイヴリルとギディオンが踊っている最中にクライドが乱入して精霊魔術の行使があれば、怪我人がでない保証はどこにもなかった。
「ねえ」
不意に、アビゲイルの背後で声が聞こえた。振り向いた先にいたのは、普段滅多に人前には現れないアーヴィンだった。
「アーヴィン。どうしたの? 珍しい」
「君のお姉さんは、いまどこ? 一緒じゃないの?」
彼の言い方に、アビゲイルは違和感を覚える。
「お姉ちゃん? ううん……って、なんでアーヴィンがお姉ちゃんを探しているの?」
「一人になるなって、言ったのに……」
アーヴィンの表情は、あまり思わしくない。
その口調も、どこか切羽詰まっているようだった。他人に興味を向けることがほとんどないとされる彼の性格からは考えられない。
(精霊の加護を受けていないお姉ちゃんが、アーヴィンと接点を持っていた?)
確かに、ゲームの設定では二人は同じクラスという接点がある。
けれど、それだけならアーヴィンがエイヴリルを捜す必要はないはずだ。
「……お姉ちゃんがどうかしたの?」
「いや、まあ……ちょっと前に彼女から〝未来を視てほしい〞って言われて――」
「おい! おい、デニス! 起きろ! 大丈夫か!?」
その時、式典会場だった校庭の後方にあった保管庫から数名の生徒の声がして、アーヴィンの声を遮った。
そこから近くにいた二人の視線は、自然とそちらへと向けられる。
そこにいた生徒はみな、腕に同じ腕章をつけていることから、生徒会の面々であることがわかった。
「……えっ? あれ? ここは……」
「お前、なんでこんなところで寝てるんだよ」
心配されていた生徒は、小さな呻き声の後にその目を開ける。どうやら、保管庫の壁に背を預けるような形で寝ていたらしい。
彼を囲んでいた生徒たちは安堵からなのか、今度はからかいの意味を込めて少年へ向けて、言葉を放っていた。
「それが、腕章をどこかで落として、エイヴリル先輩に一緒に捜してもらってたんだけど……」
「何言ってるんだ? お前、腕章は腕に付けてるだろ」
その生徒が指摘する通り、デニスの腕には腕章が付けられている。
「あれ? ほんとだ……でも、クライド先輩から教えてもらった時は、確かになかったんだけど。どこで見つけたんだろう?
頭がぼうっとして、上手く考えられないや……」
「どうかしたのか?」
生徒会の生徒たちがデニスという生徒を囲んでいたことから、巡回していたセブリアンが声を掛けてきた。セブリアンはしゃがみ、彼へと訊ねる。
「大丈夫か? レスカー」
「はい」
ほとんどの視線が二人に向けられるなか、アビゲイルは先ほどはそのローブに隠れて気付かなかったセブリアンの胸元の〝それ〞に目を奪われていた。
「ゼブ先生。それ……」
近付いてきたアビゲイルの視線に気付いたのか、セブリアンは自身の胸元に一瞥を向ける。
「ああ。お前の義姉から、俺も感謝祭に参加すべきと言われてな」
ゼブリアンの胸元のポケットには、チーフの他に黄色の花が添えられていた。
こんな偶然が、二度もあるものなのだろうか。いや、ギディオンの件を含めると三度目になる。
(まさか……)
考えられる可能性。それは。
(――ゲームの主人公が、それぞれの攻略対象のルートで起こしたイベント!?)
アーヴィンのルートでは、偶然に触れて視てしまった主人公の未来の危機を、アーヴィンが防ごうとした。
セブリアンのルートでは、彼も感謝祭へ加わるようにと促し、加護色である黄色の花を付けさせた。
もし、エイヴリルがゲームの主人公と同じ行動をしていたのなら……?
考えたくはない結論に達してしまう。
(お姉ちゃんがクライドに狙われる可能性が、あり得てしまう……っ!?)
再び式典会場に目を向けても、見える範囲にエイヴリルの姿はなかった。
もうじきダンスが始まるというのに、さすがに姿を見せないのはおかしすぎる。
いてもたってもいられなかった。
「おい! 突然、どこに行く、スプリング!」
「私、お姉ちゃんを探してきます!」
胸騒ぎが増していく。
物語の歯車は、もう壊れているのかもしれない。
◆
前方にはクライド。背中には石碑。
私が逃げる場所は、もうどこにもなかった。
「君は……最後まで俺の味方だって、言ってくれたよね? じゃあ、ここで一緒に死んでくれないかな……俺、とっても、苦しいんだ……」
絞り出されるようなクライドの声に、私は胸を締め付けられる。
私では、彼を止められなかった。
彼の不安を、恐怖を、苦しみを、拭いきってあげられなかった。
(私が、無力だったから……持たざる者だから、クライドを止められなかったの……!?)
――もしあの娘なら。クライドと似た境遇の彼女なら、違う結末になっていたのだろうか。
そんな思考が、不意に頭を過る。
(違う……前に自分で言ったじゃない! 〝私はあの娘になれない〞って……だったら……っ!)
私は勇気を振り絞って、一歩前に出る。
「一体、何のつもりだい?」
自分でも、どうしてこんなことをしているのか、わからなかった。
私には目の前の状況に抗う術も、力もない。ただ、クライドと敵対するつもりもない。それだけだった。
精一杯の笑顔で告げる。
「あの時私が言ったことは、嘘ではないわ、クライド。私は最後まであなたの味方よ」
「……なら、どうして……っ」
クライドの激情に委ねられた剣先が、再び振り上げられる。
けれどほんの一瞬だけ、その表情が崩れた気がした。
「……痛っ!」
振り下ろされた剣先は、私の左腕を掠める。
そして焼けるような熱さが一瞬のうちに生まれ、次に痛みが走った。
左腕を見ると、薄手のドレスの袖が裂け、腕の傷口から血が溢れ出ている。
今まで感じたことのない痛みに、私は無事な右手で傷口を押さえながらその場にしゃがみ込むことしか出来なかった。
「……っ! なんでっ!」
「……クラ、イド……?」
剣を振りかざす時、彼の表情が躊躇ったように見えたのは、気のせいじゃなかった?
「……ごめんね、痛いよね。でも、すぐに楽にしてあげるから……」
剣に着いた私の血を払い、クライドが告げる。
後ずさった私の背に、何かが当たった。それは例の石碑だった。
月光に照らされた石碑のひんやりとした冷たさが、背中越しに伝わる。
(もう……ダメ、なのかしら……?)
心臓の鼓動が速い。
よろめいた重心を背後の石碑に預けようと、手で触れたその時。
「な、何? この音……」
石碑に触れた左腕から、地響きの振動が伝わってきた。そしてそれと共に、大きな音がその中から発せられる。
それは何かの鎖のような金属が砕け散ちる、甲高い音に似ていた。
「な、何だ……?」
クライドもその場に立ち止まって、周囲を見渡して事態を把握しようとしていた。
私には少しずつ感じていた違和感の正体がわかっていく。
石碑として立っていた石の表面が、剥がれ始めたのだ。
「……っ!?」
私は本能で危険を感じ、その場から後ずさる。見上げたその中にいたのは、〝人〞だった。
月明かりが射し込む中でも、その皮膚は純なる黒を帯びていて、とても人間のそれとは思えない。けれど、確かにそれは〝人〞の形をしていた。
やがて、もとは石碑の形をしていたそれは完全に崩れ落ち、中にいた人型の指にも当たるその黒い部分ががピクリと動く。
《――――》
私には聞き取れない《聲》が、その場に響いた。
それに応じたのは、他ならないクライドだった。
「……そうか、お前が俺を……すべて、お前の筋書き通りって訳だな……っ」
そして、彼は再び剣を構える。
「そうは、させるか……っ!」
それは、一瞬の出来事だった。
剣を構えたクライドが一歩踏み出したと思った、次の瞬間。
クライドの全身を、黒い刃が貫いていた。
「――っ!?」
一瞬の出来事過ぎて、その刃がどこから現れたのかすら、目で追うことも叶わなかった。
そして目の前で膝から崩れ落ちるクライドの姿を、私はただこの目に映すことしか出来なかった。
「クライド……ッ!!」
衝撃の光景から我にかえった私は、腕の傷の痛みも忘れて彼の許へと駆け寄る。
「エイヴ、リル……君は、逃げて……うぅっ」
クライドを貫いていた黒い刃は、すでに砂のように風の中へ消えていた。
けれどその傷口は鋭利な刃物で貫かれたように深く、彼の腕、腹、足に多量の出血を伴っている。
「あなたを置いて、行けるわけないでしょう!!」
石碑があった方を振り向くと、そこにいたのは先ほどまでの影のように黒かった人型ではなく、完全な人の姿をした美しい男だった。
その白い髪は月光に照らされて不気味に輝き、その奥に潜む瞳は炎のように紅い光を放っていた。
「あっ、あなたは、一体誰なのっ!?」
《……》
私の言葉は通じていないのか、沈黙が返ってくる。
そしてその男は、私たちの方へと手を向けた。
また、あの黒い刃が向けられるのか。
「やめて……っ」
クライドを抱える腕に力を込め、目をぎゅっと瞑る。
(死にたくない……っ)
けれど、あの黒い刃が私たちに向けられることはなかった。
「……?」
私が恐る恐る目を開けると、相変わらず男の姿はそこにあった。
その赤い瞳は、静かにこちらを見つめていた。
《――――》
動いたのは男の唇。
けれどその口がいくら開かれても、私には到底理解できない言葉だった。
私の知る音には当てはめられない言葉。そんな気がした。
「なっ、何を言っているの……?」
唇の動きから、何かの単語のような、短い言葉にも思える。
《――、――ル》
そして一瞬だけ、喧騒の中で聞き取れた言葉のように、不意に音が私の耳に届く。
「……え?」
《――イ、――――ル》
その《聲》は一度も聞いたことがないはずなのに、どこか懐かしいと感じてしまった。
とても大切なことを言われている気がする。
ぱりん。
突然、耳元で何かが砕ける音がした。
それは、お母様が遺してくださった、あのイヤリングだった。
嵌め込まれていたラピスラズリの片方が割れて、地面へと落ちている。
《……》
そして、またあの地響きが轟く。
衝撃に耐えかねて目を瞑っていた私が次に目を開けると、その場にあの男の姿はなくなっていた。
「一体、どこへ……」
周囲を見回しても、今では人影どころか気配すら感じられない。
(た、助かった……?)
そう安堵したのも束の間。
「か、は……っ」
「クライドッ!」
先ほどから何が起こっているのかわからないまま、私は現実に引き戻された。
そうだ。今は一刻も速くクライドの怪我の手当てをしないと。
「エイ、ヴリル……あいつは……?」
「もう大丈夫よ。どこかへ行ってしまったわ」
少しでも彼が息をしやすいように、私は膝枕をしてクライドの首の位置を高くする。
そしてクライドの剣を借りてドレスの裾を裂き、彼の一番深い腹の傷口に宛がった。
けれど、それはたちまち血を吸って朱に染まっていく。
(止まらない……どうして、どうして、こんなことに……っ)
もっと圧迫しようにも、私も腕の出血のせいで上手く力が入らなかった。
「そうだわっ。今、誰か《治癒》を使える人を連れてくるから……」
オロス先生やアビゲイルなら、《治癒》の奇跡を起こせる《光の精霊》の加護を受けている。だから、きっとこんな傷、すぐに治してもらえる。
けれど、助けを呼びに立ち上がろうとした私の手を、クライド手が掴んでいた。
どこにそんな力が残っているのか不思議に思うくらいに強く、そして血に染まった手で。
「待って……エイ、ヴ、リル…………俺を、一人……に、しないで……」
すがり付くような手だった。それはまるで、迷子の子供が親を見付けた時のような手。
そんな彼の手を振りほどくことなんて、私には出来なかった。
「ええ、クライド。私はどこにも行かないわっ。だから、もう少し頑張って……っ」
彼の手を握り返して、私は叫んでいた。これでは、どちらが子供なのかわからない。
きっと、さっきの地響きを聞いた誰かが、不審に思って来てくれる。
そうでなくても、感謝祭の会場にいない私を、殿下が探してくれているかもしれない。
〝きっと〞。〝かもしれない〞。
そんな曖昧な希望にすがり付くことしか、今の私には出来なかった。
(誰か、クライドを助けて……っ)
幼い頃にも、似たような願いをした覚えがある。
けれど今はあの時とは違って、邸の離れでもなければ、ノア様と私を繋ぐお母様のイヤリングも欠けてしまっている。
「ごめん、ね……君を、疑って……傷、付けて……」
クライドが新緑の瞳を揺らがせながら、私の方へともう片方の手を伸ばした。
その手は、いつの間にか私の頬を流れていた涙を拭う。
「そんなこと、謝らないで! 私は……っ」
クライドの手は、夜風よりもずっと冷たかった。
けれど溢れるそれはその手だけでは止まらず、彼の傷口に宛がっていた私の手に落ちてしまう。
「泣か、ない……で、エイヴリル。君は……笑っている、方が、ずっと……素敵、なんだから……」
喋っていた彼の口から、咳と共に血が溢れた。
「……クライドッ!」
「一体、どこで、選択……を間違えた、んだろうな……ここで……君とする《誓約》は……もっと、違うもの……だと、決めていたのに……」
そこまで言われて、私はやっと、彼の気持ちに気が付いた。
この学園に在籍する者なら、誰もが知る学園七不思議のひとつ。
――〝《秘密の庭園》で永遠の愛を誓い合った者たちは、精霊からの祝福を受けて永遠に幸せになれる〞
「でも……好きな、娘を、泣かせる……ような奴に……そんな資格、は、ないか……」
彼が言葉を紡ぐ度、腹に力を入れているようで、その度に血の流れが増していた。
「クライド! わかったから……わかったから、もう、喋らないでっ」
頬に触れていたクライドの手が、微かに離れる。
そして、彼は私にいつものように微笑みを浮かべて、口を開いた。
「……大好きだよ、エイヴリル」
それが、私がこの場で聞き取れた、彼の最後の言葉だった。




