新天地
お楽しみ頂ければ幸いです。
例のビルは銀座のど真ん中にあった。
有名ブランドの店が立ち並ぶ風景が、ビルの中からもよく目にはいる。
むしろこのビルだけが、テナントも入らずに無看板でいることが異様に見える。
5階建てのビル。しかし俺がひとりで過ごすのに全フロアを使う必要はない。1階だけで十分だ。
なにはともあれ、銀座の一等地に悠々と聳えるここが、今日から俺の城となる。
尊は小さなビルだと言っていたが、60ヘーベイのこの空間は俺にとっては十分すぎると言っていい。
とりあえず、報酬をもらうからにはそれらしくする必要がある。とはいえ、入り口付近には事務所らしく机や応接セットを設置したものの、パーテーションで区切った奥のスペースは生活空間とした。
ちなみに、机と応接セットは、尊の親父さんが経営するホテルで使わなくなった応接セットを調達してきてくれたので設置ずみである。使わなくなったとは言え、尊の親父さんのホテルはどれも五つ星がキラキラ煌めく高級ホテルだ。ソファーなんか座ったら最後、一生この上で過ごしたくなるような優しさの塊でできている。
家を出てからというものの、一人暮らしの俺には家賃というものが重くのしかかっていたので、ここで暮らせば一石二鳥なのである。いや、報酬つきで一石三鳥だ。
風呂はないが、銀座にはスーパー銭湯なるものがいくつかあるのでこれもまったく問題ない。
俺の少ない荷物を運ぶのにたいした時間も労力も使うことなく、引っ越しはあっという間に完了した。
いくつか開けてない段ボールもあるが、まずは缶コーヒーを持って、ソファーに座った。
たばこに火をつけて、珈琲を飲む。
空をゆらゆらと昇るたばこの煙を見るともなしに見ながら一息つくと、じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。
「ありがとーっ、みことぉ~!俺にとってお前はドラえもん級の大切なダチだーーーーっ!」
立ち上がり缶コーヒーを高く掲げ、一人叫ぶと入り口のドアが開きそこから尊が顔を出した。
「勝手に人をドラえもんにするんじゃねぇよ」
ぱりっとスーツを着込んで、髪をまとめている仕事仕様の尊は苦笑いしながらテーブルの上にビールという幸せをの詰まったケースをドンっと置いた。
「とりあえずこれ、開店祝いなっ」
「おう。さんきゅ」
尊は事務所の中を歩き回ると、パーテーション裏の俺の生活スペースを覗いて噴出した。。
「なに志童、お前・・・本当にここに住むの?」
「あぁ、住むよ」
「まじかよ・・・・・」
「あぁ、問題あるか?」
「いや・・・ないけど・・・・・」
どこか歯切れの悪い尊が気になりはしたが、尊は仕事の途中だからと、すぐにまた出ていってしまった。
「なんだあいつ・・・・変なの・・・・」
尊が出て行った扉を見て首を傾げるも、俺はすぐに気を取り直してソファーにごろりと横になる。
俺はひとり、この楽園での暮らしに胸を弾ませながらこのまま昼寝をすることにした。