表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/357

第74話  「全裸はダメだったか!!」


 ルトと共に食糧改革を目指すことが、何故『人を殺せるか?』という話になるのだろうか?

 

 そんな疑問が稲豊の頭の中をぐるぐると巡ったが、答えは既に出ている。

 その理想を邪魔してくるのが、“人間達”だからである。


 頭では理解していても、それに心が付いてくるのかは別問題。

 例えば目の前に敵がいたとして、稲豊はそれを殺す事が出来ないだろう。

 昨夜誓った筈なのに、少年の口はたった二文字の「はい」を拒んでいた。



「すまん。意地の悪い質問をしたな。じゃがコレだけは覚えていて欲しいのだ。お前に覚悟があろうとなかろうと……お前の作った料理が妾に魔素を運び、妾はその魔素を使って敵を灰にするだろう。それは間接的だが、お前を苦しませる事になるかも知れん。その覚悟だけは……持っていた方が良いと思ったのでな」


「……そう……ですか」


「まぁまぁ、イナホ殿。それはまだまだ先の話。今の貴方には、もっと必要なものがあるのです!!」


「ま、まだあるんすか?」



 重苦しい空気が室内を包んだが、そこはやはり完璧執事を自負するアドバーン。

 明るく振る舞う事など、彼にとっては造作も無い事である。老執事は稲豊の問いに「ふふん」とふんぞり返った後、分かり難いドヤ顔を少年に近付けた。



「それはズバリ! “逃げ切る能力”で御座います!」


「逃げ切る?」



 その場で走る真似事をするアドバーンに、稲豊は何処か救われたような気持ちで言葉を返す。



戦う力(魔素)を持っていないイナホ殿に、無理やり戦えなどとは申しません。我々と言えど、逃げ出したい相手もいるぐらいですからな!」


「……奴等か。ほんに忌々しい連中じゃの」


「奴等?」



 聞き返してばかりいる事に若干の情けなさを感じつつも、湧き上がる好奇心には勝てない。稲豊はルトが忌々しく感じる者達について尋ねた。



「それについてはこの私めからお話致しましょう。お嬢様の言う“連中”とは……エデン国に住む『天使達』に御座います」



 天使と聞いて、稲豊は裸に翼の生えた赤ん坊の姿をイメージしたが、二人の様子からそんな可愛らしいものでは無い事が容易に想像出来た。



「エデン国はトップに王が立ち、その両脇に二人の宰相が控えております。そしてその下にいるのが、『天使』を自称する数名の人間達で御座います。彼等は自らを神の使徒と名乗り、将軍や参謀という形で国を支えているのです」


「天使に……神の使徒? 胡散臭ぇ……」


「ええ! 胡散臭い連中なのですが、問題なのは彼等が人智を越える力を持っている事です。非人街の者に聞いた話では、“神籬ひもろぎ”という能力を個々が持ち、奇跡にも近い現象を起こすとかなんとか」


「更なる問題として、奴等は我ら魔物を根絶やしにしようと行動しておる。あの父上が何度奴等に苦しめられた事か……。忌々しい連中だが、その能力は本物じゃ」



 あのルトですら歯痒さを覚える天使達の実力。

 稲豊はそれに軽い悪寒を感じ、まるで彼等の話題から逃げるように、別の人物について問い掛けた。



「エデン国王はどうなんですか? 王をなんとか説得出来れば、天使達も従うんじゃ?」


「無理じゃ(で御座います)」



 争いを避ける為の稲豊の提案も、二人に声を揃えて却下される。



「エデン国王はまつりごとの全てを宰相と天使達に任せている、言わば傀儡となっているようです。なので王には何も期待出来ないでしょう。張り子の王など、実に下らない……」



 世も末と言わんばかりのアドバーン。


『やはり自分が考えるほど、コトは単純では無いようだ』。

 稲豊は、食糧改革の難しさを改めて認識する。



「そこでシモンに質問なのじゃが、強大な力を持った者に遭遇した時。お前ならどうする?」


「走って逃げます」



 迷いなく答える稲豊の言葉に、アドバーンはグッと親指を立てる。



「そう! イナホ殿にとっては、逃げる事が何よりも重要なのです!! 強敵に相対した時、恥も外聞も捨てて逃げるのですよ!! イナホ殿!!」


「分かりましたけど……。そこまで戦力外通告されるのも辛いものがありますね」



 剣と魔法の世界に来たのなら、格好良く戦って見たかった稲豊。

 だが自身が弱いことも重々承知している。幾ばくかの寂しさを覚えながらも了承する稲豊だったが、正面に立つルトの表情は真剣そのものだ。



「シモン。もう一つだけ、妾と約束をして欲しい。コレから先に何があろうと、どんな絶望がお前に襲い来ようと、『生きる』。そう誓って欲しいのだ。お前が死ぬところを、妾は見とうない……」



 今まで見た事もない沈痛な表情を浮かべるルートミリア。

 稲豊は胸の奥に棘が刺さったような痛みを感じたが、それを気付かせないように笑顔を作り――――



「もちろん約束します! 俺が死んだら、ルト様も死んでしまうんですよね? だったら俺が死ぬわけにはいきませんよ」



 その言葉を聞き届けたルートミリアの顔は、雲が晴れたかのように穏やかなものになり。


――――――そして。


「ありがとう」


 天使のような笑みでそう零した。




:::::::::::::::::::::::::::




「『生きる!』と契ったからには、その為の力をつけて頂きますぞイナホ殿。つまりは! 特訓に御座います!!」


「…………はぁ」



 ルトとアドバーンに案内され、屋敷の中庭まで移動した稲豊。

 そこで告げられた『特訓』の二文字に、彼の嫌な予感は増長の一途を辿った。空は晴れているというのに、少年の暗雲は量を増やすばかりである。



「ではシモン。これを――――」


「んん? これって……」



 稲豊はルトに渡された物を良く見えるように太陽にかざした。

 それは細長くて鈍色。鋭い先端は、鏡のように太陽光を反射する。どの角度からどう見ても、片手剣にしか見えない。少年はそっとその刃先に触れてみたが、刃引きもされていない、紛れもなく真剣その物である。



「安心せい。死なん限りは治してやる」


「いや……あの……」



 ルトの言葉に青褪める稲豊の顔面。

 そして彼が主の後方に視線をやると、同じく片手剣を手にした老執事の姿が見えた。少年と違うのは、堂に入った佇まいだろう。背筋を伸ばし流麗に剣を振る姿は、ある意味芸術すら感じさせる。



「俺チャンバラごっこすら、ろくにした事ないんですけど」


「ちゃんばら? 良く分からんが頑張るのじゃ。これはお前の為になる事じゃからな」


「いや段階踏みましょうよ!? 普通は木刀からとかでしょ! こんなの一輪車と自転車すっ飛ばして自動車の運転するみたいなもんですよ!!」


「それでは特訓になりません。これは“眼前に迫った敵”より、逃げる訓練で御座います。敵はイナホ殿を配慮して、木剣など使ってはくれませんぞ?」



 説得に失敗した稲豊は、いよいよ腹を括るしか無くなった。

 剣を手にしたアドバーンが少年の数歩前に立った事により、ルトが二人から少し距離を取る。そして稲豊の心の準備も儘ならない状態で、非情にも開始の合図が告げられた。



「それでは、参りますぞイナホ殿? ああ、勿論本気で反撃して頂いて結構。躱しますがね」


「うう……。威圧感半端ねぇ。絶対手練だコレ」



 老人とは思えないほど軽快にフットワークを刻むアドバーン。

 それに対し腰の引けた稲豊は、剣を持つ手を震わせながら、ただこの時間が終わる事を切に願った。



「では、参ります」


「お、お手柔らか――――――」



 稲豊が言葉を言い切ろうとした時、少年の耳には何かの風切音が届いた。

 それがアドバーンの振った剣であると分かったのは、自身に鋭い痛みが走ったからである。



「あつっ!!」



 握っていた筈の剣がいつの間にか地面に落ちている事に疑問を感じながらも、稲豊は手先より来たる刺すような痛みに顔を顰める。そして少年は当然のように、痛みを訴える己の体に視線を這わした。



 そこで彼は――自身の右手親指が無い事に、今更になって気が付く。



「痛ってぇ!! くそっ!」



 この世界に来て様々な痛みを経験した稲豊であるが、残念ながら体はそれに慣れてくれそうに無かった。どんな痛みも毎度の事ながら痛い。激痛と共に鮮血を流す右手親指の部分を押さえ、少年はアドバーンを睨みつけた。



「おお! 結構結構。睨みつける元気があるのは非常によろしい。ですが、そんな暇はおありですか? 敵は待ってはくれませんぞ?」



 そう言うが否や一歩全前進する老執事。

 彼の剣技の片鱗を味わった稲豊は右手の痛みを我慢して、左手で落ちていた剣を握った。


 ルトはそんな二人の様子を、頬に汗を伝わせながら無言で見守っている。


 主の「待った」が掛かりそうに無い事を悟った稲豊は、ようやく覚悟を決めた。

 それは即ち、全力を尽くす覚悟である。



「ふ、ふふ。アドバーンさん……。遂に俺を本気にさせましたね? 後悔しても知りませんよ?」


「ほぅ? これは楽しみ」


「“奥の手”を使わせて頂きます!」



 痛みは酷かったが、指が無くなったのは今回が初めてではない。

 稲豊は意識して冷静に務めながら、敢えて大口を叩く。自らにアドバーンの視線を集中させる為だ。そして彼は、絶好だと感じたタイミングで、突然に声を張り上げた。



「あっ!! あんな所に全裸の美女が!!」


「なんですとっ!!!!」



 稲豊の指差す方へ顔を向ける老執事。

 彼の意識が逸れた事を確認した少年は、次の瞬間。剣を捨てて脱兎の如く駆け出していた。



「イナホ殿! 何処にそんな美女が――――ぬっ!? 図られたかっ!」



 数秒後。

 それが嘘だと気付いたアドバーンは、鬼気迫る表情で屋敷の裏側に逃げた少年を追い掛ける。老紳士は風のような速度で稲豊に追いつき、更にはその前に出て逃げ道を塞いだ。



「本当に老人かよ……」


「さてイナホ殿? 後がありませんぞ?」



 片手剣を前に突き出し、ジリジリと稲豊を森の方へと追いやるアドバーン。

 右手の痛みと老執事の威圧感から、少年はただ後退るこしか出来ない。


――――そして。


 その終わりは唐突にやって来る。



「うわぁ!?」



 いきなり稲豊の足元が崩れ落ちたのだ。

 背筋も凍る浮遊感を味わった後、少年の体は大量の草の中に半分ほど沈んだ。


 少年の頭に大量の疑問符が浮かんだが、時間が経てばその正体にも見当がつく。



「…………落とし穴……か?」



――――そう。


 それはアドバーンの手によって掘られた落とし穴。

 彼の趣味が落とし穴である事を稲豊は知っていたが、こんな場所にある事までは知らなかった。少年は草まみれの自身を省みて、情けなさに苦笑する。



「大丈夫ですかな? イナホ殿」


「……ええ」



 穴は幸いにもそれほど深くなく、底には草のベッドが敷き詰められていたので怪我はない。稲豊は頭上から差し伸べられた白手袋の手を握り、何とか穴から這い上がる。そして稲豊が穴から出るなり、ルトが彼に駆け寄りしゃがみ込んだ。



「コレが戦場ならお前は死んでおるぞ? 敵が何処に罠を張っておるのか、それを把握するのも生き残る為の技術じゃ」


「面目ありません」



 稲豊の親指を魔法で修復しながら、ルトは少し厳しい言葉を少年に投げ掛けるが、それには嫌味など微塵も籠もっていない。「心配でしょうがない」そんな彼女の想いの宿った言葉に、稲豊は嬉しいとさえ感じた。



「美女を持ち出したのは良い手でしたが、全裸にした事と逃げた場所が悪かった。私めはチラリズムこそ至高であると考えてます。そして屋敷の裏手は私めのホームグラウンド。あちこちに落とし穴を作ってますので、お気を付け下さい」


「次からは気をつけるッス」



 自慢のカイゼル髭を弄りながら指導するアドバーンに「いつか一矢報いてやりたい」と、稲豊の心の中で静かな闘志が燃え上がったが、彼に勝てる気は全く起きない。少しの歯痒さを覚えながら、少年は体中についた草を落とそうと立ち上がる。すると――



「失礼します」



 稲豊がそうするよりも早く、アドバーンは優しく少年の体をはたき、彼の体の草を落としていった。そして、若干の気恥ずかしさに身を固くする少年に、老執事は労いの言葉も忘れない。



「それにしても先程の落ち方は素晴らしかった。98点を差し上げましょうイナホ殿。よく頑張りましたな」


「喜んで良いんですか? それ?」



 全ての草を落とした後でアドバーンはその手を差し出し、少年は苦笑しつつそれを握り返した。「やはりこの人には勝てる気がしない」、稲豊は何処か清々しい気持ちでその日の特訓を終えた――――つもりだったのだが。



「では次の特訓をするぞシモン! まだまだやるべき鍛錬は残っておるのでな!!」



 鼻息の荒いルートミリアの言葉に、稲豊は『生きる』事の大変さを、改めて実感した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ