13th page なぜか、あなたの《聲》が聞こえまして
いつもご覧いただきありがとうございます!
今回からシリアス展開です。
遥か神話の時代、人間と精霊は互いに手を取り合って生きていくことを決めた。
その時交わされた《誓い》をいつまでも忘れないように、という想いを込めて、この国の建国より行われてきた由緒正しき祭典。
それが、精霊感謝祭のはじまりだ。
そしてもうじき、学園長の開会の言葉と共に、その感謝祭が幕を開ける。
「これでいいはずだ」
「ありがとうございます。オロス先生」
私はオロス先生にお礼を伝えた。
式典会場の後方に設置した魔道具の術式の最終確認をお願いしたのだけれど、まさか、先生手ずから調整してくださるとは思わなかった。
「生徒たちを守るのが教師の務めだからな。何も問題はない」
私の視線に気付いたオロス先生が首を傾げる。
「なんだ? スプリング」
「いいえ。せっかくの精霊感謝祭なのですから、先生も〝加護色〞を身に付ければよろしいのに、と思いまして」
この祭典は、精霊に感謝を捧げるためのもので、今日限りは生徒だけでなく、卒業生でもある精霊魔術師たちも学園へ訪れる一代イベントとなっている。
そして精霊の加護を受けていない私を含めた生徒たちが各々好きに着飾る一方で、祭典に参加する精霊魔術師の多くは、加護を受けている精霊のイメージカラーを身に付けて参加する習慣が出来ていた。
当のオロス先生は、アビゲイルと同じ《光の精霊》の加護を受けているから、加護色は黄色か白色。だから教員のローブの下に纏うタキシードの胸元の白いポケットチーフも、あながち間違ってはいないのだけれど。
そこで、私はふと閃いた。
「そうですわ! これをお使いになってください」
私が先生へ差し出したのは、魔道具に仕込んだ花びらの余りが入った花籠だった。
式典の最後で、魔道具に組み込まれている術式の発動と同時にこの花ばなが宙を舞うという演出でたくさん取り寄せたのだけれど、少しだけ余ってしまったのだ。
「ちょうど、黄色の花がありますし」
私は花びらが黄色い花を二つ三つ選んで、オロス先生の胸ポケットへ差し込む。
「ええ、とてもお似合いですわ。先生」
「……一年前とは変わったな、スプリング」
「え?」
先生から思わぬことを告げられ、私は一瞬だけ固まってしまう。
「……変わった、とは?」
「たった一年、担任をしていた俺が言うのもなんだがな……去年のお前は〝すべて完璧にこなさなければ〞と、どこか気を張って感謝祭の運営に携わっていただろう。
だが今年は、そう思いながらも心に余裕があるように見受けられてな。一時はあの妹が入学してどうなることか……と、すまない」
オロス先生は、そう言いかけて口をつぐんだ。
昨年のクラス担任の際に、先生には我が侯爵家の家庭事情についてお話ししていたから、何かと心配をおかけしていたのかもしれない。
私は先生から指摘されたことを、自分の中へ落とし込んでみる。
「いいえ。先生の仰る通りですわ。確かに最近になって、義妹への接し方を改めようかと、自分でも思い始めたのです。
余裕があるかまでは、わかりませんが……」
それでも、前よりあの娘へ対する見方は変わったように思う。
きっかけはきっと、離れでのあの言葉だろうことは、容易に想像がついた。
それに今の私には、スプリング侯爵家の令嬢として果たすべき責務が出来たのだ。
「焦ることはない。お前たちに与えられた時間は、沢山あるのだから」
オロス先生は花籠の中から桃色の花を一輪手に取ったかと思うと、それをレジーナに編み込んでもらった私の髪に添えた。
「俺は教師として、お前たちの選択を見守ろう。困ったことがあれば、いつでも研究棟へ来なさい」
「……はい。ありがとうございます」
巡回に戻るとのことで、式典会場の前方へ向かうオロス先生の後ろ姿を見送った。
「……」
殿下の婚約者という果たすべき責務が出来た。けれど同時に、頭に浮かぶ一抹の不安がどうしても拭えない。
(……〝与えられた時間は、沢山ある〞か……)
今日が、アビゲイルやアーヴィンが言っていた私の最期の日。
私は自分のドレスに目を向けた。
今着ているドレスは、お母様が学生時代に着ていたというAラインが綺麗な薄萌黄色のドレスだ。意匠は少し古い型ではあるものの、ラインや色合いが素敵だし、私は気に入っている。
(お父様は渋い顔をされていたけれど……)
このドレスを着ると伝えたとき、お父様は難色を示していた。
これは、私の両親が婚約した年に、お母様が感謝祭で纏ったドレスだから。
(でも、お母様にとっては思い出のドレスだし、私にとっては――)
思案に耽っていると、背後からよく知っている声が私の名前を読んだ。
「あの……エイヴリル先輩」
「あら、デニス。どうかした?」
それは、生徒会の会計担当で後輩のデニスだった。
「……それが、先ほど庭園を見回った時に、生徒会の腕章を落としてしまったらしくて……」
心なしか彼の瞳の奥が暗いように感じる。責任を感じて落ち込んでいるのだろう。
「わかったわ。私も探すのを手伝うわね」
「……ありがとうございます……」
今日は満月で、見渡しも良い。二人で探せばすぐ見つかる。そう思っていた。
けれど、夜の庭園での捜索は思うようには捗らず、ランプで照らして探しても後輩の腕章が見つかることはなかった。
「無いわね……」
おまけに普段とは違って裾が長いドレスでは、何かと動き辛いというのもあった。
明日の朝、探してみた方が早いのかもしれない。
「ねえ、デニス。今日はもう、探すのを……」
そこまで口にして、私は周囲の違和感に気がついた。
すぐ近くにいたはずのデニスの姿が、どこにも見当たらない。
見渡しても、人影はおろか、微かに聞こえていたはずの式典会場の喧騒すら感じられなかった。
むしろ、それとは別の〝何か〞の気配を感じる。
(この、感覚って……)
それは、前に何度か経験したことがある感覚だった。
そしてそれを確信させるように、振り向いた先の庭園の至るところに、先ほどまではなかった花が咲き誇っていた。
白い花びらが夜の月明かりに照らされて、仄かに光を放っている。
(ここは、もしかして……《秘密の庭園》!?)
けれど、ひとつ疑問が残る。どうして、私がここに来ることが出来たのだろう。
考えられる可能性は、唯一つ。
(この指輪のせいね……)
私は紐を通して首に掛けていた指輪を取り出した。
これは先日の《誓約》の証として、クライドからそのまま持っているようにと言われたあの指輪だ。
ギディオン殿下と婚約している私が、表立って他の男性から貰った指輪を身に付ける訳にはいかないため、こうして首に掛けていたのだけれど。
(まだ、クライドの《言霊》の効果が消えていなかったのね……)
その時、背後で足音がした。
「……そこにいるのは、エイヴリルだね?」
「クライド」
少し離れた生け垣の角から、クライドの姿が現れた。
私は一人で迷い込んだわけでなかったのだと、安堵する。
良かった。彼が一緒なら、式典会場へ戻ることが出来るはずだ。
「あなたに会えてよかったわ」
きっともう感謝祭は始まってしまっている。
開会式をすっぽかしてしまった上に、中盤に予定しているダンスまで遅れる訳にはいかない。
(早く戻らなくちゃ。ギディオン殿下を待たせる訳にはいかないもの)
「――……したのに……」
「え? どうしたの?」
あと数歩で触れられそうな距離まで近寄った時、彼が何と言っているのかがわかった。
「……誰にも言わないって、約束したのに……」
そしてその声と同時に、月明かりに照らされた白銀の線が見えた。
「……っ!?」
私の目に映ったのは、長剣を振りかざすクライドの姿。
その剣の切っ先は、真っ直ぐに私へと振り下ろされていた。
私はその軌道を体勢を崩しながらも何とか回避する。
けれど着地の時の衝撃で持っていたランプが手から離れ、その灯火は風に消えてしまった。
「クライド、待って! 何のこと!?」
そして今目の前で起こっている状況に、私の思考はまったくといって良いほど追い付いていなかった。
「ここで俺が君に話したことだよ……どうしてなんだ、エイヴリル。君は、誰にも言わないと……」
「ええ。私は、誰にも言っていないわ!」
私は首を振って違うと叫ぶ。
「だったら、なぜあいつらが知っていたんだ!?
俺があいつの命を狙おうとしていたことも、俺が君に協力を仰いだことも……すべて知っていたんだぞ!」
「それは――」
クライドの瞳には、憎悪が宿っていた。
つい昨日まで親しかったはずの従弟から憎しみが一心に向けられた私は、一瞬にして言葉を失ってしまう。
恐らく〝あいつら〞というのは、ギディオン殿下とアビゲイルのことだろう。
もしかしたらあの二人は、私の死についてだけではなく、それ以上のことも知っているのかもしれない。
「……でも、なぜ《誓約》を破ったのに、君はそうやって生きていられるんだ?」
クライドの眼差しは次第に冷たくなっていく。
「そうか。君は彼に愛されているんだな。だから、その精霊の加護を受けて護られているのか……」
《誓約》は絶対遵守の掟のようなもの。それを破ろうものなら、天罰が下るというのは常識であり必然で、例外などあり得ない。
(そんなこと、精霊魔術を学ぶあなたが一番良く知っているでしょう……っ!?)
私は、必死の思いで叫んでいた。
「そんなこと、あるわけがないでしょう! クライ――」
「その口で俺の名前を呼ぶな!!」
今までで聞いたことのない、クライドの怒鳴り声。
激昂する彼を前にして掛ける言葉を失った私は、誤解だと首を横に振ることしか出来なかった。
そしてクライドは少しずつ私との距離を詰め、再び剣を上に構える。
クライドは精霊魔術だけでなく、剣の覚えもいい。先ほどは何とか避けることができたけれど、今度も上手くいくとは限らなかった。
(一体、どうすれば……)
考えが上手く纏まらない。
たった一人の従弟の心すら守れず、このまま死んでしまうのだろうか。
(もしかして、これがアビゲイルやアーヴィンの言っていた、私の最後なの……?)
目を閉じてこれが私の〝運命〞なのだと理解しようとした、その時。
《エイヴリル!》
不意に頭の中で、あの御方の《聲》が聞こえた。
(……ノア様!? どうして……ここは邸の離れではないのに……)
《今はそんなことよりも、君の生命を守ることの方が優先だよ!
……いいかい? このまま後ろの道を真っ直ぐ進んだ先に石碑がある。そこまで走るんだ。わかったね?》
有無を言わせぬ口調。
理由も理屈もわからなかったけれど、それがノア様の《聲》であることに間違いはなかった。
私は震える足を何とか立たせ、ノア様が仰った背後の道を確認する。
《……それまでは、僕が何とかするから》
ノア様がそう言うと、同時に私の背後から一陣の風が吹いた。
「く……っ!」
風を腕で受けるために剣を構える腕を下げたクライドに、一瞬の隙が生まれる。
《今だ! 走って、エイヴリル!》
私は、ノア様から言われた通りにただただ走った。
通り過ぎる視界の中では、月明かりが庭園の生け垣を照らし、そこに咲き誇る花ばなも輝いていた。けれど前彼と二人で訪れた時と同じものをみているはずなのに、今はどれも酷く冷たく映る。
そして。
私は一人、開けた広場のような場所へと辿り着いた。
(……ノア様が仰っていた〝石碑〞って、このことかしら?)
息を整えながら見上げた広場の中心には、ノア様が仰っていた〝石碑〞とおぼしき石柱が建っていた。
大きさは私の背よりも高く、大人の男性一人分ほど。灰色の岩石で出来た円柱に近い形をしているそれは、月の光を浴びて微かに白身を帯びていた。そして形は完全な円柱ではなく、所々がへこんだ歪なものとなっている。
ここまで来るように言われたものの、この後は何をどうすればいいのだろうか。
石碑の前で何をすべきかわからず、往生していた私に、背後から冷たいその声が落とされる。
「……なあ。どうしてなんだ、エイヴリル……」
振り向いた先には、クライドが立っていた。




