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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第82話  「バーベキュー大会? それはまた別のお話」

「と、とうちゃ~く!!」


「ふう……ふう……老体には…………堪えますな……」



 息を切らした少年と老人が今いる場所は、ヒャクの木がある見晴台である。

 二人が白い息を吐きながら呼吸をを整えていた正にその時。山間やまあいから太陽が顔を覗かせて、爽やかな光が辺り一面を照らし出す。



「良いタイミングでしたね」


「おおっ。これはこれは――――眼福ですな」



 朝露に輝く森の木々たち。

 彼等は光を浴びた事で、ザワザワと歓喜の声を上げる。その姿はまるで、静寂の森に命が吹き込まれたかのよう。


 絶景とも呼べるその情景を、二人は暫し無言のままで眺めていた。



「アドバーンさん」



 そんな中で、不意に稲豊が口を開く。


 

「何ですかな?」



 老執事は少年がそうしてるように、崖上の絶景から目を逸らさずに声を返す。アドバーンの返事から、時間にして十秒後。稲豊は少し目を閉じてから、普段の時のような穏やかな口調で言った。



「もし俺がヘマして……もう戻れなくなった時は、言われるまでも無い事だと思いますけど、ルト様をお願いします。きっと彼女は誓いを守って、食事を口にはしないと思うので」


「…………イナホ殿」

 


 いつもと変わらぬ少年の、いつもと変わらぬ口調から紡ぎ出される覚悟。

 それを蔑ろになど出来る訳がない。アドバーンは神妙な面持ちで、稲豊の覚悟を受け取った。



「そんな事は起きぬと信じております……が。誓いましょう。私めにお任せ下さい。それも執事の務めですので」


「ありがとうございます」



 その後も二人は暫くの間、並んで美しい情景に目を奪われていた。 




:::::::::::::::::::::::::::



 

 見晴台での用事を終えた二人が屋敷へ帰る頃には、辺りはすっかりと明るくなっていた。



「朝食を作ると同時に、思いついた料理も試しますので!」


「承知致しました。何なりと仰って下さい」



 日の出から活力を貰った稲豊とアドバーンは、ミアキスのいなくなった二人だけの厨房でキビキビとした動きを見せていた。



「先ずはヒャクの果汁を絞り出し、それに野菜を浸してえぐ味を取って……」



 選別した野菜を大きめに切り、それをヒャクの果汁と共に鍋の中に投入。

 次に稲豊は冷蔵室に入り、豚、牛、鳥の肉を多めに厨房内へと運び出す。



「イナホ殿! この“ヒャクの枝”は如何なさいますか?」



 アドバーンが手に持つのは、ヒャクの木から一本だけ拝借した枝である。

 果実だけでなく、枝にまで活躍して貰おうというのが今回の稲豊の作戦だ。



「枝はある程度バキバキに折って下さい。焚き火に使えるぐらいのサイズでお願いします」


「承知致しました!」



 枝を折っていくアドバーンを横目に、稲豊は肉達にフォークで穴を開けていく。

一定の間隔でぶっすぶっすと穴を開けた後は、野菜とは別の鍋で肉をヒャクに浸す。コレで次の工程までの時間が出来る。



「問題は“かまど”だな。コレばかりはルト様に頼むしかないか? アドバーンさん、地魔法が得意だったりしません?」


「私めは魔法の方はからっきしでして、肉体強化魔法ぐらいしか……。お役に立てず申し訳無い! し、しかしご安心を! このアドバーンがお嬢様にお声を……お声……おぇぇぇ!!!!」


「吐き気を催すぐらいなら提案しないで下さい!!」



 アドバーンが体調を悪くするのも仕方がない。

 朝の弱いルートミリアは、早く起こされる事を物凄く嫌うのである。下手に起こそうものなら、魔法での制裁が執行されることまであった。何よりたちが悪いのは、それを彼女が記憶に留めないという点だ。「どうしたんじゃその傷は?」という台詞を聞いたことのある稲豊が、『二度と寝起きの主に関わるまい』と心に誓ったほどである。


『一大事の時以外は、ルートミリアを起こさない』


 それがこの屋敷での、暗黙の了解となっていた。



「でも参ったな……ルト様が起きるのは正午近く。出来るだけ早く色々試したいんッスけど――――」



 稲豊が魔法での制裁も視野に入れ始めた、正にその時。

 


「お困りのようやねハニー!!」



 威勢の良い声と共に、食器棚の中からマリアンヌが姿を現した。

 彼女は豊満なバストを誇示するかのように胸を張りつつ二人の前へ歩み寄ると、豪華な扇子をバサと広げ、決め顔で言い放った。



「困った時のマリえもん――――やで?」


「……そこから出現するの流行し(はやっ)てんの? そして何でお前がそのネタを知ってる?」


「ストー…………偶然通り掛かっただけやで?」


「今ストーキングって言おうとしただろ? 変態」



 稲豊が厳しい言葉を投げ掛けると、マリアンヌは一変に態度を崩し、涙目で少年に詰めよった。



「だって! 引越し先の住所教えたのにハニーぜんっっっぜん来てくれへんやん!! やったらウチから行くしかないやんか!!」


「わ、悪かったよ。最近忙しくてさ? ん、んで? マリえもんがどうしたって?」



 あまりの剣幕に、稲豊はたじろぎながら話題を元に戻す。

 するとマリーは不満顔のままで、



「…………ウチは地魔法が得意やから、手伝って上げようかと思ったんや。でも、ハニーがウチを必要としてないなら別に――――」


「マジでっ!!!!」


「ひゃわっ!?」



 稲豊に急に両肩を掴まれた事で、マリアンヌは可愛らしい声を上げる。

 そして自身の瞳を真っ直ぐ見つめてくる少年に、彼女の顔は茹でたタコのように真っ赤になっていった。



「本当か!? 本当に地魔法が得意なのか?」


「……ほ…………ほん…………ろ……!」


「よっしゃ! そういうことなら、ちょっとこっち来てくれ!!」



 押しに弱いマリアンヌは、眼前に迫った少年の顔にぐるぐると目を回しながら、耳を澄ましてやっと聞こえるような声を出す。稲豊はそんな彼女の手を取ると、そのまま屋敷の中庭にまで移動する。そして彼女を解放した後、木の棒で地面に半径五十センチメートルぐらいの円を描きながら言った。



「このぐらいのサイズで洞窟(?)を作れるか? 穴は入り口に一箇所、出来るだけ頑丈で隙間が無いようなヤツ!」


「う、うん。イケる思うけど……」


「なら頼む! どうしてもそれが必要なんだ!」


「わ、わかった!」



 両手を合わし懇願する稲豊の姿に、マリアンヌは必要とされる喜びを感じる。

 そして気が付いた時には地面に手を当て、地の魔法を唱えていた。



地魔法ケマロ!」



 マリーが呪文を唱えた瞬間。

 円の中の地面が隆起し、土、石、砂の入り混じった小さな山が出現する。山の中は空洞となっていて、ちゃんと正面には扇状の穴が開いていた。その完成度の高さに驚いた稲豊は、マリアンヌの手を握り感謝の言葉を述べる。



「マジで感謝! お前スゲーよ!!」


「そ、そっかな? えへへ」


「じゃあ俺はコレに使う食材を用意するから、同じのをもう一個頼むわ!」


「うん。わかった」



 でれっとした表情のマリアンヌを中庭に残し厨房へと戻った稲豊は、ある調理道具を求めて厨房内の棚を一つ一つ探索する。



「イナホ殿。私めに出来る事はありますかな?」


「っとそうですね、じゃあ先程漬け込んだ野菜の水切りをお願いします。ハンカチで水気を出来るだけ切っておいて下さい」


「承知致しました!」



 アドバーンに指示を出した後で、再び稲豊は調理道具の捜索を開始する。

 前に非人街で『バーベキュー大会』を催した際に使用した、ある調理道具。それは――――



「あった!!」



 大きな棚の奥に目的の物を見つけた稲豊は、歓喜の声を上げた。

 その声に反応したアドバーンが、興味津々に少年の肩越しにそれを覗き見て、首を斜めに傾げる。何故なら少年が手に持っていたのは、“鉄串の束”だったからだ。


 鉄串とヒャクの枝をどう使うのか?

 老執事は興味の尽きない少年を、何処か期待の籠もった眼差しで見つめた。



:::::::::::::::::::::::::::



「悪い待たせた!」


「う、ううん。別にええよ? あ。もう一個、作っといた!」



 何だか台詞が恋人同士みたいだ――と頬を赤らめたマリアンヌは、もう一つの山をじゃじゃんと見せる。



「本当助かった。詫びに今日の料理は多めに作るから、完成したらご馳走するよ」


「ほんま? えへへ。おーきに!」


「イナホ殿ぉ~。約束するのは構わないのですが、コレで本当に美味しい料理が出来るのですか? 疑う訳では御座いませんが……」



 稲豊がマリアンヌとやり取りをしている後ろで、アドバーンは未だ半信半疑な様子である。皿に入った肉と野菜がどう美味しくなるのか? 老執事には見当がつかない。



「じゃあ取り敢えず試してみましょうか!」



 そう元気よく言った少年は鉄串を一つ手に持つと、それを穴の中の壁に突き刺した。



「な、何を?」


「まあ、見ていて下さい!」



 心配するアドバーンを余所に、稲豊は次々と鉄串を穴の中に刺していく。

 そして穴の中に出来上がる、鉄串で出来た橋達。



「これぐらいの間隔かな?」



 そんな一人言を零した稲豊は、次に水気を切った肉をその上に並べる。

 ここまで来れば、後にする事は一つしかない。

 

 アドバーンからヒャクの枝を受け取った稲豊は、それを穴の下に並べて、おもむろにその中に火の魔石を放り込む。すると赤い石は炎を発し、周りの枝達も巻き込んでいく。そしてあっという間に、穴の中は大量の煙でいっぱいとなった。



「コレは俺の世界ではかなり古くからある『燻製』という調理方法です。煙で燻す事で木の風味を付けたり、食材の持ちを良くします。アドバーンさんが言っていた、『干からびる』という言葉から思い出しました」


「煙で水分を飛ばしている訳ですな? コレはまた。面白い」


「煙を当てるやなんて、ホンマに美味しくなるん? 木の燃える臭いってあんまり好かんなぁ……」



 マリアンヌの言っている事も、実は尤もな事なのである。

 前に一度、稲豊は「この世界の樹液は料理に使えないだろうか?」という考えに思い至り、あらゆる樹液を味見した事があるのだが、その結果は凄惨たるものであった。


 驚くべきことに、この世界は“木”までが不味かったのだ。

 そしてその木の発する臭いも、とても『良い香り』と呼べるものではない。燻製という料理が広まらなかった要因の一つである。



「ヒャクの甘い匂いなら比較的マシだと思ったんだが、美味く出来るかは神のみぞ知るって感じだな。まあ燻製コレはこのまま放置して、次だ!」



 次に稲豊が考えた料理は至ってシンプル。

 ザルの上に野菜や茹でた肉を並べて、日当たりと風通しの良い場所に置いておくだけ。



「干し肉と干し野菜。好きな調味料をかけて食べる感じッスね」


「干し肉は臭みが出るので敬遠される嫌いがありますが、ヒャクで臭み抜きしているのであれば問題無さそうですな」



 もう一つの山にも鉄串を刺し、今度は残った野菜を並べて煙で燻す。

 これで後は様子を見ながら放置するだけ。稲豊は神にも祈る思いで、料理の成功を祈った。




 しかしこれから――――



 少年はこの世界の厳しさを再び味わう事になる。



 何処までもこの異世界は、食事に対して甘さを持っていなかったのだ。





料理回。

そして絶賛スランプ中。

回復すれば、もう少しサクサクになるかと思います。

もう暫くのお待ちを(;_;)

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